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Our Story  作者: NeRix
風の章 第六部
289/481

第二百七十七話 いじわる【ルージュ】

 戦場まであと六日・・・。

闘技大会とは違う。本当の戦いだ・・・。


 恐怖は無い。

だって、みんなが一緒にいるから。

でも、自信は・・・。



 「おー、ちゃんと止められたな」

ティムさんが巨人に飛び乗り、大きな頭を貫いた。

 わたしの叫びで動きを止めて、その隙に攻撃。

単純だけどこれなら負けないはずだ。


 「中衛の距離なら問題無いな」

スコットさんが背中を叩いてくれた。

嬉しいけど・・・。

 「お母さんはもっと離れてても大丈夫だったんですよね?」

「そうだな、空のドラゴンを落とせるくらいだ。まあ今からそこまで鍛えるのは無理だろ。この距離が限界ってことだ」

お母さんはこの力に気付いてからずっと鍛えていたみたいだし、すぐに同じようにできないのは当たり前だよね・・・。

 「連続も・・・まだ無理そうだな」

「はい・・・すみません。少し呼吸を整えないといけません・・・」

そのくらい使いこなせるようになれば、もっとみんなの役に立てるんだけどな・・・。


 「ルージュ、よくできたな」

ニルス様が頭を撫でてくれた。

いつの間に横に・・・。


 「まだまだですけど・・・」

「いや、充分だよ」

褒めてくれるのはありがたいけど・・・。

 「もう、小さくなったりしないですよね?」

早く元に戻ってほしいって思っていたけど、修行の時は肩から指示を出してもらいたい気持ちもある。

同じ目線で見てくれるし、何より耳元ですぐに励ましてくれるのが嬉しかった。

 「ジナスも離れたし大丈夫だろうな。ルージュのおかげだよ」

だよね・・・。


 『ニルスさんが肩にいたらしいじゃない。一人じゃ戦えなかったんでしょ?』

シェリルさんから言われたことが引っかかっている。

たしかにあの時、一人だったらもっと苦戦しただろうし・・・負けてたかも。


 『焦るな、勝てない相手じゃない。修行を思い出せ』

『自分を信じろ』

『踏み込んだ瞬間だ。できるな?』

あの冷静な声がわたしに勇気をくれた。

だから・・・肩にいないと少し不安が残る。


 「どうだヴィクター、違和感は消えたか?」

ニルスさんはユウナギにも優しく声をかけた。

 「はい。かなりいいです」

「前より良くなっただけかもしれない。なにかあればまた調整しよう」

「はい、ありがとうございます」

そういえば、きのうの夜に二人でなにかしてたな・・・。



 「二人でなにしてたの?」

わたしはニルス様が離れたのを確認してユウナギに近付いた。

みんながいる前で話してたから、秘密じゃないよね?


 「ああ・・・クロガネの持ち手が少し細い気がしてたんだよ」

「持ち手・・・」

胎動の剣は気にしたことなかったな。

 「ほんの少しの違和感だったんだけどさ。やっぱ相談して良かったよ」

「相談か・・・」

「師匠なんだからなんでも話した方がいいと思うよ」

わたしのは相談するようなことなのかな・・・。

一度ユウナギに聞いてみよう。



 「ああ・・・それはなんとも言えないな。でも話した方がいいと思う。たぶん喜ぶだろうし」

ユウナギはわたしの話を聞いて微笑んだ。

・・・喜ぶ?


 「どうして?」

「あ・・・違うか・・・えっと・・・」

「んー・・・わかった。話してみるよ」

とりあえず今日の夜に言ってみよう。



 家に戻ってきた。

どうやって相談しよう・・・。


 「はあ・・・」

「・・・どうしたルージュ、大丈夫か?」

座って溜め息をつくと、ニルス様が気付いてくれた。

ずるいけど、こうすると構ってくれる・・・なんとなくわかる。


 「えっと・・・あの・・・」

「なにか思うところがあれば言ってほしい。例えば・・・戦場に行くのが恐くなったとか・・・」

ニルス様が私の顔を覗き込んできた。

う・・・想像以上に心配してくれてる・・・。

 「えっと・・・恐くはないです。ちょっと不安なことがあって・・・」

「・・・二人きりの方がいい?」

どうだろう・・・その方がいいのかな?

・・・炊事場にはステラさんとカゲロウさんがいる。


 「はい・・・」

「外に出よう」

「え・・・」

「ステラ、少しルージュと出かけてくるよ」

ニルス様はすぐに私の手を引いて家を出てくれた。

 『大丈夫?ほら、掴まって・・・』

五歳の時に初めて繋いだ時と同じで暖かい手・・・。


 「そうだ、アリシアの家なら誰もいないな。行ってみようか」

優しい声・・・戦いを教えてくれている時とは違う。

なんでこんなに安心するんだろう・・・。



 「・・・奥からアリシアが出てきそうだな」

家の中はとても静かだった。

当たり前だけどお母さんはいない。

 「そうですね・・・もうすぐそうなりますよ」

でもやっぱり自分の家はいい。

みんなと一緒にいれるミランダさんのところも好きだけど、ここには敵わない気がする。


 「・・・それで、なにが不安なの?」

頭を撫でられた。

 「えっと・・・」

小さい二ルス様が肩にいた方が・・・なんて言えないよね・・・。


 「・・・さっきは誰かに聞かれるかもしれないから強がったのか?恐いならそう言ってくれていいんだよ」

「その・・・あ・・・」

わたしの体が抱きしめられた。

 「大丈夫だ。オレが守るから君はやりたいようにしていいんだよ」

「あの・・・実は・・・」

お母さんと同じ優しさにこうされると、隠さずに言わなきゃって気持ちになる・・・。



 「だから・・・恐くはないんですけど・・・。戦いの時にうまくできるかとか・・・今まではニルス様が肩にいてくれたじゃないですか・・・」

わたしは不安を話してしまった。

 「うーん・・・」

ニルス様は安心してくれたけど、ちょっと困り顔だ。


 「さすがにジェイスとの戦いで小人のままは辛いな。・・・それにあの姿にはもう戻れないだろうし」

「そうですよね・・・でも、言ったらちょっと楽になりました。だから、もう少しだけ抱っこしててください」

「そうだね・・・もう少しこうしてようか」

ニルス様は、頼んでもいないのに頭も撫でてくれた。

 ユウナギの言った通りだ。

なんか喜んでくれてるような気がする。


 「わたしはニルス様にこうしてもらうと嬉しいです」

「・・・オレもルージュを抱いてると幸せだよ」

「ステラさんよりもですか?」

「あはは、いじわるだな。それを言うならヴィクターに悪いと思わないの?」

む・・・違うもん。

ニルス様への想いとユウナギへの想いは別・・・。

 「そういえば・・・オレのお嫁さんになりたいっていうのはもう諦めた?」

「あ・・・ニルス様もいじわるですね。諦めたっていうか、ちょっと違かっただけですよ」

「なにが?」

なんか恥ずかしくなってきた・・・。

でも今は二人きりだし言えるかも。


 「えっと・・・わたしは小さい頃からずっとお兄ちゃんが欲しかったんです」

「・・・」

ニルス様の腕に力が入った。

・・・心地いい締め付けだ。


 「ニルス様は、見た目も優しいところも理想のお兄ちゃんだったから・・・ずっと一緒にいれるようにどうしたらいいかなって、小さいわたしが考えたのがお嫁さんだったんです」

「ルージュ・・・」

「だから、ニルス様への想いは恋とは違うんですよ。ふふ、残念でしたね」

最後はちょっとだけふざけて言った。

 「あれ・・・ニルス様?」

すぐに顔を上げて笑って見せようとしたんだけど、ニルス様はわたしの頭を胸に押し付けて離してくれない。

息が・・・。


 「ごめんね・・・ルージュ・・・」

「どう・・・したんですか?」

「・・・」

困ったな・・・。

わたし、なにか変なこと言っちゃった?


 「しばらく・・・こうしていたい」

「はい・・・でも、ちょっと苦しいです」

「ん・・・ごめんね・・・」

力が緩んだ。

 「わたしもこうしてたいです」

だからわたしもニルス様の背中に手を回した。

いつもはしてもらってばかりだったし・・・。


 「ありがとう・・・ルージュ」

「お礼を言うのはわたしですよ。だって・・・不安が無くなったのも、今が幸せなのもニルス様のおかげですから・・・」

たくさん悲しいことがあったけど、それ以上に幸福なことがいっぱいあった。

 『風神は色んな思いを運ぶ風・・・』

・・・きっとそうだから。


 「そうだ、お母さんが戻ったら二人でニルス様にたくさんお礼しますね」

「・・・楽しみにしてるよ」

「それに、大事なお話があるんですよね?」

「嫌な話ではないと思う・・・。だけど、もう少しだから待っててね・・・」

本当はすごく気になることではある。

でもまずは目の前の戦いに集中しなければならない。

 お母さんも交えてってことは・・・女神様と関係ある話なのかな?

それ以外に大事な話ってないよね?



 「とりあえずシェリルに言われたことは気にしなくていい。それでも払えないなら、また抱きしめてあげるよ」

「えへへ・・・」

二人で外に出た。

もちろん手も繋いでいる。

 「いや・・・ヴィクターの方がいいかな」

「あ・・・またいじわる言いましたね」

暖かい手・・・外は寒いけど、帰るまでならこれで充分だ。


 「お腹減ったな・・・」

「きっと取っててくれますよ」

「じゃあ、急ごうか」

「え・・・きゃっ」

わたし体がふわっと浮いた。

抱きかかえられたのか・・・。

 「走るよ」

「風神さんは速いって聞いてます」

「・・・口を閉じててね」

いいなあ・・・わたしも風になりたい。

みんなの思いを運べるくらい速く・・・。



 「おかえり、みんなもう食べちゃったよ」

戻るとステラさんがスープを温め直してくれた。

・・・素敵な女性。


 「二人で何してきたの?」

「早くシロとお母さんが戻ってくるといいねって話してたんです」

「ふふ、心配いらないよ」

そうだよね、もうすぐだ。



 「ルージュ、ちょっといい?ニルスも早く入って休んじゃいなさい」

お風呂を済ませるとステラさんに呼ばれた。

新しい美容水かな?


 「お父さんに会いたい?」

「え・・・」

「あなたのお父さんよ」

ステラさんは真面目な顔だ。

 急にどうしたんだろう?

そりゃ・・・できるなら会ってはみたい。

 「まあ・・・でもお父さんは・・・」

もういない・・・。


 「夢でなら会えるかもしれないの」

ステラさんの指がわたしのおでこに触れた。

 「夢・・・そんなことあるんですか?」

「思い違いかもしれないけど・・・私の夢に出てきたことがあるの」

「・・・教えてほしいです」

ステラさんとお父さんは会ったことないはず・・・。



 「・・・心配だったのね。言われなくてもやるのに」

夢の内容を教えてもらった。

 ステラさんは、夢でお父さんに頼まれごとをされたらしい。

わたしたち家族を「助けてあげて」ってだけ言って消えたみたいだけど・・・本当かな?


 「魂の魔法の力ね。かなり強く込められているから」

「お父さんの想い・・・」

「実際にどうなるかはわからない。でも、もしお話してみたいのなら剣を抱いて眠ってみなさい」

剣を抱いて眠るなんて考えたことも無かった。

手に取れるところには置いてるけど・・・やってみよう。


 「・・・そしたら今夜はステラさんも一緒にいてください」

「いいよ、一緒に寝てあげる。じゃあ私もお風呂に入っちゃおうかな」

「あの・・・一応三つとも持って寝たいです」

わたしは立てかけてあった栄光の剣を持った。

これで可能性が上がる気がする。

 「いいですよね?」

「あー・・・まあいいんじゃないかな。じゃあニルスに言っておくね」

「お願いします」

よし、先に部屋に戻ってよう。

あ、その前に・・・。



 「おやすみ、また明日頑張ろうね」

ユウナギに夜の挨拶をした。

毎日みんなに隠れて、ちょっとだけお邪魔させてもらうのが日課になっている。


 「もう大丈夫なのか?」

「うん、ダメだったらまたニルス様が抱っこしてくれるんだ」

「そうしてもらうといいよ」

「うん。あ・・・でも・・・」

戦いとは違う不安が生まれた。

こういうのって、いやじゃないのかな?

 「ねえ、わたしから言うのも変だけど・・・ニルス様に嫉妬とかないの?」

「え・・・だって・・・」

「なに?」

「いや・・・えっと・・・」

ユウナギが焦り出した。

この感じはあんまり見たことない。


 「だって・・・なに?」

「えっと・・・ルージュにとってニルスさんはお兄ちゃんなんだろ?」

「そうだよ」

「だからそこは心配してない。見てるとお兄ちゃんに甘える妹って感じでかわいいし・・・」

なるほど・・・接し方が違うからか。

そういうのを感じてくれてるんだね。

 「わかった。ごめんね、変なこと聞いて」

「平気だよ。じゃあ明日も頑張ろうな。おやすみ・・・」

最後は抱きしめてもらってから部屋に戻る。

 たしかにニルス様からされるのとは違う。

こっちは体が熱くなるのがその証拠かな。


 ・・・わたし、間違ってないよね?

もやもやしてきた。

 ユウナギは気にしてないって言うけど、やってることって浮気に近いんじゃ・・・。

いや・・・大丈夫。この気持ちは違う・・・よね?



 自分の部屋に入った。

まだステラさんは来ていない。


 「お父さんか・・・」

わたしは三本の剣を並べた。

抱いて眠れば夢で会えるかもしれない・・・。


 出てきたら何を話せばいいんだろう?

そうだ、お父さんはわたしの顔を見たことないはずだしわかんないよね。

まずは名前を教えて、ブローチのお礼を言って・・・お母さんのことを聞いてみようかな。

 ふふ・・・夢なのになんかワクワクする。

まだ会えるって決まったわけじゃないのに・・・。


 「栄光の剣も借りちゃったけど、全部綺麗だな・・・」

聖戦の剣は強いお母さんにぴったりだ。

胎動の剣はわたしのための装飾だってニルス様が教えてくれた。

 そしたら・・・栄光の剣の装飾はどういう意味があるんだろう?

なんとなくだけど、男の人が持つような・・・そんな感じだよね。


 「あれ・・・そういえば」

わたしは三本の柄の裏側を覗いた。

 「変だな・・・」

聖戦の剣と胎動の剣には言葉が刻まれている。


 『愛するアリシアへ』

お母さんに宛てたもの。

これを見た時はとっても嬉しかったんだろうな。


 『愛する家族へ』

これはわたしのこと・・・なのかな?

精霊鉱の剣には、お父さんが魂の魔法で強い思いを込めた。

だから使える人が限られる。

 そして胎動の剣には、一緒に作り上げたニルス様の思いも込められている。

お父さんはニルス様も家族だと思ってくれていたらしいから、この三本を振るうことができるんだよね?


 「うーん、なんでだろ?」 

栄光の剣にはなにも言葉が刻まれていない。

 ・・・なんかもやもやする。

この剣だけなにも無いのはおかしい気がしてきた。


 これはニルス様が使っていて、十五歳で戦士を一度やめた時に家に置いていったって聞いてる。

つまりニルス様の剣ではない?

自分のなら持っていくよね・・・。


 『あとね、ここの飾りだけ取れそうだから包帯を巻いてるんだって。壊れたらお母さんが怒ると思うから、わたしも触らないようにしてるの』

わたしの記憶では、言葉が刻まれているであろう部分には包帯が巻かれていた。

「飾りが壊れかけているから触っちゃダメ」ってだけ言われてたっけ。

 今はニルス様が使ってるけど、壊れそうなところはない・・・。

いや・・・ニルス様が直したのかな?


 「・・・ん?」

よく見ると色がほんの少し違う気がする・・・。

わたしはなんとなくそこを爪で削ってみた。

 「あ・・・なんか取れる・・・」

ちょっと力を入れただけなのに簡単にそれは剥がれていく・・・。


 「え・・・いいのかな・・・」

まだステラさんは来ない。

 「いい・・・よね?」

好奇心に背中を押された。



 「愛・・・する・・・」

少しずつ文字が見えてきた。

やっぱりこれにも言葉が刻まれている・・・。


 見て・・・いいのかな?

その先は、また爪に力を入れれば確認することができる。

でも隠してある・・・誰にも見せたくないってことだよね・・・。


 「お待たせ・・・。え・・・なにをしているの?」

迷っていると、部屋の扉が開かれてステラさんが入ってきた。

 「あ・・・あの・・・」

「その剣を・・・見ていたの?」

ステラさんは心なしか焦っているようにも見える。

さっきのユウナギと似てる・・・。


 「あの・・・これにだけ言葉が刻まれていないのは変だなって・・・調べていたんです」

「そうなんだ・・・」

「それで、ちょっと爪で削ったら文字が・・・」

「そうなんだ・・・」

雰囲気がすごく重い。

これは・・・なにかある?

 「ステラさんは、これを抱いて眠っていましたが知っていましたか?」

「いいえ、私もわからないわ。受け取った時には隠れていたから気付きもしなかったの」

でも嘘をついている感じには見えない。

本当にわからなそうだ。


 「ここまで削って、ちょっと迷ったんです・・・このまま全部剥がしてもいいのでしょうか?」

「私からはなにも言えないわ。でもそこに何が刻まれていても、すべて受け止める覚悟があるのなら見てもいいと思う」

「すべて?」

「それを隠したのはお父さんか、アリシアか、ニルスか・・・。なんとも言えないけど、私たちの想像を絶するような内容かもしれない」

ああ、そう思ったからわたしの手も止まったのかな・・・。

覚悟か・・・。


 「まだ・・・やめておきます・・・」

少しだけ考えてやめた。

今は・・・なんか怖い。

 「そう・・・それなら戦いが終わってからでもいいんじゃないかな。今は余計なことを考えずにね」

ステラさんは「安心した」って顔をした。

 あれ・・・よくわかんなくなってきたな。

知ってるの?それともわたしが変に勘ぐってるだけ?


 「ニルス様は・・・知っているんでしょうか?」

「うーん・・・たぶんニルスも知らないんじゃないかな。見られて困るならあなたに貸したりしないはずよ」

「ああ・・・たしかに」

言われてみればそうだよね。

知っていたとすれば、わたしに見られる可能性もあるのに手放すとは思えない。


 「さあ、今日はもう休みましょ。本当に三つとも抱いて寝るの?」

部屋の明かりが薄くなった。

すぐに眠れそう。

 「はい、その方がいい気がして」

「あなたが寝苦しそうだったら離すからね」

「はい・・・」

たぶん大丈夫だと思う。

あとは寝惚けて抜かないように・・・。



 『あれ・・・』

気が付くと、わたしはカクと走り回った森の中にいた。

 『いつの間に・・・裸足だ・・・』

一人で流れる川に足を浸して、ただその流れを見ていた。

今は冬だったと思ったけど・・・気持ちいいから別にいいか。


 『・・・ふふ、こんなところにかわいらしいお嬢さんがいるね』

後ろから優しい声が聞こえた。

え・・・。

 『誰?』

振り返ったけど、そこに声の主はいなかった。

 『明るいと恥ずかしいな・・・星空にしようか』

突然辺りが暗くなって、たくさんの星が瞬く夜になった。

ずっと前に呼んだ絵本の魔法使いみたい・・・。


 『隣に座ってもいい?』

その人は私の横に立っているみたいだ。

 『はい、どうぞ』

『ありがとう』

男の人・・・暗くて顔が見えない。

だけどなぜか普通に話せる。


 『僕はこの森が好きなんだ。君は?』

『わたしも好き、全部綺麗だから』

『そうだよね。草木も、川も、空も、空気も、風も・・・とても美しい』

その人はわたしの肩を抱いてくれた。

 始めて会う男性なのに、触られることにも抵抗が無い。

・・・なんでだろ?


 『・・・君とはずっと話したいって思ってたんだ』

『ずっと?』

『うん、君がいることを知ってからずっと・・・。本当は一緒にいなきゃいけなかったんだけどね・・・』

ああ・・・わかった。

 『・・・お父さん?』

『あはは・・・大正解』

頭に手が乗せられた。

夢の中なのに目の前が滲んで、星空がぼやけていく・・・。


 『あの・・・わたし・・・ルージュ・・・です』

わたしはお父さんの胸に抱きついた。

消えないように、離さないように・・・。


 『ふふ、まだ子どもなんだね』

『・・・やだ?』

『ううん、まだ子どもでよかった。だからもっと甘えてほしいな』

『うん・・・』

お父さんは、ニルス様と同じようにわたしを抱っこしてくれた。

 ふんわりだ・・・なんか眠くなってきた・・・。

いや、ダメだ!せっかく会えたんだからまだ一緒にいたい。


 『お父さん・・・病気は苦しかったの?』

『え・・・ああ・・・まあね』

『どこが悪かったの?』

『・・・頭かな』

そうだったのか・・・。

でも、今は元気そうだ。

 『ねえ、お父さんの顔が見たい・・・』

『うーん・・・夜明けまで起きていられたらね』

『じゃあ、たくさんお喋りしようよ』

『あはは、そのつもりだよ』

星空はとっても綺麗だけど月が無い。

だからお父さんの顔を見るには夜明けを待たないとダメみたいだ。

でも、話したいことはいっぱいあるから大丈夫。


 『わたしね、お父さんのくれたブローチ好きだよ』

『ありがとう、たくさんの愛を込めたんだ。アリシアの指輪よりも強いと思う・・・これは内緒だよ』

暖かい指がわたしの唇に当てられた。

 『じゃあ、わたしとお父さんだけの秘密ね』

わたしはお父さんの指を優しく握った。


 『ブローチと指輪はハリスさんが届けてくれたんだって』

『まあ・・・なんだかんだ言ってもちゃんと渡してくれるとは思ってたんだ。大事な友達だからね』

『ハリスさんもそう思ってるよ。あ・・・それとね、精霊銀が見つかったんだよ』

『リラちゃんだっけ・・・お父さんも話してみたいな』

これは本当に夢?

 感覚が現実と一緒な気がする。

お父さんの手、体温、息遣い・・・全部が本物って感じだ。

だからもっともっとお話を・・・。


 『ねえねえ、剣の装飾にはどういう意味があるの?』

『胎動の剣は、幸福な未来、輝きだす夢、青空にかかる虹・・・僕が美しいと思うものを全部形にしたんだ』

『じゃあ、聖戦の剣と栄光の剣は?』

『聖戦の剣は、風と恋、凛と咲く花・・・。栄光の剣は、星空、風の音、清流を流れる花びら・・・そういうのだね』

お父さんが恥ずかしそうに笑った。

わかる・・・本当に綺麗だから。

ふふ、お母さんのは恋か・・・あれ?


 『ねえ、お母さんにはこうして会いに来たことはあるの?』 

『まだないよ、その内ね』

『会ってほしいな』

『そうだね・・・』

声色が変わった。

たぶんお母さんと話す時は、こんな感じでカッコつけた声になるんだろうな。

 お母さんを想う気持ちと、わたしを想う気持ちはやっぱり違う。

たぶん、わたしがニルス様とユウナギに抱く想いと同じ・・・。

そうだ、次はユウナギの話を聞いてもらおう。



 『・・・それでね、ユウナギに感じていた気持ちは恋だって気付いたの』

こういう話もしてみたかった。

 一緒に歩いて行きたいって思える人・・・。

お父さんに言っておかないとダメだよね。


 『いいことだと思うよ。彼と一緒ならずっと幸せだろうね』

『そう思う?』

『うん、あの子はルージュちゃんをずっと大切にしてくれそうだ。お父さんは任せてもいいと思っている』

『ありがとう・・・』

嬉しいな、起きたら絶対に教えてあげないと・・・。

幸福な気持ちになった時、わたしの瞼が勝手に閉じた。

あれ・・・また眠くなってきた・・・。


 『どうしたの?』

『頑張ってるんだけど・・・眠いの・・・』

『おやすみする?』

お父さんはまた頭を撫でてくれた。

まだ空は暗い・・・だから起きてないといけないのに・・・。


 『ねえ・・・剣を抱いて寝たら毎日会える?』

『どうかな・・・お父さんにもよくわからないんだ』

『そうなんだ・・・』

どうしよう・・・なにか話さないと・・・。

 『あ・・・栄光の剣にはなんて掘ったの?』

お父さんが入れた言葉だし憶えてるよね。


 『それは・・・君はまだ知らない方がいいみたいだ』

『まだ・・・どうして?』

『色々複雑なんだよ。でも、アリシアが戻ったら教えてくれると思う』

『言葉を隠したのはお母さんなの?』

『・・・』

お父さんは、答えのかわりにぎゅっとしてくれた。

暖かくて、優しくて・・・わたしの瞼がより重くなっていく・・・。

 『顔が見たいよ・・・お父さん・・・』

やだよ・・・せめてどんな人なのか・・・。


 『ルージュ、今まで一度も抱いてあげられなくてごめんね。でも、君の幸せをいつも祈っているよ』

『え・・・』

『お父さんはずっと一緒にいるからね。戦いの時も思い出してほしいな』

瞼の外が白くなっていく。

夜明けなんだ・・・。


 『おやすみルージュ、愛しているよ』

ダメ・・・もう少しなのに・・・。



 「お父さん!」

わたしはすぐに目を開けた。

 「ふふ、おはようルージュ。オレはお父さんじゃないよ」

すぐそばにいたのはニルス様だった。

・・・外が明るい、朝になったんだ。


 「お父さんと話してたんです・・・」

「夢・・・見たの?」

「はい・・・」

本当に会えた。

 「雰囲気は、なんだかニルス様と似ていたような気がします・・・」

「・・・顔は見れた?」

「いえ・・・夜にされて、朝まで起きていられたら見せてくれるって言われたんですけど・・・」

「いじわるだな。・・・そういう人なんだよ」

ニルス様は呆れたように笑った。

・・・わたしの心が揺れてる気がする。


 「あと・・・ニルス様と同じことを言ってくれたんです」

「同じこと?」

「わたしの幸せをいつも祈ってるって・・・」

「父親なんだから当たり前だよ。・・・剣を返してもらうね」

ニルス様は栄光の剣をわたしの腕から優しく持ち上げた。

 「愛する・・・なんて刻まれてるんだろうね」

「ニルス様も知らないんですね」

「うん・・・アリシアが戻ったら教えてくれるんじゃないかな」

「今度はニルス様がお父さんと同じことを言ってますね」

「・・・」

ニルス様が微笑んでくれた。

星空の下で、お父さんはきっとこんな顔をしていた・・・根拠はないけど、そうだと思う。


 「そういえば・・・ステラさんは・・・」

「ステラは朝食の支度があるから交代したんだよ」

嬉しい交代だ。

今の内に甘えておこう。

 「ニルス様、不安が全部無くなった気がします」

「頼もしいな。でも何かあったら・・・ふふ、きのうみたいにわざとらしい溜め息をつくといい」

「へ・・・気付いてたんですね・・・。秘密ですよ」

わたしはお父さんにしたのと同じように、指をニルス様の唇に当てた。

 「いいよ、誰にも言わない」

ニルス様もそうしてくれた。

よし、今日も強くなろう。


 あと五日・・・最後の戦い。

わたしは胎動の剣を握った。

 本当に不安は無い。

みんなもいるし・・・お父さんも一緒にいるから。

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