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Our Story  作者: NeRix
気の章 第四部
385/481

第三百六十九話 火をつけて【ミランダ】

 来た・・・ついに・・・。

ずっと心臓が高鳴っていた。

モナコのよく眠れる薬を飲んだのに、何度も目が覚めたくらいだ。


 でも・・・いい。調子がいい・・・。

このまま・・・このままいこう。



 「起きろニルスー!!!」

出せる限りの声で叫んだ。

限界かと思ったけど、もっといけそうな気がする。


 「うう・・・」

ニルスの瞼に力が入った。

 「ミランダ・・・ニルスはちゃんと起きるから・・・」

「じゃあ、あとはステっちゃんに任せる。起きたんならすぐ来るよね?」

「う、うん・・・」

さて、あと二人は・・・。



 「起きろジェイスー!!!!!」

お腹に力を入れてみた。

やっぱりさっきよりも出せる・・・。


 「うるさい・・・そこに触るな・・・」

「なら早く起きな。じゃないと、本当に搾り取ってイザベラの分無くなっちゃうよ」

「・・・品の無い女だ」

こいつも大丈夫そうだ。


 「元気いっぱいじゃのう」

窓の外からおじいちゃんの声がした。

とっくに起きてたか・・・わかってるわね。


 「いい子には、ご褒美あげないとねー」

窓に近付いて、おじいちゃんの顔に胸を押し付けてやった。

 「おおー!早起きしてよかった」

「大会も頑張れる?」

「任せておけい!」

こんだけ興奮してれば心配無いか。


 「・・・騒いでいる暇があるのなら化粧をしておいてください」

ハリスも現れた。

 「すぐ終わるよ」

「最速でお願いします。王も早めにいらっしゃいますので」

「わかってるよ。ジェイス、すぐ起きなよ?」

「・・・早く出て行け」

今日はゆっくり朝を食べている暇は無い。

・・・向こうの食堂で味見をさせてもらおう。



 運営本部に全員が集まった。

寝足りないって顔は一人もいない。


 「全員で挑むんだからね。一人で無理そうなら、早めに応援を呼ぶこと」

みんな真剣な顔で聞いてくれている。

 「戦場じゃないけど、あんたたちはみんなミランダ隊だからね」

ああ、おじさんが開戦の時に叫ぶ気持ちってこんな感じだったのかな・・・。


 「みんなに期待してるからね!!じゃあ・・・全員持ち場につけーーー!!!!」

拳を掲げたら、全員が大声で返事をくれた。

わかるよおじさん・・・みんなに火をつけるってことだよね。



 観客席がどんどん埋まっていく・・・。

当日券も「残りわずか」だってさっき報告があった。

 ・・・けっこう余裕ありそうなのよね。

予定通り立ち見も入れよう。


 「ミランダ、感謝しているぞ」

王様はとびきりの笑顔だ。

 「あたしだけじゃないよ。みんな頑張ったんだから、明日の朝は声かけてあげてほしいな」

「そうさせてもらおう。私からも感謝を伝えたい」

「待ってますからね。・・・じゃあ、開会の挨拶よろしくお願いします。あ・・・長いなって思ったら途中で下げちゃいますから」

「ふ・・・そうだったな。ここではそなたが一番偉い」

冗談で言ったんだけどな。

・・・調子に乗っちゃいそうだ。



 「お待ちください!」

王様の控室を出たところで、とんでもないのに出くわした。

な、なによ・・・。


 「えーと・・・あたしですか?」

「そうです!」

「なにかご用でしょうか・・・」

第二王子のミルネツィオだ。

たしかあたしと同い年だったっけ?

 「少し・・・よろしいでしょうか?」

「本当に少しなら・・・」

忙しいんだけど・・・。


 「私は、美しく芯の強い女性を求めていました。仕事ぶり、先ほどの激励、私が理想としていたのはあなたのような人です」

・・・あたしを好きになってしまったらしい。

 こいつたしか、きのう開拓地から戻ってきたはず・・・一日でなにがわかんだっての。

それに・・・無理だよ。


 「あの・・・期待には応えられません・・・」

「あ・・・」

「急いでいるので失礼します。どうか諦めてください」

頭を下げて全力で逃げた。

 シリウスは例外だけど、王族なんて縛りに縛られるに決まってる。

それに、もう二人も奥さんいんのに何言ってんだか・・・。



 「よし、三十二人全員いるわね!」

本戦出場を決めた闘士たちを集めた。

 『ただ、出ない日も闘士は集合してもらう。あんたたちの特別席もあるし、待遇はよくするから必ず来なさい』

というか来させたんだけどね。

・・・ふふ、全員気合入ってるな。


 「ティム、エディはお前に賭けたと言っていたぞ。期待していると伝言だ」

「知るかよ・・・」

私語・・・。

 「みんな静かに!まず、ここの見取り図を渡します。それを見ながら説明させていただきます」

闘士への説明・・・組み合わせ決める時に全部やっとけばよかったかも・・・。



 「水の組の一回戦四試合が終わったら小休止を取る。そのあと地の組の四試合、それが終わったらお昼ね。二回戦四試合のあとにまた小休止、三回戦二試合はそのあとよ」

色々説明が終わって、あとは進行の話だけになった。

闘士は戦いだけ考えてればいいけど、重要なことは言っとかないとね。


 「見取り図に闘士用観戦席ってあるけど、試合はここで見ろってこと?」

ニルスが手を挙げた。

 「その通り、外からは見えないあんたたち専用の特別席だよ。ただし、そこで揉め事起こしたら失格にするからね」

「ふーん・・・わかった」

闘士入場口のすぐ横から入れる。

戦いを誰よりも近くで見れるようにしてやった。


 「説明に無かったけど、食事はどうなるの?」

イライザさんも手を挙げた。

あ・・・でも今言えばいいよね。

 「好きにしていいですよ。闘士区画の運営に頼めば、食堂で出せる料理をお持ちします。もちろんお金はいりません」

「いい待遇だ。ありがとうミランダ」

「闘士の注文は最優先になってるので、すぐに食べられると思います。好きなものを好きなだけどうぞ」

だからと言って横柄な態度は許さない。

 嫌な思いをしたらあたしに報告するように言ってある。

その時は・・・なにか罰を与えるつもりだ。


 「・・・自分の控室にいてもいいんですよね?」

ユウナギがガチガチな顔で低い声を出した。

 「いいよ。瞑想でもすんの?」

「はい・・・」

無理に出てこなくてもいい。

・・・相手は雷神だしね。


 「一回戦第一試合は、王様の挨拶が終わったすぐあとよ。ニルス・クラインは西、ヒルダ・オーバドゥは東の入場口で待機してなさい。では闘士諸君、健闘を祈る!」

みんな思い思いの顔で並びから離れていった。

もうすぐだけど・・・からかいたいのがいる。


 「イーザーベーラーちゃーん」

「な、なんですか・・・」

スウェード家長女を捕まえた。

いい話なのになに構えてんだか。

 「あんたの絵・・・とっても売れてるんだって」

「あ・・・やはりハンナの言っていたことは本当・・・」

イザベラが笑顔を見せてくれた。

ほーら喜んだ。


 「みんなわかってんだよ」

「そ、そうでしょう。まったく・・・芸術を何もわかっていないのは母上の方ですね」

「なんか言われたの?」

「張り出されたものも今回のものも・・・下劣だと怒鳴られました。スウェード家の品性を疑われるとも・・・」

「ああ・・・そうなんだ・・・」

からかうのやめとこ、このまま放っておいた方がおもしろい。


 イザベラの絵を買ってるのは九割男だ。

まだアカデミーに通ってそうな男の子が、顔を真っ赤にして買っていったって話も聞いてる。

もちろんみんな芸術とは違う目的だから、ティアナが怒るのも当たり前なのよね。



 「じゃあ次は好きな季節です。オレは夏と秋の境目が好きですね」

「うるせーんだよ!おめーはアカデミーの女か!」

西側の入場口には、数人の闘士とライズがいた。

設計士たちは運営と同じ扱いで、闘技場のどこへでも入れるようになっている。


 「友達は、みんなこうやって相手のことを知っていくんです」

「俺のことが知りたきゃ酒と女用意しろ」

「春風に行ったらいいんじゃないですか?メルダさんに頼んでおきます」

「娼婦じゃダメだ。・・・母ちゃん思い出して興奮しねーんだよ。いいから離れろ」

「いやですよ」

ニルスはライズともっと仲良くなりたいみたいね。


 「ライズ、ニルスに冷たくしないでくれ。・・・優しい子なんだ」

アリシア様がライズの肩を叩いた。

 「く・・・はい・・・」

「よし、仲良くしろ」

「・・・はい」

アリシア様には強く言えないのか・・・弱み握っちゃったな。


 「はっはっは、愉快だな」

王様が運営に連れられて姿を現した。

ちゃんと予定通りだね。



 「席を間違えないようにお願いします。もうじきなので、座った方から口を閉じてお待ちください」

闘技場のざわめきが少なくなってきた。

たぶん、そろそろ合図がある。


 「そうか・・・これからも頼むぞ」

「はい、お任せください」

もうすぐってとこなのに、王様はティアナと話をしていた。

まあ、まだいいけど・・・。


 「なにか困り事があれば遠慮せずに頼ってくれ」

「ありがとうございます」

「礼を言うのは私だ。スウェード家の家長がそなたでよかったと思う。先代・・・シャルメルでは頼めなかっただろうからな」

「王・・・」

大事な話ではあるけど「出て」って言ったらすぐに動いてくれるかな?

 「そなたを信頼している。ルコウも頼むぞ」

「・・・はい!」

「私は子どもたちが全員幸福になるまで王位を退かない。できれば、そなたもそうであってほしい」

「はい!」

ティアナは胸を押さえている。

いい光景・・・でも、ちょっとからかいたいな。


 「ねえ、あの女落としてきてよ。ルコウの女はちょろいんでしょ?」

ライズのわき腹をつついた。

どうなるか・・・。

 「・・・大事な時にふざけんなよ。それに領主とかめんどくせー女に関わってられるか・・・」

「イザベラは?」

「お前、イザベラがスウェード家だって黙ってたろ。知ってたらやってねーよ」

そういえば言ってなかったっけ・・・。

ちっ・・・。


 「そういやジーナさんとこは通ってんの?」

「通ってるわけねーだろ・・・」

「え・・・じゃあ、あん時だけ?」

「そうだな・・・通りで出くわすとまた来いって言われるよ。・・・母ちゃんの友達だから強く断れねー」

ライズは真顔になった。

行きたくないのか・・・。

 「あんた女の扱い自信あるんじゃなかったの?」

「ジーナはおかしい・・・水飲めば回復しやがる。初めて女に負けたって思った・・・」

「へー・・・すごいね・・・」

「エディもやべー。あいつかなりうまい・・・俺がいなくても問題ねーよ」

混ざりたくはないけど、見てはみたい・・・。



 「諸君らに願いたいのは、今回の祭りに関わった者たちへの感謝だ。みな痩せる思いで作り上げてくれた。困らせるようなことが無いようにしてほしい」

王様の挨拶が始まった。

しんとした闘技場に、たった一人の声が響いている。


 席は・・・ほぼ埋まってるな。

これから飛び込んでくるのもいるだろうし、きっと今日の入場券は完売だ。

そうなったら・・・立ち見も入れよう。


 「戦場が終わって、今日で九年・・・。いくつか見える幼い顔の中には、戦いがあったことも知らない子どもたちもいるだろう。三百年以上にわたる戦い・・・戦士たちがいたおかげで今があるのだ。親たちはそのことを語り継いでいってほしい」

王様は力強く拳を握った。

今回は節目ってわけじゃないけど、あたしたちや王様にとっては特別だ。

 ジナスから繋がった戦いがすべて終わった。

わかっている人からしたら、今日からが始まり・・・。



 「・・・幸福な世界を今日からも作っていこう!」

王様の挨拶が終わって、空を割るような歓声と拍手が鳴り響いた。

 「私のつまらない話を静聴してくれたことに感謝する。では・・・」

あとは大会の始まりを告げて、王様のお仕事は終わりだ。


 「すぐ出番だよ」

ニルスの背中をおもいきり叩いてやった。

 「大会の始まりを英雄ミランダに告げてもらおうか!!」

より歓声が上がった。

・・・へ?


 「ふふ、だってさ」

ニルスに背中を叩かれた。

おかしい・・・そんな予定じゃない。


 「王が気を利かせたな。行ってこいミランダ」

いつの間にかおじさんも来ていた。

まったく・・・勝手なことばっかりして・・・。



 「あたしは王様みたいに長くは話さない!ほんのちょっとだから聞いてね!」

闘技盤の上から観客席を見渡した。

喋っていいなら、ほんの少しだけ・・・。


 「今回本戦出場を決めた三十二人は、全員とっても強いの。予選を突破してここにいるってだけで、かなりの実力者たちってことだからね」

闘士は元戦士がほとんどかと思っていた。

 ジェイスの戦場を抜きにすると、元戦士じゃないのは二十二人。

地方で燻ってた人間が多く集まってくれたわけだ。

今回は無名ってことになってるけど、闘士全員には気持ちよく戦ってもらいたい。


 「勝敗は必ずあるけど、戦った闘士は全員称えてあげてほしい。たとえ一回戦敗退でも、見てるあんたたちより何倍も強いんだからね。・・・約束できる?」

観戦客たちから、歓声と拍手で答えが返ってきた。

 「そして・・・毎回説明してることだけど、闘技大会ごっこは禁止よ。闘士たちはみーんなバカだからこんなことできんだからね。親は子どもに教育しておきなさい。どうしてもやりたかったら、参加登録よろしくね」

一応あたしからも説明しとかないとな。


 「よし!あたしの話はこれで終わり!今日から三日間で大陸最強が決まる!!闘神の誕生するとこ・・・全員目に焼き付けていきなさい!!!」

これで大会が始まる。

受け入れられてるとこで話すのってとっても気持ちいいや・・・。



 「ここからは私ヘインが担当させていただきます。常連にはおなじみですね。そして、もうみなさんを待たせません!さあ、まずは水の組からです!!」

進行役があたしの熱を引き継いでくれた。


 『あんた毎回やってるし、今回もお願いね』

『もちろんですよ。それに・・・報酬も上げてくれたんですね』

『三日間ぶっ通しだから当然じゃん』

『今まで以上を見せましょう』

あいつに任せてよかったと思う。

 進行のいるとこって、一番いい席なのよね・・・。

忙しくなかったら、あいつのとこ行って色々言わせてやろう。



 「すまなかったなミランダ」

闘士入場口に戻ると、王様がニヤニヤしながら待っていた。

まあ・・・許してやるか。


 「よかったわよミランダ」

「感動しました」

「闘士を称えよ・・・。あれで観客の熱が上がりましたね」

ステラにルージュ・・・ハリスたち運営も急なことだったから集まっていた。

 ステラは・・・また聖女特権を使ったみたいね。

言えばこっち入れる証明にしてあげるのに・・・。


 「もういいよ。けど・・・言っといてよね」

「だからいいのだ」

王様が楽しそうに笑った。

 ここではあたしが一番偉いとか言ってたくせに・・・。

やっぱ文句言ってやりたいな。

なんか、言えそうなことは・・・。


 「あ・・・そうだ。さっきミルネツィオに言い寄られたんだけど。どんな教育してんのよ」

本人には何も言えないけど、父親には謝ってもらおう。


 「え・・・」「第二王子に・・・」「断ったのかな?」「勇気あるな・・・」

その場にいた闘士と運営全員があたしに目を向けた。

あんたらの感想なんかどうでもいい。


 「どうすんのよ?あたしちょっとやな思いしたんだけど」

「そうか・・・すまなかった。あとで伝えてはおこう」

「頼んだよ。あたしはその気無いからね」

「本人が諦めるかは別だがな」

止めてよ・・・。


 「ミランダ様・・・席のある入場券はすべて売れました。ですが、外にはまだ入りたい方たちが大勢いるそうです」

ハリス耳打ちしてきた。

ふふん・・・ミルネツィオはもうどうでもいい。

 「予定通りにして」

「承知しました」

「立ち見の場所はしっかり伝えること。席のある客の邪魔したら、問答無用で追い出す・・・徹底して」

「みな、わかっております」

これでいい。

それでも分別を弁えないようなら出て行ってもらう。



 あたしの仕事は大会運営本部でふんぞり返って指示を出すこと・・・だけど、見たい試合の時は空けるって言ってある。

・・・初戦のニルスは見ていくに決まってるよね。


 「一回戦、第一試合を開始します!東からはヒルダ・オーバドゥ!!拳のみで予選を勝ち抜きました!!今回、武器を持たず本戦に上がったのは彼女だけです!!」

ニルスの相手は女の子だ。

たしか十九歳で、ルージュ、ユウナギに次いで若い闘士だったはず。

 ヘインの説明通りで武器は何も持っていない。

軽装で腕に手甲だけ・・・風神相手に考えられない姿だ。


 「ヒルダちゃーん!!!」「あとで握手してくれー!!」「風神なんかぶっ倒してやれ!!!」

観客席から聞こえるのは男の声が多い。

 今回本戦出場している女性は十三人。

みんないい見た目してるから、出てくるたびに男の声が響くんだろうな。


 「西からはニルス・クライン!!戦場で最強と呼ばれた男です!!風のような剣から風神の二つ名が付けられました!!」

よし、今度こそニルスの背中を押してあげよう。


 「ほら行きな」

「あの子・・・どうなんだろ・・・」

「ここにいるんだから強いに決まってるでしょ。全員覚悟して立ってるよ」

「・・・」

ニルスの雰囲気が変わった。


 「行ってこい!」

アリシア様も背中を叩いてあげた。

 「お兄ちゃん頑張ってね」

ルージュもかわいい妹になっている。

 「ニルス、あとでアリシアが負けるとこ一緒に見ようね」

ステラも心配はしていない。

 

 「強いなら・・・斬り崩してやろう」

ニルスは振り返らずに呟いた。

 心が冷えてて、いい状態みたいだ。

あとは・・・。

 「ライズ、あんたもなんか言ってやりなよ」

「やだよ・・・」

「入り口に刻んである設計士の名前・・・あんたのだけ削っちゃうよ?」

「・・・」

親友からの激励も渡してやろう。


 「おいニルス」

「あ・・・ライズさん・・・」

ニルスが振り返った。

こいつにはそうするんだね・・・。

 「水の組・・・勝ち上がんのはお前に賭けた」

「え・・・」

ニルスの顔が緩んだ。

ちょっとまずい・・・。


 「頑張ります!!」

あーあ、熱くなっちゃった。

まあ・・・負けないでしょ・・・。



 「きーたー!!ニルスさーん!!!」「恥ずかしがりならあたしが面倒見てあげるー!!!」「試合終わったら連れ出してー!!!」「街の似顔絵十枚集めたよー!!!」

ニルスが出て行った直後から女・・・いや、メス共の叫びが大きくなった。

似顔絵泥棒はあいつらか・・・。


 「今回だけになるかもしれませんが、闘技盤から落ちても失格はありません!どちらかが倒れるまでです!!」

ヘインも声を張った。

 ジナスは・・・どっかで見てるんだろうな。

あいつにも仕事させるから近くにはいるでしょ。


 「これから戦う二人が、なにか挨拶をしています。そろそろ離れてください」

ニルスとヒルダは微笑んでいた。

 ・・・自己紹介?

それか「友達になってね」とか?



 「みなさん、準備はよろしいですね?」

ニルスとヒルダが両端に下がり向き合った。


 「では、一回戦第一試合・・・開始です!!!」

このために用意した大きな鐘が雄々しく叫び、二人が駆け出した。



 「あの娘・・・強いな」

アリシア様がうずうずしながら目を細めた。

・・・ちゃんと二枚穿いてきたのかな?


 「すごい・・・ねえお母さん、お兄ちゃんの剣を腕だけで捌いてるよ・・・」

「はっきり言うが、ルージュよりも数段上だ」

「う・・・」

自分を見失ってしまいそうなほどの歓声の中、剣と手甲が何度もぶつかり合っていた。

無名だから一瞬で終わると思ってたけど、けっこういい勝負にしてくれてる。


 ニルスは、まだ全力を出していないみたいだ。

一度も蹴りを出してないしね。

ふふ、盛り上げてくれてるって感じかな。



 「風神の一撃はかなり重いようです!!」

ニルスの蹴りがヒルダのお腹に打ち込まれた。

うわあ・・・。


 「立ち上がれるのか!!!」

ヒルダは一撃で沈んだ。

まあ・・・何発か貰ってあげてたし、ニルスなりに頃合いを見たんだろうな。


 「・・・ここまでのようです!第一試合、勝者は風神ニルスだーーー!!!」

決着の声と同時に、治癒士たちが闘技盤に上がりヒルダの傷を治し始めた。

うん、迅速にできてる。



 「長引いてしまったな・・・」

ニルスはヒルダの治癒が終わるまで待って、互いに称え合ってから戻ってきた。

最初だし、今のがお手本だよね。


 「お兄ちゃん泣かせてたね」

「・・・お礼を言ってたから嬉し泣きだよ」

「そうなんだ・・・」

ルージュも同じようにできればいい。


 「ニルス・・・あなた口説いたの?」

「え・・・強かったよと、最後まで見ていってねって言っただけだよ」

「そう・・・」

ステラはちょっと心配みたいだ。

・・・相手にどう聞こえたかにもよるけどね。


 「すぐに決められなかったのか?」

アリシア様は戦士の顔になっていた。

自分も戦ってみたかったんだろうな。

 「見せる隙が・・・隙じゃない。やってみればわかるよ」

手こずってたのか・・・。

大陸中に宣伝した甲斐があったって感じだ。


 「三回・・・拳を入れられた。かなり・・・重く・・・て・・・」

「え・・・」

ニルスが血を吐いて倒れた。


 「ニルス!」「お兄ちゃん!」

へー、あの子すごいじゃん。

・・・本当に宣伝してよかったな。


 あたしが観客たちにつけた火は、ニルスの起こした風で大きくなってくれた。

まだ一試合目、これからもっと燃え盛ってくれるはずだ。

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