第二百三十五話 その未来【ヴィクター】
どうでもいい話 20
このお話が一番文字数少ない。
あれ・・・俺、ベッドにいる・・・。
瞼を少しだけ開くと、まだ薄暗い自分の部屋だった。
窓の外は少しだけ白んでいて、夜明け前なのがわかる。
えっと・・・カゲロウさんとジェイスはどうなったんだ?
ここにいるってことは、誰かが助けてくれた?
体に痛みや違和感は無い。
ぶっ刺されたとこも治ってる・・・。
でも服はそのまま・・・。
◆
「よう、起きたか」
天井を見上げていると、一度も使ったことの無い机から声が聞こえた。
ああ・・・この人も無事だったんだな。
「ティムさん・・・」
「起きたらおめーと同じベッドだった。冗談じゃねーよ気持ちわりー」
ひどい・・・。
俺は記憶に無いからなんも思わない。
ていうか、誰が運んでくれた?
カゲロウさんが黒煙を晴らしたあと、ジェイスからまた別な毒を入れられて・・・そこから記憶が無い。
「あの、ジェイスは・・・」
俺は体を起こした。
状況を知りたい。
「・・・逃げたってさ。下に知らねー精霊がいた。そいつから記憶を貰ったよ。説明すんのだりーからおめーもそうしてもらえ」
「はい・・・」
その知らない精霊が助けてくれたのか?
あ・・・ベルを鳴らしてたな。
ハリスさんも来てくれた?
「とりあえず今は安全だ・・・俺から言えんのはこんくらいだな」
「そうですか・・・」
俺もあとで記憶を貰おう。
でもまずは・・・。
「ティムさん・・・」
「・・・なんだよ?」
「助けに来てくれてありがとうございます・・・」
この人が間に合わなければ俺はヤバかった。
言葉だけじゃ失礼に思えるほどの感謝がある。
「・・・いらねー」
ティムさんは優しい目をしていた。
「え・・・」
「一人でよく戦ったよ」
褒められた。
・・・やべー、泣きそうだ。
「それより、どうだったか話せ。生きてんなら次に活かす」
ティムさんが椅子ごとベッド脇に来てくれた。
次・・・。
「えっと・・・最初は守りに徹してました。向こうも本気じゃなかったんで・・・」
「最初?攻めたのか?」
「そうです・・・。奇襲をかけました。それであいつの両脚を切り落としたんです。でも・・・黒煙に包まれたと思ったらくっついていました」
あれでいけたと思ったんだけどな・・・。
「脚・・・おめーがどうやって落としたんだよ?」
「これです・・・」
俺は服を捲って肌着を見せた。
これがあったから・・・。
「ルージュが作ってくれたものです。斬撃を防げるくらい強い生地だと」
「それは知らねーな。・・・どっちにしろ脚は治ってたろ。人間だとはもう思わねー」
人間じゃないか・・・たしかにそうだな。
黒煙だってどうにもならなかった。
「俺・・・勝てないって思いました。ティムさんがもう少し遅かったら死んでましたね・・・」
「ふーん・・・俺は自分が負けるとか死ぬなんて思ったことは一度もねーからわかんねーな」
そりゃあんたは強いから・・・。
だからこの人が来たとわかった時、かなり安心感があった。
ああ・・・もっと、もっと強くなりたい・・・。
「ティムさん・・・お願いがあります」
なるしかない・・・。
「・・・わかってるよ」
「え・・・」
ティムさんは立ち上がって窓を開けた。
少し冷たい風・・・そろそろ陽が昇る。
「あの野郎・・・俺ら二人の攻撃を捌いてやがったな」
「そうですね・・・格上でした・・・」
「ハリスは、ニルスじゃなきゃ無理だって言いやがった」
ああ・・・たしかにそうかもしれない。
ニルスさんがあの場にいたらどうなっていたんだろう・・・。
「・・・実際に打ち合った俺から言わせると少し違う」
ティムさんは拳を握った。
「あいつやアリシアと同じくらいだ。負けるとは思えねーけど、刺し違えて・・・そんな感じだな」
「ニルスさんでも・・・」
「余裕でっていうのは無理そうだ。だから・・・俺たちも必要だ」
この人がここまで言うんだから本当なんだろう。
「俺は・・・まだまだですね」
「そうだな、弱い」
「アリシアさん・・・弱い男は嫌いらしいですね」
気持ちまでそうなってくる。
こういうの嫌なのに・・・。
『アリシアは、弱い男にルージュはやりたくないって言ってた』
死ぬかもって間際に浮かんできた言葉。
気持ちが弱くなっていたこともあったけど、俺はルージュに相応しいわけじゃないってのは今の状態でもそう思う。
だから・・・強くなりたい。
「誰がそんなこと言ってたんだ?・・・この剣、俺には合わねーな」
ティムさんがクロガネを抜いた。
そんな興味無さそうだ。
「ルルさんから・・・アリシアさんは、弱い男にルージュはやりたくないと・・・」
「ああ・・・たしかにんなこと言ってたな。嫌いまでは聞いたことねーけど」
「やっぱりそうですか・・・」
「あはは、バカかおめーは」
ティムさんは俺の不安を笑い飛ばした。
なんだよ・・・。
「それはアリシアの考えだろーが、ルージュがそう言ったのかよ?」
「言ってないですけど・・・」
「お前らが今どうなってんのかは知らねーけど、そこにアリシアは関係ねーだろ。・・・ほらよ」
俺の前に封筒が置かれた。
「ヴィクターへ」って書いてある。
「ルージュからだ」
「俺に・・・」
「お前しか読めねーもんだな。しばらく帰れねーらしいから書いたんだろ」
封筒の裏には「ヴィクター以外は絶対に開けないでください」と書かれていた。
しばらく帰れない・・・そうなのか。
「・・・」
ティムさんは窓の外に目を向けた。
「開けて今読め」ってことらしい。
◆
まず書いてあったのが家を出てからの事だった。
ハリスさんの件が解決してミランダさんと合流したのはいいけど、領主の使用人として働くことになったらしい。
だからしばらく帰れないわけか・・・。
いきさつはかなり簡単に書かれていて、残りはすべて俺への想いだ。
『いつも想っています。ユウナギもそうだと嬉しいです』
『帰ったら何度も合図を出します。すぐに気付いてね』
『早くみんなの前でユウナギって呼べる日が来るといいな。会えなくて寂しいけど、なるべく笑顔でいてね』
・・・俺は何を考えていたんだろう。
ティムさんが言ったように、大事なのはアリシアさんのじゃなくてルージュの気持ちだ。
『ゴーシュはとっても綺麗な街でした。いつかわたしの騎士に手を引かれて一緒に歩きたいです』
『ニルス様が教えてくれたんだけど、ロレッタっていう温泉の街は、湯煙と街明かりが素敵なところみたいです。そこにも一緒に行こうね』
最後に書かれていた想いが心を焦がした。
ルージュが思い描いている未来には俺がいる・・・。
◆
「ほらよ。泣いてる暇ねーだろ?」
ティムさんはクロガネを俺に持たせてくれた。
「はい・・・」
ぼやけた視界に刻まれた言葉が映った。
『君を守る力』
・・・もっと強くなれそうだ。
ルージュ、いつもお前を守っていける・・・その未来を俺は目指そう。




