第三十五話 仲間【ニルス】
本当にセイラさんが言ったようなことして近付く人がいるとは思わなかった。
しかも、こんな山道で・・・。
でも、実はいい人でよかった。
それに旅の経験があるみたいだし、頼りになりそうだ。
旅人なりたてのオレからしたら、ミランダみたいな人は心強い。
『だから・・・あたしたちはもう仲間だね』
そしてなにより嬉しかった言葉・・・。
明るく旅立ったつもりだった。だけど、すぐに寂しくなっちゃってどうしようかって思い始めた時だったから・・・嬉しかったな。
大切な仲間、そのために・・・そのために鍛えた。
ミランダは、なにがあってもオレが守ろう。
◆
「ミランダ、下がってて」
もうじき街道に出るって時、大きな鳥と出くわした。
たぶん・・・魔物だ。
「・・・やるの?あたしあれは自信無い」
ミランダが背中に張り付いてきた。
下がってほしいんだけどな・・・。
「そんなに恐がらなくて・・・」
「怒ってんじゃん・・・」
鳥もオレたちに気付いて、翼を広げ威嚇してきた。
縄張りに入っちゃったのかな?気を当てて逃げてくれればいいけど、襲い掛かってくるなら戦わないといけない。
「ニルス・・・わっ!」
ミランダが声を出した瞬間、そいつは飛び掛かってきた。
「ごめんね・・・」
オレはミランダを抱えて跳んだ。
・・・そんなに速くないな。
「きゃっ、なになに」
「戦わなくていいかなって・・・もう街道でしょ?逃げる」
「相手は飛びますよ旦那・・・」
「掴まっててね・・・」
オレは山道を無視して一直線に走った。
木が多いから追いかけてくるのは難しいはずだ。
◆
一気に街道まで駆け下りた。
もう大丈夫そうだ。
「ここまでは追ってこないみたいだね」
羽ばたく音が遠くなっていく。
やっぱり縄張りに入っただけだったっぽいな。
「ふー・・・あんな道じゃないとこよく走れるわね」
ミランダが溜め息を零した。
「かなり鍛えたからね。あれくらいは余裕だよ」
「やば・・・戦士には付いてけそうにないかも」
戦士だからってだけじゃないと思う。
セイラさんとテッドさんもできる・・・はず。
「ていうか・・・あたしいつまで抱っこされてんの?」
「あ・・・ごめん。軽くて・・・」
「へ・・・ふーん、わかってんじゃん」
「あはは、嬉しそうだね」
それに、柔らかかったな・・・。
「おーし、とりあえず行けるとこまで歩こー」
ミランダが街道の先を指さした。
「もう昼過ぎって感じだけど、どこまで行けるかな?」
「行けるとこまでって言ったでしょ。ほら歩け」
なんでこんなに明るいんだろう?
・・・まあ、助かる。
◆
日が暮れてきた。
旅人一日目が終わる・・・。
「荷物少ないなっては思ってたけど、テントとか持ってないの?」
「うん、まだなんだ。その内買うつもりだったけど・・・」
今日は野宿になる。でも、必要な物はなにも持っていない。
「夜はどうする気?冬だしかなり冷え込むよ。あ・・・気の魔法使えるってこと?ここら辺暖めてよ」
「いや・・・素質無い。そう言うミランダは?」
「無い・・・じゃあどうすんのよ?」
「まあ・・・火を焚くしかないよね・・・」
「舐めすぎでしょ・・・」
ミランダは鞄からたくさんの服を取り出して着込み始めた。
ていうか、そっちもテントとか持ってないよな・・・。
「あとでそっちの陰にミランダ用の穴を掘るけど・・・そんなに重ねたら用を足す時大変じゃない?」
「仕方ないでしょーよ。・・・ていうか女の子にそんなこと聞く?」
「あ・・・ごめん」
怒られた・・・。
とりあえず、寒くないようにすれば機嫌直してくれるかな?
◆
「おおー、これくらいなら寒くないかも」
「オレも凍えたくないし」
街道沿いの林で、たくさんの焚き木を集めてきた。
火をつければかなり大きくなりそうだ。
「ねえ夜は何食べんの?干し肉?」
「あれはもう無いよ。・・・はい、これで何とかつないで」
「魚・・・持ってくりゃよかったな」
「近くに川でもあればね。でも、明日には街に着くんでしょ?」
ミランダが昼間にたくさん食べたせいで食料がもう無い。
あとはりんごが少しだけだ。
「うん、着く。でもあたし疲れちゃうかも」
「その時は背負ってあげる。だから言ってね」
とりあえず冷えてくる前に火を焚こう。
「ねえねえ、口洗薬持ってる?」
「あるよ。・・・それも持ってないの?口の中は綺麗にしないとダメだよ」
話す時、相手に息がかかっても不快な思いをさせないように。
子どもでも知ってることだ。
「だから欲しいんでしょ・・・」
「心配しなくても渡すよ。水で溶かすのと、噛むのだとどっちがいい?」
「あたし両方やってる」
「ふーん・・・オレと一緒だ」
火がついた。
・・・もっと木をくべよう。
◆
「おおーーでか・・・あったかーい。これならこんな着込まなくっていいな・・・脱いじゃお」
焚き火が燃え上がるとミランダは喜んでくれた。
ただの平原だし、林からも離れたから火事になる心配もないな。
「ねえニルス・・・あたしにも火の魔法教えて」
ミランダが恥ずかしそうに笑った。
そういや、話しかけられた時に「火も起こせなくて」って言ってたな。
「別にいいけど・・・子どものうちに教わってなかったんだ?」
「うん、育ての親が危ないからって教えてくれなかったんだ。周りにも恥ずかしくて言えなくてさ・・・」
「いつも野宿の時はどうしてたの?」
「火打石使ってた。今回は・・・飛び出してきちゃったときに忘れてきたみたい。・・・まあいいでしょ、早く教えて」
ミランダは手を伸ばしてきた。
断る理由もないか・・・。
「あったかい手だね・・・」
「あんたのもじゃん」
魔法を人に教えるのは初めてだな。
それも一人目の仲間・・・。
◆
「やけどしないように、少し離して出すのがいいよ」
「わかった・・・わあ、やった。ありがとニルス」
ミランダは嬉しそうに指先から火を出した。
オレも教わった時は嬉しかったな。
『・・・君は寂しがりだから、まず仲間を見つけた方がいいと思う』
ミランダの顔を見ていると父さんの言葉を思い出す。
仲間・・・いいな。
父さん、すぐに見つかったよ。
◆
夜になってしまった。
でも、焚き火の炎とミランダのおかげで暗くない。
「あたしは北部の生まれなんだ。こっちにはあたしみたいに赤毛の人が多いんだよ」
ミランダはお喋りで明るい。
「ていうかあんたの髪って女のあたしより綺麗だよね。テーゼはそういう人いっぱいいるの?」
そして、とてもかわいい顔で笑う。
「こっちだとゴーシュって街が一番大きいんだよ。北部の中心なんて呼ばれてるけど、大地が戻りすぎてもう真ん中じゃないんだけどね」
たぶんオレなんかよりずっと前向きな人なんだろう。
「あたしは凪の月が一番過ごしやすくて好きなんだ」
いいな・・・きっと嫌なことや不安なことなんかもあっただろうけど、こうやって笑い飛ばしてきたって感じだ。
「ねえ、ニルスの持ってる剣てすごく綺麗だよね。見せて」
ミランダが父さんの装飾を褒めてくれた。
ふふ、よく見てほしい。
「いいよ、気を付けてね」
鞘に入れたまま手渡した。
そして、驚いてほしい。
「お・・・なにこれ、なんか・・・重い・・・こんなの持ってたの?」
「それは特別なんだ。使えるのはオレと血の繋がり・・・それがある人だけなのかな」
「・・・無理だから置くね」
ミランダは持つのを諦めて剣を地面に置き、光の魔法で照らした。
「付いてるのって、全部宝石?」
「そうだよ」
「これだけで高そー・・・」
飾りも指でなぞりながら見てくれている。
「愛する家族へ・・・誰が作ったの?」
刻まれた言葉にも気付いてくれた。
・・・聞いてほしいな。
「オレと父さんの二人で作ったんだよ。でも・・・それが完成してすぐに死んだんだ」
「え・・・ごめん」
ミランダの声が暗くなった。
胎動の剣は父さんの命そのもの・・・だから別に寂しくはないんだけどな。
「気にしなくていいよ。父さんはわかっててそれを作った」
「そうなんだ・・・じゃあ大事にしないとね。もう大丈夫だよ」
「また見たくなったら言ってね」
オレは地面に置かれた剣を取った。
触れていると父さんを感じる。
ああ・・・もっと、話したかったな・・・。
「踏み込んでいいかわかんないんだけどさ・・・」
「なに?」
「お父さんって病気だったの?」
ミランダはオレの顔を見ないで言った。
・・・教えたい。
「えっとね・・・精霊鉱っていうのがあって・・・」
これくらいは・・・いいよね?
◆
「精霊ってほんとにいたんだ・・・」
ミランダに少しだけ話した。
「でも・・・死ぬってわかってて、なんでこれ作ったのよ?あんたは止めなかったの?」
「えっと・・・完成間近に教えてくれたんだ。・・・きのう」
「きの・・・そしたら止めようがないわね。じゃあなんで作ろうと思ったの?それは教えてくれた?」
「え・・・えっと・・・まあ、家族のことだから」
全部は言えなかった。
仲間だけど、まだ出逢って一日も経っていない。
さすがに重すぎるよな。
「まあ・・・気が向いたらでいいよ」
「ごめん・・・」
「まあまあ。・・・じゃあさ、アリシア様って普段はどんな生活してるの?そっちは教えられる?」
「アリシアの生活・・・別に普通だよ。朝起きたらパンを焼いて、昼間は訓練場で鍛錬、夜は食事を取ったらすぐに寝て・・・」
オレも合わせてたな。
あの人は戦場のために生きてるようなものだから、それで充実していたんだろう。
「ふーん、召使いでもいるのかと思ってたけど違うんだ?」
「大きな家でもなかったからね。そこに十五まで住んでた。妹もいてさ・・・風の月生まれで、今四歳」
「へえ、なんか意外。あたしが知ってるのは雷神の話だけだし、子どものいるお母さんだっていうのは想像つかないな」
「・・・変な噂が多いからね」
そういえば、ルージュはちゃんと「お母さん」って呼んでるのかな?
オレが「母」と呼ぶことはもうないだろうけど、あの子にはそう呼ばれていてほしい。
「そういえば、さっき育ての親って言ってたけど・・・」
家族の話になったから聞いてみた。
答えたくないなら別にいい・・・。
「ああ・・・あたしは捨て子だったらしいのよ。育ててくれたメルダってのがいるんだけど、その人が赤ん坊のあたしを拾ってくれたの」
「そうなんだ・・・アリシアも孤児だったよ」
「へえ、共通点があったんだ。あたしもアリシア様みたいになれるかな?どんな感じの人だったの?」
ミランダはアリシアに憧れてるみたいだ。
・・・いや、雷神にかな。
「父さんは、アリシアはとても不器用な人だって言ってた」
「・・・ねえ、なんでアリシア様は名前で呼んでるの?父親は父さんて呼んでるから違和感あるんだけど」
「あはは・・・」
オレはごまかし笑いだけで答えられなかった。
「えへへ・・・」
ミランダも合わせて笑ってくれた。
気を遣わせたか・・・。
「でもさ、ニルスはなんで旅人になったの?功労者にもなったことあんでしょ?そんなに強いんなら戦士でいた方がいいと思うんだけど」
ミランダは話題を変えてくれた。
でも・・・。
「旅人は・・・昔からの夢だったんだ。本当は戦士になりたくなかった・・・」
「そうなんだ。・・・もう一個気になってたんだけどさ、功労者って新聞に載るよね?アリシア様の息子なら、けっこう大きく取り上げられそうだけど・・・あんたの名前、見たことない」
「王と軍団長に公表しないでって頼んだ・・・。成人前だし、いいよって・・・」
この話もあんまりしたくない。
できれば口に出すのも避けたかった。
「ふーん・・・。戦士になりたくなかったってどういうこと?あたしが知ってる話だと、大地奪還軍は血の気が多くて戦いたい人が集まるんだよね?嫌だったのに戦士になったの?」
「・・・そうだよ、嫌々出てたんだ」
「・・・アリシア様?」
「この話はもうしたくない・・・」
口に出すと色々思い出す。
血の匂い、悲鳴、受けた傷、アリシアの悲しい言葉・・・。
◆
「・・・」
ミランダも黙ってしまって、二人で炎を見つめていた。
どうしよう・・・変な感じにしちゃったし、なんとか明るくしないと。
「あ・・・ねえ、今度はミランダのことを教えてよ」
雰囲気を変えたかったのもあるけど、仲間のことをたくさん知りたかった。
どんな人か・・・もっと。
「・・・え、あたし?そうだなあ・・・まず育ったのはほぼ娼館だった。さっき言ったメルダってのがやってて、すぐ後ろに家があったんだよね」
「娼館・・・オレは行ったことないや」
「あはは、そうなんだ。メルダのやってる娼館はテーゼにもあるはずだよ。頭に高級が付く春風ってのと、他とあんまり変わんない秋風ってお店」
「そうだったのか・・・」
テーゼの色町は、用事も無いから行ったことなかったな・・・。
「メルダはけっこう手広くやっててさ。大きい街には必ず春風と秋風があるんだって」
それはすごいな。ていうか、ミランダってけっこうお嬢様なんじゃ・・・。
「しかも春風は才女しか雇わないんだよ。娼館なのに筆記試験やってんの」
「そこまで?」
「うん、頭がいいお姉さんしか無理。あとは楽しんでできる人、これは秋風も一緒なんだ。仕方なく体売るしかないみたいなのは絶対雇わない」
オレには遠い世界だな。
でも目の前の女の子は、そこで育った・・・。
あれ・・・そしたらミランダも?
「ねえミラ・・・やっぱりいいや」
「なによ。あたしはニルスと違ってなんでも話すよ」
それを思ったから聞くのをやめた。
自分は話さないのに相手のことだけを聞くのはよくない。ただの興味本位だったし・・・。
「そういうのやなんだけど。いいから言ってよ」
・・・気にしない人なのか。
「ん・・・ミランダも娼館で働いたことあるのかなって・・・」
「あ、気になる?どっちだと思う?」
ミランダは自分の大きな胸を持ち上げた。
なんか見ちゃうな・・・。
「・・・お金に困ってるからしてない。もしくは今はやってないって感じ」
「ふーん・・・そっか」
ミランダは腕を組んで考え出した。
「・・・もしあたしがそうだったら嫌?」
どういう意味だろう?
・・・なんとも思わないけどな。
「いや、別に」
「ふーん、娼婦に偏見はないんだ?」
「偏見・・・よくは知らないけど、自分の体を使うんでしょ?オレとかアリシア・・・戦士と一緒かなって」
「それは違う気もするけど・・・ふふ、とりあえずあたしはやったことないよ」
そんな気はしてた。
だから出逢えた気がする。
「ねえ他にはなんかある?あたしお喋り好きなんだ。最初の夜だし、もっと話そうよ」
そういや、こういうのもよく考えてたな。
仲間がいたら、夜は火を囲んで眠らずに話す・・・。
「何歳で旅に出たの?」
「十三、アカデミ―終わってすぐ」
「早いね・・・」
「なにがしたいかわかんないからさ。それを探そうと思ったんだ」
実際にやってみると絆が深まっていく気がする。
だから本当は、さっき言えなかった自分のことを話してあげたいけど・・・まだ勇気は出ない。
「他にはないの?」
「うーん・・・ちょっと待って」
「じゃあ、あたしの番ね。ニルス君は、好きな女の子とかいなかったの?」
ミランダがちょっといやらしい顔をした。
こういう話が好きなのか・・・。
「あんたけっこう人気あったでしょ?背も高いし、綺麗な髪だし、暗いけど整ってるし」
「・・・そういうのよくわかんない。アカデミーでもみんなと距離を取ってたし、戦士の時も・・・そうしてた」
だから、女の子がどうとかって考えたことなかったな。
『・・・あれから少しだけ、あなたが気になっていたの』
オレを見てたって子はいたけど・・・。
色々頼みに行った時、もう結婚するって言ってたっけ。じゃあ、今は幸せになってるんだろうな。
「じゃあ恋人いたこと無いんだ?」
「うん、無い」
「ふーん・・・あたしは何人かいたんだ。でも、すぐ冷めちゃうんだよね」
ミランダは、また自分のことを教えてくれるみたいだ。
なんでも聞いていいみたいだし、オレからも広げよう。
「冷めるっていうのは、好きじゃなくなるってこと?」
「そんな感じかな。この人といると楽しいなとかは思うんだけどさ、女として縛られる感じがすると冷める。今回もそれがあったから飛び出して・・・ニルスと出逢った。・・・変だと思う?」
別にそうは思わないな。
「旅人は自由だって自分で言ってた。好きにしていいと思う」
「へえ、ニルス君はわかってるね」
「オレ・・・実は一人で寂しかったんだよね。だから・・・飛び出してくれてありがとうって・・・思った」
「へー・・・じゃあ、あたしもありがと」
ミランダはオレの頭を撫でてくれた。
ルルさんとか、セイラさんと同じ・・・。
◆
夜が更けてきた。
でも、全然眠くない・・・。
「ニルス・・・まだ寝ないの?あたしちょっと疲れた」
「オレは楽しくて寝れなそう」
「ふーん・・・」
ミランダはあくびをして横になった。
下には脱いだ服を敷いてるみたいだ。
「ずっとあったかいままにしておくよ」
「それは助かる・・・」
炎はずっと大きなまま燃え盛っていて、ここだけ夏みたいになっていた。
・・・工房を思い出す。
「じゃあ、あたしもう寝るけど・・・襲ってきたら刺すからね」
「そういうのから守ってあげる。だから安心して寝ていいよ」
「む・・・おやすみ」
「おやすみ」
こんな夜に眠れるわけない。
初めての夜、初めての仲間、もっとこの先を想像していよう。
あ・・・そういやミランダは女の子だし、できるだけ宿に泊まった方がいいかな?
・・・よし、宿場まで距離があるときはしょうがないけど、なるべくそうしてあげよう。
ああ・・・もっと仲間が欲しいな。
次は男の人がいい、歳も近ければ楽しそうだ。うん、とりあえずはもう一人。それならオレだけで守れる。
しばらく風に任せて大陸中を回って・・・あ、未知の世界で見たところも一緒に行きたい。
夢見たことをなぞっていくんだ。
◆
夜が明けた。
気付けば星が消えている。
「ん・・・あ、おはよーニルス」
ミランダが目を覚ました。
「おはよう。寒くなかった?」
「うん。・・・もしかしてずっと起きてた?」
「まあね」
興奮がおさまらずに、横になることもしなかった。
火も消えないようにしてたから、ミランダも凍えずにぐっすり寝れたみたいだ。
「まずは・・・はい、朝はしっかり食べてね」
オレはミランダに残っていたりんごを渡した。
最後の一つだ。
「ニルスのは?」
「オレは別にいいよ。なんか楽しくてお腹も減らないんだ」
「いやいや、ロレッタに着くのは夕方近くになるよ。それまで平気なの?」
そのくらいは問題ないな。
戦場に行く三日前から食べなかったし・・・。
「平気だよ。なんならミランダをおぶってでも行けるかな」
「・・・相当鍛えてたんだね。でもあたしは自分で歩くのが好きだからいいよ」
たしかにそうだ。オレが背負ってしまうと、旅の楽しみを奪ってしまう。
「それと・・・はい」
ミランダは、渡したりんごを短剣で二つに分けてオレにくれた。
「仲間だから半分こ、分かち合いだよ」
「仲間・・・うん、ありがとう」
「お礼なんていらないよ、それにニルスのりんごじゃん」
りんごへのお礼じゃない。君へのだ・・・。
いつか・・・堂々と声にできる日が来るといいな。
◆
長い街道をひたすら歩いていた。
一人じゃないからとっても楽しい。
「あ、そうだ。きのう聞こうと思って忘れてたんだけど、ニルスってそこまで太くないよね」
ミランダはしっかり眠ったからかずっと話しかけてくれる。
今度は体型の話・・・。
そういえば、城でジェニーにも「綺麗」って言われたっけ。・・・父さんにも。
「太くない・・・別に普通だよ。アリシアもそんなんでもないし」
「えーそうなの?あたしアリシア様は絶対ガチガチでゴツゴツした人だと思ってた」
ミランダは顔を見たことないのか。
・・・「雷神」ってだけだと、そう思うのも無理はないかな?
「背はオレと同じくら・・・いや、今はオレの方が高いかな。体形はミランダの方が細いけど」
「そりゃ日々鍛えてる人と比べられてもね・・・えへへ」
ミランダはなんだか照れている。
アリシアより細いって言われて嬉しいのか?
いや・・・あの人より出てるところはあるか。
「でも、胸はミランダの方が断然大きいよ。お尻もアリシアより大きい・・・」
「ふーん・・・つまりニルスはあたしをやらしい目で見てるってことね?」
「え・・・」
なんでそうなる・・・。
「仕方ないな―ニルス君は」
「なに・・・」
「きのうは見向きもしなかったからちょっとムカついたんだよねー。ほら、カッコつけてないで見ていいのよー」
ミランダが胸元を広げた。
見ていいなら・・・あれ?ミランダか?
「な、なによ・・・鼻きかせて・・・」
「なんか・・・汗くさい」
「・・・」
ミランダは顔を赤くして一歩下がった。
「言い方は・・・考えた方がいいよ。・・・傷付くでしょ?」
小さい子どもに教えるように言われてしまった。
・・・たしかにオレも言われたら傷付くな。
「ごめん、例えば・・・どう言ったらいい?」
「え・・・例えば・・・今日は疲れを取るために、お風呂のある宿に泊まろうとか」
「あー、そういうことか」
それならなんとも思わなそうだ。
「ミランダ、次の街ではお風呂のある宿に泊まろう」
早速使ってみた。
「もう遅いよ・・・初めてだから許してあげる」
よかった。でも次からは気を付けよう。
なるべく宿に泊まるつもりだったけど、風呂がちゃんとある所を選ばないといけなくなったな。
たしか清潔にしてないと病気になりやすいって本で読んだことある・・・うん、大事だ。
「あ・・・待って。でもさ、次に行くロレッタって・・・」
お風呂で思い出した。
「お、知ってんだ?」
「うん、地理はかなり勉強した。地下から温泉が湧いてる街だ」
「せいかーい、すっごくおっきい温泉街なんだよ。つまり、お風呂の心配はいらないのよニルスくーん」
ただ、実際に見るのは初めてだ。
「温泉入ったことある?」
「見たことはある。火山の近くにあったんだけど、熱くて浸かれる感じじゃなかったんだ」
「じゃあ、色々教えてあげるよ。ロレッタだけの決まりとかあるしね」
・・・早く入ってみたい。
初めて行く街・・・どんな風景なんだろう。
仲間と一緒だから、きっと鮮やかに見えるんだろうな。




