第三百七十二話 君を守る力【ユウナギ】
守護の剣クロガネ、俺のために作られたもの。
君を守る力・・・クロガネに刻まれた言葉。
ニルスさんから渡された時に、これは俺とステラ様のことだと教えてもらった。
だけど、恋をしてからは変わっていた。
「君」はルージュ、今は自信を持って言える。
そして、これからは変わらない。
『私は・・・お前以外にあの子を任せたくない』
アリシアさんの言葉が何度も頭の中で響いていた。
新聞の内容と違って、もう認めてもらってはいる。
だからこそ勝つ気でいくんだ。
ルージュを守れる強さ・・・ここで証明するために。
◆
「自分を見失うなよ。勝てるとは言えないが、負けない戦いはできるはずだ」
ジェイスさんが俺の控室に来てくれた。
心配してくれてんのか・・・。
「できると思います」
「なんだ・・・いい状態だな」
「・・・震えそうなのを抑えているだけですよ」
「抑えられているからいい状態なんだ。・・・折れるなよ?」
ジェイスさんはすぐに出て行ってしまった。
不器用って感じだけど、励ましてくれるのは嬉しい。
◆
「最後にカザハナ・メイプル。観客席のおじいちゃんたちも、自分に自信を持ってください!」
もう小休止が終わる。
そろそろ入場口に行かなければ・・・。
「ユウナギ、迎えにきたよ」
ルージュが控室に入ってきた。
顔を見た瞬間から全身に力が湧いている。
そう、これが『君を守る力』だ。
「えっと・・・平気?」
「大丈夫だよ。ルージュの顔見たらいけそうな気がしてきた」
「いけるよ。わたしの騎士は強いもん」
・・・本気で言ってくれてるのか気になる。
「雷神よりも強いと思うか?」
「・・・」
ルージュはちょっとだけ困った顔をした。
正直に答えてくれていいんだけどな。
「言い負かそうとか、そういうんじゃないんだ。本当の気持ちが知りたい」
「・・・それは言葉にしない。でも、わたしはユウナギに勝ってほしいって思ってる」
「ありがとう。・・・勝ちにいくよ」
ルージュを抱きしめた。
もっと、思いを高める・・・。
◆
「わたしが連れてくつもりだったんだけど・・・」
ルージュの手を引いて東の入場口へ向かった。
そう言われても・・・。
「ルージュが前だと違うだろ?」
「ここにわたしを襲う人はいないと思うけど・・・」
たしかにそうだけど・・・。
「いいんだよ。ルージュは・・・俺の背中だけ見ていればいい」
「あ・・・お兄ちゃんの真似だ」
「言ってみたくなったんだ。かっこいいだろ?」
「うん、かっこよかった。でもわたしは背中だけじゃなくて顔も見たいな」
震えを抑える必要が無くなっている。
この手を繋いでいる限り・・・。
◆
「勝つ可能性・・・俺が教えてやるよ」
「よし、合ってるか聞いといてやる」
「おめーはアリシアんとこ行けよ・・・」
「オレの勝手だろ」
入場口前にティムさんとニルスさんがいた。
憧れの二人が俺に助言を持ってきてくれたらしい。
「読めんのは初撃だけだ。剣の持ち手狙って斬り上げてくる」
ティムさんは剣を抜いて、ゆっくりとその動きを見せてくれた。
「読みが外れたら?」
「無い、アリシアはいつもそっから始める。勢いがどんどん上がってくるからそこで止めて一気にいくしかねー」
「ちなみに、決まっても決まらなくても勢いは増す。だから今のユウナギが勝つにはそこしかない」
・・・この二人が言うなら間違いないんだろうな。
『これがアリシア様の得意技だよ』
スコットさんがルージュに教えていたのを憶えている。
人間相手だから持ち手を狙うらしいけど、戦場では腕を切り落としていたらしい。
まあ・・・武器を手放させるより、そっちの方が確実だ。
「不確定なところとして、斬り上げじゃなくて突きでやる時もある」
「ああそーだな。どっちにしろ狙ってくんのは持ち手だ。なんとかなんだろ」
俺があんたらと同じくらいの実力ならな・・・。
「あとは、叫びも使ってくる」
「そうだな、使えるもんは全部使うはずだ。痺れたらそこまで、目が覚めたらベッドの上だ」
つまり、いつでも構えとかないといけないってことか。
ルージュのは耐えられるけど、アリシアさんのはかなり集中しないとダメだ。
当然だけど、それが切れたら終わる。
◆
「みなさんお待たせしました!地の組一回戦、第一試合を開始します!!」
その時が来てしまった。
いよいよか・・・。
でも、妙に落ち着いている。
ルージュが近くにいるからなんだろう。
「行ってこい」
「はい!」
ティムさんが俺の胸を拳で叩いてくれた。
「クロガネを信じてくれ」
「はい!」
ニルスさんが背中を押してくれた。
「離れても・・・繋がってるからね」
「わかってるよ。お前が後ろにいる・・・だから俺は負けない」
ルージュの手が離れた。
大丈夫だ、震えは無い。
◆
「先に姿を見せてくれたのは当代聖女の騎士、ユウナギ・メイプルです!!父親を先に見させてもらいましたが、この男もかなりの実力者だと思われます!!」
俺は中央へ歩き出した。
まだ雷神の姿は無い。
「倍率十五倍!!この数字をひっくり返すことを願っている方もたくさんいます!!」
何人くらいいるんだろうな・・・。
一人はルージュで決まってるけど、他はもの好きって感じか?
観客の騒がしさがちょっとだけ心地いい。
みんななにか叫んでいるけど、聞き取れないほどの人数だ。
訓練場での時はけっこうわかったんだけどな。
たしか・・・こっちは四万五千だっけ?
◆
「出て来てくれましたーー!!!」
闘技場が揺れ始めた。
あの人の姿が見えたからだ。
朝は一緒に食べた、そしてここまで一緒に来た、集合にもいた。
だから、出てこないはずないよな・・・。
「闘技大会はこの人無しじゃ語れない!!雷神の隠し子という言葉は子どもでも知っています!!」
ゆっくりと。
「失礼を承知で言わせていただきます!雷神の年齢は四十一歳、まったく老けません!!どう厳しく見ても二十代半ば!!風神、水神とは親子ではなく姉弟と間違われるそうです!!」
堂々と。
「去年の凪の月で初めての欠場!今回はどうかと気を揉んでいたのは私だけではないでしょう!忘れないでください!!観戦客はあなたを見に来ているんですよ!!!」
悠々と・・・俺に近付いてくる。
◆
「・・・いい顔だ。意気込みを教えてくれ」
「俺は・・・勝つつもりです」
闘技盤中央で向かい合った。
「・・・それでは足りないぞ。殺すつもりで来い」
目の前にいるのはアリシアさんじゃない。
「あなたに勝つってことは、同じ意味だと思いますよ」
「そうか・・・わかっているんだな」
・・・雷神だ。
「この二人の事情は、みなさんも知っていると思いますが説明させていただきます!それは、明日出場の水神ルージュ・クラインへの想いであります!かわいい娘を託すに相応しい男なのか・・・今日で判断されるのです!!」
ずいぶん熱く言ってくれる・・・。
「お前よりも強い者がルージュを奪おうとしている・・・憶えているか?」
雷神が鋭い目で俺を睨んできた。
「はい、死守ではダメです。悲しませない」
「お前が不甲斐なければ、あの子も火山に連れて行く・・・守ってみせろ」
なるほど、俺より強いってか。
・・・舐めんじゃねーぞ!
◆
互いに端に立ち、あとは待つだけだ。
やる・・・できる。
全部出し切ってやる!
「さあ、まだ大会は始まったばかりです!今日はあと十試合もありますからね!では・・・合図を!!」
開始の鐘が打ち鳴らされ、直後に雷神が駆け出した。
俺も近付き、待つ・・・。
見ることはできないけど、背中にはルージュの気配を感じている。
離れた手も・・・まだ熱い!
◆
「簡単に終わるなよ!!!!」
アリシアさんが間合いに入った。
雷鳴のような叫びが、俺の自由を奪おうとしている。
最初っからかよ・・・。
「終わるわけねーだろ!!」
気合で弾いた。
「よく耐えたぞ!!」
雷神は背筋が凍るほどの笑みを浮かべ、腰の剣に手をかけた。
ここ・・・俺が勝てる希望、絶対に決める!
まだ聖戦の剣は鞘の中だ。つまり・・・突きは無い、斬り上げでくる。
狙っているのは持ち手、あなたの力なら誰だって落としちまう。
「さあ、楽しもう!!」
・・・やってやる!
斬り上げの軌道は正確だ。
どうするかはもう決まっている。
「ユウナギが武器を落としたー!!」
クロガネが俺の手から離れた・・・わざとだけど。
「・・・」
ほんの一瞬、雷神が戸惑いを見せた。
ここ・・・。
「騎士に必要なのは剣じゃねーんだ!!」
隙だらけの雷神の腹に、渾身の力で拳を打ち込んだ。
同じ好機は二度と無い。
「ぐ・・・」
反応は見ない、効いてるか確かめてる場合じゃねーんだよ。
「このまま決める!!!」
拳を開き、雷神の顔を覆った。
必ず連撃・・・そう教えてくれたよな。
「やってみろ・・・」
雷神から嬉しそうな声が聞こえた。
頼む・・・これで気絶してくれ・・・
「雷神が闘技盤に沈んだー!!!」
顔を押して足を払い、頭を盤上に叩きつけた。
「私は毎回大会を見ていますが、一回戦目で雷神が倒れたところを見るのは初めてです!!聖女の騎士はとても強い、誰もがアカデミーで教わります!!若干十七歳がその事実を証明してくれました!!!」
倒れた・・・それでもまだ・・・俺に油断は無い。
悪かったよ・・・。
ちょうど左手のそばにクロガネが待っていた。
このまま力をうば・・・。
剣を拾った瞬間、目の前に硬そうな拳が現れた。
「雷神の反撃だー!」
踏み込み無しの拳なのに俺の体は飛ばされた。
いてー・・・鍛錬の時の何倍だよ・・・。
「いったいどう鍛えたらここまで頑丈になれるのか!!あれを受けたら常人は間違いなく死んでいます!!」
雷神は平然と立ち上がった。
そう・・・。
「よかったぞ。私でなければな・・・」
雷神の頬は紅く染まり、呼吸が早くなっている。
・・・今ので興奮したらしい。
「まだできるな?」
少女・・・顔を見てすぐに浮かんだ。
新しい服を見てほしい、かわいく結わいた髪の毛を褒めてほしい。
普通の女の子が嬉しい、楽しいと思うこと、雷神にとってはそれが戦いなんだろう。
◆
「ユウナギは全力で守りに入っています!!」
雷神の猛攻が始まった。
「致命傷はありませんが、切り裂かれた腕や脚はどれほどの痛みなのか!!」
雷神の勢いはどんどん増していく。
次の好機は・・・まだ来ない。
「どうする!!どうやって守る!!」
「倒れなければ・・・死ななければいい!!」
・・・まだ耐える。
◆
「まだ来ないか・・・」
どれくらい経ったかわからないけど耐え続けた。
時折見せる隙は確実に罠だ。
雷神だって人間、必ず息継ぎはある。
突くなら、呼吸の隙・・・。
◆
「そこだ!」
長く続いた攻撃が緩み、剣に気合を込めた。
これがダメでもまた耐えればいい・・・。
「貫いたー!!!」
クロガネが雷神の腹に穴を空けた。
ああ・・・応えてくれたんだな。
これからも頼むぜ・・・。
「俺は死なない!!だから明日も・・・これからも・・・ずっと守っていける!!!」
クロガネを引き抜き、体ごとぶつかった。
もっと・・・思いを!!
「これはルージュを守るための力だ!!」
よろけてくれたところに、おもいきり振り下ろした。
真っ二つにする!そうじゃなきゃ勝てな・・・。
「止めたー!!!」
全身全霊の攻撃は簡単に受け止められた。
嘘だろ・・・腹に風穴空けたんだぞ・・・。
「・・・十五のニルスと同じくらいだな」
雷神は満面の笑みでクロガネを弾き返した。
「近付かなければ・・・超えなければ・・・守れない」
「そうだな・・・まだ先の話だ」
体勢を整える前に、聖戦の剣がクロガネにぶつかり・・・俺の手から離れた。
あー・・・やべー・・・。
◆
「・・・ルージュはお前に託す。変わらず守っていってくれ」
雷神の殺気が無くなった。
でも、喉元に当てられた刃はとても冷たい。
「まあ・・・今回は譲ってくれ。私はまだ戦いたいんだ」
声は優しく暖かい・・・アリシアさんに戻ったみたいだ。
遠い・・・遠すぎる。
だから胸が躍るんだ。
「仕方ないですね・・・今回は譲りますよ」
両手を挙げた。
戦闘狂か、絶対勝てるって自信が付くまでやりたくねーな・・・。
「決着がつきましたー!!早く治癒をお願いします!!!」
集中が切れた途端、全身が痛みだした。
あーあ・・・昼は何食べよう・・・。
◆
「勝負は終わりましたが、騎士のこれからが気になる所です。みなさんもそうですよねー?」
俺の治癒が済むと、進行のヘインさんがわざわざ下りてきた。
うるせー・・・余計なことすんな。
「アリシア様、彼の力量はどうでしたか?」
周りから音が消えた。
四万以上もいて黙んじゃねーよ・・・。
「全員見ていたはずだ。託せるに決まっているだろう」
突然嵐が起こった。
観戦者が起こす風が俺に当たる。
「試合も結果も文句無しです!!みなさん、若き騎士に祝福を贈りましょう!!!」
んなもんいらねーから早く戻らせてくれ・・・。
◆
「おかえり」
戻るとルージュに飛びつかれた。
柔らかい・・・。
「雷神はどうだった?」
「やべー女だったろ?俺はもう女とは見てねーけどな」
ニルスさんとティムさんも、ずっと見ていてくれたみたいだ。
ああ、やべー女だよ・・・。
「よく持ちこたえたな」
「ニルスさんと同じです。すぐ後ろにルージュがいるから・・・」
だから負けない、倒れることを心が許さなかった。
「すぐ後ろか・・・。これからも頼んだよ」
ニルスさんは言いながらルージュの頭を撫でた。
「わかってると思うけど、支えが必要だ」
「うん、そうしていく」
「あとは・・・逃げられないようにな」
「え・・・逃がさない」
逃げるわけないだろ・・・。
「おい、泣かしたら殺すからな」
ティムさんは、真剣な顔で俺の目を睨んできた。
「はい」
「ルージュ、なんかあったら俺に言え」
「あはは・・・あったら・・・そうします」
そんなことにはしないつもりだけど、こえーなこの人・・・。
◆
「次はテッドさんだよ。一緒に見ようね」
ニルスさんとティムさんは観戦席に消えた。
そういや、俺たちは一番いい場所で見れるんだったな。
「俺・・・腹も減ったんだ。昼はどうする?」
「あと三試合我慢してね。変装して売店区画行ってみる?」
「売店か・・・離れんなよ?」
ルージュの左手を引いた。
「・・・離れないようにもしてほしいな」
「ずっと繋いでるよ」
「・・・」
目の前にはとびきりの笑顔があった。
『君を守る力』
それはこうしていればいくらでも湧いてくる。
この先、いつまでもだ。




