第三百二十二話 魔女の対策【ニルス】
色々片付いてはきてるけど・・・なんで増えるんだ?
それにステラがいるのに、どうしてオレを男として見るんだ?
ミランダみたいな接し方なら全然問題無いんだけどな・・・。
・・・とりあえず三人。
どうすればいいんだろう・・・。
まずジェニー、彼女が一番まずい。
夫も子どももいて何考えてんだ?
次にイザベラ、こっちはたぶん大丈夫。
オレの気持ちを知っているはずだし、ジェニーみたいに誘ってもこない。
最後にスノウ・・・。
あの子がそう思ってるのは知らなかった。
妹の友達に・・・はっきり言えるかな・・・。
◆
「どうだニルス、新作だ」
帰るとユーゴさんが来ていた。
テーブルには、なんだか見たことある装飾の首飾り、腕輪、指輪が並んでいる。
「この腕輪・・・純潔の剣のと似てますね」
宝石を貰ったから、みんなに渡す前に見せた。
たしか、丁寧に絵も描いてたな・・・。
「似てるだけだ。・・・刺激を貰ったからな」
「前は芸術家の色がどうとか・・・」
「・・・俺の色に近かったんだよ。ま、まあ・・・お前とはまた今度話すよ」
ユーゴさんは目を逸らした。
・・・まあ、いいけど。
「なあミランダ、もっとよく見てくれよ。けっこういいだろ?」
「あたし、話聞くなんて言ってないけど・・・」
ミランダは「鬱陶しい」って顔で答えた。
「俺の店に客が来るように宣伝してくれ。観光客のみやげ用に模造品をたくさん作る」
「・・・申請書出して。他にも新聞に載せたいとか、新しい闘技場が本当にできるなら出店したいとかいっぱい来てんだから」
「闘技場・・・特別扱いしてくれるか?」
「無理、手順踏んで。・・・はい、これ申請書。見たら推しとくからさ」
「頼むぜ。・・・じゃあなニルス」
ユーゴさんはそそくさと帰っていった。
今回の祭りで名前を売りたいってことか。
「悪いけど構ってる暇なんかないって―の」
ミランダが小声で悪態をついた。
朝はハリスと一緒に会議に出て、必要があれば各地へ。そして戻ったら机に向かって書き物をしているらしい。
毎日それが続いていて、遊んでいる暇も無いみたいだ。
「疲れてない?」
「大丈夫だよ。ありがとニルス」
こうやって話しかけたら普通に答えてはくれる。
だから、心の余裕が無いわけでもない。
『ミランダはなにも気にしてないよ』
シロは、はっきりと聞いたって言っていた。
『言葉に偽りは無かったから心配しなくて大丈夫。でも、不安そうにしてたらまた聞いてみるよ』
『そうなんだ・・・疑ってしまっていたんだな・・・』
『でも、これからも支えてあげようよ。気にかけてもらえてたのが嬉しかったっても言ってたし』
だから、もう疑わないことにした。
変に気を遣うこともしない・・・仲間だからな。
◆
「ねえミランダ、闘技場の設計ってまだかかる?」
炊事場からステラが顔を出した。
鍋を持っているから夕食ができたみたいだ。
「ステっちゃん、心配しなくても大丈夫だって」
「でも、確認したい・・・」
「設計士たちに観戦室作れってちゃんと言っといたからさ。それと孤児院の子たちの席も取ってあげる」
闘技場はジナスが作る。
聞いた時は驚いたけど、あいつはやる気だったらしい。
「別の出入り口も忘れてないよね?スウェード家の子たちは、誰にも会わせずに入れてあげなきゃいけないの」
ステラはスウェード家に引き取られた子たちの部屋をお願いしていた。
『次の殖の月、個人の大会もある』
『それが・・・どうした・・・』
『もっと鍛えてこい・・・オスには負けねーんだろ?』
ティアナの参加申込も届いていたみたいだから、確実に子どもたちも連れてくるはずだ。
「あのさ・・・できた図面を元にジナスが作るんだから、もし気になったら直接言えばいいんだって」
「あ・・・それもそうね」
「じゃあ心配事がなくなったことだし、早く食べよー」
ミランダは机に書類をしまい鍵をかけた。
あれは運営に関わる人しか見てはいけないものだ。
ルージュが不安そうにしているから教えてあげたいんだけど、ミランダは絶対に口を割る気は無い。
あの引き出しなら、壊して中を見ることもできるけど・・・さすがにな。
とりあえずあの子がまた浮かない感じだったら励ましてやろう。
『不安があるの?』
『うん・・・肩にいてほしい。耳元で大丈夫だよって言ってもらえたら平気なんだけどな』
肩に・・・か。
◆
「今日も食卓が華やかですね」
「やっぱりちゃんとしたものが出てくるといいですね」
ノアとエストが仕事を切り上げて入ってきた。
ミランダはもう二人を放っておいてるけど、何も問題は無さそうだ。
「たくさん食べてね」
「いやー、奥さんは料理上手でいいですね」
「え・・・奥さん?ふふ」
ステラは嬉しそうに笑った。
奥さんか・・・そういうのもいいな。
「ねえシリウス、シロは?」
「今日はルージュのところに泊まるって言ってましたよ」
「ちっ・・・逃げたか」
「明日はバニラさんの所に行くみたいですよ」
「えー・・・じゃあ帰ってこないじゃん」
ミランダはちょっと不機嫌になった。
シロがいないと寂しいのかな?
「ここ三日は毎晩一緒だったじゃないですか」
「そうだけど・・・。まあ、戻ってきたらにするか」
「夜会の準備で忙しいんですよ。緊急の用事でもあったんですか?」
「別にー、抱き枕にしたいだけよ」
安らぎの魔法とかかな?
ミランダは毎日疲れが溜まるだろうし、シロに癒してもらっているんだろう。
◆
食事の時間はみんな笑顔だ。
色んな話ができて楽しい。
「そういえば・・・成人の引き上げっていつになるの?」
ステラの言葉で、食卓の全員がシリウスを見た。
王はそのつもりで動いているって話だ。
「ボクもまだわからないのです。どう変わるのかとか、アカデミーはどうするのかとか、まだ詰めている途中なんだと思いますよ」
「アカデミーは大人になるまであってもいいと思うけど」
「えー、あたしやだよ」
「ミランダ、あなたは関係ないでしょ・・・」
こういう大人な会話もいい。
平穏な日常の中にいるって感じで、煩わしいことを考えなくて済む。
・・・もし別な道を選んでいたら、こんな会話は誰としていたんだろうな。
◆
「ねえニルスさん、これ見てください」
食事が済むとエストが話しかけてきた。
手には何枚かの紙を持っている。
「なんだ・・・これ・・・」
「ハリスさんに頼んだら描いてくれたんです。オーゼさんから記憶を貰ったって言ってました」
裸のオレの絵だった。
しかも全身・・・あの野郎・・・。
「なんでこんなの頼んだの?」
「売り出すかもって言ってたのを聞いたんです。それなら種類があった方がいいと思って頼んだら・・・」
「表情や服を変えればいいだろ。なんで裸なんだよ・・・」
「・・・売れるからだと思います。今度ティムさんと並んでるのも描いてもらうのでまた見せますね。やっぱり絡みがないと興奮しないですから」
エストは広げた絵を大事そうにまとめた。
前々から思ってたけど、この子ちょっとおかしいんじゃないか?
ていうか、裸の絵を売り出すわけない・・・。
「君みたいな趣味の人って結構いるの?」
「どうでしょう・・・故郷にはいましたけど、こっちではまだ出逢っていません。みんな普通は隠すので・・・」
「そうなんだ・・・。そういうのは一人で楽しんだ方がいいと思う」
「ですよね。ミランダさんにバレた時は、バカじゃないの?って言われました」
エストは「気にしてない」って顔だ。
つまり、理解されるとは最初から思っていない。
ミランダがはっきり言ってもまったく効いてないみたいだしな。
◆
「今日もいいですか?」
エストが風呂に行くと、今度はノアがオレの前に座った。
ノアとは毎晩こういう時間がある。
昔のこと、旅のこと、仲間のこと・・・。
男同士だからか、いろいろと気兼ねなく話せて楽しい。
「次の代表はハリスさんって聞いたんですよ」
「ハリス・・・ノアでもいいと思うんだけど」
「僕にその器は無いですね。ミランダさんみたいに、ずっと前向きでいけるわけじゃないですし」
「ああ・・・たしかにミランダとノアは違うな」
違うけど、ダメってわけではない。
自分に自信が無いだけなんだろう。
「ニルスさんは、もうこれ以上は無理だなって思った時あります?」
「あるに決まってるだろ」
「でも投げ出したことってなさそうですよね」
「そうしたいって思ったこともたくさんあるよ。でも・・・できなかった。臆病者ってやつ」
「あはは・・・」
ノアが困った顔で無理に笑った。
そんな気無かったけど、つい言っちゃったな・・・。
「でも臆病者は逃げると思いますよ。だからニルスさんは違うんじゃないかな」
「逃げるのも恐かっただけだよ。帰る場所が無くなる・・・」
「励ましを聞き入れないんですね」
「ごめん、乗せられないようにしてた。仕事だと口が達者らしいからね」
「あはは、仕事の時だけですよ」
楽しい・・・。
こんな友達が子どもの時にいたらよかったのにな。
『あの・・・ニルス君、なにかお礼を・・・』
『いらない、アカデミーでも話しかけないで』
いや、オレが寄せ付けなかっただけか・・・。
◆
「うわ・・・男二人で笑い合ってる。きもちわるー」
「そんなことないですよ。あれでいいんです」
「あんたもきもちわるい」
ミランダとエストが体から湯気を上げて入ってきた。
騒がしくなるかな・・・。
「なに話してたの?」
「ノアは口が達者だって話だよ」
「優秀でしょ?客はあんま取れないけど、材料の仕入れ値、取り扱ってくれてる店への卸値、その交渉は全部任せてる」
「誰でもできますよ」
ノアが照れくさそうに目線を逸らした。
謙虚だな、いいことだ。
「品物のせいだと思いますけど、卸してる店の担当って女性ばっかりですよね」
「ああなるほど・・・そういう交渉してんだ?」
「わたしはずっとそう思ってますよ。なぜかここを使わないし、その日は帰りが遅いし」
「あんたジーナさんのおかげでうまいよね?・・・交渉に宿使ってるでしょ?」
ミランダとエストは勝手に盛り上がっている。
下品な話だけど、ノアが本当にそれをやっているなら大したもんだ・・・。
「僕はそんなに器用じゃありません。まあ・・・やるなら交渉が終わったあとですね」
「やってんだ?」
「さあ・・・どっちでしょうね」
ノアは余裕いっぱいで微笑んだ。
・・・結局どっちなんだろ?
ジーナさんの話は本当だろうけど・・・。
「あ、ムカつくー。エスト、酒持ってきな」
「ミランダさん・・・明日も朝から会議あるんでしょ?」
「ハリスが起こしにくるからいいのよ」
「わたし知りませんからね・・・」
エストは棚から酒瓶を取り出した。
グラスは四つ・・・オレの分もある。
◆
「シリウスは?あの子も呼ぼうよ、ちょっとくらい飲ませてもいいでしょ」
ミランダはオレのグラスにだけハチミツ酒をくれた。
・・・わかってるな。
「ダメですよ。今はステラさんと一緒ですから」
「薬学と調香でしょ?ここでヤバいの作るようになったら城に追い返していいからね」
ステラはほぼ毎晩シリウスに自分の知識を教えている。
セレシュが泊まりに来た日は一緒に、そうじゃない時は次の日にシリウスが伝えていた。
「秘密の指導とかしてるかもね。シリウス、裸になりなさい・・・とかやってたりして」
「なるほど・・・僕もアカデミーの教官が好みだったんで、よくそういうコト考えてましたよ」
「男の子はオトナの女に弱いからね。セレシュに教えてやんないと」
「本当だったらすごいですよね。ニルスさんが同じ家にいるのに・・・」
・・・そんなわけないだろ。
「ニルスさん・・・冗談ですよ」
「え・・・わかってるよ」
「あはは・・・まあ、シリウスとセレシュは、他にやりたいことが無ければうちで雇いたいですね」
「そうだよね。もうアカデミーはやめて、ここで新商品を作ってくれればいいのに」
ノアとエストはシリウスたちと仕事がしたいみたいだ。
それだったらセレシュもここに住めばいいな。
ウォルターさんが許せばだけど・・・。
オレたちが旅に出たら、ここに残る者は寂しくなると思う。
なにより、明るいミランダがいなくなるのが大きい。
ハリスたち家族、ティムとエリィさん、カゲロウと、たぶんジェイスも・・・。
みんながここに住んでくれるようになったとしても、ミランダと同じことはできない。
だから・・・オレも彼女が好きなんだろうな。
◆
「じゃあ、そろそろ僕は休みますんで」
「あ、わたしももう寝ます。あとは二人でどうぞ」
ノアとエストは立ち上がって寝室に向かった。
明日も仕事、遊びみたいなオレとは違う・・・。
「ミランダも休む?」
「ステラが来たらそうするよ。寂しがりがかわいそうだからね」
「起きれなかったらオレのせいにする気だな?」
「違うよ、仲間だからだね。ほら、二人きりになったからもっと見てもいいのよ」
ミランダが胸を持ち上げた。
こういうおふざけも好きだ。
悩みとかそういうのを今までも笑い飛ばしてくれたっけ・・・。
悩み・・・そうだ、ミランダに相談するんだった。
◆
「で・・・困ってるんだよね」
三人の女の子のことを話した。
ミランダはどう思うんだろう?
「なんだ・・・困ってたんだ?わざとやってんのかと思った」
「わざと・・・何言ってんの?」
「あはは、冗談だよ。ミランダ様のありがたい助言を授けてあげましょう」
「助かるよ」
なんか安心する。
「そんなに大きな問題じゃない」って言われてるみたいで、楽になってきた。
「あ、二人でなにしてたの?」
ありがたい助言の前にステラも戻ってきた。
これはちょうどいい、二人からの意見を聞いてこれからを決めよう。
◆
「スノウ・・・ニルスがたぶらかした子はまだいたのね」
ステラはいつも通りに微笑んで聞いてくれた。
・・・助けてくれるんだよな?
「私は今のままでもいいと思うけど」
「原因はステラにもあるよ」
「そうかなあ?」
「わざとやってんの知ってんだからね。だからジェニーとイザベラもわかってるけど調子に乗っちゃうんだよ」
二人はオレそっちのけで話し出した。
ステラはオレに女の子が寄ってきても、まったく気にしていない。
ミランダはそのことを言っているんだろう。
「わざとってわけじゃないよ。みんなから好かれてるニルスを見るのが幸せなの」
「だから何も言わなかったのか・・・」
「それに・・・とわに愛してくれるって言ってくれたでしょ?それがあるから何も心配してないの」
「それは信用してくれていいよ」
これは揺るがない。
そしてオレもステラを信じている。
「あんたらがどう思ってても、そうなったらわかんないよ」
「どういうこと?」
「たぶんだけど、ニルスは迫られたら拒めないと思う」
ミランダがいつになく真剣な顔をした。
そんなことはない、ちゃんと断れる。
「ステラ、オレは拒めるよ」
「大丈夫よ、知ってるもん」
「確かめ合うのはあとにして。まずあたしの話」
「いいよ、なんでそう思うのか聞こう」
確信があるみたいな話し方だけど、なんの心配も無いと思うんだけどな。
『・・・酔っててもいいんじゃない?全部・・・寂しさとか悲しみのせいにして・・・』
あの時は危なかったけど拒むことはできた。
今はステラがいるから大丈夫だ。
「泣きつかれて、これっきりだから・・・とか言われたらもう無理だと思う」
「・・・」
ステラが無言でオレを見てきた。
「お願い・・・一度だけだから、それで諦めるから・・・なんて迫られたらあんたは強く拒めないで流されるね」
「そうか・・・それは考えてなかったわね・・・」
「で、そうなったら向こうは止まらない。その事実を盾にニルスを脅すかもよ?一度だけなんて絶対ありえない」
なんだこの怖い話は・・・。
けど、泣かれたらたしかに自信無いかも・・・。
『ふふ・・・どうしても辛くなったら頼むよ』
『・・・ふーん』
ミランダみたいにさっぱりした感じで済めばいいけど、そうならなかったら・・・。
「そしてニルスは、傷つけたくないから強くは言えない。押されたら負けるね」
「どうしたらいいかな・・・」
「三人はあんたが旅に出ることを知ってるから、放っておいてもいいと思うけど・・・」
「なんか私、ちょっと心配になってきた」
ステラは不安そうにミランダの手を握った。
オレも自分が心配になってきた・・・。
「あたしがいるんだから大丈夫だよ。じゃあ一人ずつ対策言ってくね。二人はそれを忘れずに明日から過ごすこと」
ミランダが小声になって、オレとステラはそっと近づいた。
「まずジェニーからね。正直、危ないのはあの女だけだと思う・・・」
魔女は幸福な笑顔を浮かべて話し出した。
こういう時はいい魔女だ。
全部うまくいく方法を授けてくれるはず・・・。
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