第二百七十一話 そうだった【ニルス】
ルージュとヴィクターをどうするか・・・.
まだ答えは出ていない。
行きたいって思ってるのは知っている。
だからそうしてあげたいんだけど、オレに沁み付いた戦場への恐怖がそれを拒んでいた。
父さん・・・母さん・・・オレはどうしたらいいんだろう・・・。
◆
「あれ・・・」
家に帰ってきた。
「二人で泊まってくるのかと思ってたのに」
ステラは同じ場所で本を読んでいた。
なんで驚いてるんだろ?
「誘ったんだけどダメだって断られたの」
ミランダからさっきまでの雰囲気が消えていて、いつも通りのいじわるな顔になっていた。
断りはしなかったような・・・。
「ミランダはそれでよかったの?」
「あたしはもっといいことしてもらったからいいの」
「気になるわね・・・教えて」
「じゃあ、あたしをぎゅっとしてずっと一緒だよって言って」
たしかにあれは嬉しそうだった。
いつでも欲しいって感じなんだろう。
「心配しないで。ずっと一緒にいるよ」
ステラがミランダを抱きしめた。
「ふふふ、こういうことしてもらったの。次はシロにもしてもらう」
さっきはオレが抱きしめていたから顔を見れなかったけど、こういう感じだったのかな?
「そうなんだ、じゃあ寂しそうな顔してたらいつでもこうしてあげる。ニルスもそうするのよ?」
「もちろん、ミランダは怒らせると恐いからね」
照れ隠しで憎まれ口を言った。
「ふふ・・・」
それでもミランダは怒らずに幸せそうに笑っている。
仲間にはいつもこんな顔をしていてほしい。
◆
「ルージュたちはもう寝たの?」
ミランダがステラから離れた。
一緒にお風呂入りたかったのかな?
「そうね、明日も早いから」
「カゲロウは?」
「夜の内に倉庫のお掃除をするんだって。明日の鍛錬はちゃんと手伝いたいって言ってたから」
「たしかに人形が無いとね」
カゲロウのことはみんな受け入れてくれている。
話して害が無いこと、オレたちと生活していること、その二つが彼女への信頼に繋がったみたいだ。
「あたしもお風呂入って寝よ。ニルス、洗ってあげるから一緒に入ろー」
「ふふ、行ってらっしゃい」
「湯浴み持ってくる・・・」
「ダメでーす」
ミランダは幸福な雰囲気を纏ったままオレの手を引いてくれた。
明日もこのままだといいな。
◆
「お待たせステラ」
風呂を出て談話室に戻った。
君を連れていかなければならない。
「ベッドに行こうか」
「いいよ、早く寝顔を見せてね」
ステラはそれを見ている時が幸せらしい。
嬉しいんだけど残念なこともある。
その時のステラをオレは見ることができない・・・。
◆
「きのうね、あなた寝言で父さん・・・って言ってたの」
ベッドに入ると、ステラが心配そうな声を出した。
寝言・・・。
「父さんか・・・」
「夢でも見た?」
「見てない・・・憶えてないだけかもしれないけど・・・」
「ルージュたちをどうするか悩んでいるから?」
たしかにあの子たちを連れて行くかを考えると浮かぶ顔ではある。
『あんたが決めたんなら、それでいいよって言ってくれるんじゃないかな』
ミランダが言ってくれたけど、そうなのかな?
父さん、もう一度・・・話したい・・・。
「ステラはどう思う?」
いない今、考えても仕方がない。
答えをこれ以上伸ばすのもよくないし、もうみんなに相談しよう。
「やっと聞いてくれたね。一人じゃ決められなかったんだ?」
「・・・難しいんだ。それに君の心配もあるからね」
オレはステラの髪の毛を撫でた。
あの子たちはもしもがある可能性が高い。
だからステラに聞くのは違うのかもしれないけど、そのことで悩んでいるのを隠したくもなかった。
「私は連れて行っていいと思うよ」
「どうしてそう思うの?」
「あなたが鍛えているから足手纏いにはならないでしょ?」
そう、オレは戦場での戦い方を教えている。
行く前提で鍛えてはいたけど、まだまだ不安なんだよな・・・。
「私のことは気にしないで考えなさい。大丈夫、また何年も眠るようなことはしない」
「ステラ・・・」
「それに一緒に行くのは精鋭たち・・・心配してないよ」
たしかにあの人たちなら心配は無い。
だから嬉しかった・・・。
「ふふ、あなた疲れてるでしょ?」
「え・・・」
さすがにそうなのかもって思った。
だって、三度目・・・。
『声・・・お前まだ疲れてんの?』
『それとさ・・・あんた、ちょっと疲れてる?』
ティムとミランダにも・・・。
休んではいるつもりなんだけどな。
「少しゆっくりしなさい」
「ん・・・」
ベッドに寝かされた。
「あなたの考えを尊重して黙っていたけど、苦しいならもっと早く言ってね。明日はルージュたちを除いてみんなで話しましょ」
「ありがとう・・・」
「それと、今日もお父さんを呼んだら剣を持たせてみるね」
「たぶんだけど、もう平気だよ」
どうして早く言わなかったんだろう?
みんなを信頼してないわけじゃないけど、兄としての意地みたいなのがあったのかな・・・。
◆
あれ・・・どこだ・・・。
オレは暗闇の中にいた。
いつ座ったんだろう・・・。
『どうしたの?寂しがり君』
後ろから懐かしい声が聞こえた。
『ん・・・聞こえてないのかな?無視しないでよ』
どうして?
また話したいって思ったから来てくれたのかな・・・。
『たぶん君は恥ずかしいだろうし、僕も恥ずかしいからこれでいいよね』
優しい声は、オレと背中合わせて座った。
恥ずかしいのはそっちだけだろ・・・。
『オレより・・・ルージュに会ってあげなよ・・・』
『・・・あの子にはその内ね。君の方が心配だったから』
『オレはみんながいるから大丈夫だよ』
『あれ・・・前はもっと色々話してくれたんだけどな・・・』
そうだったっけ・・・。
『なにが嫌だったとか、こういうのが不安だったとか・・・また聞きたいな』
『ああ・・・そういえば話したね』
『思い出してくれて嬉しいよ。・・・ルージュちゃんのことだよね?』
『そうだよ・・・困ってるんだ。どうしたらいいか・・・親なら教えてくれよ』
『・・・』
背中が小刻みに震えている。
・・・笑ってるのか?
『あの子がそうしたいって言ってるんだ。やりたいことをさせればいいよ』
軽く言われてしまった。
無責任なことを・・・。
『全部わかってるんじゃないの?危ないんだって・・・』
『わかってて言ってるんだよ』
親なら止めろよ・・・。
『たぶんさ、ニルス君はまだ疲れてるんだ。立ち止まって振り返ることをしてみた方がいいよ』
ああ・・・また言われた。
『疲れてる・・・たぶんそうなのかな。だけどあと一回だ。これくらい耐えられる』
『だからすぐ答えが出せないんだよ。もっと緩めたら?』
『助けてくれるんじゃないのかよ・・・』
これは夢・・・わかっている。
だからオレの都合のいいように進んでほしい。
『もちろん助けに来たんだよ。ゆっくり思い出してほしかったんだけどな』
『思い出す?』
『そう、以前の君がどうだったか』
以前・・・いつだよ・・・。
『・・・たとえば、シロ君が戦うことを決めた時に君はどう答えたかな?たしか即答してたよね』
『一緒に・・・戦う』
たしかそう言った。
『それだけじゃない。オレが守るよってカッコよく言ってたんだ。だからシロ君もそうなりたいって憧れてくれたんだよ』
『シロは・・・オレみたいになりたいって・・・』
『君ならあの二人にもそうするって思ってたんだけど・・・心がずいぶん疲れているみたいだ』
『そうか・・・みんなが癒やしてくれてはいるんだけどさ・・・』
なるほど・・・前向きに考えていたつもりだったけど、そうでもなかったんだな。
『一緒に行こう。オレが守ってやるから大丈夫だよ・・・元気な君ならこう言ったと思う。・・・ああ、カッコよくね』
『本当にそう思う?』
『だって・・・君はそのために鍛えてきたんじゃないか』
立ち上がる音が聞こえて、オレの肩に手が置かれた。
『それに・・・父さんはいつも君たちと共にいるよ。忘れないでね』
『父さん・・・』
『ニルス・・・愛しているよ』
振り向けなかった。
・・・泣いていたから。
◆
「あ・・・おはようニルス」
「ステラ・・・ん・・・」
目を開けたと同時に口を塞がれた。
幸福な朝だ・・・。
「あれ・・・」
「ああ、言ってたでしょ。持たせてあげるって」
「うん・・・」
オレは栄光の剣を抱えて眠っていた。
「そうか・・・ありがとうステラ」
「いい夢でも見れたの?」
「うん・・・君の言う通り、少し疲れていたみたいだ」
「そうだよ。でもなんだか幸せそうな寝顔だった」
幸せそうか・・・そうだったよ。
本当に話ができたからな。
「もう少し寝てても大丈夫だよ」
「いや、起きて先に訓練場に行ってるよ。みんなは別に急がせなくていい」
「じゃあ、もう出たよってだけ言っておくね。・・・朝食は?」
「今日はいい。オレの分はミランダにあげて」
いい目覚めではある。
体の疲れは無いけど、心をどうするか・・・少し考えたい。
◆
街が少しずつざわめき始めた。
今日の始まりを思うとなぜか心が揺れる。
色褪せていた景色は、また新しい色で染まってきていた。
仲間たちのおかげで、今は胸を焦がすくらい濃い色になっている。
◆
「申し訳ありませんが、今日は休ませてもらいます」
全員集まったところでみんなに告げた。
色々と忘れて、少しだけ緩い時間を過ごしたい。
「構わない、ゆっくりするといい」
べモンドさんが答えてくれて、みんなも頷いてくれた。
口には出さなかっただけで、全員わかってはいたのかな・・・。
「・・・」「・・・」
ただ、ルージュとヴィクターだけは不安そうな顔だ。
「二人も休みだ。・・・一緒に付いてきてくれ。昼まで付き合ってほしい」
「はい・・・」
「わかりました」
「じゃあ、失礼します」
オレは二人を連れて訓練場を出た。
休みの日にやることって言えば・・・。
◆
「開けてほしい」
「はい・・・あの、何をするんですか?」
ルージュが不安そうに鍵を取り出した。
三人で来たのはオレの家・・・ルージュの家でもある。
まずはここの掃除だ。
「半年以上空けていたから埃が溜まっている。一緒に綺麗にしようか」
「でも・・・」
「アリシアに掃除させる気か?」
「そういうことじゃなくて・・・」
ルージュとヴィクターは、空にある黒煙を見上げた。
「そんな場合じゃ・・・」
「ヴィクター、余裕を持て。しっかりできたらいいことがあるぞ」
「いいこと・・・頑張ります」
「ルージュにもな」
「え・・・はい!」
いいことは二人の意志への答えではない。
嘘はついてないけど、騙してる気分になるな・・・。
「掃除が終わったらこっちに帰ってきてもいいよ」
「いえ、お母さんと一緒に帰ります」
「ヴィクターもか?」
「え・・・俺も・・・」
何気ない会話でいい。
戦いから遠ざかるようなことをたくさん話そう。
◆
「えっと・・・二階は部屋が二つだけだったっけ」
一階の掃除が終わった。
狭い家だ・・・昼には終わるな。
「そうだよ、お母さんの部屋と書斎があるの」
「よーし行こうぜ」
「うん、綺麗にしよ」
二人もなんだかんだ楽しんでいる。
いい安らぎだ。
「オレは書斎をやるからそっちを頼む」
「わかりました」
さて、昔の自分にも聞いてみるか・・・。
◆
自分の部屋に入って、引き出しの鍵を取り出した。
一番上・・・。
「今見ると恥ずかしいな・・・」
色褪せた夢たちは、まだそこにいた。
そして昔のオレも・・・。
「何年ぶりか・・・憶えてるか?」
日記帳を取り出した。
毎日書いていたわけじゃない。
嬉しいことがあった時と決意をした時だけ・・・。
◆
『母さんから「戦場では」って言葉が増えてきて心配だ。ちゃんとオレの夢を憶えててくれてるのかな?たぶん大丈夫だと思うけど』
日記を開くと、胸が締め付けられることが書いてあった。
大丈夫じゃない・・・けど、今は耐えてくれ。
ええと・・・ルージュが生まれてからくらいか・・・。
『オレに妹ができた。名前はルージュだ。かわいくてずっと見ていても飽きない。オレはお兄ちゃんなんだからしっかりと妹を見てやらないといけない。早く大きくなって一緒に手を繋いでお喋りをしたいな』
かわいいのは今もそうだよ。そしてお喋りもできる。
もっと・・・先か。
『ルージュだけは幸せにしないと、アリシアにだけは絶対に任せられない。オレが十五になったら自分の家を買ってアリシアからは離れて暮らそう。そしてこの子がやりたいことは全部やらせてあげよう。悲しみも苦しみもこの子には必要ない、全部からオレが守るんだ』
昔の自分はもう決めていた。
ああ・・・そうだったな・・・。
「ありがとう少年ニルス・・・」
オレは日記を閉じて、昔の自分を引き出しに戻した。
「あと少し・・・待っててね。君も今のルージュにもうすぐ会えるからさ」
アリシアが戻ったらルージュに渡してもいい。
読めば事情はわかってくれるだろう。
◆
「いい感じだ。これならすぐにでも生活できる」
家の中の埃が無くなり、いつ帰ってもいい状態になった。
日記のついでだったけど、けっこう気分転換になったな。
「お掃除はダリス様の所でたくさんやりましたから。えっと・・・昼飯前ですよ・・・ほら」
ちょうど昼の鐘が鳴った。
「ギリギリだな。・・・よし、走って訓練場に戻ろう」
「休むんじゃなかったんですか?」
「食事は別だよ。オレは戦場と同じ速さで走る。できる限り付いてこい」
戸締りを確認してすぐに走った。
さて、二人はどのくらいかかるかな・・・。
◆
「なかなか早いじゃないか」
「はあ・・・はあ・・・。息切れしてない・・・」
「けっこう・・・自信あったんだけどな・・・」
二人は訓練場の前に着くと、その場に座り込んでしまった。
「休むなら中だ。行くよ」
「え・・・は・・・はい」
「よし・・・まずは冷たい水を貰おう・・・」
大体戦場の端から端までの距離かな?
体力はそこまで問題なさそうだ。
◆
「どうしたニルス、休めよ」
食堂に入ると、みんなが寄ってきた。
「昼はみんなで食べてもいいじゃないですか。それにオレは朝も食べてませんから」
「あれ、なんかちょっと緩んでるね」
休みなんだから緩んだっていいだろ・・・。
「あ・・・そういえば、イザベラとシェリルは来ないんですか?」
なんとなく気になった。
オレたちが使い始めてからは来ていない。
ティムと話してるところを見たかったんだけどな。
・・・ああ、こう思うのは余裕が出てきたからか。
「ルコウの上空にも黒煙がある。ティアナに報せに行ったんだよ」
「なるほど、残念だったなティム」
「関係ねー・・・殺すぞ」
「もう戻る頃だと思うよ」
「うるせーな・・・疲れてんだ。静かにしてろよ」
ティムが長椅子に寝転がった。
あいつも疲れてるのか。
なら・・・誘おう。
◆
「みんなも休んだらどうですか?」
テーブルが片付いたのを見て、オレは全員に語りかけた。
どうせなら・・・。
「今日はこれから北部のロレッタに行こうと思ってます。向こうで一泊の予定なんですけど、行きたい人は連れていきます」
食堂が静まり返った。
誰もがさっきのルージュたちと同じように「そんな場合じゃ」って顔をしている。
『なんか・・・また温泉入りたくなってきた』
だって・・・行きたくなっちゃったし・・・。
「ちなみにルージュとヴィクターはもう行くのが決まっています」
「え・・・」
「そうなんですか・・・」
「掃除を頑張ったらいいことがあるって言っただろ?」
騙してはいない、約束通りだ。
「どうでしょうか?ちなみに食事と宿のお金は全部オレが持ちます」
・・・ここまで言ってもみんな黙ってる。
もっとか?
「帰りは一緒だけど、着いたら勝手に動いていいですよ。オレはただ疲れを取りたいだけなので」
・・・みんな動きもしないんだな。
なんか言えよ・・・。
「ニルス・・・今我々をまとめているのはお前だ。統率を乱さないようにやってくれ」
べモンドさんが口元を持ち上げた。
なるほど・・・そういうことか。
「明日の昼まで、全員休息を取ることを命じる」
「つまり・・・どうするんだ?」
「みんな連れて行く。支度を済ませて、商会に集合だ」
こういうことはみんなで・・・。
「あともう一つ、全員に周知がある」
オレは全員を見渡した。
帰ってからにするつもりだったけど、今でもいい・・・。
「ルージュ、ヴィクター、こっちに」
心の疲れはだいぶ取れたからな。
あとはただ休息を楽しみたい。
「この二人も戦場に連れて行く!これで十人・・・文句は言わせない」
「え・・・」
「ニルス様・・・」
二人が一緒に振り返ってオレを見てきた。
・・・いざ言われると不安なのか?
「二人とも志願しただろ?」
「そうですけど・・・」
「・・・本当にいいんですか?」
「もちろんだ、みんなで一緒に行こう。二人はオレが守ってやるから大丈夫だよ」
昔の自分を思い出し、二人の肩を抱いた。
父さん、カッコよくってこんな感じかな?
二人はちゃんと守るから、ずっと見ててくれ・・・。




