第二百九十三話 忘れないでね【シロ】
「ただいまー」
やっと・・・やっとここに帰ってきた。
「あ・・・ふふ・・・」
僕の部屋はそのまま残っていた。
嬉しい・・・。
ニルスも帰ってきたし、これからは楽しいことしかない。
旅立ちの日はいつになるかな?
やりたいこと、全部できたらいいな。
◆
「シロ、オレは少し休むよ。起きたら母さんの所に行ってルージュに全部話すつもりだ・・・一緒に行く?」
ニルスは目を半分閉じながら言った。
お母さん・・・会いたいけど・・・。
「んー・・・僕は行かない。これは三人だけで話した方がいいと思う」
「わかった。なるべく早く酒場に行くよ」
急がなくていいのにな。
「私も夕方には起きられるはずだから寝ておくよ。シロ、頑張ったね」
「ステラ・・・うん、おやすみなさい」
二人は寄り添って自分たちの部屋に向かった。
夕方までなにしてよ・・・。
そうだ・・・まずメピルに伝えないと。
『メピル、全部終わったよ。お母さんの呪いも解けた。早めに連れてくようにするね』
すぐに呼びかけた。
あっちもどうなったのか心配してたはずだ。
『よかった・・・じゃあ待ってるね。バニラは私と一緒だから大丈夫だよ』
『わかった』
バニラにも会いたいな。こっちの人みんなに挨拶したら、早くお城に行って抱きしめてあげよう。
そうだ、みんな戻ったからこっちに連れてきてあげてもいいな。
部屋も空いてるし、きっと喜んでくれるぞ。
「ん・・・今なの?」
振り返ると、ミランダがほっぺを赤くしていた。
どうしたのかな?
「約束ですから」
「そうそう、まだ終わらないですからね」
ノアとエストがミランダのおっぱいを揉んでる・・・。
この三人はいったい何をしているんだろう?
早く休めばいいのに・・・。
「シロ、俺たちも休むけど・・・どうする?」
「ボクはシロと一緒がいいな」
ヴィクターとシリウスが石鹸の香りを纏って階段を上がってきた。
二人とも眠そうだな。
うーん、一緒にはいたいけど・・・。
「僕、ミランダとがいい」
「そうか・・・じゃあ、また夜にな」
「おやすみシロ」
二人は自分の部屋に向かった。
ミランダたちの方は見ないようにしてたな・・・。
「ん・・・うああ・・・立てなくなるって・・・」
「知りません」
「お礼ですから」
とりあえず三人のあれが終わるまで待つか。
◆
「う・・・はあ・・・汚されてしまった・・・」
やっと解放されたミランダは、顔を赤くしながら吐息を漏らした。
じゃあ僕と・・・。
「ふふ・・・その気なら相手してあげる。お返ししないといけないから一緒に寝よっか」
「え・・・今からですか?」
「わたしも寝たいんですけど・・・」
「久しぶりよねー」
ミランダがノアとエストを連れて自分の部屋に入ってしまった。
あれ・・・僕は?
ミランダのそばにいたかったのに・・・。
◆
「どうしよう・・・みんな寝ちゃった」
一人で談話室に来てみた。
今から誰かの部屋に行くのは恥ずかしい・・・。
イナズマたちは「夜まで待つならあとで来る」って言って飛んで行っちゃったしな・・・。
ちょっと寂しいけど・・・みんな疲れてるから仕方ないか。
◆
「ああよかった。シロ様お一人だったのですね」
出かけてもいいかなって思った時、コトノハが一人で現れた。
イナズマたちとは別々だったのかな?
「みなさんがシロ様のところへ行けと・・・」
「そうなんだ・・・なにか用事でもあるのかな?」
「私にもよくわからないのです。遠ざけられているような気もします。嫌われてしまったのでしょうか・・・」
「そんなことないよ。コトノハは頑張ってくれたんだから、みんな感謝してるよ」
それに遠ざける理由が無い。
ジナスならまだしも、この子が嫌われるなんてあるはずないからな。
ていうか、来てくれたなら・・・。
「ねえ、街を案内してあげる。僕と一緒に出掛けない?」
「よろしいのですか?」
「うん、みんな寝ちゃったから退屈だったんだよね」
「ではお供します」
やった、これで退屈しなくて済みそうだ。
お菓子を買って一緒に食べて・・・。
「あれ・・・そういえば僕の鞄はどこにあるんだろ・・・」
見える所には無い。
「洗い場に置きっぱなしかな・・・」
「いえ、見ました。ええと・・・リラ様がシロ様をミランダ様に渡して・・・」
「・・・戦場?」
「いえ・・・たしか・・・イナズマ様だと思います」
なんだイナズマか。ならあとで返してくれるな。
お菓子は買えないけど、ただ歩くのも悪くないか。
◆
僕はコトノハを肩に乗せて外へ出た。
街の香りが懐かしい・・・。
夜会の時は、楽しくて気が付かなったな・・・。
「ふふ、なんか嬉しくなるね」
「そうなのですか?」
「うん」
街の景色はなんにも変わっていない。
一年も経ってないから当たり前だけど、目に見えるすべてが待っててくれたみたいで楽しくなってくる。
「シロ様はお城にいるよりも、色々な土地を飛び回っていた方が幸せですか?」
コトノハが耳元で囁いてきた。
普通に喋ればいいのに・・・。
「うん、僕は旅人だからね」
「旅人・・・ですが、シロ様は精霊の王でもありますよね?」
「そうだけど、僕はニルスみたいになりたいから旅人もやるんだよ。とわにさすらう・・・僕にはそれができるしね」
「とわに・・・」
この子には理解できないかもな。
「役目を投げ出すわけじゃないから、女神様も怒らないと思う」
「そうですね。女神様は優しいのでお許しになるかと思います」
「コトノハもそう思う?」
「シロ様は旅人であり精霊の王、それは問題無いと思います」
なんか変な言い方するな・・・。
「それは」ってどういうことなんだろう?
「他に問題があるの?」
「・・・世界が元に戻り、境界が無くなったらどうするのですか?」
ああ・・・そういうことか。
今僕たちが人間と関わりを持てるのは境界があるからだ。
それが消えたら人間は魔法の力を使えなくなって、僕たちの姿も見えなくなってしまう。
「それでもいいかな。元に戻ったら、今度は向こう側を旅するんだ。人間と関われなくても楽しいと思う」
「そうでしたか。もう一つ伺いたいのですが・・・命は流れます。寂しくはないのですか?」
「うーん・・・」
そのことは考えないようにしていた。
今の仲間とは必ず離れ離れになる。
まだ僕より小さいリリやミントだって、ルージュたちと同じようにいつの間にか大きくなって老いていく。
それはニルスやミランダも同じ、ステラも消失の結界が消えればそうなる・・・。
いつかはみんな流れて・・・。
「寂しくないわけじゃないよ。だから今の内にたくさんお話しして、一緒に笑っておくんだ」
「シロ様・・・」
「だから大丈夫だと思う。コトノハもいるしね」
それに精霊たちも消えない。
あ・・・ハリスはずっといるだろうしね。
「みなさんもそれはわかっているのでしょうか?」
「うん、たぶん・・・僕と同じで今は考えないようにしてるのかも」
「・・・すみません。せっかく問題が解決した日に、悲しいお話をしてしまいました」
コトノハの謝る声は、なんだか女神様に似ていた。
「でもね、もし・・・もしだけどさ。ニルスたちが、精霊になりたいって言ってくれたらいいなって考えることもあるよ」
そのせいか、ほんの少しの希望を話したくなった。
そうなったらもう悲しみは無いし、寂しくもないもんね。
「リラも人間から精霊になったでしょ?だからお願いしたらやってくれると思うんだよね」
「精霊に・・・」
「うん、バニラはそうしてくれるかもしれないんだ。あ、これはまだ女神様には内緒ね」
「そうですね・・・。たしかに境界が無くなれば、向こうにも精霊が必要になるでしょう。作るよりも、信頼できる者に任せる方が安心かもしれません・・・」
コトノハが寂しそうな声を出した。
僕に気を遣ってるのかな?
だけど、あっち側にも精霊が必要なのは間違っていない。
みんなで命の流れを見守るのもいいな。
これは本当にささやかな願い。
ニルスたちは、僕のためにそう思ってくれたりするのかな・・・。
◆
「そろそろみんな起きるかも。コトノハ、テーゼはどうだった?」
二人で街を歩き回った。
太陽がずいぶんと下がってきているから、そろそろ帰らないといけない。
「賑わいがあって楽しい場所です。ただ、私は森や川の方が落ち着きますね」
「ふふ、そうだよね」
コトノハはずっと僕の肩にいたけど、この感じなら楽しかったみたいだ。
◆
「あの・・・シロ様」
家の前に着くと、コトノハが真剣な声で語り掛けてきた。
「なに?」
「ニルス様は・・・」
「ニルス?」
「あの・・・」
もじもじしてどうしたんだろ?
「あ、シロ。出かけてたの?」
「あ・・・」
扉が開いて、ニルスが出てきた。
これから家族の話をしに行くんだろう。
「コトノハと一緒だったの?」
「うん、みんな寝ちゃって退屈だったんだ」
「あ・・・ごめん」
「平気、ニルスこそ早く行ってきなよ。あ・・・お母さんにたくさん抱っこしてって言っておいて」
「わかった」
僕の頭に手が置かれた。
さっきぎゅっとしては貰ったけど、これはまだだったな。
「じゃあ酒場で待っててね」
「うん」
ニルスはとても穏やかだ。
ルージュはどんな顔して聞くんだろう・・・。
「ニルス様、お急ぎのところ申し訳ありません。・・・少しよろしいでしょうか?」
コトノハが去ろうとするニルスの肩に移った。
そうだ・・・ニルスがなんかって話をしてたな。
「・・・どうしたの?」
「あの・・・戦場でもお願いしましたが、落ち着いたらお話しをさせてください」
「忘れてないよ。だけど、落ち着くまで少しかかるかもしれない」
「では、様子を見てお時間がありそうなら話しかけます。それでよろしいでしょうか?」
なんだこれ・・・まさかニルスのことが気に入ったのかな?
ステラは怒らないだろうけど・・・。
「うーん・・・イナズマの火山に行く予定がある。その時なら・・・大丈夫かな。オレの居場所はわかるんだよね?」
「はい、ではその時に・・・」
「覚えておくね」
ニルスは頷くと笑顔で自分の家に走って行った。
気になる・・・。
「ねえ、ニルスとなにを話すの?」
「今は・・・言えません。まず誰よりも先にニルス様に話さなければならないことです」
コトノハは目を閉じた。
ニルスにだけ・・・僕には言えない・・・本当にそういうことなのかな?
「あの・・・僕は口を挟まないけど、ステラを怒らせないようにはしてね」
「へ・・・な、なんのお話ですか?」
「いや・・・ちゃんとステラに二人きりで話すからねって言わないとダメだよ」
コトノハを怒ったりはしなそうだけど、一応そうした方がいいよね。
◆
「あら、おかえりシロ。出かけてたの?」
中に入ると、ステラが笑顔で迎えてくれた。
もう身支度を整えて、いつでも出れるって感じだ。
「起きてるのはステラだけ?」
「そうみたいね。あら・・・」
ステラは、僕の肩にいたコトノハを見ていやらしく笑った。
「ごきげんようステラ様」
「シロと一緒で楽しかった?」
「はいとても」
「ふふ・・・シロはまた浮気をしてたのね」
浮気・・・。
「バニラにミランダにセイラさんにニルスに・・・今日はコトノハ。誰が一番なの?」
「違うよ、コトノハには街を案内してただけ」
こういうこと言われるのあんまり好きじゃない。
僕はみんな大好きだから順番は付けたくないんだよね。
「ふふ、本気にしないで。わかってるから」
「もう・・・」
「怒らないでね。今回は・・・一緒に帰ってきたんだから」
「あ・・・うん」
そうだ、前とは違う。
僕は眠っちゃってたけど、みんなで帰ってきたんだ。
なら、今のからかいも全然許せる。
「よかったねステラ」
「うん・・・それに、戦いは終わったんだよね?」
ステラはちょっとだけ目を潤ませた。
幸福が溢れたんだろう。
「終わったんだよ。だからニルスはルージュのお兄ちゃんになりに行った」
「うん・・・やっと終わったね・・・」
「これからお祝いなんだから泣かないでよ」
「そうだね・・・そうだよね・・・」
ステラはなんとか涙を零さないように頑張っている。
なにか気分の変わることを話さないと・・・。
「そうだ・・・起きた時に迎えに行けなくてごめんね」
「ふふ、いいのよ。全部アリシアが悪いんだもの」
「そ、そうかな?」
「それに・・・ん?そう・・・そうよ!やり直すこともできる・・・」
ステラは突然大声を出した。
なんだろ・・・なにかを思いついたって感じだ。
「どうしたの?」
「はっ・・・な、なんでもない。じゃあ・・・みんなを起こしてくるね」
ステラは笑いながら部屋を出て行った。
やり直す・・・どういうことだろ?
雰囲気は柔らかかったから心配は無い・・・かな。
◆
「シリウス、もう時間よ」「ヴィクター、早く起きないとルージュに会えないよ」「ミラン・・・。あなたたち・・・ちゃんと服を着てから部屋を出てね」
二階からステラの声と扉を開く音が響いてきた。
なんだか緩くていい雰囲気だ。
こんな日々がずっと続いたらいい。
◆
「ミランダさん・・・隣は俺の部屋だってこと覚えてますか?」
みんなが談話室に入ってきた。
でも、なんか変な雰囲気・・・。
「あれ、もしかして騒がしかった?」
「まあ・・・少し・・・」
「なによ、ヴィクターも混ざればよかったのに」
「嫌ですよ・・・」
妖しげな会話だ・・・。
ミランダの部屋には行かなくてよかったかも。
「ノアは疲れたでしょ?」
「え・・・いや、ちゃんと休みましたよ」
「エストは?」
「わ、わたしもちゃんと休めました・・・」
まあ・・・疲れてないならいいか。
ミランダも元気そうだし、なにも問題無い。
「ボクはちゃんと休めたよ」
シリウスは大丈夫そうだ。
ミランダの向かいの部屋だけど、騒がしさは無かったみたい。
「よかったね」
「うん、ねえシロ・・・また精霊のことを教えてほしい。本当のこと全部」
「あ・・・」
そうだったな。ジナスのこと、消された精霊のこと・・・隠していた。
もう知ってしまったんなら、今度教えてあげよう。
◆
「ほらシロ、行くよー」
準備が終わってみんなで外に出ると、ミランダが手を繋いでくれた。
『じゃあ、二手に分かれよう。オレは野宿に必要なものを揃えてくる。二人は一緒に行動して、それぞれが必要なものを買ってきていいよ』
『さんせーい』
『僕もー』
初めて二人でお買い物をした時もこうしてくれたな。
あの時に選んでもらったお財布は、今も使わせてもらっている宝物だ。
「あんたと一緒に歩くの久しぶりだね」
「うん」
「あれ・・・ポッケに何入れてんの?」
ミランダが僕の服を指さした。
・・・たしかに服からなにかが少しだけ飛び出している。
「あ・・・果実の袋だ」
「神鳥の?」
「そう、たぶんジナスが入れたのかな・・・」
意識が切れる前、あいつに向かって投げた。
『・・・一度休め。それを抜いてまた倒れたらどうするのだ。解呪が済んでも、お前が果実を離さなければ私は動けないぞ?』
『なら・・・渡しておく・・・』
うん、ちゃんと憶えてる。
でも、戻してくれるとは思わなかったな。
「空っぽ?」
「いや、残ってる・・・」
袋の中には最後の一つが入っていた。
あれほどの力があるものを返してくれた・・・。
なにかあった時の保険に持ち去ってもおかしくないのに。
「貸して」
ミランダは僕の手から果実を取った。
妙にニヤニヤしてる・・・。
「旅に出たら、まずシルに会いに行こうよ。一個になっちゃったけど、ちゃんと返さないとね」
「あ・・・そうだね。また会いに行こう」
そっか、それを思えば笑顔になるよね。
「えっと・・・あんたの鞄は?」
ミランダが僕の背中をさすった。
あ・・・。
「イナズマが持ってるみたい」
「ふーん・・・じゃあ、あたしのにしまっとくね」
「忘れないでね」
「大丈夫だって。それにあんたも入れるの見てればいいでしょ?」
ああそっか、僕が記憶してれば問題無い。
それにシルの所に行けば嫌でも思い出す。
旅立ち・・・楽しみだな。
その前にお祭りと闘技大会もあるし・・・そうだ。
「ねえねえ聞いてー」
僕は飛び上がってみんなを止めた。
「どうしたの?」
「楽しそうだな」
「なになに?」
ふふん、もっと楽しくなる話がある。
たしか、まだニルスとルージュとハリスたちにしか教えてなかったこと・・・。
「実はね・・・僕のお城でも夜会を開こうと思ってるんだ。仲良しをみーんな呼ぶから楽しみにしててね」
まだいつにするかは決めてない。
闘技大会のあとがいいかな。
「酒場でもみんなに言うけど、忘れないでね・・・ふふ」
夕焼けの中、みんなは笑顔で答えてくれた。
楽しい予定は憶えててくれるはずだ。




