第二十九話 心得【ニルス】
ルージュが眠っていたから扉は静かに閉めた。
もし泣かれたら・・・あやしてから出ただろうな。
街風をおもいっきり吸い込み、オレは一度だけ家を振り返った。
日記は見てくれるかな・・・。
伝えることができなかった思いは、ルージュの未来のために残してきた。
あれを見ればさすがにわかるだろう。
オレの気持ちはもうどうだっていい。どうせ・・・もう帰らない。
・・・好きにすればいい。
大人になった。
夢が叶った。
思い描いていた旅立ちとは違ったけどそれでもいい。
風を追いかけていくうちにこんな気持ちも流れるはずだ。
◆
運び屋ローズウッドが見えてきた。
二人とも外で待っててくれたみたいだ。
「おはようニルス・・・十五歳だね」
「いつの間にかデカくなっちまったな」
セイラさんとテッドさんだけ・・・みんな信じてくれたんだな。
『見送りに行くよ』『勝手に出てくなよ?』『餞別持たせてやる』
色々言われて、なんか嫌になった。
『昼の鐘と一緒に出ます』
だから・・・全員に嘘をついた。
これくらいはいいだろ・・・。
「とりあえず用意はしてたけど・・・どこに行くかは決まった?」
セイラさんは寂しそうな顔をしている。
これから一緒に出るのにな・・・。
「北部・・・父親の所に連れていってほしい」
「え・・・」
「ニルス・・・」
二人は目を見開いた。
それくらい、オレがこのことを知っているのが意外だったんだろう。
アリシアは父親に会ってほしいって言ってた。
これからどこに行こうって決めてたわけじゃないから、とりあえずはあの人が指さした場所に・・・。
それと、栄光の剣から感じた暖かいものにも触れてみたいと思った。
父親・・・少しだけ興味がある。
「二人は・・・ていうかみんな知ってたんでしょ?そこまで運んでほしい」
「・・・お姉ちゃんから聞いたの?」
「うん、会いに行けって・・・」
「わかった・・・隠しててごめんね。馬・・・連れてくるよ」
セイラさんは気まずそうに裏へ行った。
今考えると「知らない」ってのは無理があるだろ。なんでオレは信じちゃってたんだろうな・・・。
「ニルス、きのうウォルターが来た。お前のことを心配してたぞ」
残ったテッドさんが話を変えた。
まあ怒ってないし、合わせるか。
「もう挨拶は済ませたんですけどね・・・」
「心残り・・・無いのか?」
オレは黙って頷いた。
無いわけじゃないけど、それを気にしてここにずっと残るのもよくない。
「アリシアとは・・・」
「家を出る前に・・・抱きしめてもらいました」
「・・・」
「だから大丈夫です」
期待していた「行かないでくれ」は無かった。
だから、あれがあの人からの答え・・・。
「ルージュは・・・なにか言ってくれたか?」
「いえ・・・」
あの子からも無かった。
なにがいけなかったのかはわからないけど、ちゃんとお喋りができるようになることを祈ろう。
「来月で三つになるだろ?きっとそろそろだ」
「そうかもしれませんね・・・」
「今引き返すのは恥ずかしいことじゃない。せめて、お前の存在を覚えてもらってからでも・・・」
「もう決めたんです・・・。だから頼んだこと・・・あの二人を・・・お願いします」
頭を下げて、話を終わらせた。
・・・心臓の音が大きくなっていく。
いつもは鳴っていることすら気にならないのに、今日はやけに耳に付く・・・。
◆
「お待たせ、繋いだらすぐ出れるよ」
セイラさんが馬を二頭連れてきた。
もうそろそろか・・・。
「ニルス、旅立ちの光と迎えの光って知ってるか?」
テッドさんが立ち上がった。
「聞いたことないです」
「運び屋、旅人、冒険者・・・テーゼ以外から来た奴らが言い出したことだ」
「知りたいです」
耳が喜ぶような話なんだろうな。
「この話を知っている奴らは、必ず西区から出入りする。・・・朝限定だけどな」
「西区・・・」
「朝日が王城と重なると、とても美しいんだ。出て行く者には旅立ちの光、入ってくる者には・・・迎えの光、覚えておけ」
テッドさんは「迎えの光」を強調した。
戻る時があれば・・・そうするか。
「じゃあ、出るよニルス。今回は北区から・・・」
「うん、それでいい」
「いつか見れるといいね。たとえば・・・あなたがこれから出逢う仲間とかと」
「・・・そうだね」
仲間・・・たしかに一人は嫌だ。
何人くらいできるかな?
「出て・・・いいのね?」
「お願い・・・」
「じゃあ・・・こっちに来て」
「うん・・・オレもそうしようと思ってた」
オレはセイラさんの隣に座った。
始まりはこの人と・・・。
セイラさんがいたから旅人を夢見た。
だから出発はこうしたい・・・。
◆
馬車が走り出した。
初めてテーゼを出る・・・。
「あなたのお父さん・・・。少ししか話したことないけど、とっても優しい人よ」
「そう・・・」
「いつもじゃないけど、たまに干し肉くれるの。とってもおいしいんだよ」
セイラさんはオレに話しかけてくれるけど、あんまり耳に入ってこない。
街の景色を見ておきたいと思った。
アリシアと走った道、楽しくなかったアカデミー、息苦しかった訓練場・・・。
いい思い出ばかりじゃないけど、離れていくのを見ると少しだけ目の奥が熱くなってくる。
ちょうど十五年・・・テーゼの風景はあんまり変わらない。
とても大きな街、十五年いても知らないところの方が多いな。
・・・もっと見ておけばよかったかも。
小さい頃は、アリシアに連れられて一緒に買い物行ってたっけ・・・。
材料を手に取るたびに何を作るか話してくれて、オレはその日の夕食が楽しみで・・・。
ルージュにもそうしてあげたりするのかな?
もう帰らないって決めて・・・出てきたんだけどな・・・。
◆
馬車が北区に入った。
こっちの通りは、上品そうな店が多い。
「・・・第一王子に誘われてたんだってね。そっちの方が良かったんじゃない?」
セイラさんが微笑んだ。
知ってるのは・・・ルルさんしかいないな。
「大人になったらって・・・決めてたから」
「ああ・・・うん、言ってたね」
「あの人が出たのは花の月。オレはまだ十四だった・・・」
「理由は、本当にそれだけ?」
・・・そんなわけないだろ。
「あの人・・・ぐいぐい来そうだから苦手かもって思ったんだ」
「王族の悪口?反逆罪だね」
「・・・冗談」
「わたしもそうだよ」
・・・冗談でもないけど。
「お・・・見てニルス、そういや今日はアカデミーが終わる日だったね。ニルスにとっては・・・ちょうど二年前。わたしにとっては・・・九年前?やだー」
セイラさんが明るい声を出した。
たしかに、通りにはそのくらいの子どもたちが多い。
みんな笑顔・・・もう二年か・・・。
「なんか思い出ある?」
「・・・アカデミー最後の日、帰ってまず言われたのが・・・明日から一緒に訓練場に行こうだった」
予想してた通りだったな。
「あの・・・卑屈にはならないでね」
「どうかな・・・。不幸なのは自分だけかもって思ったこともあったよ」
「・・・たしかにニルスは、幸せではなかったと思う。でもこれからの出逢いの中で、もっと不幸だった人と巡り合うかもよ」
セイラさんは空を見上げた。
「世界には、あなたよりも不幸な子はたくさんいるんだ。旅をする中で出逢ったら、助けになってあげてね」
「助け・・・」
強い風が吹き始めた。
通りを歩く子どもたちが、目や服を押さえている。
「・・・どこで聞いたか、何かで読んだか忘れたんだけど、風は心でできてるんだって」
「心・・・」
「うん、なんか素敵だなって思うんだ。ふふ、ニルスは風神くんだっけ?」
風神・・・。
『強い風みたいな・・・あ!お前は風神でいいな』
たしかウォルターさんから言われたんだったな。
・・・テッドさんが「きのう来た」って言ってたし、その時に聞いたのか。
「というわけで、ニルスの心も風に乗せてみよう。風神くんならできるんじゃない?」
背中を叩かれた。
優しさなんだろうな。
「・・・風に乗せるのは、どんな心?」
「そうだな・・・じゃあ、今不幸な子への助言とか。届いたらいつか出逢えて、仲間になってくれるかもね」
セイラさんはオレの気持ちを紛らわせようとしてくれてる。
だから付き合おう。
不幸な子へ・・・。
そうだな・・・今いる場所が幸福じゃないなら・・・。
『飛び出してしまえ!』
風に預けるつもりで強く思った。
自分にはできなかったこと・・・。
恐くてできなかったこと・・・。
本当に風に乗ったのなら、誰かの背中を押してくれるかな。
「どんな思いを乗せたの?」
「内緒・・・」
夏の香りのする風はより強く吹き、オレたちの向かう北へ飛んでいく。
受け取った誰かがいるのなら、将来出逢うこともあるか。仲間に・・・なってくれるかな?
本当に飛び出せたのなら、とても・・・とても強い人間だ。
オレじゃ絶対に勝てないような・・・。
ああ、また目の奥が熱くなってきた・・・。
どんな話でも紛らわせることはできないみたいだ。
◆
「涙で色付けて見たものはずっと残るんだって」
テーゼを出て街道に入ったところで、セイラさんが頭を撫でてくれた。
初めて街の外に出たのに、オレの目が潤んだままだったからだろう。
「・・・涙で?」
「そう、今のニルスが見てる風景とか」
「・・・覚えておく」
「ずっと残るから大丈夫だよ」
わかる気がする。
嬉しかった時、悲しかった時・・・それがあった思い出は記憶に焼き付いて残っているからだ。
「旅立ちの心得・・・知りたい?今ならずっと残る」
「・・・知りたい」
「振り返らないことだよ。・・・まっすぐ行くと森がある。そこまで行けばテーゼは見えなくなるんだ」
セイラさんは街道の先を指さした。
「ニルスがそれまでに一度でも振り返ったら、すぐにテーゼへ戻る。迷いがあるならやめた方がいいよ」
振り返りたい。もう一度だけ街を見ておきたい。
・・・これが迷い?
「オレさ・・・旅立つんじゃないんだ。・・・逃げ出したんだ・・・アリシアから・・・戦場から・・・」
「・・・ずいぶん後ろ向きね。わたしの知ってるニルスくんは、もう少し明るかったんだけどな・・・戻る?」
「ううん、振り返らない・・・このまま行く」
「わかった・・・」
セイラさんは馬を速めた。
後ろ向きはもうやめよう。
これからは前を向いて行くんだ。
「・・・さよなら。アリシア、ルージュ」
オレは北へ吹く風に乗せて呟き、涙を拭いた。
◆
「今日はここまでにしよ」
馬車が街道脇の川のそばで停まった。
太陽は随分西、夕暮れ間近だからだ。
「暗くなってくると、獣とか魔物が出て馬が怖がるのよ。訓練された子たちを借りられれば良かったんだけど、みんな他に取られちゃってたんだ」
「これでいい。野宿楽しみだったし」
「じゃあ、まずは火を焚こっか。馬車の屋根から焚き木下ろしてちょうだい、組み方教えてあげる」
「うん」
少しだけ気持ちが落ち着いてきていた。
初めてのことばかりで、いい刺激になっているからなのかな。
「ていうか荷物少なすぎだよね?一人で野宿になった時はどうするの?」
「えっと・・・最初は身軽でいいと思ったんだ。必要な物はその時に用意する」
ただの言い訳・・・本当はたくさんの人の所に行っていたから時間がなかった。
「そうなんだ・・・まあいいんじゃないかな。功労者だし、馬車だって買えるね。・・・じゃあ、わたしはそこでお魚を釣ってくる」
「オレもやりたい。教えて」
「ふふん、じゃあどっちが多く釣れるか勝負ね」
「オレ・・・初めてなんだけど・・・」
涙はもう乾いている。
・・・でも一人だと耐えられなかったかもしれない。セイラさんと一緒でよかったな。
◆
「これ・・・なんかいいね」
「ただ見てるだけで落ち着くでしょ?」
夕食を済ませて、二人で焚き火を見つめていた。
落ち着くのは、一人じゃないからっていうのもあると思う。
セイラさん・・・このまま仲間になってくれないかな。
「ねえセイラさん、オレまだ旅のことはよくわからないんだ。よかったら一緒に行かない?」
「ふふ、わたしはちょっと事情があるから一緒に行けないんだ。そのかわり、火山に着くまで色々教えてあげる。初心者は危ないことに巻き込まれやすいからね」
「そう・・・」
残念、セイラさんが仲間になってくれれば心強かったのに・・・。
「そんな顔しないでよ。何ヶ月か先の依頼もあるんだからさ」
「・・・わかった。じゃあ、危ないことっていうのを教えて」
「たくさんあるんだ。例えば、ニルスは男の子だから誘惑が多いかもね。・・・ちょっと見て」
セイラさんは服の胸元を大きく開いた。
「あ・・・」
「どう?」
「えっと・・・」
見てって言われたし・・・別にいいんだよな?
「もっと・・・見たい?」
セイラさんの口から、今まで聞いたこともないような湿った声が出てきた。
なんかドキドキする・・・。
「・・・見たいかも」
「じゃあ十万エールちょうだい」
「え・・・」
「そしたら全部見せてあげる」
お金・・・おかしい。
「もしかして、これが誘惑?」
「お、冷静になった。あはは、大丈夫みたいね」
「女の子に気を付けろってこと?」
「そう、ニルスは男の子だからこういう近付き方をしてくる女の子には注意なさい」
セイラさんはすぐに開いた胸元を閉じた。
「人を見極めないといけない。今のはわかりやすいけど、騙すためならどんなことでもする人はけっこういるのよ」
「わかった、怪しかったら近付かない」
「相手もいい人を演じるから最初は難しいよ」
うーん・・・騙されることなんてあるかな?自分なら大丈夫な気もする。
それにもしやられたら・・・斬ればいい。
◆
色々教えてもらいながら時間が過ぎていった。
夜なのに外・・・新鮮だ。
「あなたがこうなる前に、わたしがお姉ちゃんに話してればよかったかもね・・・」
セイラさんが溜め息を零した。
今は、暗い顔しないでほしいな。
「気にしないで。強くなれたし・・・」
「・・・強い子は泣かないんじゃないかな?」
「・・・今はもう乾いたよ」
焚き火の炎を見ていると、今まで凍っていた感情が溶けていく。
ああ、もう無理に冷やすことはないんだ。
・・・もっと熱が上がることを増やしていかないと。
「・・・そろそろかな。ニルス、見え辛いけどあそこに岩があるんだ。登って空を見てみなさい」
セイラさんがオレの手を引いて、暗闇を指さした。
岩の上、空・・・何があるんだろう?
◆
「わあ、すごいや・・・」
見上げると無数の流星が乱れ飛んでいた。
その場で瞬くものと流れるもの、どちらもとても綺麗で目が離せない。
「セイラさん・・・ありがとう」
心が震えてる気がする。
夜空が滲んできた・・・これもずっと残るんだろう。
「苦しいこともあるだろうけど、楽しんでいくのを忘れちゃダメよ。これも心得ね」
「うん、覚えておく」
そうだよな。旅を楽しまないと・・・。
◆
「そろそろ寝よっか。馬車の中に毛布とか用意してあるから」
首が疲れてきたって頃に肩を叩かれた。
もったいない気もするけど、明日のためにそうしよう。
馬の扱い方・・・教えてもらわないとな。
「そういえば、セイラさんはどこで寝るの?」
「ニルスと一緒」
「馬車で?」
「うん、テント作るの面倒だったからそうしようって決めてたんだ」
たしかに用意してなかった。
全然気づかなかったな。
◆
二人で馬車に入った。
そんなに広くないから、どうしても体が密着する。
「なんで離れようとするの?」
「なんか恥ずかしい」
さっきの胸元を開いた姿が頭に焼き付いている。
どうしちゃったんだろ・・・。
「・・・変な想像はしない。姉弟で寝るのは普通でしょ?」
「あ・・・そうかも」
たしかにセイラさんは、オレにとって姉さんのような人だ。
そう思うとさっきの姿もそこまで気にならないな。
「それにニルスは十歳くらいまでだったからね。・・・大きくなりすぎた」
「・・・どういうこと?なんか怖い」
「めちゃくちゃにしたいって思ってた時期・・・ずっとあのままでいてほしかったよ」
離れたい・・・。
「あはは・・・冗談だからこっち向いてよ」
「・・・ほんと?」
「今のニルスは大丈夫。それに寂しいんでしょ?眠るまで話してあげる」
「・・・ありがとう」
優しい声だから安心してよさそうだ。
ああ・・・小さいときはアリシアと一緒に寝てたな。
夜はずっと抱きしめてくれてた。
いつからやめたんだろう・・・。
◆
『臆病者は必要ない』
暗闇の中、突然アリシアの言葉が聞こえた。
・・・なんでこれを思い出すんだろう。
アリシアはオレの夢のために送り出してくれた・・・はずだ。
それに謝ってくれたじゃないか・・・。
オレは見捨てられたわけじゃなくて、認められたから家を出た・・・。
「ニルス・・・今日だけで何年分泣いたの?」
セイラさんはまだ起きていた。
音は出さないようにしてたつもりだったんだけどな・・・。。
「セイラさん・・・」
振り払おうとしても不安は消えない。
どうして嫌なことを考えてしまうんだろう。
「・・・これで落ち着く?」
「・・・うん」
抱きしめられた。
昔、母さんがしてくれたように・・・。
不安が少しだけ散っていく。
・・・一人じゃ寝れなくなってるのかな?
もう・・・帰らないんだし、不安になっても仕方ないのに・・・。
◆
「ニルス・・・ちゃんと話してこなかったの?」
朝、目が覚めるとセイラさんが頭を撫でてきた。
「・・・色々解決してきたわけじゃないんでしょ?」
顔は不安そうだ。
「・・・ほとんど話してない」
「まあ・・・だと思った。四ヶ月もあったのよ?あなたが口出しするなって言ったからみんな黙ってた」
そう、誰にも協力を頼まなかった。
あの人を・・・信じてたから・・・。
「振り返らないことっては教えたけど、耐えきれなくなったら話しに戻りなさいね」
「・・・そんなつもりない」
「なら、強くなりなさい」
もう後戻りもできない。
だからセイラさんの言うように強くならなければ・・・。
「今から戻ることもできるよ。それで・・・一緒に家まで行こう?ちゃんと話してから旅立ちでいいと思う」
「・・・このまま行く」
「最後よ・・・二人を連れて、一緒にお父さんの所に行くってのはどう?」
「戻らない・・・」
なにを言われても考えを変えるつもりは無い。
四ヶ月・・・「行かないでくれ」を待ってみた。
だからもういい・・・。
「意地張ってるの?」
「最後って言った・・・」
「ごめん・・・このまま行こうか。・・・よし、じゃあ朝の支度しよ」
セイラさんはいつも通りの感じで笑った。
気を遣わせたくなかったな・・・。
◆
テーゼを出て三日目、馬車は街道を通らずに荒れた道を進んでいる。
この方が早く着くらしい。
「ほら見て、あれがオーゼの川よ」
そして、南部と北部の境目まで来た。
「わあ・・・」
遠くからでもわかるほど大きな川だ。
地図で存在は知っていたけど、実際に見るのは全然違うな・・・。
「ゆっくり見たいかもしれないけど、仲間ができたら一緒に来た方がいいと思う」
「・・・うん、そうする」
馬車は止まらずに、大きな橋を駆け抜けた。
仲間・・・オレはどんな人と出逢うんだろう。
◆
五日目、サンウィッチ領に入った。
「ニルス、あそこにお父さんがいる。出てきてくれなければ、あなたの名前を言いなさい。扉が開く魔法の言葉だよ」
そして・・・目的地に着いてしまった。
火山を囲む森の中、陽当たりのいい広場みたいな場所に小さな家が一つだけ・・・。
◆
家の前で馬車から下りた。
中にいるんなら音で気付いてると思う。
「あとは・・・オレ一人でいい」
「ニルス・・・きっと大丈夫だよ」
セイラさんは、最後にオレを抱きしめてくれた。
寂しいけど・・・旅にこういうのは必ずある。
「・・・今まで・・・ここまでありがとう」
「・・・一緒に行こうか?わたしが声をかけても・・・開けてくれると思う」
「大丈夫だよ。もし・・・どこかで会えたら話しかけてね」
「当たり前でしょ、ニルスもそうしてね。じゃあ・・・良い旅を」
オレは大きく手を振って、離れていくセイラさんの馬車を見送った。
・・・振り返らなかったな。
また会える・・・だから寂しくない。
◆
「よし、いくぞ」
オレは背筋を伸ばして扉の前に立った。
最初から恐がってもいられない。
「客だ。開けてくれ」
扉を叩いた。
無言・・・留守?
そういえば、鍛冶屋らしいけど工房はまた別にあるのかな?
「誰もいないのか?」
もう一度扉を叩いた。
アリシア・・・会えって言ったくせにいないじゃないか。
とりあえずもう一回・・・もっと強く・・・。
「客だ!・・・いるじゃん」
声を張ると、ゆっくりと足音が聞こえてきた。
やっとか・・・。
「・・・今は気分じゃない。悪いけど・・・お引き取り願おう」
「は?・・・おい」
「・・・」
近くにいた気配が離れていった。
起きたばっかりって感じの眠そうな声だったな。
ふーん・・・覚ましてやる。
「オレはニルス・クラインだ!父親に会いに来た!」
魔法の言葉を使うと、中でなにかが割れる音が聞こえた。
◆
「・・・ニルス・・・くん?」
扉が開かれた。
これがオレとルージュの父親・・・。




