第二百三十話 花嫁修業【ルージュ】
もうすぐスワロ・・・領主様はいったいどんな人なんだろう?
わかっているのは、商会のお客さんで、去年家族を亡くしたってことだけ・・・。
その悲しみは、一年で癒えるものではないと思う。
わたしはシロのおかげで経験せずに済んだけど、もしそうなってたらどうなってたんだろう・・・。
想像がつかないから怖い。
領主様は、まだ悲しんでいるのかな・・・。
◆
「・・・いい景色だ。あの畑はそろそろ収穫が終わりそうだな」
ニルス様がオーゼさんの胸から身を乗り出した。
秋空の下、野菜を運ぶ人たちが見える。
「みんな動いてますけど、見た感じのんびりですね」
スワロはスナフみたいにのどかな所だ。
真下には大きな畑がいくつもあって、収穫が全部終わるのはいつになるか・・・考えると気が遠くなりそう。
「ゴーシュみたいな所から来ると少し寂しいわね」
オーゼさんの唇が色っぽく動いた。
たしかにあっちと比べたら寂しいけど・・・。
「わたしはこういう風景も好きですよ」
「寂しいだけで嫌いとは言ってないわ」
わたしのほっぺが撫でられた。
・・・たしかにそうだね。
「ミランダは・・・あそこね」
オーゼさんは宿らしき建物を指さした。
二日しか経ってないけど・・・早く会いたい。
「人間のいないところで下りるから、ちゃんと場所を覚えてね」
「気配探れるだろ・・・。それよりも服を変えておけ」
「あら・・・命令口調ってことは、それだけ重要ってこと?」
「当たり前だろ!」
領主さんにはもう会ったのかな?
そうだ、ハリスさんのことも教えてあげないと。
◆
「いらっしゃい、旅人さんかな?」
宿に入ると、感じのよさそうなおじさんが顔を出した。
ここのご主人さんなんだろうな。
「ルージュ、試しにあの人相手に部屋を借りてみるといい」
ニルス様が耳元で囁いた。
男の人・・・。
「・・・やってみます」
お店とか宿の人なら大丈夫になってる・・・はずだよね。
「こ、こんにちは・・・あの、二人です・・・お部屋を・・・」
「・・・大丈夫かい?顔が赤いよ」
「い、いえ、大丈夫です・・・お、お部屋を貸してください・・・」
い、言えた。あとは宿帳っていうのを書いて、鍵を貰えば・・・。
あ・・・お洗濯が女性かも聞かないと・・・。
「あ・・・あの・・・」
「・・・そっちはお姉さん?」
おじさんは、後ろにいたオーゼさんに声をかけた。
・・・なんで?
「はい、そうです」
「この子を早く休ませてあげた方がいい。きっと熱がある。宿帳はあとで書いてくれればいいから」
「わかりました」
「医者が必要な時は呼ぶから遠慮なく言ってくれ」
おじさんはオーゼさんに部屋の鍵を渡した。
うう・・・頑張ったのに・・・。
◆
「あ!よく考えたらミランダさんを呼んでもらえばよかったんですよ」
部屋に入って落ち着いたところで気付いた。
同じ部屋にしてもらえばよかっただけだよね?
「試しにって言っただろ?あとでそうするつもりだったんだ」
「あ・・・お洗濯は女性か聞いてないです」
「ミランダが聞いてるはずだ。男だったらこの宿を選んでないよ」
そうだったのか・・・。
「合流しよう。オーゼ、ミランダはどの部屋にいる?」
「隣ね」
「よし、合流しよう」
・・・たしかに練習にはなった。
わたしは一人で宿が取れる・・・。
◆
「ミランダさん、ルージュです。ハリスさんはもう大丈夫なので手伝いに来ま・・・」
扉を叩くとすぐに足音が聞こえた。
走ってる・・・そんなに急がなくても・・・。
「あーん、会いたかったよー」
ミランダさんはわたしに抱きついてきた。
なんか弱々しい・・・一人で不安だったのかな?
◆
「そうだったんだ・・・やっぱみんなに流されないでベル鳴らしときゃよかったな・・・」
部屋に入って、まずハリスさんのことを教えてあげた。
かなり気になってたはずだしね。
「あたしもハリスが泣いてるとこ見たかったな。からかわれたら真似してやれば黙るよね。・・・オーゼ、苦しんでた時の記憶ちょうだい」
ミランダさんは、すぐにいつもの調子に戻った。
だけど、それはやめてほしい。
「ダメです!それでからかうのはわたしが許しません!」
「・・・あんたハリスのこと好きだよね?ヴィクターとどっちがいいのよ?」
「な・・・ハリスさんはお父さんみたいだから好きなんです。ヴィクターは別な好きで・・・」
は・・・まずい。
勢いで言ってしまうところだった。ニルス様にはバレてるけど、これはまだ二人だけの秘密だ。
「え?え?ヴィクターはなんだって?もう一回言ってよ」
「なんでもないです!」
「ミランダ、話はまだ終わっていないわ」
「はーい」
まったく・・・。
◆
「・・・必ず家に帰ってたのはそういうことか。本人にも詳しく聞いてみるよ」
精霊銀とリラさんのことも話した。
ハリスさんはミランダさんにも紹介するはずだから、そんなに深いところまでは話していない。
「山奥の家かと思ったら、普通に街に住んでるから驚いたよ」
「あ・・・でもあたしがどっか料理のおいしいとこ連れてってって誘ったら、ゴーシュに行くかって言われたことあったな・・・」
「行ったの?」
「いやー・・・ゴーシュは元恋人がいるかもしんないから別なとこに行った。十年以上経ってるけど、万が一にも出くわしたくないし」
ミランダさんは苦い顔をして目を逸らした。
元恋人か・・・ミランダさんのそういうのって想像できないな。
わたしの知る限り、恋愛をしてるところを見たことが無い・・・。
聞きたいけど、かわりにユウナギとのことを話せって言われたら困るし・・・別な機会にしよう。
「そんでツケはステラか・・・」
「そう、オレたちをからかう材料にしてただけだってさ。帰ったらステラにお礼をしようか」
「うん・・・。けど、あいつってそれが無くてもやるよね。そんなの必要なかったと思うけど・・・構ってもらえなくなるかもみたいに思ったのかな?」
「本当の所はハリスにしかわからない。でもこれからは、本心を言ってくれることが増えると思うよ」
リラさんもいるしそうなるんだろうな。
ハリスさんは精霊銀を探すのに疲れ始めていたんだと思う。
その中で、ニルス様やミランダさんは安らぎだったんだろうな。
「じゃあ次はこっちの話ね。ダリスさんに会ってきたんだけど・・・」
ハリスさんはリラさんとチルが付いてるから大丈夫だ。
わたしたちは目の前のことに集中しよう。
◆
「・・・まだ悲しみは癒えてないわね」
ミランダさんが今日のことを教えてくれた。
亡くなった家族は妹さんだったらしい・・・。
「真実を映す眼は、その妹の部屋なんだと思う。でも誰も入れたくないんだって」
「参ったな・・・それじゃ強気でいくのは良くない。嫌な奴なら遠慮なくできたんだけどな」
「だから少しずつ仲良くなって、信頼を得てって考えてたんだよね」
「時間がかかりそうだ・・・」
部屋を解放しないのは、きっと保てなくなるからなんだろう。
それくらい深い悲しみ・・・。
どうしたらいいのかな・・・。
ニルス様に必要なら手に入れないといけない。
せめてそういう力があるのかを確かめさせてもらうことはできないかな・・・。
「さすがに知り合ったばかりのミランダが毎日通うのも迷惑だろ・・・」
「まあね・・・変な噂されても困るし、でも信頼は得ないといけない。色仕掛けは最終手段って考えてるけど、通じるか微妙」
「ふふ、それよりも使用人の子に頼めばいいじゃない。ちょっと持って来てって頼めば早いわ」
大人三人は真面目な顔で作戦を考えている。
いい方法が浮かべばいいんだけど・・・。
「無理でしょ、さすがに主のことを裏切れないって・・・あ!」
ミランダさんが何かを思いついたって顔でわたしを見てきた。
え・・・。
「ルージュが来たんなら・・・できる作戦がある。あんた風の月で十四歳になったよね?」
「え・・・はい」
「気を付けろルージュ、悪だくみしてる顔だ」
「これ見て」
ミランダさんはテーブルに紙を置いた。
ニルス様は無視か・・・。
「えっと・・・十四歳から十五歳の女子・・・受け答えに問題が無ければ雇い入れ・・・」
わたしは置かれた紙を読み上げた。
お屋敷の使用人募集の内容・・・まさか・・・。
「あんたがぴったりじゃん。ちょこっと潜入して、隙を見て妹の部屋を探る。そんで眼をちょっとだけ借りて、試したらバレないように戻す」
「わたしですか・・・」
「若干名って書いてあるわね。じゃあ私も行ってあげる。背丈をルージュに合わせて、顔を幼くすればいいんでしょ?」
オーゼさんの背が縮んだ。
顔も幼くなって、なんかかわいい・・・。
「おーいいじゃん。ニルス、この作戦どうよ?」
「大丈夫なのか・・・騙すってことだろ?」
「たぶんだけど、あんたが姿を見せて頼むって言っても断られると思うよ。バレなきゃ穏便に済む方法よね。目的が済んだら、やっぱ合わなかったって辞めればいいだけだし」
「・・・」
ニルス様は黙り込んで、募集の用紙を鋭い目で睨んでいる。
「あとは謝って、テーゼ戻ってから本当に働きたい子探して行かせればいい。あ・・・それにルージュの花嫁修業にもなるよねー」
「は、花嫁・・・」
「剣はできなくなるけど、そっちの修行なら無駄にはならないよ」
「言われてみれば・・・」
ユウナギの顔が浮かんだ。
たしかに将来役に立つ経験だ。お母さんやアカデミーで教わってきたことも活かせる。
そしたら、もし・・・二人で暮らす・・・そんなことがあったら喜んでくれそう。
ただ・・・騙すのはやだ・・・。
でも・・・これしかないなら・・・やるしかない。
もしあとで罰があるなら・・・全部受けよう。
「名前は・・・どうしましょう?」
もう切り替えよう。
潜入するんなら色々決めないといけないよね。
「うーん・・・ルージュでもいい気がするけど、念のため黒髪のルーン・ホープにしましょ」
「私はただのオーゼだけでいいの?」
「うーん、オーゼ・コトノハ・・・とか?」
「コトノハ?まあ・・・変じゃないならいいけど」
わたしはいつもの偽名、オーゼさんは妖精の女王の名前を借りることになった。
ルーンなら呼ばれ慣れてもいるから大丈夫そうだ。
「・・・話を聞く限り、その領主はいい人だと思うけど・・・なんで年齢を指定してるんだ?」
ニルス様が顔を上げた。
あ、たしかになんでだろ?
「気にしなくていいんじゃないの?」
「その年代の若い女の子が好きなんでしょうね。私の予想だけど、きっと夜は・・・」
「ふざけるな!!!」
ニルス様が大声を上げた。
こ、こわい・・・。
「それなら話になるか!!オーゼ、人形を出せ!!脅して無理矢理部屋に入る!!」
「大丈夫だって、あの人そんな変態じゃないよ・・・」
「ならどうしてその年齢なんだ!絶対におかしいぞ・・・ルージュが傷物にされたら責任が取れるのか!!」
「はあ・・・落ち着いてニルス」
ニルス様がオーゼさんの胸に挟まれた。
傷物って・・・。
「心配ならニルスも一緒に来なさい。私が守るけど、果実もあるんだから危なそうなら使えばいいわ」
「・・・そうする」
「あたしは適当に遊び行って様子見るよ」
とりあえず潜入するってことでいいんだよね?
お屋敷のお掃除とか、食事の準備とかならきっと大丈夫だ。
「じゃあ、さっそく明日行ってみよう」
「ミランダ、ルージュに武器の仕込み方を教えてやってほしい。脇の下、背中、脚の付け根・・・」
「・・・いいけど、過保護なおに・・・師匠ね」
「当然の備えだ」
武器を仕込まないといけないくらい危ないお仕事なのかな?
たぶん違うよね?
「まあ、それはあとでやるとして、まずはテーゼのみんなに手紙書いとこうよ。しばらくこっちいるかもって教えとかないと。オーゼ、届けるのお願いね」
「わかったわ。ニルスとルージュも必要ならそうしなさい」
「ルージュはヴィクターにかなー?会いたいよーとか?」
「む・・・シリウスとセレシュにも書きます」
たしかにユウナギにはたくさん書きたい。
でもからかうように言うことないのに・・・。
◆
「本当は武器なんか仕込まなくていいと思うんだけどね。一応使い方は練習してもらうけど、問題無さそうだったら外していいよ」
わたしはミランダさんと一緒に、自分で借りた部屋に来た。
ニルス様の言っていた備えを教えてもらうためだ。
手紙はオーゼさんのガチョウの脚に付けられて、さっきテーゼに飛んで行った。
夕方には届くらしいから、今日のうちには読んでもらえるはずだ。
「それよりさ、カゲロウどうすんの?リラはいいとして、チルも一緒だとテーゼ行ったらバレちゃうじゃん」
「え・・・ハリスさんはちゃんと考えていると思います」
「・・・信じるか。全部任せよ」
大丈夫・・・だよね。
「話戻すけどさ、ルージュはもうその辺の男よりは強いじゃん?なにかされそうになったら戦えばいいんだよ」
「・・・まあ、強くなったとは思いますけど」
ニルス様は、わたしが領主様に襲われるかもって思ったみたい。
あんな大声を出して・・・わたしが心配なんだね。
師匠でもあるけど、優しいお兄ちゃんを感じて嬉しかった。
たしかに今は戦える。
自分の身を守るくらいはできるけど、そういう思いを感じると幸せだ。
「あ・・・でもニルス様とかティムさんとか、わたしよりずっと強い人だったらどうするんですか?」
「え・・・そしたら大声で叫びなさい。師匠とオーゼが助けてくれる」
あ・・・叫びの力もあるな。
わたし一人でもどうにかなっちゃうかも・・・。
「それか、危なそうならニルスをいつも服に忍ばせておくとか・・・三人だけでわかる合図を決めておくとか」
「合図・・・」
ユウナギとの合図を思い出した。
『合図を決めよう。助けてほしいって思ったら手を後ろにして小指を立ててくれ、なんとかしてやる』
もし・・・そうしたらユウナギが来てくれるかな?
そうなったら嬉しいな・・・。
ふふ、さすがに無理だよね。
これも思い出すと幸せな気持ちになる。
「けどね、ニルスが思ってるようなことは無いから。年齢に制限を付けてるのは、きっと変な理由じゃないよ」
「はい、ミランダさんを信じます」
「頑張ろうね」
「はい、ニルス様が元に戻ればわたしも嬉しいです。きっと褒めてくれますよね」
たしかに最初は騙すことになるんだろうけど、わたしは精一杯働こうと思っている。
ユウナギは寂しがるかもしれないけど、領主様も放ってはおけない。
家族を失った悲しみ・・・わたしはまだそうなってはいないけど、想像するだけで怖い。
「元気になってください」なんて簡単には言えない。
わからない人から言われても響かないから・・・。
でも、できることはある。
寂しそうにしていたら寄り添う・・・騙すことに罪悪感のあるわたしにできる一番の近道だ。
できれば・・・悲しみを癒してもあげたいな。




