第三百二十七話 式典【ミランダ】
夜明けにはまだ遠い時間、闘技場が完成した。
石造り、ところどころに水晶での装飾・・・いい感じじゃん。
観客席も全部埋まってほしい・・・いや、そうするんだ。
もっともっと人が集まる宣伝をしないとね。
◆
「よーし、中の確認よ。ジナス、ちょっとでも違ったら作り直しだからね」
「・・・だとしたら図面が悪い」
ジナスが不気味な顔で笑った。
ふふ、この感じだと自信ありってことね。
「大きいな・・・かっこいい」
「美しいわね。細部にまで綺麗な模様が彫られてて素敵」
ニルスとステラが門を見上げて溜め息をついた。
これからは入場料を取るけど、今回は特別だ。
「本当に街が潤いそうだな。これをひと目見るため、祭りの時期でなくとも観光客が増えそうだ」
「はい、闘技場ではなく芸術品と呼べる美しさです」
「清掃や維持管理は徹底しましょう。テーゼの新たな象徴です。闘技大会だけでなく、様々な催しにも使えますね」
王様たちも大満足って顔をした。
けど・・・まだ中も見ないでそんなこと言われても困る。
◆
「王様、悪いんだけど一番最初に設計士たちを中に入れてほしい」
門を抜けて、入り口の前でみんなを止めた。
そうしてあげたい。
「ミランダ・・・俺たちは王のあとでいいよ・・・」
ライズが顔を強張らせた。
・・・いいわけないじゃん。
「ダメだよ。これは譲れない」
「はっはっは、私はそこまでひどい男ではないぞ。先に入る権利はそなたたちにある」
王様が一歩下がると、合わせてニルスとステラ、ハリスも身を引いてくれた。
「さあ、扉を開けなさい。あんたたちが入んないと、あたしたちずっと待ってることになるんだからね」
「・・・感謝するぜ」
ライズが扉に手を当て、おもいきり押した。
「すげー・・・あ・・・おいお前ら興奮すんなよ。全員図面持ってるな?楽しむのは全部確認したあとだ」
「はい!」「早く行きましょう!」「売店区画の天井を見せろ!」
設計士たちが中に駆け込んでいく。
ふふ、みんないい顔だ。
「じゃあ、あたしたちも行ってみよー。まず、これ見取り図ね」
「オレは戦う場所が見たい」
「私はスウェード家用の観戦室と出入口が見たいな」
「じゃあ先にそこを確認しよう」
ニルスとステラが見取り図を手に奥へ歩いて行った。
「王、我々は一通り見学させていただきましょう」
「そうだな。ふふ、ここまで心が躍るのは戦場が終わってから無かった」
王様たちも浮足立ってる。
あたしも興奮してくるな・・・。
◆
「うん、ここからなら他の観戦客に会わずに行けるわね」
ステラたちと一緒に秘密の入り口を確認した。
スウェード家の子どもたちのための場所、ちゃんと注文通りにできている。
「・・・やっぱり男がいると厳しいんだね」
「そうね。まだ・・・傷は癒えていないはず。とても長い時間がかかるの」
心が痛む話ではあるけど、大会を笑顔で楽しむくらいはいいよね。
・・・そういやティムはお兄ちゃんってことになるけど、家族は平気なのかな?
◆
「広い部屋ね。ここで泊まってもよさそう」
スウェード家の観戦室も見に来た。
本当に広い、たしかここはライズの設計だ。
「へー、よく見える。・・・あいつら二人で何やってんだろ?」
「悪だくみじゃない?」
「他に無いか・・・」
闘士たちが戦う盤上では、ジナスとハリスが二人でたたずんでいた。
・・・うん、高い所に作ったから下の闘技場もちゃんと見える。
「観客席の方は屋根が無いのね」
「基本はね。でも東側と西側に仕掛けがあって、それ動かすと塞げるようになってる・・・はず」
「天気が悪くても問題ないってことか」
上も問題無しだ。
「こっちの扉から観客席のほうにも行けるみたいだよ」
「繋げないとティアナの移動が大変だと思ったの」
「なるほど、たしかにいちいち裏口から回り込んでられないな」
ティアナか・・・。たぶんティムには勝てないよね?
家長の剣、返すのかな?
◆
「けっこう高いな。変な落ち方したらケガしそう・・・」
「なかなかいいだろニルス?訓練場の方よりも広く頑強だ」
スウェード家の部屋を出て、ジナスたちの所に来た。
闘技盤も言うこと無しだ。
「頑強ね・・・」
「ちょうどいい、踏み込んでみろ」
「お前の言いなりにはなりたくないけど・・・試してやるよ」
闘技場にニルスの大きな踏み込みが響いた。
・・・観客がいてもかき消されなさそう。
「ふーん・・・たしかに」
「当然だ、お前ごときでは壊せん」
「・・・」
ニルスが真顔になった。
悔しいのか・・・。
「・・・この石はかなり密度が高いようです。ニルス様にも限界があるでしょう」
ハリスも煽った。
「・・・今のが全力だと思うか?」
ニルスは大きく息を吸った。
さすがにこの石は無理じゃないかな。
「泣くなよジナス・・・」
さっきの何倍も大きな音が響いた。
「なんだ・・・オレごときで壊れるのか」
ニルスの足元が砕けている。
すご・・・できるんだ・・・。
「困るぞジナス、手を抜い・・・」
ニルスの体が吹き飛んで観客席に突っ込み、椅子がいくつか壊れた。
調子に乗り過ぎたか・・・。
「ジナス・・・何をしているの・・・」
ステラが無表情で指先から小さな火を出した。
やば・・・あれだけなのに、ここの温度が一気に上がってる・・・。
「ミランダ様・・・距離を取りますよ」
ハリスがあたしの腕を引っ張った。
あ・・・服から煙出てる・・・。
「・・・客席の強度を確かめただけだ」
「私もあなたごと試してみたいわ」
「お前のぬるい炎で私は焼けん。それに手は抜いた・・・見ろ、動いたぞ」
ジナスの指の向こうでニルスが立ち上がっていた。
自分で治癒をかけてるみたいね。
「無事だな。あいつの強さ・・・私は信用し、お前は疑った」
「・・・私、本当にあなた嫌い」
「気が合うな。私もお前は好かない」
「・・・」
ステラは指先の炎を消した。
お互い恋敵みたいに思ってるってとこなんだろうな。
◆
「暴れてんじゃねーよ!この椅子どうすんだ!!」
ライズの怒鳴り声が聞こえた。
「ああ・・・僕が設計したのに・・・」「そういうつもりで来たんですか?」「風神って性格悪いんだな・・・」
設計士たちがニルスを囲んでいる。
みんなは音が聞こえてから入ってきた。
まあ・・・そう思われても仕方ないよね。
「す、すみません。あの・・・違うんです」
「ん・・・あー!!!闘技盤が割れてんじゃね―か!!」
「あ、あの・・・オレは・・・」
「てめーか・・・」
あれは面白いから助けたくないな・・・。
「ジナス・・・早く直しなさい」
ステラだけは違うみたいだけど。
「・・・心配するなよ」
にやけたジナスが指を立てると、壊れた所があっという間に元に戻った。
おお、これならなんの問題も無いな。
「密度も上げた・・・。あの程度ではもう壊れない」
相当悔しかったのか・・・。
◆
「大丈夫かニルス?はしゃぎすぎるとこうなるのだ」
「・・・」
ニルスがふてくされた顔で戻ってきた。
「直してやったんだが・・・礼をまだ聞けていないな。アリシアとケルトに教わらなかったか?」
「・・・タスカッタヨ、アリガトウ」
「ふふ・・・私とお前の仲だ。礼なんてやめろよ」
「・・・」
面倒な奴・・・。
ジナスの煽りには乗らないのが正解ってことね。
◆
「ジナス、償いの一つであれば感謝は言わない」
王様たちも合流した。
顔は喜んでるけど、ジナスを褒めるような感情は無さそうだ。
「いらん。見学が終わったのならさっさと帰れ」
「城へ送ってもらおうか。償いがこれで済むと思うな」
王様は堂々と言ってのけた。
あたしと同じで、使えるものは使うって考えか。
「この程度で償いとは・・・。甘い王だな」
「早くしてもらおうか。少し休みたいのだ」
「ああ、早く帰れ」
ジナスは素直に従うみたいだ。
煽りはするけど、ややこしくする気は無いってことね。
こいつも少しは考えてるんだな。
◆
「これ以上の出来はない。全員納得している」
設計士たちが戻ってきた。
みんな満足した顔だ。
もうじき夜が明ける。
早起きの人なんかが異変に気付いて、騒ぎが起こるだろうな。
「そろそろ街の掲示板すべてに張り出されます。王も休息を取っているようなので、私たちもそうしましょう」
ハリスに肩を叩かれた。
今日の正午に完成の式典をやる・・・。
なんでも早い方がいい。
会議も無いし、ちょっと寝かせてもらおう。
「俺たちも一度帰る。・・・全員遅れんなよ。それと正装で来い」
「そうよ。寝過ごしたら設計者から名前外すからね」
もちろんそこまでする気はないけど、それくらい重要ってことだ。
「・・・お前一人では無理だが、私の補助があれば可能だ」
「必要になったらやってくれ」
「いいだろう。ステラ・・・これもお前ではできないことだな。さぞ悔しいだろ?」
「利用されただけなのに浮かれないで。あなたならって教えたのは私なのよ?」
なんか後ろでまたやり合ってる感じがする・・・。
ニルスがジナスのとこに行くなんてありえないんだから、そんなにムキになることないのに・・・。
◆
あたしたちも一旦帰ってきた。
ねむい・・・。
「あれ・・・そういやリラには言ってきたの?」
寝ようと思ったけど、変な疑問が浮かんできた。
ハリスとひと晩中一緒にいたけど、これはかなり珍しいことだ。
設計士の面談の時は、リラも差し入れ持って来てくれたからな・・・。
「伝えていますよ。リラさんとチル様もテーゼにいます」
「そうなの?」
「アリシア様に預けました。騒がしくなると喜んでいましたよ」
ああなるほど・・・向こうも帰ってないから問題ないってことね。
じゃあ・・・寝よ・・・。
◆
「ほらミランダ起きなさい。あなたは先に出ないとダメでしょ」
ステラの声が聞こえた。
体・・・揺らされてる・・・。
おっぱい触ってるのは・・・たぶんわざとだ。
「うう・・・眠い・・・」
「ハリスはとっくに起きてるよ。早くしないと置いてかれちゃうかも」
「やだ・・・」
ふわふわしてる体をなんとか起こした。
走りたくない・・・。
「よくできました。帰ってから市場に行ってきたんだけど、もうお祭り騒ぎだったのよ。これはおまけしてくれたの」
あたしの口にりんごが入れられた。
ああ・・・しゃりしゃりで蜜がたくさん入ってる。
「おいしい・・・」
なんか・・・思い出す。
『仲間だから半分こ、分かち合いだよ』
『仲間・・・うん、ありがとう』
ニルスとの初めての朝、りんごを二つに分けて食べたな・・・。
あれはここまで甘くなかったけど、とってもおいしく感じた。
「はい、ステラも食べて」
りんごの一切れをステラの口に入れてあげた。
「分かち合いだよ」
「ふふ、ありがとうミランダ」
優しい気持ちで起きられたな。
よし、着替えて化粧するか!
◆
闘技場前に着くと、運営と主役たちが待っていてくれた。
みんなビシッとした格好だ。
「あっちはもう人が並んでる。勝手に屋台まで出てる始末だ」
「まあ明日からは入場料を取ります。今日くらいは大目に見てあげましょう」
「整列に騎士まで駆り出されてる。当日までに順路を作った方がいいな」
「そうですね。次の会議で決めましょう」
影で移動してきたから並んでる様子は見れてない。
ただ、ここまで聞こえるざわめきで簡単に想像がつく。
「なんにしても、あんたたちを称えに来てんのよ。明日から仕事の依頼が増えるね」
「へっへっへ、その前に今日は飲もうぜ」
「いいね・・・それいいねー!」
「浮かれていないで早く入りますよ」
どんどん楽しくなってくる。
でもまだ途中・・・これよりもっと盛り上がるお祭りにしてやろう。
◆
「・・・おそらく、仕事を投げ出してきた者もいるだろう」
王様が闘技盤の真ん中で話し始めた。
あたしたちは紹介まで闘士の入場口で待機だ。
「まだ空いている席が目立つが、当日はすべて埋まるだろう。毎度のことだが、席が足りないと苦情が来ていた。対応が遅くなり申し訳ない」
大きな歓声と拍手が起こった。
今回その苦情はかなり減るはず、見たい奴は全員入れてあげたい。
「ひと晩で完成したのは、精霊が力を貸してくれたからだ。人前にはあまり姿を見せないが、そなたたちも感謝してほしい」
まあ「全人類の仇」とか言えるはずないし、あれでいいか。
「おい、出る順番どうする?」
「ライズさんが責任者なんだから先に行ってください」
「いやだ・・・。行くなら最後がいい。噛みしめながら・・・」
「そんなの通りません」
設計士たちは仲良く背中を押し合っている。
誰が最初でもちゃんと全員出てきてくれればそれでいい。
「ではこれから、称えるべき者たちを紹介しよう。まずは、みなも知っている人間だ」
きた・・・最初はあたし・・・。
「ハリス、本当にあんたはいいの?」
「はい、動きにくくなるので顔は売りません」
「ちやほやされんのも悪くないよ」
「くどいですね。早く出てください」
ハリスが背中を押してくれた。
ひねくれ者め・・・。
◆
「英雄ミランダだ!!」「酔ったら抱かせてくれるらしいぞ」「男の精気を吸い取る魔女だって聞いたことある」「だからいっつも胸揺らして歩いてたのか・・・」
あたしが出ると、男たちの声が大きくなった。
とんでもない噂が流れてる。
有名人は辛いわね・・・。
「自己紹介は・・・いらないみたいね」
「頼むぞミランダ、私は下がる」
王様はあたしと入れ替わりで闘士の入場口に戻っていった。
じゃあ好きにしていいってことね・・・。
「今回はあたしも運営に関わってる。王から観光客を呼べるだけ呼べって言われたの!」
なんか・・・みんなに見られてるのって気持ちいいな。
「だからこの闘技場を作った。精霊はあたしが頼んだら、ぜひやらせてくれって言ってたわ」
気持ちが昂ってきた。
この空気に酔う前に、言っておかなきゃならないことがいくつかある。
「今回の闘技大会は、三日かけてやることになった。みんな知ってると思うけど、優勝者には闘神の称号が与えられるの!」
歓声が全部あたしに当たる・・・。
「そして、祭りの十日前には予選を開催する!戦士の街に相応しいものを用意した!今話せるのはここまで、楽しみにしてなさい!!」
まだどうやるのかは明かせないけど、これくらいはいいよね。
「じゃあそろそろ、この闘技場を設計した奴らを紹介するね。みんなで称えてやってちょうだい!!」
あいつらにも早くこの空気を味わってもらおう。
あと決めなきゃいけないことはどのくらいあったかな・・・。
まあいいや、今日はこれが終わったら酒場に集合だ。
みんながいるから、きっと全部うまくいくよね。




