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Our Story  作者: NeRix
地の章 第二部
29/481

第二十七話 一騎打ち【ニルス】

 なんだろう・・・心が軽い。

本当の気持ちを伝えられたからか?


 『なら出て行くといい、臆病者は必要ないからな』

『逃げるのか?クライン家の恥だな』

想像していたようなひどい言葉は無かった。

 無い・・・そんなこと無いってわかってるのに、どうして想像してしまうんだろう・・・。


 あの人はオレのことをどう思っているのか。

全然わからないけど・・・きのうまでより、ずっと心が楽だ。



 「・・・」

いつも通りに起きて食卓についた。


 「あの・・・ニルス・・・おはよう」

アリシアもいつも通りに支度を済ませていた。

食事・・・戦場の時以外は、欠かさずに用意してくれたな・・・。



 食卓はとても静かだ。

特に話すことが無いから・・・。


 「私は食べ終わったら訓練場に行く・・・」

アリシアが声をかけてくれた。

なんか、居心地悪いな・・・。


 「ニルスも・・・体を動かしたければ来るといい」

オレは答えなかった。

もう「一緒に行こう」は無いらしい・・・。


 「ニルスのこと・・・べモンドさんに話しておくよ」

「そう・・・あとで行く」

鍛錬は続けるつもりだった。

戦士の報酬は無くなるけど、日課だったしな。


 「明日は・・・功労者の・・・」

「わかってる・・・」

「ルージュは私が見るよ・・・」

「そう・・・」

きのうは自分のことを「母さん」と言っていた。

・・・別にいい、いつも通りだ。



 ルージュと一緒に外へ出た。

ゆっくり、二人で歩いていく・・・。


 「あの雲なにに見える?」

「・・・」

「なんかお魚みたいに見えない?」

「・・・」

ルージュは少し歩くと地面にお尻を付けた。

・・・仕方ないな。


 「はい、ルージュは乳母車が好きだね」

「・・・」

「・・・君は、ちゃんとお母さんって呼んであげるんだよ?」

「・・・」

せめて、この子の声を聞いてから出たいな・・・。


 「アリシアには・・・ちゃんと頼んでいくからさ。兄さんは・・・」

暖かい春風が吹いて、オレの頬を撫でた。

 「風・・・兄さんはとわにさすらう風になるんだ。・・・かっこいい?」

「・・・」

大丈夫、頼むのはアリシアだけじゃない・・・。



 「ニルス・・・」

訓練場の入り口前にイライザさんがいた。

今来た感じじゃない、ずっとここにいたらしい。


 「・・・おはようございます」

「おはよう。ルージュも・・・」

イライザさんはルージュのほっぺをつついた。

・・・なんの用だろう。


 「私も娘が欲しいんだけどね」

「男の子は・・・いらないってことですか?」

「・・・」

「すみません・・・忘れてください」

言ってしまった。

嫌な気持ちにさせたかもな。


 「謝らなくていいよ。あんたがどう思うかを考えずに言ってしまった」

「今のを察するのは無理があると思います」

「そうでもないさ・・・入るんだろ?行こう」

「はい」

背中を優しく叩かれた。

たぶん・・・全部聞いたんだろう。



 「ニルス・・・お前と勝負をしたい」

中に入ると、アリシアが近付いてきた。

 なにか企んでるのか?

まあ・・・いいや。


 「ありがとう・・・」

返事は、声を出さずに頷くだけで答えた。

 なんで「ありがとう」なんだろう?

本当になにもわからないや・・・。


 「スコット・・・」

「ニルスは受けたんだ。口出しはしない方がいいと思う」

ティララさんとスコットさんの小声が聞こえた。

急な思い付きじゃないってことか。


 「受けたぞ・・・」「真剣勝負?」「みんな呼んでくる」

周りからも声が聞こえる。

 「アリシアが勝つだろ」「ニルスも強いけどまだ無理じゃないか?」「いや、ニルスはもうアリシアを超えてる」

これから催し事が始まるって感じだな・・・。


 好きに言わせておけばいいか。

それにちょうどいい、オレが勝てば戦士をやめることに誰も文句は言えないだろ・・・。


 受けたのはなんとなくではあるけど、今は誰にも負ける気がしない・・・。


 「・・・栄光の剣を使う」

「構わない、私も聖戦の剣で戦う」

アリシアの顔が変わっていた。

 きのうの夜とか、今朝に見た弱そうな感じじゃない。

戦場に立つときの・・・これから戦うときの顔だ。



 体を伸ばしていると、いつの間にか他の戦士たちが大勢集まっていた。

みんなの踏んだ土が砂煙を上げて、風で舞い上がっていく・・・。


 「誰か・・・ルージュを・・・」

「任せろ」

カーツさんが乳母車の周りに守護の結界を張ってくれた。

これで目や口に砂が入ることはない。


 もう始めるか・・・。



 オレたちは観戦者たちの中心で向かい合い、武器を構えた。

栄光の剣・・・使いやすいんだけど、重い名前・・・。


 「全力で来い。私はそのつもりだ」

「・・・わかった」

本気のアリシアとやるのは初めてだ。

 

 ・・・体が震えてくる。

でも恐くはない。自分で・・・本当に自分で決めた。

だから心が軽い・・・。


 「スコット、合図を頼む。ニルス、負けた方はなんでも言うことを聞く・・・どうだ?」

「・・・いいよ」

オレが深呼吸を終えたと同時に、スコットさんが二本の剣を掲げ・・・打ち鳴らした。


 「ニルスーーー!!!!」

アリシアが叫びを上げ、地面を蹴った。

 全力・・・間違いないみたいだ。

オレみたいによっぽど覚悟してないと、気圧されて怯んでしまう。


 「よく耐えた!すぐに終わってはつまらないからな!!」

アリシアは剣を抜き、オレの腕を狙って斬り上げた。

何度も見た技だけど、今日は知っている動き以上の速さだ。


 「効かないように鍛えただろ・・・」

オレは一歩後ろへ下がり、ギリギリで躱した。

 「効くまでやるんだ!!!」

アリシアはすぐにまた踏み込んだ。

・・・脚か。


 「どうしたアリシア・・・」

蹴りも躱した。

 「いつも通りだ!!」

いつの間にか剣が迫っている。

この人に油断なんて無い、必ず連撃・・・オレもそう教わった。

 ・・・だから問題ない、準備してある。

二撃目も躱し、片足が上がっているアリシアに体ごとぶつかった。


 「やるな!だがそのくらいの当たりで私は飛ばない!!」

「まだ、手はある・・・」

「やってみろ!」

アリシアはオレの体当たりを耐え、すぐさま突きを繰り出した

 「・・・見えてるよ」

左手の拳、躱されても二の手を即座に用意している。

次は払いか、低めだな。躱されたらその回転を利用して・・・首だろ?

 「まだだ!」

予想通り首を狙ってきたところを栄光の剣で防いだ。

あーあ・・・力、強いな。


 「全部・・・わかるよ」

さっきは緩めてしまった。

 「耐えられないと思う・・・」

剣を弾かれた一瞬の隙、今度は渾身の蹴りを打ち込んだ。


 『教えるのは今日だけ、あとは自分で磨くのよ。これは才能もあるから無理だと思ったら諦めなさいね』

セイラさんに教わった技術は、もう自分のものにできている。

 『そうだな・・・わたしはこの石畳割れるよ』

それを人間に・・・。


 「ぐ・・・」

だからさすがのアリシアでも耐えられない。

 「一撃で終わるわけないだろ・・・」

オレにも油断はない、必ず連撃だ。

・・・あなたより速く動けるよ。



 「オレの勝ちだ。アリシアは・・・死んだ」

切っ先を顔の前で止めた。


 「予想以上の衝撃だった・・・。少し・・・出遅れてしまったな」

アリシアは受け身のあと、間を置かず反撃に出ようとしていた。

ほんの一瞬だけどオレの方が速かった・・・それだけだ。

 「そう・・・遅い・・・」

血が、心が・・・昂っている。

素直に楽しかった。腕試しなら悪くないな。


 「アリシアが負けた・・・」「あいつまだ十四だぞ・・・」「やっぱ調子悪かったんじゃないのか?」

ざわめきが増えていく。

・・・そんなことはない、絶好調だったよ。


 「みんな静かにしてくれ!!私の負けに変わりはない!!」

アリシアが立ち上がって、戦士たちに敗北を伝えた。

 そう、オレの勝ち・・・。

ここまで・・・強くしてくれた。


 「気は・・・済んだ?」

「ああ・・・お前は私よりも強い。旅へ出て・・・どこへ行こうと大丈夫だろう」

アリシアは不安そうに笑った。

 たぶん、オレに自信を持たせるため・・・。

この戦いはそういうことだったのかな?


 「みんな聞いてくれ!ニルスはもう戦士をやめて、十五になったら旅に出るんだ!私に勝った・・・それだけ強いということだ!!」

アリシアが戦士たちに叫び出した。

・・・なんだよ。


 「一番・・・そう、一番強い!!この子に・・・文句がある奴はいないな!!」

訓練場が静まり返った。

つまり、誰も文句は無いってことだ。


 オレに自信を付けさせるのが目的だと思っていたけど、それだけじゃなかった。

 戦士を黙らせるには力を見せればいい、オレに残ってほしいなら腕ずくでやれってこと・・・。

 オレも考えていたこと・・・。

不器用だな・・・まあ受け取っておこう。


 『お前を世界で一番強い男にしてやろう』

今、アリシアに勝てる人っているのかな?

約束・・・果たしてくれたんだろう。


 でも・・・。


 『そうなんだ・・・オレも嬉しいと思う。ねえ、約束だよ?』

『ああ、約束だ。毎日鍛えればきっと強くなるだろう』

あれは・・・無いのか・・・。

オレが勝っても、嬉しくはない?



 「地図は一番新しいのを持ってけよ」「靴は急に穴が開いたりすることもある。予備は必ず用意しないとダメよ?」「宿場が近くにある時はそっちに泊まった方がいいぞ。疲れの取れ方が違うんだ」

戦士たちは、みんな旅立ちを祝福してくれた。

明日出るわけじゃないんだけどな・・・。


 でも、戦場から去るオレを責める人は誰もいなかった。

もっと早く伝えていれば、こんなに心の中が絡まることはなかったのかもしれない。

 

 ・・・結局、誰も信じられなかったオレが悪いんだろう。

でも・・・これで戦士から解放されたんだ。



 夕方まで戦士たちに捕まっていた。

まったく鍛錬できなかったな・・・。


 「ニルス君、今日も酒場に行かない?」

「行こうぜ」

帰ろうとしたらスコットさんとティララさんが誘ってきた。

ありがたいけど・・・。


 「ごめんなさい、ルージュが・・・」

「ニルス、行ってきて大丈夫だ。ルージュは・・・私が見る」

アリシアが後ろにいた。

 「ちゃんとできる・・・。読み聞かせもする・・・」

「そう・・・」

つまり、一緒には来ないんだな・・・。


 「わかった・・・ルージュ、また・・・あとでね」

心配だけど、そうした方がいいと思った。

オレはいなくなってしまうから・・・。



 「アリシア様からも頼まれたんだ。祝福してくれって・・・」

「頼まれたからってだけじゃないからね。私たちもそうしたいんだ」

酒場までの道で、二人が思いを教えてくれた。

そんなの顔を見ればわかる。


 「あの・・・なんにも・・・できなくて・・・」

「なんとなく・・・わかってたんだけど・・・」

「まあ・・・気付いてるんだろうなっては思ってました」

だからなにも言わなかったオレが悪い。


 「ごめんなさい・・・」

「謝ってどうにかなるわけじゃないけど・・・」

「あの・・・気にしないでください。まだテーゼにいるんで、仲良くしてくださいね」

それに、頼みたいことがたくさんある。

オレを知っている人、全員に・・・。



 「ニルス・・・」

酒場に入ると、ルルさんが暗い顔で近付いてきた。

たぶん、きのうのことだ。


 「あたし・・・アリシアに・・・」

「アリシアはなにも教えてもらえなかったって言ってた。・・・ありがとう」

「ニルス・・・」

ルルさんに抱きしめられた。

戦士をやめて旅人になること、ちゃんと話さないとな。



 「水の月・・・」

「うん、色々準備もあるから・・・」

「あと・・・四ヶ月・・・」

ルルさんは潤んだ目で話を聞いてくれた。

なんか・・・切ない。


 「アリシアとは・・・」

「別に・・・仲悪くはないよ」

「・・・そう。ニルス、いつでも来なさい」

「そうする。・・・ありがとう」

ルルさんの曇った顔は晴れなかった。

あの人とどうなったわけでもないからなんだと思う・・・。



 「ニルス、私たちも混ぜてよ」

「・・・お久しぶりですね」

ジーナさんとエディさんが来て、同じテーブルに座った。

エディさんと最後に会ったのいつだったろう・・・。


 「なんていうかさ・・・友達じゃん?だから、抱え込まないで言ってほしかったよ」

「ニルス様のいないお茶会はとても退屈でした」

「そうそう、スコットだけじゃつまんないんだよね。ニルスの楽しそうな顔見たいってのもあったんだ」

未知の世界は、あれからも三人で見ていたらしい。

オレがいないとつまらない・・・嬉しいな。


 「お茶会・・・スコット、私とアリシア様に嘘ついてたの?」

「え・・・嘘っていうか・・・」

「なに・・・してたの?」

ティララさんに隠し事が知られてしまった。

・・・黙っとこ。

 「楽しかったよねースコット。・・・興奮しちゃってさ」

「ちょ、なに変なこと言ってんですか!」

「あの顔・・・ティララに見せたことないんじゃない?」

「スコット・・・全部話して。場合によっては・・・刺す」

一緒に住んでるんだから教えておけば・・・オレができなかったことだ。

やっぱり黙っておいた方がいい・・・。



 「あの変な新聞か・・・」

ティララさんは事情を聞いて呆れた顔をした。

まあ、わからない人を否定はしないけど。


 「ニルス様、ルージュ様は・・・どうするのですか?」

エディさんがオレの目を見てきた。

ずっと黙っていたけど、これを聞きたかったんだろう。


 「戦う前に、負けた方はなんでも言うことを聞くと取り決めをしました」

もう、なにをしてもらうかは決まっている。

 「オレのようにするなって伝えます。ただ・・・様子が変わったらお願いしたいです。たぶん・・・オレは戻らないと思うから・・・」

「・・・」「・・・」「・・・」「・・・」

みんなが真剣な顔になった。

 ルージュを置いて行くのはたしかに心配だ。

でも、アリシアは同じ間違いはしないと思う。

周りには、ルルさんやみんなもいるからきっと大丈夫だろう。


 けど、できれば・・・一度だけ「お兄ちゃん」って呼んでほしいな・・・。

いや・・・無い方がいいかもしれない。

・・・どっちがいいんだろう?


 「改めて、みんなの所には行きます。色々・・・お願いしたいことがあるので・・・」

でも、とりあえず頼んではおこう。

ルージュのために・・・。



 「遅くなっちゃったな・・・」

街の明かりが少しずつ消え、夜の闇が覆っていく。

家に着いたのはそのくらいの時間だった。


 「ルージュ・・・」

扉の前まで近づくとルージュの泣き声が聞こえてきた。

 夜泣き・・・もう無いと思ってたんだけどな。

でもアリシアが一緒にいるから、起きてあやしてくれるはずだ。

今は・・・なんか会いたくない。


 ・・・泣き止むまで待つか。

ちゃんとできるのかも確かめないといけないから・・・。



 床のきしむ音が聞こえた。

アリシアが抱いて家の中を歩き回っているみたいだ。


 ・・・出てくるのか?

足音がオレのいる扉の前で止まった。


 「ルージュ・・・ニルスはまだ帰らないみたいだ」

扉は開かなかった。

オレの話・・・。


 「早く帰ってきてほしいな・・・。ルージュもそう思うだろ?」

スコットさんたちに頼んだのは自分じゃないか。

それなら・・・一緒に来ればよかったんだ・・・。

 「・・・今日、私はニルスに負けてしまったんだ。勝ったら・・・ルージュが大きくなるまでは・・・ここで一緒に暮らすように頼もうと思っていたんだけどな・・・」

勝手なことを・・・。

直接・・・言えよ・・・。


 「みんなも・・・納得してくれたんだけど・・・勝てなかった」

先に行って説明してたってわけか・・・。

 「・・・仕方ないことだ。ルージュ、寂しいだろうが・・・誇りに思え。お前のお兄ちゃんは世界一・・・強い男だ。まだ・・・時間はあるが、その間にたくさん抱いてもらうと・・・いいぞ」

嗚咽が混じっている。

あの人は、今どんな顔をしているんだろう・・・。

 

 「ルージュ、ニルスが旅立つ前に・・・話せるようになればいいな。・・・そうしたら・・・お兄ちゃんと呼んであげてくれないか・・・。ずっとかわいがって・・・もらったんだぞ?」

なに泣いてんだよ・・・。

 「すまない・・・ルージュ。お前を泣き・・・やませないとい・・・けないのに」

・・・まったく、これじゃ帰れない。



 オレは二人がまた眠るまで街を歩くことにした。


 ほんの少し目を離した隙に、街の灯はもうほとんど消えている。

まるで燃え残っていた火に一気に水をかけたみたいだ。


 「水の月・・・十五歳・・・」

四ヵ月後・・・この街を出て行く。


 だけどもし・・・アリシアが「行かないでくれ」って直接言ってくれたら、少しは考えてやってもいい・・・。

そんなこと・・・あるのかな?

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