第三百六十九話 火をつけて【ミランダ】
来た・・・ついに・・・。
ずっと心臓が高鳴っていた。
モナコのよく眠れる薬を飲んだのに、何度も目が覚めたくらいだ。
でも・・・いい。調子がいい・・・。
このまま・・・このままいこう。
◆
「起きろニルスー!!!」
出せる限りの声で叫んだ。
限界かと思ったけど、もっといけそうな気がする。
「うう・・・」
ニルスの瞼に力が入った。
「ミランダ・・・ニルスはちゃんと起きるから・・・」
「じゃあ、あとはステっちゃんに任せる。起きたんならすぐ来るよね?」
「う、うん・・・」
さて、あと二人は・・・。
◆
「起きろジェイスー!!!!!」
お腹に力を入れてみた。
やっぱりさっきよりも出せる・・・。
「うるさい・・・そこに触るな・・・」
「なら早く起きな。じゃないと、本当に搾り取ってイザベラの分無くなっちゃうよ」
「・・・品の無い女だ」
こいつも大丈夫そうだ。
「元気いっぱいじゃのう」
窓の外からおじいちゃんの声がした。
とっくに起きてたか・・・わかってるわね。
「いい子には、ご褒美あげないとねー」
窓に近付いて、おじいちゃんの顔に胸を押し付けてやった。
「おおー!早起きしてよかった」
「大会も頑張れる?」
「任せておけい!」
こんだけ興奮してれば心配無いか。
「・・・騒いでいる暇があるのなら化粧をしておいてください」
ハリスも現れた。
「すぐ終わるよ」
「最速でお願いします。王も早めにいらっしゃいますので」
「わかってるよ。ジェイス、すぐ起きなよ?」
「・・・早く出て行け」
今日はゆっくり朝を食べている暇は無い。
・・・向こうの食堂で味見をさせてもらおう。
◆
運営本部に全員が集まった。
寝足りないって顔は一人もいない。
「全員で挑むんだからね。一人で無理そうなら、早めに応援を呼ぶこと」
みんな真剣な顔で聞いてくれている。
「戦場じゃないけど、あんたたちはみんなミランダ隊だからね」
ああ、おじさんが開戦の時に叫ぶ気持ちってこんな感じだったのかな・・・。
「みんなに期待してるからね!!じゃあ・・・全員持ち場につけーーー!!!!」
拳を掲げたら、全員が大声で返事をくれた。
わかるよおじさん・・・みんなに火をつけるってことだよね。
◆
観客席がどんどん埋まっていく・・・。
当日券も「残りわずか」だってさっき報告があった。
・・・けっこう余裕ありそうなのよね。
予定通り立ち見も入れよう。
「ミランダ、感謝しているぞ」
王様はとびきりの笑顔だ。
「あたしだけじゃないよ。みんな頑張ったんだから、明日の朝は声かけてあげてほしいな」
「そうさせてもらおう。私からも感謝を伝えたい」
「待ってますからね。・・・じゃあ、開会の挨拶よろしくお願いします。あ・・・長いなって思ったら途中で下げちゃいますから」
「ふ・・・そうだったな。ここではそなたが一番偉い」
冗談で言ったんだけどな。
・・・調子に乗っちゃいそうだ。
◆
「お待ちください!」
王様の控室を出たところで、とんでもないのに出くわした。
な、なによ・・・。
「えーと・・・あたしですか?」
「そうです!」
「なにかご用でしょうか・・・」
第二王子のミルネツィオだ。
たしかあたしと同い年だったっけ?
「少し・・・よろしいでしょうか?」
「本当に少しなら・・・」
忙しいんだけど・・・。
「私は、美しく芯の強い女性を求めていました。仕事ぶり、先ほどの激励、私が理想としていたのはあなたのような人です」
・・・あたしを好きになってしまったらしい。
こいつたしか、きのう開拓地から戻ってきたはず・・・一日でなにがわかんだっての。
それに・・・無理だよ。
「あの・・・期待には応えられません・・・」
「あ・・・」
「急いでいるので失礼します。どうか諦めてください」
頭を下げて全力で逃げた。
シリウスは例外だけど、王族なんて縛りに縛られるに決まってる。
それに、もう二人も奥さんいんのに何言ってんだか・・・。
◆
「よし、三十二人全員いるわね!」
本戦出場を決めた闘士たちを集めた。
『ただ、出ない日も闘士は集合してもらう。あんたたちの特別席もあるし、待遇はよくするから必ず来なさい』
というか来させたんだけどね。
・・・ふふ、全員気合入ってるな。
「ティム、エディはお前に賭けたと言っていたぞ。期待していると伝言だ」
「知るかよ・・・」
私語・・・。
「みんな静かに!まず、ここの見取り図を渡します。それを見ながら説明させていただきます」
闘士への説明・・・組み合わせ決める時に全部やっとけばよかったかも・・・。
◆
「水の組の一回戦四試合が終わったら小休止を取る。そのあと地の組の四試合、それが終わったらお昼ね。二回戦四試合のあとにまた小休止、三回戦二試合はそのあとよ」
色々説明が終わって、あとは進行の話だけになった。
闘士は戦いだけ考えてればいいけど、重要なことは言っとかないとね。
「見取り図に闘士用観戦席ってあるけど、試合はここで見ろってこと?」
ニルスが手を挙げた。
「その通り、外からは見えないあんたたち専用の特別席だよ。ただし、そこで揉め事起こしたら失格にするからね」
「ふーん・・・わかった」
闘士入場口のすぐ横から入れる。
戦いを誰よりも近くで見れるようにしてやった。
「説明に無かったけど、食事はどうなるの?」
イライザさんも手を挙げた。
あ・・・でも今言えばいいよね。
「好きにしていいですよ。闘士区画の運営に頼めば、食堂で出せる料理をお持ちします。もちろんお金はいりません」
「いい待遇だ。ありがとうミランダ」
「闘士の注文は最優先になってるので、すぐに食べられると思います。好きなものを好きなだけどうぞ」
だからと言って横柄な態度は許さない。
嫌な思いをしたらあたしに報告するように言ってある。
その時は・・・なにか罰を与えるつもりだ。
「・・・自分の控室にいてもいいんですよね?」
ユウナギがガチガチな顔で低い声を出した。
「いいよ。瞑想でもすんの?」
「はい・・・」
無理に出てこなくてもいい。
・・・相手は雷神だしね。
「一回戦第一試合は、王様の挨拶が終わったすぐあとよ。ニルス・クラインは西、ヒルダ・オーバドゥは東の入場口で待機してなさい。では闘士諸君、健闘を祈る!」
みんな思い思いの顔で並びから離れていった。
もうすぐだけど・・・からかいたいのがいる。
「イーザーベーラーちゃーん」
「な、なんですか・・・」
スウェード家長女を捕まえた。
いい話なのになに構えてんだか。
「あんたの絵・・・とっても売れてるんだって」
「あ・・・やはりハンナの言っていたことは本当・・・」
イザベラが笑顔を見せてくれた。
ほーら喜んだ。
「みんなわかってんだよ」
「そ、そうでしょう。まったく・・・芸術を何もわかっていないのは母上の方ですね」
「なんか言われたの?」
「張り出されたものも今回のものも・・・下劣だと怒鳴られました。スウェード家の品性を疑われるとも・・・」
「ああ・・・そうなんだ・・・」
からかうのやめとこ、このまま放っておいた方がおもしろい。
イザベラの絵を買ってるのは九割男だ。
まだアカデミーに通ってそうな男の子が、顔を真っ赤にして買っていったって話も聞いてる。
もちろんみんな芸術とは違う目的だから、ティアナが怒るのも当たり前なのよね。
◆
「じゃあ次は好きな季節です。オレは夏と秋の境目が好きですね」
「うるせーんだよ!おめーはアカデミーの女か!」
西側の入場口には、数人の闘士とライズがいた。
設計士たちは運営と同じ扱いで、闘技場のどこへでも入れるようになっている。
「友達は、みんなこうやって相手のことを知っていくんです」
「俺のことが知りたきゃ酒と女用意しろ」
「春風に行ったらいいんじゃないですか?メルダさんに頼んでおきます」
「娼婦じゃダメだ。・・・母ちゃん思い出して興奮しねーんだよ。いいから離れろ」
「いやですよ」
ニルスはライズともっと仲良くなりたいみたいね。
「ライズ、ニルスに冷たくしないでくれ。・・・優しい子なんだ」
アリシア様がライズの肩を叩いた。
「く・・・はい・・・」
「よし、仲良くしろ」
「・・・はい」
アリシア様には強く言えないのか・・・弱み握っちゃったな。
「はっはっは、愉快だな」
王様が運営に連れられて姿を現した。
ちゃんと予定通りだね。
◆
「席を間違えないようにお願いします。もうじきなので、座った方から口を閉じてお待ちください」
闘技場のざわめきが少なくなってきた。
たぶん、そろそろ合図がある。
「そうか・・・これからも頼むぞ」
「はい、お任せください」
もうすぐってとこなのに、王様はティアナと話をしていた。
まあ、まだいいけど・・・。
「なにか困り事があれば遠慮せずに頼ってくれ」
「ありがとうございます」
「礼を言うのは私だ。スウェード家の家長がそなたでよかったと思う。先代・・・シャルメルでは頼めなかっただろうからな」
「王・・・」
大事な話ではあるけど「出て」って言ったらすぐに動いてくれるかな?
「そなたを信頼している。ルコウも頼むぞ」
「・・・はい!」
「私は子どもたちが全員幸福になるまで王位を退かない。できれば、そなたもそうであってほしい」
「はい!」
ティアナは胸を押さえている。
いい光景・・・でも、ちょっとからかいたいな。
「ねえ、あの女落としてきてよ。ルコウの女はちょろいんでしょ?」
ライズのわき腹をつついた。
どうなるか・・・。
「・・・大事な時にふざけんなよ。それに領主とかめんどくせー女に関わってられるか・・・」
「イザベラは?」
「お前、イザベラがスウェード家だって黙ってたろ。知ってたらやってねーよ」
そういえば言ってなかったっけ・・・。
ちっ・・・。
「そういやジーナさんとこは通ってんの?」
「通ってるわけねーだろ・・・」
「え・・・じゃあ、あん時だけ?」
「そうだな・・・通りで出くわすとまた来いって言われるよ。・・・母ちゃんの友達だから強く断れねー」
ライズは真顔になった。
行きたくないのか・・・。
「あんた女の扱い自信あるんじゃなかったの?」
「ジーナはおかしい・・・水飲めば回復しやがる。初めて女に負けたって思った・・・」
「へー・・・すごいね・・・」
「エディもやべー。あいつかなりうまい・・・俺がいなくても問題ねーよ」
混ざりたくはないけど、見てはみたい・・・。
◆
「諸君らに願いたいのは、今回の祭りに関わった者たちへの感謝だ。みな痩せる思いで作り上げてくれた。困らせるようなことが無いようにしてほしい」
王様の挨拶が始まった。
しんとした闘技場に、たった一人の声が響いている。
席は・・・ほぼ埋まってるな。
これから飛び込んでくるのもいるだろうし、きっと今日の入場券は完売だ。
そうなったら・・・立ち見も入れよう。
「戦場が終わって、今日で九年・・・。いくつか見える幼い顔の中には、戦いがあったことも知らない子どもたちもいるだろう。三百年以上にわたる戦い・・・戦士たちがいたおかげで今があるのだ。親たちはそのことを語り継いでいってほしい」
王様は力強く拳を握った。
今回は節目ってわけじゃないけど、あたしたちや王様にとっては特別だ。
ジナスから繋がった戦いがすべて終わった。
わかっている人からしたら、今日からが始まり・・・。
◆
「・・・幸福な世界を今日からも作っていこう!」
王様の挨拶が終わって、空を割るような歓声と拍手が鳴り響いた。
「私のつまらない話を静聴してくれたことに感謝する。では・・・」
あとは大会の始まりを告げて、王様のお仕事は終わりだ。
「すぐ出番だよ」
ニルスの背中をおもいきり叩いてやった。
「大会の始まりを英雄ミランダに告げてもらおうか!!」
より歓声が上がった。
・・・へ?
「ふふ、だってさ」
ニルスに背中を叩かれた。
おかしい・・・そんな予定じゃない。
「王が気を利かせたな。行ってこいミランダ」
いつの間にかおじさんも来ていた。
まったく・・・勝手なことばっかりして・・・。
◆
「あたしは王様みたいに長くは話さない!ほんのちょっとだから聞いてね!」
闘技盤の上から観客席を見渡した。
喋っていいなら、ほんの少しだけ・・・。
「今回本戦出場を決めた三十二人は、全員とっても強いの。予選を突破してここにいるってだけで、かなりの実力者たちってことだからね」
闘士は元戦士がほとんどかと思っていた。
ジェイスの戦場を抜きにすると、元戦士じゃないのは二十二人。
地方で燻ってた人間が多く集まってくれたわけだ。
今回は無名ってことになってるけど、闘士全員には気持ちよく戦ってもらいたい。
「勝敗は必ずあるけど、戦った闘士は全員称えてあげてほしい。たとえ一回戦敗退でも、見てるあんたたちより何倍も強いんだからね。・・・約束できる?」
観戦客たちから、歓声と拍手で答えが返ってきた。
「そして・・・毎回説明してることだけど、闘技大会ごっこは禁止よ。闘士たちはみーんなバカだからこんなことできんだからね。親は子どもに教育しておきなさい。どうしてもやりたかったら、参加登録よろしくね」
一応あたしからも説明しとかないとな。
「よし!あたしの話はこれで終わり!今日から三日間で大陸最強が決まる!!闘神の誕生するとこ・・・全員目に焼き付けていきなさい!!!」
これで大会が始まる。
受け入れられてるとこで話すのってとっても気持ちいいや・・・。
◆
「ここからは私ヘインが担当させていただきます。常連にはおなじみですね。そして、もうみなさんを待たせません!さあ、まずは水の組からです!!」
進行役があたしの熱を引き継いでくれた。
『あんた毎回やってるし、今回もお願いね』
『もちろんですよ。それに・・・報酬も上げてくれたんですね』
『三日間ぶっ通しだから当然じゃん』
『今まで以上を見せましょう』
あいつに任せてよかったと思う。
進行のいるとこって、一番いい席なのよね・・・。
忙しくなかったら、あいつのとこ行って色々言わせてやろう。
◆
「すまなかったなミランダ」
闘士入場口に戻ると、王様がニヤニヤしながら待っていた。
まあ・・・許してやるか。
「よかったわよミランダ」
「感動しました」
「闘士を称えよ・・・。あれで観客の熱が上がりましたね」
ステラにルージュ・・・ハリスたち運営も急なことだったから集まっていた。
ステラは・・・また聖女特権を使ったみたいね。
言えばこっち入れる証明にしてあげるのに・・・。
「もういいよ。けど・・・言っといてよね」
「だからいいのだ」
王様が楽しそうに笑った。
ここではあたしが一番偉いとか言ってたくせに・・・。
やっぱ文句言ってやりたいな。
なんか、言えそうなことは・・・。
「あ・・・そうだ。さっきミルネツィオに言い寄られたんだけど。どんな教育してんのよ」
本人には何も言えないけど、父親には謝ってもらおう。
「え・・・」「第二王子に・・・」「断ったのかな?」「勇気あるな・・・」
その場にいた闘士と運営全員があたしに目を向けた。
あんたらの感想なんかどうでもいい。
「どうすんのよ?あたしちょっとやな思いしたんだけど」
「そうか・・・すまなかった。あとで伝えてはおこう」
「頼んだよ。あたしはその気無いからね」
「本人が諦めるかは別だがな」
止めてよ・・・。
「ミランダ様・・・席のある入場券はすべて売れました。ですが、外にはまだ入りたい方たちが大勢いるそうです」
ハリス耳打ちしてきた。
ふふん・・・ミルネツィオはもうどうでもいい。
「予定通りにして」
「承知しました」
「立ち見の場所はしっかり伝えること。席のある客の邪魔したら、問答無用で追い出す・・・徹底して」
「みな、わかっております」
これでいい。
それでも分別を弁えないようなら出て行ってもらう。
◆
あたしの仕事は大会運営本部でふんぞり返って指示を出すこと・・・だけど、見たい試合の時は空けるって言ってある。
・・・初戦のニルスは見ていくに決まってるよね。
「一回戦、第一試合を開始します!東からはヒルダ・オーバドゥ!!拳のみで予選を勝ち抜きました!!今回、武器を持たず本戦に上がったのは彼女だけです!!」
ニルスの相手は女の子だ。
たしか十九歳で、ルージュ、ユウナギに次いで若い闘士だったはず。
ヘインの説明通りで武器は何も持っていない。
軽装で腕に手甲だけ・・・風神相手に考えられない姿だ。
「ヒルダちゃーん!!!」「あとで握手してくれー!!」「風神なんかぶっ倒してやれ!!!」
観客席から聞こえるのは男の声が多い。
今回本戦出場している女性は十三人。
みんないい見た目してるから、出てくるたびに男の声が響くんだろうな。
「西からはニルス・クライン!!戦場で最強と呼ばれた男です!!風のような剣から風神の二つ名が付けられました!!」
よし、今度こそニルスの背中を押してあげよう。
「ほら行きな」
「あの子・・・どうなんだろ・・・」
「ここにいるんだから強いに決まってるでしょ。全員覚悟して立ってるよ」
「・・・」
ニルスの雰囲気が変わった。
「行ってこい!」
アリシア様も背中を叩いてあげた。
「お兄ちゃん頑張ってね」
ルージュもかわいい妹になっている。
「ニルス、あとでアリシアが負けるとこ一緒に見ようね」
ステラも心配はしていない。
「強いなら・・・斬り崩してやろう」
ニルスは振り返らずに呟いた。
心が冷えてて、いい状態みたいだ。
あとは・・・。
「ライズ、あんたもなんか言ってやりなよ」
「やだよ・・・」
「入り口に刻んである設計士の名前・・・あんたのだけ削っちゃうよ?」
「・・・」
親友からの激励も渡してやろう。
「おいニルス」
「あ・・・ライズさん・・・」
ニルスが振り返った。
こいつにはそうするんだね・・・。
「水の組・・・勝ち上がんのはお前に賭けた」
「え・・・」
ニルスの顔が緩んだ。
ちょっとまずい・・・。
「頑張ります!!」
あーあ、熱くなっちゃった。
まあ・・・負けないでしょ・・・。
◆
「きーたー!!ニルスさーん!!!」「恥ずかしがりならあたしが面倒見てあげるー!!!」「試合終わったら連れ出してー!!!」「街の似顔絵十枚集めたよー!!!」
ニルスが出て行った直後から女・・・いや、メス共の叫びが大きくなった。
似顔絵泥棒はあいつらか・・・。
「今回だけになるかもしれませんが、闘技盤から落ちても失格はありません!どちらかが倒れるまでです!!」
ヘインも声を張った。
ジナスは・・・どっかで見てるんだろうな。
あいつにも仕事させるから近くにはいるでしょ。
「これから戦う二人が、なにか挨拶をしています。そろそろ離れてください」
ニルスとヒルダは微笑んでいた。
・・・自己紹介?
それか「友達になってね」とか?
◆
「みなさん、準備はよろしいですね?」
ニルスとヒルダが両端に下がり向き合った。
「では、一回戦第一試合・・・開始です!!!」
このために用意した大きな鐘が雄々しく叫び、二人が駆け出した。
◆
「あの娘・・・強いな」
アリシア様がうずうずしながら目を細めた。
・・・ちゃんと二枚穿いてきたのかな?
「すごい・・・ねえお母さん、お兄ちゃんの剣を腕だけで捌いてるよ・・・」
「はっきり言うが、ルージュよりも数段上だ」
「う・・・」
自分を見失ってしまいそうなほどの歓声の中、剣と手甲が何度もぶつかり合っていた。
無名だから一瞬で終わると思ってたけど、けっこういい勝負にしてくれてる。
ニルスは、まだ全力を出していないみたいだ。
一度も蹴りを出してないしね。
ふふ、盛り上げてくれてるって感じかな。
◆
「風神の一撃はかなり重いようです!!」
ニルスの蹴りがヒルダのお腹に打ち込まれた。
うわあ・・・。
「立ち上がれるのか!!!」
ヒルダは一撃で沈んだ。
まあ・・・何発か貰ってあげてたし、ニルスなりに頃合いを見たんだろうな。
「・・・ここまでのようです!第一試合、勝者は風神ニルスだーーー!!!」
決着の声と同時に、治癒士たちが闘技盤に上がりヒルダの傷を治し始めた。
うん、迅速にできてる。
◆
「長引いてしまったな・・・」
ニルスはヒルダの治癒が終わるまで待って、互いに称え合ってから戻ってきた。
最初だし、今のがお手本だよね。
「お兄ちゃん泣かせてたね」
「・・・お礼を言ってたから嬉し泣きだよ」
「そうなんだ・・・」
ルージュも同じようにできればいい。
「ニルス・・・あなた口説いたの?」
「え・・・強かったよと、最後まで見ていってねって言っただけだよ」
「そう・・・」
ステラはちょっと心配みたいだ。
・・・相手にどう聞こえたかにもよるけどね。
「すぐに決められなかったのか?」
アリシア様は戦士の顔になっていた。
自分も戦ってみたかったんだろうな。
「見せる隙が・・・隙じゃない。やってみればわかるよ」
手こずってたのか・・・。
大陸中に宣伝した甲斐があったって感じだ。
「三回・・・拳を入れられた。かなり・・・重く・・・て・・・」
「え・・・」
ニルスが血を吐いて倒れた。
「ニルス!」「お兄ちゃん!」
へー、あの子すごいじゃん。
・・・本当に宣伝してよかったな。
あたしが観客たちにつけた火は、ニルスの起こした風で大きくなってくれた。
まだ一試合目、これからもっと燃え盛ってくれるはずだ。




