第三十九話 自分から【ニルス】
「お兄ちゃん、手を繋いで」
「いいよ、ほら」
「今日はお花の温泉ね」
「今日もだろ」
目の前を仲のよさそうな兄妹が歩いていく。
同じ宿の客・・・いいな・・・。
ルージュはどうしているかな。
寂しい思いはしていないかな・・・。
オレがもし家を出なかったら、今頃あんな感じで一緒に歩いていたのかもしれない。・・・想像すると胸が締め付けられる。
夢を叶えたって言えば聞こえはいいけど、本当は逃げ出して・・・放り出してきた。
心残りがありすぎる。だからこんな後ろ向きな考え方をしてしまうんだろう・・・。
◆
ロレッタに来てひと月が経った。
なんだか居心地がよくて、留まってしまっている。
「ニルス、そのお魚食べないの?」
ミランダがオレの皿だけを見て言った。
自分のはとっくに食べ終わってるみたいだ。
「・・・食べていいよ」
「もう取り消せないからね。遠慮しないよん」
「元気でいてほしいからね」
過去を話した夜から、オレの中でとても大きな存在になった。
寄り添ってくれる仲間・・・ミランダが悲しまないように守っていこう。
「早く食べて行こうか」
「まあまあ、あとミルク一杯だけ」
まだ入るのか。戦士でもないのによく食べる・・・。
◆
宿の食堂を出て、二人で温泉通りの前まで来た。
ただいるだけっていうのも退屈だから・・・。
「みなさんおはようございます。清掃員の札を渡しますので首から下げてください。終わったのちに給金と交換です」
とりあえず仕事をやってみた。
朝から昼までで五千エール、夕方までだと一万二千エール稼げる。
「初めての方のために説明します。お掃除をする温泉の前には立て札を置いています。湯は抜いてありますので、頑張って磨いてください。終わりましたら立て札を外すのを忘れないでくださいね。そうしなければいつまでもお湯を張れません」
これを聞くのは何回目だろう・・・。
「では何組かに分けます。えーと、あなたから・・・ここまで。すぐ正面の大きなお風呂をお願いします」
「とりあえず十五人、案内板を見てください。・・・ここをお願いします」
「小さいお風呂をやりたい方・・・六人来てください」
係の何人かが、集まった人たちに指示を出し始めた。
温泉の数が多いから、こうやって分けられる。
「ニルス、六人のとこ行こ」
「いいよ」
オレとミランダはいつも同じ場所になるようにしていた。
離れたら寂しいから・・・。
「よーしやるぞー」
「今日はどうする?」
「お昼まで!」
「わかった」
正直、この仕事は楽しい。
戦場とはまったく関係ないからなんだろうな。
◆
指示されたお風呂に着いて、掃除を始めた。
男女三人ずつ、オレとミランダ以外はみんな二十代半ばって感じだ。
「すげー・・・」「叩いたらいい音しそうだな」
一緒の組になった男の人たちが、ミランダのお尻をじっと見ている。
いつもこうだな・・・。
「ねえミランダ、また見られてるよ。あんまりお尻突き出さないようにしてって言ったでしょ」
「そんなつもりないんだけど・・・。ちょっとあんたら、全部聞こえてんだからね」
ミランダが立ち上がった。
毎回だけど、はっきり言えるのはすごいと思う。
「まあまあ、そんなゆさゆさしないで」
「いや、もっと揺らしてほしい。・・・ちょっとお湯かけていい?」
「あんたら仕事しに来たんでしょ?真面目にやんなよ」
「ちゃんとやるって。湯浴み透けてるとこ見たいんだよ」
いつもこんな調子だ。
まあ・・・オレはいつも見てるけど・・・。
「二人は恋人なんですか?」「おんなじ湯浴みだし、なんかいい感じですよね」
女の人たちも仕事を放り出しそうだ。
働くって、こんなに緩くていいのかな?
「恋人じゃなくて、旅の仲間です」
「えー、じゃあ今夜私たちと遊ぼうよ」
「ちょっと透けて見えたけど、すごい筋肉あるよね」
「あの・・・仕事しましょう」
この人たちは何をしにきてるんだろう・・・。
◆
「あ・・・次で昼か。おらメス共、そんなんじゃぬめり取れないでしょ」
時の鐘が鳴った。
オレとミランダは、あと一つ洗って終わりだな。
「自分が一番メスって体してるくせに・・・」
「恋人でもないのにニルスくんひとり占めして・・・」
「なに言ってもいいから早くして。オスどもは腰入れて磨きなよ」
逆らったら恐いから早く終わらせよう・・・。
◆
「雷神に一度は会ってみたいよな」
「俺も会ってみたいけど、恐い女だって噂じゃん」
お兄さんたちがまた喋り出した。
内容は・・・あんまり触れたくないものだ。
「睨まれると気絶するらしいな。耐えられたら握手してくれるって本当かな?」
「嘘だ。握手は一発入れないとダメだって聞いた」
おかしな噂は北部にもあるんだな。
そんな奴いるわけないだろ・・・。
「ねえニルス、今の話ってほんと?」
ミランダが手を止めた。
「・・・信じなくていいよ。握手に条件を付けたことは一度もなかった」
雷神に会いたいって、遠くから来た観光客は何人もいた。
いろんな噂で作り上げられた姿とはまったく違った女性が出てきて、みんな驚いてたっけ・・・。
「アリシア様は人気者だね」
「・・・そうだね。あの人に憧れて戦士になった人もたくさんいたみたいだし」
オレも、あの強さには憧れていた。
・・・鍛えてやるって言われた時は嬉しかったな。
たぶん、オレに対しては誰よりも熱を入れてくれた。
あの人は戦いを教えてくれてる時が一番接しやすかった記憶がある。戦闘に関することだけはなんでも知ってたっけ・・・。
「なあ、今月の未知の世界見たか?」
「見たよ、久々に面白かった」
今度は懐かしい話題が聞こえた。
・・・しばらくあの新聞も見てなかったな。
オレの耳は、雷神の話よりもこっちが好きみたいだ。
「ずっと前に精霊の城のこと載せといてそれきりだったじゃん?今んなって新情報が来るとは思わなかった」
「でも肝心なとこまではわかんなかったな。・・・いつも通りだ」
精霊の城・・・憶えてる。スコットさんたちと初めて一緒に見た・・・。
結局真相はわからずだったけど、ああでもないこうでもないって夢中になって話してたな・・・。
・・・もう我慢できない。手も動かせば別にいいよな。
「あの・・・お二人は世界の虜ですか?」
同じ趣味を持つ人たち・・・こんな出逢いもあるなんて・・・。
「お・・・兄ちゃんもか?」
「はい、オレも世界の虜です。精霊の城の話の続きが出たんですか?」
「おおー、じゃあガキの頃から見てたな?」
横から入ったのに、二人は受け入れてくれた。
虜はいい人が多いみたいだ。
「しばらくは見てなかったんですが・・・。それより精霊の城はどうなったんですか?」
早く知りたい・・・。
「おいおい落ち着けよ。場所・・・わかったっぽい」
「え!!!本当にあったんですか!!!」
「ああ、北東の岩場にある洞窟って話だ。記者がそこまで調べに行ったみたいだぞ」
北東・・・岩場・・・。
「けど、あの新聞だから必ずっては言えない。岩場に洞窟の入り口は見えたけど、デカい魔物がずっと居座ってて断念って書いてあった」
「そうそう、足使うくせに度胸ねーんだよな」
「洞窟・・・魔物・・・」
胸が大きく高鳴った。
それだけでいい。
オレは旅人・・・だから実際に行って確かめることができる。
『あはは、それだと旅人じゃなくて冒険者ね』
旅人は自由なんだ。
行きたい場所へ・・・。
◆
「ねえねえ、世界の虜ってなに?あんたたちちょっと気持ち悪かったよ」
仕事が終わると、ミランダがからかうように言ってきた。
「未知の世界っていう新聞があるんだ。それを好きな人を世界の虜って呼ぶんだよ」
「つもり気持ち悪い奴らのこと?」
「・・・言い過ぎ」
まあ、知らないんだからしょうがないか。
「そんなことより・・・そろそろロレッタを出ようか」
「お・・・やっとだね」
「旅人なんだから・・・」
「旅しないとだね」
もうじき種の月・・・。
さっきの話を聞いてなければ、もう少し延びてたかもしれないな。
「あたしも精霊の城ってのは見てみたいけど、デカい魔物がほんとにいたらどうすんの?」
「それはオレの役目、必ず守るよ」
そのために鍛えたんだ。
見ないとわかんないけど、大きいって言っても巨人とかドラゴンほどでもないと思うし、ミランダを守りながらでも問題ないと思う。
「じゃあ、お昼食べたら準備をしよう。で、今日と明日で計画を立てて、あさってに出発」
「そうしよっか。よーし、まずはお腹いっぱい食べよー」
ミランダも乗り気だ。
もっと熱く・・・。
◆
色々買って宿に戻ってきた。
もう夜・・・でも、まだ寝ない。
「ここがその岩場っぽいな」
「じゃあ丸付けとこ」
ミランダが地図にしるしをつけた。
「あ・・・」
「何よ?」
「別に・・・」
オレがつけたかったのに・・・。
「馬車で運んでもらうなら半日くらいだと思う。ただ、街道から大きく外れるから料金は高いよ。そして、そこまで馬車を出してくれる運び屋を探さないといけない」
「馬車だと半日か・・・」
「たぶんふっかけてくる。交渉が面倒ね・・・」
お金は別にいいけど、運び屋を探して時間が無くなるのはもったいない気がする。
馬車と馬を買ってもいいけど、ちゃんと操れるかも不安だ・・・。
「歩いてだとどのくらいかな?」
「あたしの足だと二日・・・かな。うーん・・・その方がいいかも」
じゃあ・・・そうしようかな。
馬車だとなんか味気ないし。
「ちょっと・・・いや、けっこう太った気がするからなるべく動きたいのよね」
ミランダが太ももを持ち上げた。
・・・そうかな?
「どこ見てんのよ・・・。見るんなら脚じゃなくて胸にしてよね」
「胸も見てる・・・」
ミランダは、部屋にいる時ずっと下着だ。湯浴みよりも落ち着くらしい。
始めはオレを警戒してたらしいけど、今は逆にさらけ出している。
「とにかく、歩いて行きましょ。ん・・・朝一で出て、夜までにここの宿場を目指す。遠回りになるけど、次の日は夜明け前に出れば夕暮れ前に着くはず」
「頼りになるな・・・」
「当たり前でしょーよ」
オレよりも旅に詳しいのは助かる。
疲れたらおぶってあげよう。
「じゃあ、あと一日・・・温泉を楽しもう」
「報告もしないとね」
「うん、明日の夜は一緒に食べようって誘おうか」
「奢るって言えば絶対来るしね」
そして、旅立ちを友達にも伝えなければ・・・。
◆
ロレッタで過ごす最後の夜。
次に来るのはいつになるんだろう・・・。
「お待たせ―。あーずるーい、もう食べてたのー」
ロゼがオレたちのテーブルに近付いてきた。
今日は早めに仕事を切り上げたらしい。
ロゼとは、毎日顔を合わせるうちに仲良くなった。
ミランダが「一緒にお酒を飲もう」って誘ったら嬉しそうに来てくれて、そこからいつの間にか友達だ。
落ち着いた感じに見えていたから、五つか六つくらいは年上だと思ってたけどまだ十九歳らしい。生い立ちまでは教えてもらってないけど、きっと苦労をしてきたんだろう。
そして「友達だから」ってオレたちは陰で洗ってもらえるようになった。
そう、友達だから旅立ち前の夜は一緒にいたい・・・。
「で、お話ってなに?わたしもあったんだ。あ・・・先に頼んでいい?」
「うん、いいよ。なんでも好きなの頼んで。お酒も少しなら付き合うよ」
昼間は「今夜一緒に食べよう」しか伝えていない。
なんか・・・言いづらかったから・・・。
「え・・・ニルスがお酒を・・・。なにか特別なの?あ・・・ミランダの誕生日・・・は、この前一緒にお祝いしたよね?」
した。本当は殖の月らしいけど・・・。
『じゃあ一番近いのは誰?』
『あたしかな。殖の月だし』
『じゃあ今日はミランダの誕生祝いにしようよ。ニルス、この街で一番のお店で』
『まあ・・・いいけど』
だから違う。今回は・・・。
「実はさ・・・」
出発は明日・・・。
しばらく会えなくなるから、特別な日っていうのは間違っていない。
◆
「そうなんだ・・・」
旅立つことを話した。
なるべく明るく・・・。
「まあ・・・いつかこうなるんだろうなっては思ってたけど・・・」
ロゼは寂しい顔をしてくれた。
「でも、また来てね。・・・じゃあ、今日はおもいっきりお酒飲もー」
「うん・・・必ずまた来るよ」
「ニルスと一緒にね」
「そんな顔しないでよ。死に別れるわけじゃないんだから」
ロゼが微笑んだ。
たしかに・・・いつも通りの方がいいな。
◆
「あーあ・・・ニルスたちとご飯食べるの楽しかったんだけどなー」
ロゼはお酒を何杯か飲むと、オレの肩を擦ってきた。
楽しいのはわかるけど、それだけじゃないはず・・・。
「お金は一度も出さなかったな・・・」
「え・・・そうだったかなー。でもニルスお金持ちでしょ?」
「まあ・・・食事くらいは全然痛くないけど・・・」
「わたしなんか全然稼げてないんだから、助けたと思ってさ」
ロゼの洗い屋はけっこうお客さんが来ていた。
だから稼いでいるはず・・・。
「あんたたかりすぎ。そのおしゃれな上着だってニルスでしょ?」
ミランダがロゼの服を指さした。
そう、オレが買ってあげたものだ・・・。
「おねだりとかはしてないよ。二人でお買い物行った時に、じーっと見てたら買ってくれたの」
「・・・あんた甘いわねー。相談するって決めたのに、あたしに隠れてロゼにはいっぱい買ってやってるでしょ」
「いや、何買ったかは全部教えたでしょ?それに、本当にじーっと見てたんだよ。揺すっても話しかけても答えてくれないから・・・」
『欲しいの?』って聞いた。
同じこと、何回もあったな・・・。
「ミランダも買ってもらえばいいのよ。お風呂掃除なんてやる必要なかったのに」
「いや・・・さすがに化粧道具とか剃り師とかは自分で出さないとダメでしょ」
「そうなのニルス?」
どうなのかは知らないけど・・・。
「必要なら・・・別にいいと思う・・・」
「ほら見なさい。ニルスは全然痛くないのよ。むしろ喜んでるわ」
「喜んではいないぞ」
「嬉しかったら変態だよ。ていうかロゼのやり方はよくないと思う。大袈裟に喜ぶから、ニルスも気分よくなっちゃう。それで、まあいいかってなってるでしょ?」
う・・・たしかにお礼言われると悪い気はしない。
「でも、お財布代わりって思ってるわけじゃないからね。そりゃ奢ってもらうと嬉しいけど、二人は大切な友達って思ってるから。・・・ニルスもミランダも大好きだよ」
「ロゼ・・・」
嬉しい・・・歳が近い友達っていいな・・・。
「だから残念なのよね・・・ニルスと一緒に歩けなくなる」
「え・・・そんなにオレと遊ぶの楽しかった?」
「うん、すれ違う女の子の顔がいいのよ」
ロゼはいやらしく笑った。
・・・オレじゃない?
「どういうこと?」
「優越感・・・。なんでこんな鼻も低い垂れ目と・・・みたいな顔されるのがたまらないのよ」
なんだと・・・。
「お、ロゼも味わっちゃった?」
「もちろん、自分の旦那さんと見比べてた人もいて・・・あれも気持ちよかったな・・・」
「三人でニルス真ん中にして歩いてると、男が嫉妬した顔してるよね」
「わかるわかる。でも、みんなニルス見ると溜め息つくのよ。あ・・・勝てないってなっちゃうんだろうね」
二人ともそんなこと考えてたのか・・・。
けっこう周り見てるんだな。
「・・・ちょっと思ったんだけどさ、ロゼもあたしたちと一緒に来ない?絶対楽しいよ」
ミランダがロゼのグラスにお酒を注いだ。
いいと思う。友達じゃなくて、仲間に・・・。
「うん、行こうよ。支度があるなら待つ。一緒に精霊の城を見よう」
そしたらきっと楽しい。
それに二人くらいならオレ一人で守れるしな。
「ふふ・・・ごめんね、旅には興味ないの。ここで洗い屋をやってる方が楽しいんだ」
「そうなんだ・・・。あたしといれば全部うまくいくと思うんだけどなー」
「ごめんねー」
ロゼはオレたちの誘いを緩く断った。
彼女は自分のやりたいことができている。だから、無理に連れ出すことはできないな。
「ねえねえ、それだったらあたしに洗い屋の魔法を教えてよ。そしたらいつでもロゼのこと思い出せるじゃん」
「んー、友達だから別にいいけど、わたしくらい綺麗に洗えるようになるのは簡単じゃないよ」
「大丈夫よ、ニルスで練習する。毎日洗ってあげるね」
恥ずかしいけど・・・ロゼを思い出せるのはいいな。
「じゃあ、ミランダにだけ教えてあげる。ニルスを毎日洗ってあげれば上達するわ。あと、明日の朝は見送りに行ってあげるね」
湯浴みを買っておいてよかった。
お揃い・・・三人一緒のだから・・・。
ロゼは、たぶんずっとこの街にいるんだろう。
一緒に旅はできないけど、色んな土地に友達がいてっていうのもいいな。
アカデミーではそう呼べる人はいなかったし、今から世界中に作っていこう。
◆
「ミランダがミルク零して、温泉が白くなった」「めちゃくちゃ辛かった肉あったじゃん?実はあたしとロゼで細工したんだよね」「ニルスってけっこう女の子の体見てるよねー」
たったひと月分だけど、三人で思い出を語り合った。
帰って寝ないといけないんだけど、そうしたくない・・・。
「さあ飲めニルス。今日は珍しくわたしが奢ってあげるんだからー」
「オレが出すからいいよ・・・仲良くしてもらったし・・・」
「絶対わたしが出す!だから付き合ってよ」
ロゼもまだ一緒にいたいって感じだ。
そして、赤くなった緩い顔で酒をどんどん注いできている。
「ロゼ・・・ニルスはそんなに飲めないんだよ・・・知ってんでしょ?」
「いやいける!まだ時の鐘は七つ、あと二回なるまでは飲む!」
「うう・・・」
「負けるなニルス、こんな弱いお酒に押し倒されちゃダメだよ!」
たぶん、悲しんでくれている。それをごまかすためなんだと思う。
でも・・・ちょっとつらくなってきた・・・。
「あー・・・ニルスは限界みたいだね」
「無理したニルスも悪いけどね。明日起きれんのかな・・・」
「ミランダが起こしてあげて。・・・ねえねえ、ずっと聞きたかったんだけど、二人は一緒の部屋で寝てるんでしょ?もういいコトしちゃってんの?」
「してない。ていうかあんたこそ、ニルスと寝てないでしょうね?あたしが剃り師行ってる間とか」
二人はなんの話をしてるんだろ・・・。
ダメだ・・・気持ち悪い・・・。
「遊んでるだけだよ。ニルスはいい男だと思うけど、なんかそう見れない・・・。純粋な小さい男の子って感じで、わたしなんかが汚しちゃダメな気がするの」
「・・・なんかわかるかも。そういうのを汚したいって女もいるらしいけどね・・・。それに、あたしは仲間でいたいからそういうのはしない」
「そうだよね。わたしも友達でいたいから、ニルスと寝ることはないかな。あ・・・でも何百万とかって積んできたら、喜んでなんでもする」
「・・・あっそ」
よくわかんないや・・・。
でも、「仲間」とか「友達」でいたいって思ってくれてる。
オレもそうしたい・・・二人は大切な・・・。
◆
夜が明けてすぐ、オレたちはすぐに宿を出た。
酒は残っていない。というかそんなに飲めないから、抜けるのに大して時間がかからないんだろう。
「ニルスはわかるけど・・・ミランダは本当に強いわね」
ロゼも言っていた通り、見送りに来てくれた。
けっこう飲んでたように見えたんだけどな・・・。
「そんなにキツいのじゃなかったからね」
「早死にするかもよ」
「平気平気」
ちょっと羨ましい。ミランダと合わせて飲めたら楽しいんだろうな。
「じゃあ、またわたしに会いに来てね。・・・必ずだよ」
「もちろんまた来るよ。ミランダも一緒にね」
「その時は仲間が増えてるかもしれないよ。そいつにもロゼの洗い屋を使わせるからね」
「嬉しい。・・・じゃあ旅立ちのおまじないをしてあげる。はい、そっちを向いて」
ロゼはオレたちを振り向かせると優しく背中を押してくれた。
「きのう・・・わたしからもお話あるって言ったでしょ?結局言えなかったけど・・・」
「・・・なんだったの?」
「二人はずっとここにいてくれるんじゃないかなって思っちゃってて・・・一緒に住まない?って・・・言おうとしてたんだ・・・」
ロゼの声が震えている。
「ロゼ・・・」
「ダメ、街を出るまで・・・振り返らないでね。おまじないが解けちゃうから・・・またね・・・ニルス、ミランダ・・・」
もう一度背中を押された。
でも・・・。
「ニルス、行くよ」
ミランダがオレの腕を引っ張った。
ロゼの気配が遠ざかっていく・・・。
「ほら、急ぐよ」
ミランダに悲しんでいる様子はない。
オレは・・・これだけで泣いてしまいそうだ。
「ミランダは・・・寂しくないの?」
「・・・あのおまじない、どこに行っても友達だよって念じてするの。だからあたしは・・・寂しくないよ。・・・振り返っちゃダメだからね」
ミランダは言いながら微笑んだ。
あの見送りにはそういう意味があったのか。
本当は振り返ってもう一度ロゼの顔を見たいけど、おまじないが解けてしまう・・・。
『旅立ちの心得・・・知りたい?』
ああ・・・そうだった。
『振り返らないことだよ』
この場合は、ロゼが見えなくなるところまで・・・。
◆
「ニルス、ちょっとだけ・・・」
街道に出たと同時に、ミランダがオレの胸に顔を押し付けてきた。
泣いてる・・・。
「ごめんね・・・ちょっとだけだから」
「ミランダ・・・」
『寂しくない』は嘘だったみたいだ。
「・・・仲間なら・・・こういう時は優しく抱いてほしいな・・・」
ミランダは切なそうな声で呟いた。
オレが不安に襲われた夜にしてもらったこと・・・。あれからも何度かあった・・・。
「・・・こう?」
「そうだよ。分かち合い・・・」
だからオレも同じことをした。
早く笑顔が見たいから、ちょっとだけきつく・・・。
◆
「さあニルス君、出発よ」
ミランダが笑顔でオレの前を歩き出した。
誰かと・・・仲間と一緒っていいな。
もしミランダと出逢わずに一人ぼっちだったら、オレは今頃何をしていたんだろう?
「うわ・・・」
「すご・・・」
寂しいことを考えた時、体が舞い上がりそうになるくらい強い風が吹いた。
「風・・・北東に吹いてる」
「行けってことよね」
「もし・・・」なんて考えが吹き飛んだ。
いつの間にか鼓動が高鳴っている。
なにかが始まる予感・・・。
「走ろうミランダ。日暮れまでに宿場まで行かなきゃ」
「間に合わなさそうだったら、あんたがあたしを背負って走んのよ」
「任せて」
「仕方ないな・・・」
二人で走り出した。
もう夢が遠ざかることはない。
そうならないように、自分から近付いていくんだ。




