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Our Story  作者: NeRix
気の章 第三部
367/481

第三百五十二話 気まぐれ【ハリス】

 「おはようハリス」

リラさんの暖かい手に体を揺すられた。

 「今日はお寝坊さんだね」

「・・・おはようございます」

予選二日目・・・久々にゆっくりした朝だ。


 「まだ寝てる?」

「いえ・・・やりたいことがあるので」

こういう日を待っていた。

先送りにしていたこと、少しずつ初めていかなけば・・・。



 「チル・・・何を持ってきたの・・・」

リラさんが震え声で私の背中に回った。

・・・チル様が手に持っている麻袋のせいだろう。


 「見る?」

「やだ・・・どのくらいいるか・・・わかるもん。ここでは無理よ・・・平原か森に帰してあげなさい」

「あとでね。まず食べないと」

「今よ!!」

ダメだったか・・・。


 「すみませんでした。そこまで嫌がるとは思わず・・・」

頭を下げた。

 チル様に頼んだのは私・・・。

すぐに運ぶつもりだったが、さすがに厳しかったようだ。


 「別に・・・その子たちが嫌いなわけじゃないのよ。たぶん・・・そう、生理的・・・人間だった時から・・・」

「いえ、気を遣えずに申し訳ありませんでした。チル様、一度屋根の上にいてもらいましょう」

「わかった。早く食べて行こうよ。リラはやめとく?」

「わたしも行くよ・・・外なら平気だから」

生活の空間にいなければいいらしい。

・・・ニコル様の虫部屋に入りたくない気持ちと同じものか。



 「ここ・・・やっぱりちょっと苦手・・・」

「チルもあんまり好きじゃない・・・」

三人で戦場を訪れた。

もう戦いが起こることの無い場所・・・。


 今日はいつもよりも遅めの出発でいい。

だから、少しだけ手を付けておきたかった。


 「まずは耕します。ここの土は戦士たちが踏み込み過ぎたせいで硬すぎるのです」

鞄から用意していた道具を取り出した。

すべて・・・手でやる。


 「そしたら種蒔き?」

「いえ、耕すだけではダメです。元気な土にする必要があります」

「じゃあ、この子たちだね」

チル様が麻袋を持ち上げた。

 「そうです。連れてきていただいて感謝していますよ」

「みんなやる気あるよ。来たいって子だけしかいないから」

「だから・・・元気なのね」

袋の中は今どうなっているのか・・・。



 「とりあえずこのくらいですね。チル様、ここに放してください」

日陰にならない中央部を耕した。

 ・・・広さで言えば一部屋分くらい。

これでいい、少しずつ・・・少しずつ大きくしていくのだ。


 「みんな、土を元気にしてあげてねー」

チル様が袋をひっくり返した。

 「ひゃあ・・・」

「とても元気がありますね」

大量のミミズたちが出てきた。

 

 「袋の中は窮屈だったって」

命なので精霊の手織り袋にはしまえなかった。

この数・・・何日か放っておけば、耕した土が息を吹き返すだろう。


 「ひー・・・。うにゃうにゃ・・・」

リラさんがわたしの背中にしがみついて、服の端を引っ張っている。

・・・たしかに人間は苦手な光景だ。


 「ふんふん・・・ちゃんと食べ物はあるから大丈夫みたいだよ。任しとけって言ってる」

チル様が土に潜り始めた彼らの声を聞いてくれた。

 「必要なら肥料や土の栄養剤も持ってくるつもりでした。ニコル様かモナコ様に頼めば調合していただけるでしょう」

「それは助かるかもね。みんなで理想郷を作るんだって」

ミミズたちも頑張ってくれるようだ。

協力していただけることに感謝しよう。


 「リラさん、チル様。落ち着いたらこの島に家を作りましょう」

二人には何度も伝えていたこと・・・やっと第一歩のこの時にも言いたくなった。

 「森の中にしようね。木漏れ日と読書・・・いい感じ」

「チルは海岸の近くがいい。リリとミント連れてきて一緒に遊ぶの」

「大丈夫ですよ。この島は割と広い、お二人の気に入る場所を今度探しましょう」

「そうだね。じゃあ次はお弁当作って歩きながら探そっか」

いい考えだ。

大切な記憶をもっと作っていこう。


 「でもまずは空気だよね。はあ・・・血の匂い以外はいいとこなんだけどな」

「気付いたら花の香りで満たされていると思います」

「そうだよリラ、チルたちはいっぱい時間があるんだから」

「うん。商会もだけど、こっちも頑張ろうね」

リラさんが空を見上げた。

 青空、彼方に白い雲・・・。

この風景を眺めながらの作業は心を穏やかにしてくれそうだ。


 「あ・・・見て見て」

目線を下ろしたリラさんが、指を遠くへ向けた。

 「戦いの時かな?」

「そうでしょうね。セレシュ様がみなさんにおまじないをかけていたようなので」

夕凪の花が小さく揺れていた。

 ・・・誰かの胸にあったものだろう。

いつの間にか落ちて、そして・・・芽吹いたのか。


 「なんかやる気出てきたね」

「はい。さあ、魔女に叱られてしまいますのでそろそろ行きましょう」

ささやかな希望が見えた。

枯れた戦場の大地でも根付く強い花・・・ここは必ず花畑になる。



 街は普段の何倍もの活気で満ちていた。

予選を見るために、いつもは閉じこもっている方も外へ出ているのだろう。

そして、観光客も明らかに増えている。


 「おやー、機嫌良さそうだねー。朝からリラ抱いてきたの?・・・何回?」

「二十三回です」

「怪物じゃん・・・あんたもう人類ではないね」

「冗談に決まっているでしょう」

魔女も日ごとに浮つき出している。

まあ、あなたは明るい方がいい。


 「絵描きはもう大丈夫なんだよね?」

「はい、二十九名・・・全員私の好みで選びました」

「じゃあ、もう安心だね」

「決まって終わりではありませんよ。描いていただかなければいけません」

これから動く話も多い。

忙しくはあるが、苦しいことはもう無いだろう。

 「いつにすんの?」

「二日後です。組み合わせを決める日・・・これ以上は伸ばせません。すでに画家たちには伝えています。・・・記者も手配済みです」

「いいね。次の日には新聞で倍率発表・・・ふふふ」

「そこまでは気を張っていてくださいね」

だがそれが終われば少し余裕ができる。


 「ルージュはやっぱあんたなんだよね?」

「もちろんです」

「おっぱい大きくしてあげてよね」

「考えてはおきましょう」

誰がそんなことをするものか。

それに魔女は気まぐれ、明日には忘れている。


 「よーし、じゃあ受付確認してからお昼食べに行こっか」

魔女が私の腕を抱いた。

・・・わざと押し付けているような気もする。

 「風神の名前が無かったらどうしますか?」

「そうね・・・。今度は丸裸で目隠しして、談話室の椅子に縛っておくことにするよ。もちろんお触り自由」

・・・本当にやりそうだ。



 「ちっ・・・あった」

名簿にはニルス様の名前が書かれていた。

いいことだが、魔女はお楽しみが無くなって気に食わないようだ。


 「・・・アリシア様も突破されていますね」

「ユウナギとジェイスの名前もあるよ。あいつらなら当然か」

「ここまでで二十三名、あと九名ですね」

「とりあえず、雷神と風神がいれば当日の心配は無いね」

元々二人が予選を突破するのはわかりきっていたことだ。

万に一つでも、予選落ちなどありえない。


 なにはともあれ、すべて予定通りに動いている。

もう心配は無いと思うが、明日の昼に三十二名がここに集うことを願おう。



 「なんか気に入らないなー」

街に出てきた。

だが、魔女の機嫌が悪くなっている。


 「昼時なので仕方ないでしょう」

昼食を取りたかったが、どの店も席が埋まっていた。

少し遅らせるべきでしたね。


 「スープが欲しかったけど・・・仕方ないからパンでも買ってこうか」

「家に戻ればどなたかがいらっしゃるのでは?」

「戻る気分じゃないんだよね。じゃあ・・・広場で食べよっか」

「お付き合いしましょう」

このあとはそこまで忙しくもない。

・・・魔女のやりたいようにさせるか。



 「おうミランダ!!久しぶりにきやがったな!!」

二人で「微笑みのパン」に立ち寄った。

・・・ここの店主はあまり好きではない。


 「うるっさいわね!!だから客増えないんだよ!!」

「これは生まれつきだ!!」

騒がしいので自ら入ることは無い店だ。

朝の市場でもないのに、よくもまあこんなに大声が出せるものですね・・・。


 「あれ、ジークは?あいつの肉包みパンが食べたかったんだけど」

「うずうずしてたから配達に行かせた!!」

「ああ・・・シェリルか」

まだ名簿に名前は無かった。

雷神と風神が鍛えているので、確実に本戦には上がってくるだろう。

 

 「あんたはなんで出ないの?ていうか元戦士がそこまで多くないんだよね」

「もう鍛えてねーからだよ!!」

「毎年お祭りの時は休んでんじゃん。暇なら出てよ」

「弔いのためだ!!墓地に酒撒きに行くんだよ!!」

そんなことをしていたのか・・・。

おそらく、他の元戦士も参加しているのだろう。



 「あ・・・ミランダ様」

闘技場に戻ると、受付にシェリルがいた。

やはりそうだ、なんの心配も無い。


 「ジークの愛で予選突破って感じかなー?」

ミランダ様は途端に魔女の顔になった。

庇う義理も無いので放っておこう。

 「な、なんですか・・・」

「ジーク・・・来てくれたんでしょ?」

「・・・はい」

実力か、恋のおかげか・・・。


 「今夜は体ぜーんぶ使ってお礼しないとねー」

「なんて下品なことを・・・」

「だってまだなんでしょ?」

「お、大きなお世話です!」

シェリルは名簿を書き終えると恥ずかしそうに去っていった。

たしかに大きなお世話だ・・・。



 「じゃあ、似顔絵を張る場所を決めていこー」

闘技場の運営本部に入った。

午後はこれで終わりだ。


 「簡単に剝がせないよう、高い場所がいいですね」

「たしかに・・・よし、見に行こう」

「・・・歩きまわるのですか?見取り図を広げればいいでしょう」

「実際に見た方が想像つくでしょ?」

忙しいのは明日の昼以降からとなる。

まあいい・・・付き合うか。



 「ここにも・・・やっぱあった方がいいかな?」

ミランダ様が立ち止まった。

スウェード家のためだけにある秘密の入り口・・・他に利用する者がいない場所だ。


 「観戦室の方がいいのではないですか?」

「ああ・・・それがいいか。じゃあ・・・あれ、シロだ」

馬車の音が近付いてきた。


 「水晶の馬車・・・どなたかを連れてきたようですね」

「まっすぐこっちじゃん。てことは・・・。」

おそらく・・・。

 「私は影の中から様子を見ます。対応は任せました」

「え、ちょ・・・」

返事を待たずに隠れた。

私の姿は無い方がいい。



 「どんな場所か見たいって言われたからみんなを連れてきたの。ミランダがいるのわかったからお願いしようと思って」

「迷惑であれば・・・出直します」

シロ様とティム様の元母親が馬車から顔を出した。

やはりそうか。

 ・・・この女もあまり好きではない。

今は変化もあるようだが、それで過去が消えるわけではないのだ。

私から声をかけることは・・・今のところ無い。


 「別にいいよ。あたしも行こうとしてたんだ。周りに誰もいないから、子どもたちに出てきてもらっていいよ」

「ありがとうございます。シロも・・・ありがとう」

「だってみんな友達だもん」

シロ様はとても優しい。

だが、子どもたちのためとはいえ、あの女に思うところはないのだろうか?



 「みんな、英雄ミランダ様だ。見ての通り男ではない。挨拶をしなさい」

子どもたちが馬車から下りてきた。

ティアナは、一応母親らしいことをしている。


 「なんの英雄?」

男の子は一人だけ、セイラ様が偶然助けた子・・・。

 「ああそっか、君はまだ生まれる前だね。魔族と戦う戦場っていうのが半年に一回あったんだ。三百年以上続いてたんだけど、それをあたしが終わらせたんだよ」

「わあ、すごーい」

もうすぐ九年、戦場を知らない子どもたちが生まれているのも当然か。


 「じゃあミランダさんは・・・男の人よりも強いの?」

一人の女の子が一歩前に出た。

あの年代の子どもの顔ではない・・・。

 第三王子・・・話はメルダ様から聞いたが、思い出すと心がざわつく。

私が動けない時に解決したらしいが、それでも暗い感情は消えない。

部外者の私がこうなるのだから、当事者の子どもたちは・・・。


 「そうだよ、男なんてみんなあたしより下かな。風神だってあたしには逆らわないよ」

「そうだよ、ミランダは強いんだ」

間違ってはいない。

まあ、私は逆らうが・・・。


 「ていうかあんたらシロは平気なんだ?」

「お母さんが・・・大丈夫だよって」

「精霊だから・・・」

「優しい・・・」

それならイナズマ様も平気なのだろうか?

試すのは・・・少し酷ですね。



 「みんな、ここから先は誰もいないの。だから騒いでもいいんだよ。シロ、連れてってあげて」

全員闘技場の中に入った。

私も周りを確認したが、誰にも見られてはいない。


 「ねえミランダ、走ってもいい?」

「転んでケガとかさせないでね。あたしはティアナとちょっと話したら行くから案内してあげて」

「わかった。みんな、早く行こ」

シロ様は子どもたちを率いて先に奥へ入っていった。

・・・こっちに残ろう。



 足音が遠ざかっていく。

ミランダ様は、この女に何を話す気なのだろう?


 「あんたの子どもは、三人とも予選を突破したよ」

「・・・」

ティアナの顔が曇った。

 揺さぶる気か?

・・・時間の無駄だ。


 「あんたの息子さ。ティム・スウェードで登録してるんだよね」

「バカな・・・なぜ・・・」

「あいつの女がそうしたんだよ。本当の名前で出てほしいって」

ミランダ様は淡々と伝えた。

エリィ様はどうしてもティム様の名前が欲しいらしい。

 「エリィという娘ですね?・・・イザベラたちとも交流をしていると聞きました」

「でも別に、スウェード家と和解しろって話ではないんだ」

「・・・」

ティアナは胸を押さえた。

今さらなにか期待でもあったのだろうか・・・。


 「エリィはティムの名前が欲しいんだって。もうあんたに勝ったから堂々と名乗れって、あのバカに真っ直ぐに言った」

「そうですか・・・」

「・・・ティムはさ、かなり怒ってたんだ。でも、今のこと言われてスウェードで出ることを決めたの。まあ・・・負けたあんたに文句は言えないだろうけどね」

ミランダ様の声が優しくなった。

 この話をする理由はそういうことか。

もちろんこの女のためではない・・・。


 「どうせ明日にはわかるんだけどさ。子どもたちも組み合わせが発表されたら新聞とかでわかっちゃうよね」

そう・・・どう説明するかを考える時間が必要だ。

 「うまい言い訳、考えとくといいよ。できれば・・・子どもたちも、あたしの部下も傷つかないような」

「・・・はい」

「偶然同じ名前で通用するかはわからない。あんたたち似てるしね」

「・・・そうですね」

子どもたちに「それ以上聞くな」とも言えないだろう。

 その時にどうするか・・・。

少しだけ興味が湧いてきた。


 「初めまして、ハリス・ボイジャーです」

影から姿を出した。

関わるつもりは無かったが、からかうのは面白そうだ。

 「な・・・なんだお前は!ミランダ様!」

「大丈夫だよ。ハリスも言いたいことあんの?」

「そうですね。少しですが・・・」

「話したらまた隠れてなよ?」

子どもに泣かれては敵わないのでそうさせてもらうつもりだ。


 「家長の剣、今はティム様がお持ちですね」

私ができるのはこの話だけ・・・。

 「そうだ・・・」

「私にとって思い出深いものでして」

ケルト様との大切な記憶だ。

今、あの剣を持っているのがティム様でよかったとも思っている。


 「もう二十年以上前、あれを届けたのは私です。作ったのは私の友」

「・・・その割に若いな」

ティアナが怪訝な顔で呟いた。

・・・そこまで揺らいでいない。つまらないですね。


 「友はあの剣に名前を付けました。家長の剣などという、ふざけた名前ではありません」

「友・・・あれを打った鍛冶屋・・・アリシア様の・・・」

「・・・あなたの手に戻ることがあれば本当の名を教えましょう」

ティム様が認めれば、この女に返すという話になっているらしい。

 「名前・・・なにか意味があるのか?」

「はい、私の友がどんな思いで作り上げたのか。資格があればお教えします」

「思い・・・」

「・・・なるほど」

ティアナの纏う空気に、少しだけ柔らかさを感じた。

 今の目なら、あの剣を持っていても許せる。

ティム様次第でしょうが・・・。


 『・・・子どもがいるっていいよね。そういう思いで打ったよ。でも・・・僕を信じてくれた君のために、魂の魔法は使わなかった。純粋に技術だけで勝ち取りたかったんだ』

ケルト様、そうなったら教えてあげることにします。

 『家長の剣か・・・。あはは、面白くない名前だ』

『伝えるなと仰ったのはあなたですよ。初めから本当の名前で渡してもよかったのでは?』

『そうだな・・・。どうにかして僕のことを知って、頭でも下げてきたら考えようか』

『意地の悪い方だ。あの家の者が、男性に頭を下げるはずがないと知っているでしょう』

頭を下げる相手はもういない。

だから、私の好きにさせてもらいますね。


 「どうやら、スウェード家の呪縛は薄れているようですね。・・・期待していますよ」

「な・・・待て・・・」

再び影に身を隠した。

あとは剣が戻る時まで話すことは無い。


 「ミランダ様、今の男は・・・」

「からかいに出てきたんでしょ。そんな気にしなくていいよ」

「精霊ですか?」

「えーと・・・人間だね。そろそろ行こうよ、子どもたちが待ってる」

ミランダ様は歩き出した。

私と同じで、もう話すことは無いようだ。



 「じゃあシロ、安全におうちまで帰してあげるのよ?」

「大丈夫だよ。またあとでね」

観戦室の見学も終わった。

似顔絵を張る場所も問題無い。


 「では、失礼します」

ティアナは子どもたちが全員乗り込んだのを確認して、ミランダ様に頭を下げた。

 「待って、もう一個だけ言っていい?」

「・・・構いませんよ」

まだ伝えたいことがあったのですね。


 「息子はどうしようもないけどさ。娘二人はちゃんと褒めてあげてね。あの子たちと一緒に」

「・・・」

「お姉ちゃんたちも頑張ったんだよって、お祝いしてあげなきゃ」

「そうですね・・・。子どもたちと、そうさせていただきます」

なんだ・・・当然のことか。


 「じゃあねー」

ミランダ様が元気に手を振った。

しかし・・・あの女は言われるまで何もする気が無かったのだろうか・・・。



 「・・・ステラがティムに、あの母親が謝ってきて和解を望んだらどうするかって聞いてみたんだって」

馬車が見えなくなると、ひとり言のようなものが聞こえた。


 「そうですか、ティム様はなんと?」

私も影から出た。

どこにいるかわからなかったからか・・・。

 「そんな都合のいい話あるかって・・・怒鳴ったってさ」

「予想通りですね。それが通るとすれば、どんなに遅くとも五つか六つくらいまででしょう」

「ステラは、ティアナにも同じことを聞いてみたんだって。ティムからそう言ってきたらどうするかって」

「それも気になりますね」

大会の準備が無ければ、隠れて聞いておきたかった話だ。


 「ティアナは受けそうな素振りをしたって言ってた」

「・・・ずいぶん甘い考えをお持ちのようで」

「あたしもそう思う。それ見てステラは、ちょっと怒っちゃったみたいなのよね」

怒ったステラ様か・・・嫌な記憶が蘇る。

 「もう手遅れだって、はっきりと言ったんだって」

「間違ってはいません。あの女に必要なのは現実でしょうから」

「そう、ちゃんと全部教えたんだってさ。そんで、そこにアリシア様も一緒にいたの」

話はまだ続くらしい。

・・・長くなるのだろうか?


 「そこで約束させたことがあるんだって」

ミランダ様の口元が持ち上がった。

これは・・・メルダ様譲りか。

 「子どもたちにティムのことを話すなってね」

なるほど、私も好きな話だ。

すなわち・・・。


 「悩むでしょうね」

「うん、どうなるか楽しみだよね」

「まだまだですね。私なら明日まで黙っておきましたよ」

「あたしは優しいんだよ。あんたと違ってね」

どちらが酷かはあの女次第。

今日わかったことは、どっちなのだろう?



 晩鐘が鳴った。

今日も終わり・・・。


 「あと五人か・・・」

「今五つ揃い、走ってくる者がいるかもしれません」

「それでもいいよ」

「そうですね。私たちは闘士が全員決まれば何でもいい」

予選で大会の魅力は伝わったことだろう。

そして、より忙しくなってくる。


 「明日も遅めでいいよ。昼前にここ来れるように迎えよろしくね」

「私はゆっくりもしていられません」

「なんかあんの?あたしも手伝うよ」

ミランダ様は甘えるように私の腕に抱きついてきた。

手を貸していただけるのなら連れていってもいい。


 「では、戦場を一緒に耕しましょう」

部下思いか・・・。

気持ちは受け取っておこう。


 「あ、ごめんムリ」

・・・魔女は気まぐれ。

もう忘れないようにしよう・・・。

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