第四百四話 引き伸ばして【シロ】
もう真夜中だけど、バニラが大丈夫ならもっと遊んでいたいな。
アメリアも戻ってきたし、心配なことはもうなんにもないもんね。
でもダメなら帰ってお喋りでもいいかも。
眠ってしまうまでの時間で、明日のことを話してあげよう。
◆
『す、すぐに向かいます!』
時の鐘に向かう途中、カゲロウに呼びかけた。
『大丈夫だよ。もう解決したんだ』
『そうでしたか・・・掲示板はこれから見るようにしていきます・・・』
姿は見えないけどしょんぼりしてそうだな。
『そういえばどこにいたの?』
『劇場です・・・。子どもたちが演劇を見たいと・・・』
そうか、そりゃ見つからないはずだ。
『明日・・・ティム様に謝りに行きますので・・・』
『いつも通りでいいんじゃないかな。カゲロウはなにも悪くないんだから』
『はい・・・』
ずいぶん気にしてるっぽい・・・。
そこまで責任を感じなくてもいいんだけど・・・。
◆
「じゃあアメリアちゃんは無事に帰ってこれたのね?」
時の鐘の塔、バニラはずっと街明かりを眺めていた。
怒ってはいないみたい・・・。
「うん・・・ごめんね」
「平気だよ。絶対戻ってきてくれるってわかってたもん」
僕の体に白い腕が伸びてきた。
柔らかくて暖かい抱擁は、バニラに怒りが無いことを教えてくれている。
「僕は君に嘘をつかないよ」
僕はバニラを裏切ることは無い、だから約束は絶対に守っていく。
◆
「ティアナさん。さっき言ってたお礼なんですけど、ルコウの麻織物が欲しいです」
バニラを連れてみんなと合流した。
アメリアがせっかく外に出たから、ちょっとだけ遊んでから帰るみたい。
ふふ、僕がしたかったようになってる。
「わかった。最高級のものを用意させてもらおう」
「色んな模様のがいいです。繋ぎ合わせてかわいいのを作るつもりなので」
「ルコウに戻ったらすぐに手配させてもらう」
「やった。メピルさんとニコルさんに夏用の服を作ってあげよう」
バニラは嬉しそうに微笑んだ。
いらないって言ってた気はするけど、待ってる間に浮かんだんだろうな。
◆
「隠しててごめんね。君たちに余計な心配はさせたくなかったんだ」
「え・・・」
アメリアは困った顔になった。
二人の仲を聞かれた時に、もっと悩みを教えてもらっていればここまで大きなことにはならなかったはず・・・。
「シロ、謝んなくていい。こうなって良かったんだよ。・・・な?」
「うん・・・直接お兄ちゃんに聞けなかった・・・。だからシロは悪くないよ・・・」
アメリアはずっとティムの手を握っていた。
二人の姿を見ると、本当に気にすることじゃないのかもって気持ちになってくる。
うーん・・・僕が全部教えていたらこうはならなかったな。
じゃあ・・・本当にこれでよかった?
「シロ・・・」
「あ・・・ごめんね」
「もう・・・気にしないで」
そうした方がよさそうだ。
少しずつ元気な感じにしていこう。
「眠くない?」
「まだ平気・・・それよりもお腹が減った・・・」
「そっか、もう少しで露店通りに着くよ。おいしそうって思ったらティムの手を引けばいいからね」
「それでいーよ。・・・金出すのはあいつだけどな」
ティムはニルスに目を向けた。
「え・・・ロギンスさんも?」
「そうだ。あれに魅せられて冒険者を始めたのさ」
「感激です。仲間を紹介します」
「俺も嬉しい。風神がそうだったとは思わなかったよ」
ティムに「近付くな」って言われてたみたいで他の人たちと話している。
「そうだとわかってたら、最初から一緒に行動してましたよ。そういえばどこにいたんですか?」
「まだ手紙の恐怖が残っていたから酒場に行ったんだ。雷神がよく通う店って出てたから・・・」
「ああ、ルルさんのお店だ。夜の合図ですね?」
「そうだ。入ったらケイトがいたから一緒にいさせてもらって・・・そしたら、雷神が飛び込んできて協力しろと」
お母さんは有無を言わせなかったんだろうな・・・。
「ケイトさんは一人でいたんですか?ゴーシュから一緒に来た人とか・・・」
「本戦に出れなかった者は、すぐに帰るという決めごとをしていたの。だから一人で暇だったのよね」
「ケイトさんも最初から誘えばよかったですね」
それも楽しそう・・・。
「ニルスさんが気になりますか?」
エリィがアメリアに微笑んだ。
彼女はスウェード家で待っていたみたいだけど、ハリスがさっき連れてきてくれた。
「お兄ちゃんが・・・好きな人だから・・・」
「いや、嫌いだね」
「わかった・・・」
「ふふ、私もわかりました」
「なんだお前ら・・・」
僕もわかってるけどね。
◆
「うん・・・そこは大丈夫。ずっとイナズマさんの頭に乗ってたから」
「そうでしたか。そこも心配だったので」
少し後ろで、ハリスとリラが小さい声で話していた。
リラとチルは女神様に呼ばれてたって話だけど、なんの用事だったんだろう?
「ねえリラ、女神様はなんの話だったの?」
聞けば早いよね。
「ああ・・・えっと・・・」
リラは困った顔でハリスを見つめた。
「・・・私にも言えない話ですか?」
「そんなことないんだけど・・・」
つまり、ハリスに関することか。
「教えた方がいいと思うよ。ハリスは君を信頼しているけど、ここで黙ってしまうと疑いが生まれる。そうなったら心が離れてしまうかもしれない」
「うん・・・言えないというか・・・言いづらいことなの」
「些細なことでも隠し事は良くないよ」
「うん・・・」
リラは俯いてしまった。
でも、教えるつもりではあるみたい。
「えっとね・・・。女神様は・・・ハリスとも仲良くしたいんだって。それで・・・わたしたちに協力してほしいって・・・」
「ありえませんね・・・」
ハリスが目を細めた。
隠し事はよくないけど、聞いてしまって嫌な気持ちになることもある。
ハリスはどう思ったんだろう?
「リラさんが女神に逆らえないのは知っています。それで・・・話はどう纏まったのですか?」
「時間がある時、商会の手伝いをするって・・・。わたしたちは置いてけぼりで、勝手に話して、勝手に決めちゃって・・・」
「・・・」
ハリスの細くなった目に鋭さが加わった。
怒ってる・・・。
「祭りの夜に・・・私からリラさんを離したこと・・・」
「ハリス?」
「アメリア様に危機が迫っていた時、リラさんが私と共にいれば・・・すぐに解決したこと・・・」
女神様がしたことは、好かれるのとは逆のことだ・・・。
「どうやら女神は、より私に嫌われたいようですね・・・」
「ごめんね・・・すぐ戻れれば・・・」
「リラさんはいいのです・・・。次に姿を現した時、私からはっきりと告げますので」
「・・・」
女神様を悪く言うつもりはないけど、お祭りが終わったあとにすればいいのに・・・。
「怒んないでハリス、僕からもやめた方がいいですよって言ってあげるから」
「シロ様・・・」
「リラも大変だったね。わざわざ境界まで会いに行ってきたんでしょ?」
「あ・・・えっと・・・いや・・・呼びかけ・・・だよ」
リラが見てわかるくらい焦った。
・・・だとしたら妙だ。
「え・・・じゃあなんでハリスから離れたの?」
「えっと・・・えっと、静かな・・・とこが・・・。フラニーさんたち、騒いでたし・・・」
「シロ様、リラさんとチル様は私に気を遣ってくれたのでしょう」
ハリスがリラを抱き寄せた。
そうなのかな・・・。
「ですが、これからは私に気を遣うことはありませんからね」
「ハリス・・・」
まあいいか。約束通り、あとで僕から女神様に言っておいてあげよう。
◆
「おわっ!本当に戻ってきたのかよ・・・」
露天のおじさんが目を丸くした。
「いや・・・言ったじゃないですか。それに・・・もっと連れてきました」
「つーかあんた・・・風神か?」
「あ・・・まあ、もういいです」
ニルスは「また来る」って約束をしていたらしい。
そして、ここのお菓子はおいしいっても聞いている。
◆
「はいどうぞ。どんどん焼くから、中に入れるのを選んでおくんだな」
おじさんはすぐに次の生地を鉄板に乗せて焼き始めた。
薄く伸ばした生地はすぐに焼き上がって、そこにミルクジャムを塗りたくり、甘い果実が乗っていく・・・。
ニルスが好きそうなお菓子だ。
僕も早く食べたいな。
「じゃあ、まずは君からがいいな。・・・苺は好き?」
ニルスは受け取った一つ目をアメリアの前に差し出した。
一番お腹減ってそうだもんね。
「・・・」
「あ・・・ごめんね。ティムから渡して」
「アメリア、こいつはなんもしねーから大丈夫だよ」
「・・・」
それはわかっていると思う。
どっちかって言うと、ちょっと恥ずかしいんだろうな。
「あの・・・ありがとう・・・」
アメリアはティムにくっついたまま受け取った。
「こいつに礼なんていらねーよ」
「ティム、今のは良くないぞ。お前みたいにお礼も言えない大人にする気か?」
たしかにお礼は言った方がいい・・・。
「・・・俺は礼くらい言える」
「嘘つけ。一言もその剣のお礼が無いじゃないか。名工ニルスの自信作だぞ」
「あ?これは買ったんだよ!なあミランダ?」
「え・・・ああ、そうだったね。ニルス、あんたの負けよ」
僕はあの剣の事情を知っている。
でも・・・ミランダから口止めをさてるからなにも言えない。
「お兄ちゃんは・・・ニルスさんが大好きなんだね」
アメリアが少しだけ微笑んだ。
平気だって思ってくれたみたいだ。
「あー?」
「オレは君のお兄ちゃんのこと好きだよ。大切な友達・・・親友だね」
「・・・うん」
「ちっ・・・どいつもこいつも。・・・ほら、早く食えよ」
「・・・」「・・・」「・・・」
元家族たちは、微笑んで様子を見ていた。
本当は近くで笑っていたいんだろうな。
◆
「わあ、おいしいねシー君。そっちは?」
「おいしいよ。一口食べて」
僕とバニラの分も焼き上がった。
もちもちしてて、とっても甘くて、口の中が幸せなことになっている。
「さっきは気付かなかったね」
「たくさん露店があるから仕方ないよ」
もっと早く見つけていればな・・・。
「ジェイスさんは何を選んだんですか?」
「桃だ・・・」
ヒルダとジェイスも仲良く二人で食べている。
「一口くださいよ」
「君のもくれればな」
「待て!」
イザベラが恐い顔で近付いてきた。
「ヒルダ・・・お前が口を付けたものをジェイスに食べさせるわけにはいかない。もちろん逆も許さん」
「へ・・・いや、別に友達なら普通じゃ・・・」
「お前は女だろう」
「ああ・・・嫉妬ですか・・・」
「・・・」
ジェイスは残念そうだ。
「ねえニルス、私たちは交換しましょ。だから別なのを頼んだのよ」
「そうしようか」
「じゃあ、食べさせて」
「口をもっと大きく開けてほしいな」
ステラとニルスは堂々としている。
この二人は気にするものが無いからな。
「ニルス・・・母さんのも食べてくれ」
「ダメよニルス、アリシアの唾液が付いてる」
「私の唾液が汚いと言っているのか?」
「そうよ」
あの三人には近付かないでおこう・・・。
「あなた、お店も出してる?」
シェリルはおじさんに話しかけていた。
気に入ったんだね。
「まあな・・・祭りの時はこっちで売った方が儲かるんだ。夜でもけっこう来るからな」
「どこ?」
「・・・南区のシロヤギ小路」
僕も覚えておこう。
「じゃあ、今度行くわ。食べさせてあげたい人もいるの」
「別に構わないけど・・・」
「作り方も教えてあげなさい。丁寧によ?」
「なんで上からなんだ・・・」
ジークのことだな。
彼が作れるようになれば、他の子たちにも食べさせてあげられるもんね。
◆
「けっこうデカい肉だったな・・・まだ食えるか?」
露店をいくつか回った。
「もうお腹いっぱい・・・でも楽しい・・・」
アメリアのお腹は満足したみたいだ。
僕はもっと色々食べたい・・・。
「わあ・・・大きいフクロウ・・・」
アメリアが立ち止まった。
なにが見えたんだろう・・・。
「ふーん、欲しいのか?」
「別に・・・」
視線の先には「的当て」って看板が出ていて、景品台のそれに目を奪われていたみたいだ。
丸くてふわふわしてて、抱いたら気持ちよさそう。
それに・・・シルに似てる。
「お前と同じくらいだな」
「抱っこして寝てみたいなって・・・思っただけ・・・」
「それを欲しいっつーんだよ・・・来い」
ティムはアメリアの手を引いて、的当ての看板に向かった。
お兄ちゃんが取ってあげるのか。
◆
「客だぜ」
「・・・」
「おい、寝てんじゃねーよおっさん」
「ああ・・・。一回五百エールだ・・・」
おじさんは寝惚け顔で弓と短剣を取り出した。
この時間でも、僕らみたいに遊びたい人がいるからやっているんだろう。
「どっちか選んでくれ」
「弓は経験ねー」
「じゃあこっちだな」
「・・・三回ってことか」
ティムは短剣を三つ受け取った。
あれを的に当てればいいのか。
「あのフクロウはどうやったら取れる?」
「景品は命中させた色の組み合わせで決まるんだ。あれは黄色の的に二つ、赤の的に一つだな。・・・その線から前で投げるのは禁止な」
目の前には色分けされたたくさんの的が紐で吊るされていた。
あれくらいならすぐ手に入りそうだ。
◆
「あはははは、全然当たんないでやんのー。あんた五回もやったんなら一つくらいはいけるでしょ」
ミランダが大声で笑い出した。
「あのフクロウはどうやったら取れる・・・だってさ。カッコいいーー!!」
「・・・」
「お兄ちゃん・・・」
ミランダの言う通り、短剣は一つも的に当たらなかった。
「おいおっさん・・・あんなん当たるわけねーだろ!」
「こっちも商売だぜ?それにあんたら闘士相手ならあれより遅くはできない」
「景品取らせる気あんのか?」
「あるさ。やる奴によって変えてるだけだ」
おじさんは風の魔法を使い、的が不規則に動くようにしていた。
たしかにけっこう速かったな。
「・・・私がやってみよう」
お母さんが前に出た。
・・・どうだろう?
◆
「おい見ろミランダ。アリシアも外したぞ」
「あんたと違って一つは当てたよ」
お母さんでも難しかった。
「青に一つ・・・はい、景品の甘いりんごね」
「・・・」
「睨まないでくれよ・・・」
よっぽど悔しかったんだな。
「ニルス、あなたもやってみたら?」
「投擲は苦手なんだ。弓も使ったことないからたぶん無理」
ニルスも厳しいのか。
できる人っているのかな?
「アメリア、私が取ってやろう。目はもう慣れた」
ティアナが名乗りを上げた。
できれば取ってほしいけど・・・。
◆
「赤に一つ・・・はい、景品の持ちやすい箒ね」
「・・・」
「ははは、似合うと思うよ。庭の掃除でもしてくれ」
「・・・」
ティアナも当てられたのは一つだけだった。
でもティムよりはちょっとだけうまい。
「あはははは、目はもう慣れた・・・だってー!!」
ミランダ以外は笑うのを我慢している。
アメリアがいるのによくできるな・・・。
「すまないアメリア・・・」
「お兄ちゃんよりは・・・」
「あ?」
「・・・」
妹にはすごまなくても・・・。
「ケイトさん、犯罪者捕まえる時に短剣投げたりしないんですか?」
後ろでユウナギの声が聞こえた。
「人混みの中で投げられるわけないでしょ。だから私も無理ね」
「ロギンスさんって、冒険者なら食料の調達で弓とか使ってるんじゃ・・・」
「・・・野生の鳥や獣は食べない主義でな」
できそうな人がいないか探してくれてるんだね。
「じゃあ、ジェイスさんは?」
「ああ・・・まあやってみるか」
次はジェイスか。
◆
「赤と黄に一つずつ・・・はい、景品の高級枕ね。いい女の尻と同じ柔らかさだ」
ジェイスもダメだった。
「・・・一本目を当ててから速さが変わった。・・・取らせる気が無いのか?」
「何度も言わせんな。大ありだよ」
「・・・三本目、当たる直前に風で弾いたように見えた・・・」
「ケチつけんなら帰りな」
おじさんの顔はどんどんふてぶてしくなっている。
うーん・・・本当に取らせる気無いかも。
「あんたはカゲロウのおっぱいあるから枕なんていらないでしょ?」
ミランダがジェイスの枕を指さした。
とりあえずからかいたいんだな。
「おかしなことを言うな・・・」
「待てジェイス、そうなのか?」
「ああ、そっか。これからはイザベラが枕になるんだったねー」
「・・・」
ジェイスで無理なら、他にできる人はいなそうだ・・・。
「も、もういいよ・・・」
アメリアもさすがに気付いてるし・・・。
「他のとこ・・・見に行こうよ・・・」
「諦めんなよ」
「でも・・・」
「・・・」
ティムはおじさんに近寄った。
「おい、妹があれ欲しいんだってよ。この顔見てなんか胸にくるもんねーか?」
「情で流されてたら商売なんかできねーな。まあ・・・あんたが俺を一生食わしてくれんなら景品は全部やるよ」
「・・・上等だ。取るまでやる」
「お兄ちゃん・・・」
どんなに気合が入っても無理なものは覆せない。
それにもうすぐ帰る時間だ。
「ティムさん・・・もう諦めた方が・・・」
「うるせー黙ってろ」
「はい・・・」
熱くなりすぎてエリィも困ってるな。
「仕方ないなー。シロ、手伝って」
ミランダが僕の耳元に口を近付けてきた。
そういや、こういうの得意だったっけ・・・。
◆
「舐めやがって・・・」
ティムはまた失敗した。
「はっはっは、悔しそうな顔見るとちょっとは胸にくるな。まあ、変えたりはしないけど」
おじさんは嬉しそうにお金を数えている。
そろそろ・・・。
僕はミランダの服を引っ張った。
「ほらよ・・・もう一回だ」
「ちょっと待って。あたしにもやらしてよ」
「・・・英雄ミランダか。悪いけど手は抜かないからな」
「やってみ。ティム、貸して―」
ミランダが短剣を受け取った。
「・・・当てろよ?」
「えー、自信なーい」
「・・・」
「遊びだよ遊び」
お金を払ったティムも別に文句は無いみたいだ。
自分じゃなくても、誰かが取ればいいんだろう。
◆
「黄色二つ、赤一つ・・・間違いないよね?」
「・・・」
「あれちょうだい」
「・・・」
おじさんは苦い顔で景品台からフクロウを取った。
『あれはあたしでも無理だけど、あんたが短剣を風の魔法で操ればいいよね』
『え・・・そんなことしていいの?』
『おんなじことしてやるだけだよ』
二人がかりになっちゃったけど、騙してるみたいでなんかやだな。
「ん・・・青三つで六人用テント、赤三つで最高級寝具一式・・・ねえおじさん」
「待て・・・もう今日は終わりだ。ね、眠いんだよ・・・」
「あっそ、仕方ないなー」
「・・・」
おじさんは今まで以上に取らせなくするかもしれない・・・。
◆
「やあ、ボクはシル。大切にしてね」
ミランダはアメリアにフクロウのぬいぐるみを持たせた。
本当に同じくらいの大きさだ。
声真似は全然似てない・・・。
「・・・シル?」
「あたしの友達のフクロウだよ。もっとずっとちっちゃいけど、そっくりなんだ」
そうだよね、他の名前は思い浮かばない。
「じゃあ・・・この子はシル・・・本当にいいの?」
「お金払ったのティムだよ。あたしはただ投げただけ」
「・・・ありがとうございます」
「いいよお礼なんて。地面に付けないようにね」
歩きにくそうだけど、ずっと持ってるのかな?
「けどお前、これ持って帰ったら他の奴らになんか言われるんじゃねーか?」
ティムがシルをつついた。
「なんて・・・言えばいいの?」
「え・・・そうだな・・・。お前は夜中に喉が渇いて起きた。食堂が騒がしいから入ってみたら俺たちがまだいたことにしろ」
「そのあとは?」
なるほど・・・そういうことにしたいのか。
「お前は完全に目が覚めちまった。だから俺が祭りに連れ出したって言ってやれ」
「わたしだけ・・・」
「俺と一緒なら外に出れた・・・それを教えてやれ。そんで凪の月は、全員で出るぞ」
「わかった・・・ありがとう・・・」
シルがぺこっと頭を下げた。
アメリアがそこまでできるようになったって知れば、みんなティムと一緒なら大丈夫だって思ってくれる。
「あと・・・ケンカすんなよ?」
「うん・・・みんなにも触らせてあげたい」
羨ましがられるだろうけど、凪の月を楽しみにもしてくれるはずだ。
◆
時の鐘が鳴った。
ずっとみんなと遊んでいたいけど、大会があるからここまでだ。
「そろそろ帰る時間だよ。明日戦う四人は、試合に間に合いさえすればいいからしっかり休むこと!」
いつの間にかミランダが仕切っている。でも、しっくりくるな。
「ちゃんと休んでね・・・ごめんなさい・・・」
アメリアがまたティムに謝った。
誰も怒ってはいないけど、そうせずにはいられないんだろう。
「・・・アメリア、今日のことはもう引きずんな」
「・・・」
「一人で外に出れたんだぜ?いい日だったんだよ。・・・顔出せ」
ティムがシルを持ち上げた。
「また明日な?」
「・・・うん」
「もう引きずんねーか?」
「・・・頑張る」
アメリアの頭が撫でられた。
「お兄ちゃん・・・明日もお菓子作るね・・・」
「無理して早起きしなくていーよ」
「だって・・・引きずらないもん」
「・・・じゃあ、試合前にまた食ってやるよ」
ティムは持ち上げていたフクロウを戻した。
「また明日」の約束は、暗い夜を照らす光。
まだ見えない明日へ向かうための灯になるはずだ。
◆
「・・・次はアリシアたちを送るわ」
ステラの転移でスウェード家が消えた。
近いし、これくらいならそんなに眠らずに済むんだろう。
「おやすみニルス、愛しているよ」
お母さんがニルスを抱きしめた。
「やめろよ。戦うんだぞ」
「そうだな。楽しみだ」
興奮してるみたいだけど・・・寝れるのかな?
「ティムさん、明日よろしくお願いします」
「俺はイライザみてーに甘くねーからな?」
「いいですよ」
「ふ・・・早く帰れ」
僕たちはどうしよう・・・。
バニラがもう辛そうだったら帰るか。
◆
「俺らは歩いて帰るよ。ステラも起きらんね―かもしんねーだろ?」
ティムとエリィは転移を断った。
「大丈夫よ。朝には起きられるわ」
「ステラさん、本当に大丈夫なので」
「エリィ・・・。あなたこそティムを早く休ませたいんじゃないの?」
「これでいいんです」
エリィはティムを見て微笑んだ。
これは、二人にしかわからないことなんだろうな。
「あなたの未来がかかっているかもしれないのよ?」
「私は・・・ティムさんがそうしたいと言うのなら付いて行くだけです」
「・・・」
ステラは折れるみたいだ。
それに、エリィの言葉に偽りは無い。
「もうほっとこうよ。ティム、疲れとかも引きずんないんでしょ?」
ミランダは諦めてるみたい。
早く帰りたいんだろう。
「ああ、引きずんねーよ。今までも・・・」
ティムが言葉を止めた。
「今までも・・・なによ?」
「ずっとそうしてきたつもりだった・・・。けど、少しだけ違うのかなって思ったんだ」
「・・・よし、吐き出してから帰りな」
ミランダの目が見開いた。
からかわないであげたほうが・・・。
「ティム様、魔女を気にすることはありません。お帰りください」
「そうだな、歩くなら早く帰れ」
ハリスとニルスはティムの味方だ。
その方がいいよね。
「いや・・・言ってから帰るよ」
「聞いてほしかったのですね」
「・・・好きにしたらいい」
まあ・・・本人が話したいんなら、それでもいいか。
◆
「・・・引き伸ばしてきたんだと思う」
ティムは夜空を見上げた。
「たとえばスウェード家のこと。断ち切ってきたつもりだったのに、また会った時・・・心がざわついた。繋がりみたいなものがまだあったって思った」
優しい風が僕たちをすり抜けた。
「・・・ニルスのこともそうだ」
「オレ?」
流れてきた雲が、月明かりを薄めた。
「別にいつでも挑みに行けた。けど、引き伸ばしてきた。優勝したらとか言ってさ」
「繋がってた方がいいこともあるんじゃないか?」
「ただ・・・お前とのことは切らなきゃいけねーんだ」
ティムはエリィを抱き寄せた。
それでいいと思うな。
だって、引き伸ばしてきた決着を切っても絆はそのままだからね。
◆
「また・・・明日な。ニルス・・・寝坊すんなよ?」
「ではみなさん、失礼いたします」
二人は街明かりに向かって歩きだした。
あの背中が小さくなるまで見送ろう。
◆
「さあ、私たちも帰りましょう。闘士さんたちは・・・」
ステラが残った人たちを見回した。
「自分で宿まで行けます」
「心配には及びませんよ」
「ヒルダでもケイトでもいい。宿まで送ってくれ・・・」
ヒルダたちとはここでお別れみたいだ。
「ねえシー君、私たちも歩いて帰ろうよ」
バニラが僕の耳元で囁いた。
うん、そうしよう。
◆
「あの二人の背中見てたら、おんなじことしたくなったんだよね」
みんながそれぞれに帰ったあと、僕たちも歩き出した。
「眠くない?」
「帰ったら寝るよ。でも、明日はちゃんと起きれると思う」
「僕が起こすからね」
「じゃあ唇でお願い。・・・練習ね」
バニラは膝を曲げて、僕の高さに合わせてくれた。
「・・・こんな感じ?」
「うん。これをわたしが目を覚ますまで」
一度離れた唇がまたくっついた。
今日の僕も甘いのかな?
◆
「・・・ねえシー君。わたし、ティムさんに優勝してほしいな」
また歩き出すと、バニラが照れ笑いを浮かべた。
・・・そうだね。
「みんなそう思ってるよ」
「ニルスさんも?」
「うん。でも当たったら本気で戦うって、予選の前から言ってたよ」
「え・・・どっち?」
手を引っ張られた。
寝る前にしようと思ったけど、二人きりの今にしよう。
「ティムは大陸最強の男になって、エリィに結婚を申し込むって言ってたんだ」
「ああなるほど、手を抜いたら意味が無いのね」
「そういうこと。でね・・・」
まだ誰にも言えない秘密の話・・・。
バニラになら教えてもいいよね。




