第二百七十七話 いじわる【ルージュ】
戦場まであと六日・・・。
闘技大会とは違う。本当の戦いだ・・・。
恐怖は無い。
だって、みんなが一緒にいるから。
でも、自信は・・・。
◆
「おー、ちゃんと止められたな」
ティムさんが巨人に飛び乗り、大きな頭を貫いた。
わたしの叫びで動きを止めて、その隙に攻撃。
単純だけどこれなら負けないはずだ。
「中衛の距離なら問題無いな」
スコットさんが背中を叩いてくれた。
嬉しいけど・・・。
「お母さんはもっと離れてても大丈夫だったんですよね?」
「そうだな、空のドラゴンを落とせるくらいだ。まあ今からそこまで鍛えるのは無理だろ。この距離が限界ってことだ」
お母さんはこの力に気付いてからずっと鍛えていたみたいだし、すぐに同じようにできないのは当たり前だよね・・・。
「連続も・・・まだ無理そうだな」
「はい・・・すみません。少し呼吸を整えないといけません・・・」
そのくらい使いこなせるようになれば、もっとみんなの役に立てるんだけどな・・・。
「ルージュ、よくできたな」
ニルス様が頭を撫でてくれた。
いつの間に横に・・・。
「まだまだですけど・・・」
「いや、充分だよ」
褒めてくれるのはありがたいけど・・・。
「もう、小さくなったりしないですよね?」
早く元に戻ってほしいって思っていたけど、修行の時は肩から指示を出してもらいたい気持ちもある。
同じ目線で見てくれるし、何より耳元ですぐに励ましてくれるのが嬉しかった。
「ジナスも離れたし大丈夫だろうな。ルージュのおかげだよ」
だよね・・・。
『ニルスさんが肩にいたらしいじゃない。一人じゃ戦えなかったんでしょ?』
シェリルさんから言われたことが引っかかっている。
たしかにあの時、一人だったらもっと苦戦しただろうし・・・負けてたかも。
『焦るな、勝てない相手じゃない。修行を思い出せ』
『自分を信じろ』
『踏み込んだ瞬間だ。できるな?』
あの冷静な声がわたしに勇気をくれた。
だから・・・肩にいないと少し不安が残る。
「どうだヴィクター、違和感は消えたか?」
ニルスさんはユウナギにも優しく声をかけた。
「はい。かなりいいです」
「前より良くなっただけかもしれない。なにかあればまた調整しよう」
「はい、ありがとうございます」
そういえば、きのうの夜に二人でなにかしてたな・・・。
◆
「二人でなにしてたの?」
わたしはニルス様が離れたのを確認してユウナギに近付いた。
みんながいる前で話してたから、秘密じゃないよね?
「ああ・・・クロガネの持ち手が少し細い気がしてたんだよ」
「持ち手・・・」
胎動の剣は気にしたことなかったな。
「ほんの少しの違和感だったんだけどさ。やっぱ相談して良かったよ」
「相談か・・・」
「師匠なんだからなんでも話した方がいいと思うよ」
わたしのは相談するようなことなのかな・・・。
一度ユウナギに聞いてみよう。
◆
「ああ・・・それはなんとも言えないな。でも話した方がいいと思う。たぶん喜ぶだろうし」
ユウナギはわたしの話を聞いて微笑んだ。
・・・喜ぶ?
「どうして?」
「あ・・・違うか・・・えっと・・・」
「んー・・・わかった。話してみるよ」
とりあえず今日の夜に言ってみよう。
◆
家に戻ってきた。
どうやって相談しよう・・・。
「はあ・・・」
「・・・どうしたルージュ、大丈夫か?」
座って溜め息をつくと、ニルス様が気付いてくれた。
ずるいけど、こうすると構ってくれる・・・なんとなくわかる。
「えっと・・・あの・・・」
「なにか思うところがあれば言ってほしい。例えば・・・戦場に行くのが恐くなったとか・・・」
ニルス様が私の顔を覗き込んできた。
う・・・想像以上に心配してくれてる・・・。
「えっと・・・恐くはないです。ちょっと不安なことがあって・・・」
「・・・二人きりの方がいい?」
どうだろう・・・その方がいいのかな?
・・・炊事場にはステラさんとカゲロウさんがいる。
「はい・・・」
「外に出よう」
「え・・・」
「ステラ、少しルージュと出かけてくるよ」
ニルス様はすぐに私の手を引いて家を出てくれた。
『大丈夫?ほら、掴まって・・・』
五歳の時に初めて繋いだ時と同じで暖かい手・・・。
「そうだ、アリシアの家なら誰もいないな。行ってみようか」
優しい声・・・戦いを教えてくれている時とは違う。
なんでこんなに安心するんだろう・・・。
◆
「・・・奥からアリシアが出てきそうだな」
家の中はとても静かだった。
当たり前だけどお母さんはいない。
「そうですね・・・もうすぐそうなりますよ」
でもやっぱり自分の家はいい。
みんなと一緒にいれるミランダさんのところも好きだけど、ここには敵わない気がする。
「・・・それで、なにが不安なの?」
頭を撫でられた。
「えっと・・・」
小さい二ルス様が肩にいた方が・・・なんて言えないよね・・・。
「・・・さっきは誰かに聞かれるかもしれないから強がったのか?恐いならそう言ってくれていいんだよ」
「その・・・あ・・・」
わたしの体が抱きしめられた。
「大丈夫だ。オレが守るから君はやりたいようにしていいんだよ」
「あの・・・実は・・・」
お母さんと同じ優しさにこうされると、隠さずに言わなきゃって気持ちになる・・・。
◆
「だから・・・恐くはないんですけど・・・。戦いの時にうまくできるかとか・・・今まではニルス様が肩にいてくれたじゃないですか・・・」
わたしは不安を話してしまった。
「うーん・・・」
ニルス様は安心してくれたけど、ちょっと困り顔だ。
「さすがにジェイスとの戦いで小人のままは辛いな。・・・それにあの姿にはもう戻れないだろうし」
「そうですよね・・・でも、言ったらちょっと楽になりました。だから、もう少しだけ抱っこしててください」
「そうだね・・・もう少しこうしてようか」
ニルス様は、頼んでもいないのに頭も撫でてくれた。
ユウナギの言った通りだ。
なんか喜んでくれてるような気がする。
「わたしはニルス様にこうしてもらうと嬉しいです」
「・・・オレもルージュを抱いてると幸せだよ」
「ステラさんよりもですか?」
「あはは、いじわるだな。それを言うならヴィクターに悪いと思わないの?」
む・・・違うもん。
ニルス様への想いとユウナギへの想いは別・・・。
「そういえば・・・オレのお嫁さんになりたいっていうのはもう諦めた?」
「あ・・・ニルス様もいじわるですね。諦めたっていうか、ちょっと違かっただけですよ」
「なにが?」
なんか恥ずかしくなってきた・・・。
でも今は二人きりだし言えるかも。
「えっと・・・わたしは小さい頃からずっとお兄ちゃんが欲しかったんです」
「・・・」
ニルス様の腕に力が入った。
・・・心地いい締め付けだ。
「ニルス様は、見た目も優しいところも理想のお兄ちゃんだったから・・・ずっと一緒にいれるようにどうしたらいいかなって、小さいわたしが考えたのがお嫁さんだったんです」
「ルージュ・・・」
「だから、ニルス様への想いは恋とは違うんですよ。ふふ、残念でしたね」
最後はちょっとだけふざけて言った。
「あれ・・・ニルス様?」
すぐに顔を上げて笑って見せようとしたんだけど、ニルス様はわたしの頭を胸に押し付けて離してくれない。
息が・・・。
「ごめんね・・・ルージュ・・・」
「どう・・・したんですか?」
「・・・」
困ったな・・・。
わたし、なにか変なこと言っちゃった?
「しばらく・・・こうしていたい」
「はい・・・でも、ちょっと苦しいです」
「ん・・・ごめんね・・・」
力が緩んだ。
「わたしもこうしてたいです」
だからわたしもニルス様の背中に手を回した。
いつもはしてもらってばかりだったし・・・。
「ありがとう・・・ルージュ」
「お礼を言うのはわたしですよ。だって・・・不安が無くなったのも、今が幸せなのもニルス様のおかげですから・・・」
たくさん悲しいことがあったけど、それ以上に幸福なことがいっぱいあった。
『風神は色んな思いを運ぶ風・・・』
・・・きっとそうだから。
「そうだ、お母さんが戻ったら二人でニルス様にたくさんお礼しますね」
「・・・楽しみにしてるよ」
「それに、大事なお話があるんですよね?」
「嫌な話ではないと思う・・・。だけど、もう少しだから待っててね・・・」
本当はすごく気になることではある。
でもまずは目の前の戦いに集中しなければならない。
お母さんも交えてってことは・・・女神様と関係ある話なのかな?
それ以外に大事な話ってないよね?
◆
「とりあえずシェリルに言われたことは気にしなくていい。それでも払えないなら、また抱きしめてあげるよ」
「えへへ・・・」
二人で外に出た。
もちろん手も繋いでいる。
「いや・・・ヴィクターの方がいいかな」
「あ・・・またいじわる言いましたね」
暖かい手・・・外は寒いけど、帰るまでならこれで充分だ。
「お腹減ったな・・・」
「きっと取っててくれますよ」
「じゃあ、急ごうか」
「え・・・きゃっ」
わたし体がふわっと浮いた。
抱きかかえられたのか・・・。
「走るよ」
「風神さんは速いって聞いてます」
「・・・口を閉じててね」
いいなあ・・・わたしも風になりたい。
みんなの思いを運べるくらい速く・・・。
◆
「おかえり、みんなもう食べちゃったよ」
戻るとステラさんがスープを温め直してくれた。
・・・素敵な女性。
「二人で何してきたの?」
「早くシロとお母さんが戻ってくるといいねって話してたんです」
「ふふ、心配いらないよ」
そうだよね、もうすぐだ。
◆
「ルージュ、ちょっといい?ニルスも早く入って休んじゃいなさい」
お風呂を済ませるとステラさんに呼ばれた。
新しい美容水かな?
「お父さんに会いたい?」
「え・・・」
「あなたのお父さんよ」
ステラさんは真面目な顔だ。
急にどうしたんだろう?
そりゃ・・・できるなら会ってはみたい。
「まあ・・・でもお父さんは・・・」
もういない・・・。
「夢でなら会えるかもしれないの」
ステラさんの指がわたしのおでこに触れた。
「夢・・・そんなことあるんですか?」
「思い違いかもしれないけど・・・私の夢に出てきたことがあるの」
「・・・教えてほしいです」
ステラさんとお父さんは会ったことないはず・・・。
◆
「・・・心配だったのね。言われなくてもやるのに」
夢の内容を教えてもらった。
ステラさんは、夢でお父さんに頼まれごとをされたらしい。
わたしたち家族を「助けてあげて」ってだけ言って消えたみたいだけど・・・本当かな?
「魂の魔法の力ね。かなり強く込められているから」
「お父さんの想い・・・」
「実際にどうなるかはわからない。でも、もしお話してみたいのなら剣を抱いて眠ってみなさい」
剣を抱いて眠るなんて考えたことも無かった。
手に取れるところには置いてるけど・・・やってみよう。
「・・・そしたら今夜はステラさんも一緒にいてください」
「いいよ、一緒に寝てあげる。じゃあ私もお風呂に入っちゃおうかな」
「あの・・・一応三つとも持って寝たいです」
わたしは立てかけてあった栄光の剣を持った。
これで可能性が上がる気がする。
「いいですよね?」
「あー・・・まあいいんじゃないかな。じゃあニルスに言っておくね」
「お願いします」
よし、先に部屋に戻ってよう。
あ、その前に・・・。
◆
「おやすみ、また明日頑張ろうね」
ユウナギに夜の挨拶をした。
毎日みんなに隠れて、ちょっとだけお邪魔させてもらうのが日課になっている。
「もう大丈夫なのか?」
「うん、ダメだったらまたニルス様が抱っこしてくれるんだ」
「そうしてもらうといいよ」
「うん。あ・・・でも・・・」
戦いとは違う不安が生まれた。
こういうのって、いやじゃないのかな?
「ねえ、わたしから言うのも変だけど・・・ニルス様に嫉妬とかないの?」
「え・・・だって・・・」
「なに?」
「いや・・・えっと・・・」
ユウナギが焦り出した。
この感じはあんまり見たことない。
「だって・・・なに?」
「えっと・・・ルージュにとってニルスさんはお兄ちゃんなんだろ?」
「そうだよ」
「だからそこは心配してない。見てるとお兄ちゃんに甘える妹って感じでかわいいし・・・」
なるほど・・・接し方が違うからか。
そういうのを感じてくれてるんだね。
「わかった。ごめんね、変なこと聞いて」
「平気だよ。じゃあ明日も頑張ろうな。おやすみ・・・」
最後は抱きしめてもらってから部屋に戻る。
たしかにニルス様からされるのとは違う。
こっちは体が熱くなるのがその証拠かな。
・・・わたし、間違ってないよね?
もやもやしてきた。
ユウナギは気にしてないって言うけど、やってることって浮気に近いんじゃ・・・。
いや・・・大丈夫。この気持ちは違う・・・よね?
◆
自分の部屋に入った。
まだステラさんは来ていない。
「お父さんか・・・」
わたしは三本の剣を並べた。
抱いて眠れば夢で会えるかもしれない・・・。
出てきたら何を話せばいいんだろう?
そうだ、お父さんはわたしの顔を見たことないはずだしわかんないよね。
まずは名前を教えて、ブローチのお礼を言って・・・お母さんのことを聞いてみようかな。
ふふ・・・夢なのになんかワクワクする。
まだ会えるって決まったわけじゃないのに・・・。
「栄光の剣も借りちゃったけど、全部綺麗だな・・・」
聖戦の剣は強いお母さんにぴったりだ。
胎動の剣はわたしのための装飾だってニルス様が教えてくれた。
そしたら・・・栄光の剣の装飾はどういう意味があるんだろう?
なんとなくだけど、男の人が持つような・・・そんな感じだよね。
「あれ・・・そういえば」
わたしは三本の柄の裏側を覗いた。
「変だな・・・」
聖戦の剣と胎動の剣には言葉が刻まれている。
『愛するアリシアへ』
お母さんに宛てたもの。
これを見た時はとっても嬉しかったんだろうな。
『愛する家族へ』
これはわたしのこと・・・なのかな?
精霊鉱の剣には、お父さんが魂の魔法で強い思いを込めた。
だから使える人が限られる。
そして胎動の剣には、一緒に作り上げたニルス様の思いも込められている。
お父さんはニルス様も家族だと思ってくれていたらしいから、この三本を振るうことができるんだよね?
「うーん、なんでだろ?」
栄光の剣にはなにも言葉が刻まれていない。
・・・なんかもやもやする。
この剣だけなにも無いのはおかしい気がしてきた。
これはニルス様が使っていて、十五歳で戦士を一度やめた時に家に置いていったって聞いてる。
つまりニルス様の剣ではない?
自分のなら持っていくよね・・・。
『あとね、ここの飾りだけ取れそうだから包帯を巻いてるんだって。壊れたらお母さんが怒ると思うから、わたしも触らないようにしてるの』
わたしの記憶では、言葉が刻まれているであろう部分には包帯が巻かれていた。
「飾りが壊れかけているから触っちゃダメ」ってだけ言われてたっけ。
今はニルス様が使ってるけど、壊れそうなところはない・・・。
いや・・・ニルス様が直したのかな?
「・・・ん?」
よく見ると色がほんの少し違う気がする・・・。
わたしはなんとなくそこを爪で削ってみた。
「あ・・・なんか取れる・・・」
ちょっと力を入れただけなのに簡単にそれは剥がれていく・・・。
「え・・・いいのかな・・・」
まだステラさんは来ない。
「いい・・・よね?」
好奇心に背中を押された。
◆
「愛・・・する・・・」
少しずつ文字が見えてきた。
やっぱりこれにも言葉が刻まれている・・・。
見て・・・いいのかな?
その先は、また爪に力を入れれば確認することができる。
でも隠してある・・・誰にも見せたくないってことだよね・・・。
「お待たせ・・・。え・・・なにをしているの?」
迷っていると、部屋の扉が開かれてステラさんが入ってきた。
「あ・・・あの・・・」
「その剣を・・・見ていたの?」
ステラさんは心なしか焦っているようにも見える。
さっきのユウナギと似てる・・・。
「あの・・・これにだけ言葉が刻まれていないのは変だなって・・・調べていたんです」
「そうなんだ・・・」
「それで、ちょっと爪で削ったら文字が・・・」
「そうなんだ・・・」
雰囲気がすごく重い。
これは・・・なにかある?
「ステラさんは、これを抱いて眠っていましたが知っていましたか?」
「いいえ、私もわからないわ。受け取った時には隠れていたから気付きもしなかったの」
でも嘘をついている感じには見えない。
本当にわからなそうだ。
「ここまで削って、ちょっと迷ったんです・・・このまま全部剥がしてもいいのでしょうか?」
「私からはなにも言えないわ。でもそこに何が刻まれていても、すべて受け止める覚悟があるのなら見てもいいと思う」
「すべて?」
「それを隠したのはお父さんか、アリシアか、ニルスか・・・。なんとも言えないけど、私たちの想像を絶するような内容かもしれない」
ああ、そう思ったからわたしの手も止まったのかな・・・。
覚悟か・・・。
「まだ・・・やめておきます・・・」
少しだけ考えてやめた。
今は・・・なんか怖い。
「そう・・・それなら戦いが終わってからでもいいんじゃないかな。今は余計なことを考えずにね」
ステラさんは「安心した」って顔をした。
あれ・・・よくわかんなくなってきたな。
知ってるの?それともわたしが変に勘ぐってるだけ?
「ニルス様は・・・知っているんでしょうか?」
「うーん・・・たぶんニルスも知らないんじゃないかな。見られて困るならあなたに貸したりしないはずよ」
「ああ・・・たしかに」
言われてみればそうだよね。
知っていたとすれば、わたしに見られる可能性もあるのに手放すとは思えない。
「さあ、今日はもう休みましょ。本当に三つとも抱いて寝るの?」
部屋の明かりが薄くなった。
すぐに眠れそう。
「はい、その方がいい気がして」
「あなたが寝苦しそうだったら離すからね」
「はい・・・」
たぶん大丈夫だと思う。
あとは寝惚けて抜かないように・・・。
◆
『あれ・・・』
気が付くと、わたしはカクと走り回った森の中にいた。
『いつの間に・・・裸足だ・・・』
一人で流れる川に足を浸して、ただその流れを見ていた。
今は冬だったと思ったけど・・・気持ちいいから別にいいか。
『・・・ふふ、こんなところにかわいらしいお嬢さんがいるね』
後ろから優しい声が聞こえた。
え・・・。
『誰?』
振り返ったけど、そこに声の主はいなかった。
『明るいと恥ずかしいな・・・星空にしようか』
突然辺りが暗くなって、たくさんの星が瞬く夜になった。
ずっと前に呼んだ絵本の魔法使いみたい・・・。
『隣に座ってもいい?』
その人は私の横に立っているみたいだ。
『はい、どうぞ』
『ありがとう』
男の人・・・暗くて顔が見えない。
だけどなぜか普通に話せる。
『僕はこの森が好きなんだ。君は?』
『わたしも好き、全部綺麗だから』
『そうだよね。草木も、川も、空も、空気も、風も・・・とても美しい』
その人はわたしの肩を抱いてくれた。
始めて会う男性なのに、触られることにも抵抗が無い。
・・・なんでだろ?
『・・・君とはずっと話したいって思ってたんだ』
『ずっと?』
『うん、君がいることを知ってからずっと・・・。本当は一緒にいなきゃいけなかったんだけどね・・・』
ああ・・・わかった。
『・・・お父さん?』
『あはは・・・大正解』
頭に手が乗せられた。
夢の中なのに目の前が滲んで、星空がぼやけていく・・・。
『あの・・・わたし・・・ルージュ・・・です』
わたしはお父さんの胸に抱きついた。
消えないように、離さないように・・・。
『ふふ、まだ子どもなんだね』
『・・・やだ?』
『ううん、まだ子どもでよかった。だからもっと甘えてほしいな』
『うん・・・』
お父さんは、ニルス様と同じようにわたしを抱っこしてくれた。
ふんわりだ・・・なんか眠くなってきた・・・。
いや、ダメだ!せっかく会えたんだからまだ一緒にいたい。
『お父さん・・・病気は苦しかったの?』
『え・・・ああ・・・まあね』
『どこが悪かったの?』
『・・・頭かな』
そうだったのか・・・。
でも、今は元気そうだ。
『ねえ、お父さんの顔が見たい・・・』
『うーん・・・夜明けまで起きていられたらね』
『じゃあ、たくさんお喋りしようよ』
『あはは、そのつもりだよ』
星空はとっても綺麗だけど月が無い。
だからお父さんの顔を見るには夜明けを待たないとダメみたいだ。
でも、話したいことはいっぱいあるから大丈夫。
『わたしね、お父さんのくれたブローチ好きだよ』
『ありがとう、たくさんの愛を込めたんだ。アリシアの指輪よりも強いと思う・・・これは内緒だよ』
暖かい指がわたしの唇に当てられた。
『じゃあ、わたしとお父さんだけの秘密ね』
わたしはお父さんの指を優しく握った。
『ブローチと指輪はハリスさんが届けてくれたんだって』
『まあ・・・なんだかんだ言ってもちゃんと渡してくれるとは思ってたんだ。大事な友達だからね』
『ハリスさんもそう思ってるよ。あ・・・それとね、精霊銀が見つかったんだよ』
『リラちゃんだっけ・・・お父さんも話してみたいな』
これは本当に夢?
感覚が現実と一緒な気がする。
お父さんの手、体温、息遣い・・・全部が本物って感じだ。
だからもっともっとお話を・・・。
『ねえねえ、剣の装飾にはどういう意味があるの?』
『胎動の剣は、幸福な未来、輝きだす夢、青空にかかる虹・・・僕が美しいと思うものを全部形にしたんだ』
『じゃあ、聖戦の剣と栄光の剣は?』
『聖戦の剣は、風と恋、凛と咲く花・・・。栄光の剣は、星空、風の音、清流を流れる花びら・・・そういうのだね』
お父さんが恥ずかしそうに笑った。
わかる・・・本当に綺麗だから。
ふふ、お母さんのは恋か・・・あれ?
『ねえ、お母さんにはこうして会いに来たことはあるの?』
『まだないよ、その内ね』
『会ってほしいな』
『そうだね・・・』
声色が変わった。
たぶんお母さんと話す時は、こんな感じでカッコつけた声になるんだろうな。
お母さんを想う気持ちと、わたしを想う気持ちはやっぱり違う。
たぶん、わたしがニルス様とユウナギに抱く想いと同じ・・・。
そうだ、次はユウナギの話を聞いてもらおう。
◆
『・・・それでね、ユウナギに感じていた気持ちは恋だって気付いたの』
こういう話もしてみたかった。
一緒に歩いて行きたいって思える人・・・。
お父さんに言っておかないとダメだよね。
『いいことだと思うよ。彼と一緒ならずっと幸せだろうね』
『そう思う?』
『うん、あの子はルージュちゃんをずっと大切にしてくれそうだ。お父さんは任せてもいいと思っている』
『ありがとう・・・』
嬉しいな、起きたら絶対に教えてあげないと・・・。
幸福な気持ちになった時、わたしの瞼が勝手に閉じた。
あれ・・・また眠くなってきた・・・。
『どうしたの?』
『頑張ってるんだけど・・・眠いの・・・』
『おやすみする?』
お父さんはまた頭を撫でてくれた。
まだ空は暗い・・・だから起きてないといけないのに・・・。
『ねえ・・・剣を抱いて寝たら毎日会える?』
『どうかな・・・お父さんにもよくわからないんだ』
『そうなんだ・・・』
どうしよう・・・なにか話さないと・・・。
『あ・・・栄光の剣にはなんて掘ったの?』
お父さんが入れた言葉だし憶えてるよね。
『それは・・・君はまだ知らない方がいいみたいだ』
『まだ・・・どうして?』
『色々複雑なんだよ。でも、アリシアが戻ったら教えてくれると思う』
『言葉を隠したのはお母さんなの?』
『・・・』
お父さんは、答えのかわりにぎゅっとしてくれた。
暖かくて、優しくて・・・わたしの瞼がより重くなっていく・・・。
『顔が見たいよ・・・お父さん・・・』
やだよ・・・せめてどんな人なのか・・・。
『ルージュ、今まで一度も抱いてあげられなくてごめんね。でも、君の幸せをいつも祈っているよ』
『え・・・』
『お父さんはずっと一緒にいるからね。戦いの時も思い出してほしいな』
瞼の外が白くなっていく。
夜明けなんだ・・・。
『おやすみルージュ、愛しているよ』
ダメ・・・もう少しなのに・・・。
◆
「お父さん!」
わたしはすぐに目を開けた。
「ふふ、おはようルージュ。オレはお父さんじゃないよ」
すぐそばにいたのはニルス様だった。
・・・外が明るい、朝になったんだ。
「お父さんと話してたんです・・・」
「夢・・・見たの?」
「はい・・・」
本当に会えた。
「雰囲気は、なんだかニルス様と似ていたような気がします・・・」
「・・・顔は見れた?」
「いえ・・・夜にされて、朝まで起きていられたら見せてくれるって言われたんですけど・・・」
「いじわるだな。・・・そういう人なんだよ」
ニルス様は呆れたように笑った。
・・・わたしの心が揺れてる気がする。
「あと・・・ニルス様と同じことを言ってくれたんです」
「同じこと?」
「わたしの幸せをいつも祈ってるって・・・」
「父親なんだから当たり前だよ。・・・剣を返してもらうね」
ニルス様は栄光の剣をわたしの腕から優しく持ち上げた。
「愛する・・・なんて刻まれてるんだろうね」
「ニルス様も知らないんですね」
「うん・・・アリシアが戻ったら教えてくれるんじゃないかな」
「今度はニルス様がお父さんと同じことを言ってますね」
「・・・」
ニルス様が微笑んでくれた。
星空の下で、お父さんはきっとこんな顔をしていた・・・根拠はないけど、そうだと思う。
「そういえば・・・ステラさんは・・・」
「ステラは朝食の支度があるから交代したんだよ」
嬉しい交代だ。
今の内に甘えておこう。
「ニルス様、不安が全部無くなった気がします」
「頼もしいな。でも何かあったら・・・ふふ、きのうみたいにわざとらしい溜め息をつくといい」
「へ・・・気付いてたんですね・・・。秘密ですよ」
わたしはお父さんにしたのと同じように、指をニルス様の唇に当てた。
「いいよ、誰にも言わない」
ニルス様もそうしてくれた。
よし、今日も強くなろう。
あと五日・・・最後の戦い。
わたしは胎動の剣を握った。
本当に不安は無い。
みんなもいるし・・・お父さんも一緒にいるから。




