第三百四十九話 思いを繋ぐ【ルージュ】
「アリシアから聞いてると思うけど、彼女がハンナよ」
ステラさんに連れられて、一人の女性と会った。
名前は・・・お母さんから聞いて知っている。
「少しだけ落ち着いたみたいね。この子がルージュよ」
「ルージュ・・・さん」
ティムさんの幸福をずっと願っている人・・・。
予選で戻ってきたから会いたいってことだよね?
じゃあ、なんですぐに行かないんだろう・・・。
◆
「・・・どう思う?ティムがこっちに来るより、ハンナから行った方がいいと思わない?」
ステラさんから事情を教えてもらった。
やっと姿を見れて、それだけで涙が溢れて動けなくなってしまうみたい。
「あなたに繫いでほしいの」
「わたしに・・・」
繋ぐ・・・。
「そうした方がいいと思うんだ。本当は、ここにセレシュもいればよかったんだけど・・・」
「セレシュとわたし・・・どうしてですか?」
「あなたたちは、ティムからたくさん愛を貰ったでしょ?」
まっすぐな目で見つめられた。
『なんかあったらすぐに言えよ?部屋には帰ってるから夜ならいる』
『お前らのための時間ならいくらでも取れる』
『そんでお前らは・・・妹だな』
『俺は・・・お前が笑ってた方がいい。次からはすぐに言え、なんでもしてやる』
『俺は・・・お前とセレシュの笑顔が好きだ』
ティムさんとの思い出がたくさん溢れてくる・・・。
そう、たくさん貰った。
ティムさんが幸福になれるならそうしたい。
「あの・・・会いたいんですよね?」
ハンナさんに近付いた。
答えはわかっているけど、まずは言葉にしてほしい。
「はい・・・ですが、泣き顔を見せたくないのです・・・」
ちゃんと言えるなら大丈夫。
あとは、わたしが貰った愛を教えてあげれば安心してくれるはずだ。
「わたしは、ティムさんの前で何度も泣いています」
一番古い記憶は、転んで痛かった時だったかな?
『何やってんだよ・・・。ほら、もう平気だろ?』
すぐに治癒をかけてくれた。
痛みは消えたけど、恥ずかしさとかもあって涙が止まらなかったっけ。
だからティムさんは・・・。
「ティムさんは泣き止むまで一緒にいてくれます。だからそのままで会いましょう」
「ルージュさん・・・」
「ハンナさんを見て思ったんですけど・・・」
お母さんから聞いた話と、実際のハンナさんを見てすぐにわかった。
あの愛を渡したのは・・・。
「ハンナさんたちも、同じことをしてあげていたんじゃないですか?」
「それしか・・・それしかできませんでした・・・」
やっぱりそうだ。
この人たちがティムさんに伝えた愛・・・それがわたしに繋がった。
長い時間をかけて大きく育ったもの、これをまたティムさんに繫いであげよう。
「さあ、泣いていてもいいです。ティムさんの戦いを見てあげましょう」
というか、泣いていた方がいい。
『涙で色付けて見たものはずっと残るんだ』
お兄ちゃんが教えてくれた。
そのままで見てほしい。
「あの・・・」
「必ず勝ちます。ハンナさんはその時に抱きしめてあげてください」
ハンナさんの暖かい手を引っ張った。
抵抗は無い、心はそれを望んでいる。
◆
「いつまで遊んでんだ!」「ティム!予選落ちなんて絶対許さねーからな!」「まだ組み合わせわかんねーから、三日通し券買ったんだ!負けたら買い取れよ!」
戻ると人だかりができていた。
みんなティムさんを応援してくれてるみたいだ。
「聞こえますか?人気者なんですよ。今ではティムさんを見に来る人も多いですね」
「はい・・・」
「わたしも大好きです」
「ルージュさん・・・」
ハンナさんはきっと目の前がぼやけている。
だから、もっと近くへ運んであげないといけない。
「通ります!!!」
叫びの力を使った。
「行きますよ」
「は、はい・・・」
この人たちを押しのけて、一番前まで・・・。
◆
「勝負ありだ!武器をしまってくれ」
最前に出ると、ちょうど戦いが終わったところだった。
「強いな・・・戦えてよかった」
相手の人は清々しい顔でティムさんを見ている。
「まだ終わってねーだろ?頑張れよ」
「そうするさ・・・貴重な敗北だった」
「・・・目に頼り過ぎなんだよ。体が付いていってねー」
「そうか・・・ありがとう」
手袋も靴も脱いでない。
かなり余裕だったってことだ。
雰囲気でわかる。
最後に会った時よりもずっと・・・ずっと強くなってる・・・。
本戦まであと十日も無い・・・もっと鍛えないとダメだ。
夜も剣を振る時間を作ろう。
「おい!早く本戦決めろよ!」「今年は雷神に勝つとこ見せろ!」「予選で落ちたらぶっ殺すぞ!」
ティムさんを応援する人たちはみんな荒っぽい気がする。
でも負けてられないよね。
「ティムさん!!!」
ハンナさんを引き合わせるには、みんなを黙らせないといけない。
「わたしは背中を押すだけです。あとは、ハンナさんが抱きしめてください」
「・・・はい」
ティムさんも構えていなかったから意識が途切れているみたいだ。
今の内に目の前に行く!
◆
「ちっ・・・ルージュ、こんなとこで叫ぶ・・・な・・・」
気が付いたティムさんが固まった。
愛を教えてくれた人が突然目の前に現れたんだから当然だ。
「ティム・・・様・・・」
「お前・・・」
ハンナさんはきのうまでにどのくらいの涙を流したんだろう?
悲しい、虚しい、悔しい・・・そういう後ろ向きな感情だったのはわかる。
だけど、今日は違うよね。
「誰だ?」「いつの間に・・・」「泣いてるぜ・・・」
周りがざわめきだした。
静かにしててほしいな・・・。
「・・・」
「・・・」
二人は見つめ合ったまま動かない。
あと一歩なのに・・・。
「全員静かにしろ!!」
聞き覚えのある声で場が静まり返った。
お兄ちゃん・・・。
「ルージュ」
「ありがとうお兄ちゃん。・・・ハンナさん、あなたからでないとダメです」
わたしは背中を押して、あと一歩を埋めてあげた。
繋いであげられたかな?
「なんだよ・・・もう、ガキじゃねーんだからさ・・・」
ハンナさんはしっかりとティムさんを抱きしめていた。
「ああ・・・こんなに・・・立派になられて・・・」
「ハンナ・・・」
「名前も・・・憶えて・・・」
「忘れるかよ・・・。ステラから聞いてたんじゃねーのか・・・」
ティムさんの両腕もそれに応えている。
あとは、泣き止むまで寄り添ってくれるはずだ。
「ルージュのおかげよ。ちゃんと繋いであげられたね」
ステラさんがわたしの横にいた。
全然気にしてなかったけど、ずっと近くにいてくれてたのかな?
「わたしは、今まで教わってきた愛を渡しただけです」
「それでいいのよ。これからもそうしていきなさい」
わたしのやり方は合っているみたい。
誰かの思いを愛で繋ぐ。
初めてだったけど、うまくいってよかった。
◆
「ずっと・・・ずっと・・・あなたに会いたくて・・・」
「なにも言わずに飛び出した・・・。怒ってんのかと思ったよ」
「そんな感情はありません・・・ただ、生きていらっしゃることと・・・幸福を祈っていました・・・」
「・・・悪かったよ」
ティムさんは、泣きじゃくるハンナさんをずっと抱いていた。
・・・今にも泣きそうな顔だ。
「おい、ティムの女が変わってるぞ」「あの子は飽きたのか?」「教官のおねーちゃんだったろ!」「次見かけたら教えとくわ」
ふふ、みんな優しいな。
そうじゃないってことをわかっている・・・そういうからかい方だ。
泣いてしまわないように・・・。
「おめーら全員顔覚えたからな!」
ほら、助かったって感じだ。
「早く散れ!ぶっ殺すぞ!」
周りの人たちが静かに距離を取っていく。
ただ離れただけじゃない・・・二人を囲む大きな輪ができあがっている。
「なんか、心配・・・かけたみたいだな」
「いいのです・・・こうして会えました・・・」
「・・・あいつらか?」
「ステラ様と・・・ルージュさんが導いてくれたのです」
「・・・」
ティムさんがこっちを見た。
怒ってはいない、あれはわたしの頭を撫でてくれる時の目だから・・・。
「ティム様とまた会えるとわかった日から・・・。明日になれば・・・明日になればと・・・」
「明日になればか・・・それは六つの時にもう言わないって決めたんだ。できれば俺の前では使わないでほしい・・・」
「申し訳・・・ありません・・・。答えることができなかったのに・・・。ティム様がいなくなってから・・・ずっと繰り返していて・・・」
「・・・また明日なら使っていいぞ」
暖かい会話だ。
お互いの愛が触れ合っているからだよね。
「本当はさ・・・予選が終わったらステラに連れてきてもらおうと思ってたんだ。こっちにいんのはミランダから聞いてたからな・・・」
ふふ、やっぱりティムさんも会いたかったんだね。
あれ・・・ティムさんって今日戻ってきたんだよね?
ミランダさんとはいつ会ってたんだろう・・・。
◆
「すみませんでした・・・。予選が終わってからにするべきでしたね・・・」
ハンナさんの涙が落ち着いた。
寄り添ってもらってると止まるのが早い・・・わたしもわかる。
だからぎゅっとしてもらうのは大好きだ。
「別にいいよ。お前は・・・忙しい時も俺のとこに来てくれてただろ?」
「忙しい日など・・・ありませんでしたよ」
「・・・嘘つかなくていい。起きるのが遅くなって、怒鳴られてた日もあっただろ?」
そういうことが何度もあったんだと思う。
ティムさんがスウェード家を出たのは、ハンナさんたちを救うためでもあったのかな?
「あの女からの叱責など、なんとも思っておりません。これは本当です」
「あの女・・・か。まあいいや、予選が終わったら時間を取る。その時に色々話したい」
「教えていただけるのですか?」
「心配かけたからな。あれから何してたか、ちゃんと話すから・・・待っててくれるか?」
ティムさんは、よりきつくハンナさんを抱いた。
話し方がいつもよりずっとやわらかい。
だからなんか新鮮・・・。
「待ちます。あの・・・ティム様を想う者たちも連れて来ています。私の他に三人・・・全員今のあなたと会いたがっています」
「そうか・・・俺も会いたい。謝んないとな・・・」
「主が・・・使用人に謝罪などしないでください」
「俺はもうスウェード家じゃない。だから気にすんな」
ティムさんがそうしたいって言ってるんだから問題無い。
それに、お母さんたちに心配をかけたらちゃんと謝らないとダメだよね。
「あ・・・けどさ、今回はティム・スウェードで出てるんだ。いつも偽名だったんだけど・・・」
ティムさんの口元が下がった。
え・・・ラミナは?
「なぜ・・・」
「俺のことを好きだって言ってくれてる女がいる。そいつが本当の名前で出ろってさ」
「ティム様の・・・」
「今まで俺に意見したことは無かったんだ。・・・俺の名前が欲しいんだってさ」
ラミナ教官のことだ。
それなら仕方ないよ。
「ハンナたちのことを話したら、会いたいって言ってた。挨拶したいんだってさ」
そうだよね、紹介しないといけない。
「きっと・・・素敵な女性なのでしょうね」
「ああ、お前らと一緒だ。だから・・・惹かれたんだろうな」
「なにを・・・仰るのですか・・・」
「おい・・・泣くなって・・・」
再会と嬉しい報告、また涙が出るのは仕方ない。
「そのままあの二人を見てあげるんだよ」
お兄ちゃんがわたしの肩を抱いてくれた。
「うん・・・このまま見る・・・」
「あの幸福は君が背中を押したからだ。隣にいるからもっと色付けていい」
そうしよう。ずっと残るように・・・。
◆
「ステラ、化粧直してやってくれ」
ハンナさんの涙がやっと乾いた。
たしかに直さないとダメだ・・・。
「あなたも泣いてよかったのよ?」
「泣くかよ・・・」
「でも・・・ギリギリだったみたいね」
零れはしなかったけど、ティムさんの記憶にもずっと残りそうだ。
◆
「私はみんなに伝えます。ステラ様・・・」
「わかってるわ。その時は私がティアナに言って全員連れ出してあげる」
「ありがとうございます。ティム様、必ず勝ち上がると信じています」
「心配しなくていい。必ずそうなる」
ティムさんは、最後にもう一度だけハンナさんを抱きしめた。
あれは嬉しい・・・。
「ティム様、また・・・」
「ああ、約束だ」
二人は名残惜しそうに離れた。
嬉しそうに駆け出すハンナさんの背中はとても幸せそうだ。
今の思いを、一緒にティムさんの幸福を願ってきた人たちに早く繋いであげたいんだろうな。
◆
「どけニルス・・・」
「いて・・・」
「痛くねーだろ」
ティムさんはお兄ちゃんを押して、わたしを抱きしめてくれた。
「ルージュ、ありがとな」
「わたしは、ティムさんに幸せになってほしいだけですよ」
「俺は・・・お前にもそうなってほしい」
ティムさんもお母さんやお兄ちゃんと同じだ。
家族、妹・・・そう思ってもらえてて嬉しい。
「あれ・・・私にもお礼があるんじゃない?」
ステラさんがティムさんの頭を撫でた。
「オレも場を作ってやったはずだ。ありがとうだろ?」
お兄ちゃんも同じことをした。
二人とも優しいな。
「妹だけじゃなくて、お姉ちゃんとお兄ちゃんにも同じことをしてほしいなー」
「・・・うるせー。つーか・・・」
ティムさんは振り返って周りを見た。
「あれがティムの母ちゃんか・・・」「ずっと会ってなかった感じだよね。親不孝者だ」「なんか事情がある感じだったな」「あんな優しそうな母親がいて、なんでこいつはこんなんなんだ?」「いや待て、ティム様って呼んでたぞ」
みんなは邪魔が入らないようにずっと輪を作ってくれていた。
これも「ありがとう」が必要だ。
「いつまで見てんだ!さっさと散れ!」
うーん・・・素直にお礼は言えないみたい。
「何も勘繰んじゃねーぞ。お前らには関係ねーからな」
でも、みんなニコニコしてその場を離れていく。
戦っている時だけじゃなくて、普段のティムさんも好きなんだろうな。
◆
「シロから事情を聞きました。あたし・・・とても感動しています」
レインさんがティムさんに話しかけた。
・・・目が潤んでる。
「だからおめーは誰だよ・・・」
「レイン・ウッドストックです。ルージュとシロの友達ですよ」
「ティム、夜会にも招待したんだから仲良くしてね」
「わかったよ・・・」
シロとレインさんは静かに見守っていてくれた。
そういえば・・・一緒に遊んでたんだったな・・・。
「どっから来たんだ?」
「スワロです」
「あっそ」
「あーひどーい」
なんか、もう仲良しって感じ・・・。
「ティム、ジェイスとは会ったか?」
お兄ちゃんが真面目な声を出した。
どうなんだろ?
「いや、けど・・・予選でやる気はねーな」
「強いぞ」
「なら、なおさらだ・・・」
「頑張れよ」
お兄ちゃんとティムさんもやる気は無いみたい。やっぱり気になってる人とは本戦で・・・だよね。
見ていた人たちが離れたのは、二人は戦わないってわかってたからなんだろうな。
「そういえば・・・ルージュ、腕章はどうした?」
お兄ちゃんが私の腕を指さした。
・・・やっと気付いてくれたね。
「まさか・・・負けたのか?」
「違うよー。わたしは誰よりも先に予選を突破したんだよー」
「え・・・」
ふふ、驚いてる。
「わたしだって、やる時はやるんだよ」
「そうか・・・兄さんも負けてられないな」
「うん、頑張ってね」
「ありがとうルージュ」
お兄ちゃんはカッコよく立ち去った。
相手は拒めないんだからどんどん挑めばいいのに。
◆
「ルージュ、ハンナたちと会う時・・・お前とセレシュにも一緒にいてほしい」
ティムさんはわたしにだけ聞こえるように言ってくれた。
もちろん・・・。
「わかりました。セレシュにも伝えます」
「じゃあ、またな」
「はい、わたしもティムさんが勝ち上がるのを信じていますからね。本戦で待ってます」
「ふーん、俺を・・・待っててくれんのか・・・」
ティムさんは、わたしに背を向けて空を見上げた。
「お前との約束・・・破ったこと無かったな」
「え・・・一緒に走るって・・・」
「まだ破ってねーよ。・・・少し遊ぼうと思ったけど今日で決める」
ティムさんは振り返らずに駆け出した。
走り出した背中は、さっきのハンナさんと同じ幸福を纏っている。
もっと・・・もっとたくさんの人に愛を繋いであげたいな。
そうすれば、みんなが笑顔になってくれるもんね。




