第四百三話 許さない【ルージュ】
たしかにティムさんとティアナさんの間には埋められない溝がある。
二人にも事情があるんだけど、隠し事って嫌だよね。
だけど、アメリアちゃんたちを思う気持ちは一緒だ。
そこだけは信じてあげてほしいな。
◆
「シロ、俺に付け」
「え・・・わっ」
飛んでいたシロがティムさんに捕まった。
急に足を引っ張られたら驚くよね・・・。
「どうしたの?」
「暴れんのはバカどもにやらせる。俺たちはアメリアだ」
「ティム・・・うん!」
「早く行ってやんねーとさ・・・」
それなら、わたしもそっちを手伝いたい。
「ティムさん、わたしも行きます!」
「ルージュ・・・ついてこい!」
「はい!」
バカだとは思わないけど、戦いはみんなに任せよう。
アメリアちゃんは眠らされているみたいだけど、もし目覚めてたらとっても不安だと思うし・・・。
誘拐・・・わたしは運が良かったから経験はしないで済んだけど、されそうになったことは二度ある。
一度目はテーゼで。
これは自分が悪いけど、あの時は「服を脱げ」って言われるまで危ない人だとは思わなかった。
お兄ちゃんがいなかったらどうなっていたんだろう・・・。
二度目は火山で。
あの人はすぐに悪意を出してきたけど、恐くて動けなくなった。
もし、カクがいなければわたしは・・・。
アメリアちゃんは、わたしと違って本当にそうなってしまった。
家族をみんな殺されて、家まで燃やされて・・・。
詳しくはわからないけど、それをした人たちはなにか恨みがあったとかではないみたいだ。
なら、どうしてそこまでできるんだろう?
理由が復讐だったとすれば、まだわかる部分はある。
それはお母さんを襲ったジェイスさんに、わたしが抱いた感情でもあるからだ。
でもわたしが復讐の感情を持てたのは、安全な場所に行けて、頼れる人たちがいたからだと思う。
そう・・・自分の力じゃない。一人だったらなにもできなかった。
守られていた・・・守ってくれる人がいた・・・。
そうでなければ、わたしもアメリアちゃんたちのようになっていたんだろうな・・・。
「私も行く!!」
ティアナさんがわたしたちの近くに来た。
「ティム、同行させてほしい」
「・・・勝手にしろ」
そうだよね、お母さんもいないとダメだ。
「隊長、わりーけど俺らは別で動く」
「絶対助けてきな」
ミランダさんはすぐに許可をくれた。
「当然だ。シロ!」
「一番右奥!馬車置き場近くのテントだ!」
わたしたちは盗賊たちに向かう隊列から離れた。
この三人と一緒なら怖いことは何も無い。
◆
「騎士団だ!!!」
盗賊たちがこっちに気付いたみたいで、お鍋を棍棒で叩いたような音が響き出した。
大きな旗を掲げてるからそりゃわかるよね・・・。
それにこんな場所だけど見張りも置いてたのか。
「騎士団・・・ふざけんな!なんでここがバレたんだ!!」「武器だ!!早く持ってこい!!」「開拓地なんてごめんだぜ!!」「返り討ちにできなきゃ終わりだぞ!!」
・・・盛り上がってきてる。
向こうからしたら突然のことだから、驚いて当たり前だ。
「いや、そんなに多くない!百もいないぜ!!」
「こっちの数までは知らなかったらしいな」
「女もいるぞ!生かして飼ってやろうぜ!」
「気を抜くな!楽しむのは終わってからだ!!」
お祭りみたいになってるな・・・。
数は向こうが三倍多い。
だけど戦力はこっちの方が上・・・だよね。
◆
馬車置き場が見えてきた。
目的のテントはすぐそこだ。
「どけ!!」
ティムさんが立ちはだかった盗賊を蹴り飛ばした。
ほとんどが正面に集まっているからこっちは手薄だ。
「邪魔だ!!」
ティアナさんが突然現れた男を投げ飛ばした。
わたしは剣を抜く必要も無いみたい・・・。
「シロ、あれだな?」
「うん、間違いない」
「大きいな・・・たしか八人と聞いた」
「なら全員あそこだ!」
わたしたちはテントに飛び込んだ。
◆
中の光景が目に入った瞬間、わたしの体が動かなくなった。
薄暗いけどわかる。大人の女性が三人と、男の子が二人、そしてアメリアちゃんも含めた女の子が三人・・・八人だ。
全員裸で・・・仰向けに寝かされている。
「え・・・な、なんだお前ら!」
起きていたのは服を着ていない男の人が一人だけ・・・裸のアメリアちゃんの体を触っていた。
なんてことを・・・。
「てめー!!!」
ティムさんが飛び掛かり、盗賊の首根っこを掴んで入り口まで投げた。
片腕で・・・イライザさんみたい・・・。
「ちっ、騎士どもか・・・ぐっ・・・」
「動くな・・・」
立ち上がろうとした男をティアナさんが踏みつけた。
剣はすでに抜かれている。
「殺しはしない・・・。だが、罰は必要だ」
ティムさんにも負けないくらいの殺気だ。
わたしじゃまだこの人には勝てそうにない・・・。
「三つ数える。片腕か去勢・・・選べ」
ティアナさんがとても冷たい声を出した。
え・・・きょ、去勢って・・・。
「一つ・・・。あの子を汚していた右腕か・・・」
「ひ・・・」
「二つ・・・。お前に必要なさそうな生殖器か・・・」
「腕・・・腕だ!」
「・・・」
ティアナさんは表情を変えないまま剣を持ち上げた。
「うああああ!!!!!」
苦痛、悲痛、激痛・・・そんな叫びが上がって、わたしはシロをぎゅっと抱きしめた。
腕って言ってたのに・・・。
「ちが・・・ちが・・・」
「お前たちは問答無用であの子を連れ去っただろう?命は見逃したんだ・・・感謝しろ」
よく見えない・・・見たくもないけど、あれって・・・あれを切られたんだよね・・・。
自分には無いけど、そこがなんだかムズムズしてくる・・・。
「お前らかわれ・・・。服探してあいつらに着せろ」
ティムさんがそこを押さえる男の人を引きずって外に出て行った。
たしかに、この人たちが目覚めた時に血だらけの盗賊がいたら恐いよね・・・。
「あの女にはそっちやったのか・・・。じゃあ俺は腕な」
「ぎゃああああああ!!!!!」
「うるせーよ・・・。ガキ相手に興奮してねーで、戦いに行きゃよかったな」
外ではまた別の報復がされているみたいだ。
容赦ないな・・・。
◆
「・・・あった。たぶんみんなの服だ」
シロが隅から大きな袋を引っ張ってきた。
早く着せてあげよう。
「アメリアのはわかるが・・・他のはわからん・・・。男の子も二人・・・間違っていたら・・・」
ティアナさんはおどおどし始めた。
「気にしてる場合じゃないです。間違ってたら謝ればいいじゃないですか。あ・・・光る腕輪も一緒に入ってますよ」
「下着は・・・他人のだったらどうする・・・」
変なこと気にする人だな・・・。
「あの・・・ならそれ以外を着せましょう」
「それで・・・いいのか?」
「僕に嗅がせて。匂いで誰のかわかると思う」
シロが女の人に鼻を近付けた。
精霊なら判別できるみたいだ。
「えっとね・・・この下着はこの人の。こっちは二番目の女の子」
「よし、着せよう。シロ、尻を持ち上げてくれ」
「服を分けてからにしよう。これは・・・そっちのお姉さんの」
でも・・・なんかいやらしいことをしている気がする。
シロが汚れていくみたいで、あんまり見たくなかった光景・・・。
◆
「・・・宝を先に取りに来るのは禁止するべきだったな」
みんなに服を着せているとジナスさんが現れた。
気分良さそう・・・。
「アメリアは裸だったぞ・・・。お前はなにもされていないと言っていた」
ティアナさんがとても恐い顔でジナスさんに剣を向けた。
そういえば、本当に無事だったのかは謎だ。
「まだ剥かれただけだ」
「それをどう信用しろというのだ!」
「股でも触ってみればわかるだろ?」
「キサマ・・・」
さすがにそれはできない・・・。
「大丈夫だよティアナ、全員の流れを見た。乱暴はまだされていない」
シロが確かめてくれていたみたいだ。
ああ・・・みんな無事でよかった。
「目覚めるまでまだ時間がかかる。アメリアのそばにいてあげて。・・・安らぎの魔法を」
「ああ・・・ありがとうシロ」
・・・いつの間にか静かだ。
向こうはどうなっているんだろう?
「ジナスさん、戦いは・・・」
「終わった。まあまあ面白かったぞ」
「犠牲者は・・・」
「出ていない。こちらの数をもう半分減らし、奴らの酒を抜いてからにするべきだったな」
こっちが余裕で勝ったってことか。
「とりあえずアメリア以外は騎士団に任せよう」
「そうですね。じゃあ、一旦みんなのところに行きましょう。ティムさんも外で待っていますし」
シロもいるけど、眠っている八人をわたしたちだけで運ぶのは無理だ。
早く街に帰してあげたい・・・。
「ルージュ・・・あの・・・ありがとう」
ティアナさんが頭を下げてきた。
わたし・・・なにもしてないんだけどな。
それなのに、こういうことができるなら・・・。
「顔を上げてください。・・・わたし、初めて会った時はあなたのこと大嫌いだなって思ってたんです」
「・・・そうだろうな」
「でも、今は違いますよ。そのままでいてほしいと思います」
もう嫌悪感は無い。
アメリアちゃんを抱く姿に、愛を感じるからだ。
「今のままか・・・。遅すぎたようだが、このまま生きようと思う」
「遅くないです。一緒に来るのを認めてくれたじゃないですか」
「・・・この事態だからだろう」
そうかな?
「大嫌い」から「嫌い」くらいにはなってそうだけど・・・。
「おい、全員服着せたのかよ!」
外から急かすような声が聞こえた。
もう少し、なにか希望のあることを言いたかったんだけどな・・・。
◆
「二百十二・・・一人足りないな」
「は?ちゃんと数えたの?」
「数えたって。間違いないよ」
「どれかが一人多いんじゃない?全員真っ直ぐに並びなさい!」
みんなの所に戻ってきた。
盗賊団は全員手を縛られて、腰縄で十人ずつ繋がれている。
「よう頭領。農地か開拓地か、どっちだろうなー」
「・・・」
「酒も女も長ーい間お預けだな。・・・あー!うめー!!!」
「・・・」
ウォルターさんが酒瓶を片手に持って、盗賊団をからかっていた。
・・・あのお酒ってこの人たちのかな?
「ちょっとちょっと、いい子にしてれば月に一度お酒出してくれんだって。これくらい高いのは無いらしいけど」
ミランダさんも酒瓶を持っている。
二人とも盗賊と同じことしてるんじゃ・・・。
「どこの誰に売ろうとしていたのかを必ず聞き出せ。初めてじゃないだろうからな」
お母さんは騎士団長さんと一緒にいた。
「過去も含めて買った奴も必ず捕まえて償わせろ。できるな?」
「承知しました!」
「命を賭けられるか?」
「無論です!」
すごいな、どっちが団長かわからない・・・。
「おいスコット、足りねーのはこいつだ」
ティムさんがさっきの男の人を蹴り飛ばした。
近くにあった布を巻きつけたみたいだけど、かなり凄惨な姿・・・でも、かわいそうっては思わない・・・。
「なんだ隠れて・・・うわっ!!」
「え・・・なに?ひいっ!!!」
スコットさんとティララさんが大声を出した。
そりゃ驚くよね・・・。
「うわあ・・・傷は塞がるけど、こっちはもう使い物にならないわね。まあ・・・ステラ様ならできると思うけど・・・」
ティララさんがそこに治癒をかけてあげた。
「そっちやったのはあの女だ。まあ、もう使う予定はねーだろ」
「・・・じゃあ腕はあんた?」
「殺してねーからいいだろ。・・・お前ら何見てんだ?」
みんな「何事か」って顔で集まってきていた。
男の人たちは、全員揃って青い顔をしている。
「裸のアメリアに触れた・・・当然の報いだ」
ティアナさんは平然と言い放った。
「スウェード家に手を出すとああなるのか・・・」「あそこまでやるか?」「やべー女だ・・・」
・・・みんな恐がってる。
誘拐してどうにかしようとしなければ、ここまではされないんじゃないかな・・・。
◆
「テーゼまで繋いだ。あとは勝手に帰れ」
ジナスさんが転移の魔法陣を出して消えた。
囚われていた人たちは騎士団に保護される。
目が覚めたら身元を確認して、家族の元にちゃんと帰してもらえるみたいだ。
「あ、いた。ルージュ」
ユウナギが来てくれた。
わたしたちもやっと帰れるんだね。
◆
魔法陣に入ると、一瞬でテーゼの入り口に景色が変わった。
うーん・・・便利だ。
「みなさんには感謝しています。ご協力いただき、ありがとうございました」
ティアナさんがみんなに頭を下げた。
「娘のために尽力していただいたと聞いています。このご恩は忘れません」
腕にはずっとアメリアちゃんを抱いている。
これからは離さないようにするんだろうな。
「我々元戦士の絆は強い。・・・悪いがあなたの娘ではなく、ティムの妹のために動いただけだ」
べモンドさんは言いながらティムさんの頭をグシャグシャと撫でた。
「恩着せがましいこと言うな・・・」
「ああそうだな、今のは建前だ。本当は楽しそうだから戦いに行ったのさ」
たしかに元戦士の人たちはみんな楽しそうだった。
・・・お母さんが一番。
「騎士団の繋がりも強いですよ。普段は素っ気なく、あまり他と関わろうとしない二人が必死に頭を下げてきた。無論、それが無くても動きましたが・・・」
騎士団長さんがイザベラさんとシェリルさんを見て微笑んだ。
「雷神に教わり、ずいぶん腕を上げたな。ぜひ他の者たちにも指導してやってくれ」
「ありがとうございました!」
「なんなりとお申し付けください!」
そういえば、騎士団であの二人は浮いてるって話だったな。
今回のことでそうじゃなくなればいい。
「見回りを強化してはいましたが、未然に防げなかった我々の責任でもあります。なのでお気になさらないでください」
衛兵団長さんは逆に敬礼で返してあげた。
『我々からも選出をお願いいたします!元戦士と共に戦いたいのです!!』
まあ・・・この人たちも行きたかったからっていうのが一番なんだろうな。
「私たちはどうせ暇でしたから」
「そうですね。たまたま近くにいたので」
「まあ・・・負けはしたが遺恨は無い。必要なら手を貸すさ」
ヒルダさん、ケイトさん、ロギンスさんもお礼を笑い飛ばした。
他の闘士さんたちも頷いていて雰囲気がいい。
◆
「騎士団、衛兵団は代表と何人か残ってて。元軍団長のおじさんもね」
ミランダさんが団長さんたちを集めた。
「あとは・・・アリシア様とケイトも」
「私も・・・」
「え・・・何をするんですか?」
「とりあえず待ってて」
もう遅いのにどうしたんだろう?
「ケイトさん・・・試合を見させてもらった。素晴らしい腕だ」
「えっと・・・騎士団長さんにお褒め頂いて光栄です」
「少し・・・話しがあっ・・・」
「ミランダ様、記者たちを連れてきましたよ」
ハリスさんが嬉しそうな顔で姿を現した。
気付いたらいなかったな。
それに・・・記者?
「よーしあんたたちは取材に答えること!」
「ではシルエラ様、あとはお願いします」
「お任せください」
あの人たちも真夜中に大変だ・・・。
「今回の事件を明日の新聞に載せます。行方不明者の救出と盗賊団の壊滅。騎士団、衛兵団、元戦士、そして闘士たちが協力して解決。街の方たちからの信頼が今まで以上に高まりますし、観光客も安心して帰れるでしょう。・・・さあ、お話を聞かせてください!」
これはミランダさんの指示か。
運営って色んな事考えないといけないんだな・・・。
◆
「ん・・・」
記者さんたち、騎士団と衛兵団、協力してくれた闘士さんたちが街に消えて、もうじき深夜の鐘が鳴る頃、アメリアちゃんが目を覚ました。
ベッドの上の方が良かったかもしれないけど、夢と間違われるかもしれないからここでいいと思う。
「あ・・・」
「どうした?」
「・・・」
アメリアちゃんはティアナさんの胸に顔を埋めた。
飛び出しはしたけど、やっぱり恐かったんだね。
「アメリア、話はあとで聞く」
ティムさんが頭をそっと撫でた。
「泣きたい時は、おもいっきりの方がいいんだ。じゃねーと、俺みたいになるぞ」
「うう・・・あ・・・ああ・・・」
泣き声は少しずつ大きくなっていった。
だけど、なんだか幸福な響きだ。
「オレたちは視界に入らないところで待ってようか」
お兄ちゃんが下がった。
うん、見守るのはスウェード家だけでいい。
「僕はバニラを連れてくる。ずっと待たせてた」
「なにかお礼をするよ」
「うん、待っててね」
シロは夜空に飛び上がり、恋人の待つ時の鐘に向かった。
一人ぼっち・・・寂しかっただろうな。
「すまんが儂もナツメを待たせている。失礼するよ」
「ええ、ありがとうございました」
「礼などいらんよ。ミランダ隊・・・楽しかった」
おじいちゃんも街に向かった。
ナツメさんも待ちくたびれちゃったかも・・・。
「みんなも、もう帰っていいんじゃない?」
お兄ちゃんが鼻で笑いながら言った。
「違うわニルス。みんなで待ってようでしょ?」
「そうだぞ。見届けてからだ」
ステラさんとお母さんは残るみたいだ。
うん、見守っていたい。
「ルージュは明日試合よね?」
ミランダさんがにやけながら指をさしてきた。
「わたしも待ってます。このまま帰っても寝れないと思いますし」
「心配性ね。まあいっか、明日試合の四人は開始に間に合えばいいことにする。だから、終わったらしっかり休むのよ?」
「ありがとうございます」
それならけっこう休める。
「けど・・・あんたらはちゃんと来なさいよ?」
「売り子もあるんで行きますよ。お二人は?」
「私も最後まで見届けようと思います」
「まあ・・・気になるからな。それと、一人で行動するのは怖い」
ヒルダさん、ケイトさん、ロギンスさんの三人も残っていた。
騒がしくしなければ、ティムさんたちも怒らないだろうしね。
はあ・・・ちょっとだけお腹減った。
露店のおじさん、まだ待ってくれてるかな・・・・。
◆
「すぐに・・・家を出たの」
アメリアちゃんの嗚咽が治まった。
でも、まだ鼻声交じりだ。
「道もわかんないけど・・・とにかく遠くまで・・・」
ティムさんも、ティアナさんも、イザベラさんとシェリルさんも、みんな静かに聞いていた。
叱られたりとかは無さそうだ。
「ずっと走ってて・・・いつの間にか狭い道に入ってて・・・。急に腕を誰かに掴まれたの・・・目も塞がれて・・・そこからは憶えてない・・・」
馬車で運ばれたこととか、他にも同じ目に遭った人たちがいたこととか、みんなが助けに来てくれたことも憶えてないみたい。
「わたしは・・・どうなってたの?」
「あなたは盗賊団に誘拐されたの」
シェリルさんが教えてあげた。
「お前が寝ていた間のこと、全部教えるよ」
ティアナさんは、抱きついていたアメリアちゃんを優しく離した。
今回の発端は隠し事が原因だ。
またそれをすることはできないよね。
◆
「ごめんなさい・・・許してください・・・」
アメリアちゃんはいきさつを聞くと謝り出した。
「お前はなんも悪くねーよ」
ティムさんが優しい声をかけてあげた。
そう、悪くない。
「お兄ちゃん・・・やっぱり・・・わたしはいない方がいいと思う・・・ごめんなさい・・・」
「そう思ってんのはお前だけだよ」
「・・・でも、わたしのせいで・・・明日も試合あるのに・・・」
大丈夫だよ、お兄ちゃんは・・・。
「お前俺の話憶えてねーのか?」
「・・・」
「朝言ったろ?お前らのための時間なら、いくらでも取れるんだよ」
ティムさんは妹を抱き寄せた。
あの優しさはわたしとセレシュも知っている。
本当にそうしてくれるから・・・。
「あとさ・・・お前が不安に思ってること、全部教えてやるよ」
「・・・全部?」
「昔のスウェード家の話だ。・・・お前らはそっちにいるバカどものとこ行け」
「・・・」「・・・」「・・・」
ティアナさんたち三人は素直に距離を取った。
その「バカ」にわたしも入っているのかな・・・。
◆
ティムさんとアメリアちゃんは、座って向かい合った。
薄い月明かりは、二人だけのためにある気がする。
「スウェード家に生まれた女には・・・呪いがかかるんだ」
ティムさんは月を見上げた。
「呪い・・・」
「ああ、男が大っ嫌いになる呪いだ。だからあそこには男もいねーし、俺ら三人の父親もいねーんだよ」
「離れて暮らしてるって・・・」
「そうらしいけど、居場所は誰も知らない。まあ今さら出てきても、父親だなんて思えねーけどな」
ティムさんたちのお父さんか・・・どんな人かは気になる。
「俺は・・・生まれた瞬間からオスって呼ばれてた。あいつらに名前で呼ばれた記憶も無いんだ」
「オス・・・」
「スウェード家に生まれた男は、家畜以上使用人以下ってしきたりがある。ずいぶんひどい目にあった・・・」
「お母さんと・・・お姉ちゃんたち?」
ティアナさんたちはずっと目を閉じて聞いている。
ティムさんが三人に「帰れ」って言わなかったのは、聞いてほしいっていう気持ちもあったからなのかな?
「ハンナたちは違ったんだ。あいつらは俺を人間として扱ってくれた・・・」
「・・・」
「・・・こえー顔すんのは、たぶんそういうことだ」
「・・・」
アメリアちゃんはティムさんをじっと見つめている。
事情を知った今、どういう思いでいるんだろう?
「そうか・・・ハンナたちが・・・」
「私たちもよく思われてはいないみたいね・・・」
姉妹は、ハンナさんたち使用人の気持ちを始めて知ったみたいだ。
今までまったく顔に出さずに仕えてきたけど、再会したことでそれができなくなってきたんだと思う。
大人には隠せていたのかもしれないけど、敏感なアメリアちゃんにはとっても恐く見えたんだろうな。
「なにか思うところがあるのなら、これからはハンナたちに気を遣ってあげなさい」
ステラさんが二人の肩を叩いた。
「はい・・・」
「そうします・・・」
「そうすれば、もっと素敵な女性になれるわね」
使用人とは言っても相手は人間だ。
良く思われるようにして、なにも損することはないしね。
◆
「それで・・・飛び出したんだよ。今日のお前と同じだな」
ティムさんの話が終わりかけた時、深夜の鐘が鳴った。
でも、誰もそれを気にしていない。
もっとあの二人を見ていたいからなんだろう。
「わたしも・・・窓からの風を浴びて、不思議な気持ちになったの・・・。辛いなら・・・飛び出しちゃえって言われた気がした」
「そうか・・・。じゃあやっぱりあの時の風だったのかもな」
ティムさんは優しく笑った。
「思いを運ぶ風」だ。
「でも・・・わたしはお兄ちゃんみたいにうまくいかなかった・・・」
「ツイてなかったな」
「うん・・・」
「まあ、俺も飛び出したあとはけっこう大変だったんだ。運が悪かったら死んでたかもな」
たしかにそうかもしれない。
オーゼさんとモナコさんに出逢わなければ、今のティムさんはいないんだよね・・・。
◆
「こんくらいだ・・・。お前は頭がいいから、予想してたことは大体合ってたんだよ。嫌な思いをさせたな・・・」
ティムさんは自分が教えられることを全部話した。
本当は嫌だったけど、アメリアちゃんたちのためにまた家族として振る舞っていたこと・・・子どもたちには知られたくなかったこと・・・。
「嫌な思いをしたのは・・・お兄ちゃん・・・ごめんなさい」
「別に・・・。エリィ、アリシア、ステラ、ミランダ、それにハンナたちもいたからそこまでじゃねーよ」
「教えてくれて・・・ありがとう・・・。なにも知らなくて・・・ごめんなさい」
「話してねー俺らが悪いんだ。あとは・・・」
あとはすべてを知ったアメリアちゃんがどうするかだ。
「わたしは・・・お母さんもお姉ちゃんたちも・・・悪い人には思えないし、嫌いになれない・・・」
「ああ、それでいいんだ。・・・だからお前らは、これからもあいつらを信じてやってほしい。・・・もう呪いは解けてるらしいからな。だからベルクはお前らと一緒にいれるんだ」
ティムさんは、元家族たちが変わったことを知っている。
それなら・・・。
「・・・けど俺は、あいつらをこれから先も許さないと思う」
「うん・・・」
「でもお前たちはなにかされたわけじゃない。むしろ、真剣にお前たちの幸せを考えてくれている。ああ・・・もちろん俺もだ」
「うん・・・」
アメリアちゃんはティムさんの胸に抱きついた。
許さないか・・・。
さっきティアナさんに希望のある言葉をかけてあげようとしたけど、できなくてよかったな・・・。
「わたしはお母さんたちを信じる・・・。お兄ちゃんも・・・」
「じゃあ、ちゃんとあいつらのとこに帰れよ?」
「うん・・・でも、お兄ちゃんにも会いたい」
「テーゼでならな・・・」
アメリアちゃんの気持ちは少しだけわかる気がする。
昔のお兄ちゃんに、ひどいことを言ったお母さんをわたしは嫌いにならなかった。
それは本当にいいお母さんだからだ。
たぶん・・・同じようなことなんだと思う。
「それと・・・お前がこれをテスたちに話すかどうかも任せるよ」
ティムさんはいじわるな顔で笑った。
わかってるくせに・・・。
「言わない・・・。みんなの気持ち・・・知ったから・・・」
ほらね、誰だってそう思うよ。
「じゃあ、もう出て行ったりしねーな?」
ティムさんは一枚の紙を取り出した。
「あ・・・」
「これから使うかはわかんねーけど・・・取っとけ」
「うん・・・忘れないように取っておく・・・」
「つーか、いなくなっても精霊に聞きゃ場所わかんだよ。家出しても今回みてーにすぐ迎えが来るからな?」
うん、きっと「すぐ」に来てくれる。
大切に思ってるってことだ。
◆
「全部話した。それでも・・・アメリアはスウェード家に帰るってさ」
二人は手を繋いでこっちまで歩いてきた。
全部聞こえてたんだけどね・・・。
「アメリア・・・私たちは・・・」
「お母さんも・・・お姉ちゃんたちも・・・信じてるから・・・」
アメリアちゃんがティアナさんに抱きついた。
あの気持ちはこれから裏切られることは無い。
だって、ティアナさんたちは愛を掴もうとしている。
遠ざけるような道を選んだりはしないはずだ。
「隠していて・・・すまなかった」
「わたしも・・・迷惑をかけてごめんなさい」
「迷惑なんかじゃない・・・。お前たちは、もっとわがままを言っていいんだ・・・」
うん、少しくらいそれがあってもかわいいって思えるもんね。
「じゃあ・・・一つだけ・・・」
「なんだ?言ってみてくれ」
「女の子だけのアカデミー・・・行ってみたい・・・エリィさんがいるなら・・・きっと大丈夫だから」
「ああ・・・すぐに手続きをしてやる・・・」
アカデミーに行きたいってわがままなのかな?
まだ気を遣ってるって感じだ。
「ティアナさん、手続きだけじゃダメです。指定の鞄と制服に靴も仕立てないといけませんよ」
まあ、その内無くなると思うからわたしは後押しをしてあげよう。
「ルージュ・・・」
「アメリアちゃん、お祭りが終わったらどんなのか見せてあげるね」
「ありがとう・・・お姉ちゃん・・・」
「え・・・」
胸の奥に衝撃が走った。
「お姉ちゃん」か・・・わたしも弟か妹が欲しくなってきたな・・・。
◆
「アメリア、せっかく外に出たんだ。祭り見に行かないか?」
ティムさんが明るく笑った。
もう夜更け、そして明日のために寝ないといけないはず・・・。
「お兄ちゃんは・・・明日試合・・・結婚できなくなる・・・」
「行きてーってことだな?」
「・・・」
アメリアちゃんはかわいく頷いた。
「心配すんなよ。そこの三人が俺より強く見えるか?」
三人・・・。
「ニルスさんとアリシアさんには・・・勝ったことないって、シロが教えてくれた」
「・・・」
ティムさんの顔が固まった。
シロは色々教えてあげたんだろうな・・・。
「もうみんなで行こうよ。あと鐘二つくらいならあんたたち平気でしょ?」
ミランダさんがティムさんの背中を叩いた。
もう疲れを通り越しているみたいだ。
「みんな・・・」
「大丈夫よ。ティムの周りにいる男どもは、全員あたしには逆らえないの」
たしかにそうだ、誰も逆らえない。
「ハリス、エリィ連れてきて。ついでにハンナたちに色々説明してきな」
「・・・かしこまりました」
ハリスさんはちょっとムッとしたけど、すぐ影に沈んだ。
アメリアちゃんの前では逆らえなくなっちゃったってことか。
「じゃあ、みんなで行こうか。そうだ・・・露店通りでおじさんを待たせてたな」
お兄ちゃんがわたしの頭を撫でてくれた。
・・・やった、もうお腹ペコペコだよ。
「露店通りね・・・アメリア、腹減ってんだろ?こいつがうまいの奢ってくれるってさ」
「いいよ。一緒に来る人たち全員に食べてほしい。もちろんティアナたちも。・・・よし、行くぞ」
お兄ちゃんはティムさんと並んで歩き出した。
「ねえ・・・お兄ちゃんって、やっぱりエリィさんよりも・・・ニルスさんが好きなの?」
アメリアちゃんがティムさんの手を取った。
「あ?おい、隣歩くな!アメリアが勘違いしてんだろーが!」
「いたっ・・・なんだよ・・・」
「寄るんじゃねー!俺はお前を一生許さねーからな!」
たぶん・・・そうなんだろうね。




