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Our Story  作者: NeRix
気の章 第四部
391/481

第三百七十五話 快感【アリシア】

 終わったあとに売り子か・・・できればすぐ帰りたかったな。

洗濯しないといけないのに・・・。



 イザベラを出迎えるため、東の入場口に来た。

だが・・・私はいらなかったようだ。


 「わ、私は・・・負けたんだぞ・・・」

「頑張ったからだ」

イザベラの頭をジェイスが撫でていた。

そう、頑張ったからこれでいい。


 「ジェイス、これからも鍛えてやれ」

「アリシア・・・仕事が忙しくなければな」

「時間を作ってやれ。イザベラ、そろそろティアナにも会わせてやればいい」

「まだ・・・無理です」

イザベラの顔が強張った。

どう思われるかはわからないが、紹介するくらいはいいのではないのか?


 「二人はそういう関係なんですね・・・」

背中に男の声が当たった。

 「ああ、まだ呼ばれていないので続けて構いませんよ」

次の試合に出る・・・ロベルトだ。

こっちは私が相手をしてやろう。


 「一回戦を見させてもらった。なかなかやるな、少し興奮したぞ」

「雷神ほどではありません。正直・・・騎士には勝てないと思います」

「弱気になるな。たとえ負けても得るものはあるだろう」

闘技大会は戦場と違って死が無い。

次に活かせるはずだ。


 「ふふ・・・できる限りはやってみますよ」

「そうか・・・頑張ってくれ」

ロベルトの背中を叩いてやった。

 「光栄です」

「いい軸だ。期待しているよ」

あとは見させてもらおう。



 観戦席に下りてきた。

見やすくていい場所だ。


 「それでは二回戦第二試合・・・開始です!」

カザハナの戦いが始まった。

これで勝った方がニルスと・・・羨ましい。


 「カザハナが走りました!今回は自分から動くようです!対するロベルトも距離を詰めています!!」

カザハナは早く終わらせて体力を温存したいのだろう。

私もあのくらいの歳になればそうなるのかな?


 「アリシアさん、俺も一緒に見ますよ」

ユウナギが隣に来てくれた。

あれ、一人・・・。

 「待て、ルージュはどうした?」

「そこです。ニルスさんたちと一緒にいますよ」

指の先では兄妹とステラが仲良く椅子を並べて戦いを見ていた。

私の近くに来てくれていいのに・・・。

 あ・・・そういえばティムは・・・一番端か。

来てくれそうにはないな・・・。


 「あの・・・アリシアさん?」

「あ・・・すまないな」

まあいい、私がユウナギと仲良くしていればルージュも気になって来てくれるだろう。


 「父上を見て、どう思いますか?」

「そうだな・・・勝つだろう」

「相手の人もけっこう強いです」

「そうだな、お前よりも上だろう。だが、鍛えて超えればいいだけだ。・・・見ていろ」

カザハナは、老体とは思えない動きで高く跳んだ。

ロベルトも弱くはないが、今回は無理だな。


 「アリシアさんなら父上に勝てますか?」

「どうだろうな・・・楽しめはするだろう」

「本気でやったことは・・・」

「無い。今回できるかと思ったがニルスに取られてしまった」

私はユウナギの顔を見た。

 「だが、かわりにお前とはできたな」

「・・・物足りましたか?」

「軽く・・・少し・・・よかったぞ」

思い出せば興奮する。

次に戦う時はもっと・・・。



 「決まったー!!」

カザハナの払った槍が、ロベルトのわき腹にめり込んだ。

 「追撃だーー!!!」

振り抜くかと思った槍が引かれ、いつの間にか反対側に回っていた。

・・・今度は首か、終わりだな。


 「ユウナギ、入場口まで一緒に行こう」

「わかりました」

ニルスもルージュも私の所に来なかった。

 だからこれくらいはいいはずだ。

母さんがいないのに気付いて、心配すればいい・・・。



 「おお・・・出迎えか・・・」

カザハナが戻ってきた。

少し息が乱れている。


 「大丈夫か?」

イライザさんも来てくれた。

さすがに気になったんだろう。

 「・・・イライザ殿もいたのか。儂は何もしとらん・・・」

「心配だから来たのさ。ナツメからもよろしくって頼まれたからな」

「問題無い・・・」

こんな状態でもイライザさんは苦手なんだな・・・。

それに、いつの間にかナツメさんとも会っていたのか。


 「父上・・・ニルスさんといけますか?」

ユウナギが不安そうな声を出した。

 「お前の心配はいらん。ここまで勝ち上がったらモナコ殿が来るように手配してある・・・」

「無理そうなら止めるってことですか?」

「どうじゃろうな・・・。儂は控室に戻る・・・」

モナコが診るなら正確な判断をしてくれるだろう。

できれば戦いを見せてほしいが・・・。


 「アリシア殿、準決勝まで勝ち上がってほしい」

「当然です」

「儂は先に上がって待っている・・・」

「な・・・」

尻を撫でられた。

・・・元気じゃないか。


 「今の報いは・・・ニルスに頼んでおこう」

「ほう、許してくれるか・・・。揉めばよかった・・・」

「父上!」

「騒がしい奴じゃ・・・」

槍を杖に奥へと消える姿は、少しだけ頼りなく見えた。

触られたくらいなら・・・許してやろう。



 「お母さん・・・ユウナギだけ連れてくなんてひどいよ」

「オレたちよりもそっちを気に入ったらしいな」

子どもたちがやっと来てくれた。

でも「実は寂しかった」とは恥ずかしくて言えない。


 「仲良く座っていたからな。邪魔をしたくなかっただけだ」

「ルージュ、嘘だぞ。本当は拗ねてる」

「うん、そうだね」

全部わかっているらしい。

・・・なら早く来てくれればよかったのに。


 「おじいちゃんはもう行っちゃったの?」

「ああ、モナコに診てもらうらしい。邪魔はしないでやろう」

「そっか・・・出迎えようと思ったんだけどな」

・・・私と一緒に見ていればよかったんだ。

ステラがいなければ呼べたのにな・・・。



 「これで水の組は残り一試合となりました。風神と歴代最強の騎士、どちらが準決勝に進むのか!!みなさん早く見たいでしょうが、おじいちゃんを休ませてあげるために、先に地の組を始めさせていただきます!!」

私は手袋にしっかりと指を通した。

ふふ・・・やっとか。


 「アリシアさん、テッドさんは父上も認めています」

ユウナギが真剣な顔をした。

私の心配をしてくれているようだ。


 「俺が生まれる前ですが、挑みに来たことがあると教えていただきました」

「その話は知っているよ」

セイラのためだったと聞いている。

血の繋がりは無いが、それを超える愛を持っているんだろう。


 「そして、特に情報はいらない。今の実力は戦えばわかるからな」

その時にどのくらいだったかは聞かなくていい。

 「・・・じゃあ勝ってくださいね。雷神が負けたらカッコつかないんで」

「オレも母さんが負けたら恥ずかしいな」

「わたしも勝ってほしい」

子どもたちは私の勝利を望んでいる。


 「私も期待してるよ」

イライザさんも・・・。

 ここで負けるなんてあってはならない。

燃え尽きたい・・・だからまだ終われないんだ。



 「両者中央で向かい合いました!テッドは雷神に睨まれても余裕の表情です!!」

目の前の男は、出逢った頃よりも皺が増えていた。

しかし底の見えない雰囲気はまだ纏っている。


 「お前と戦う日が来るとは思わなかったよ」

テッドさんは微笑みながら槍を担いだ。

 「私はいつか挑もうと考えていました。気付けば・・・長い時間が経ってしまった」

「そうだな、お前はまだ十三の小娘だった」

「懐かしい・・・そう思えるほど、歳を重ねてしまいましたね」

馬車を探してウォルターさんと店を回り、セイラが私を見つけて・・・。


 「また火山に行くんだって?」

「はい・・・できればあなたとセイラに頼みたい。あの時と同じように・・・」

「俺に勝ったらタダで送ってやる」

「なるほど・・・負けられませんね」

体温が上がってきた。

もっと・・・もっと・・・。


 「背景がわかる闘士はどんどん説明させていただきます。雷神とテッドは旧い友人とのことです。雷神の愛した男性は北部の方らしく、会いたい時に運び屋ローズウッドを利用していたとのことです」

顔が一番熱くなった。

ミランダかハリス・・・余計なことを・・・。



 「それでは・・・雷神の叫びに負けない声援を二人の闘士に贈りましょう!!アリシア対テッド・・・開始です!!!」

鐘が打ち鳴らされたと同時に闘技盤を強く蹴った。


 テッドさんは速い、私の三歩を一歩で詰めてくる。

しかも槍・・・詰め方を間違えたら一撃で吹き飛ばされるだろう。


 「な・・・」

目の前にいたはずのテッドさんが消えた。

バカな・・・ニルスよりも速い・・・。

 「見切れないか?」

左・・・真横から涼し気な声・・・。


 「ぐ・・・」

腕に鋭い痛みが走った。

 「まだ起きてなかったんだな」

そして蹴り飛ばされた。

ふふ・・・いいじゃないか。



 「さて・・・もう油断するなよ?お前相手だから次は心臓を狙うぞ」

追撃は無かった。

ただの目覚まし・・・たしかに起きていなかったのかもしれないな。


 「それくらい大丈夫だろ?」

「はい、浅いです」

刺された左腕から血が流れている。

でもこれがいい・・・。

 ああ・・・抑えなくていいのは気持ちいいな。

より体が熱くなってきた。


 「また雷神が初撃を取られてしまいました!!今回は本当に強い者たちばかりということでしょう!!」

当然だ、だから血が滾る!!


 「・・・もう待たないからな」

テッドさんの体が傾き、そして消えた。



 「へえ、見えてんのか・・・」

今度は止めた。

 「ニルスがよくやっていたので対策ができているだけです」

急に姿が消えるはずはない、驚異的な速さで死角へ入っているだけだ。


 そして・・・止めたら反撃!

槍を掴み、テッドさんの動きを止めた。

 「バカ力が・・・」

「鍛錬の成果です!」

槍ごとテッドさんを引き寄せ、よろけた太ももを剣で斬りつけた。

 深い・・・これであの速さは出せなくなったな。

このまま・・・。


 「う・・・」

連撃のために用意していた拳が止まり、剣を落としてしまった。

そうか・・・蹴りもあったな。

 「おいおい・・・耐えんのかよ」

「慣れている・・・言ったはずだ!!!」

叫びは効くはず・・・。


 「ちっ・・・」

「まだ倒れないでください!!」

固まった体に拳を叩きこんだ。

二、三・・・。

 「舐めるな!!」

テッドさんの痺れが解けてしまった。

下がるしかないな・・・剣は拾っておこう。


 「遅い!!」

テッドさんは槍を手放している。

 ニルスと同じなら、体術に絞ってきたこの状態が一番危険だ。

防御しなければ・・・。


 「テッドの蹴りが雷神の守りを破ったー!!!」

私の体は闘技盤の端まで吹き飛ばされた。

想像以上・・・もっと早く大会に出てくれればよかったのに・・・。



 私の目は青空を映していた。

今見なければいけないのはテッドさん・・・。

だから、早く立たなければ・・・。


 「う・・・ん?」

蹴りを受け止めた左腕が折れている・・・ふふ、もう使えないな。

 痛いのに、苦しいのに快感がある。

戦闘狂も・・・悪くない。


 「立ち上がったー!!雷神はまだ戦えます!!!」

当然だ・・・。

 こんなに気持ちいい、まだ続けるに決まっている!

立ち上がりきる前に駆け出した。

もっと突いて、もっと蹴ってくれ・・・。



 「はあ・・・なるほどな。べモンドも、ウォルターも、ジーナも・・・お前はおかしいって言ってた意味がわかったよ・・・」

テッドさんが膝をついた。

だが、まだ眼光は鋭いままだ。


 私の体も負けないくらい傷付いている。

顔を殴られた時に左目は開かなくなったし、呼吸が苦しいから胸の辺りの骨も折れているみたいだ。


 「戦場では・・・もっとひどいケガもありました。・・・私も出血が多い。容赦なく突いてくれましたね・・・」

突きの極意も何度か使われた。

服も破れて穴だらけ・・・まあ、ちゃんと着替えは持ってきている。


 「これでお前が倒れなきゃ・・・俺の負けでいい!!」

「な・・・」

気付くと腹を貫かれていた。

 突きの極意・・・膝を付いても繰り出せるのか。

この人のは、一度も見切れなかったな。


 「テッドが倒れましたー!!!」

テッドさんの体が、大きな音を立てて闘技盤に沈んだ。

 槍も手放している。

せめて抜いてからにしてほしかった・・・。


 「激戦の果て!!勝ったのはまだ立っている雷神だー!!!」

・・・ちょっと残念だった。

 決着はこの人から教わった技・・・突きの極意で決めたかったのに・・・。そしたら、すごいのが来そうだったのに・・・。



 「みなさんご安心ください!闘士テッドは生きていますよー!」

すぐに治癒士たちが入ってきて、私とテッドさんを癒し始めた。

最初に脚を潰したのがよくなかったな・・・。


 「あの・・・これ抜けますか?このままだと・・・」

「大丈夫だ・・・」

腹の槍は、自分で抜かなければならないらしい。

 「ん!!」

「だ、大丈夫ですか?」

「ああ・・・」

ただ痛いだけ・・・自分じゃダメだな。

いや、戦いが終わったからか?


 「敗北はしましたが、闘技盤を割るほどの踏み込み!!テッド・ローズウッドは素晴らしい闘士でした!!!」

周りを見ると、その跡がいくつも見えた。

私がただの女ならとっくに死んでいたんだろうな・・・。


 「それを凌ぐ雷神はやはり強い!!何度でも起き上がるのは、相手からすれば恐怖でしょう!!アカデミーで付けられたあだ名は暴れ牛!!そのおかげで、美貌はあっても誰も言い寄らなかったそうです!!!」

また余計なことを・・・。



 「闘技盤治癒士さん、頑張ってくださいねー!」

ジナスがいつの間にか現れ、ひびを消していた。

真面目に仕事もできるんだな。


 「何度でも言わせていただきますが、彼も大会を支えている一人です!感謝の拍手を贈りましょう!!」

「・・・」

やけにニヤニヤしているのは、今の戦いを楽しんでくれたということなんだろう。


 「えーと・・・どうやら闘士テッドは、まだお休みが必要なようです。闘士アリシア、ありがとうございました。退場お願いします」

テッドさんは、傷が治っても気絶から目覚めなかった。

・・・火山までの足代はタダ、憶えていてくれるだろうか?



 「お母さん!早く控室!」

戻るとルージュに大きな布をかけられた。

これは・・・ニルスのマントだ・・・。


 「色々見えそう・・・。早く着替えようね」

「あ、ああ・・・」

ふふ、雷神から母親に戻ってしまう。



 「やっぱり・・・下は二枚だったんだ・・・」

控室に入ると丸裸にされてしまった。

風呂では平気だが、ここだと恥ずかしい・・・。


 「・・・みんなには秘密だ」

「もう新聞で・・・」

「真実かどうかは謎のままにしておいてほしい」

「・・・わ、わかった」

ルージュがなんとも言えない顔をした。

・・・この子は実際どうなんだろう?


 「ルージュ、お前も・・・そうなのか?」

母親の私には教えてくれるかもしれない。

 「ち、違うよ!」

「ああ・・・そうか」

よくわかった。

まあいい、早く済ませてティアナを見ておこう。



 ルージュと一緒に控室を出た。

繋いだ手はニルスと同じでとても暖かい。


 「テッドさん・・・強かったね」

ルージュが少しだけ不安そうな顔をした。

自分が当たっていたら・・・そんなことを考えて恐くなってしまったのだろうか?


 「ルージュ、もし恐くなってしまったのなら、母さんか兄さん・・・それかユウナギに言ってくれていい」

「え・・・」

「試合の直前でもいい。みんなでお前が傷付かないように守る」

「・・・」

ルージュが抱きついてきた。

やっぱり思った通りみたいだ。


 「お母さん大好き・・・でも平気だよ」

「・・・そうか、だが覚えていてほしい」

「む・・・本当に平気だもん」

あれ・・・強がりという感じでもないな。

まだ時間があるから今だけかもしれないが・・・。


 明日、直前にもう一度確かめておこう。

この子は隠し事が得意ではない。

後ろ向きな気持ちが顔に出ていたら、戦わせるわけにはいかない。

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