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Our Story  作者: NeRix
気の章 第二部
355/481

第三百四十一話 打算【ステラ】

 ひと晩中ニルスの寝顔を見ていた。

たまにうつ伏せになって、苦しくなると顔だけ横を向く姿は可愛らしい。


 「ステラ・・・」

そして意識の無いまま、時々抱きしめてくれる。

ずっと続いてほしい時間だけど、そろそろ朝食の支度をしないといけない。


 「今日もおいしいのを作ってあげる」

私はニルスのおでこに唇を当てて部屋を出た。

 双子の姉妹たちはどうなったかな?

パンを窯に入れたら起こしに行ってみよう。



 「きのうの卵のパイはどうでしたか?」

「とてもおいしかったです。ありがとうございます」

「今日は・・・昨夜の余りですが、堅くなったパンを蒸かしてみました。それと、これも余りですがお菓子もお持ちください」

「いつもすみません・・・。では、配達中に食べさせていただきます」

階段を下りると、カゲロウと男の子の声が聞こえてきた。

 ああ・・・いつものか。

今日こそは・・・。



 「おはよ・・・あ・・・」

「おはようございます」

急いで外に出たけど、いたのはカゲロウだけだった。

今日も会えなかったか・・・。


 「もう行っちゃったのね」

「はい、ここだけではありませんから」

カゲロウが話していたのは、ミルク配達の男の子だ。

紬の月からこの辺りの担当になったみたいで、毎朝顔を合わせているうちに仲良くなったらしい。

 「どんな子か見たかったんだけどな・・・」

頑張り屋さんみたいだから、私も話してみたかった。

でも・・・いつもすぐいなくなるからまだ会えていない。


 「寝室を一階に変えればいいと思います」

「うーん・・・そこまでは考えてないよ」

「ステラ様が昨夜作った夜食のお菓子を渡しました」

「余ってたからいいのよ」

まあいい、その内会えるよね。

さーて、朝食の支度をしよう。



 「おはようございまーす」「おはようございます」

レインとスノウが同じように髪の毛を結んで炊事場に顔を出した。

・・・二人とも早起きね。


 「お部屋はどうだった?」

「文句なんかありませんよ。ベッドも運んでもらいましたし・・・」

二人はいつも一緒の部屋で寝てるって言ってたからそうしてあげた。

 「広いお部屋をありがとうございます」

「空いてるんだから気にしないで」

一階、食堂近くの広い部屋だ。

家具なんかは精霊の手織り袋に入れて運んだから別に大変でもなかったしね。


 「それと、お手伝いもさせていただきますね」

「そんなのいらないわ。お客様なんだから座ってていいのよ」

「私たちが落ち着かないんです。それに、ドリス様からも言いつけられていますので」

「そうなんだ・・・」

ドリスさんか・・・そういえばきのうは会えなかったな。


 「じゃあレインはカゲロウと一緒にこっちをお願い。スノウは私と一緒にテーブルを綺麗にして、お皿を並べましょうね」

「わかりました」「よろしくお願いします」

ちょうどよかったから二人を分けさせてもらった。

昨夜のこと・・・。


 『ニルスさんとジェイスさんのことは僕から伝えるので、目の前で見せつけるのはやめてください』

ノアは全部自分に任せてって言ってたからそうした。

 『どこが誰の部屋かは教えていないので大丈夫だと思います』

だから私とニルスは別々に談話室を出た。

そのあとどうなったのかは、まだわからない。



 「あの・・・ステラさんはニルスさんの恋人だったんですね」

テーブルを拭いていると、スノウが私の隣に並んだ。

 ノアはきのうの内に教えたのか。

・・・いつ?


 「あら、そういえばまだ話してなかったわね。ミランダに聞いたの?」

知らないふりで答えた。

ちょっと・・・いや、けっこう罪悪感が・・・。

 「ノアさんから聞きました・・・」

「ノアに?もしかして、みんなが寝たあとに彼の部屋にでも行ったの?」

「寝たあとなのは間違いないですけど、お庭のテーブルでお話ししました。その時です・・・」

呼び出したってことか。

全然気づかなかった・・・。


 「いつの間に誘われたの?それともスノウから?」

「ノアさんからです。お部屋に戻る時に・・・折りたたんだ手紙をそっと渡してくれました」

スノウはにっこりと笑った。

 「今日は夜風が気持ちいいから、眠れなかったら庭に出ておいでって・・・」

「へー・・・」

素敵なお誘いだ。

この子はそれをこっそり開けて、書いてある通りに庭に出たんだろうな。


 「レインが寝たのを確認して、そっと部屋を出たんです」

「ドキドキした?」

「みなさんが起きないかなって・・・」

本当に胸を押さえながらだったみたい。

 別に悪いことをしているわけではない。

でもそのバレちゃうかもっていうのが、とっても刺激的なのよね。


 「お庭のテーブルには、ノアさんが一人でいました。私に気付くと、しーって・・・」

スノウは指を唇に当てて、それを真似してくれた。

 夜、月明かり、風の音、二人きり・・・。

恋に恋してる女の子にはかなり響きそうだ。


 「そこで椅子を並べて、二人で使える大きなひざ掛けも用意してあって、いい匂いで・・・小さな声でお喋りしました。えっと・・・ジェイスさんにも好きな人がいるって聞きましたね」

「ああ・・・」

二人のことを一気に話したのね・・・。

 「恋の話でもしてたの?」

「ステラさんには言わないといけないことなんですが・・・」

スノウは炊事場の様子と談話室に続く扉を交互に見た。

誰かいたら困るってことか・・・。


 「いいわ。・・・カゲロウ、ちょっと果物を見にスノウと市場に行ってくるね」

「はい」

「いってらっしゃいませー」

「じゃあ、行きましょう」

スノウの手を取って、市場まで転移を使った。



 「わあ・・・すごい」

スノウは目の前の景色が一瞬で変わったことに驚いていた。

かわいい・・・。


 「人間では私しか使えないのよ」

「羨ましいです。この力があれば、好きな人の所にいつでも行けますね」

「そうだね。じゃあ、まずはお買い物をしましょう」

とりあえず果物は何かしら買っていかないといけない。

お話はそのあとにしよう。


 「あ・・・」

スノウが振り返った時、近くにいた女性にぶつかってしまった。

 「す、すみません・・・」

「いえ・・・こちらも・・・」

女性は怒らなかった。

 ただ驚いただけみたいだ。

それは・・・。


 「あ・・・目が・・・」

「お気になさらず・・・」

女性は目に布を巻いていた。

見えないのか・・・。

 「気にします・・・お身体は大丈夫ですか?」

「平気ですよ」

女性は身籠ってもいた。

わざとじゃなくても気を遣わないといけない。


 「ごめん、待たせたね」

男の人が近付いてきた。

 まあ、そうだよね。

一人で出歩いてるはずがない。


 「あ・・・妻がなにかご迷惑を・・・」

旦那さんだったみたいだ。

優しそうな人・・・。

 「いえ・・・私がぶつかってしまったので・・・申し訳ありませんでした」

スノウが丁寧に頭を下げた。

 「そうでしたか・・・。こちらも少し離れていたので、余計な気遣いをさせてしまいました」

旦那さんも同じように頭を下げた。

柔らかい雰囲気・・・奥さんは幸せね。


 「お詫びというわけではありませんが・・・私は本屋を営んでいます」

旦那さんが鞄から手の平くらいの紙を取り出した。

 「お持ちいただければ割引します」

「今度覗かせてもらいます」

「ぜひ」

お店も感じがいいんだろうな。


 「では、失礼します。・・・悪かった、これからはもっと壁に近い所で待っててもらうようにするよ」

「ううん・・・あなたは悪くない」

「君の目になるって約束しただろ?」

「なってくれてる・・・」

ああいうのいいな・・・。

 「珍しいお酒があったんだ。今夜一緒に飲もうか」

「はい」

「それと、君の好きな白葡萄があったよ。・・・口を開けてみて」

「・・・甘い」

二人は寄り添いながら市場の外へ歩き始めた。

 ・・・本当にいい旦那さんだ。

だから・・・ちょっと気になる。


 「ちょっと待ってください」

私は二人の背中に声をかけた。

出逢ってしまったから・・・。

 「・・・なにか?」

「私は医者の資格を持っています。奥様の目は・・・生まれつきですか?」

「・・・」「・・・」

二人の口元が引き締まった。

後天的なものなら・・・治してあげたい。


 「生まれつきではありません。そして、あなたが医者であろうと関係の無いことです」

「・・・私なら奥様の目を治せます。診せていただけませんか?」

「妻の目は治りません。特級の医者でも無理です」

旦那さんの声が冷たくなった。

なにこの人・・・ツキヨと感じが似てる。

 「私なら治せます」

「根拠がありません」

「・・・これでいかがですか?」

聖女証明を出した。

あんまりよくないけど・・・。


 「聖女・・・」

「偽物だと思うのであれば、一緒に王城へ行きましょう。自由に出入りをして見せます」

「・・・真実だとして、なぜ私たちに?」

「奥様に子どもの顔を見せてあげたいと思わないのですか?」

他に理由は無い。

旦那さんだって同じ思いのはずだ。


 「あの・・・私はこのままでいいです」

奥さんが不安そうな声を出した。

え・・・。

 「我が子・・・見たくないのですか?」

「私の目は、今手を引いてくれている人です。主人が見たものを伝えてくれる・・・私の幸せはこれ以上ありません」

奥さんの言葉に迷いは感じなかった。

じゃあ・・・何も言えない・・・。


 「そういうことです。私たちの間でしかわからないこともありますので・・・」

「・・・わかりました」

「聖女様から気にかけていただいた・・・今夜はこの話で盛り上がることができます。ありがとうございました」

「ありがとうございました」

二人はより体を寄せ合った。

仕方ないな・・・。

 「本屋さん・・・遊びに行きます。子どもが好きそうな絵本、いくつか欲しいと思っていました」

「では、ご用意しておきましょう。失礼します・・・ほら、もうひと粒」

「ん・・・帰るまでに食べきっちゃうかも」

「それなら明日も買いに来よう」

愛し合っている者同士・・・たしかに、二人だけにしかわからないこともある。


 「ああいうのいいよね?」

スノウに振り返った。

おんなじこと思ってそう。

 「はい、どうなっても愛してくれる・・・変わらぬ想い・・・憧れます」

「いいものが見れたね。じゃあ、お買い物しちゃおうか」

「そうですね」 

二人はあのままで幸せそうだ。

きっと生まれてくる子どもも・・・。



 「たくさん買っちゃったわね。余ったらジャムにしましょ」

目的のものは手に入った。

これを理由に出てきたわけだしね。


 「オーゼの鞄があると楽ですね」

色とりどりの果実はすべて精霊の手織り袋に詰め込んだ。

 「これはニルスのなの。お買い物の時は勝手に借りちゃってるんだよ」

「あ・・・あの、お話・・・」

スノウは今まで忘れてたみたいだ。

急に市場の喧騒に紛れ込んだせいかな。



 帰りは近くまで飛んで、少しだけ歩くことにした。

ハリスが来て、ミランダが起き出す頃には戻れるはず。


 「ふーん、ニルスのこと好きになっちゃったんだ?」

「はい・・・すみません・・・」

スノウは俯きながら話してくれた。

私に遠慮はあるみたいだけど、恐いっては思われていないみたい。

 「謝ることないわ。誰をどう思うかはその人の自由よ」

「実は・・・ニルスさんだけじゃないんです。ジェイスさんとノアさんも・・・」

「ああ・・・そういえばきのうは、お兄さんたちに囲まれて楽しそうだったわね」

「はい・・・。とっても幸せでした」

憧れのお兄さんたちをひとり占めできたんだから、そりゃそうよね。


 「私・・・年上で余裕のある人を好きになるんです」

「今まで好きになった人は何人くらいいるの?」

「えっと・・・。ニルスさんたちを除くと八人ですね。・・・みんな相手がいたり、いつの間にか恋人を作っていました。ダリス様も・・・その内の一人です」

スノウは色っぽい溜め息をついた。

最初から相手がいた人は別にしても、他は想いを伝えれば違っていたかもしれない。


 「スノウは、気持ちを伝えたことはあるの?」

無いのはもう知ってるけど、反応が見たくて聞いてみた。

 「いえ・・・ありません」

スノウは両手で胸を押さえた。

切なくて、でもそうなる自分もちょっと好きで・・・って感じか。


 「そうなんだ。伝えればいいのに」

「でも断られたらって考えてしまいます。どれくらい傷付くのかな・・・とか、相手との関係もぎこちなくなっちゃうだろうな・・・とか」

「たしかに今までと変わっちゃうって考えると恐いよね」

「はい・・・」

傷付かずに済むならその方がいいのはたしかだ。

 だからこの子は、愛想よくして少しずつ近付いていく。

相手が自分を好きになってくれるように・・・。


 「でも相手からすると、私はただの子ども・・・。そういう扱いしかされないんですよね」

この子もそれは感じていたみたいだ。

ずっと年上のお兄さんからしてみたら、懐いてくる猫ってところなのかな?

 「そんなに心配しなくていいと思うよ。それはこれから変わっていくと思う」

「本当ですか?」

自分のことを考えていないのね。

・・・教えてあげよう。


 「あなたも大人になるんだから、周りの女性と対等に扱われるようになってくるわ」

「あ・・・」

スノウははっとした顔で自分の胸とお尻の線をなぞった。

やっぱり気付いてなかったんだ・・・。


 「だから心配いらないわ。あなたは綺麗で、愛想もいいしね」

「あ、ありがとうございます」

自信を持ってくれたみたいだ。

あとは・・・どうすればいいんだろ?


 「あの・・・実はノアさんからも同じようなことを言われたんです」

スノウはなにか話したいことがあるみたい。

 「ノアが?」

私から言うことは特にもう無いし、ここは聞いてあげよう。

 

 「恐がらずに、好きになった人には想いを伝えた方がいいよって」

「そうね。セレシュなんか五歳の時に伝えていたのよ」

「セレシュが・・・」

ああ・・・思い出すな・・・。


 『ふふ、そしたらね・・・シリウスが、あなたのことだけを考える魔法の言葉を教えてあげる・・・』

あとから聞いたけど、私が教えた言葉をそのまま口にしたって言ってた。

 『毎晩・・・練習してたんです』

子どもながらに「逃がしてはいけない」って思ったのかな。


 「私・・・それでも恐いって言ったんです」

「あ・・・うん」

昔を思い出してしまったけど、今はこの子の話だった。

 「そしたら・・・」

「そしたら?」

「えっと・・・あの・・・恐がらなくていいよって・・・」

「ふふ、たぶんそれだけじゃないよね?」

「・・・はい」

スノウの顔がどんどん色付いていく。

この子の背中を優しく押してくれるような言葉だったんだろうな。


 「全部ダメだったら・・・僕がいるから・・・安心していいよって・・・」

スノウは息を切らしていた。

さすがミランダの部下、いいこと言うわね。

 「それで・・・ちょっと楽に考えられるようになったんです。ノアさんがいるなら、やってみてもいいかなって・・・」

ノアはこの子にとっての命綱になってあげた。

いや、傷付かないように守る盾でもあるのかな。


 ただ・・・ちょっとずるい。

スノウはかわいい。好きになった人みんなに当たっていけば、誰かは必ず手を取ってくれるはずだ。

自分を一番最後に置けば、僕は大丈夫・・・そんな考えが透けて見える。


 「ノアさんは、恋人がいないって言ってたんです。つまり、僕がいるからって言葉は・・・」

だけど、そういう打算的な考えは危険だ。

 「ニルスさんとジェイスさんも魅力的ですけど・・・」

スノウの想い人の中で、一番心を震わせたのは・・・。


 「私を想ってくれているのなら・・・待たせちゃダメかなって・・・」

ノア、あなたは背中を押しただけって思ってるかもしれないけど・・・。

 「私決めたんです。テーゼを離れる前に、ノアさんに想いを伝えてみます!」

抱き寄せてしまったみたいよ。

どうでもいい話 26


今回出てきた夫婦は、229話でテッドが話してくれた二人です。

物語に絡ませないただのフレーバーのつもりでしたが、その後を書いてもいいかなと思ったので登場させました。

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