第二百七十九話 真意【シロ】
どのくらいの時間が経ったんだろう?
ジナスが言ったように、洗い場の騒がしい命も気にならなくなっていた。
「まだ明の月にはなってない?」
二人だけ・・・こいつに聞くしかない。
「まだだな・・・」
「あと何日?」
「三日だ」
あんまり時間が無い・・・。
「語らいたいのか?」
「・・・うるさい」
「ハリスが来るのは、毎回お前が気を失っている時だな」
ジナスは嘲るように鼻で笑った。
こいつ以外と話したい。
ハリスは間が悪いんだな・・・。
「やり始めた時よりも目覚めが早くなっている。・・・成長したな」
「話したいのはお前じゃないのか?」
「記憶を探る力も無い。ハリスが持ってきた本も読み飽きたのだ」
ジナスが持っていたのは二人の兄妹の物語だった。
ニルスとルージュの名前はあれから貰ったって聞いている。
「幼い兄妹が離れ離れになった両親を旅をしながら探す・・・なにが面白いのだろうな」
「見つけるまでの過程だ・・・。たくさんの出逢いや出来事を通じて、兄妹は成長していく。読んだ人は愛や絆の大切さを知るんだ」
「それがお前の考えか?」
「僕だけじゃない。みんなそう思う」
ハリスはなにを思ってあの本を渡したんだろう?
ジナスが感動して心を入れかえるとでも思ったのかな?
「カゲロウが読ませろと渡したらしい。生意気な分身だ」
あの子が持たせた?
見た目が子どもだからか・・・。
「・・・棘はあとどのくらいある?」
「数えてない・・・でも魂の姿は見えてきている」
「なるほど、戦場にギリギリ間に合うかどうかだな」
「もう話はいい・・・命が集まったからまた解呪に戻る」
心は回復しているのに、命を纏うのを待たなくてはならない。
この時間が歯がゆい・・・。
「ん・・・」
いつの間にかコツを掴んでいた。
纏った命への負担が減って、一度に抜ける棘も増えている。
また、気を失うまでやろう・・・。
◆
「心配するなよ・・・言う通りにしているだろ?」
意識が少しずつ戻ってきた。
「契約など無くても従ったさ・・・」
また目覚めるまでのぼやけた時間・・・その中で声が聞こえた。
ん・・・ジナスが誰かと話してる?
「・・・遊び歩いているくせによく言えるな」
誰がいるんだ?
「鬱陶しいな。・・・戦いが終わったらでいいだろ。ニルスにはお前から伝えればいい・・・もう戻れ、そろそろ目覚める」
ニルス・・・なに?
あ・・・体が動く・・・。
「ん・・・誰がいたの?」
僕は起き上がって辺りを見回した。
誰も・・・いない。
「余計なことに気を回していていいのか?」
「・・・お前の声が聞こえた」
「そうだな・・・声を出してはいた」
「ニルスがなんなの?」
「あいつも大変だなということだ。・・・大したことではない」
ジナスは全部ごまかすつもりらしい。
けど・・・嘘もついていない。深刻なことでは無いのか?
「お前はアリシアの解呪だけを考えていればいい。そうだな・・・戦いが終わればわかるんじゃないか?」
「・・・わかった」
たしかに言う通りだ。
まずはお母さんの解呪が最優先・・・。
◆
命も集まり、僕は棘を抜いていく。
そして・・・また意識が遠のく・・・。
◆
「おや、久しぶりにお話ができそうですね」
目覚めるとハリスが来ていた。
また命を集めなければならないから、その間はみんなのことを聞こう。
せっかく話し相手が来てくれたんだから・・・。
「戦いは万全で挑めます。なのでシロ様は焦らずとも大丈夫ですよ」
ハリスが口元を緩めた。
万全・・・。
「・・・でも、ニルスはなにも食べられない」
「ご心配なく、メピル様が氷の棺を使いました」
「あ・・・そっか」
たしかにメピルも使える。
そこに考えが至らなかった。
・・・僕もまだまだだな。
「バニラ様も全員分の肌着を仕立て終わりました。モナコ様とニコル様も協力していましたよ」
「そうなんだ・・・」
みんなができることしてくれている。
実際に戦うわけじゃなくても、それが力になるだろう。
「今は待っている状態ですか?」
「うん・・・命を纏うまで・・・」
「では食事をご一緒しませんか?いつも食べていただいているようですが、ジナス様と二人では楽しくないでしょう」
「ふ・・・大きなお世話だ」
ハリスはいつもバニラとメピルが作ってくれたものを持ってきていた。
その全部に魂の魔法が込められていて「負けないぞ」って気持ちをくれる。
◆
「ジナス様もいかがですか?」
ハリスはバニラの作った焼き菓子を一つジナスに差し出した。
別に構わなくていいのに・・・。
「・・・それは好かん。焼けるように甘い」
「そうでしたか、ずいぶん抑えていただいたのですが・・・」
たしかに僕のとハリスのは包みが違う。
そっちは甘くないんだな。
「・・・もう命は作らないのか?」
ジナスは薄ら笑いを浮かべた。
なんてことを・・・。
「その予定はありませんね」
「必要ならまた手伝ってやってもいいぞ」
「チル様がいるので気遣いは無用ですよ。挑発も無駄です。私もリラさんも、あなたに恨みはありませんので」
ハリスは余裕で返した。
たぶん、ジナスはからかいたいだけだからこれで合ってる。
「チルはお前たちの子ではないだろ?」
「それでも家族に変わりはありません」
「家族・・・お前たちはすべてかりそめだ。命を重ねることができない」
「・・・」
ハリスの顔が少しだけ曇った。
「だが、お前だけは別だ。適当な女に種をやればいい」
「・・・」
なんでこんなことしか言えないんだろう?
ハリスを煽った所でなんの得も無いじゃないか・・・。
「大丈夫だよハリス。君たちはとわに続く、かりそめなんかじゃない」
僕はジナスとは違う・・・。
「シロ様・・・わかっています。とわに続くのなら本物ですね」
「うん、だからこいつに惑わされちゃダメだ。言葉はまやかし・・・身体、記憶、魂、心、四つに刻んで繋ぎ止めるんだ」
それが一番美しいあり方。
精霊も人間も同じだ。
◆
「ジナス様、今日は饒舌ですね」
ハリスはすぐいつもの調子に戻った。
僕の言葉で元気になってくれたのなら嬉しい。
「もうじき力が戻るからだな」
「女神にも存在を気付かれてしまいますね。自由などあるのですか?」
「どうだろうな・・・」
あるわけないだろ。消されるか役目を与えられるかだ。
役目だったとしたら、境界を任されるようになるはず。
「単なる興味なのですが・・・なぜ女神に謀反を?」
ハリスの目が鋭くなった。
僕も聞きたかったことだ・・・。
「・・・なんであんなことしたの?」
僕の口からも出ていた。
知っておきたい・・・。
「ああ・・・知りたいのか・・・ふ・・・ふふ・・・」
ジナスは目を瞑り、声を抑えて笑い出した。
不気味・・・。
◆
「・・・ここは退屈だと言っただろ?」
ジナスは笑いが治まると静かに語り出した。
「退屈・・・」
「女神は飛び回って自由にしているが、私はここから動くなと命じられていた。お前は城にいろと言われていたようだが、外に出てもお咎めはなかっただろ?」
たしかにそうだ。気分によっては少しだけ外に出て景色を見たりしていた。
他の精霊たちもよく顔を出していたし、女神様も呼べば来てくれていたから退屈だって思ったことは無い。
「裏でリラさんと会っていたようですが・・・」
「そうだな、短い時間なら抜け出せる。呼びかけよりも、実際に会った方が取り込みやすいからな」
「なぜ女神は動くなと?」
「さあな・・・あいつは自分がここに来た時に私がいないと癇癪を起こすんだ」
それはわかる気がする。
「お前は一番愛されていたじゃないか・・・」
今はどうか知らないけど、女神様はジナスを一番気に入っていた。
だから呼ばれなくても自分から会いに行っていたんだ・・・。
「そうだな、お前が嫉妬するほどだ。どの精霊よりも多くまじわっていた」
「まじわる・・・ステラ様を煽る時にも仰っていましたが生殖行為ですか?」
「似たようなものだな。それも多すぎて飽きたのだ」
僕はそう感じたことがない。
でもジナスはそれくらい多く女神様とまじわっていた・・・。
「では本題です。そこまで寵愛を受けていたあなたがなぜ女神を封じたのですか?」
「退屈過ぎたのだ。そこで見つけたのが闘争の記憶・・・ずっと見ていた」
「しかし記憶では物足りなくなったと」
「そうだ、命を燃やしている姿はとても美しい・・・人間なら血が滾ると言った所か。実際に見たくなったんだよ」
ジナスは子どもの姿なのもあって、ただ純粋に夢を語っているだけのように見える。
・・・ダメだ、惑わされてはいけない。
「鍛えた体を・・・磨いた技を振るっている人間に興奮したのだ・・・」
「抑えきれなかったのですね」
「そうだ・・・人形を戦わせてみたがどうも違う。命でなければダメだ」
違和感がある。
それを知っていたはずの女神様はなんで放っておいたんだろう?
「女神様には相談したんだよね?」
「・・・退屈だとは何度も伝えていた。だがあいつは、それならもっと愛を渡すとだけ・・・私の欲求などそれで封じ込められると思ったのだろう」
そうか、それで女神様は自分からジナスの所に・・・。
僕もわがままを言っていたら自分から来てくれたかな?
「そんな時に女神がリラを連れてきたのだ。元人間、命を精霊に・・・今までに無いことだ。それであいつに興味を持ち近付いた」
「リラさんはあなたに打ち明けたわけですね?」
「愛している人間との間に子どもが欲しいと語っていたな。そこで愉快なことを考えたのだ・・・闘争でなくとも面白いことになるのではないかとな」
その時のジナスはまだ何もしていないわけだから誰だって信じる。
たぶん僕も・・・。
「想像以上だった。あそこまでするとは思わなかったが、楽しませてもらったぞ」
「光栄ですね・・・」
「それから二百年・・・少しずつ世界を戻していく中で、戦場の筋書きを考えていた。大地はまだすべて元に戻っていない、それを条件に出せば人間は戦うのではないか・・・」
人間はそれに乗せられて戦った。
大地を取り戻す・・・戦う理由としては充分だ。
「魔族もその時に考えたわけですね。まったく記憶に無い存在でしたが、戸惑う人々は見ていて滑稽でしたよ」
「お前はどうせ無関心だろうと踏んでいたから自由にさせていた。・・・一番の問題は女神だった。思い通りにするためにはやはり邪魔だ」
「まあ、許すはずはないでしょうからね」
当然だ。「やってみなさい」なんて言うはずが無い。
「命もまた増えてきた頃・・・初めて私から女神を呼んだ」
「そこで封じたのか?」
「そうだ・・・もう自分を抑えられない、愛で止められるのならやってみろと機会を与えた。あれが気を抜くのはまじわる時だけだ・・・思い通りになったよ」
思い通りか・・・でも女神様はすべてわかっていた。
それでも自分の愛でジナスを止められる可能性があったから行ったんだろう。
「女神もどうかしていると思います。自身を封じることができるほどの力をあなたに持たせた・・・どういう意図でしょうか?」
「・・・あれの感情はよく揺れる。それを自身でもわかっていたんだろう」
「つまり、あなたは世界が沈むのを止めなければならなかったと・・・」
「そういう時のためだな」
でもジナスは止めなかった。
笑いながら見ていたんだろう・・・。
「それであなたは難なく女神を封じられた」
「手こずるかと思ったがそうでもなかった」
「でも・・・女神様は種を蒔いていた。僕たちを信じて・・・」
三百年以上も待たせてしまったけど、ニルスのおかげですべて芽吹いた。
「輝石、精霊鉱・・・ステラ様もそうでしたね。手を打たなかったのですか?」
「私では破れない結界だ。脅しであの村を焼き払おうかとも考えたが、もしその中から戦場に出る強い人間が生まれたら・・・それで放っておいた」
「そのおかげで人間は魔法を使えるようになったのです。脅威には感じなかったのですか?」
「魔法か・・・人間には限界がある。恐れる敵では無い」
その通りだ。人間がいくら魔法を鍛えたところで僕らを消すほどの力は無い。
守護や治癒は素質の高い人は厄介だけど、彼らには疲労がある。
攻め続ければいつかは崩れるから、正直恐くはない。
ステラも僕らに近い強さで使えるけど無条件じゃない。
それは人間として作られたことを考えれば容易に想像がつく。
でも、それは単体での話・・・。
「人間たちが魔法を束ねたら別だ。お前でも無理かもしれない」
「ああそうだな。ステラはそれも考えて大陸統一の手助けをした」
「ジナス様でも負けるのですか・・・」
「正面からぶつかれば危険だ。まあ、そんな愚かな真似はしないがな」
たしかにそうだ。
みんなが戦うつもりになったとしても、ジナスが応じなければ意味が無い。
「僕たち精霊が集まっても出てこなかったのか?」
「・・・どうだろうな。気分による」
ジナスは鼻で笑った。
『あなたたち四人が共にいれば、ジナスは必ず気付く。洗い場に行かずとも、迎え撃つことができたのです。そこであなたたちと精霊鉱の武器で弱らせて、ステラのいる土地に転移で連れて行き無力化・・・一番可能性の高い作戦でした』
女神様が考えた当初の作戦・・・。
『戦場、戦いの終わりを告げたあと・・・海の水を移動する時はこちらに来ます。・・・わずかな時間ですがあなたならできるはず、一度繋がり、洗い場に戻るまで離さずにいてください。気付かれはしますが、目的までは察せないでしょう』
予定が変わったけど、僕たちのやったことが正解だったんだろう。
「人間たちには増えてほしかった。だから勝手にさせておくことにしたのだ。その間に私は・・・邪魔な精霊たちを消すことにした」
ジナスの目が僕に向けられた。
思い出したくもない光景、ずっと残っている悲鳴・・・。
「それがあるから・・・僕はお前を許していない。なぜ消した・・・」
「お前たちが従うようにだ。・・・目論見通りにはなったな。シロたちは私の次に古い精霊だ。消した奴らなど足元にも及ばないほどの力がある・・・命の流れなど、お前たちがいれば充分だ」
「・・・一つ引っかかります。なぜイナズマ様を残したのですか?精霊鉱を作れるあの方を消さなかった理由がわかりません」
ハリスが袖を伸ばした。
疑問はもっともだけど、正直そっちも恐れるほどじゃない。
ジナスもそう思っていたはずだ。
「少しは考えろよ。精霊鉱の武器があったとして、どうやって私の所に来るのだ?」
「なるほど・・・私も場所がわからなければ運べませんし、ステラ様もそうですね」
「私はリラ以外の精霊に触れさせたことはなかったからな。ニルスに罰を与えた時にシロに触れられたが、なにもできはしないと思っていた。だが・・・多くの誤算があったようだ」
「僕たちを甘く見ていたからだ」
だから止められた。
いつしか僕たちの監視をしなくなったことも大きな油断だ。
「そうだな・・・お前たちを捕らえた時に記憶を見させてもらった。その中に女神から授かった輝石もあったのだ・・・」
「奪わなかったのですね」
「なんの力も感じなかったからな。だが、シロたちだけに持たせたことをもっと疑うべきだった。私の次に愛されていたことは知っていた・・・特別だと言う意味で渡しただけだと思っていたんだ」
「僕もそうとしか思っていなかった・・・」
特別に思われているからこその贈り物・・・それくらいだったな。
「まあ、お前の言うようにイナズマだけは消しておくべきだった。女神は対抗策に関する記憶にだけ結界を張っていたんだ。・・・甘すぎたと反省している」
「ふふ、そうですね。イナズマ様がケルト様へ精霊鉱を与え、アリシア様とも繋がった。ですが・・・ここまでの予測は無理です。運が悪すぎましたね」
そして・・・それを振るうニルスが生まれた。
胎動の剣もそうだ。あれだけがあらゆるものを切り裂ける。
それはニルスとケルトさんの愛・・・二人分を込めたからだ。
「・・・話はここまでだな。そろそろ解呪に戻れ」
ジナスが僕を指さした。
まさかここまで話すとは思わなかったな。
「言われなくてもやるよ・・・」
「貴重なお話をありがとうございます。語らうのがお好きならば、私はいつでもお付き合いできますよ」
「そうか・・・気が向いたらな」
「では失礼いたします」
ハリスが来た時に意識があってよかった。
やっぱりこいつと二人きりは息が詰まる・・・。
◆
「・・・この夜が明ければ戦場だ。残りはどのくらいだ?」
眠りから目覚めると、ジナスが真剣な声が聞こえた。
もう直前じゃないか・・・。
「三十も無い・・・間に合うかも」
「焦るなよ」
「わかってるよ・・・」
口だけだった。本当は焦りがある。
でもたぶん・・・いける。
そしたら、ニルスたちは戦う必要が無くなるんだ。
「わかっていないようだな」
「・・・無理だよ、落ち着くわけない」
もうすぐお母さんと話せる。
早くぎゅっとしてもらいたい・・・。
「・・・女神がアリシアに嫉妬しそうだな」
「そんなことない。仲良くしろって言ってくれたもん・・・」
嫉妬か・・・女神様にそんなものあるのかな?
そういえば、ジナスってどのくらい女神様のことを知っているんだろう?
聞いたら教えてくれるのかな・・・。
「ねえ、女神様ってどこから来たの?」
「私も詳しくは知らん。天の遥か彼方で生まれ、流れた星・・・その一つだと話していたことはある」
ジナスは真面目に答えてくれた。
・・・偽りも無い。
「星?」
「真実かは知らん」
「もっと聞いて・・・いい?」
「構わん、まともに話す気になってくれたのだからな」
どうしたんだろう・・・もうすぐ力が戻るからかな。
でも答えてくれるなら・・・なにを聞こう?
『女神様って名前あるの?』
『え・・・名前・・・』
そうだ・・・。
「女神様の名前・・・僕は教えてもらったことがない。知ってるの?」
以前、シリウスに聞かれて答えられなかったことを思い出した。
「名前か・・・知っている」
僕はジナスの次に作られたけど、かなり間があるっては聞いていた。
それまでは二人きり、たくさん話したんだろう。
「知りたい・・・名前で呼んであげたい」
「それなら自分で聞け、今の言葉を伝えれば喜ぶだろう」
「わかった・・・たしかにそうかも」
うん、女神様に聞いた方がいい。
ジナスに教えたんだ。僕にだって・・・。
「そろそろ命が集まるな。・・・まだなにかあるか?」
「ある・・・女神様は僕とお前、どっちを愛していた?」
「ふ・・・気になるか?」
「僕だけじゃない・・・オーゼもチルもイナズマも、ずっとそれを気にしてる」
誰もが一番愛されたいと思っている。
だけどジナスがいる限りそれは無いこともわかっていた。
「今はどうだろうな・・・お前たちより下になっているんじゃないか?まあ、以前の話であれば私だ」
「そう・・・そうだよね・・・」
「その感情は理解してやれるぞ。・・・私はお前たちに嫉妬している」
「え・・・」
僕はジナスを見つめた。
嫉妬・・・僕たちに?
「わからない・・・お前は女神様を疎ましく思っていたんじゃないのか?」
「女神ではない。お前たちがニルスに愛されているからだ」
ニルス・・・そういうことか。
ふふ・・・なんかそっちの方が優越感あるな。
「どうしたらニルスに愛されるか教えてあげようか?」
「必要無い・・・知っているからな」
「なんでそうしないの?」
「お前たちのような愛され方は望んでいない。いずれにしろ、奴が私を許すことは無いだろうしな」
理解できないな。たしかにニルスがジナスを許すとは思えないけど、距離を近付けることはできる。
それは簡単なこと、寄り添ってあげればいいだけ。
ニルスはそうしてくれる存在を愛してくれる。
『泣くなよニルス、そんなこと欠片も思っていないだろ?』
『その方が強くなれるだろ?戦う理由があってよかったじゃないか』
今回もあんな追い詰めることはしないで「贖罪のために協力したい」って言えばニルスも見直したかもしれない。
「許してもらえるように信頼を得ようとしないのはなぜ?」
「お前たちとは違うと言っただろ?・・・敵意を持ちつつ愛してほしい。心を焦がす程度ではダメだ・・・その想いで焼き尽くされてみたいのだ」
「歪んでる・・・僕はそれを愛とは呼ばない・・・」
「歪んでいるか・・・ルージュにもそう言われた。どう思われようと知ったことではないがな」
ジナスが欲しい愛は、僕やルージュのものとは全然違う。
どうしようもない奴だ・・・。
「まさかお前・・・そのためにまたなにかするつもりなのか?」
「ただ夢を語っただけだ。女神が許すはずがないだろ」
それもそうか・・・。
「すなわち私にできるのは、ハリスと同じようにからかうくらいだな」
「僕がニルスを守る・・・そんなことはさせない」
「好きにすればいい・・・」
「ニルスの真似をするな!」
まったく・・・すぐ調子に乗って・・・。
「間に合わせたいんだろ?そろそろ取りかかれよ」
「そうする・・・」
僕はジナスに背を向けた。
解呪に集中しなければ・・・。
◆
「・・・夜が明けた。戦いは始まってしまったな・・・どうだシロ?」
間に合わなかった。
でも・・・。
「あと・・・三つ・・・」
辛くなってきた。
なぜか残ったものほど抜く時の負担が大きい。
もっと・・・心を強く・・・。
「ん・・・あと二つ・・・」
「・・・一度休め。それを抜いてまた倒れたらどうするのだ。解呪が済んでも、お前が果実を離さなければ私は動けないぞ?」
「なら・・・渡しておく・・・」
僕は神鳥の果実が入った袋をジナスへ放った。
「ふ・・・私を信用するのか」
「そうだ・・・これを抜くと同時に氷の棺も解く・・・。黒煙を消したらお母さんをニルスたちの所に運んでほしい」
「・・・私がアリシアを流してしまったらどうする?」
「お願い・・・」
僕は残った二本を一緒に引き抜いた。
「お母さん・・・」
意識が薄れていく・・・視界はもう真っ暗だ。
それでも氷の棺を解くくらいはできる・・・。
「シロ・・・」
ちょっと堅いけど、優しい腕が僕を包んでくれた。
ああ・・・また眠るのか・・・。
起きたら・・・いっぱい褒めて・・・くれるかな・・・。




