第四百十一話 同じくらい【シロ】
お母さんもニルスも楽しそうだったな。
どっちが勝っても盛り上がっただろうけど、次のティムを考えるとニルスでよかったんだと思う。
『あいつは・・・オレじゃなきゃダメなんだよ!!!』
きっとそうだよ。
ティムはニルスを倒さないといけないんだから。
◆
「言ったでしょ!絶対ニルスが勝つって!」
ルルさんがほっぺを染めて周りの人の体を叩き始めた。
そりゃ嬉しいよね。
「う、疑ってませんよ・・・」
「私も信じてました・・・」
シリウスとセレシュも背中を叩かれていた。
「アリシアなんかが勝てるわけないのよ!」
「あの・・・親友ですよね?」
「だからこういうこと言ってもいいの。夜はうんとバカにしてあげないとね」
大会が終わったあとは、ルルさんの酒場にみんなが集まる。
お祭り最後の楽しみだ。
「親子であそこまでできるってすごいよね」
バニラが僕の腕を指でつついてきた。
こうやって一緒に観戦できるのはとっても嬉しい。
本当は今日もスウェード家の子たちと一緒にいるつもりだったけど・・・。
『シロって恋人いたの!』
『一人にしてるの?』
『ダメだよ・・・そっちに行かないと』
叱られるように言われてしまった。
でもバニラは喜んでくれたからみんなに感謝だね。
「そういえばお父さんって、アリシアさんに勝てるとか言ってたよね?」
「もうそんな失礼なことは言わないよ。話したけどとてもいい人だった」
ノックスさんが自分の手を見つめた。
実際に話すまで勘違いしてる人は多い。
戦いの時以外は全然変じゃないから・・・。
「・・・ん?お母さん、お父さんがアリシアさんに浮気してる」
「へー・・・いいんじゃないの。それなら私だって誰か誘っちゃうし・・・。ねー、ノアくん」
フラニーが前に座っていたノアの首筋を撫でた。
「あ・・・フラニーさん・・・」
ノアの顔が一気に緩んだ。
・・・嬉しいのかな?
「ダメです!ノアさんにちょっかい出さないでください!」
「はいはい、スノウちゃんのだったわね。それなら・・・ダリスさん」
「私は遠慮させていただきます・・・」
もう結婚してる人のお誘いを受ける人はいないんじゃ・・・。
「フラニーもうやめろ。恥をかくぞ」
「あ、ひどーい。元々はあなたが浮気なんてするからでしょ」
「バニラが勝手に言っただけじゃないか・・・」
勘違いですらないよね。
それに、お母さんの心は誰にも奪えないと思う。
これから先もずっと・・・。
◆
「ねえモナコ、わたし喉が渇いちゃったの」
後ろからロゼの声が聞こえた。
またおねだりしてるのか。
「あたしはあんたの財布じゃないんだよ」
「いじわるね。じゃあ・・・シングちゃん、一緒に売店行かない?手を繋いで、恋人気分で」
ロゼの腕がシングの腰に巻き付いた。
「え・・・僕・・・」
「早く行こ。恋人ならわたしが飲み物欲しいって言ったら買ってくれるよねー」
「あ・・・あの・・・」
シングは迫られて固まってしまった。
ニルスには媚びた感じでいくけど、他にはけっこう強引なんだな。
「ロゼさん、シングにたからないでください」
でも、これをレインが許すはずないよね。
「あら・・・じゃあレインちゃんでもいいわ」
「お金持ってるの知ってますよ。自分で買ってください」
「はあ・・・わかってないわね。人のお金で買うからおいしいんじゃない」
ロゼは「ニルスが大好き」って言っていた。
理由は、なんだかんだお金を出してくれるかららしい。
「お前、医務担当で裏に入れるようにしてやっただろ。運営に頼めばタダで持って来てくれる」
「そうなんだ・・・。じゃあ行ってこよー」
「あたしのも貰ってこい」
モナコも味方してくれた。
ていうかいつの間に・・・。
「モナコ、どういうこと?」
「あ?まあ必要だろうと思ったんだ」
「・・・話したの?」
「仕事させるだけさ。金も別で渡してある」
必要になるかもはしれないけど、ペラペラ話していいのかな・・・。
◆
「ねえ・・・試合とは関係ないんだけど聞いていい?」
僕の前にいたジーナさんが妖しい声を出した。
「なんでしょうか・・・」
隣にはエリィ・・・何を話してるんだろ?
「純潔の花園では、夜の教育にアレの張り形使ってるって本当?」
「え・・・」
「それで愛で方を教えてるって噂で聞いたのよ。・・・どうなの?」
夜・・・なんの話だ?
「そんなことはしていません!」
「えー・・・じゃあ嘘なの?」
「あ、あ、当たり前です!」
「なんだ・・・あるんならそれ専門の教官になりたかったんだけどな・・・」
ジーナさんも教官になりたいのか・・・。
「まず、その噂はどの程度広がっているのですか?よっぽどであれば、また説明会を開かなければいけません」
「さあ・・・これから広めてもいいよねー。よし、明日から言いふらそー」
「ふざけないでください!!そんなアカデミーがあるわけないじゃないですか!!」
「すみませんエリィ様。止めてはいたのですが・・・」
エディさんがジーナさんの肩を抱き寄せた。
ああすれば落ち着くらしい。
「ジーナ様は私が止めます。エリィ様はティム様の応援に集中なさってください」
「は、はあ・・・」
「私も彼の優勝を願っています。幸せになれるといいですね」
「・・・」
エリィはちょっと困った顔だ。
ティムがいれば守ってくれたんだろうけど・・・。
「そうなったら、なにかお祝いもご用意します」
「あ・・・ありがとうございます。でも・・・まだわかりません」
「そうですね、頑張っていただきましょう。それと・・・」
エディさんはいつもより熱があるように見える。
この空気に当てられたからなんだろう。
「ねえシロ、母さんの記憶を持ってるって本当?」
シングが僕の肩を叩いてきた。
前の三人も気になるけど、こっちはもっと重要だ。
・・・忘れてたな。
『シロ、シングに会ったらパルナさんの記憶を渡してあげなさい』
ステラに言われていた。
『あなたがきのう渡していれば、シングとレインはもっとお祭りを楽しめたのよ』
シングはちょっと悩んでいたみたいだった。
たしかに、除け者みたいになっちゃったからな。
「持ってるよ。渡そうと思ってたんだ」
「あたしも欲しい」
レインも身を乗り出してきた。
バニラにも渡しちゃったからこの子にもいいよね。
・・・待てよ、リトリーさんは泣いちゃったからシングもそうなるかも。
場所を変えよう。
◆
バニラも連れて、四人で闘士区画に移動した。
いつの間にかシングとレインも衣裳部屋担当になっていたから・・・。
「シロたちも父さんたちが何をしてるか知ってたの?」
「うん、バニラにも教えてあるんだ」
「絶対内緒、二人ともちゃんとわかってるよね?」
「あたしたちは大丈夫ですよ」
二人は朝にステラから聞いたらしい。
大会のあとのお楽しみ・・・。
「じゃあシー君、早く渡してあげて」
「そうだね・・・」
二人の額に指を当てた。
パルナさんの愛、早く受け取ってもらおう。
◆
「うん・・・よくわかった・・・」
シングは目を潤ませただけで、泣き出したりはしなかった。
こういうのは、我慢しなくてもいいと思うんだけどな。
「・・・」
レインはたくさんの涙を零していた。
シングの分もかわりにって感じだ。
「レイン・・・」
「・・・」
「えっと・・・」
シングは泣いてるレインを見ておろおろしている。
どうしていいかわからないんだな。
ふふ、これはそんなに難しいことじゃない。
「シングくん、こういう時は寄り添ってあげるんだよ。泣き顔は隠してあげなさい」
バニラは僕を見ながら言った。
『泣き止むまでね・・・』
『あ・・・』
『あと・・・嫌だったら言ってね』
『・・・あったかい』
僕が君に出逢った時にしてあげたこと・・・。
「・・・こう?」
「シング・・・ありがとう・・・」
レインはシングに寄り添ってもらえて嬉しそうだ。
顔はわからないけど、背中に回っている手でなんとなくわかる。
◆
「ごめんね・・・」
レインが顔を上げて赤い目を見せてくれた。
涙は全部シングの上着に飲み込まれたみたいだ。
「ううん・・・母さんのために泣いてくれてありがとう」
「シング・・・」
「驚いたけど、なんだか嬉しかった」
「あんた・・・もう強い人になれてるじゃん・・・」
パルナさんの記憶は二人の距離を近付けてくれた。
女神様の言っていたように、愛を渡せたってことだよね。
「あたし、パルナさんみたいな人になりたいな」
レインはそっとシングから離れた。
「母さん?」
「うん。うまくは言えないけど、こんな大人になりたい」
レインは照れ笑いを浮かべている。
『悲しみを乗り越えられる強い大人に育ってほしい。そしたら・・・素敵な恋人ができると思う。できれば・・・母さんみたいな人を見つけてほしいな。ああ・・・この子はどんな人と恋をするのかな・・・』
パルナさんの思い、レインはそうなろうとしているように見えた。
けど、もうなっているような気もする。
知り合ってからは毎日一緒にいるし、みんなもそうだって思ってそう。
◆
「あら・・・あなたたち何してるの?」
「ここは遊び場ではないぞ」
観客席に戻ろうとした時、シェリルとイザベラが現れた。
入場証明もあるから何も問題無いよね・・・。
「あ・・・すみません・・・すぐに出て行きますので」
シングはすぐに頭を下げた。
・・・たぶんいつもこうなんだろうな。
「・・・お前はシェリルの画家だったな」
イザベラが下がった頭を見つめた。
なんで威圧的なんだろう・・・。
「は、はい。そうです」
「私の絵は芸術だと思うか?」
「はい・・・。お姉様を担当された画家は、女性を魅力的に描ける方だと思います・・・」
「ふ・・・」
イザベラは腕を組んだ。
すごく嬉しそう・・・。
「では・・・どう魅力的なのだ?」
「見てわかる通り・・・肉感が伝わります。触れれば柔らかさを、見ればその重さを感じるような。あの人の技術は素晴らしいです」
「そうか・・・お前が言うなら間違いないな。あとで母上にも伝えよう」
イザベラは笑顔で奥に消えて行った。
これで自信は揺らがなくなったな。
絵の見方は画家とそれ以外では違うと思う。
だけど、僕はもう黙っておくことにしよう。
「なにあれ・・・。あ、そうだ・・・あなた、手続きの書類はもう書き終わったの?」
シェリルがシングの顔を覗き込んだ。
書類・・・何の話だろ?
「いえ・・・まだです。申し訳ないのですが・・・自由な方が・・・」
「は?お金なら全部出すって言ってるでしょ」
「でも・・・」
・・・よくわからないな。
「シェリルさん、何のお話ですか?」
レインが聞いてくれた。
彼女も知らないことみたいだ。
「あら、あなた話してなかったのね。シングに箔を付けようと思っているの。それで、芸術家を多く生み出しているアカデミーに入れることにしたのよ。いいところを出ていれば、周りにも胸を張れるでしょ?北区の端にあるところよ」
「アカデミー・・・」
「僕は・・・自分でできますから・・・」
「自分はまだまだだって言ってたじゃない。それに教官も一流の人間ばかり、あなたの才能をもっと開花させてくれるはずよ」
なんだ、すごくいい話だ。
シェリルはシングのためを思ってそうさせたいんだろう。
「とにかく早めに動きなさい。申込書ができたら私に報告しに来ること。それで一緒に出しに行くわよ」
シェリルは返事を聞かずに行ってしまった。
いい話ではあるけど、シングがどう考えてるのかも聞かないといけない気がする。
望んでいないんなら、ただ苦しいだけになっちゃうよね。
「なんだ・・・アカデミーに入れてくれるなんていい人じゃない」
「うん・・・でも・・・」
「絶対行った方がいいと思うんだけどな」
レインも勧めている。
「・・・」
でもシングは暗い顔だ。
どう思ってるのかはわからないけど、シェリルの言ったようにアカデミーに入るのはいい事しかない気がするんだけどな。
「ちゃんとアカデミー通ってさ、教わったことあたしに教えてよ」
「でも・・・課題が多いみたいで・・・休みの日もかかりっきりになっちゃうかも・・・」
「そういうもんでしょ。将来のために行っときなって」
「・・・」
シングは寂しそうな目でレインを見ている。
応援してもらえてるんだけど、嬉しくなさそうだ。
「ふーん・・・なるほどね」
バニラが二人を見て呟いた。
・・・なにかに気付いた?
「シングくんさ、アカデミーに行くのはそんなに嫌じゃないでしょ?」
「そんなことは・・・ありません」
あ・・・嘘だ。
「嫌なのは、一人で通うことでしょ?」
「・・・」
「最近仲良しも増えたよね。レインちゃんとはいつも一緒みたいだし。だから課題も多くて、みんなと会えなくなるのは嫌だなってことでしょ?」
「あの・・・はい」
これは真実だ。
闘士画家に選ばれて、シングの世界は輝きだした。
まだ十日も経っていないけど、レインとはとっても仲良くなってる。
せっかくできた友達だし、一緒にいる時間が無くなるのは耐えられないってことか。
『あの・・・僕、スワロまで教えに行ってもいいよ・・・』
あ・・・画廊を見に行った時に言ってたな。
・・・アカデミーよりも、そういうことをしたかったんだろう。
「ふーん・・・あんた寂しいんだ?」
「・・・うん」
「テーゼから離れるわけじゃないんだからいいでしょ。シリウスも、セレシュも、ルージュも、ユウナギもみんないるじゃん」
「あの・・・ん・・・」
シングはなにかを言いかけてやめた。
僕もわかってきた。
一番嫌なのは、レインと会えなくなることなんだろう。
お祭りが終われば、レインはスワロに帰ってしまう。
お休みを取って会いに来ることはできるだろうけど、馬車だと丸二日かかるし大変だ。
シングから会いに行くこともできなくはないけど、課題ってのがそんなに厄介なら難しいんだろうな。
んー・・・ハリスを呼べばすぐに来れるだろうけど、毎回頼むのもちょっと迷惑だし遠慮しちゃうよね。
オーゼだっていつもいるわけじゃないし・・・。
「ねえシング、そんなに一人になるのが辛いの?」
レインがにっこりと笑った。
「・・・うん」
「ふーん・・・」
彼女もなんとなくわかったんだと思う。
「仕方ないなあ・・・あたしも絵のこと勉強したかったし、ダリス様たちに頼んでみるよ」
「・・・レイン?」
「もし許可が出たら・・・一緒に通えるよ」
レインはシングを抱きしめた。
「課題も一緒にやればいいよ。お祭りの時は画廊にも参加してさ」
「レインは・・・領主に・・・」
「だから頼むの。頑張るから・・・」
「レイン・・・僕・・・」
さっきとは真逆、今度はレインがシングに寄り添っている。
まじわるのと同じ、愛を与え合っているってことなんだろう。
「話すのは夜にするね。お酒をたくさん飲んで、気分が良くなってる時にお願いすればきっと大丈夫だよ」
レインは自信があるみたい。
うまくいくといいけど、ダメだったらどうなるんだろう・・・。
「たぶん大丈夫だと思うよ。王様もこれからは学問の時代って言ってるくらいだし、そのために成人になる歳も変えるっぽいじゃない」
バニラも励ましてあげている。
「そういう話もしてみるといいよ」
「はい・・・」
「けど、やっぱりお願いするなら酔ってない時がいいと思うな」
「う・・・」
たしかにその方がいいと思う。
ちゃんとしてる時に話して許してもらえれば一番いい。
それに王様も絡めるんなら僕も協力できる。
レインのお願いが通らなければ、僕が王様に頼んでなんとかしてもらおう。
「解決ってわけじゃないけど、この問題は後回しにして早く戻ろうよ」
レインはとっても明るい顔でシングの手を引いた。
「うまくいったら・・・あたしも本格的な画材を用意しないとね。その時はシングに選んでもらうよ」
「うん、その日は朝から出ようね」
ふふ、なんかいいな。
これから先の未来も輝いているみたいだ。
◆
「シングくん・・・ちょっといい?」
観戦席に戻ると、バニラはシングの隣・・・ロゼの椅子に座った。
真面目な時の声だ。
「レインちゃんはあなたのために色々してくれたよね?」
「はい・・・」
「アカデミーに入るとしても風の月からでしょ?」
「そうなりますね・・・」
そっか・・・秋からになるんだよね。
「たまに遊びには来るだろうけど、それまでレインちゃんはスワロにいることになる」
「・・・」
「だから、あの子が一度帰る前に心を繋ぎ止めておけるようなことをしなさい」
「繋ぎ止める・・・」
離れる時間が長くなると、心もそうなるかもしれない。バニラはそういうこともあるって教えている。
僕とバニラはそんなこと無かったけど、それは僕のしたなにかがずっと彼女を繋ぎ止めていたからなんだろう。
「いい?ちゃんと考えるのよ。どうすればレインちゃんが離れないか。貰った分と同じくらいの気持ちを渡すの」
「・・・はい」
シングは自分の胸を押さえた。
なにをすればいいか、答えはそこにあるはずだ。
「さあ、そろそろ闘技盤も元通りですね。ティムとルージュは、それぞれの入場口で待機をお願いします」
二人の戦いも気になるけど、シングたちのこの先も同じくらい大事なことに思えた。
でも・・・きっとうまくいくよね。




