第二百十四話 助けにいくのは【ステラ】
本当は、ここに来る時もニルスと一緒がよかったな。
でもセレシュのためって思うと許せちゃうのよね。
あの子も私と同じでずっと待っていた。
だから再会の喜びを知ってもらいたい。
ふふ、小さい頃から好きだった男の子が実は王子様だった・・・女の子はそういうの経験してみたいよね。
◆
「・・・肩から腕の線が素晴らしいですね」
ジェニーが私の二の腕を擦ってきた。
早く着せてほしいんだけど・・・。
「これの味・・・もちろんニルス君は知ってるんですよね?」
城に入って、すぐにジェニーを呼んでもらった。
ドレスを着るのを手伝ってもらおうと思ったんだけど、なかなか進まない・・・。
「・・・あなた、まだニルスのこと諦めてないでしょ?」
「子どももいるわたしが?・・・ちょっと意味がわかりませんね」
どうせ進まないなら、気が済むまで付き合ってあげよう。
「じゃあねえ・・・ニルスが突然あなたの手を引いて、誰もいない部屋に行こうって言ってきたらどうする?」
特に気にしてはいないけど、こういうこと聞いてみたかったのよね。
「・・・心を奪われちゃいますね」
「正直でよろしい」
「でも・・・ニルス君はわたしの家族を壊すようなことはしないと思います」
そう、ニルスはそんなことしない。
子どもから母親を奪うようなことは絶対に・・・。
『抑えていないと、今からでもゼメキスを殺しに行ってしまいそうだ・・・』
『・・・あなたの果実、私が預かろうか?』
『いや・・・抑えきれるよ・・・』
ルージュたちにはいつも通り振舞ってはいたけど、離れるとかなり冷え切っていたしね。
あそこまで怒るんだから、誰かの幸福を崩す選択をすることは無い。
「でもニルス君の体のほうが魅力的です。夫も細身ですけど、あばらが浮いてて逞しくはないんですよね・・・」
ジェニーが溜め息をついた。
この子も家族を裏切ることは無さそうだけど、不満はあるみたいだ。
「夜はどうなの?」
「けっこう求めてはくれます。でも・・・正直言うと楽しくはないですね。ただの作業って感じです。それに十四歳の時のニルス君のと比べると・・・まあ・・・」
「求めてくれるのなら、旦那さんが淡白ってわけではないのね」
「原因はわたしですね。・・・なんか気持ちが盛り上がらなくて。夫なのに・・・ニルス君がいるのに浮気しちゃってる・・・そんな気分です」
けっこう言うわね・・・。
「男性が昂るお薬があるんだけど使ってみる?いつもと違う旦那さんが見れて、気持ちも変わるかもしれない」
「・・・ニルス君をお借りできるならください」
「ダメに決まってるでしょ」
「じゃあいりません」
勝手に相手が決められたんじゃこうなるのも仕方がないのかな?
恋愛もしてこなかったから、再会したニルスに熱が入るのもわかる気がする。
◆
着替えが終わった。
けっこうかかっちゃったな・・・。
「ちゃんと言っておきますけど、家族は愛しています。誤解しないでくださいね」
ジェニーが寂しそうに笑った。
困った子ね・・・。
「自分から言うってことは、なにか思うところがあるから?」
「小さいことを気にしないでください。・・・息子は星を見るのが好きなんです。家族三人で夜の広場に出かけたりするんですよ。・・・その時間はとっても安らぎます」
「いい話ね、壊さないようにしなさい」
「はい、壊しません」
私にこれを伝えるのは、口にすることで自分を抑えるため・・・なのかな?
「では・・・私は給仕の仕事がありますので、そろそろ失礼します」
抑えきれないみたいだし・・・。
「なんだかそわそわしてるわ・・・ニルスに会いたいのね?」
「・・・思うのは自由ですよね。たとえば背が高くて、プラチナの髪の毛で・・・素敵な男性のお客様にいきなり抱きしめられるとか」
「ふふ、あるといいわね」
こんな挑発に私が乗るわけない。
そしてそれくらいなら別にかまわない。
私はそんなことで奪われないようにするだけ。
◆
「あれ・・・ニルスたちはもう中にいますよ。わたしは合図があるまでここで待機してますので、楽しんできてください」
会場に行く前にセイラさんのいる部屋に寄った。
落ち着いてるわね。
王族の暗殺だけど、失敗しない自信があるからかな。
「わかったわ。合図を出したらゼメキスの部屋に向かってね」
「助かります。給仕にならなくて済みました」
「・・・ニルスのことお願いね。これを言いに来たの」
「大丈夫ですよ。危なそうだったらニルスも眠らせちゃいます」
そっちも自信があるから同行を承諾したんだろうな。
様子を見る限りは、信頼して任せて大丈夫そうだ。
「ああそうだ・・・ニルスが熱くなりそうだから教えなかったことがあるんです」
セイラさんが指を唇に当てた。
内緒の話か・・・。
「二年くらい前・・・叶いませんでしたけど、ゼメキス王子は純潔の花園を見学したいって言ってたみたいですよ。無垢な女の子を物色したかったって感じだと思います。・・・ルージュが目に留まってたらどうなってたんでしょうね」
「・・・言わない判断は正しかったと思う。でも、王子であってもあそこには入れないのね」
「あそこの後ろには第二王妃がついてます。・・・通るわけないですよ」
「なるほど・・・」
さすがにね・・・。
というか、目に留まったとしてもアリシアが許すはずない。
「王子は第二王妃を通さずに書状を送ったらしいです。アカデミー側が相談して発覚・・・かなり怒ってたみたいですよ」
「まあ・・・男性は入っちゃダメって決まりだからね」
「会食の場で、親子揃って叱られたそうです。掟・・・言葉の意味はわかるかとか、恥を晒すのはやめろとか・・・。あの親子以外は、王と同じで特例を嫌いますので」
みんなしっかりしてて頼もしいわね。
できれば、そこからずっと見張っておいてほしかったけど・・・。
「ふふ・・・わたしとお喋りしている時間があるならニルスに付いててください。・・・会場には標的の王妃と王子がいます。しっかり抑えてないと、勝手なことするかもしれませんし」
セイラさんが短剣の刃を見つめた。
妹たちと一緒だから大丈夫だとは思うけど・・・。
「そうさせてもらうわ。そういえば・・・セイラさんは男性としてのニルスに興味は無いの?」
これを聞いたら出よう。
この人の性癖・・・ちょっと気になってのよね。
「今のニルスは違いますね。・・・十歳くらいまではかわいかったですよ。・・・何度もあやまちを妄想して自分を慰めてました」
「・・・そう」
「かっこいいじゃダメなんです。かわいくないと・・・今はシロ君が一番好きですね。今日は・・・キビナのメスネコと一緒みたいですけど・・・」
「・・・わかったわ。教えてくれてありがとう」
危ない人・・・男の子は絶対に近付けちゃダメだ。
「じゃあ、またあとで・・・」
早く会場に行こう。
みんなシリウスと会えたかな?
◆
「あなた以上の美貌を持つ女性は見たことがありません」
会場に入った所で、知らない男の人に話しかけられた。
困ったわね・・・。
「ありがとうございます。申し訳ありませんが、お待たせている男性がいますので」
「・・・そうでしたか。お近づきになりたかったです」
「あなたとそうなりたい女性もいると思います。・・・いい夜を」
一人だとこうなるのか・・・。
早くニルスと一緒にならなければいけない。
◆
「じゃあヴィクターは知ってて黙ってたの?」
「その方が二人とも喜ぶと思ったんだよ。本当は隠し事なんてしたくなかった」
「ルージュ、ヴィクターは悪くないよ」
「僕も黙ってたし・・・」
仲間たちの姿が見えた。
あら・・・もう集まっちゃったのか。
ルージュとセレシュが驚く顔を見たかったんだけどな。
「ニルス様・・・わたしのためでもあるって、シリウスとのことを言ってたんですね?」
今回の計画も全部話し終わったみたいだ。
いいところに立ち会えなかったな・・・。
「そうだよ。オレも二人を驚かせたかったんだ」
「じゃあ、果実を使ったのはわたしのためですか?」
「セレシュがダメだったら君も来なかっただろ?それに・・・その姿も見たかったからな」
「・・・ありがとうございます」
ルージュがニルスに抱きついた。
私もアリシアみたいなのじゃなくて、あんな妹が欲しかったわね。
「シリウス、今からセレシュは君に任せるよ」
「はい、帰りもボクが送りましょう」
再会も大事だけど、夜会も楽しまないとね。
これでニルスは自由、一緒にいれる・・・。
「あの、ニルスさん・・・私、今夜はシリウスとずっと二人でいたいです」
セレシュがシリウスの腕を抱いた。
淑女も本能には勝てないみたいだ。
「その気持ちはわかるけど・・・夜会が終わったらすぐ帰すって約束したからな・・・」
「お父さん・・・」
シリウスなら別にいいんじゃないかな・・・。
「けど、相手がシリウスなら外泊の許可をくれるかもしれない。いずれにしろ一度帰るべきだ」
「セレシュ、ボクもご挨拶をしないといけない。一緒にいれるかは、その時に話してみようよ」
「シリウス・・・うん、そうする」
たぶん外泊の許可はくれないと思う。
だけどセレシュの家に泊まることはできるかもね。
あれ・・・でも別に今日だけじゃない。
これはまだみんな知らないのかしら?
「シリウス、これからどこで暮らすか話してないの?」
私も輪に入らせてもらおう。
「あ・・・ステラさん・・・」
「わあ・・・すごく綺麗です・・・」
「誰も敵いませんね・・・」
女の子三人が褒めてくれた。
嬉しいけど・・・話を戻したい。
「シリウス、みんなにあなたのこれからを教えてあげなさい」
「はい・・・ルージュ、セレシュ、夜会が終わったらボクはミランダさんの所でお世話になるんだ」
そう、だからいつでも会えるようになる。
「わあ、嬉しいな。ね、セレシュ」
「・・・本当?」
「うん、本当だよ。お仕事の手伝いもするんだ」
「・・・」
セレシュは満面の笑みでシリウスに抱きついた。
これだけでも見れてよかったな。
それにあの家ならウォルターさんも外泊の許可を出すよね。
「シロ、今日はお后優先で動きなさいね?」
あとはもう一組の恋人たち、こっちも楽しんでほしい。
・・・いつの間にか背が伸びてるけど、バニラに合わせたのね。
「うん、ステラは?」
「私はニルスと一緒にいるわ」
「ステラさん、素敵な夜を」
「ありがとうバニラ」
巻き込まないようにしないといけない。
シロも久々にこっちに来て楽しいだろうし、そのままの気持ちで帰ってほしい。
「セレシュ、あとで二人きりになれる場所に行こうか」
「うん行きたい、連れていって」
「前と話し方が変わってるね」
「行きたい・・・連れて・・・いって・・・。こんな感じ?」
「ふふ、懐かしいな。でも今の方がずっといいよ」
シリウスにも勘付かれることはないだろう。
それにゼメキスがいなくなればこの子もずっと心が楽になる。
と、いうわけで・・・。
「ニルス、行きましょうか」
「ステラ、よく似合っているよ。とっても綺麗だ」
「ん・・・ふふ、ありがとう」
ちゃんと言ってもらえた。
妹たちといたおかげね。
感情の波を抑えられている。これなら心配はなさそうだ。
「標的たちは見た?」
「・・・客と話をしていたな。顔を見ると吐き気がしたよ」
「落ち着いてね。ここじゃないところで二人きりでいましょう」
「そうだね・・・」
ここはダメみたいだ。
なら、会場を抜けて城内を歩くのもいいかもね。
「楽団は?」
「七曲目だ。まだ余裕があるよ」
今日は二十曲演奏する。
標的が動くのはいつも最後の曲の前くらいらしい。
夜会の終了間際、ゼメキスは毎回女の子を自分の部屋に連れて行く。
嫌がっても無理矢理に・・・。
決行はその時だから見張りの私にも余裕はある。
◆
「あら、あなたイザベラね」
「・・・」
会場を出て、お城の中を二人で歩いていると憶えている顔がいた。
そういえば騎士団に入ってたんだったな。
「スウェード家の長女でしょう?」
「・・・私を知っているのですか?」
「ティアナから聞いていない?あなたが戦ったのは私の騎士よ」
「聖女様・・・失礼いたしました」
イザベラは跪いた。
ティアナは私たちのことをちゃんと話したのね。
自分たちが誰に負けたのかも・・・。
「立ってていいわ。・・・決勝は見ていた?」
「はい・・・」
「ニール・ホープはどうだった?」
「・・・魅せられてしまいました」
スウェード家が男性に?
・・・母親が近くにいないからなのかな?
「そうなんだ。男性を蔑んでいるだけかと思っていたわ」
「たしかに・・・母上から対等だとは思うなと教えられてきました・・・蔑んでいる者もいます。それが男ではなくオスです・・・」
「オスじゃないのはどういう人?」
「尊敬できるものがある人間です・・・」
イザベラは真っ直ぐに私の目を見て教えてくれた。
なるほど、この子はスウェード家に染まりきっていない。
・・・思った通りだ。
「ニール・ホープは尊敬できるってことね?」
「剣を・・・教わりたいと思いました」
「・・・」
ニルスは特に反応しなかった。
イザベラは髪色が違うからか気付かないみたいね。
「だって、ニールさん」
「え・・・」
「あの時は変装してたのよ。この人がニール・ホープ」
「・・・」
ニルスは背中を向けた。
恥ずかしがっちゃって。
「話してあげたら?」
「・・・ティムも強い、あいつに教わればいいよ」
「・・・できるわけがありません。あの男がそれをするはずも無いと思います」
イザベラが俯いた。
つまりティムはオスじゃないってことよね。
「・・・そういうふうに考えてるんだ?」
ニルスが振り返った。
嫌悪感みたいなものは無さそうだ。
たぶん、今の答えに傲慢さが無かったからかな。
「・・・はい」
「・・・わかった。今、少しだけでいいなら教えよう」
「え・・・あ、ありがとうございます」
今からか・・・。
え・・・私との時間は?
「仕事中みたいだけど抜けられるの?」
「じきに交代です」
「二、ニルス?」
「ごめんステラ、体を動かしたい」
く・・・仕方ないか。いずれにしろ明日の夕方までは時間がある。
それに、今はそうさせてあげた方がいい。
「わかったわ、合図・・・忘れないでね」
「大丈夫だよ。終わったら君とずっと一緒にいる」
「ありがとう」
だからいいと思った。
なんにしても、ニルスが柔らかくなるのはお仕事が終わってからだろうし、こういう時はやりたいことをさせてあげましょう。
「あの・・・お二人とアリシア様は同じ髪の毛ですが、なにか関係があるのですか?」
「話せない」
「・・・失礼しました」
イザベラはしょんぼりしてしまった。
まあ、スウェード家には関係ないからね。
けど、冷たく言うことも無いと思うんだけどな。
「それと、今は剣を持っていないから貸してほしい」
「はい、交代が来たら修練場に行きましょう」
私はどうしようかな・・・。
そうだ、王の所に行って慰めてあげよう。
今回の暗殺を決断した・・・荒れているはず・・・。
◆
「・・・随分空けたわね。グラスが乾くのはいつになるのかしら」
王はたった一人でお酒を飲んでいた。
酒瓶が何本もあるけど、酔えないんだろうな・・・。
「ステラ様・・・」
「こんなに飲む人だったのね」
量だけ見ればミランダといい勝負だ。
合わせて飲めるのは、カザハナと軍団長さんくらいだった記憶がある。
「失礼・・・一人でいたいのです」
「あなた強いわね。私なら殺したことにしてどこかに隠すわ」
「・・・情はもちろんあります。しかし・・・それでは務まりません」
「まあ・・・大きすぎたからね」
それだけの責任がある。
だから優しいシリウスには務まらない。
そしてさせたくないから、候補である王子にはしなかったんだろう。
「第三王妃・・・悪いことを色々教えたのは彼女と聞いたわ。・・・関与もたくさんある」
「・・・カケラワシなら信用できます。・・・親子揃って、私に知られることは無いとみくびっていたのでしょう」
王は拳を握った。
ツキヨは、たとえ王妃であってもその存在は知らない。
王族だから好き勝手やっていいとでも思ったのかしら?
「ゼメキスは夜会に出席していた女性を泣かせてもいたようね。誰にも言えず泣き寝入り・・・今夜もそのつもりらしいけど」
「夜会だからと油断していました・・・もっと目を光らせておくべきだったと反省しています。・・・王族でありながら不幸な民を増やすなどあってはならない」
幸福な民あってこその世界、それを崩そうとする者は身内であっても容赦はしない・・・ツキヨを作った時に決めた掟だ。
これはずっと変わりないわね。
「・・・さきほど、久しぶりにシロの顔を見ました。可愛らしい女性を連れていましたね」
王が急に話を変えた。
一人でいたいって言ってたけど、私といた方が心を保てるんじゃないかな?
「シリウスは友達と再会できたわ。王子であることも明かしていたけど、許してよかったの?」
「友は信用できるからと・・・あの子が言うのなら間違いないでしょう」
「実際に見ればわかると思うよ。あなた、シロとしかお喋りしたこと無いでしょ?」
「・・・ルージュとは闘技大会で少し話しましたよ」
王が微笑んでくれた。
なら、もっと笑えるようにしてもいい。
「お酒、抜いてあげようか?子どもの友達に挨拶は必要よ。セレシュにも会いなさい」
「今日は・・・できません。ですが必ず会いましょう」
そこはダメなんだね。
「・・・会場に戻っていただいて大丈夫です」
「出ていけってこと?」
「・・・」
仕方ないな。
「最後に確認するけど、あなたがひと声かければツキヨは止まる。・・・全部受け入れているのね?」
「・・・特例ほど愚かなことはありませんよ」
「あら、身分の違う者を夜会に呼ぶのは特例じゃないの?」
「・・・ええ、特例ですよ」
王としてではなく父親としてか・・・それくらいならいいでしょう。
「あまり飲み過ぎないようにね。私もお手伝いがあるからそろそろ戻るわ」
私は少しだけ穏やかになった王に別れを告げて部屋を出た。
まあ、王がツキヨを止めても私とニルスは止まらないけどね。
悪い子はお仕置きと反省が必要だけど、悪すぎる子にはその機会も与えない・・・。
◆
「あれ・・・ヴィクター、シリウスとセレシュは?」
「庭園に出て行きました」
「二人で秘密の話をしてるんだと思いますよ」
ヴィクターとルージュは、お腹が減ったのか並んだ料理を食べ比べていた。
最初から付き人じゃなくて、こういう感じでいれば誰も声なんかかけてこないのに・・・。
「あなたたちもそっちに行けばいいんじゃない?」
「今はわたしたちが行ってはいけないと思います」
ルージュが上品に口元を拭いた。
・・・邪魔しないように?そういう意味じゃなかったんだけどな。
「まあいいわ。ヴィクター、しっかり守りなさい」
「はい」
もうルージュの騎士でいい気がする。
ヴィクターもそういうこと考えてそう。
さて・・・ゼメキス王子はどこに行ったのかしら。
◆
「ジェニー、ちょっと聞きたいことがあるの」
お酒を運んでいた友人を見つけた。
そんなに忙しそうじゃないし、引き留めても問題なさそうだ。
「ステラさん・・・ニルス君はどこにいるんですか?」
「少しだけ好きにさせてあげて。・・・三人の王子の顔が見たいの。みんなどこにいるか知ってる?」
ゼメキスだけを聞いたら怪しい。
明日になって事件が発覚したら勘繰られる可能性がある。
「ヴェルミュレオ様は、ご挨拶を済ませてとっくに自室に戻られました。ミルネツィオ様はあちらでご歓談中です。ゼメキス様は・・・庭園に出て行かれましたね」
「庭園・・・」
シリウスたちもそこにいるはず、大丈夫かな・・・。
「あんまり言いたくないですけど・・・わるーい顔してましたね。わたし・・・シリウス様のこともあるからあの人だけ嫌いです」
「もっと小さな声で言いなさい・・・」
「え・・・守ってくださいよ。ステラさんの方が権威は上じゃないですか」
「まあ・・・なにかあったら教えて」
まったく・・・。
「じゃあ、髪の白い男の子はいた?」
「シリウス様のお友達ですよね?あの子は一番高いとこに行こうって、女の子と出て行きましたよ」
「ありがとう」
シロも近くにいないのか・・・。
少し様子を見に行ってあげよう。
◆
庭園は淡い光で照らされていて、恋人が語らうにはいい雰囲気だ。
何組かの男女が笑い合い、見つめ合い、二人だけの時間を楽しんでいる。
中でうまくいった人たちなんだろうな。
ゼメキスはこういうのに興味は無いらしい。
おそらく、ここに来たのは奪うためだけ。
権力を利用して誰かの相手を連れて行く・・・それを楽しんでいるらしい。
「シリウス、その女性を兄にも紹介してくれないか?」
「・・・できません」
二人はもう出くわしていた。
「そんなことを言うなよ。とても美しいお嬢さんじゃないか」
「この場を・・・離れてください」
あーあ・・・なんでこうなるのかな。
というか、初めからセレシュを狙ってた?
ありえる・・・シリウスから奪うためだ。
・・・もう少し様子を見よう。
私は近くの茂みに隠れた。
「離れろ?兄に命令できるようになったんだな」
「これだけは譲れません。兄上、ボクたちにはかまわ・・・」
「シリウス!」
シリウスが殴られてしまった。
「忘れているなら思い出せ。・・・どちらが上か」
「く・・・」
シリウスは胸ぐらを掴まれている。
・・・やり返しなさいよ。
「乱暴なことはやめてください」
セレシュがゼメキスに詰め寄った。
これはよくないわね。
「やめてほしいですか・・・あなたが黙って付いてくるのならそうしましょう」
「・・・」
参ったな・・・相手にセレシュを選ぶとは思わなかった。
今出て行って止めてもいいものか・・・。
「・・・大丈夫だシリウス、部屋で少し話をするだけだ。ちゃんと返すさ」
とても邪悪な声が聞こえた。
話だけ?そんなはずないけど・・・これはシリウスが助けた方がいい。
「彼女は望んでいません。それに・・・あなたは信用できない」
「ならこの女に決めてもらおう。まあ、来なければ王族に逆らったことにしてやってもいいぞ。そうなると・・・家族はどうなるかな?」
「・・・」
「セレシュ、本気にしなくていい!兄上、諦めてくださ・・・」
シリウスがまた殴られた。
なにしてるのかしら・・・。
正直、ここでやり返さないシリウスにもイライラする。
「城に戻ってこれたからって勘違いしてるんじゃないのか?」
「やめてください!私・・・行きます」
セレシュがシリウスの前に出た。
あ・・・もう・・・。
「セレシュ!」
「お話だけ・・・ですね?」
「ええ、この男といるよりも楽しい時間になることを約束しましょう」
ゼメキスはセレシュの手を強引に引っ張った。
「痛い・・・」
「ははは、そうか痛いか」
「セレシュ・・・」
「大丈夫だシリウス、すぐに・・・返すさ」
どうせゼメキスは今夜までなんだから殴っても問題ないのに・・・。
「シリウス・・・この女はいい声で泣きそうだ。部屋の外で聞く分には許してやる」
「・・・」
「昔に戻ったみたいだな。お前はそれでいいんだよ」
ゼメキスはセレシュの手を引き連れ去っていった。
・・・作戦はセレシュでいくしかない。
私はニルスとセイラさんに合図を出した。
そして、シリウスはこのままではいけない。
◆
「シリウス、顔を上げなさい」
私は茂みから出て、立ち尽くしたままの王子に近付いた。
「ステラさん・・・見ていたのですか・・・」
泣きそうな顔して・・・想っている女の子なんだから守らなきゃダメだ。
「助けに行かないの?」
「兄上には逆らえません・・・」
「セレシュはどうなるの?まだ間に合う」
「・・・」
シリウスは拳を固く握って俯いた。
教えてあげないとダメね。
「例えばニルスやシロ、それとヴィクターなら触らせもしなかったと思うわ」
「この場で騒ぎを起こすことは・・・父上にも迷惑をかけます・・・」
ああそっか・・・手を出さなかったのはそういうわけね・・・。
優しい子、父親が疲れていることも知っているんだろう。
・・・でも、今回だけはセレシュを取らなければいけない。
全部捨ててでも守らなければいけない。
「ゼメキスは本当に話だけだと思ってる?」
「・・・」
「セレシュはそうじゃないって気付いているはずよ。じゃあ、なんで付いて行ったのかしらね」
「・・・」
シリウスを責めるつもりはない。
王族とかいう呪縛を解いてあげているだけだ。
「・・・ヴィクターとニルスは服の中に武器を仕込んでいるわ」
「え・・・持ち込んだのですか・・・」
「私やルージュが今みたいになったら、あの二人は迷わず相手を斬る。当たり前よね」
「当たり前・・・ボクが・・・」
ちょっと大袈裟だけど、それくらい強い気持ちを持ってほしい。
「ニルスに言えば貸してくれる。大切な女の子なら助けに行きなさい」
「・・・はい!」
シリウスは覚悟を決めた顔で駆け出した。
ここで行かなくてもセレシュはあなたを恨みはしない。
・・・だけど溝ができる。それはダメだ。
自分が危険な時に、立場がどうであろうと、相手が誰であろうと、助けに来てくれたという事実があればそれが信頼になる。
ニルスとセイラさんなら事情がわかればうまくやってくれるはずだからなにも心配はいらない。
それに・・・助けにいくのは、やっぱり王子様じゃないとね。




