第二百五十七話 隠し事【ニルス】
『・・・ジェイスのことでお話があります。まあ、そちらのやり取りが終わったらでいいですよ』
ハリスの言っていたことが気になる。
例えば、居場所がわかった・・・それならすぐにでも向かいたい。
今日・・・今日で全部解決。そうなったらシロも自由になれる。
ジナスを女神に渡せば、君の不安は消えるはずだ。
相手が誰であっても、何であっても守る。
約束・・・ちゃんと果たすよ。
◆
「・・・一度休みます」
ハリスが溜め息をついたと同時に、オレたちは見知らぬ平原に出た。
・・・一度で精霊の城までは無理だったみたいだ。
「六人は初めてです・・・疲れますね」
「・・・ん?おい、これ北部にしかねー草だ。あんたの力すげーな・・・」
「女神の力だからな。洗い場まで入ってこれるだけはある」
「洗い場か・・・あたしには雲の上って感じで想像つかねーな」
ハリス、モナコ、ジナスの三人はお互いに思う所は無いらしい。
普通に話す・・・オレには無理だな。
「そういやお前転移っての使えんだろ?」
モナコがジナスの頭を指でつついた。
「・・・頭の悪い女だな。今の状態では使えないのだ」
「そうじゃねーよちびっ子。負けるって思った時に逃げればよかったんだ」
「・・・」
ジナスがモナコを睨みつけた。
・・・言われてみればそうだな。
「たしかに・・・あんたなんで逃げなかったのよ?」
ミランダも乗っかった。
「あなたとニルス様は死の寸前まで追い詰められていました。・・・実際死にましたね。ジナス様の肩を持つわけではありませんが、勝ちを確信してもおかしくないほどです。いかがですかジナス様?」
ハリスも興味あるみたいだ。
「・・・私が敗北を確信したのはニルスが立ち上がった時だ。次の瞬間には真っ二つだったな・・・」
「あたしの守護で閉じ込めてたしね。あ・・・シロの精霊封印もあったね」
「つーかさ、洗い場ってとこに来られた時点でやべーって思わなかったのかよ?あたしなら様子見して逃げるぞ」
「私が遥か格下のこいつらから逃げる・・・そんな選択があるわけないだろ」
ジナスは眉間に皺を寄せた。
なるほど、意地みたいなものか・・・。
◆
「そろそろ行きましょう・・・オーゼ様、ふた手に分かれませんか?」
ハリスが深呼吸をして夕焼けを見つめた。
六人運ぶのはかなり疲れるんだな。
「いいけど、どう分けるの?」
「私はニルス様とルージュ様を先に運びます。シロ様の気持ちも落ち着くでしょう」
「いいわね、そうしましょう。そのあとに私がジナスを縛って持っていけば、より不安も薄れるだろうし」
たしかにいい考えだ。
先にシロの不安を解いてあげれば、これからの話もしやすいだろう。
「それとイナズマ様、チル様、コトノハ様、リラさんにも精霊の城に集まるように伝えていただきたい」
「そうね、呼びかけておくわ。じゃあすぐに追いつくからシロをお願いね」
オーゼが大きなガチョウを出した。
なにも無ければ、オレもそっちに乗って行きたいけど・・・今はシロの方が大切だ。
「待って!あたしもハリスと一緒がいい!」
ミランダがガチョウを見て悲鳴に似た声を上げた。
たしかにミランダも一緒の方がいいな。
「・・・シロ様がご心配なのはわかりますが、ニルス様に任せていいでしょう。それに置いていくわけではありません」
「そうじゃない!飛んでくのは絶対無理!」
あ・・・そういえばミランダは高いとこダメだったな。
たぶんそっちのことだ。
「飛ぶのは気持ちいいですよ。オーゼさんのガチョウはふわふわで乗り心地もいいですし」
ルージュがミランダに微笑んだ。
・・・そうじゃない。
「それに、ハリスさんも負担が・・・」
「あたしもシロが心配なの!!」
「う・・・そんな怒鳴らなくても・・・」
ルージュがオレの背中に隠れた。
いいな・・・かわいい。
「・・・落ち着けミランダ、ルージュが怯えてる。ハリス、ミランダも運んでくれ」
「ふふ・・・まあ三人なら問題ありませんね。そちらはお願いしますよ」
ハリスは薄ら笑いを浮かべた。
ミランダの弱点を知ったことで気分が良くなったんだろう。
「そうだハリス、あなたの鞄よ。忘れないうちに渡しておくわ」
オーゼはハリスのために作った精霊の手織り袋を取り出した。
ああ・・・ルージュのと一緒に作ってたっけ。
「・・・本当に無償でよろしいのですね?」
「あなたじゃないから大丈夫よ。だけど・・・リラを借りることはあると思う」
「彼女が嫌がらなければいいでしょう。・・・感謝します。これでシロ様に鞄を返せます」
「入れた物、忘れちゃダメよ?」
ハリスは何を入れるんだろうな・・・。
とりあえずオレの作品は必ず入れてもらおう。
「じゃあ私たちはもう行くね。・・・ジナスちゃん、いい子にしてないとダメよ。お仕置きされたくないでしょ?」
「・・・」
「モナコは前に乗ってちょうだい。私が後ろから落ちないように抱いててあげるから」
「じゃあちびっ子はあたしが抱いてやるよ」
あの三人は・・・大丈夫かな?
「あんたオーゼっつったな。影野郎に渡したのはミランダのと同じ鞄か?」
「そうよ」
「あたしも欲しい・・・」
「ふふ・・・いいわよ。愛を・・・込めてあげる」
まあ・・・大丈夫だろう。
◆
「あ・・・ニルス!!」
城に着くと、泣きそうな顔のシロがオレに飛びついてきた。
城内はかなり温度が低い・・・張り詰めてたみたいだな。
「シロ、心配かけたな。あとは全部任せてくれ」
「あたしもいるんだから大丈夫だよ」
「わたしも一緒だよ」
ミランダとルージュも暖かい声をかけた。
やっぱり先に来てよかったな。
◆
「なにが起こったのか教えてほしい。・・・なんでジナスが急に出てきたの?」
シロは落ち着くと王としての顔になっていた。
全部話す・・・もう隠し事はしない。
◆
「・・・ずっとオレの中にいたらしい」
あいつが言っていたことをそのままシロに話した。
声に出すとイライラしてくるな・・・。
「ごめんニルス・・・僕・・・」
「シロのせいじゃないよ。それに今のあいつは何の力も無い・・・なにもできやしないらしい」
「そうそう、あたしかなりバカにしたけど、なんにもやり返してこなかったよ」
「バカに・・・僕、ミランダには敵わないや・・・」
シロはそこまで取り乱したりはしなかった。
オレたちが一緒にいるからかな。
あとは実際見た時にどうなるかだ。
保てるように少しずつ勇気を渡そう。
「シロは堂々としていればいい。ジナスが何をしようとオレが守ってやる」
「ニルス・・・うん」
オレが小さくならなければ、カゲロウのこともすぐに話せたんだけどな。
・・・そう、彼女のことも謝らなければならない。
◆
「カゲロウ・・・」
「うん・・・今はあの家でステラが見ている・・・」
苦しかったけど打ち明けた。
いつかはだったけど・・・辛い。
「みんな・・・隠してたの?」
シロの目が潤んだ。
心が痛む・・・。
やむをえなかったわけだけど、ずっと嘘をついてたようなもんだからな。
「あ・・・夜会に行った日・・・あの家にあった精霊の気配はカゲロウだったんだね・・・」
「ごめん・・・あたしなんとか隠さなきゃって・・・」
「オレもそれでいいと思った。夜会だけを楽しんでほしくて・・・」
「・・・」
「ごめんねシロ・・・やだよね・・・」
ルージュがシロを抱きしめた。
この子は似た苦しさがわかるからな・・・。
「ルージュ・・・いや、僕だってニルスのこと隠してた・・・やだったよね・・・」
「・・・それはオレのせいだ。シロは悪くない」
「ニルス・・・。でも・・・みんなの思ってる通りだ。お母さんのこと、ニルスのこと、そこにカゲロウがいたって知ったら・・・バニラやニコルさんがいても保てなかったかもしれない・・・」
シロは俯いた。
誰も責めずに自分の弱さを正面から受け止める・・・強くなったな。
でも今回はそんなことしなくていい・・・。
「けど・・・もう隠し事は無いよね?」
「無い!あたしの命を賭けるよ」
「わたしも無いよ。・・・嘘じゃないってシロはわかるもんね?」
「オレも無いな」
「・・・わかった」
城内の冷気が引いていく。
シロの心は穏やかになったみたいだ。
「それにね、カゲロウさんはすごく優しいの。子どもたちが大好きなんだよ」
「本当に以前のカゲロウとは違う。シロと同じで愛があるんだ」
「そっか・・・きっとみんなと一緒にいたからだよ」
シロはまだ完全に信じてはいなそうだ。
まだ話したことも無いから仕方がない。
だけど、会えばすぐにわかってくれるだろう。
「とりあえず、まずはジナスだ。・・・オーゼが他の精霊にも来てもらうように呼びかけた。あいつをどうするか・・・精霊たちで決めてほしい」
「うん・・・でも、ニルスたちも一緒にいてほしい」
「当然だ」
カゲロウがいるから消すまではできないけど、何かあれば斬る・・・。
「シロ、本当にごめんなさい・・・。隠し事してたから・・・自分勝手かもしれないけど、わたしのこと嫌いにならないでね・・・」
ルージュがまたシロを抱きしめた。
さっきだけじゃ伝えきれなったんだろう。
「本当に気にしないで。教えたいけどできないって・・・僕もわかるから」
「シロは・・・わたしに隠し事・・・もう無い?」
「え・・・うん・・・」
シロが困った目でオレを見てきた。
ごめんね・・・。
「ふ・・・」
ハリスが鼻で笑った。
許さん・・・。
◆
「近い・・・もうすぐオーゼたちが来る・・・」
シロが拳を握った。
そんなに構えることないのに・・・。
「大丈夫だよ。不安ならオレの背中だけを見てて」
「・・・もう充分見てきた。だから僕も強くなる」
シロ、君は強くなった。
もう誰にも負けはしないよ。
「みんなは部屋で待っててくれ。オーゼが来たら、オレがジナスの首を掴んで持ってくる」
「・・・私もご一緒しましょう。ルージュ様とミランダ様は、シロ様と共に待っていてください」
「二人とも頼んだよ。シロ、今のあいつは恐くないってことをちゃんと見せる」
「うん・・・ありがとうニルス」
オレとハリスは部屋を出た。
シロだけじゃない、チルとイナズマも安心してくれるはずだ。
◆
「・・・二人きりになりたかったのです。話してよろしいでしょうか?」
門の外に出ると、ハリスが真剣な声を出した。
一緒に来たのは、そういう話のためだったんだろう。
「・・・ジェイスの居場所がわかりました。あなたの準備ができ次第、お連れしたいと思っています」
「・・・欲しかった情報だ」
オレは拳を強く握った。
なんとしてでも今日の内に終わらせる・・・。
「みんなの前で言わなかったのはルージュがいたから?」
「当然です」
「助かるよ」
ジェイスとの戦いを知れば、ルージュは必ず「付いて行く」って譲らなかったはずだ。
・・・たぶんだけど、オレはそれを拒み切れない。
ハリスはそれをわかっていたから、オレにだけ話すことにしてくれたんだろう。
「泣かれでもしたらあなたは同行を許してしまうでしょう?守りながら全力で戦えるのならば話は別ですが・・・」
「黒煙の性質がわからない・・・正直厳しい」
「そうだろうと思いました。まあ・・・私も自信はありません」
「お互い様か・・・」
だからこれでいい・・・。
あの子を戦いには連れて行かない・・・剣を教える時から決めていたことだ。
隠し事が一つ増えたけど、アリシアが助かったあとで償いをしよう。
「それと・・・ジェイスがテーゼに現れたことはまだ話していませんでしたね」
「え・・・」
「アリシア様の家に来ていました」
「なんだと!!」
大声を出してしまった。
・・・いつだ?
なんでハリスはこんなに冷静なんだよ・・・。
「・・・みなさん無事ですのでご安心ください」
「本当だな?」
「はい。・・・カゲロウのおかげで出自がわかりましたので、精霊たちが集まったらお話しますよ」
みんなは無事・・・とりあえずこれだけでいい。
「・・・話は変わりますが、ジナス様はあなたの心の内を知っているようです。お伺いしてもよろしいでしょうか?」
「どういうことだ?」
「この八年、あなたの心と記憶は筒抜けだったようです。私のことをどう思っているのか聞きたかったのですが・・・」
あの野郎・・・。
余計イライラしてきた。
「・・・ダメだな」
「そうですか・・・まあいいでしょう。さて・・・いらっしゃいましたよ」
オーゼのガチョウが洞窟をすり抜けて飛んできた。
あいつの顔、また見るのか・・・。
◆
「ガキみたいだけど、鳥に乗って飛ぶっていいな」
「モナコは特別よ。また体に触らせてね」
「そんくらいならお安いご用だ」
モナコとオーゼはずいぶん緩くなっていた。
ていうか、モナコはこれからの話し合いに参加するのかな・・・。
「じゃあ行きましょう。・・・ジナスちゃん、王の前でちゃんと言うのよ?」
オーゼは振り返り、ジナスに不気味な微笑みを向けた。
「ジナスちゃん?」
「・・・」
「お返事は?」
「いいだろう・・・」
緩いのはなにか決めごとをしてきたかららしい。
・・・オレが引っ張っていかなくても、これを見れば安心するんじゃないのか?
「それとハリス、一つお願いがあるの」
オーゼがハリスの胸に触れた。
「なんでしょうか?」
「カゲロウを連れてきて」
「・・・ジナスと引き合わせて問題ありませんか?」
オレも心配だ・・・。
「何もさせないから大丈夫よ。ねージナスちゃん?」
「・・・お前たちの望む通りにしよう」
「わかりました。ただ、話し合いは待っていただきたい」
「もちろん大事な話はあなたが来るまで待つ。私たちは・・・ちょっとこの子にお仕置きをしないといけないから」
オーゼは妖しい手つきでジナスの頬を撫でた。
お仕置きか・・・それでみんなの気が済むならさせてあげた方がいい。
「それであれば私も見たかったのですが・・・」
「あとで記憶をあげる」
「承知しました」
そんなに見たいかよ・・・。
「それと・・・ステラ様も一緒に来てしまう可能性がありますがよろしいですか?」
「ステラならいた方がいいでしょうね。私、まだ会ったことないし」
そういえば・・・そうだな。
「お、聖女がくるんならあたしも嬉しいよ」
モナコは気楽だな・・・。
「・・・すぐにお連れします。では・・・のちほど」
ハリスが影に沈んだ。
でも、ステラが来るならオレも嬉しい。
・・・抱きしめてしまうかもしれないな。
◆
「じゃあ行こうか。・・・オーゼ、ジナスはオレが持つ」
オレはシロに言った通りジナスの首を掴んで持ち上げた。
これで安心してくれるかな。
「じゃあお願いね。・・・すれ違った鳥に、ニルスのことは解決したって教えた。シルに伝えてくれるはずよ」
「ありがとう」
シルにも直接お礼を言いに行かないとな。
・・・旅だったらまずは神鳥の森を目指そう。
でもまずは・・・。
「行くぞジナス、王がお前を待っている」
「光栄なことだな」
「面倒は早く終わらせたいんだ。素直に聞けよ?」
「抵抗もできない私は従うしかない」
今夜・・・今夜中にすべて終わらせる。
ジナスの処遇が決まったらルージュを寝かせよう。
そして、ジェイスをここに連れてくる!




