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Our Story  作者: NeRix
気の章 第四部
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第四百十三話 踏み台【ルージュ】

 勝てるなんてほんの少しも思ってない。

・・・わたしは、自分ができることをするだけだ。

お兄ちゃんと一緒に・・・。



 「ねえ、本当に大丈夫なの?」

小さくなったお兄ちゃんの頭に触れた。

一緒にいてはほしいけど、疲れてるなら休んでもほしい。


 「大丈夫だよ、これが終わったらまた寝る。それに気に食わないけど、疲労はジナスが取ってくれるってさ」

「そうなんだ・・・」

「だから心配無い。一緒に戦うよ」

「うん・・・ありがとうお兄ちゃん」

ジナスさんって、優しいのかどうかわかんないんだよね・・・。

 いや・・・精霊さんたちを消したから優しくはない・・・。

今はなにも悪さをしていないけど、絶対に気を許してはいけない存在だ。


 「どうした?恐い顔して」

ユウナギがわたしの肩を抱いてくれた。

そっか、そんな顔してたんだ・・・。

 「もっと力抜いてった方がいいぞ」

「うん・・・ありがとう」

まだ闘技盤は直らない。

でも気持ちはできているからいつでもいける。



 「さあ、そろそろ闘技盤も元通りですね。ティムとルージュは、それぞれの入場口で待機をお願いします」

・・・もうじきだ。

わたしはずっと入場口にいるから、遅れたりなんかしない。


 「あなたの方が知ってると思うけど、彼はとても強い。今から気を張っておくことをお勧めするわ」

ケイトさんが来てくれた。

 「はい、わかっています」

「いい試合を見せてね」

「はい」

嬉しい・・・。


 「あなたが勝てるとは思えないけど、情けない負け方はしないでちょうだい」

シェリルさんにおでこをつつかれた。

・・・まだ一人だと勝てなさそうだ。


 「せめて一撃くらいは入れなさい」

「頑張ります」

「やるのよ」

お尻を叩かれた。

気持ちいい・・・。

 「はい!やります!」

わたしもすぐに負ける気は無い、勝てなくても誇れる試合をしよう。


 「ルージュ、ここで見守っているからな」

お母さんも来てくれた。

・・・さっきのこと、ちょっと聞きたかったんだよね。

 「ねえ、お母さん。お兄ちゃんとは・・・どのくらいよかったの?」

「・・・気を失うほどだ」

「やめろ・・・」

とっても低い声がわたしの耳に入り込んできた。

そんな怒らなくても・・・。


 「ティムはすぐ終わらせに来るかもね」

ステラさんが恐いことを言ってきた。

・・・それはちょっとやだな。

 「話してきたんですか?」

「頑張ってねって言ってきただけよ」

「じゃあなんでわかるんですか?」

「素手素足だったから」

そっか、わたしに対しても本気で来てくれるんだ・・・。


 「ふふ、熱くなってきたのね。気持ちよくなりたいんだ?」

「そ、そんなことないです・・・」

なんでわかったんだろ・・・。

変な顔してたかな?

 

 「お姉様、ティアナさんとイザベラさんはあっちにいるんですか?」

ユウナギが一歩前に出た。

背中で指を立てたのを気付いてくれたみたいだ。


 「ティアナは子どもたちと闘士の観戦席にいるわ。近くで見せてあげたいんでしょうね。イザベラはジェイスと一緒にティムを送り出すみたいよ」

「あっちの方が人は多そうですね」

「そうね。元戦士とおじいちゃんもいたわ」

みんなに声をかけてもらえて嬉しいだろうな。

・・・きっとすごくいい顔で出て来てくれるはずだ。



 「それでは、二人に入場していただきましょう!!!」

ついにこの時が来た。

 みんな励ましてはくれたけど、ちょっと足りない。

ティムさんに胸を叩かれてないから・・・。


 「堂々とな」

「・・・はい、ニルス様」

勇気をくれる声を合図に歩き出した。



 「ルージュの登場だーーー!!!!みなさん、もっと声を!!!!!」

光の下に出たと同時に、めまいがしそうなほどの歓声がわたしにぶつかってきた。

 みんななにを言っているのかよくわからない。

かろうじて聞こえるのは、わたしの名前くらいだ。

 ・・・わたしが勝ち上がったのは、運が良かったのもある。

それでも、応援してくれる人たちには応えてあげたいな。


 「ティムも姿を見せました!!女の子をいじめたら許しませんからね!!!」

わたしよりも堂々と歩いてくる人影が見えた。

 さっきのお母さんたちみたいな強い殺気は無い。

でも「油断なんか絶対に許さない」って雰囲気を纏っている。


 「飲まれないようにな。鐘が鳴ったら一瞬で目の前に来ると思え」

「はい」

「どうしても勝ちたいなら・・・泣き落としくらいか」

「そんなことしません」

しても、今のティムさんには通用しなそうだし・・・。



 「気の組はぬるい奴ばっかで退屈だったろ?」

向かい合うと、いつものティムさんが顔を出した。

 自然体なのに臨戦態勢・・・すごいな。

わたしの最速で剣を抜いても、絶対に間に合わせてくる。

 

 「ぬるくなんかなかったです。やっと勝てたんですから」

「まあ、ここで終わりだけどな。悪いけど踏み台って奴だ」

その通りではあるけど、ただじゃ終わらない。

 「いいですよ。わたしを踏み台にしてお兄ちゃんの所に行ってください」

「あ?勝つ気で来いよ。そんなんじゃおもしろくねーだろ」

「安定した踏み台だと思わないでください。うまく乗らないと転んじゃいますよ」

「なら・・・動かなくすりゃいいな」

とっても物騒な言葉に聞こえる。

でも、熱が上がってきた。


 「その顔さ・・・ユウナギ以外には見せんな」

「へ・・・」

「メスの顔っつーのかな・・・。変態じゃねーんだからさ」

「そ、そんな顔してません!」

言い返したけど自信はあんまりない。

 これは仕方ないんだと思う。

でも・・・あとでユウナギには聞いておこう。


 「両者、開始位置についてください!!」

・・・認めたくはないけど、気持ちと身体が今までにないくらいに期待している。

でも、始めるためには・・・。


 「じゃあティムさん、よろしくお願いします!!」

わたしは胸を突き出した。

これが無いとね・・・。


 「ふざけんな・・・」

「お願いします!!」

「誰かにやってもらってねーのか・・・」

「ティムさんのが無いとダメです!!」

これから戦う相手でも関係ない。

殺し合うわけじゃないし・・・。


 「はあ・・・全力で来いよ?」

ティムさんの拳が胸を打ってくれた。

心臓が大きく震え出して、血が熱く滾ってくる。


 「は?おいティム!!!なにしてんだ!!!!」

ヘインさんの怒鳴り声が響き渡った。

あんな喋り方の人じゃないのに・・・。

 「絶対に許さねー!!今すぐ棄権しろ!!!いや、失格だ!!!すぐに闘技盤下りろ!!!!」

はっきり聞こえるのはヘインさんの声だけ・・・。

でも似たような怒号が観客席から飛ばされてきている。


 「お前・・・俺をハメたな?」

「違います。なので何を言われても気にしないでください」

「してねーよ。・・・どうせ口だけだからな」

ティムさんはたくさんの悪口を受け流せるくらい強い。

たぶん・・・子どもの時で慣れてしまったんだろうな。


 「ああそうだ・・・。おいニルス、ルージュが恥かかねーようにしっかり指示しろよ」

振り返ったティムさんが、からかうように言った。

嘘・・・。


 「なんでバレたんだ・・・」

ニルス様も驚いている。

 「に、ニルス様はここにはいません!!」

「ずっと二人がかりだったろ?匂いでわかんだよ」

ティムさんが離れていく。

匂いって・・・そこまで好きなんだ・・・。


 「まあ・・・気付いてて黙ってくれてるんだ。お前の味方ってことだな」

「匂いを憶えられてるんですね。石鹸ですか?」

「余計なことを考えるな。早く移動しろ」

たぶん、そうだよね・・・。



 わたしは胸を張って開始位置に立った。

まだかな・・・。


 「取り乱して申し訳ありませんでした・・・」

ヘインさんは少しだけムっとした声になっていた。

 ・・・ミランダさんにぶたれたみたい。

でも、これで始まる・・・。


 「いい状態だな。どっちも抜いて構えろ」

「はい」

左手に胎動の剣を、右手に栄光の剣を持った。


 「では準決勝第二試合・・・開始です!!!」

鐘が打ち鳴らされて、周りの音が消えた。

これはしっかり集中できているってことらしい。



 「跳べ、右だ!」

ティムさんは本当に速かった。

ニルス様が言っていたように、鐘が鳴った直後には目の前まで迫っていた気がする。


 「払いが来る!足が付いたらすぐ流せるようにしろ!」

宙に浮いていたほんの少しの瞬間に、すぐ次の指示がきた。

・・・返事をする暇も無い。


 「く・・・」

払いを受け止めてしまった。

 ・・・力が強すぎる。

これ・・・まずいかも。


 「無理だ・・・。気を失わないように、受け身だけは絶対に忘れるな」

打つ手は無いみたいだ。

これから来る攻撃は耐えなきゃいけない・・・。


 「あ・・・」

受け止めた剣が弾かれて、わたしの体が大きくのけぞっていく。

 ああ・・・もっと腰を落としておけばよかったな。

考えている間に首を掴まれた。

すぐに景色が変わって、目に映ったのは空・・・。

 叩きつけられるのか・・・。

でも耐えたら気持ちいいのがきそうだ・・・。


 「なんてな・・・」

予想していた痛みや衝撃、期待していた快感は無かった。

あれ・・・。


 「早すぎんだろ。立てよ」

首を掴まれていた手が離れた。

・・・もう少しだったのに。

 「・・・舐められてるな」

ニルス様の声は嬉しそうだ。

おあずけされたわたしは、ちょっと気分が悪い・・・。


 「ティムはまだ終わらせない気だ!!いたぶる気だったら絶対に許さないぞ!!!」

ヘインさんの声と同時にすぐ体を起こした。


 「わたしを・・・いたぶるんですか?」

「んなことしねーよ。お前の全力、引き出してやろーと思ったんだ」

「全力?」

「いいから来いよ」

ティムさんが剣を構えた。

・・・なにを考えてるんだろう?


 「なるほどな・・・。攻めろ、殺されはしない」

「はい!」

ニルス様はティムさんの意図がわかったみたいだ。

なんか気になるけど、今は指示に従うしかない。



 「すごいぞルージュ!今度は互角に打ち合っています!!」

不思議な気持ちになってきた。


 欲しいところに攻撃が来るし、流したあとの反撃も綺麗に決まる。

もちろん、わたしも斬られたり打たれたりはする。だけどそれも「ここで受けよう」と思った場所に吸い込まれるように来てくれる。


 ティムさん相手では理想と現実に大きな差がある。

その隙間をすり抜けていくしかなかったはずなのに、思い描いた通りに繋がっていた。

 すごくいい、実力差はそんなに無いんじゃ・・・。

前向きな気持ちが強くなってきて、どんどん体温が上がっていく。


 「まるで演武を見ているようです!これが水神ルージュの戦い!!舞うように!!流れるように!!とても美しい動きです!!!」

そう、それができている。

思った通りになっているから気持ちいい。


 「だいぶ良くなってきたな。じゃあ・・・こいつはどうだ!」

思わせぶりな踏み込みから、鋭い突きが放たれた。

 「できますよ!」

左手の胎動の剣が、シロガネの切っ先に触れた。

擦れ合う二つの刃が鳴き声を上げ、空へと突き抜けていく。


 「ここです!」

シロガネを弾いて踏み込んだ。

擦れ違い・・・相手を舐めるように・・・。

 「ああ・・・」

すごい、こんなにうまくいった。

ここまで気持ちいいのは・・・初めてかも。



 「おい、顔緩み過ぎだ。直せ」

ティムさんが距離を取った。

緩んでたかな・・・。


 「・・・よだれもだ」

「はっ・・・」

口元から垂れてもいた。

なんてはしたないことを・・・。


 「・・・そんなによかったか?」

「・・・はい」

「まだできるな?」

「できます!」

もっと・・・もっとティムさんが欲しい。


 「しばらく口は出さない。思った通りにやってみろ」

「はい!」

ニルス様がわたしを信用してくれている。

勝てちゃうかも・・・。


 「さあ、もっと来てください!!」

「嬉しそうな顔しやがって・・・」

ティムさんが消えた。

あれ・・・さっきまでよりも速い・・・。


 「少しずつ速くしてきたんだ。見えるようにはなったな」

お腹に脚が撃ち込まれて、わたしの体が浮いた。

嘘・・・全部ティムさんの思ってた通りになってただけ・・・。


 「体・・・ちゃんと付いてくるみてーだな」

追撃は遅めだったからなんとか凌げた。


 「あとは痛みか・・・。めんどくせー身体だ・・・」

「何を・・・ぐ・・・」

お腹に肘が入り込んできた。

痛みと気持ちいいので全身が痺れる・・・。


 「はああ!!!」

だからすぐに反撃ができた。

胎動の剣はティムさんの太ももを切り裂き、見惚れるほど真っ赤な血が流れている。


 「調子出てきたな。もっとやるぞ踏み台!」

「まだなりません!!!」

叫びはやっぱり効かない。

それでも熱い体が、全身を巡る血が、思ったようにやれって言っている。



 長いような、短いような、時の流れがわからなくなっていた。

もう何度打ち合ったのか、何度殴られたのか、何度気持ちよくなったのか・・・よくわからないや・・・。


 「最初と同じ攻撃だ!やってみろ!」

ニルス様の声も久々に聞いたような気がする。

 「いいな・・・追いついてきやがった」

初撃と同じように右へ跳んだ。

そして今度は余裕で流せる。


 「遅くなってますよ!!」

踊り・・・滑るように・・・。

身体に沁み込ませた動きは自分でも美しいと思う。


 「はあ・・・はあ・・・」

決まったのはいいけど、呼吸が辛くなってきた。

こんなに長く戦えたのは初めてだからかな・・・。

 それに、なんだか喉も渇いてきてる。

水を・・・出し過ぎたから?


 「・・・大丈夫か?俺はまだ遊んでやれるぞ」

「遊ぶ・・・ふー・・・ふー・・・」

「あはは、遊び疲れた仔猫だ」

ティムさんは息一つ切らしていない。

なんだこれ・・・。


 「お前、こういうの気持ちいいんだろ?」

「え・・・えっと・・・」

「せっかくここまで勝ち上がってきたんだ。アリシアみてーに意識飛ぶまでやってやろうと思ったんだよ」

う・・・なんか弄ばれていたって感じだ。

 つまり・・・お兄ちゃんも気付いてたってことか。

でもティムさんなら・・・『お兄ちゃん』なら・・・許せちゃうな。


 「あの・・・もっと・・・欲しいです・・・」

「ふーん、まだできんだ?」

「最後は・・・一番強いのをください。そしたら・・・安定した踏み台になれます・・・」

「お前も変態だな・・・」

罵られてるのにそんなに嫌じゃない。

わたしって、どんな女の子なんだろう・・・。


 「ニルス様・・・わたしって変態なんですか?」

「オレは家族とそういう話はしない。ステラかミランダに聞いてくれ」

どっちにも聞きたくないな・・・。



 「・・・お前のおかげで決勝まで行けるよ」

胎動の剣が弾かれた。

 「最高級踏み台ですから!!」

栄光の剣も・・・。

それでも・・・まだこの人は全力じゃない・・・。


 「壁まで飛ばすぞ・・・。知らねーからな?」

ティムさんの腰が大きくひねられた。

来る・・・すごいの・・・。


 「これ以上は・・・ユウナギにしてもらえ。そっちだと俺は踏み台にしかなれねー」

全身を駆け巡る快感に包まれて、わたしは目を閉じた。


 ユウナギ・・・もっとすごいのをくれるのか。

ああ、早く・・・欲しいな・・・。

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