表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Our Story  作者: NeRix
地の章 第一部
4/481

第三話 思い上がり【アリシア】

 初めての戦場から五ヵ月が過ぎ、風の月になった。

アカデミーもこの間終わり、今は朝から晩まで訓練場に通っている。


 次はいよいよ前線、もっともっと鍛えなければ・・・。



 「おかえりアリシア」

「ただいまルル」

戦士になってから帰りが晩鐘のあとになることが多くなった。

孤児院の夕食が終わる頃だ。

 「はい、たくさん食べてね」

「ありがとう」

ルルは毎日私の帰りを待っていてくれて、一緒に食べてくれる。

他の子たちはもう食べ終わって、自分の部屋でお風呂の順番を待っているみたいだ。


 「ルル、今日はアリシアに報告があるでしょ?」

今日はセス院長も一緒だ。

嬉しそうな顔だからそういう話なんだろう。

 「なんの報告だ?」

「ふっふっふ・・・あたしもお仕事を始めることになったの。中央区の酒場だよ」

「そうか・・・すごいじゃないか。おめでとうルル」

「ありがと。ふふ、かわいいからまずは給仕からって言われたんだ」

ルルは嬉しそうに教えてくれた。

だが働くのは酒場、心配なこともある。


 「嫌なことがあったら私に言ってほしい。触られたり、迫られたりだ」

「じゃあ毎日来てよ。戦士の人連れて」

「なるべくそうしよう。じゃあ・・・もう出て行くのか?」

「まだだよ。十五まではここにいる。そのあとはどこかで部屋を借りるんだ」

十五歳、成人したらここを出て行かなくてはならない。

私は・・・戦士の宿舎にお世話になろうかな。



 後片付けを終わらせて部屋に戻ってきた。

まだお風呂は空かない・・・。


 「アカデミーはなんだかんだ楽しかったよね」

ルルはベッドに寝転んで天井を見ている。

 「私は叱られてばかりだったからあんまり楽しくはなかった」

「ほんとに?千人に選ばれた時はみんな応援してくれたじゃん」

たしかにされた。


 『アリシアさんは夢を叶えることができました。みんなで拍手と激励を贈りましょう』

突然のことだったから恥ずかしくてよく覚えていない・・・。

でも、あの時は誰もからかってこなかった。


 「戦場の次の日は功労者が来たぞーって大騒ぎだったよね」

「違うと言ってもやめてくれなかった・・・」

あれも辛かったな。

 「だって十三で戦士になれるなんて普通じゃないもん。うーん・・・あたしもアリシアくらい強かったら戦いに行ってたのかな?」

「ルルにそういうのは似合わない。街で誰かと結婚して、穏やかに暮らす方がいいと思う」

ルルの作った料理は元気が出る。

戦場に行かず誰かのために作るべきだ。


 「ねえ、アリシアは恐くないの?死んじゃうかもしれないんだよ」

「そうだな・・・戦えなくなるのは恐い。でも私にはこれしかないから」

昔からそうだった。

戦いは気持ちいいし、自分に向いているんだろう。


 「これしかか・・・最初は訓練場で負かされて泣いてたのにね」

「・・・今は違う」

剣は我流で振っていた。

それでも強くなっている実感があって、戦士たちにも通用するだろうと思い上がっていたっけ・・・。

 「ふふ、ボロボロ泣きながら帰ってきた時は何事かと思ったわよ」

「だから・・・今は違う」

初めて訓練場へ行った日、私の自信は簡単にへし折られた。


 『十二だってよ・・・』『まだアカデミーも終わってねーだろ・・・』『お嬢ちゃん、十五になってから来た方がいいんじゃないかな』

みんな異様な雰囲気だったのを憶えている。

最初は舐められていると思っていた。


 『俺が相手してやるよ。どっからでも来い』

その時におもしろがって相手をしてくれたのがウォルターさんだった。

 『ウォルター・グリーンだ。一撃でも入れられたら軍団長に推薦してやるよ』

『アリシア・クラインです。・・・その言葉、忘れないでくださいね』

ああ・・・あの時の私は恥ずかしい奴だったな。


 『まあ、まだガキだし仕方ねーよ。食堂でも行こうぜ、待機兵より下は有料だけどな』

『まだ・・・できます・・・』

『おい・・・泣くなよ。やる気あんのはわかったからさ』

力量の差を思い知らされて、泣きながら孤児院に帰った。


 『泣いてる・・・』『どうしたのお姉ちゃん?』『ボクのおやつあげるから元気出して』

弟や妹たちにも心配をかけた。

 ・・・苦い思い出だ。

でも、次の日も訓練場に行ったらみんなが構ってくれたな。


 「あそこの人たちは私を強くしてくれた。もう泣いたりしないさ」

「そうだね。・・・あたしお風呂見てくる。空いてたら一緒に入っちゃお」

ルルは部屋を出て行った。

いつも私のことを気にかけてくれるとてもいい子だ。


 明日も朝から訓練場へ行く。

体は・・・さっと洗って早く寝よう。



 「おはようございます!」

「ようアリシア、今日も早いな」

訓練場に入るとウォルターさんが槍を振っていた。


 「あとひと月もありませんから。あの・・・手合わせを願えますか?」

この人はいつも早く訓練場に来ている。

だから誘いやすい。

 そして「突撃隊最強」とも呼ばれている。

指揮を執るのは向かないからと隊長の話は断っていると言っていた。

あの日の私が一撃でも入れられるはずがなかったのだ。



 「今日は全力でお願いしたいです」

訓練場の中央、私はウォルターさんと向かい合った。

 まだ本気でやってくれたことは一度もない。

自分の力量は、前よりもずっと上がっているからそろそろ一撃くらいは・・・。


 「全力ね・・・べモンドから止められてんだよ」

「え・・・なぜですか?」

「アリシアは逸材だからまだ手を抜いてやれってさ」

ウォルターさんは槍を取り出した。

そういう事情があったのか・・・。

 「まあ、あいつはまだ来ない。・・・ちょっとなら見せてやるよ」

「ありがとうございます」

私は剣を抜いて構えた。

手を抜くのを忘れさせればいい。


 「アリシア、一つ忠告だ。俺の攻撃は全部躱した方がいいぜ。止めようなんて思うな、受け流すことも考えない方がいい」

「どういう意味ですか?」

「絶対そうしろっては言わないけど、気になるなら試してみたらいい。・・・やるぞ」

ウォルターさんは武器を構えず私を待っている。

驕りじゃない。あの状態でもこっちが動いてから対応できるんだ。


 ・・・耐えればいいんだな。

その「昼飯までの暇つぶし」みたいな顔を変えてやる。

 「行きます!!」

大地を蹴り、一足で目の前に跳んだ。

剣は足を出すと同時に抜き、今・・・振り終わる。


 「おー、速くなってんじゃん」

決まったと思った剣は空を切った。

 「速いだけではありません!」

ここで隙を作るわけにはいかない。

私は見えないように左手で逆手に短剣を握っていた。

空振りの勢いを右足で殺し、反発する力を乗せて短剣で・・・突く。

 「はあああっ!!!」

「いいねー、やるたびに強くなってる」

「く・・・」

私の短剣はいつの間にか弾かれていた。


 「よーし見せてやる。・・・避けろよ?」

ウォルターさんが槍を構えた。

躱すか・・・いや耐えてみせる。

 「・・・あっそ、なら遠慮しないぜ」

ウォルターさんの槍に刃は付いていない。だから死にはしないだろう。

 「来い!!」

私は全力で防御に入った。

ウォルターさんの全身が捻じれ、突きが向かってくる・・・。



 「う・・・あ・・・ああ」

私の体は訓練場の壁に叩きつけられた。

・・・痛い・・・苦しい・・・一撃で・・・。


 「な?受けるなって言ったろ。立て・・・ないか」

声が出ない、呼吸が・・・できない・・・。

意識が体から遠のく・・・死ぬのか・・・。

 「あれ・・・やばい?」

目の前が暗くなっていく・・・。



 「うわああああ!!!」

気が付いた瞬間に叫んでいた。


 「・・・静かにしてくれ。休んでるやつもいる」

「あ、ああ・・・ウォルターさん、私は・・・」

急いで周りを確認した。

ここは・・・医務室兼仮眠室。・・・運んでくれたのか。


 「どうだ?痛むところはあるか?」

そうだ、吹き飛ばされて壁に打ち付けられて・・・どこも痛くない。

 「・・・大丈夫です」

「治癒隊の奴らを呼んで五人がかりでやった。・・・死んでなくて助かったぜ。べモンドがいたら俺は殺されてたな・・・お前の孤児院の院長にも」

「私は・・・まだ実力が足らないようです・・・」

気持ちが弱っていた。


 「次の戦場は・・・辞退し・・・もっと力を付けてから・・・志願しようと思います・・・」

前線がここまで過酷とは思わなかった。

 ・・・また私は思い上がっていたみたいだ。自分が許せなくて涙が出てくる。

 「・・・なに泣いてんだよ」

「すみません・・・」

また人前で泣くなんて・・・。

もっともっと強くならなければ。


 「おい、ウォルターがアリシアを泣かせたぞ。奥さんに報告してやんないとな」「最低ですね。またいじめたんですか?」「いや・・・尻とか触られたんじゃねーのか」

寝転がっていた戦士たちがからかいに来た。

放っておいてほしい・・・。

 「なんだお前ら集まってきやがって、散れ!」

「アリシア、そんな気にすんなよ」

「そうそう、あなたは強いんだから」

みんなは私を慰めてくれているのか。

 励まし方は不器用だが、気持ちは伝わってくる。私が気落ちしないように、笑い話にしてくれているんだ。


 「アリシア、前線は辞退しなくていい。それくらいの実力はある。今笑ってるこいつらよりは強いんだぜ?」

ウォルターさんも慰めをくれた。

 「・・・そんなことは無いと思います。ウォルターさんの一撃・・・たった一撃で私はやられました。戦場であれば死んでいた・・・」

この程度では役立たずだろう。

もっと修行をしなければいけない。


 「いや、あれだけ言ったのにまさか本当に受けるとは思わなかった。俺が教えたかったのはそれだ」

「・・・どれですか?」

「自分で言うのもなんだけど、あの一撃は俺が受けてもただじゃすまない。お前は相手の攻撃を受けるか躱すか、その見極めを覚えた方がいいってこと」

見極め・・・考えたことも無かった。

 「敵の力量を計る力だ。お前は速さも力もあるけど、冷静に相手を分析するってのは誰も教えてなかったみたいだな」

「技術は・・・たくさん教わりました」

「すぐ覚えるから教えんの楽しかったんだろうな。まあ・・・俺もだけど」

私も楽しかった。


 「でもこういうのって少し考えればわかるだろ?お前の倍くらいデカい俺の攻撃を受けたらどうなるかってな」

「ああ・・・まあ・・・」

その通りかもしれない。いや・・・好奇心もあった。

 あの攻撃を受けたらどうなるか。

そして、受けても耐えられるだろうと軽く考えていただけ・・・。

冷静に考えると戦場では危険な考え方だな。


 「とりあえず鍛えておくのはした方がいいけど、今のお前でも前線で通用する」

「・・・本当ですか?」

「ああ、自信は無くすな。今日からは見極めと躱し方のコツを教えてやる。攻めることしか考えていないみたいだからな。今よりもっと・・・とびきり強くしてやるよ」

この人は私の攻撃を容易く躱して弾いた。

つまり、冷静に見極めができているんだろう。


 私はまだまだ弱い。

ちょっと力を付けたからといって、調子に乗ってはいけないんだ。

 これに気付けた今から変わろう。そして、教えてもらえるなら必ず自分のものにしよう。

もっと・・・もっと強くなるんだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ