表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Our Story  作者: NeRix
風の章 第四部
229/481

第二百十九話 指輪【ヴィクター】

 『あ・・・まだみんなの前ではヴィクターって呼ぶね。でも・・・二人きりの時はユウナギって呼ばせてね』

あの時間は夢の中にいるみたいだった。

柔らかくて心地いい・・・。


 『わたしの答え・・・受け取ってくれた?』

まだ唇が熱を持っている。

ルージュも同じなのかな・・・。



 「あれ・・・誰もいないのか・・・」

談話室に入った。

 一番先に起きたのは俺か。

いつもなら食卓の準備が始まってる頃なんだけど・・・。


 「おはようございます・・・」

炊事場も静かだった。

ああ・・・カゲロウさんは孤児院に泊まってるからいないんだ。


 冷たいミルクが飲みたかったな・・・。

俺の冷気じゃあそこまでキンキンにはならない。

・・・とりあえず、配達来てるだろうから中に運んどくか。



 「あ・・・おはようヴィクター。まだ休んでてもいいのに」

「おはようございます」

窓の外を見ているとステラ様が入ってきた。

 そういえば、この人が起きてないのは変だ。

きのうは城に行く時の転移しか使ってないはず・・・。


 「昨晩は戻りが遅かったのですか?」

「そうよ。夜会のあとに王とお酒を飲んでいたの」

王と酒・・・俺は緊張して無理そうだ。

 「さっきまで眠っていらしたのですか?」

「うん」

「転移以外にも魔法を使ったということですか?」

「王が飲み過ぎて気分が悪くなっていたから抜いてあげたの」

なるほど、それなら俺が心配することじゃないな。


 「それより・・・ねえヴィクター」

ステラ様の顔が目の前まで近付いてきた。

 「え・・・なんですか・・・」

「騎士から解放されたら、何をするか決めたの?」

これ・・・たまにするいじわるな顔だ。


 「いえ・・・まだ決めていません」

「ふーん・・・へえ・・・そうなんだー」

「・・・なにか?」

「ふふ、なんでもないよ。さーて、朝食が無いとミランダが騒ぐから支度しよー」

ステラ様は鞄から色とりどりの野菜を取り出し始めた。

 ・・・機嫌がよさそうだ。なんで?

あれ・・・まさか・・・見られてた?


 『目を・・・閉じて』

たしかにあの時、周りに気を配ってはいなかった。

だとしても聞けない・・・二人だけの秘密だって約束した・・・。


 「あの・・・俺はテーブルを拭きます」

「そう、ありがとう」

なんか急に誤魔化したみたいで恥ずかしい・・・。



 「ヴィクター、そろそろみんなを起こしてきてちょうだい」

炊事場からスープのいい匂いがしてきた時、ステラ様が顔だけをこっちに覗かせた。

鶏のスープだな・・・。


 「はい、わかりました」

「お願いね。あ・・・ミランダは扉越しじゃ起きないから、ちょっと揺すってあげて」

「はい」

子どもかよ・・・。

 「今日も楽しい一日にしようね」

ステラ様の顔が炊事場に戻った。


 一日・・・みんなを起こしたらいつも通りの朝になるのか・・・。

日常に戻るって考えると、きのうのことが幻想だったのかもって感じがする。

 全部・・・朝日に溶けていくような。

・・・なんか憂鬱だな。だから、ルージュの顔が見たい。



 「ミランダさん、ルージュ・・・開けますよ」

一番最初はルージュのいる部屋にした。

まだ起きていないなら寝顔が見たい。


 「おはようございます」

部屋に入った。

 つーかこの人、なんで鍵かけねーんだ?

男も一緒に住んでんのに不用心すぎる・・・。


 「あの・・・朝食の支度ができそうです。起きてください」

「ん・・・あ・・・ヴィクターだ・・・」

ミランダさんは揺らされる前に目を開けた。

触んなくて済んだけど・・・いつも通りの姿・・・。

 「ステラ様がみんなを起こしてこいと・・・なにか羽織ってから来てください」

「ああ・・・わかったー・・・ほら、あんたも起きなー」

「・・・」

ルージュはまだ毛布にくるまっていた。

・・・残念だったな。


 「ほらほら・・・」

「んん・・・まだ・・・」

「無理でーす」

ミランダさんがルージュの毛布を引っぺがした。

かわいそ・・・え・・・は?


 「うう・・・ひどい・・・」

「あら・・・あんたあたしの真似した?」

「寒い・・・」

ルージュはミランダさんと同じように下着だけの姿だった。

やばい・・・。


 「あはは、よかったねーヴィクター。ここまでは見たことなかった?」

「え・・・ヴィクター・・・」

ルージュの目が俺に向けられた。

 「きゃあああああ!!!!!」

同時に外まで響くような悲鳴と、別な部屋の扉が勢いよく開く音が聞こえた。



 「ルージュ!なにが・・・あった・・・」

ニルスさんが風よりも速く現れた。

 「ヴィクター・・・お前・・・ルージュに何をした・・・」

風神が気絶しそうなほどの殺気をぶつけてきた。

剣・・・抜いてる・・・。


 「いえ・・・違うんです・・・俺はただ・・・」

「まさか・・・二人を無理矢理襲おうとしたのか?」

するわけねーだろ・・・。

 「・・・」

「あはははは、朝からやめてよー」

ルージュは毛布に潜り込み、ミランダさんは大声で笑っている。

助けてくれよ・・・。



 「すみません・・・お風呂のあと・・・誰もいなかったのと体が火照っていたので、下着でここまで来て・・・そのまま寝てしまいました・・・」

「・・・何事かと思ったよ。同じ家なんだ、見られるのが嫌なら次からは気を付けるように」

「はい・・・」

「君が無事だったならもういいよ」

ニルスさんは事情を聞いて落ち着いた。

ステラ様・・・。

 『それと・・・今日からはルージュと二人で寝てもいいのよ?』

もし一緒の部屋で寝ていたら、俺はどうなっていたんですか?

・・・殺されてたんじゃないんですか?


 「ごめんねヴィクター・・・見られるとは思わなくて・・・」

ルージュは俺にも頭を下げてくれた。

ていうか、ルージュは悪くないよな?

 「いや、俺が悪かった。女性の部屋だし・・・気を遣うべきだったと思う」

これでいい・・・。


 「ルージュ、ヴィクターを許すのか?」

「許すもなにも・・・わたしが悪いので・・・」

「・・・次から悲鳴を上げる暇があるなら剣を取れ。手の届く場所に置いてある意味が無いだろ」

「う・・・ちゃんと服を着て寝ればいいだけです・・・」

そういや、俺って起こしにきただけだったよな・・・。


 「騒いでないで早く下りてきてー。ノアとエストも待ってるし、スープが冷めちゃうよー」

ステラ様の声が階段下から響いた。

なんでこうなったんだろうな・・・あの人のせいでもあるんじゃねーのか?


 「・・・まったく、朝からやめてくれよ」

「ほんとにそうよねー、面白かったけど・・・」

ニルスさんとミランダさんが部屋を出ていった。

 ・・・原因はミランダさんにもあんじゃねーのか?

優しく起こせばこんなことには・・・いや、ていうか鍵かけろよ・・・。


 「・・・改めてごめんね。騒ぐことなかったよね」

二人きりになると、ルージュがまた頭を下げた。

いいのに・・・。


 「悪いのは俺だよ。ごめんな、すぐ忘れることにする」

「忘れなくていいよ。ヴィクターになら見られてもいいし・・・」

ルージュは指で自分の唇をなぞった。

 「これで許してね・・・」

ルージュの指が俺の唇に触れた。

・・・普通のが欲しい。


 「あはは・・・背伸びしてもヴィクターに届かないから」

ああ、そういうことか。

したい時は俺がルージュに合わせないと・・・いや・・・。

 「なら、これの合図も決めないか?助けてって時以外にも、二人だけにしかわからないやつ・・・」

「あ・・・うん」

こういうのがいい。


 「じゃあ・・・正面で指を立てたらにしよう。そしたら欲しいんだなってわかるから俺は屈む」

「・・・ふふ、試してみようかな」

ルージュは早速合図を出してくれた。

 きのうのは夢でも幻想でもない。

またこうできるんだから・・・。


 「早く来てちょうだい」

屈もうとした瞬間、体が固まった。

 「す、ステラさん・・・」 

「あら・・・もしかして私邪魔だった?」

邪魔だったよ・・・。

つーか転移で来たんじゃねーのか?


 

 「ニルス、明日出るよ。テッドさんにきのう頼んどいたから」

全員が食卓につくと、ミランダさんが真面目な顔をした。

さっきもこんな感じでいてくれれば・・・。


 「忙しいはずなのによく受けてくれたな・・・えっと、ダリスさんだったよね?」

「そう、スワロの領主様。もう行っていいはずだし、ハリスからなんも無いし、先にそっち行こ」

でも、真面目な話だから当然か。

真実を映す眼、気を引き締めなければ・・・。


 「うちのお客さんだし、あたしも花渡すから一緒に行くね。ニルスと二人でもいいけど、みんなどうする?」

「わたしも行きます。師匠が動くのにじっとしているのは嫌です」

ルージュが真っ先に名乗りを上げた。

 俺もそうしたいけど、ステラ様がどうするかによる。

でも、ニルスさんが行くならこの人も一緒だよな。


 「俺も行きたいですが、ステラ様が残るのであればここにいます」

「あー・・・うーん・・・」

ステラ様は目を閉じた。

「自分も行く」って即答すると思ってたのに・・・。

 「シリウスが来るし・・・それにカゲロウにはなるべく付いていた方がいいと思うの」

あ・・・そうか、なにも無さ過ぎて忘れてた・・・。


 「ああ・・・たしかに僕とエストだけよりは、いていただいた方がいいですね」

「ニルスさんがいないなら、ティムさんが来てくれると思いますけど・・・ステラさんとヴィクターもいれば安心できます」

ノアさんとエストさんが不安そうな顔をした。

 「そうよね・・・ごめんなさいニルス、私残るわ」

「大丈夫だよ。なるべく早く戻ろう」

これは仕方ないな。

 ルージュが行くなら一緒がいいけど、まだ俺はステラ様の騎士。

この場合はそばにいなければダメだ。


 「ごめんねヴィクター、ニルスもミランダもいないし・・・一緒にいてね」

ステラ様が申し訳なさそうに俯いた。

やめてくれよ・・・。

 「いえ、俺はあなたの騎士なので・・・」

「ごめんね・・・ルージュはそれでもいい?」

「へ・・・あ、当たり前ですよ。ヴィクターは・・・ステラさんの騎士なんですから・・・」

ルージュが焦り出した。

「そうじゃない」ってみんなに教えているような気がする・・・。


 「じゃあ三人で出るか・・・ステっちゃん、スープおかわりー」

「はーい。あ・・・誰か入ってきたわね」

「バカの足音だね。エリィ送って、配達の荷物取りに来たんでしょ」

「おいおめーら、大事件だぞ!」

ティムさんが食堂に駆け込んできた。

事件・・・その割には、あんまり危機が迫っているようには見えない。


 「なによバカ、静かに入ってきてよね」

ミランダさんが新聞を広げた。

この人も深刻って感じはしてないみたいだ。

 「まあ聞け、すげー話だ」

「なによ?」

「王妃と王子が死んだ。殺しか自決かはまだわかってねーけど、城の近くは騒ぎになってる」

「・・・」「・・・」「・・・」「・・・」「・・・」「・・・」

食卓が静まり返った。

 たしかにすげー話だ。

全員は見なかったけど、夜会には王妃も王子もいた。

あれのあとに・・・。


 「ティム・・・死んだのはどの王妃と王子だ?全員?」

ニルスさんは落ち着いた感じでスープをすくった。

あ・・・そういや誰かまだわかんねーな。

 「どっちも第三だ」

「ふーん・・・」

「気の毒ね」

「・・・あたしには関係無いや」

ニルスさん、ステラ様、ミランダさんの三人は食事の手を止めなかった。

なんだこの人たち・・・。


 「何があったんですか?王族が自決って相当ですよ」

「そうですよ、シリウス君も大変なんじゃ・・・」

ノアさんとエストさんは三人と違って慌てている。

 こっちの反応が普通だよな?

ニルスさんたち三人は落ち着きすぎている。

・・・経験の差か?


 「はっきりはしねーんだけどさ、耐えらんなくなったって書き置きがあったらしいぜ」

「・・・なんか辛いことでもあったんですかね。たしか第三王子はメネ地方の開拓じゃなかったっけ?」

「たしかに妙ですね。メネは相当楽な方だって友達から聞きましたよ。それに王妃までって・・・」

王族の重圧とかなのかな?

・・・考えてもわかんねーや。


 「シリウスは大丈夫かな・・・」

ルージュが悲しそうに俯いた。

ああそっか・・・たしかにちょっと頼りないからな。

 「大丈夫だと思うよ。あの子はそこまでゼメキスたちに思い入れは無いだろうし」

「そうだな、むしろ邪魔にならないように今日にでもこっちに来るんじゃないか?」

「ああ、いいんじゃない。あたしは構わないよ」

冷静な三人は、やっぱりまったく気にしていない。

逆にすげー・・・。


 「おめーらは興味ねーんだな」

「まあ・・・王様ならともかく、その二人とはなんの関りもないしねー」

そういうもんなのかな?

俺も「王族が」ってだけで盛り上がってただけなのか?



 「ニルス、明日から離れちゃうし、今日は一緒にお出かけしない?」

「そうしようか。それならルルさんの所にも行きたい。リリとはちゃんと話したことなかったからさ」

「ありがとう、カゲロウは最後に迎えに行こうね。じゃあ、ちょっと着替えてくるねー」

食事が終わると、ニルスさんとステラ様はいつもと変わらずに支度を始めた。

俺もあれくらい揺れないようになりたい・・・。


 「あ・・・そうだティム、その剣見せてくれ」

ニルスさんがティムさんの背負っている剣を指さした。

そういや父親が作ったって言ってたもんな。

 「ほらよ・・・」

「素直だな」

ニルスさんは、受け取った剣をゆっくりと引き抜いた。

俺も見たい・・・。


 「・・・すごいな。賭けだから仕方ないけど、オレなら絶対に手放さない」

「ほんとですね・・・」

刃に曇りが無い。

精霊鉱ではないけど、なんだって斬れそうな雰囲気がある。


 「わあ、綺麗ですね・・・」

ルージュが俺の隣に来てくれた。

嬉しい・・・。

 「これっていつ作ったんでしょうか?」

「知らねー、けど俺がガキの頃から持ってたよ」

「じゃあ二十年以上前ってことになりますね。なのにこの状態・・・」

「そうだな、本当にいいものだ」

手入れをしっかりしていたのもあるんだろうけど、ここまで保てるのは作った人の才能だ。


 「それさ、シロガネよりも上か?」

ティムさんが目を細くした。

気になるのか・・・。

 「・・・ティム、口を慎め。名工ニルスをバカにしてるのか?」

「・・・何が名工だよ」

「とうさ・・・師匠を貶めるわけじゃないけど、オレの方が腕は上だと思う」

「父さん」って言いかけたな・・・。


 「とにかく・・・大事にしてくれ。今はお前の剣だからな」

「お前が言うならそうするよ。・・・あんま油断すんな。今のは庇い切れねーぞ」

「・・・ごめん」

その辺の話は、俺も振らないように気を付けよう・・・。

 「なんの話ですか?」

ルージュがティムさんのわき腹をつついた。

こうなるから・・・。


 「あ?別に・・・」

「ニルス様が油断したって・・・」

「ほらあんたら、いつまでも剣見てないで。ティム、スプリング商会から弔いの花手配しといて。急がないと混むだろうからさ」

ミランダさんが助け船を出してくれた。

食ってるだけじゃなくて、こっちの話も聞いてたんだな。

 「・・・わかった。配達のついでにやってくる。義理事はめんどくせーな」

「文句言わない。あと、どんくらいかわかんないけど、明日からあたしいないから」

「ノアとエストがいんなら大丈夫だろ。じゃあなおめーら・・・」

ティムさんは配達の大きな鞄を背負って出て行った。

 「オレも支度しよ・・・」

ニルスさんも食堂を出て行った。

二人とも逃げたな・・・。


 「ルージュ、昼間のうちに明日の準備しておくのよ?」

「あ・・・はい」

「ノア、エスト、会議よ。明日からの予定のおさらい。カゲロウとバカにも伝えてもらうから」

「はい」「わかりました」

商会の三人も出て行った。

食器はそのままか・・・俺がやろう。


 「ヴィクター、わたしも手伝うよ」

片付けようとした時、ルージュが皿を重ね出した。

 「大丈夫だよ。明日の準備済ませろって」

「少しでも一緒がいいんだ」

「・・・俺もそうだよ」

「じゃあ決まりね」

こういうので幸せを感じる。

だから準備は俺も手伝おう。



 「あの・・・お久しぶりです。今日からよろしくお願いします」

朝食の片付けが終わったあと、本当にシリウスが来た。

ニルスさんが言った通りだ・・・。


 「なによシリウス・・・こんな大きくなっちゃって」

ミランダさんが目を潤ませた。

この人も久しぶりらしいからな。

 「あはは・・・ミランダさんはお変わりないようで」

「だよね、変わってないよね?よし、今夜一緒に寝よ。セレシュの前に練習しとかないとね」

「あの・・・一人で寝れますので」

そりゃ断るよな。

・・・俺だってそうする。


 「あのー、シリウス様のお荷物はどのお部屋に運べばいいですか?」

「ジェニーさん、自分で運びますから」

シリウスは着替えや勉強道具なんかを自分で馬車から降ろし始めた。

俺も手伝おう。

 「全部出しちゃっていいのか?」

「わたしも手伝うよ」

「あ・・・ありがとう」

「気にしないで、早く運んじゃお」

ルージュは友達が来て嬉しそうだ。

さっきのニルスさんのことは完全に忘れてるな。


 「・・・で、ニルス君はどちらに?」

ジェニーさんが辺りを見回した。

友達・・・だったっけ。

 「出かけたよ。残念だったね」

「ちっ・・・いたら弔いの準備抜けようと思ったのに・・・」

「あんた使用人でしょ。早く帰んな」

城はかなりごたついてそうだ。


 「どうだったか気になってませんか?」

「あんた知ってんの?」

「王子が王妃を刺し、そののちに自決・・・みたいですよ」

こんなとこでペラペラと・・・大丈夫かよあの人・・・。

 「へー、どっちも自決じゃないんだ?」

「そうです。書き置きを見た人から聞いたんですけど、王妃は王子を王にするつもりだったようで、その重圧に耐えきれなくなって・・・だそうです」

「ふーん、ちょっと信じらんないわね」

「わたしもそう思います。あれがそんなこと考えるわけない・・・きっと裏があるってみんな言ってます」

俺はゼメキスを詳しく知ってるわけじゃないけど、使用人が言うならそうなのかもな。


 「ここだけの話ですけど、あの親子がいなくなって喜んでる人たちの方が多いですよ」

「ああ・・・やっぱそうなんだ」

「あの人たちは他の王族と違って、わたしたちに感謝が無いんですよ。騎士も兵士も庭師も料理人も執事やわたしたち使用人も、みーんな嫌ってましたから・・・ねー?」

「・・・」

御者が小さく頷いた。

 そこまで・・・。

王族だからなんでもしていいとか思ってたのか?


 「お城は大丈夫なの?」

ルージュが心配そうにシリウスを見つめた。

 「あはは・・・帰ったら大騒ぎになってたからびっくりしたけど大丈夫だよ。父上も、僕は面倒なことはしなくていいからこっちへ・・・友の所へ行けって」

「そっか・・・」

「ありがとうルージュ、僕はそんなに関わりは無かったからなんとも思ってないよ」

ああ・・・そうだったな。

むしろ気が楽になったはずだ。


 「家族・・・お兄ちゃんだったんじゃ・・・」

「ルージュ・・・あのね、八年前にボクが引っ越すことになったのは兄上が原因だったんだ」

シリウスが小さい声で話し出した。

心配するルージュを見て、本当のことを教えようと思ったみたいだ。

 「・・・どういうこと?」

「ボク・・・ずっと兄上に辛く当たられていたんだ。叩かれたり、ひどいことを言われたり・・・だから母上の所に行くことになってしまった。隠していてごめんね」

「シリウス・・・」

「それもあるからここに住ませてもらうことになっていたんだよ」

シリウスは微笑んだ。

本当に気が楽になったんだろうな。


 「それと・・・シロとチルはよくボクのところに来てくれてた」

「え・・・そうなの?」

「うん、二人のことはよく聞いてたよ」

「ずるい・・・わたしも会いたかったのに」

ルージュも微笑んだ。

隠し事がなくなったからだな。


 「シリウス、あんたはシロの部屋の隣よ。名前の札ぶら下がってるからね。家具は用意してあるけど、足りなかったら言いなさい」

ミランダさんが笑顔でこっちに声をかけてくれた。

 「いえ、そんな厚かましいことは・・・」

「それとセレシュ連れ込むのは構わないけど、あたしが怒られないように気を付けてね」

「おかしなことはしませんよ・・・」

たしかにしなそうだ。

・・・そういえばきのうはどうしたんだろう?


 「シリウス、セレシュ送った時、ウォルターさんたちに挨拶はしたんだよな?」

これは聞いておきたい。

 「うん、最初は・・・誰だお前は!って家の前で怒鳴られて・・・御者さんもすぐ帰れなかったんだ・・・」

「あの人やべーからな」

「あはは・・・セレシュが負けない声で言い返してくれたんだよ」

さすがにセレシュも怒るか・・・。


 「やっとわかってもらえて・・・ちゃんと自分のことも話したんだ。とても驚いていたけど、いつでも来ていいって言ってくれた」

「そうか、よかったな。それで・・・泊まったのか?」

「おじさんと同じ部屋で・・・」

まあそうだよな。

・・・俺も別の部屋でよかったんだ。



 シリウスの部屋に全部の荷物を運び終わった。

まだ殺風景だけど、これから物が増えていくんだろうな。


 「急だったから、セレシュにはここに来たことを伝えていないんだ。明日にでも話しに行くよ」

「セレシュもここに住みたいって言い出すかもね」

「うーん・・・外泊は月に四回までって言われてたよ」

「え・・・おじさんも厳しいね」

気に入られてはいるんだろうけど、まだ成人してないからか。

でも、四回は少ないと思う。


 「今の状況もあると思う。・・・敵が来るかもしれないんでしょ?」

「あ・・・そうだね。何も無さ過ぎて忘れてた・・・」

「とりあえず一人では出歩くなよ?必ず俺かステラ様、それかティムさん、戦える人間と一緒にだ。明日からニルスさんとミランダさんとルージュが出るから少しだけ気を張っとけよ」

「うん、わかった。ティムさんか・・・挨拶しないと」

しばらくは窮屈かもしれないけど我慢してもらうしかない。



 「シリウス・テーゼ・メイプルです。今日からよろしくお願いします」

荷物を出し終わると、シリウスはノアさんとエストさんにも挨拶をした。

王族だからか礼儀正しい。

 「仲良くしようね」

「困ったことがあったら相談してね」

二人は話を聞いていたのもあって緊張は無い。

すぐに打ち解けられそうだ。


 「ありがとうございます。あの・・・ティムさんは・・・」

シリウスがミランダさんを見つめた。

 「あいつは配達だよ。今日は多いから、終わったら真っ直ぐ帰るんじゃないかな?あ・・・でもエリィ・・・あいつの女迎えに来た時に寄ってくれるかもね」

「・・・そうでしたか。・・・ハリスさんという方も・・・」

「そっちは当分来ないかも。まあ、ティムは今日来なくても、明日はいるからその時でいいよ」

そうだな、あの二人は一緒に住んでるわけじゃないし、来た時で大丈夫だろ。


 「わかりました。あの・・・なにか手伝います。お仕事を教えてください」

「へー、働き者ね。今日はゆっくりしててもいいのに」

「いえ、お世話になるので当然です。それに商売の勉強もしてきました」

シリウスはそのつもりでいたみたいだ。

・・・俺も明日から倉庫の整理とか、石鹸作んの手伝おうかな。


 「シロから頭のいい子っては聞いてるよ」

「頼りになりそうですね」

「たしかに・・・あたしが旅に出たら商会の舵は任せようかな」

「そこまでの自信は無いですよ・・・」

明日からルージュがいなくなるけど、シリウスがいるなら寂しさを紛らわすことができそうだ。



 「よし、こんなもんかな」

「着替えと石鹸くらいだったな」

「そうだね、談話室に置いておこう」

ルージュの荷物をまとめ終わった。

あとはミランダさんの鞄にしまわせてもらえば準備は終わりだ。


 「あ、そうだ。忘れないうちに・・・」

ルージュは自分の鞄から革の袋を取り出した。

ああ、妖精からお礼に貰ったやつか。

 「ニルスさんに見せるのか?」

「うん、ユーゴさんが見せてみろって言ってたし、珍しい物だったら喜ぶと思うんだ」

「旅人だからな」

触れると色が変わる指輪だ。

珍しい物だとは思うけど、俺は内側に彫ってある言葉に魅力を感じた。


 『愛を贈る』

俺もそれをルージュに贈りたい・・・。

 

 「ルージュ」

だから・・・合図を出してみた。

二人きりの今だけ、明日からはしばらくできないかもしれない。

 「あ・・・うん」

言葉にできなくても気持ちが伝わる。

合図って便利だな・・・。



 「どこで採れる金属なんだろうね」

「ニルスさんが知ってたらいいよな。そしたらそれで俺たちも・・・指輪とか・・・作ったり・・・」

「え・・・あはは・・・そうだね」

談話室でルージュと指輪を見ていた。

みんな倉庫にいるみたいで二人きりの時間・・・誰にも邪魔されたくない。


 「あー疲れたー・・・」

ミランダさんが入ってきた。

・・・思い通りにはいかないな。


 「あ・・・ミランダさん、荷物まとめたので鞄を貸してください」

「うん、いいよ。あら、なにこの指輪」

「貰いものです。あとでニルス様に見てもらおうかと思って」

「ふーん、宝石もなんも付いてないじゃん・・・」

ミランダさんはテーブルに置かれた指輪を持ち上げた。

 「え・・・」

「驚きました?触ると色が変わるんですよ」

「まさか・・・いや・・・嘘・・・」

ミランダさんの顔色が変わった。

知ってんのか?


 「どうしたんですか?」

「いや、まだ何とも言えない・・・。ニルスに見てもらおうか・・・」

指輪がテーブルに戻され、色も元の銀に変わった。

 「・・・本物?なんでルージュが・・・」

「ミランダさん・・・震えてるんですか?」

「え・・・平気平気、あはは・・・。あたし専門じゃないからさ・・・ちゃんとしまっときなさい・・・」

ミランダさんの額には汗が浮かんでいた。

 「本物」ってどういうことだ?

実はとてつもない価値があるものってこと?



 「ただいま、遅くなった・・・」

「すぐに夕食の支度するね」

ニルスさんたちは夕暮れに帰ってきた。

すでに小さくなっていて、ムスッとした顔をしている。


 「あ・・・ニルスさん。ステラさんも・・・」

シリウスが立ち上がった。

 「シリウス・・・よく来たな」

「改めてですが、昨晩はすみませんでした」

「・・・気にするな」

ニルスさんの雰囲気が変わった。

許してたと思ったけど、ちょっと怒ってはいるのかな?


 「あの・・・兄上のこと・・・」

「・・・ああ、大変だったらしいな」

「あ・・・はい」

「どうした?この家は楽しい、みんなよくしてくれるよ」

ニルスさんだけじゃなく、シリウスの様子も変に見えた。

やっぱりなにかあったんだろうか・・・。


 「シリウス、今日からよろしくね」

ステラ様が二人の間に入った。

 「あ・・・はい、よろしくお願いします」

「ちょうどいいわ。この子、カゲロウのことをあなたにも教えておく」

「・・・カゲロウさん?」

シリウスは不思議そうな顔をした。

 そういや初めて会うんだったな。

シロには話せないから口止めは必要か。



 「ちょっとニルス―!戻ったら報告しなさいよ!!」

ミランダさんが大きな足音と共に談話室に飛び込んできた。

血相変えてどうしたんだろ?


 「ここだよ・・・朝ティムに静かにしろって言ってたくせに」

「そんな場合じゃないかもしれない!」

ミランダさんはニルスさんをつまみ上げた。

 「ルージュ、さっきの指輪出して!」

「は、はい・・・」

「なんなんだよ・・・ルージュを威圧するな」

「静かにして!」

この感じは見たことないな・・・。


 「どうしたんですか・・・」

「落ち着きなさいミランダ。お酒でも飲んだの?」

「お腹が減っているのですか?」

シリウスたちも話を中断して、こっちに来てしまった。

みんな様子がおかしいって思ってる感じだ。


 「違う違う、そうじゃないんだって。ルージュ、早く!」

「はい・・・ああ!」

ルージュは袋を引っかけて中身をテーブルにぶちまけてしまった。

出していた指輪もどこかに転がったみたいだ。

 「なんだこれ・・・木の実に、傷だらけの宝石?壊れた装飾品・・・拾ってきたのか?」

「指輪はどこ?」

「あ・・・カゲロウさんの前です。拾ってください」

「はい」

カゲロウさんは指輪を拾い上げた。

 「なにか彫ってありますね。愛を贈る・・・素敵な言葉です」

あれ・・・色が変わらない・・・。


 「あれが何だって言うんだ?」

「カゲロウ、それをルージュに渡して。いいニルス?よく見ておくのよ」

カゲロウさんがルージュの手の平に指輪を置いた。

 ・・・今度はちゃんと色が変わる。

銀から透明感のある緑・・・不思議な金属だ。


 「まさか・・・」「嘘・・・」

ニルスさんとステラ様が目を見開いて固まった。

朝とは全然違う、揺らいでいるのがひと目でわかる。


 「私にも触らせて・・・。なんで・・・ここにあるの・・・」

「ステラ、一度テーブルへ」

「う、うん・・・」

「戻った・・・カゲロウ、もう一度触れ」

「はい」

カゲロウさんが触れると色は変わらない。

・・・人間だけ?

 「シリウス、触れてみてくれ」

「はい・・・変わりますね」

「間違いない・・・」

なんだ?わけがわからない・・・その指輪がなんだって言うんだよ?


 「あの・・・ニルス様、その指輪って・・・」

「ルージュ、棚の上にオレのベルがある・・・鳴らしてくれ」

「え、どうしたんですか?これって・・・」

ルージュもいつもと違うみんなの様子におろおろしてる。

なにがここまでこの人たちを焦らせているんだろう?

 「そうですよニルスさん、説明してください。それにベルは勝手に鳴らすなって・・・」

「・・・」

言い終わる前に、ニルスさんの殺気が突き刺された。


 「説明はあとだ!ハリスを呼べ!!!」

部屋の家具が震えた。

なんだよ・・・ハリスさんに関係あるものなのか?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ