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Our Story  作者: NeRix
気の章 第二部
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第三百二十六話 目的【ハリス】

 そろそろ闘技場の図面ができる頃だ。

いきなりそんなものが現れたら人々は皆驚くだろう。


 すべてがうまくいっている。

・・・このまま、魔女が笑顔でいられるようにしていこう。



 「水晶は嫌だな、石造りでいいだろう」

アリシア様が眉間に皺を寄せた。

 「そうですか、あなたが仰るのであれば間違いないでしょう」

「頑丈にしてほしい。ニルスが踏み込んでも割れないようにだ」

「強度は伝えておきます」

闘技場の建材に何を使うか・・・雷神の意見なら間違いないだろう。

 設計士たちには「材質を考えずに大胆な設計で」とミランダ様が依頼した。結局ジナス様が作るのだからすべて問題無い。


 「・・・では、失礼いたします」

「・・・いつもすぐにいなくなるな。今度はゆっくりしていってくれ。・・・ケルトの話を聞きたい」

アリシア様は切ない顔をした。

彼と交流のあった者は少ない、その中で一番長いのは私だろう。

 「では一つだけ教えてあげましょう。彼は意外と怠け者です。仕事は溜める・・・片付けも途中で投げ出す」

「たしかに掃除は半端だったが・・・私にはそこまで怠け者には見えなかったぞ」

「あなたと結ばれてからは、ほんの少し変わりましたね。恰好つけたかったのでしょう」

「・・・そうか。ありがとう」

ケルト様の話はいくらでもあるが、アリシア様が喜ぶのはこういったものでしょうね。


 「もっと・・・聞きたい。次はいつ来る?」

「・・・忙しいのです」

「なにか恩返しもしたいんだ。私にできるのはもてなすことくらいだが・・・」

「あなたこそ私の恩人ですよ。呪われていただいてありがとうございます」

「・・・そろそろやめろ」

雷神が剣に手をかけた。

会う度に伝えていたが、近い内本気で怒りそうだ。


 「・・・いいでしょう。激しい痛みは勘弁願いたいのでもう口にしません」

女神の娘であり、ステラ様の妹・・・。

これ以上刺激するのはやめておこう。



 忙しくても、こなさなければならないものもある。

本日は「素敵なお姉さんの日」だ。

フラニー様とミント様をテーゼに運ばなければならない。


 「ねえハリス、バニラに生地を届けたいの。今日も寄ってもらっていい?」

フラニー様はたくさんの荷物を持っていた。

おそらくモナコ様のドレスに使うものだ。

 「承知しました。精霊の城を経由しましょう」

「助かるわ。ミント、忘れ物は無い?」

「お父さんを忘れてる!」

ミント様が元気よく叫んだ。

外は大雪・・・今日も無理だろう。


 「お父さんはお仕事があるの。でもお姉ちゃんへのお手紙は預かってるから、気持ちだけ連れてこうね」

「まだ一回しか一緒に行ってない・・・」

「お祭りは一緒よ。もうすぐだから楽しみにしててね」

「うん・・・」

せっかく出かけるのだから両親とがいいのだろう。

 キビナの雪降ろしは、稼ぎがいいかわりに夏以外は家族との時間が少なくなる。

フラニー様も割と稼いでいるのだから、やめてそっちを手伝ってもいい気はするが・・・。



 「これだけあれば作れるわね?」

「うん・・・ありがとうお母さん」

バニラ様が生地の手触りを確かめた。

キビナでもいい物は手に入る。


 「ミントもよく来たねー」

「お姉ちゃん、髪の毛結んで」

「いいよ。お母さん、ちょっと待っててね」

姉妹もたまにしか会えないが仲はいい。

楽しいことが多いからあまり気にしないのだろう。


 「時間がかかっても大丈夫よ。・・・ちょっとお母さんはモナコと話したいから」

「え・・・お母さん具合悪いの?それともお父さん?」

「そ、そういうのじゃないから心配しないで。とにかく、ここにいなさいね」

フラニー様が焦った様子で部屋を飛び出した。

気になる・・・。



 「失神したのなんて久しぶりだったよ・・・」

「あはは、よかったな」

影の中から会話を聞かせてもらうことにした。

娘に言えない秘密・・・握っておけばなにかに使えるかもしれない。


 「よくない、ちょっと強すぎるわ。その間もされてたみたいで、目が覚めたらベッドがびちゃびちゃだったのよ。ミントが起きてたらって思うとぞっとする」

「じゃあ旦那もほとんど意識は無かったってことだな」

「次の日げっそりしてたの。さすがに仕事は休ませたけど・・・」

なるほど・・・危ない薬を使ったのか。

 フラニー様は何度か連れて来ていて、モナコ様とも面識がある。

おそらく「旦那の元気が無い」とでも相談したのだ。


 「とりあえずもっと希釈するしかねーな。グラス一杯にあの薬は・・・三、四滴で試してみろ」

「わかった、やってみる」

「あと・・・旦那が仕事で疲れてる時は休ませてやれ。ていうか休みの前の晩にしろ」

「・・・うん」

ノックス様は薬のことを知っているのだろうか?

 「それと・・・何度も言うけど、旦那以外には使うなよ?様子がおかしかったら吐かせる。もしやってたら殺すからな?」

「使わないって・・・」

まあ・・・私には関係の無いことだ。

今の話は、まだ私の中だけで秘めておこう・・・。



 「次に溶いた卵とお砂糖を入れてかき混ぜます」

エリィ様が子どもたちに手本を見せた。

 今日は料理の日、甘い焼き菓子を作るらしい。

たしかにまだ刃物は危ない、これくらいならケガも無いだろう。


 「・・・ボイジャーさん、お砂糖を入れすぎです」

「甘い方がおいしいもん」

「それにしても入れすぎです」

チル様は砂糖をこれでもかと入れている。

 「お父さんも甘い方がいい?」

「普通のでいいかな。ミントちゃんのお父さんは甘いの好き?」

「お父さんはなんでも食べるよ」

できあがったものはあとで親に渡すらしい。

・・・もう出るか。


 「エリィ様、お姉さんたちをお願いしますね」

「はい、ハリスさんもお仕事頑張ってください」

「それと・・・チル様のお菓子、あれはリラさんかシロ様に渡すように言ってください。私が食べたら胸やけで動けなくなります」

「あ・・・はい・・・」

これでいい。

さすがにあれは無理だ・・・。



 「ミントちゃんのおかげね。もうおっぱいおっぱい言わなくなったのよ」

「でしょ?同い年の子はしてないってわかれば恥ずかしくてしなくなるのよ」

「なるほど・・・乳離れって大変な時もあるんですね」

お母様方の部屋に入った。

さて・・・どうするか。


 「・・・で、前に言ってたお薬どうだったんですか?」

「恥ずかしいんだけど・・・若い時よりもすごかったの。私途中で気を失っちゃって・・・」

「そんなに?・・・あたしも欲しいかも」

・・・少し品の無い話をしているようだ。


 影から出るべきでは無い気がする。

リラさんにも挨拶をして出ようと思ったが、あの話に入っていいものか・・・。


 「グレンも最近疲れやすくなってるみたいなのよね。ちょっと今日は・・・なんて言うのよ。若い時は、ベッドに入ったらすぐ擦り付けてきてたのに・・・」

「ああ・・・うちもそんな時期があった。暗くなると、何も言わずに私の手を掴んで・・・いつの間にか無くなっちゃって。・・・リラが羨ましい、ハリスなんか毎晩元気なんじゃない?」

「えへへ・・・そんなことは・・・」

ダメだ・・・出れない。

リラさんは余計なことを言わないと思うが、ひと段落着くまでは聞かせてもらおう。


 「でも、そういうのをハリスが飲んだらどうなるかは気になりますね」

「あ・・・そしたらあたしと一緒に作ってもらいに行こうよ。ハリスが近くにいたら頼みづらいでしょ?」

「う・・・たしかに」

リラさん・・・フラニー様と同じようになにも明かさずに使うということですか?


 「・・・作ってはもらいますけど、相談してから使おうと思います」

リラさん・・・。

 「たまには襲われるのも刺激的よ?」

「へ・・・」

「そうそう、押し倒されるのって意外といいのよ」

「う・・・」

人を惑わせる魔女はどこにでもいるようだ。

ニコル様に頼んで、打ち消す薬を作っておいてもらおう・・・。


 「ノックスがダメってわけじゃないんだけど・・・」

「なに?」

「もっと若い子・・・例えば、ニルスなんかに飲ませたらどうなるんだろうって。初めて見た時から思ってたけど・・・いい男よね」

「ちょ、ちょっとダメよそんなこと!ニルスは・・・あたしのなんだから!」

ルル様はなにを言っているのだろう・・・。


 「む・・・」

ベルの音が聞こえた。

挨拶は・・・必要無いか。



 「おそーい、ベル鳴らしたらすぐに来てよ」

ミランダ様は胸を揺らしながら地団太を踏んでいた。

魔女はいつもこうだ。母親も・・・。


 「私の力は転移ではありません。少しくらい待ってください」

「図面、取りに行くよ」

「できましたか」

「しゅっぱーつ」

許せるのは明るさがあるからだ。

それに、腕に押し付けられた胸も心地いい・・・。



 「・・・で、全員で折り合いを付けてこうなった。どうだ?」

大きなテーブルに図面と完成予想の絵が広げられた。

・・・細部までこだわったようだ。


 「やるじゃんライズくーん。あたしとおんなじ赤毛だし、期待してたんだよ。みんなもありがとね」

「全員いい刺激になった。こだわり、誇り、勉強になったよ」

設計士は募った者たちから十名に絞っていた。

テーゼ在住、経験年数は問わず、そして・・・。


 『一番欲しいのは、闘技大会を盛り上げたいって気持ちなんだよね。だから、心から協力したいって意気込みだけ見せて』

ミランダ様が重視したのはそれだけだった。

一昼夜もかけて百名以上の話を聞き、そこから選ばれた者たちだ。


 「やっぱあんたに任してよかったわ。ちゃんとまとめてくれたみたいだし」

「口論は何度もあった。一番揉めたのは階段の意匠だな」

ミランダ様と同じ赤毛というだけで責任者となった男が口元を持ち上げた。

彼だけは少し違う。


 『正直、盛り上がるかどうかはどうでもいい。俺は名前を売りたいんだ』

『あっそ、じゃあ任せらんない・・・って言いたいとこだけど、残ってたってことはなんかあんだよね?全部話してみ』

『一言だ、俺が入れば盛り上がる。・・・黙って俺を選べ』

『・・・いいじゃん』

他の方たちが少し媚びたようなことを言う中で、ただ一人本音で勝負をしてきた。

魔女の心を震わせ、本当にその場で席を勝ち取ったのだ。


 「私・・・旦那いるのに何度も誘われたんですけど・・・」「僕はぶん殴るぞって言われましたね」「つーか休憩時間は女の話しかしねーぞ」

性格も似たようなもの、それでも他の設計士たちとは仲良くできていたように見える。


 「ヤバい精霊に頼んでひと晩でできるけど、その時はあんたたちも一緒にいなよ」

「当然だ。全員で確認したい」

いよいよか・・・。

 「おーし、じゃあ今夜ね。深夜の鐘が鳴るまでに集合!」

「まだ予定地見たことね―んだけど、行きゃわかるか?」

「うん、南区から平原に出て。目印も用意しとくから」

「仕切りは勝手に越えて来てください」

次はジナス様のところですね。



 「どう思った?」

「・・・お前の言った意味がわかった。これで立ち上がってきたら誰だってこえーよ」

「ああ、初めての恐怖だった」

洗い場に着くと、ジナス様とティム様が語らっていた。

ずっと戦っているかと思っていたが、こういう時間もあるようだ。


 「なになに、二人でなんの話してたの?」

「・・・ニルスがここで戦った時の話だ。記憶を貰った」

「修行はどうしたのよ」

「休憩中だよ・・・」

食事と共にあの血だらけのニルス様を・・・私はしたくない。


 「ミランダ、わざわざ出向いたということは図面ができたんだな?」

「うん、今夜」

「・・・見せろ」

ジナス様が妖しく笑った。

 慣れないものですね・・・。

後ろから刃物を突き付けられているような気分になる。

 

 ◆


 「・・・一つだけ私の意見を取り入れろ」

ジナス様が図面のすべてを確認し終わった。

気に入らない意匠があったのだろうか。


 「命令?今から直せって言われたら今日は無理になるよ」

「こっちの話ではない。・・・盤上から下りたら負け、これをやめろ」

設計の話ではないようだ。

大会を楽しむために意見を出したいらしい。

 「え・・・本戦か。なんでよ?」

「興覚めするのだ。下りれば終わり・・・逃げで使う者もいるだろう。そんなもの認めん、だから戦場も逃げ場を塞いでいたのだ。ニルスの乱入も気に入らなかった・・・心底気分を害したからな」

言っていることはわかる。

それに、そうしても問題は無いだろう。


 「ミランダ様、受けましょう」

「ちょっと・・・まだ考えてんだけど」

「本戦に上がる三十二名、自分から負けを認めるような者がいるでしょうか?」

闘神の称号を狙う者たちが、そんな弱腰のはずが無い。

まあ・・・ルージュ様が本戦に出るのならば許すが・・・。


 「言われてみれば・・・。わかった、今回だけそうしてあげる。けど、実力差がありすぎる時に負けを認めるのは許してよね?」

「いいだろう。拮抗した戦いを期待している」

「じゃあ夜に来てね。約束だよ」

「いいだろう。ティム、お前も来るか?」

「寝るから行かねー」

やっとひと息つけそうですね・・・。



 街明かりが消えていき、星たちの瞬きが美しい夜。

顔を撫でる風はなんとなくぬるく、春が近いことを感じさせてくれる。


 「・・・いい夜だ。ここも見つけやすかったぜ」

集合場所には大きなかがり火を用意した。

すでに平原の建設予定地には仕切りが用意され、関係者以外は踏み込めなくしてある。


 「図面は見たが、お前たちの思いも知っておきたい」

ジナス様は設計士たちの体に触れていった。

 ・・・そこまで汲んでくれるのか。

よっぽど楽しみなようだ。



 「ふふ・・・」

「なんだよ・・・」

ジナス様は、ライズ様に触れた途端笑い出した。

・・・不気味だ。


 「・・・巡り合わせだな」

「は?精霊に知り合いはいねーぞ」

「ふ・・・小悪党が続けられなくなり、真面目に働き出してよかったな。そんなに恐かったのか?」

「なんだお前・・・」

ライズ様の過去を見たのか。

 たしかに忙しすぎて、どういう人間なのかは調べていなかった。

いや・・・そこまで近しい関係になりたいわけではないので、どうでもよかったのかもしれない。



 「お待たせー、ニルスも連れてきたんだー」

王を待っていると、先にステラ様が現れた。

・・・ニルス様は特に必要無いがどうするか。


 「ごめんミランダ、見せられないなら戻るよ。・・・嫌な奴もいるしな」

「いや、これはいいよ。どうせ明日にはみんなにバレるし、見学はお金取ろうと思ってるから」

「私はお前がいてくれればやる気が出るぞ」

「そう・・・」

ニルス様はジナス様と同じ場所にいたくないようだ。

ふふ、ステラ様に手を引かれ、断れなかったのだろう。


 「おいミランダ、誰だこいつら?」

ライズ様が近寄ってきた。

関係無い者は気に入らないか・・・。

 「聖女様と風神だよ」

「聖女・・・風神ってなんだ?・・・雷神と関係あんのか?」

「雷神の息子だよ」

「え・・・」

ライズ様が固まった。

聖女にはそこまで反応しないのか・・・。


 「どうしたの?もうすぐ似顔絵も張り出されるから、そん時に確認してちょうだい」

「・・・」

「なによ・・・ちょっとニルス、挨拶しな」

「あ・・・そうだよね」

ニルス様がライズ様の前に立った。

 「設計士の方ですよね。今回はありがとうございます」

「は?おい!俺の顔を憶えてねーのか!」

「え・・・会ったことあるんですか?」

「お前のことは・・・たまに夢で見る・・・」

そこまで印象に残っているのであれば、ニルス様も憶えているはずだが・・・。


 「ちょっと落ち着きなよライズ。ニルス、知り合いだったの?」

「ライズ・・・ライズ・・・どこかで聞いたことがある・・・」

「帽子被ってたガキ・・・一人で俺の所に乗り込んできただろ・・・」

「乗り込んで・・・あ・・・」

ニルス様は記憶を見つけたらしい。

 小悪党・・・乗り込んだ・・・。

ずいぶんやんちゃな男の子だったようですね。



 「・・・ミランダには話したことあったでしょ?」

ニルス様は、ライズ様との思い出を語ってくれた。

 「私も教えてもらったよ。ジェニーのお財布を取った人たちだよね」

友人のためとはいえよくやったものだ。

 街のごろつきたちの溜まり場に単独で乗り込むなど、十二歳の発想ではない。

・・・いや、アリシア様の教育か?


 「こいつがね・・・捕まってないけど犯罪者か・・・」

ミランダ様は目を細めた。

 「ま、まさか・・・今さら俺を降ろすとかしないよな?」

「事務所持ってるから素性は大丈夫だと思ったんだけどね・・・」

「頼むよ・・・もう誰にも迷惑はかけてねー・・・」

さすがに今から降ろすことは無い気もするが、愉快なので見ていることにしよう。


 「でも・・・久しぶりですね。ああいうことは本当にやめたんですか?」

ニルス様は呑気だ。

 他の被害者はわからないが、今ここにいる当人は許している。つまり、不問にしてしまえばいい。

まあ・・・弱みにはなるか。

 「やってねーよ・・・」

「十年以上前なのにずっと憶えててくれたんですね。あ・・・もしかしてオレのこと恨んでたりします?」

「う、恨んでねーよ」

ライズ様はかなり怖気づいている。

たしかに恨んではいないようだ。


 「けど・・・あのあと、仕返しをするつもりではいた。・・・今は考えてねーからな」

「仕返し・・・。なにをする気だったんですか?」

「お前の目の前で、親に頭下げさせて金払わせるつもりだった。人数集めればいけると思ったんだ・・・」

「数ですか・・・」

ニルス様は笑顔で聞いている。

それもそうだ。何人で来ようと雷神一人で余裕だろう。


 「あれ・・・でも報復はありませんでした。なにしてたんですか?」

「お前を探させたら・・・雷神のガキだってわかったんだよ。お前らに何かあれば、その後ろにいる戦士たちも動くはず・・・。それで上っ面だけの怒りが冷めたのさ・・・」

「あはは・・・来なくてよかったと思います。何人集めても、雷神に殺されていましたよ」

「だからやめたんだよ。裏じゃ昔から、よっぽどのことじゃなきゃ戦士にケンカ売るなって話がある・・・」

そんな話聞いたことが無い・・・。

だが関わり方を間違えれば、ライズ様の仰るように危険な方たちではある。


 「けどそれからだ・・・。お前に言われたことが頭の中で響いて止まなくなった。夢でも・・・何度もだ」

「オレの言葉・・・」

「まともに働けっつったんだよ」

「あはは、よかったじゃんライズ。新しい闘技場の設計士の一人になれたんだから、むしろニルスに感謝しなよ。・・・降ろしたりしないからさ」

ミランダ様がライズ様の肩を叩いた。

 なるほど、ジナス様はこれを知って笑ったのか。

だから「巡り合わせ」ということですね。


 「忘れてるとは思わなかった・・・。あの時、俺たち全員の顔を覚えたって言ってたよな?」

「え・・・すみません、ただの脅しで言ったんだと思います」

「ずっと恐かった・・・。帽子被ったガキ見る度に構えちまう」

「なんかすみません・・・」

ニルス様はその頃と全然違うのだろう。

 「でも、改心してるなら友達になりましょう」

「ああ・・・お前が味方なら大歓迎だよ・・・」

「闘技場の設計ができるなんてすごいと思います。やっぱりまともに働いてよかったんですよ」

「そうだな・・・」

ライズ様は呆れ顔でニルス様から一歩離れた。

凪の月の大会は見ていなかったのか・・・。


 「ああそうだ。今さらですけど、やっぱり報復はしてもらった方がよかったです」

「あ?なんだお前、親に頭下げさせんのかよ?・・・言っとくけど、ガキの目線だとけっこうキツいぞ。・・・俺の母ちゃんがよくやってたからな」

「そうかもしれませんね・・・」

ニルス様は懐かしそうに笑った。

 少年時代のニルス様か。

おそらくそれをされていたら、アリシア様はニルス様のために頭を下げたかもしれない。

母親が自分のために必死に謝る姿を見れば、愛されていると感じ疑いは晴れただろう。



 「すまなかった・・・」

王が側近たちと共に現れた。

予定よりも遅い・・・。


 「王様が遅刻しちゃっていいわけ?」

「・・・グリーン家との会食が盛り上がってしまってな。闘技場が今夜できること・・・まだ話せないのだろう?」

「く・・・」

シリウス様とセレシュ様か。

それであれば遅刻は許そう。



 「そなたがジナスか・・・」

設計士たちの紹介が済み、最後にジナス様の番になった。

王は何を思っているのか・・・。


 「そなたには色々と言いたいことがある・・・」

「構わないが何も響かないぞ。無駄なことはやめろ」

「なんだと・・・」

王は拳を握った。

ここで揉めてもらっても困る・・・。


 「王、関係無い者たちもいるのよ。それに時間がもったいないからやめなさい」

ステラ様が間に入ってくれた。

 「その通りだ。どうにもならない過去のことは気にするなよ。今と未来だけを見ていろ」

「・・・言われるまでもない。それに・・・まだ子どもと変わらないようだ。相手にするのは時間の無駄だとわかったよ」

「ふふ、それでいい。どこぞの王と違って余裕があるじゃないか」

「そなたは贖罪のために来たのだろう?始めていいぞ」

丸く収まってくれてよかった。

 シロ様はジナス様に会いたくないからと来ていない。

たしかに精霊側の王はまだまだ余裕が無いようだ。


 「・・・潰されたくなければもっと離れていろ」

ジナス様が全員を下がらせた。

あとは完成を待とう・・・。



 「すげー、どっから出してんだよ」「精霊の力・・・」「大工はいらないですね」「ひと晩、本当にできるのか・・・」

設計士たちが感嘆の声を上げた。

月明かりと炎の中、どこからか建材が現れたのだから驚くのは当然だ。


 「一気に作れるはずなのに、みんなを喜ばせたいのかしらね」

ステラ様が私にだけ囁いた。

 「実は王とのやり取りを気にしているのではないですか」

「それもあると思うけど、設計士たちの気持ちも汲んでんじゃないの?」

ミランダ様も聞いていたようだ。

 設計士たちの気持ちか・・・。

だから記憶を見ていたとすれば、とんだひねくれ者ですね。


 「石が勝手に刻まれてる・・・」「あ・・・あれ私の設計した入場門よ!」「ほんの少しのズレもない・・・」「水の席の椅子だ!」

設計士たちの盛り上がりはしばらく続きそうだ。


 「収容四万五千・・・素晴らしいな。彼らへの報酬、勝手に上げさせてもらおう」

王もご満悦、対価はたしかにもっと必要だ。

そうだ・・・せっかく気分も良くなったのであれば、今願っておくことにしよう。


 「王、望むものを与えるという話・・・憶えていらっしゃいますか?」

会いに行くのも面倒なので、ここで話してしまおう。

 「・・・もちろんだ。私の命、城・・・とりあえずはそれ以外で願いを聞こう」

そんなもの欲しくない。

私が動くのは、大切な者のためだけだ。


 「戦場の島、あそこを私に管理させていただきたい」

「・・・なにをするつもりだ?」

「残った血の匂い、花の香りで消したいだけですよ」

みなさんはジェイスの不問を願ったが、私はこれを望もう。


 「・・・遥か沖だ。開拓の候補にも入っていなかったな」

「よろしいのですね?」

「ああ、いいだろう。恥ずかしい話だが、あの島の場所はニルスたちから聞いて初めて知ったのだ。まだ地図にも載っていない・・・航路を調査する余裕もなくてな」

行く必要も無い島ですからね。

 「では、花畑が完成しましたら招待しますよ」

「ああ、私が生きているうちに見たいものだ」

「逆です。それまで生きていてください」

「・・・その願いも叶えてやろう。楽しみだ・・・観光地にしてもいいな」

王は夜空を見上げて笑った。


 戦場の島に人々が訪れるようになった時、美しい花畑があったら皆驚くでしょう。

まずはリラさんの笑顔が先ですが、そのあとで友人たちも招待しよう。

 血の匂いが消えれば、ニルス様も吐き気を忘れて喜んでくれるだろうか。

そうなれば仲間たちも・・・それも目的の一つだ。

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