第二百二十九話 領主【ミランダ】
ハリスは無事だったみたいだけど、ニルスたちとは会えたのかな?
精霊銀はどうなったんだろう?
気になるけど、信頼されているあたしはしっかりと役目を果たさないとね。
・・・ていうか、こっちは楽だし。
◆
「街はどうなってるだろうな・・・」
テッドさんが手綱から力を緩めた。
まあ、気になるよね。
「静かなんじゃない?ほら、戦場で負けた日みたいな」
「そうだったな・・・そんな時もあった」
「でもゼメキスってあんまいい話聞かないし、みんなもそんな気にしてないでしょ」
「俺はいい話を聞いたことが無いな・・・」
スワロまではテッドさんと二人きりだ。
最初はちょっと構えてたけど、かなり話しやすくて助かる。
思い返すと、セイラさんとは会えばよく話してたけどこの人とは挨拶くらいだったな。
「ねえねえ、もっと面白い話聞かせてよ」
だからいっぱい話したい。
「・・・お前の言う面白いってのはどんなのだ?」
「えーとね・・・道ならぬ恋とかで逃げる二人を運んだとか」
「事情を俺に話すわけないだろ・・・」
まあ・・・そうだよね。
「でも、そういう奴らは雰囲気でわかる。俺からも事情は聞かないけどな」
「そうなんだ・・・」
「お前が聞きたいのは非日常の話か?」
「まあ・・・普段見えない世界の話かな。なんか詳しそう」
あたしはテッドさんの二の腕をつついた。
この人絶対色々知ってる。
「例えば・・・テーゼの裏町と色町を仕切ってる奴がいる。賭場、競売、金貸し、娼館、酒場・・・」
テッドさんが遠くを見つめた。
裏町・・・危ない話かな?
「そいつは、自分の妻に家から外に出ることを禁じている。本当に一歩も外に出してないらしい」
「なにそれ・・・」
「声を出すことも許していない。そいつから話しかけることも無い。寝室も別、ただ家事をさせているだけだ」
「やばい奴じゃん。知ってんなら衛兵か騎士団に言って助けてあげなよ」
危ない男と一緒になった女もどうかしてると思うけど、さすがにやり過ぎでしょ・・・。
「これだけ聞くとそう思うよな」
「ひどい奴じゃん」
「・・・その妻は浮気をしたんだ。水の汲み上げ器を直しに来た男・・・隠れて何度も逢瀬を重ねていた。調子に乗って家でもな」
「ああ・・・」
裏切ったのか・・・。
じゃあ、全然かわいそうって思えない。
「その二人の誤算は、旦那を舐めてたってことだな」
「どういうこと?」
「そいつは、妻に裏の顔を隠していた。お前冷やかしに行きそうだから店は教えないけど、本屋を営んでいる。優しい店主が表の顔だ」
普段どんな顔でお客さんの相手してんだろ?
うわ・・・行ってみたい。
「よく覚えておけ。本当にヤバい奴は威圧なんかしない、すべて部下がやる」
「メルダもそうだよ・・・」
「あいつはムカついたら手を出すだろ・・・」
・・・何も言い返せない。
「本物は違う、街の中で小突かれても穏便に済ます」
「あとから?」
「そうだ・・・外出時は部下が遠くから見ている。小突いた奴は・・・わかるな?」
まあ・・・わかる。
「話を戻すが・・・妻はそいつを少し頼りないと思っていた。だから、汲み上げ器を直す男の逞しさに惹かれたんだろう」
「なんで結婚したのよ?」
「最初は違ったのさ。妻はそいつの優しさとか、柔らかさに惚れたらしい。本当に愛し合っていたが・・・刺激が欲しくなったんだろうな」
そんなん浮気の言い訳になるかっての・・・。
『ミランダが好きなのは本当だよ・・・』
ああ・・・やな記憶が・・・。
「自分の女に見張りは付けてなかったの?ヤバい奴なら恨んでるのもいそうだし、留守の時に家荒らされたりとかあるかもしんないじゃん・・・」
「そいつはかなり頭がいい、表立ったことは別の奴にやらしてたのさ。たしかに、それでも見張りはいた方がよかったのかもしれない。妻が不貞を働きそうだって報告があれば防げただろうからな」
「じゃあ、どうやって浮気に気付いたの?」
「昼過ぎに忘れ物を取りに戻ったら・・・だな」
く・・・。
『財布忘れた・・・』
あたしと一緒だ・・・。
「扉越しで聞こえてきたのは、頼りない夫を笑う声だったらしい」
「じゃあもう無理だね・・・すぐ制裁?」
「すぐではないがその日の内だな。一度出て、部下たちを家の周辺に散らした。万が一逃げてもすぐ捕まえられるようにだ」
あたしの心が震えた。
こういうのが聞きたかったのよね。
「二人はその間も情事を続けていた。そこに踏み込んだ」
「心臓止まるだろうね。殴った?」
「固まっている二人を縛った。部下がやるからって、できないわけじゃないからな」
ふーん・・・あたしもそういうの手伝いたいな。
「そいつは何も言わずに間男の腕に釘を打ち込んだ」
「やっぱすぐ制裁なんだね」
「いや、そこで休憩だ。・・・次の時の鐘が鳴ると、釘がもう一本増やされた」
・・・それまで二人は?
「無駄だろうけど、弁解させなかったの?」
「二人は必死に謝罪を繰り返していたそうだが、一切答えないようにしていたらしい。ただ無言で二人の前に座って、鐘が鳴るごとに間男の腕に釘を増やした。・・・知ってるか?異物がある状態で治癒をかけるとそのまま治る。耳に輪っか通してる奴はそうやって開けてるよな」
「つまり・・・」
「どこに打ち込むかは計算されていた。間男の腕は使い物にならなくなったってさ」
こえー・・・。
「十本目で妻の拘束が解かれた・・・そこで初めて声をかけたそうだ」
「なんて?」
「こいつはなんだ?って。妻は正直に答えるしかなかった。今まで見たことも無い旦那の顔、雰囲気、状況、冷たい声・・・失禁しながらも包み隠さず話してくれたってさ」
さすがにね・・・。
「そんで?」
「すべてを聞いて部下を呼んだ。男の素性に間違いがないか調べさせたんだ。妻は拘束を解かれたままだが逃げなかった・・・逃げても無駄だろうがな」
「立てなかっただけでしょ」
「それもあるな。旦那の異様な雰囲気、見知らぬ屈強な男に指示する姿・・・普通は動けない」
なんかいい・・・その人かっこいいじゃん。
「次に間男に質問した。自分の悲しみ・・・金で換算するといくらだと思うか」
それきついな・・・。
「間男は必死で考えたんだろうな。目の前のどう考えてもヤバい男が納得する金額を言わなければ終わると・・・」
「いくら?」
「五千万エール、いい額だろ?」
「いや、安いね」
これからの人生、全部捧げてもらっても気が済まない。
だから、五千万くらいじゃ許せないかな。
「ふ・・・その通りだ。気持ち、尊厳、信頼、時間・・・まず換算できるなんて考えが甘い。ちなみに、金じゃなくて命を差し出す・・・ギリギリ見合うのはこれしかない」
「あたしもそう思うよ。時間は戻らないからね。続きは?」
「間男は拘束を解かれた。そして、申し訳ない気持ちが本当なら明日の深夜の鐘までに五千万持ってこいと言われて外に出された。ああ、もちろんその家であったことを話したらどうなるか脅されたあとでな」
・・・無理でしょ。
「集められなかった方に五千万」
「そう・・・親とかが相当太く無けりゃ、ただの修理屋には無理な数字だ。でも、間男には常に監視が付いていた。やらないといけないし、時間になったら戻るしかない」
「その間バカ女は?」
「椅子に座らして動くなって命令された。用足しもその状態でしろって感じだ。あとは間男が戻るまで、無言で妻を見てたって言ってたな。・・・ほぼ一日中だ」
それはかなりくるな・・・。
「そして間男が戻ってきた。貯めてた金と売れるもん手放し、必死で知り合いを回って九十万・・・程遠いな」
「終わり?」
「・・・妻に短剣を持たせた。喚いていた謝罪の気持ちは、行動で見せろってことだ」
「刺せってこと?」
「・・・」
テッドさんは頷いた。
もう逃げらんないよね。
「だが妻はできなかった。涙を流しながら掠れた声でそれだけは・・・って懇願したのさ」
「でもそんなの通んないでしょ」
「そう、通らない。間男はどこかへ連れて行かれ・・・妻には別な条件が出された・・・」
テッドさんがあたしの目を指さしてきた。
「自分以外で色付いた目はいらない。両方潰すなら許すと・・・ちょうど短剣持たしてるからな」
「・・・その女家事させられてんでしょ?それもできなかったんじゃん」
「そう・・・夫への愛を見せられなかった。口では色々言っていたそうだが、傷付いた夫より自分を優先したってことだ」
心の底では、どうにかして許してもらおうみたいなのがあったんだろうな。
ただ、相手が悪い・・・。
「ていうか、なんで今も一緒にいんの?」
女はそれができなかった。
許されたってこと?
「・・・別な制裁を考えたんだってさ。だから外出と声を出すことを禁じ、家事を完璧にこなすように命じた。さっきも言ったが、そいつからも一切声をかけない・・・ひとときの安らぎも与える気は無いらしい」
「一緒にいて情が湧いたりしないのかな?」
「あの感じは無さそうだ。ただ、最期・・・看取る時だけは声をかけるつもりだと教えてくれた」
最期・・・。
「一言・・・くたばれって言いたいんだってさ」
「重いね・・・それくらい奥さん愛してたんじゃん」
「そうなんだろうな。女なんか簡単に手に入るはずだ」
「だよねー」
あたしは体を伸ばした。
殺さなかったし、それでもそばに置くってそういうことだよね・・・かわいそうだな。
「・・・妻にとってはただの火遊びのつもりだったが、その代償は残りの人生になっちまった。・・・最期まで救いなく終わらせてやるんだってさ」
「歪んじゃったね・・・」
「そうだな・・・俺も妻を見たけど、無表情で床を磨いてたよ。何を思ってるんだろうな」
「反省しても遅いと思うよ。やっていい遊びかどうかもわかんないんだから当然の結果でしょ。ていうか生かしてもらってるし、ひどい罰も無い。娼館に放り込まれたとかでもないんだから、むしろ感謝しないとダメだよ」
その女に同情なんかできない。
王族とか領主みたいに、何人も相手作っていいとかじゃないんだからさ。
「ただ・・・本当に小さなひとかけらだけ・・・すべて許してこれから一生愛することにする条件は残している。そいつも裏の顔を隠していた負い目があったって言っていた・・・妻がそれをできたら、すべて無かったことにするってさ」
テッドさんが空を見上げた。
あるんだ・・・。
「女は何をすればいいの?」
「さっき言っただろ?・・・両目を潰すこと。本当に悪いと思っているならできるはず・・・そういうことだ」
「あー・・・」
・・・厳しいな。
「妻は許されるにはどうすればいいかを思い出しているのかもしれない。できるかは別だけどな。・・・ちなみに俺が最後に会ったのは三年前、今はどうなってるか知らない」
「そもそもなんだけど、なんで裏町仕切ってる人と知り合いなの?ヤバい荷物運んだりしてない?」
「・・・俺の事務所に来て、商売すんなら用心棒代払えってバカが来たんだよ。上納金が高くなったから、縄張りを広げるためだったらしい」
ありそうだけど・・・。
「セイラがぶん殴って追い返したら兄貴分が来た。何回か続いて面倒だったから、一番上に会わせろって話付けに行ったんだ・・・そこで意気投合した」
なんか怪しい。
普通に聞こえるけど、ちょっと違う感じするんだよね。
でも恐いから聞かないようにしよ・・・。
「おもしろかったけど・・・浮気は良くないって話?」
「いや、色んな視点を持てって話だ」
「ああ・・・奥さんのこと知らないと、ひどい旦那ってしか思えないってことね」
「娼館育ちならこういう話聞いてこなかったか?」
ここまでのは・・・無いかな・・・。
「・・・ちなみに間男は?」
「五千万稼ぐまで色々やらされてるらしい・・・今いくらだろうな」
「生かしてるんだ・・・」
「苦しませなきゃいけない・・・楽にさせる気は無いんだと」
ああ・・・たしかに。
「・・・メルダとも三年くらい会っていないが、まだ若作り頑張ってるか?」
急に話が明るいのに変わった。
・・・まあいい、ちょっと気分を入れ換えよう。
「やってるやってる。美容水は浴びるように使ってるってさ」
「皺が目立つから明るい所に出たがらないだろ?」
「お、よく知ってるね。その通りだよ」
テッドさんもメルダと知り合いだった。
この人もあのおばさんとなんか関係あったのかな?
「メルダとはどこで知り合ったの?」
「仕事の時だ。お前と同じで酒が好きだったな。・・・まだ赤ん坊のお前を抱きながら飲んでたよ」
「一緒に飲む仲だったんだ?」
「・・・少しな」
あたしが赤ん坊の時にこの人と会ったことがある・・・。
なんか不思議な気持ちだ。
大きな流れ・・・なんでこんなところで繋がるんだろう?
ニルスとの出逢いも、そういう繋がりの中にあったものなのかな?
・・・たしかに運命みたいなものを感じたんだよね。
憧れのアリシア様の息子・・・素敵な巡り合わせだ。
また旅に出れば新しい出逢いもあるんだろうな。
今は思いを馳せて風に乗せるだけ・・・これだけでも楽しい。
◆
「俺のテントに無理矢理入ってきたってメルダに言っとくからな・・・」
「あたしが襲ったみたいに言わないでよ?」
「どんな教育してきたんだって聞くだけだ」
「仲良しなんだから寝るまでお喋りしたいじゃん。お・・・こっから?」
「そうだ・・・」
スワロ領に入った。
大きな畑がたくさんあって、スナフと雰囲気が似ている。
収穫の時期だからおいしいものがたくさんありそう。
ただ・・・おかしなところもある。
「なんか変なとこだね・・・」
「ああ、墓か・・・スワロでは普通だ」
人家が増えてきたけど、ちょっと異様だ。
「なんで自分ちにお墓があんの?」
「ここでの弔いは家族のみでやるんだ。他の所みたいに墓地ってもんがない」
「うそ・・・出てきそうで怖い」
「失礼な奴だな・・・自分の一族なんだから出ても怖くないだろ。ていうか、ニルスもそうだろ・・・」
みんな庭に墓標を立てている。
のどかだけど、ここに住むのは嫌だな。
「ニルスのとこは花畑だからね。でもここはちょっとな・・・何代も前とかは顔知らないし不気味じゃん。あたしが領主だったらやめさせるね」
「領主だからといって許されないこともあるぞ。その土地の風習はできる限り尊重しなくてはならない」
「・・・ルコウは?それのせいでティムはかわいそうなことになったんじゃないの?」
「・・・俺に言うな。それに今は気にしてなさそうだろ」
まあそうだけどね。
・・・あれ?
「あたしなんとなく言っちゃったけど、テッドさんもティムの生まれ知ってたの?」
「そうだな・・・。あいつとその話をしたことは無いが、名前を聞いた時から知っていた」
「ふーん・・・わかる人はわかるんだね」
「俺は運び屋だからな。各領主の名前は一応覚えるようにしている」
勉強熱心なんだね。
・・・有能な部下が多いあたしとは違う。
◆
馬車が領主のお屋敷近くで停まった。
門の前だと恥ずかしいからここまでだ。
「別ですぐ仕事があるんだ。あとは適当に運び屋雇ってくれ。ちなみに尾行はされてなかったから、お前は安全だ」
テッドさんは馬車から下りてくれなかった。
ちょっと計画が狂う・・・。
「え・・・一緒にいてくれるもんだと思ってたんだけど・・・」
「喋りすぎて疲れたんだ。ニルスたちも寝れずに大変だっただろうな」
「そんなことないよ。あたしがいて良かったって言ってくれたし」
「俺はもうそこまで若くないんだ」
行っちゃうのか・・・頼りになる人なんだけどな。
色々知ってるし、交渉も頼もうと思ったのに・・・。
「商会の代表だろ?頑張れよ」
「・・・わかってるよ。テッドさん、あたしが酒場に誘っても付き合ってくれるの?」
「仕事が無ければな」
「わかった。またねー」
あたしは大きく手を振って新しい友人を見送った。
さて、鞄から花を出しておくか・・・。
◆
「ダリス様に・・・お約束はありましたか?」
「ないよ」
屋敷に入ると、使用人の女の子が出迎えてくれた。
見た感じルージュと同い年くらいで、かわいいっていうより綺麗な子だ。
「先にご用件とお名前をお伺いします。そちらで取り次いではみますが、お会いするかどうかはわかりませんのでご了承ください」
堅いな・・・領主ってのはみんなそうなの?
「スプリング商会、代表のミランダ・スプリングよ。ダリスさんはうちの美容水と石鹸を定期で買ってくれているの」
「ああ、私も使わせていただいております」
「ありがとう。近くに寄ったから弔いの花を持ってきたんだよ。お客様だから直接会って渡したいなって」
「・・・承知しました。お伝えしてみますので少々お待ちください」
女の子はゆっくりと歩いて二階への階段を上がっていった。
変な屋敷・・・人の気配が無い。
もっと仕えてる人がいるもんじゃないのかな?
スワロの領主はそんなに楽なの?
うーん、床も柱とかも全部綺麗だ・・・。
しっかりと掃除がされてるみたいだけど、あの子が一人でやってる?
物音がしな過ぎてなんか不気味・・・。
やっぱテッドさんに頼んで一緒に来てもらえばよかったかも・・・。
◆
「お待たせしました。ぜひお会いしたいと仰っていますのでご案内いたします」
女の子がゆっくりと戻ってきた。
望んでた通りに進んでるって感じだ。
「ありがとう。助かったよ」
「階段は足元にお気を付けください」
「一段飛ばししてもいい?」
「・・・責任は取れません」
とりあえず会えるならこっちのもんだ。
真実を映す眼・・・必ず借りなければ・・・。
◆
「初めまして、ダリス・キャビティです。お会いできて嬉しいですよ」
領主は細身の優しそうな男だった。
「ミランダ・スプリングです。お若いですね」
「ミランダさんこそ美しい方ですね。戦場を終わらせた英雄としか知らなかったもので、もっと逞しい方だと思っていました」
三十代かその辺りって感じ、雰囲気も柔らかいし緊張はしなそうだ。
なにより・・・胸じゃなくて顔を見てくれるのがいい。
「弔いの時にも花をいただきましたね。・・・妹も喜んでいるでしょう」
ダリスさんが切なそうに目を閉じた。
死んだ家族って妹だったのか・・・。
まあ、だからここに来る口実ができた。
去年やったちょっとしたことが、こうやって繋がっている。
これも運命みたいなものなのかな?
「少し疑問だったのですが、美容水と石鹸はダリスさんも使っているのですか?とても綺麗な肌ですね」
なるべく明るい声を出した。
警戒されないようにしないとね。
「はい、私も使っています。それと、あなたを案内したレインともう一人、スノウという子もです。二人とも気に入っていますよ」
「ありがとうございます。じゃあ、さっきの子は住み込みってことですか?・・・随分静かなお屋敷だなと思いました」
「・・・そうですね。私とレインとスノウだけです。・・・妹がいなくなった時に、彼女たち以外は辞めてもらったので・・・」
使用人と合わせて三人か・・・なんだかもったいないな。
それになんであの子ともう一人は残したんだろ?
「お仕事・・・大変ではないんですか?」
「ふふ、領主なんて名ばかりですよ。この土地の方たちはみんな優しい、屋敷から出て行ったあとも私の仕事を分担してくれているのです」
「それはダリスさんがいい領主さんだからだと思いますよ」
「悲しんでばかりもいられないとわかってはいるのですが・・・正直助かっています。領民のためにとしてきたことが、こうやって返ってくると嬉しいものですね」
ダリスさんは照れ笑いを浮かべた。
なによ・・・すごいいい人じゃん。
みんなからの信頼も厚いみたいだし、お願いも聞いてくれそうだ。
「あの・・・ちょっと噂で聞いたんですけど」
もう話を切り出そう。
もっとお喋りしたいけど、まずは目的が先だ。
「噂・・・なんでしょうか・・・」
「ダリスさんが珍しい物を持っているって聞いたことあるんです」
「ああ・・・ふふ、私ではなく妹の物ではないでしょうか。彼女はよくわからない物が好きで、旅行先などでも妖しげな店ばかり寄っていましたから」
なるほどね。たしかに鳥たちの情報は「この屋敷の人間が持っている」ってことだけだった。
「どういった物を集めていたんですか?」
「嬉しそうに話してくれていましたが、私は興味が無かったので聞き流していたのです。今思えば・・・もっと話を聞いてあげれば・・・」
ダリスさんは寂し気に俯いた。
まずい、暗い方向に持っていくつもりは無かったんだけどな・・・。
慰めつつ話を戻さないと・・・。
「すみませんミランダさん・・・暗くなってしまいましたね」
「いえ、一年で悲しみが消えるはずはないですから・・・あたしも大切な人がいなくなったら同じようになると思います」
「失礼・・・初対面の方に気を遣わせてしまい・・・」
「そんなこと思わないでください。言ったことは本当ですから」
例えばニルスが死んじゃったらどうだろう・・・。
泣いて、泣いて・・・動けなくなるだろうな。
「明るい方ですね・・・ミランダさんも妹のような趣味をお持ちなのですか?」
「まあ、できれば見せていただきたいなーと・・・」
「・・・」
ダリスさんはより悲しい顔になった。
「申し訳ありませんが、妹の部屋には誰も入れたくないのです。・・・わざわざ来ていただいたのですが、彼女の部屋を解放することはできません」
「い、いえ・・・無理にというわけではないので・・・気にしないでください」
うう・・・あたしは何を言ってんだ・・・。
でも、ここでいつもみたいに「大丈夫ですからちょっと見せてくださいよ」なんて言えるわけない・・・。
「あの・・・助言というわけではないですけど、お屋敷にもう少し人を増やしてはどうでしょうか?暗い気持ちも紛れると思いますよ」
作戦を考えて何とかしなきゃいけないけど・・・今日は無理だ。
そしてこの空気のまま屋敷を出たら、ここに来づらくなるから明るく終わらせないと・・・。
「優しいのですね・・・。たしかに少しずつ前を向かなければいけない・・・わかってはいるんです・・・」
「ならそうしましょうよ。・・・そうだ、まずはあたしと友達になりましょう。一緒に食事をしたり、お喋りしたり」
「ふふ・・・そうですね。あなたは明るいのでお願いしたいです。まあ・・・実はレインたちだけでは大変だろうと、使用人の募集をかけようかとは思っていたところだったんですよ」
ダリスさんは笑顔を作ってくれた。
そっか、乗り越えようとはしてるんだね。
「ただ・・・領民ではない者から雇おうと思っています。新しい空気を入れたいと思いまして・・・」
「領民でもいい気がしますが・・・」
「そう・・・ですね。おそらく・・・私が悲しみに暮れているのを知っているので来たがらないと思います・・・」
ダリスさんの話し方がぎこちなくなった。
優しい領民なら奉公に来なさいよ・・・っては思うけど、事情を知ってる人からすると顔を合わせづらいのかもな・・・。
「それで・・・早速友人としての相談なのですが・・・ミランダさんのお知り合いで、どなたかここで働きたい方がいらっしゃればご紹介いただきたいです。住み込みになるので、テーゼから引っ越してもいいと言う人間がいればですが・・・」
「そうですね・・・知り合いを当たってはみます」
「よろしくお願いします。今度運び屋さんに頼もうと思っていた募集の用紙があるのでお渡しします。テーゼに戻りましたら、条件に合う方に配ってください」
「はい・・・」
テーブルに紙の束が置かれた。
とりあえず今は一旦ここを出よう。
友達にはなれた、明るい感じにもできた・・・だからあたしは諦めないからね。
「あの・・・あたし、しばらくはこの土地で休暇を取ろうと思っているので・・・また来ますね」
「それは嬉しいですが・・・必ず昼間にお越しください」
「あはは・・・そうします」
別に夜でもいいんだけどな・・・。
酔わせて・・・罪悪感はあるけど、場合によってはベッドで相手して寝かせて・・・その間にちょっと見せてもらう。
今思いつく唯一の作戦だったのに・・・。
◆
「レイン、私の友人を表まで送ってあげなさい」
ダリスさんはさっきの子を呼んでくれた。
出たら宿を探さないといけないわね。
「かしこまりました。門までお送りします」
「ありがと。あ・・・そうだ、美容水と石鹸を持ってきたんです。新作なので試してみてください」
「ありがとうございます。レイン、スノウにも教えてあげなさい」
「はい、ありがとうございます」
レインは袋を受け取ると、歳相応の顔で笑ってくれた。
この子たちもダリスさんの前ではおとなしいだけなのかもな。
◆
「あれ・・・このお屋敷ってお墓無いの?」
外に出た時、他の家と違うところに気が付いた。
領主様だけ特別なのかな?
「本来は・・・無かったんです・・・」
レインが俯いた。
また暗い感じにしてしまった・・・。
「・・・本来?」
「スワロの領主は、次が決まればお屋敷を離れて自分の家を持ちます。なのでここにお墓は無かったんです・・・ですが・・・」
レインが庭の隅に視線を向けた。
あ・・・墓標がある・・・。
「ダリスさんの妹?」
「・・・はい」
暗い・・・聞かなきゃよかった・・・。
明るく・・・明るくここを出よう。
「じゃあ、あたしまた遊びに来るね」
「はい、お待ちしています」
「美容水は香り付きになってるんだよ。石鹸の香りと合わせて使ってね。で、あとから感想聞かせて」
「はい、ありがとうございます」
レインが笑ってくれた。
とりあえず宿でひと休みして・・・お昼はどっかで食べよ。
うーん・・・少しずつ仲良くなってくしかないかな?
・・・とりあえず明日まで考えてみよう。
もしなにも浮かばなかったら・・・有能な部下、ハリスを呼ぶしかないわね。




