第三百七十五話 快感【アリシア】
終わったあとに売り子か・・・できればすぐ帰りたかったな。
洗濯しないといけないのに・・・。
◆
イザベラを出迎えるため、東の入場口に来た。
だが・・・私はいらなかったようだ。
「わ、私は・・・負けたんだぞ・・・」
「頑張ったからだ」
イザベラの頭をジェイスが撫でていた。
そう、頑張ったからこれでいい。
「ジェイス、これからも鍛えてやれ」
「アリシア・・・仕事が忙しくなければな」
「時間を作ってやれ。イザベラ、そろそろティアナにも会わせてやればいい」
「まだ・・・無理です」
イザベラの顔が強張った。
どう思われるかはわからないが、紹介するくらいはいいのではないのか?
「二人はそういう関係なんですね・・・」
背中に男の声が当たった。
「ああ、まだ呼ばれていないので続けて構いませんよ」
次の試合に出る・・・ロベルトだ。
こっちは私が相手をしてやろう。
「一回戦を見させてもらった。なかなかやるな、少し興奮したぞ」
「雷神ほどではありません。正直・・・騎士には勝てないと思います」
「弱気になるな。たとえ負けても得るものはあるだろう」
闘技大会は戦場と違って死が無い。
次に活かせるはずだ。
「ふふ・・・できる限りはやってみますよ」
「そうか・・・頑張ってくれ」
ロベルトの背中を叩いてやった。
「光栄です」
「いい軸だ。期待しているよ」
あとは見させてもらおう。
◆
観戦席に下りてきた。
見やすくていい場所だ。
「それでは二回戦第二試合・・・開始です!」
カザハナの戦いが始まった。
これで勝った方がニルスと・・・羨ましい。
「カザハナが走りました!今回は自分から動くようです!対するロベルトも距離を詰めています!!」
カザハナは早く終わらせて体力を温存したいのだろう。
私もあのくらいの歳になればそうなるのかな?
「アリシアさん、俺も一緒に見ますよ」
ユウナギが隣に来てくれた。
あれ、一人・・・。
「待て、ルージュはどうした?」
「そこです。ニルスさんたちと一緒にいますよ」
指の先では兄妹とステラが仲良く椅子を並べて戦いを見ていた。
私の近くに来てくれていいのに・・・。
あ・・・そういえばティムは・・・一番端か。
来てくれそうにはないな・・・。
「あの・・・アリシアさん?」
「あ・・・すまないな」
まあいい、私がユウナギと仲良くしていればルージュも気になって来てくれるだろう。
「父上を見て、どう思いますか?」
「そうだな・・・勝つだろう」
「相手の人もけっこう強いです」
「そうだな、お前よりも上だろう。だが、鍛えて超えればいいだけだ。・・・見ていろ」
カザハナは、老体とは思えない動きで高く跳んだ。
ロベルトも弱くはないが、今回は無理だな。
「アリシアさんなら父上に勝てますか?」
「どうだろうな・・・楽しめはするだろう」
「本気でやったことは・・・」
「無い。今回できるかと思ったがニルスに取られてしまった」
私はユウナギの顔を見た。
「だが、かわりにお前とはできたな」
「・・・物足りましたか?」
「軽く・・・少し・・・よかったぞ」
思い出せば興奮する。
次に戦う時はもっと・・・。
◆
「決まったー!!」
カザハナの払った槍が、ロベルトのわき腹にめり込んだ。
「追撃だーー!!!」
振り抜くかと思った槍が引かれ、いつの間にか反対側に回っていた。
・・・今度は首か、終わりだな。
「ユウナギ、入場口まで一緒に行こう」
「わかりました」
ニルスもルージュも私の所に来なかった。
だからこれくらいはいいはずだ。
母さんがいないのに気付いて、心配すればいい・・・。
◆
「おお・・・出迎えか・・・」
カザハナが戻ってきた。
少し息が乱れている。
「大丈夫か?」
イライザさんも来てくれた。
さすがに気になったんだろう。
「・・・イライザ殿もいたのか。儂は何もしとらん・・・」
「心配だから来たのさ。ナツメからもよろしくって頼まれたからな」
「問題無い・・・」
こんな状態でもイライザさんは苦手なんだな・・・。
それに、いつの間にかナツメさんとも会っていたのか。
「父上・・・ニルスさんといけますか?」
ユウナギが不安そうな声を出した。
「お前の心配はいらん。ここまで勝ち上がったらモナコ殿が来るように手配してある・・・」
「無理そうなら止めるってことですか?」
「どうじゃろうな・・・。儂は控室に戻る・・・」
モナコが診るなら正確な判断をしてくれるだろう。
できれば戦いを見せてほしいが・・・。
「アリシア殿、準決勝まで勝ち上がってほしい」
「当然です」
「儂は先に上がって待っている・・・」
「な・・・」
尻を撫でられた。
・・・元気じゃないか。
「今の報いは・・・ニルスに頼んでおこう」
「ほう、許してくれるか・・・。揉めばよかった・・・」
「父上!」
「騒がしい奴じゃ・・・」
槍を杖に奥へと消える姿は、少しだけ頼りなく見えた。
触られたくらいなら・・・許してやろう。
◆
「お母さん・・・ユウナギだけ連れてくなんてひどいよ」
「オレたちよりもそっちを気に入ったらしいな」
子どもたちがやっと来てくれた。
でも「実は寂しかった」とは恥ずかしくて言えない。
「仲良く座っていたからな。邪魔をしたくなかっただけだ」
「ルージュ、嘘だぞ。本当は拗ねてる」
「うん、そうだね」
全部わかっているらしい。
・・・なら早く来てくれればよかったのに。
「おじいちゃんはもう行っちゃったの?」
「ああ、モナコに診てもらうらしい。邪魔はしないでやろう」
「そっか・・・出迎えようと思ったんだけどな」
・・・私と一緒に見ていればよかったんだ。
ステラがいなければ呼べたのにな・・・。
◆
「これで水の組は残り一試合となりました。風神と歴代最強の騎士、どちらが準決勝に進むのか!!みなさん早く見たいでしょうが、おじいちゃんを休ませてあげるために、先に地の組を始めさせていただきます!!」
私は手袋にしっかりと指を通した。
ふふ・・・やっとか。
「アリシアさん、テッドさんは父上も認めています」
ユウナギが真剣な顔をした。
私の心配をしてくれているようだ。
「俺が生まれる前ですが、挑みに来たことがあると教えていただきました」
「その話は知っているよ」
セイラのためだったと聞いている。
血の繋がりは無いが、それを超える愛を持っているんだろう。
「そして、特に情報はいらない。今の実力は戦えばわかるからな」
その時にどのくらいだったかは聞かなくていい。
「・・・じゃあ勝ってくださいね。雷神が負けたらカッコつかないんで」
「オレも母さんが負けたら恥ずかしいな」
「わたしも勝ってほしい」
子どもたちは私の勝利を望んでいる。
「私も期待してるよ」
イライザさんも・・・。
ここで負けるなんてあってはならない。
燃え尽きたい・・・だからまだ終われないんだ。
◆
「両者中央で向かい合いました!テッドは雷神に睨まれても余裕の表情です!!」
目の前の男は、出逢った頃よりも皺が増えていた。
しかし底の見えない雰囲気はまだ纏っている。
「お前と戦う日が来るとは思わなかったよ」
テッドさんは微笑みながら槍を担いだ。
「私はいつか挑もうと考えていました。気付けば・・・長い時間が経ってしまった」
「そうだな、お前はまだ十三の小娘だった」
「懐かしい・・・そう思えるほど、歳を重ねてしまいましたね」
馬車を探してウォルターさんと店を回り、セイラが私を見つけて・・・。
「また火山に行くんだって?」
「はい・・・できればあなたとセイラに頼みたい。あの時と同じように・・・」
「俺に勝ったらタダで送ってやる」
「なるほど・・・負けられませんね」
体温が上がってきた。
もっと・・・もっと・・・。
「背景がわかる闘士はどんどん説明させていただきます。雷神とテッドは旧い友人とのことです。雷神の愛した男性は北部の方らしく、会いたい時に運び屋ローズウッドを利用していたとのことです」
顔が一番熱くなった。
ミランダかハリス・・・余計なことを・・・。
◆
「それでは・・・雷神の叫びに負けない声援を二人の闘士に贈りましょう!!アリシア対テッド・・・開始です!!!」
鐘が打ち鳴らされたと同時に闘技盤を強く蹴った。
テッドさんは速い、私の三歩を一歩で詰めてくる。
しかも槍・・・詰め方を間違えたら一撃で吹き飛ばされるだろう。
「な・・・」
目の前にいたはずのテッドさんが消えた。
バカな・・・ニルスよりも速い・・・。
「見切れないか?」
左・・・真横から涼し気な声・・・。
「ぐ・・・」
腕に鋭い痛みが走った。
「まだ起きてなかったんだな」
そして蹴り飛ばされた。
ふふ・・・いいじゃないか。
◆
「さて・・・もう油断するなよ?お前相手だから次は心臓を狙うぞ」
追撃は無かった。
ただの目覚まし・・・たしかに起きていなかったのかもしれないな。
「それくらい大丈夫だろ?」
「はい、浅いです」
刺された左腕から血が流れている。
でもこれがいい・・・。
ああ・・・抑えなくていいのは気持ちいいな。
より体が熱くなってきた。
「また雷神が初撃を取られてしまいました!!今回は本当に強い者たちばかりということでしょう!!」
当然だ、だから血が滾る!!
「・・・もう待たないからな」
テッドさんの体が傾き、そして消えた。
◆
「へえ、見えてんのか・・・」
今度は止めた。
「ニルスがよくやっていたので対策ができているだけです」
急に姿が消えるはずはない、驚異的な速さで死角へ入っているだけだ。
そして・・・止めたら反撃!
槍を掴み、テッドさんの動きを止めた。
「バカ力が・・・」
「鍛錬の成果です!」
槍ごとテッドさんを引き寄せ、よろけた太ももを剣で斬りつけた。
深い・・・これであの速さは出せなくなったな。
このまま・・・。
「う・・・」
連撃のために用意していた拳が止まり、剣を落としてしまった。
そうか・・・蹴りもあったな。
「おいおい・・・耐えんのかよ」
「慣れている・・・言ったはずだ!!!」
叫びは効くはず・・・。
「ちっ・・・」
「まだ倒れないでください!!」
固まった体に拳を叩きこんだ。
二、三・・・。
「舐めるな!!」
テッドさんの痺れが解けてしまった。
下がるしかないな・・・剣は拾っておこう。
「遅い!!」
テッドさんは槍を手放している。
ニルスと同じなら、体術に絞ってきたこの状態が一番危険だ。
防御しなければ・・・。
「テッドの蹴りが雷神の守りを破ったー!!!」
私の体は闘技盤の端まで吹き飛ばされた。
想像以上・・・もっと早く大会に出てくれればよかったのに・・・。
◆
私の目は青空を映していた。
今見なければいけないのはテッドさん・・・。
だから、早く立たなければ・・・。
「う・・・ん?」
蹴りを受け止めた左腕が折れている・・・ふふ、もう使えないな。
痛いのに、苦しいのに快感がある。
戦闘狂も・・・悪くない。
「立ち上がったー!!雷神はまだ戦えます!!!」
当然だ・・・。
こんなに気持ちいい、まだ続けるに決まっている!
立ち上がりきる前に駆け出した。
もっと突いて、もっと蹴ってくれ・・・。
◆
「はあ・・・なるほどな。べモンドも、ウォルターも、ジーナも・・・お前はおかしいって言ってた意味がわかったよ・・・」
テッドさんが膝をついた。
だが、まだ眼光は鋭いままだ。
私の体も負けないくらい傷付いている。
顔を殴られた時に左目は開かなくなったし、呼吸が苦しいから胸の辺りの骨も折れているみたいだ。
「戦場では・・・もっとひどいケガもありました。・・・私も出血が多い。容赦なく突いてくれましたね・・・」
突きの極意も何度か使われた。
服も破れて穴だらけ・・・まあ、ちゃんと着替えは持ってきている。
「これでお前が倒れなきゃ・・・俺の負けでいい!!」
「な・・・」
気付くと腹を貫かれていた。
突きの極意・・・膝を付いても繰り出せるのか。
この人のは、一度も見切れなかったな。
「テッドが倒れましたー!!!」
テッドさんの体が、大きな音を立てて闘技盤に沈んだ。
槍も手放している。
せめて抜いてからにしてほしかった・・・。
「激戦の果て!!勝ったのはまだ立っている雷神だー!!!」
・・・ちょっと残念だった。
決着はこの人から教わった技・・・突きの極意で決めたかったのに・・・。そしたら、すごいのが来そうだったのに・・・。
◆
「みなさんご安心ください!闘士テッドは生きていますよー!」
すぐに治癒士たちが入ってきて、私とテッドさんを癒し始めた。
最初に脚を潰したのがよくなかったな・・・。
「あの・・・これ抜けますか?このままだと・・・」
「大丈夫だ・・・」
腹の槍は、自分で抜かなければならないらしい。
「ん!!」
「だ、大丈夫ですか?」
「ああ・・・」
ただ痛いだけ・・・自分じゃダメだな。
いや、戦いが終わったからか?
「敗北はしましたが、闘技盤を割るほどの踏み込み!!テッド・ローズウッドは素晴らしい闘士でした!!!」
周りを見ると、その跡がいくつも見えた。
私がただの女ならとっくに死んでいたんだろうな・・・。
「それを凌ぐ雷神はやはり強い!!何度でも起き上がるのは、相手からすれば恐怖でしょう!!アカデミーで付けられたあだ名は暴れ牛!!そのおかげで、美貌はあっても誰も言い寄らなかったそうです!!!」
また余計なことを・・・。
◆
「闘技盤治癒士さん、頑張ってくださいねー!」
ジナスがいつの間にか現れ、ひびを消していた。
真面目に仕事もできるんだな。
「何度でも言わせていただきますが、彼も大会を支えている一人です!感謝の拍手を贈りましょう!!」
「・・・」
やけにニヤニヤしているのは、今の戦いを楽しんでくれたということなんだろう。
「えーと・・・どうやら闘士テッドは、まだお休みが必要なようです。闘士アリシア、ありがとうございました。退場お願いします」
テッドさんは、傷が治っても気絶から目覚めなかった。
・・・火山までの足代はタダ、憶えていてくれるだろうか?
◆
「お母さん!早く控室!」
戻るとルージュに大きな布をかけられた。
これは・・・ニルスのマントだ・・・。
「色々見えそう・・・。早く着替えようね」
「あ、ああ・・・」
ふふ、雷神から母親に戻ってしまう。
◆
「やっぱり・・・下は二枚だったんだ・・・」
控室に入ると丸裸にされてしまった。
風呂では平気だが、ここだと恥ずかしい・・・。
「・・・みんなには秘密だ」
「もう新聞で・・・」
「真実かどうかは謎のままにしておいてほしい」
「・・・わ、わかった」
ルージュがなんとも言えない顔をした。
・・・この子は実際どうなんだろう?
「ルージュ、お前も・・・そうなのか?」
母親の私には教えてくれるかもしれない。
「ち、違うよ!」
「ああ・・・そうか」
よくわかった。
まあいい、早く済ませてティアナを見ておこう。
◆
ルージュと一緒に控室を出た。
繋いだ手はニルスと同じでとても暖かい。
「テッドさん・・・強かったね」
ルージュが少しだけ不安そうな顔をした。
自分が当たっていたら・・・そんなことを考えて恐くなってしまったのだろうか?
「ルージュ、もし恐くなってしまったのなら、母さんか兄さん・・・それかユウナギに言ってくれていい」
「え・・・」
「試合の直前でもいい。みんなでお前が傷付かないように守る」
「・・・」
ルージュが抱きついてきた。
やっぱり思った通りみたいだ。
「お母さん大好き・・・でも平気だよ」
「・・・そうか、だが覚えていてほしい」
「む・・・本当に平気だもん」
あれ・・・強がりという感じでもないな。
まだ時間があるから今だけかもしれないが・・・。
明日、直前にもう一度確かめておこう。
この子は隠し事が得意ではない。
後ろ向きな気持ちが顔に出ていたら、戦わせるわけにはいかない。
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