第四百一話 全部【ミランダ】
アメリアが消えた。
ここまで思い詰めてるとは思わなかったな・・・。
両親を目の前で殺されて・・・。
同じ人間とは思えない奴に毎日慰みものにされて・・・。
たしか一番長かったのよね。
どんな気持ちだったんだろう・・・。
たぶんその反動で、みんながずっと笑顔でいられる優しい世界だけに触れていたかったんだろうな。誰も嫌な思いをしない、とっても素敵な世界だ。
だから自分の周りにそういう存在がいるのは耐えられない。
新しいお母さんとお兄ちゃんが自分のせいで嫌な思いをしている・・・。
だとすれば、今日の食事会はかなり辛かったはずだ。
そして・・・この状況はまずいよね。
『風・・・あん時と同じ気がする・・・』
ここに来る途中、ハリスが迎えに来る前に強い風が吹いた。
『あん時っていつ?あたしは小声でも聞き逃さないよ』
『俺に決断をさせた風だ・・・』
『ああ、ニルスの風ね』
『んなことあるかよ・・・』
アメリアも、それで飛び出しちゃったのかも・・・。
◆
「・・・ステラ、騒がしくなる。ガキどもに昏睡の魔法をかけてきてほしい。朝まで起きねーよーにな・・・」
「わかった・・・」
「慌てんな・・・全員俺の言うことを聞け」
ティムは冷静だった。
・・・でもわかる。大声出しそうなのを必死に抑えているだけだ。
「隠れてるだけかもしんねー・・・まず屋敷中を探せ。ベッドの下、本棚の隙間、天井裏、鍋の中まで・・・全部だ」
「・・・わかった」「任せなさい」「承知しました」「くまなくだな」「協力しましょう」
みんなが走り出した。
いれば・・・いいんだけど・・・。
◆
「どこにも・・・」
屋敷中を探したけど、アメリアはいなかった。
ああ・・・本当に出てったのか・・・。
「探しに行く!!」
ティアナが一人で飛び出した。
あたしたちも・・・。
「待て!バカは行っちまったけど、アメリアはすぐに見つかる!」
駆け出そうとした時、ティムが声を張った。
え・・・。
「居場所がわかるの?」
ステラが詰め寄った。
こんなに焦ってるのはいつ以来だろう・・。
「シロかカゲロウ、アメリアの居場所がすぐわかるだろ」
あ・・・そうだ。
「・・・言われてみればそうね。アメリアよりもどちらかが見つかれば・・・」
「あ?シロは帰ってんじゃねーのか?」
「お祭りだから遊んでいるはずよ・・・」
そういやきのうもけっこう遅くに帰ってきたわね・・・。
「カゲロウは孤児院にいんだろ!」
「昼間聞いたが・・・年長の子どもたちと祭りを回ると言っていた」
イザベラが申し訳なさそうに俯いた。
年長なら・・・まだ帰ってないかも・・・。
「・・・テッドさんとメルダさんにお願いして人を動かしてもらう!一応孤児院にも行ってみる!」
ステラが消えた。
・・・なんでその二人?
「私たちは騎士団と衛兵団に協力を要請しよう。・・・頭を下げてくる」
「一人でうろついている子どもは全員保護するように伝えるわ。きっとアメリアも見つかる・・・」
イザベラとシェリルも血相を変えている。
騎士団では浮いてるって聞いてたけど、さすがにこういう時は協力してくれるはずだ。
大会も見てただろうしね・・・。
「アメリアはたぶん腕輪をつけてる・・・お前らわかるか?」
「なるほど、青く光る腕輪をつけた女の子・・・探しやすくなるな」
「特徴も伝えるわ」
「シロとカゲロウも探させろ!早く行け!」
これでかなりの人数が動いてくれる。
「私は戦士たちを頼ろう。シロとカゲロウの見た目は知っている者が多い。ルルの店と墓地に行けばたくさんいるはずだ」
「頼む・・・」
「そんな顔をするな。必ず見つかる」
アリシア様も外へ向かった。
元戦士たちか・・・飲んでても協力してもらおう。
「俺も出る。エリィ、お前はここで待ってろ。・・・ハンナたちもだ」
ティムが上着を脱いでエリィに預けた。
・・・走れないのは置いていくのか。
あ、えっと・・・出遅れたあたしは無視?
「ティムさん・・・」
「ティム様・・・私たちも・・・」
エリィたちは納得いかないみたいだ。
「アメリアが戻るかもしんねー・・・。屋敷を寝てるガキどもだけにする気かよ!!」
「・・・」「・・・」
まあそれが一番いいわね。
「明日はいつも通りの朝にしてやれ。・・・ミランダ、行くぞ」
背中を叩かれた。
なんだ・・・忘れてなかったのか。
◆
「どこを探すか・・・」
ティムは屋敷を出て左右を見た。
外に出たはいいけど、どう動くかが決まっていない・・・。
アメリアはいつ出て行ったのか。
たしかあの子が食堂を出た時・・・時の鐘は七つだった。
他の子たちを寝室に行かせたのがその次の時の鐘・・・。
けっこう時間あんのよね・・・。
置手紙残すんならどこに行くとか書きなさいよ。
「待て・・・精霊なら誰でもいいんじゃねーのか?」
「は?」
「精霊同士なら離れてても会話できんだろ?そんでシロかカゲロウに聞けばいい」
「お・・・おおーーー!!!」
みんな焦っていて気付かなかったことだ。
バカのくせに頭使ったみたいね。
「それよ!ならハリスを呼べば早い。今なら絶対リラかチルといるはず」
「呼べ!」
「わか・・・あ・・・」
「あ?」
ああそうだ・・・。
『なぜ目の前にベルを置いているのですか?』
『すぐ呼べるようにじゃん。大会終わるまではずっとここにあるよ』
・・・持ってない。
「闘技場の・・・運営本部に置きっぱなしだ」
「バカかよ!!」
「こんなの予想できるか!!」
うちに取りに行くよりは闘技場の方が近い・・・。
「走るよ!」
「おせーから運ぶ。掴まってろ!」
ティムに抱きかかえられた。
わかってんじゃん・・・。
「待って、あたしは周り見るから背負って。あんたは最速で闘技場に走ること!」
「頼むぜミランダ隊長・・・屋根の上行く」
これで見つかればいいんだけどね・・・。
◆
「すげー美人の客引きいたんだけど、高すぎて断っちゃった」「肉焼いてた露店で火事になりかけたってさ。衛兵がすぐ消してくれたらしいぜ」「露店通りの的当て屋は詐欺だからやめとけ。取らせる気ねーよ」「酒場通りいこーよ。適当な男引っかけて奢らせちゃお」
道行く人たちはみんな笑顔だ。
走るあたしたちの気持ちなんか誰もわかっていない・・・。
「なあ・・・すぐ見つかるよな?」
ティムが弱音に近いことを言った。
初めて聞いたかも・・・。
「ミランダ隊に弱気な奴はいないよ。すぐ見つけるぞ・・・でしょ?」
「・・・そうだな」
「前向きに考えなよ。みんな協力してくれるんだからさ」
「役に立たなかったら許さねー」
あたしを支える腕に力が入った。
そうそう、あんたはそれでいいんだよ。
「見つけたらどうすんの?」
「家に帰す・・・」
「怒んないの?」
「別に・・・あいつはなにも悪くねーよ」
できれば・・・あたしたちが見つけるのが理想かな。
でも・・・最悪な事態が起こっていることも頭の隅には置かなきゃいけない。
口には出さないけど、ティムも色々考えているはずだ。
例えばまた攫われてしまっている・・・。
優しい顔で近付いて、家に連れ込むなんてよくある手だ。
やる奴はやる。だからもう外にいないって可能性もある。
・・・早くシロかカゲロウに報せなきゃいけない。
◆
「来るまでだ」
「当然」
闘技場の運営本部に駆け込んで、おもいきりベルを鳴らした。
早く来い・・・。
◆
「・・・なんのご用でしょうか」
ハリスはすぐに来てくれた。
・・・ちょっと嬉しそうな顔してる。
「食事会は無事に終わり・・・お二人で密会ですか?ふふ・・・エリィ様にお伝えしなければいけませんね」
「アメリアがいなくなった。シロかカゲロウに探してもらいたいんだ。リラかチルの所に連れて行ってくれ!」
「・・・」
ハリスは顔を引き締めた。
ふざけてる場合じゃないってことはわかってくれたみたいだ。
「実は・・・二人とも女神に呼ばれてどこかへ行ってしまったのです。深夜の鐘が鳴る前には戻るとだけ・・・」
ハリスはティムから目を逸らした。
なるほど・・・寂しかったから呼ばれて嬉しかったのか。
「女神は境界にいんじゃねーのかよ」
「そこを話しても仕方ありません。いないものはいないのですから」
たしかに・・・。
ここで「コトノハは女神で・・・」とか説明しても意味が無い。
「足使うしかねーな・・・」
「私も協力します。街へ戻りましょう」
「助かる・・・」
「急ぎますよ」
ハリスに腕を掴まれた。
これで移動がだいぶ楽になる。
ていうか、帰らせないで隠れて様子見てもらっとけばよかったな・・・。
◆
「わかってるよ!!動かせる奴は全員街に出した!!」
影から出ると、メルダが目の前にいた。
みんなの向かったとこを先に話しとくべきだったな。
「見るかはわからんが・・・街の掲示板全部に、シロとカゲロウはこれを見たらティムに会えって書かせた」
「見つけた場合の伝達はどうなっていますか?」
「客引きの女どもだ。春風の名札付けてるのに聞け」
みんな頭はいいけど、客引きのお姉さんにそんな動けんのかな?
娼館で客相手に情報集めんのとは違う気がするんだけど・・・。
「・・・先にアメリアが見つかったらすぐ家に帰してほしい」
ティムがまた弱気な声を出した。
そうなってくれてれば・・・。
「心配するな。力になるって約束しただろ?べモンドも動いてくれてる」
「泣いてたら・・・すぐに俺を呼べ」
「もちろんだ。・・・ハリス、あんたがいるんだ。知恵を絞れ」
なんか二人の関係ってよくわかんないのよね・・・。
「どうやら心配は無いようですね。一度商会に行ってみましょう」
でもハリスはかなり信頼してる。
じゃあ、任せていいってことだ。
◆
「遅い。ちゃんと拍子に合わせなさいよ」
「・・・うん、もう一回やってみる」
「さんはい、トゥールットゥル、トゥールットゥル・・・またずれた。これじゃ一緒に吹けないじゃない」
「ごめん・・・もう一回教えて」
談話室では呑気な土笛の音色が響いていた。
「気晴らしだけど真剣にやってよ」
「うん・・・」
「大丈夫だって。明日の朝にステラさんに相談してみよ」
「ありがとう・・・もう一回」
なんかいちゃついてるわね・・・まあいい、入っちゃおう。
◆
「あ、おかえりなさい」
「す、すみません。今日もお世話になります」
談話室の中には、聞こえていた声以外はいなかった。
レインとシング・・・。
二人だけ・・・他のはまだ帰ってない?
「ミランダさん、衛兵さんって頼りになるんですよ。ちょっと危なそうなお姉さん二人に連れてかれそうになったのを助けてくれたんです」
「なにも言わずに引き離してくれたよね」
どうでもいい話を・・・。
「シロは!!」
「え・・・まだ帰ってないですね。どうしたんですか?」
「ちっ・・・」
「な、なんですか・・・」
居場所を知ってるかだけでも聞いておこう。
「シロがどこにいるか知ってる?」
「えー・・・闘技場で別れたんです。たしか中央区の広場に人形劇を見に行くって・・・」
「わかった。あ・・・シロが戻ったらティムに会いに行けって必ず伝えて!」
中央区か・・・。
◆
「アメリア―ーー!!!」
影から出た瞬間、ティムが叫んだ。
だけど、周りは面白半分でこっちを見る奴らだけ・・・。
「シローーー!!!」
広場は人でごった返している。
みんなからしたら、急に大声出した酔っ払いくらいにしか思われていない。
「失礼、人形劇はもう終わったかご存じですか?」
ハリスが適当な奴に声をかけた。
「え・・・夕方の部で最後だよ。見たけりゃ明日」
「あはは、お兄さん人形劇が見たいのー?」
「ありがとうございました」
つまり、シロがここにいる可能性は低い・・・。
「アメリア―ーー!!!」
人混みの中から、ティムとは別の叫び声が聞こえた。
「・・・どうしますか?」
「真っ先に飛び出したバカだ。ミランダ・・・説明してやれ」
あたしか・・・。
◆
「そうか・・・名札を付けている女だな」
ティアナに今どうなっているかを説明した。
シロとカゲロウがいればすぐに見つかることも。
「精霊が見つかればいいんだな?」
「うん、闇雲にアメリアだけ探すよりはそっちの方が早いと思う」
説明が終わると同時に時の鐘が鳴った。
九つ・・・時間が経ち過ぎている。
騎士団も戦士も協力してくれてるなら、なにか手がかりくらいは見つかってもいいのに・・・。
「お・・・スウェード家だ!!」「あ、本当だ」「ティムとティアナがいるぞ!」
誰かが気付いて、瞬く間に人が集まってきた。
「ハリス!」
「見られるのは遠慮したかったのですが・・・」
「早く移動しろ」
「・・・」
ハリスはあたしとティム、そしてティアナも抱き寄せて影に潜った。
◆
「大迷惑です・・・」
すぐ近くの小路に出た。
ハリスは奥歯を噛みしめている。
大勢の前で影の力は使いたくなかったんだろうな。
「知るかよ。似顔絵出したのはおめーらだ」
「その通りだ。それに寄ってきても蹴散らせばいい」
闘技場に来てない人も似顔絵で顔は知っている。
大々的に宣伝したから、闘士は今じゃ歌姫くらい有名人だ。
「・・・お二人は屋敷に戻った方がいいかもしれませんね」
「戻る気はねー!」「戻る気は無い!」
親子は同じ顔でハリスを睨んだ。
息ぴったりじゃん・・・。
「叫ばずに周りを見てください・・・。まずは春風の方を探しましょう」
それがいい。
客引きなんてその辺にいるけど、春風のは・・・。
「見っけ!行くよあんたら!」
名札は何度も見てるからすぐにわかった。
どのくらいの情報があるか・・・。
◆
「騎士団、衛兵団、元戦士にも情報は行き届いている。連携はしっかり取れているわ。でも・・・まだ見つかったという報告は無い」
お姉さんは淡々と状況を教えてくれた。
・・・こういうの慣れてんのかな?
「シロとカゲロウもか?誰か一人でいいんだ!」
ティアナはかなり熱くなっている。
落ち着け・・・ないか。
「恐い顔しないで。・・・アメリアという子も含めて、私たちのほとんどは人相を知らない。青く光る腕輪をつけた女の子、白い髪の男の子、銀髪の女・・・それだけの情報しかないの」
「・・・悪かった」
「別に怒ってないわ。・・・たくさんの人間が動いている。姿を見た者が出てこないってことは、建物の中にいる可能性が高い。曲芸小屋や劇場・・・客席側は暗いから髪の毛の色だけじゃ見つかりにくいわね」
なるほど・・・本当に全部探さないといけない。
「だから・・・アメリアという子については、色々覚悟をしておいた方がいいわ」
「覚悟・・・」
「かなりの人数が動いていて見つからない・・・わかるでしょ?」
「・・・」
言わなくていいのに・・・。
「・・・ニルス・クラインの居場所はわかりますか?」
ハリスが探し人とは違う名前を出した。
なんで今ニルスなのよ・・・。
「おめー狂ったか・・・」
「いえ、いれば何とかなりそうだと思っただけです」
いれば・・・たしかにちょっと安心感はあるかも。
ニルスの「なんとかする」が聞きたい・・・。
「ああ・・・実物もとってもいい男だったわ。・・・少し前にここを通ったの。マントを被ってたけど私の目は誤魔化せない」
「どちらに行きましたか?」
「お仲間さんたちと露店通りに行こうって話してたわ。走れば追いつくんじゃないかしら」
仲間・・・たしかジェイスとヒルダに「遊ぼう」って声かけてたわね。
シロかカゲロウを知ってるかもしれないし行ってみるか。
◆
「甘い生地ですね・・・いいですねー、これ好きです」
「お兄ちゃん、一口ちょうだい」
「ニルス、僕も食べてみたい」
露店通りをちょっと進むと、ニルスたちがいた。
「ヒルダとユウナギも食べる?いや・・・おいしいから食べて」
「いいんですか?」
「わあ嬉しい。たくさんご馳走していただいてありがとうございます」
「じゃあみんなの分を買うね。おじさん、あと四人分焼いてください。ほら・・・中の果物選んで」
ジェイス、ヒルダ、ルージュとユウナギも一緒だ。
全員呑気な顔して・・・。
「おいニルス!!」
ティムが叫んだ。
ニルスに会えてよかった。
こいつもちょっと安心したって感じだからね・・・。
「あれ・・・食事会は?え・・・なんでお前たち二人が一緒にいるんだ・・・」
ニルスはティアナを見て目を丸くした。
「シロかカゲロウを見なかったか!」
「まさか・・・ついでに和解し・・・」
ニルスが殴り飛ばされた。
余計なこと言いそうになったからだ・・・。
◆
「そんで今探してんのよ」
さっきまでのことを全部教えた。
ニルスはまだ倒れたままだ。
「騎士や衛兵が駆けまわっていたのはそういうことか」
ジェイスは冷静に周りを見ていたみたい。
「精霊の居場所を知りたい・・・。早くアメリアを見つけなければ・・・」
ティアナはジェイスだけを見ている。
今は冷静な奴が頼りになりそうだからかな?
「あの・・・シロは少し前に会いました!」
ルージュがティムの腕を引っ張った。
手がかりだ!
「どこに行ったかわかるか?」
「あの・・・時の鐘の塔です。高い所からテーゼの街明かりを見るって」
「・・・なるほど、見つからないわけですね」
ハリスはティムとティアナを引き寄せて影に沈んだ。
え・・・あたしは?
「協力していただけるのであれば、鐘の下まで走ってください」
ハリスは二人だけを連れていなくなった。
・・・まあいい、もう焦んなくていいもんね。
◆
「本気で殴られるとは思わなかったな・・・」
ニルスがほっぺに治癒をかけながら立ち上がった。
おそ・・・。
「ニルス、あたし背負って鐘まで走って」
「そのつもりだ。みんなは・・・」
「行きます!」
「俺も協力したいです」
「僕もそうしよう」
「私もお供します」
いい奴らだ。
「おじさん、お金は置いていきます。またあとで来ますので」
「あ、ああ・・・待ってるよ」
使えるもんは全部使った。
だから、これで解決・・・だよね。




