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Our Story  作者: NeRix
風の章 第四部
246/481

第二百三十六話 物音【ルージュ】

 初めてのお仕事、初めての給仕服・・・不安はあるけど精一杯やろう。


 ダリス様はとっても悲しい顔をしていた。

自分じゃなくても悲しいのは嫌だ。

 これはわたしの勝手な考えで、押し付けたいわけじゃない。

けど、そうなっているのを知ってしまったから元気になってほしい。

だから、わたしはなるべく笑顔で明るく接していこう。



 お日様が半分だけ顔を出すくらいの早朝、わたしとオーゼさんは給仕服を着て炊事場に入った。


 「まずは朝食の準備よ。で、ダリス様が食べている間に書斎のお掃除。あたしたちの食事はそのあと」

レインさんが腕を捲った。

わたしたちよりも先に起きていたみたいだ。


 「しばらくはあたしかスノウの指示の通りに動いて一日の流れを覚えてね」

「はい」「わかりました」

「なにか質問はある?」

ある、あるけど・・・。

どうしよう、きのうの夜の事聞きたい。


 「ダリス様は、夜に襲いに来たりするのでしょうか?」

わたしが迷っていると、オーゼさんが微笑んだ。

主を侮辱するようなことはやめた方が・・・。

 「おそ・・・は?」

「昨晩レインさんは、鍵を必ず閉めて別館から出るなと仰っていました。身を守るためなのでしょうか?」

ああ、そのために聞いたのか。

 でも最初からかなり踏み込むな・・・。

わたしも聞きたかったけど、ここまではっきりとは言えない。


 「理由がわからなければ重要度もわかりません。気を抜いて閉め忘れる・・・そんなことがあるかもしれませんので知っておきたいです」

「・・・」

レインさんは無表情でオーゼさんを見つめた。

教えてくれるのかな?

 「鍵は・・・そういう決まりなの。それに・・・ダリス様はそんなことしない」

「ではレインさんも詳しい理由を知らないというわけですね?」

「言ったでしょ、決まりなの」

レインさんの語気が強くなった。

・・・これ以上はやめた方がいい。


 「オーゼさん、わたしたちは雇ってもらっている身です。ここの決まりに従いましょう。それにもしもの時の防犯ですよ。オーゼさんが忘れてもわたしが確認するので大丈夫です」

「ルージュ・・・わかったわ。レインさん、生意気を言ってすみませんでした」

「いや、別に気にしてないけど・・・とりあえず夜は鍵をかけて別館から出ない。それだけは守ってね」

「はい」「わかりました」

まずは言われた通りにやっていこう。

そうじゃないとダリス様の信用を得るなんて無理だもんね。



 朝食の支度が始まった。

今日の献立は野菜のスープと、鶏肉と豆の炒め物だ。


 「ん・・・なにしてんの?」

レインさんがオーゼさんの作業を覗き込んでいる。

 「え・・・いけませんでしたか?」

わたしはパンを捏ねる。

オーゼさんはスープに入れる野菜を切るように言われていた。


 「もう一回見せて・・・」

なにかやらかしちゃったのかな?

ここからじゃ調理器具に遮られてよく見えない・・・。

 「へー・・・これって風の魔法?」

「はい、私は色々な魔法の素質を持っています」

「綺麗に切れてる・・・やるじゃん。あたしと一緒の時はオーゼが下ごしらえ担当ね」

「はい、お任せください」

聞こえてくる感じだと魔法でやっていたみたいだ。

素質っていうか、精霊だから当たり前だよね・・・。


 「ふーん、ルーンって結構力あるね。これならもっちり焼き上がるよ。ダリス様はムチムチしたパンが好きだから、きっと気に入ってくれるね」

レインさんがこっちにも来てくれた。

 「えへへ、ありがとうございます」

ふふ、わたしも褒めてもらえた。

力は鍛えたおかげだ、戦いの鍛錬はこっちでも役に立つってことだよね。

・・・そういえばミランダさんが言ってたな。

 『それにルージュの花嫁修業にもなるよねー』

ああ・・・考えると口元が緩む・・・。


 「オーゼ、調味料はちゃんと計ってから入れて。朝食はあんまり濃い味にしちゃいけないからね」

レインさんの声が聞こえて、口元が引き締まった。

いけないいけない・・・。


 「味はダリス様の好みですか?」

「そうだよ。朝はさっぱりしたものをって言われてるの」

「お昼と夜でも変わるのですか?」

「少しずつ濃くしてくの」

そっか、人によって好みが違うのは当たり前だよね。

 あ・・・ユウナギはどうなんだろう?

出されたものはなんでも食べてたから、なにが好きかとか聞いたことなかった。

 ・・・知らないことの方がまだ多い。

戻ったらたくさん聞かないと。



 「おはようございますダリス様」

食堂にダリス様が入ってきた。

かなり広いのに、いつも一人で食事をしてるみたい。


 「おはよう。・・・あの札はいいね。今日はスノウがお休みか」

「はいそうです。本日は私が二人に色々教えていきます。至らない点はご容赦ください」

レインさんはとっても丁寧に答えた。

さすがにダリス様と話す時は「あたし」ではない。


 「冷めないうちに召し上がってください。スープはオーゼが、パンはルーンが作りました」

「ありがとう、しっかり味わって食べるよ」

「では失礼いたします」

朝の挨拶をして食事も出し終わり、わたしたちは食堂を出た。

そう、一緒には食べない・・・。


 「さあ、ダリス様のお仕事部屋に行くよ。机に椅子、床に窓、しっかりお掃除しないとね」

「お掃除道具はどこにあるんですか?」

「慌てないの、一緒に教えるから覚えてね」

まだ一日は始まったばかりだ。

これからもっと忙しくなるんだろうな。



 「ここに道具が置いてある。使ったら必ず片付けてね」

二階へ続く階段の後ろに小さな扉があった。


 「あ、片付ける前に綺麗にするのを忘れないでね」

「はい」

「わかりました」

小さい子がかくれんぼで使いそうな・・・そんな場所だ。

お仕事で使うものは、ここを開けば見つかるみたい。



 「引き出しの取っ手も忘れずに拭いてね」

「はい」

わたしは机周りを、オーゼさんは窓を、レインさんはそれ以外を担当することになった。

これを普段は二人でやる。


 「スノウが休みの時は大変なのよね。食事の時間も取れやしなかったのよ」

「じゃあ全部一人で?」

「そうね、でも手を抜いたりしたことは一度も無いよ。その分高いお給金を貰ってるからね」

レインさんが埃を集め始めた。

 たしかにそうだ。

二人はわたしたちよりも貰えるお金は多いはずだから、いい加減な仕事はできないよね。


 「急にお客様が来て大変な時もあるけど、同い年であたしたちくらい稼いでる子は少ないと思うよ。ダリス様も優しいし、嫌なことは無いから」

「はい、頑張ります」

初めてのお仕事だけど、レインさんとスノウさんも優しいし、わたしも嫌になったりはしなそうだ。


 「それに叱られたこともないんだよ。大変なのはわかってくれてるからだと思う」

「まあ・・・きのうまでは二人でしたからね・・・」

「その気持ちが伝わってくるから頑張ろうって思うんだ。ダリス様は本当に優しいけど、それに甘えずにしっかりやろうね」

その気持ちはわかる。

わたしの周りにもそんな人がたくさんいるから・・・。



 「あの、窓が終わりました。床のお手伝いをします」

オーゼさんが涼しい顔でわたしたちに近付いてきた。

もう拭き終わったのか・・・。


 「え・・・早過ぎでしょ」

「ダメならやり直します。確認してみてください」

まさか・・・。

 「・・・すごい、こんな早く綺麗に・・・あ、また魔法?」

「はい、風と水です。これならすぐに終わりますよ」

いいなあ・・・。

 わたしはそこまでの素質が無い。

逆に魔法だと手でやるよりも遅くなってしまう。


 「けっこういいかも・・・あたしにも教えてよ」

「素質次第だと思いますがやってみましょうか」

「やった、約束よ」

これでわたし以外が魔法でお仕事をするようになったら、足を引っ張ってしまうかも・・・。

 それに精霊から人間に魔法を教えるのはダメなんじゃなかったっけ?

シロに「魔法を教えて」ってお願いしても「ダメ」って言われてたんだけどな・・・。



 「パンもスープもとてもおいしかったよ。まだ早いかもしれないけど、君たち二人を雇ってよかったと思う」

掃除が終わったところで、ちょうどダリス様がお仕事部屋に入ってきた。

 ふふ、褒められると嬉しいな。

できれば・・・頭も撫でてもらえるともっといい。


 「ありがとうございます」

「なんでも仰ってください」

「あまり頑張り過ぎないようにね。・・・私は仕事を始めるよ。昼食も期待している」

テーゼに帰ったら、同じパンをユウナギのために焼いてあげよう。

「おいしいよルージュ」って・・・言ってほしいな。


 「それと・・・私からも君たちを育てた院長さんに手紙を出したい。名前とどの孤児院かを教えてもらってもいいかな?」

「え・・・」

「君たちを勝手に引き取る形になってしまったからね。お礼を伝えなければいけない」

「ああ・・・」

わたしの体が固まった。

 まずい・・・。

そうだよね・・・普通はそうするよね・・・。


 「あの・・・テーゼの・・・南区の孤児院です」

「ありがとう。院長さんの名前は?」

「セス・・・院長です・・・」

「わかった。書いたら渡すから、君たちが手紙を出す時に一緒に頼むよ」

「・・・はい」

これは逃げられない・・・。

 そうだ、あとでステラさんに手紙を書いて、話を合わせてもらえるように頼もう。

先にガチョウで飛ばせば大丈夫・・・。



 「おお、すごいムチムチだ。焼き立ても食べてみたかったな」

わたしたちも朝食を取ることにした。

 「本当だ・・・ルーンは私たちよりも腕力あるんだね」

スノウさんも起きてきた。

まずはしっかり食べて元気を付けないとね。


 「お昼までにお洗濯と、ダリス様の寝室と廊下のお掃除よ。シーツは毎日変えるの、そして昼食の支度もあります」

「はい」

「あたしたちのお昼も済んだら庭のお掃除。時間があれば応接室とか、普段はあんまり使わない部屋も掃除するの。で、夕食の支度とお風呂も沸かす。一日はあっという間だからね」

レインさんがパンをちぎった。

ということは、きのうはわたしたちが来たからお掃除できないところもあったんだな・・・。


 「だ、け、ど、オーゼのおかげで一日にできることが増えそうなんだよ」

レインさんがスノウさんに微笑んだ。

たしかにとっても便利な魔法をたくさん使えるからな・・・。

 「オーゼが?」

「そう、色んな魔法を使えるからお掃除が早く終わるの」

「魔法か・・・素質がある人はいいよね」

「どんどん使いましょう」

・・・いいのかな?

 でもシロは「境界が無くなったら魔法が使えなくなる」って言ってた。

ずっと先の未来だけど、そうなったらどうなっちゃうんだろう・・・。



 「ダメですね・・・レインさんは水を扱う素質がありません」

「うう・・・そんなあ・・・」

「スノウさんは素質がありますね」

「そうなんだ・・・」

オーゼさんは、レインさんたちにお掃除に使える魔法を授けた。

たぶん、それでもわたしよりは上だと思う。


 「でもレインさんは、風の素質がありますね。洗濯物を乾かしたり、埃を飛ばしたりできます」

「わかった。無いよりはいいよね」

「そうです。ルーンは全部ダメですから」

「う・・・」

お母さんもそうなんだよね・・・。

女神様は戦いの力しか授けてくれなかったらしい。


 普通は親子で素質は違うけど、わたしたちは一緒みたいだ。

そう考えるとニルス様はずるいな。戦いの力も貰えて魔法の素質もある。

まあ、だから頼りになるんだけ・・・。

 「あー!!!」

「え・・・なに?どうしたのよ?」

「あ、いえ・・・」

忘れてた。

ニルス様を部屋に置いてきてしまっている・・・。


 「急に大声出さないでよね。じゃあ、片付けたらお仕事に戻るよ」

「は、はい・・・」

すぐ別館に戻れそうにない。

大丈夫かな・・・。


 「私は市場に行くから、食材の注文も一緒にしておくね」

スノウさんが何枚かの紙をまとめた。

わたしもあれをやるようになるのか・・・。

 「ありがとう。助かるー」

「時間もあるから別館の掃除もするよ。ルーンたちの部屋もさっとやっておくね」

「は、はい・・・ありがとうございます」

見つからないかな?

でもニルス様はうまくやるか・・・。


 「・・・ニルス様は大丈夫ですかね?」

私はオーゼさんの服を引っ張った。

 「平気よ、お人形のふりでもするでしょ」

「そうですかね・・・」

「堂々としてなさい」

「はい・・・」

剣は衣装棚の奥にしまったからたぶん見つからない。

心配なのはそっちだけだ。



 「洗濯物は一緒にやるから、二人の分も明日からは出してね。給仕服は毎日交換するのよ?」

「わかりました」

「じゃあオーゼは洗濯、あたしとルーンは寝室と廊下のお掃除ね。もしお客様がいらっしゃったり、ダリス様から呼ばれたら最優先で行くのよ」

「はい」

時間のかかる洗濯はオーゼさんがやることになった。

きっとステラさんとカゲロウさんみたいに、染みや汚れをしっかり落としてくれるはずだ。



 わたしとレインさんは二階の廊下を磨き始めた。

毎日やってるからこんなに綺麗なんだろうな。


 「あとでオーゼにも伝えるけど、ここはドリス様・・・ダリス様の亡くなった妹君のお部屋よ」

レインさんが一つの扉の前で止まった。

 ダリス様の寝室の隣・・・。

閉ざされてはいるけど、わたしたちの目的の物がある部屋でもある。


 「ミランダさんから少しだけ聞きました。まだ・・・悲しんでいらっしゃると・・・」

「そう・・・この部屋は絶対に入っちゃダメだからね。今は教えるためだけど、ここで立ち止まるのもやめて。無いものだと思ってちょうだい」

レインさんの声が低くなった。

 ・・・と言われてもしっかり鍵はかかっているみたいだ。

まだわたしたちが鍵束を持たされることはないだろうし、入るなら壊すしかないか・・・。


 「・・・返事は?」

「はい、わかりました・・・」

ダリス様は思い出すだけで辛いんだろうな。

だからこれも言われた通りにしよう・・・。


 「じゃあ再開ね」

「はい・・・え?」

振り返った時、部屋の中で微かに物音が聞こえた。

なにかがこすれるような・・・。

 「・・・」

レインさんも気付いたのか扉に目線を向けた。


 「あの・・・今・・・」

「なにかあった?」

「中で・・・物音が・・・」

「あたしには聞こえなかったよ。もしかしたらネズミかもね」

怖いくらい表情の無い顔が目の前にあった。

そして、さっきまでと違って抑揚のない話し方だ。


 「じゃあ説明は終わり、この部屋は無くなります」

胸の奥で「これ以上は踏み込んではいけない」って声が聞こえる。

 「は、はい・・・」

わたしはその声に抗うことができなかった。

 戸締りのこともだけど、わたしたちには詳しく教えられない事情がある?

それはこの部屋と亡くなった妹さんとも繋がっているのかな・・・。


 「ほら、仕事はまだたくさんあるんだよ。床と柱をピカピカに磨いて」

「はい頑張ります」

とりあえず今は目の前の仕事に集中しよう。

ニルス様とオーゼさんは余裕があるだろうし、話し合いとかは夜にできる。



 ダリス様に昼食を出し終わった。

あっという間に時間は過ぎていくけど、まだまだやることはある。


 「ダリス様がお昼を取っている間に、庭のお墓を掃除します」

「あら・・・お庭は私たちがお昼を食べてからではなかったでしょうか」

「お墓だけは別なの・・・ダリス様の目に入らない時にやる」

なるほど・・・妹さんの部屋と一緒か。

レインさんたちは、ダリス様がその存在を忘れられるように気を遣っているんだね・・・。



 「あ・・・夕方の鐘・・・」

忙しくて、気付くと空の色が変わっていた。


 「ルージュ、お風呂のお湯加減見て来て」

「はい」

一つが終わればまた次の仕事・・・。

闘技大会の修行のおかげで体は持つけど、初めての事ばかりで心が疲れた気がする。



 お風呂も沸かし終わって、四人で夕食を食べた。

疲れてはいるけど、お腹は空く・・・。


 「オーゼと一緒だと楽だね」

「ありがとうございます。慣れたら一人でも大丈夫そうです」

話題はわたしたち・・・いや、オーゼさんだ。

 嫉妬は良くないってわかってはいる。

けどここまで差があるとどうしても思っちゃう・・・。


 「ルーンもやる気あるし、いい感じだよ。・・・このシチューあたし好き」

「あ、ありがとうございます」

「やることは簡単なんだけど、量が多いってだけだから基本は今日と同じことの繰り返しだよ。あとは全部の鍵を確認したらおしまい」

たしかに難しいことはなにも無い。


 『白い・・・これは・・・』

『シチューです。北部のは白いんですよ。おいしいので食べてください』

『知らなかったよ・・・おいしいね』

それにダリス様も夕食のシチューを褒めてくれた。

そういうのがあると頑張った甲斐がある。



 「ルーンのお尻って叩きたくなるよね」

「へ・・・やめてください・・・」

「きのうも思ったけど、オーゼは十四の体じゃないよね・・・」

「成長は人によって違いますから」

お風呂をいただいて別館に戻ってきた。

大きいお風呂にみんなで入るのは楽しい・・・。


 「ダリス様もご一緒してほしいですね。全身念入りに洗って差し上げたいです」

「それ絶対やんないでね」

「ダリス様も嬉しいと思いますが・・・」

「困るに決まってるでしょ」

ああ・・・疲れた。

今日は・・・すぐに寝ようかな。



 「では、おやすみなさい」

「うん、じゃあ・・・鍵を必ずかけてね」

部屋の扉を開けた時、またレインさんに言われた。

 「は、はい」

「おやすみ・・・」

別館の出入り口と自分たちの部屋の施錠、絶対に忘れてはいけない決まり事・・・。


 「・・・よし」

きのうみたいに、音が聞こえるまで外で待たせるのも悪いからすぐにかけた。

これで大丈夫・・・。

 「・・・明日は忘れるなよ」

背中にムスッとした声が当たった。

・・・ん?


 「あっ!すみませんでした・・・」

「・・・今日はもういい」

ニルス様が冷めた顔をしていた。

 「はい・・・」

一人じゃ部屋から出ることもできないし、何もすることがない。

わたしにとっては早く過ぎた時間も、ニルス様にとってはとてもゆっくりだったはずだ。


 「スノウが来なかった?」

オーゼさんがニルス様を拾い上げた。

恐くないのか・・・。

 「来たよ。・・・二人のものには触れていない。床を掃いて窓を開けてくれただけだ」

「ニルスはどこにいたの?」

「急だったから机の上でじっとしてた。触られたりはしなかったけど、何度も見られたな」

人形だとしたらよくできたものだからな。

夕食の時はなにも言われなかったけど、気味が悪いって思われたかも・・・。


 「明日も三人だっけ?」

「いいえ、ルージュとスノウの二人よ」

「そうか・・・ルージュ、今日は早めに休め」

「はい・・・すみません、慣れないうちは色々調べるのは無理そうです」

とてもじゃないけど調査なんかまだ無理だ。

まずはスノウさんに迷惑をかけないようにしないと・・・。



 「あの二人はなにか知っているわね。尻尾は出さなかったけど」

オーゼさんがニルス様に今日のことを報告した。

気になることは三人で共有していく決まりだ。


 「精霊は偽りがわかるはずだろ?」

「答えてくれなかったのよ」

朝の質問かな?

 『ではレインさんも詳しい理由を知らないというわけですね?』

『言ったでしょ、決まりなの』

あ、たしかにそうだ。

無理矢理話を終わらせようとしたから答えてもらってない。


 「まあ・・・ルージュが横から入らなければわかったんだけどね」

「う・・・あれ以上はダメですよ」

「冗談よ、私もそれくらいわかるわ」

「ひやひやしたんですからね・・・」

オーゼさんはなんとも思わないかもしれないけど、わたしはそこまで図太くはできないよ・・・。


 「妹の部屋の説明を受けたけど、あれじゃなにかあるって言ってるようなものね」

「そうですよね・・・わたし、中で物音が聞こえたんです。その時のレインさんの様子はかなり変でした」

「聞いてみた?」

「はい、でもなにも聞こえなかったって・・・それ以上は怖くて聞けませんでした」

あの時の顔は思い出すと不安になる。

あれ以上聞いたらいきなり豹変して襲い掛かってくるかも・・・そんな得体のしれない雰囲気だった。


 「じゃあ私が調べましょう。戸締りのこと、妹の部屋のこと・・・」

「え・・・もしかして外に出るんですか?」

「音は立てない、壁なんてすぐ抜けられるし」

オーゼさんの腕がベッドをすり抜けた。

・・・そうだった、精霊はそれができる。

 「オレも一緒に行けるか?」

「一緒に行く?」

「そうしよう」

えー・・・やだ。


 「あの・・・それだとわたしが眠れません」

「なら早く寝かしつけてあげるわ」

「目が覚めて誰もいなかったら・・・」

「怖がり過ぎよ。なんでも斬れる剣があるんだから枕元に置いておきなさい。それにイナズマの輝石もあるでしょ?」

そういうんじゃない、一人になるのがいやなのに・・・。


 「不安なんです・・・」

「・・・仕方ないわね。なら腕を出しなさい」

オーゼさんは、わたしの二の腕に見たことのない印を付けた。

これは・・・。


 「どうしても怖かったらこれに触れて念じて、そうしたらすぐに戻る」

「先にやってくださいよ・・・」

「困った顔が見たかったの」

いじわるされたのか・・・。だけどこれで安心できる。

あとは夜中に目が覚めないことと、そうなった時に二人がいてくれていることを祈ろう。


 「あ・・・やっぱりお尻に付けたいわ。ちょっといやらしくなるだろうし」

「いやですよ・・・明日のお風呂でバレるじゃないですか・・・」

そんなの絶対許さない・・・。

 「それより、ステラさんに手紙を書くのですぐガチョウで飛ばしてほしいです」

「わかったわ・・・」

お尻なんてダメだよ・・・。


 「・・・一人で寝れるように訓練しないとな」

ニルス様が呟いた。

 「う・・・はい・・・」

一人で寝れないってダメなことなのかな?

 ユウナギはからかったりしてこないから、そうでもないような気もする。

それに・・・頼んだら一緒に寝てくれそうだ。

そんな日・・・いつか来るかな?

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