第三百七十話 その人は【シロ】
「これは絶対に外さないでね。失くしたら忍びこんだって思われて、兵士さんに追い出されちゃうよ」
受付のお兄さんが、僕の首に入場証明を下げてくれた。
ふふふ、なんかかっこいいな。
お祭り、闘技大会、こんなに楽しくて仕方ないのは初めてかもしれない。
心が弾んでいるのはみんながいるからだと思う。
それと、今回は君もいるから・・・。
◆
「全員のをください」
真っ先にみんなの似顔絵を買いに来た。
「二種類あるけど、どっちかな?」
「どっちもください」
「全員だと六万四千エールになるけど・・・ぼうや大丈夫?」
「うん」
売店の並ぶ区画で一番人気のお店だ。
「わあ・・・やっぱりイザベラさんのは刺激的だね」
バニラは上に飾られている見本を眺めている。
イザベラか・・・ティアナに怒られないかな?
「スウェード家を各一枚ずつ・・・。クライン家も各一枚ずつ。ティム・スウェードだけは五枚ください。すべて二種類ともです」
すぐ隣の列にハンナがいた。
一人・・・お使いで来たのかな?
「シー君、知ってる人?」
「うん、ティムの・・・」
そうだ、バニラは女の子だからスウェード家の観戦室に行けるぞ。
◆
「それなら・・・わたしは自分の席でみんなと待ってるよ」
バニラはちょっとだけ暗い顔をした。
「え・・・なんで?」
「事情を知ってるからだよ。優しくはできるけど、かわいそうって気持ちが顔に出ちゃうもん。たぶんそういうの・・・わかっちゃうよ」
ああ・・・そういうことか。
「シー君が行ってあげることで、その子たちが笑顔になるなら会ってきた方がいいと思う」
「そしたらバニラが寂しくなっちゃう」
「大丈夫、そっちにロゼさんいたから。それに、わたしとはあとでいっぱい遊べるでしょ?」
バニラは笑顔で言ってくれた。
偽りの無い言葉・・・。
会いに行くことはできないけど、思ってはくれているみたいだ。
◆
「シロ様・・・」
列から離れたハンナに声をかけた。
「みんなは一緒?」
「本日試合のあるティアナ様とイザベラ様は先に来ています。子どもたちはシェリル様が連れてきますよ」
「あ・・・ほんとだ」
気配を探るとハンナの言った通りだった。
戦う二人はそうした方がいいよね。
「みんなに楽しんでってねって言いたいから一緒に行くよ」
「ありがとうございます。・・・こちらです」
スウェード家の観戦室は、普通の人が入れない所からしか行けない。
でもハンナの入場証明があれば僕も付いていけるはずだ。
◆
「イザベラ・・・座れ」
ティアナは、ハンナから似顔絵を受け取った途端に顔を歪ませた。
まあ、怒るか・・・。
「な、なにか・・・」
「座れと言ったんだ」
「・・・はい」
まだ子どもたちは来ていないから、その前に済ませようと思ったんだろう。
僕は口を出さないようにしよ・・・。
「・・・狂ったか?このふしだらな姿はなんだ?」
テーブルにイザベラの絵が置かれた。
「ふしだら・・・」
「お前は宣伝用の絵でもふざけていたな。はっきり言わせてもらうが、どちらも下劣だ」
「母上、これは芸術です。画家も美しいと・・・」
テーブルが叩かれた。
やっぱり子どもたちがいないうちにか。
「スウェード家の品性が疑われるぞ。これは確実に男を誘っている姿だ」
「いえ・・・それは芸術です・・・」
「・・・ベルクたちにもそれで通すつもりか?」
「通すとはどういうことですか?事実を伝えるだけです」
「・・・」
ティアナは頭を抱えてしまった。
綺麗ではある。
だけど・・・同じような絵が無いのも問題だな。
「私からは説明しない。あの子たちにはお前から言え」
「はい・・・」
イザベラは「なにがおかしいんだ」って顔をしている。
僕も黙っとこ・・・。
「・・・ハンナ、これは芸術だろう?」
「私はそういったものに疎いのでなんとも言えません。ただ・・・買っていく方は多かったと思います」
「芸術だからだ」
「・・・」
ハンナも大変だな・・・。
そして、自分の考えは言わないみたい。
◆
「シロ、子どもたちは・・・やはり聞いてくるだろうか?」
ティアナは壁に張られたティムの絵を見つめた。
・・・正直に言ってあげた方がいいな。
「そりゃ聞くよ。スウェードだし・・・似てるし」
「説明は・・・壁に向かい、何度も口にして練習したんだ・・・」
ティアナは切なそうな顔をしている。
子どもたちにはその通りに言えるのかな?
「冷たく聞こえるかもしれないけど、この問題に君の感情は挟んじゃいけない」
「わかっているさ・・・」
「ティムは優しい、なんの心配も無いよ」
「ああ・・・そうだな」
彼女が考えているのは、その先か。
お兄ちゃんに会いたい・・・そう言われた時は演じるしかない。
また傷付けること・・・避けられないだろう。
◆
「あーシロだ」「シロ・・・」「おはよう・・・」「・・・」
子どもたちが入ってきた。
前に案内してあげたから、ここは安全だってわかってくれている。
「わあ、お母さん綺麗だよ」
「お姉ちゃんたちも」
「イザベラお姉ちゃんは・・・なんかオトナ・・・」
子どもたちは、以前は無かった似顔絵にすぐ興味を持ってくれた。
男の人のもあるけど、絵は大丈夫みたいだ。
「風神さんは・・・なんだか優しそう」
テスがニルスを見つけた。
感じたままか・・・絵でもそれは伝わるんだね。
「うん、ニルスは優しいよ。僕がとっても困ってる時に・・・助けてくれたんだ」
「なにで困ってたの?」
「うーん・・・。僕はこわーい魔族のせいで、三百年以上自分のお城から出られなかったんだ。ニルスは、その時に来て外に連れ出してくれたの」
「わたしたちと・・・同じ?」
あ・・・思い出させてしまったかな・・・。
でもそうだったのかもしれない。
大切な仲間たちが目の前で消されていって、女神様も封じられて・・・。
ニルスとミランダが来なかったら・・・考えると苦しい・・・。
「ごめんねシロ・・・。嫌なことだったんだね・・・」
テスが僕の手を握ってくれた。
とっても暗い顔をしてしまったみたいだ。
「ううん、今は大丈夫なんだ。こわーい魔族はニルスがやっつけてくれた」
「なんか絵本みたい。シロはお姫様で、ニルスさんは王子様だね」
「そ、そんなんじゃないよ。でも・・・憧れの人って感じだね・・・な、なにみんな?」
女の子たちはちょっとだけいじわるな顔で僕を見ていた。
少しずつ、表情を作ることができるようになっている。
だけどまだ油断はできない。
傷は塞がっても、その痕は消えない。
些細なことでも気遣ってあげなければいけないな。
◆
「ねえお母さん、この人・・・」
ベルクがティムの絵を指さした。
ああ、見つけちゃったか・・・。
僕は様子を見させてもらおう。
変な雰囲気になったら助けてはあげるけど・・・。
「どうした?」
「この人もスウェードって書いてある」
「・・・本当だ」
「お母さんと・・・似てる」
女の子たちもティムの絵に目を移した。
「・・・」「・・・」
イザベラとシェリルが下がり、ハンナたち使用人も距離を取った。
説明はティアナからするって決めていたんだろう。
「ティム・スウェード・・・家族の名前が一緒・・・」
「・・・知ってる人?」
「ああ・・・その人は・・・」
ティアナは子どもたちに近寄り、ティムの絵を見て目を細めた。
堂々としないとダメだよ・・・。
「この人は・・・お前たちの・・・」
心の中では激しい葛藤があるんだろう。だけどティムは家族だと伝えることを許してくれた。
ここでちゃんと言わないと、その思いが無駄になってしまう。
「・・・わたしたちの?」
「・・・」
「・・・お兄様です」
ハンナが見かねた顔で前に出た。
・・・助けてあげるみたいだ。
「ハンナ・・・」
「はっきりと教えてあげてください」
子どもたちは二人の様子を不安そうに見ている。
変な空気になっちゃったな・・・。
「お兄ちゃん?」
「どういうこと?」
「なんで黙ってたの?」
「みなさんも知っている通り、スウェード家は本来女性だけの家なのです。古くからのしきたりで、男の子が生まれた場合はテーゼで暮らすことになっていたのですよ。ちなみに、ティアナ様の旦那様も別で暮らしています。今回は来れないかもしれないとお手紙もいただいています」
そしてよくない方向・・・当てつけだ。
「お兄様と言っても男性です。ティアナ様はみなさんのために黙っていたのですよ。・・・そうですよね?」
「ああ・・・その通りだ」
「みなさんに内緒で挨拶もしています。しきたりなので、別に仲が悪いわけではありませんからね。・・・そうですよね?」
「そうだな・・・。みんな、すまなかった。気付かれなければ黙っているつもりだったんだ・・・」
これはハンナからの復讐、今のでティアナの心は相当痛んだだろう。
「お兄ちゃんは・・・みんなみたいに優しいの?」
「スウェード家で一番優しい方です。私も・・・とてもよくしていただきました」
「お母さんとお姉ちゃんよりも?」
「聞いてみましょう。どうお考えですか?」
ハンナは三人に視線を向けた。
こういう日をずっと待っていたんだろうけど、子どもたちの前ではやめてほしい。
「私よりもずっと優しいわ」
シェリルが一番に答えてくれた。
もう取り戻せないことをしっかりと理解している。
シングを助けたのは、絵が気に入ったこともあるけど、罪滅ぼしもあったんじゃないかな。
「たしかにティムは優しい。・・・私よりもな」
イザベラも続いた。
言葉に偽りは無い、本当にそう思っているんだろう。
「ティアナ様は、どうお考えですか?」
「・・・」「・・・」「・・・」「・・・」「・・・」「・・・」
六人の子どもたちがお母さんの答えを待っている。
ハンナに負けずにちゃんと教えてあげてほしい。
ティムが大丈夫とわかれば、男の人への恐怖が薄れるかもしれない。
「・・・ハンナの言う通りだ。この子は・・・私たちよりもずっと優しい・・・」
ティアナの言葉にも偽りは無い。
嫌われているけど、許してはもらえないけど、彼の愛がどのくらいなのかは充分にわかっているってことだ。
「私が困っている時は・・・いつも助けてくれるんだ」
ここからは僕も口を出していこう。
◆
「僕もティムと友達なんだ。最後の戦場にもミランダ隊で一緒に出たんだよ。とっても強いんだからね」
子どもたちを集めて、お兄ちゃんのことをたくさん話してあげることにした。
あとはどれだけいい人なのかってのを教えてあげればいいよね。
「それとね、みんなが使ってる石鹸とか美容水、ティムも作ってくれてるんだよ」
「そうだったんだ・・・」
「君たちのことも知ってる。顔は出せないけど・・・ちゃんと想ってくれてるよ」
いつの間にかティアナとハンナが消えている。
部屋の外・・・なにか話してるみたいだ。
「すまないハンナ・・・」
精霊の耳を使った。
さっきのお礼か・・・。
「主を支えるのが私の役目です」
「そうか・・・」
「ティアナ様、心を強く持ってください。家長の剣を返してもらうのでしょう?」
「ハンナ・・・」
たしかに今の状態で試合には挑めないよね。
それにハンナはやりたかったことができたから、もう責めることはしなさそうだ。
「偶然かはわかりませんが、地の組で女性はティアナ様とアリシア様だけ・・・。子どもたちに女性が強いことを教えてあげるのでしょう?」
「・・・」
「顔を上げてください。スウェード家の家長がそんな弱気ではいけませんよ」
「そうだな・・・ありがとう」
もう大丈夫みたい。
・・・もっとティムを信頼してあげてほしいな。
◆
「ねえお母さん、僕は男の子だけど・・・本当は一緒に住んじゃいけないの?」
ティアナとハンナが戻ると、ベルクがちょっとだけ震えた声を出した。
さっきの説明か・・・。
「ベルク、心配することはないよ。もうそのしきたりはやめようと思うんだ」
「本当?」
「ベルクが悲しくなるようなことをするはずがないだろう?」
ティアナはベルクを抱きしめた。
「よかった・・・」
「今みたいに不安なことは全部言わないとダメだぞ。黙っていたらお仕置きするからな」
「うん・・・ちゃんと言う・・・」
できればこの光景をティムにも見せてあげたい。
ちゃんと変わっていることを・・・。
◆
「お兄ちゃん・・・」
「どんな人だろ?」
「お母さんよりも優しいって」
「声とか、聞いてみたいな・・・」
テス、イリア、ミスティ、シンディ・・・女の子たちはティムに思いを馳せていた。
たぶん・・・たぶんだけど、この子たちが「会いたい」って言えばティムは顔を出してくれる。
その時は僕が一緒に来てあげよう。
「隠してて・・・ほしくなかった・・・」
他の子とは違う反応が一つだけあった。
アメリアだけは寂しそうな顔をしている。
「すまないアメリア・・・」
「でも・・・仲良しなんだよね?」
「・・・そうだよ」
ティアナは一瞬だけ間を置いて答えた。
「・・・お父さんは?」
「今回は・・・来れないらしい」
「お父さんとも・・・仲良し?」
「・・・そうだよ。当たり前じゃないか」
また弱気になって・・・。
でも、お父さんはどうしようもないな・・・。
「アメリア、ティムは今日も来てるんだよ」
話をティムに戻した。
これは助けないとダメだ。
「お兄ちゃんとは・・・下で会ってくるの?」
「そうだよ・・・」
今は・・・エリィと一緒にいるみたいだ。
「今日は戦うの?」
「ティムは風の組だから明日だな」
「・・・わたしたちも会えるの?」
「・・・会いたいのか?」
「お兄ちゃんなら・・・平気かも・・・」
アメリアも他の子と思うところは同じみたいだ。
・・・あとで僕から頼んでみよう。
◆
「ティアナ様、イザベラ様、シェリル様、集合時間です」
係の人が入ってきた。
これから闘士たちは、ミランダから詳しい説明があるらしい。
だから今日は戦わないティムやルージュたちも同じ時間に闘技場に来ている。
まあ、戦わなくても見たいもんね。
「姉上は二試合目、母上は七試合目よ。お姉ちゃんは近くで見るからまたあとでね」
シェリルが子どもたちに微笑んだ。
闘士には特別席がある。
すぐ近くで観戦できるからお客さんよりも熱くなれそうだ。
「お母さん、お姉ちゃん。応援してるからね」
「ああ、行ってくるよ。お昼には一度戻るから、みんないい子にしているんだよ」
「まだ時間はある。ハンナに言って、芸術を見せてもらうんだぞ」
三人は子どもたちに見送られて部屋を出て行った。
あ・・・まだもう一枚の絵を見せてないから、説明もできてないぞ。
どうしよう・・・。
◆
「お姉ちゃん・・・どうしちゃったの?」
「なんで下着なの?」
「剣を舐めてる・・・」
「これは芸術なんだよ。命はなにも纏ってない姿が自然だし美しいんだ」
イザベラの絵は僕が説明することになってしまった。
「女神様もオーゼって精霊も同じような格好してるんだ。えっと・・・イザベラは自分の一番美しい姿を描いてもらっただけなんだよ」
「シロとカゲロウさんは?」
「え・・・。ぼ、僕たちは・・・人間と深く関わりたいって思ってるから服を着てるんだよ」
「そうなんだ・・・」
なんで僕が・・・。
「でも・・・お姉ちゃんの裸は綺麗だと思う・・・」
テスが呟いた。
・・・これに乗っかろう。
「でしょ?綺麗だから芸術なんだよ。そう・・・イザベラの裸は芸術なんだ」
もう何を言われてもこれで押し通す。
あとは・・・知らない。
◆
「凍らせた桃を削ったのがあったんだ。しゃりしゃりでおいしいからみんなで食べようよ」
なにもすることが無くなって暇になってしまった。
まだお客さんは入りきっていないみたいだし、ちょっと抜けても間に合うよね。
「色んなお店が出てるんだよ。もし見てみたいなら、僕が守るからみんなで行かない?」
そして、できるなら一緒に行きたい。
「シロ様、連れ出すのはさすがに・・・」
「大丈夫だよハンナ。全員来るならカゲロウも呼ぶ」
だから守り切れる自信はある。
あとはみんなの気持ち次第だけど・・・。
「僕は行きたい」
ベルクが手を挙げた。
「わたしも・・・見たいな」
テスも来るみたいだ。
「行きたい・・・」
「守ってくれるの?」
そしてもう二人、歌が好きなシンディと髪の毛がさらさらのミスティだ。
あと二人は・・・。
「ごめんね・・・まだ・・・」
「人混みは・・・怖い」
アメリアとイリアは申し訳なさそうに俯いた。
・・・この子たちは傷が深いから仕方がない。
でも、楽しい気分ではいてほしいな。
「じゃあ、なにか欲しいのはある?言ってくれたら探して買ってくるよ」
「・・・さっき言ってた桃のやつと・・・お兄ちゃんの絵・・・」
「わたしも・・・あと、星柄のなにか・・・」
「わかった。待っててね」
戻ったら下の様子を話してあげよう。
そうすれば「行ってみたい」ってなるかもしれないしね。
◆
「恐怖を感じたり、戻りたくなったら教えてくださいね」
カゲロウはすぐに来てくれた。
ちょうど孤児院の子どもたちをみんな座らせたところだったみたい。
「がやがやしてる・・・」
「うん、ここを開けたら人がたくさんいる。手は繋いだままじゃないとダメだよ?」
「わかった・・・」
僕はベルクとテスの二人と一緒だ。
繋いだ手からは安らぎの魔法をかけている。
それでも怖い思いをしそうだったらすぐに戻ろう。
◆
「わあ・・・いっぱいいる」
「さっきよりもうるさい・・・」
売店区画に出た。
絵を買った時よりも人が増えてる・・・。
「心配しなくていいよ。えっと、桃は溶けちゃうから最後にしようね。カゲロウ、王様の声が聞こえたらさっきの扉に集まるようにしよう。それと、お昼があるからお菓子は買いすぎちゃダメだよ?」
「承知しました」
三人ずつで動くことにした。
みんな座って待ってればいいのに・・・。
だから大会も始められないんじゃないかな?
◆
「なに呑気に買い物してんだよ」「愛しの風神は一試合目だぞ。見ねーのか?」「お姉さん、こいつこの間娼館入ってったよ」
お店じゃないところに人だかりができていた。
誰かを囲んでいるみたいだ。
「うるせーんだよ!今日は出ねーんだから遊んでもいいだろーが!」
あれ・・・中心にいるのって・・・。
「なんか怒鳴ってる・・・」
「恐い人がいるの?」
ベルクとテスが僕に引っ付いてきた。
「大丈夫だよ。・・・あっち行こ」
離れよう・・・。
さっきの話のあとにあんな姿見せられるわけない。
◆
絵を買って、ユーゴさんのお店に来てみた。
星柄のはここにもあるかもしれない。
「わあ、綺麗だね」
テスが腕輪を見て口元を持ち上げた。
この子はこういうのが好きみたいだ。
「本物の宝石じゃないから手に取って見てもいいんだよ」
「そうなんだ・・・」
ユーゴさんのお店は少しだけ落ち着いている。
上品な感じだし、騒いで呼び込みもいらないんだろう。
「お、シロ。・・・子守りしてんのか?」
「あ・・・」
ユーゴさん本人が出てきて、テスが僕の背中に隠れた。
いい人なんだけど・・・やっぱり初対面だと難しいか。
「どうした?」
「この子、男の人ダメなの。ごめんね」
「そうか・・・。ごめんなお嬢ちゃん、ゆっくり見てっていいからね」
ユーゴさんは奥にある自分の椅子に戻っていった。
テスは僕がいるから保てている。
一人で出歩けるようになるには、まだまだ時間が必要だ。
「シロ、あの人・・・悪くないのに謝ってきた」
「いい人だからね。それに、ここに並んでるのはぜーんぶあの人とステラが作ったんだよ」
「あ・・・そうなんだ・・・綺麗・・・」
テスは僕の手をぎゅっと握った。
「わたし・・・謝りたい」
「お姉ちゃん・・・」
「だって・・・わたしがされたら・・・いやだもん」
・・・まだまだって思ったけど実はそうでもないのかも。
ユーゴさんは気にしてないだろうけど、そうさせても・・・。
「ようシロ、お前は人混みでも髪の色でわかるな」
「あ・・・」
突然男の人の声が聞こえて、テスはまた僕の後ろに隠れてしまった。
・・・今度は怒鳴り声じゃない。
「あ!」
「ん?どうしたちびっこ」
「あの・・・」
ベルクはすぐに気付いたみたいだ。
・・・けどもじもじしてる。
「えっと・・・」
「シロさんのお友達ですか?」
エリィが膝を付いて、ベルクの目線に合わせてくれた。
こっちの方が話しやすそう。
「あの・・・お兄ちゃん」
「そうですか、シロさんはぼうやのお兄ちゃんなのですね」
「えっと・・・違う」
緊張してるのか。
・・・ていうか僕が紹介すればいい。
「あのね、この子はベルク。後ろの子はテスっていうの。二人ともスウェード家の子たちだよ」
連れ出した僕の役目だよね。
「だから、ティムは二人のお兄ちゃんってこと」
「ああ・・・」
「そうだったのですね・・・」
ティムとエリィは察してくれたっぽい。
「・・・」
隠れていたテスも僕の肩からちょっとだけ顔を出してくれている。
「お母さんとお姉ちゃんを応援しにきたの?」
ベルクが、今度は普通に話しかけた。
単純にそうしたかったんだろうけど、テスのためになっていると思う。
「別にそういうわけじゃないよ。遊びに来ただけだ」
「なにして遊ぶの?」
「・・・店がいっぱい並んでるのを見れば楽しいだろ?」
ティムの声はとても優しい。
ルージュやセレシュに接する時と同じだ。
「離れて暮らしてて・・・寂しくなかったの?」
だからテスも声を出してくれた。
質問はティムにとって辛いものだけど・・・。
「別に・・・しきたりだからな」
「お母さんは・・・もうそれをやめるって言ってた」
「そうか・・・」
ティムは微笑んで、弟と妹の頭を撫でてあげた。
うん、ちゃんとお兄ちゃんになれてる。
「テス・・・俺が触っても平気なのか?」
「うん・・・お兄ちゃんだから・・・」
テスは暖かい手を受け入れた。
みんなからの話でいい印象を持っていたこと、実物もそうだったこと、それだけで安心したんだろう。
「お母さんたちが、お兄ちゃんはスウェード家で一番優しいって言ってたんだよ」
「ふーん・・・。俺のことをよく知らないみたいだな」
「え・・・嘘なの?」
「それはお前たちが決めればいいよ。・・・人の多いとこにも出られるんだな。買い物か?」
エリィは一歩下がってニコニコしながら見ていた。
彼女はよく知ってるからな。
◆
「おっさん、俺の妹が謝りたいってさ」
ティムはテスの思いを聞いて、ユーゴさんに声をかけてくれた。
僕の手はそっと離し、今はお兄ちゃんの手を握っている。
例えばだけど・・・本当にティムが二人のお兄ちゃんだったら、両親が襲われた時に何事も無かったんだろうな。
「は?謝る?」
「そう言ってんだよ。ほら、悪かったってさ」
「さっきは・・・隠れてごめんなさい」
「え・・・気にしてないから頭なんか下げなくていいよ」
ユーゴさんはやっぱりなんとも思ってなかったみたいだ。
そりゃ恥ずかしがり屋の子どもなんていっぱいいるからね。
「それより・・・さっき腕輪を見てたけど、気に入ったのはあったか?」
「全部綺麗だった・・・」
「へえ・・・なあお兄ちゃん、妹の喜んだ顔って最高だと思うんだよ。・・・わかるよな?じゃあ・・・決まったら声かけてくれ。迷ったら似合うのを選んでやってもいい」
ユーゴさんは奥の椅子に戻っていった。
それしか考えてなかったのかも・・・。
◆
「ほんとに・・・いいの?」
「ああ、六人いんだろ?」
「じゃあ・・・みんな同じのがいい」
「おっさん・・・客だぜ」
ティムがテスの手を引いて、ユーゴさんに声をかけた。
そうしたかったのか、乗せられただけなのか、ティムは弟妹たちに贈り物をするみたいだ。
「聞こえてたよお兄ちゃん。同じのを六つ・・・お嬢ちゃん、石の色が違ってもいいかい?」
「・・・あるの?」
「ちょっと待ってな・・・どんな奴に売ろうか考えてたけど、お嬢ちゃんたちにしよう」
ユーゴさんは後ろの棚から木箱を取り出した。
「これ?」
「そっと蓋を開けて、中を見てみろ」
ユーゴさんは得意気だ。
どんなのだろう・・・。
「わあ、綺麗・・・光ってる」
テスが箱を開くと、中から淡い光が漏れ出した。
「ステラが光の魔法を施した。明るすぎないから寝る前に眺めてても綺麗なんだ」
「ステラさんが・・・どうして色が違うの?」
「その日の気分によって付け替えられるだろ?俺が・・・一人で作ったんだ。ステラが褒めてくれた」
よくユーゴさんのところに通ってたけど、一緒に色々やってたんだな。
たぶん最初はついでだったんだろうけど、作ってるうちに楽しくなっちゃったんだ。
「名前は、奏で合う光・・・ステラが付けてくれた」
「奏で合う?」
「なんでも・・・強い絆を持つ六人が思い浮かんだって言ってたんだ。本当は清流とか、そよ風とか、夏の果実なんかを表現したつもりだったんだけどな・・・気に入ったか?」
「六人・・・ちょうどわたしたちと同じ・・・これがいい」
絆・・・六人・・・。
「ティム、きっとミランダ隊のことだよ」
そっと耳打ちしてあげた。
実は気付いてたかな?
「・・・そうかよ」
「嬉しくないの?」
「別に・・・」
嬉しそう・・・。
「これは内緒なんだけど、光るのは他に無いんだ。ステラがやってくれなかったからな」
ユーゴさんはにっこりと笑った。
この腕輪だけ特別ってことだね。
「だから他のよりもちょっとだけ値が張る・・・お兄ちゃん、妹が気に入ってるぜ?」
「それでいいよ」
「六人いるなら、それぞれにしまう箱も必要だよな?綺麗なのがさ・・・」
「・・・」
色々付けられそうだな・・・。
◆
「ありがとう・・・」
「いいよ別に。俺はお前たちになにもできないからな」
「あの・・・明日、応援してる」
「なら・・・頑張んねーとな」
「うん、頑張ってね」
テスはすっかり落ち着いた。
「色は・・・ケンカしないで決めろよ?」
「うん、ケンカしない。わたしは何色でも好きになれそうだから最後に残ったのにする」
「ああ、いい子だな」
「えへへ・・・」
ティムのおかげだ。
◆
「諸君らに願いたいのは、今回の祭りに関わった者たちへの感謝だ」
王様の演説が聞こえてきた。
・・・もう時間だ。
いつの間にか周りから人がかなり減っている。
「テス、ベルク。みんなの桃を買って早く戻ろう。イリアのは、その腕輪で許してくれると思う」
カゲロウたちも待たせてしまう。
・・・急がなければ。
「お兄ちゃん、僕・・・お母さんに剣を教わってるの」
ベルクが繋いでいた手をほどいた。
伝えたいことがあるみたいだ。
・・・少しなら待とう。
「お兄ちゃんはとっても強いってシロが言ってた。お母さんもとっても強いんだ」
「だから・・・なんだ?」
「どのくらい剣を振れば強くなれるの?」
「・・・」
ティムはさっきのエリィと同じように、膝を付いてベルクと目を合わせた。
「・・・なんで強くなりたいんだ?」
「お姉ちゃんたちは僕が守るから」
「ふーん・・・今いくつになった?」
「五つ」
なんて言ってあげるんだろ?
「まだチビだからな。俺くらいデカくなったらだ」
「えー・・・」
けっこうまともに答えたな。
みんな最初から強かったわけじゃない、本気なら真実を教えてあげた方がいいんだろう。
「俺だって十年以上やってんだよ」
「じゃあ十年?」
「お前わかってないな。俺が言いたいのは、毎日目標を持ってやってりゃいつの間にかって話だ」
「じゃあ・・・毎日十年続ける」
ふふ、そういうことはその内ティアナが教えてくれる。
「あとは強い奴らをたくさん見ておけ」
「うん、見ておく」
「よし・・・ベルク、テス、楽しめよ」
ティムはまた二人の頭を撫でてあげた。
・・・ソワソワしてる。
早く見に行きたいんだろうな。
「・・・エリィ、またあとでな」
「はい、よく観察してください。では、私も失礼しますね」
ティムは闘士の、エリィは観客席の入り口に向かった。
そう・・・一試合目はニルス。
見逃せないよね。




