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Our Story  作者: NeRix
地の章 第二部
22/481

第二十話 ルージュ【アリシア】

 『本当にすごいんだ』

『君の血が濃いんだろうね』

『ケルトにも似ているぞ』

『ふふ、元気ならそれだけでいい』

ケルトはニルスの成長を幸福な顔で聞いてくれる。

・・・思い出すだけで、私も同じような顔になりそうだ。


 『ニルス君は寂しい思いしてないよね?』

『大丈夫だ。むしろルルの所に行けると喜ばれたこともある』

この間もケルトの所に行ってニルスの話をしてきた。

その時に、あの子の将来も・・・。


 『ニルスは戦士になると言ってくれた。今の時点で、その辺の大人は軽く倒せるくらいだと思う』

『あはは、やっぱり君の血が濃い』

『あの子は、きっと私よりも強くなる。世界一にしてやるんだ』

『なんかかなり熱が入ってるみたいだけど、無理はさせないようにね』

ケルトにも今のニルスを見せてあげたい。

 もうすぐ十一歳だが、すでに私の走りに付いてこれるようになっている。

息も切らしていないから無理をしているわけでもなさそうだ。


 あの子は鍛えれば鍛えるほど強くなっていく。

だから教えるのが楽しくて仕方がない。

 誰かからなにか教わったらしく、本来なら苦しいはずの体勢からでも攻撃を繰り出してきて驚かされたこともあった。

 身のこなしはジーナさんが教えたのかとても軽い。だが放たれる一撃は重く、力も強いことがわかる。

 

 悔しいが、十五になる頃には私を超えているのでは・・・なんて思うほどだ。

あれならすぐにでも戦場に出れるだろうし、私の隊に入れても問題ないだろう。

 このまま成長すれば、私と同じように成人前で功労者になることだってできそうだ。


 早くニルスに栄光を・・・。

ケルトと私の願いはもうすぐ叶うだろう。

ふふ、早く一緒に戦場を駆ける日が来てほしい。


 

 「母さん・・・今日は何をするの?」

ニルスが暗い顔で話しかけてきた。

 ちょっとだけ気になっている。

なんだか無口な子に育ってしまっているような・・・。


 「具合でも悪いのか?」

「・・・悪くない。で、なにするの?」

「そうだな・・・まずは母さんに攻撃が当たるまで打ち込みだ」

「・・・わかった」

自分から話すことが少なくなっていた。

まるで赤ん坊の頃に戻ったみたいだ。


 ただ、あの頃とは違う。

顔を見ても気持ちがわからない、表情で伝えることもしなくなっていた。

 前はよく笑っていたんだけどな・・・。

いつからこうなったんだろう?


 『おやすみ・・・』

『ああ、おやすみニルス』

そういえば、最近は夕食が済むとすぐ部屋に閉じこもってしまう。

 ・・・なにも言えない私も悪いのかな?

だけど、あの状態のニルスと何を話せばいいかわからない・・・。

 

 あの子がいない時、部屋に入ってみたことがある。

一見おかしなところはなかったが、机の引き出しには鍵がかけられていた。

 力づくで開けることもできたが、それはたとえ親子であってもしてはいけないことだと思う。

 ・・・だが気になる。

ニルスはここに何をしまっているんだろう。そして、なぜ鍵までかけているんだろう・・・。


 『男はそういうもんだよ。なあ?』

『そうかもしれませんね』

ウォルターさんやスコットに相談をしてみたこともある。

二人もそういった経験があると言っていた。


 『反抗期なのもあるんじゃないですか?』

『反抗期・・・』

『色々口出しされると鬱陶しいって思うようになってるんだと思います』

孤児だった私にはよくわからないが、親が疎ましくなる時期があるらしい。

 『うるせーんだよ!とか言われるかもな』

『ニルスが・・・』

『けど、大人になるために必要なことだ。いつの間にか落ち着くから見守ってやれ』

『はい・・・』

自然と治るらしいからあまり心配はないと言われた。

でも・・・たまには笑顔も見たいな。



 鍛錬が終わって、二人で夕食を取った。

なにか話しかけたいが、突き放されたらやだな・・・。


 「母さん・・・最近前より食べなくなったけど、なにかあったの?」

ニルスから話しかけてくれた。

顔はいつも通り無表情だ。


 「そうだな・・・まだなんとも言えないんだ・・・」

ニルスに気付かれてしまった。

・・・誤魔化す必要もないか。

 「どういうこと?」

「・・・明日、医者に診てもらってくるよ」

「医者・・・病気なの?」

ニルスが心配そうに私を見てくれた。

 ・・・感情のある顔を見るのはいつぶりだろう。

そして、私を気遣ってくれていることがとても嬉しい。


 「明日にはわかるはずだ。でも、そんなに心配いらないよ」

なんとなくわかる。

経験したことがあるからだ・・・。



 「・・・また一緒に医者の所に行ってほしいんだ」

ニルスをアカデミーに送り出して、ルルの所に来た。

一人で行くのはちょっと不安だ。


 「医者・・・なに・・・どういうこと?」

「前と同じ・・・」

「え、まさか・・・二人目?」

ニルスの時と同じ感覚だった。

たぶん・・・いや、間違いない。



 「・・・ニルスにはなんて言う気?」

医者を出たところで、ルルが恐い顔をした。

なんて・・・正直に言うしかないだろうな。


 「弟か妹ができるって・・・」

命を授かっていた。

この子もケルトの種・・・。


 「そうじゃない。父親の話よ」

「父親・・・」

「誰なのって聞かれたらどうする気?」

ああそうか、一人じゃできない。


 「あんた寂しがりに会いに行くってしか教えてないんでしょ?あたしだって、それ以上のことはわからないってしか言えてないんだから・・・」

「ケルトのことは話せない。・・・勝手にできたって言うしかないな」

「は?・・・呆れた。・・・もし聞かれたら説明が難しいって言ってあたしの所に一度来なさい」

ルルは溜め息交じりだ。

 たしかに勝手にできたは無理があるか?

・・・聞かれたらルルに頼ることにしよう。



 べモンドさんに報告をしに来た。

前とは違って、今回は一人で・・・。


 「・・・いいことじゃないか」

「はい・・・」

「ニルスと同じくらい強い子を産むといい」

緊張しながら話したが、ニルスの時と同じくらい喜ばれた。


 「・・・わかっていると思うが、鍛錬はするなよ?」

「はい・・・」

でも・・・戦士はまた休まなければならない。



 「また男だといいな」「その髪の女の子も見てみたいですけどね」「隠れて無理な鍛錬すんじゃねーぞ」

他のみんなにも伝えると、祝福が返ってきた。


 「私たちは三人で一つなので、戻るまで戦場には出ずに鍛錬を積みます」

「そうですね、アリシア様が戻る頃にはもっと強くなっていますので」

ティララとスコットも喜んでくれている。


 「出たければ、誰かの隊に入れてもらってもいいんだぞ?」

「いえ、アリシア隊以外では本来の力が出せないと思いますので」

「私もそうです」

「そうか・・・ありがとう」

私にとってもそうだ。

 死線を乗り越えるたびに、私たちの呼吸は紡いだ糸のように一つになり、今ではもっと太い縄のようになっている。

 ここにニルスも加われば、もっと強靭なものになるはずだ。

・・・うん、あの子が成長したら四人で戦場を駆け巡ろう。



 報告も終わり、家に帰ってきた。


 「母さん・・・どうだったの?」

ニルスは外で待っていてくれた。

泣きそうな顔・・・いい子だ。


 「具合が悪いなら休んでて、夕食はオレが作る」

「ふふ、ニルス・・・。母さんは病気じゃないんだ」

早く教えてあげなければいけない。

 「お医者さんにはなんて言われたの?」

「お前に弟か妹ができる。・・・そう言われた」

「え・・・」

ニルスはより感情を出してくれた。

久しぶりに見る暖かい笑顔だ。


 「本当に?いつできるの?」

「来年だな。ニルスと同じ水に月になるかもしれない」

「わあ・・・男の子?女の子?あ・・・教えてくれないんだよね?」

「そうだぞ、だから産まれるまで楽しみにしているといい」

ニルスがはしゃぐ様子を見て安心した。

私に隠し事があったとしても些細なことなんだろうな。


 「だが、すまないニルス。産まれるまで、今までと同じような鍛錬はできなくなるんだ」

「一人でやるから大丈夫、母さんは無理しないで。うーん・・・どっちだろうな」

ちゃんと嬉しい時にこうなるなら問題ない。

反抗期と聞いてから構えていたが、もう大丈夫そうだ。



 「母さんは休んでていいよ。掃除も洗濯もオレがやる」

ニルスは、今まで以上に進んで家のことをするようになった。

 

 「お医者さんはなんて言ってたの?」

「順調だと言っていた」

「よかった・・・」

普段は相変わらず静かだが、お腹の赤ん坊の話をするときだけは明るくなる。

私よりも楽しみにしていそうだ。

 

 「だから母さんも家のことをやるよ」

「しなくていい」

「少しは動かなければいけないんだが・・・」

「負担は減らしてあげてってルルさんに言われてるんだ」

ダメらしい・・・。

まあ、こういうのも悪くないな。



 「おいアリシア、もう俺のこと種無しとか呼ぶんじゃねーぞ」

私の腹がとても大きくなった頃、ウォルターさんが気持ち悪いくらいの笑顔で家に来てくれた。

どうやらこの人も、エイミィさんとの間に命を授かったらしい。


 「一度も呼んだことはありません・・・」

「そうだったか?まあいいや、お前来月だろ?」

「そうですね。医者からは風の月だと言われていましたので・・・」

お腹の子はもうすぐ出てきてくれる。


 『誕生日はなにが食べたい?』

でもニルスのことも気にかけるようにはしていた。

 『そんなの気にしなくていい。自分のお腹だけ心配して』

『なにか欲しいものはあるか?』

『弟か妹・・・』

今月誕生日だったから祝おうと思ったが、自分はいらないと言われてしまった。

まあ、ルルも呼んでごちそうは作ったけど・・・。


 せめて同じ月に産んでやりたかったが、こればかりは仕方がない。

だが、欲しいと言っていた弟か妹は必ずできるよ。


 「おいニルス、うちにも子どもができたんだ」

ウォルターさんはニルスにも嬉しそうに声をかけた。

 「聞こえてた。よかったね」

「嬉しいよな?」

「うん」

最近のニルスはずっと笑顔で、自分が使っていた乳母車を毎日磨いている。


 「お前とひと月違いだな」

「いつでもいいんだ」

「だよな。・・・ほら、誕生日のお祝いだ。十二歳になったんだよな?」

ウォルターさんが袋を取り出した。

 「貰って・・・いいの」

「遠慮すんなよ。お前、最近帽子好きらしいから買ってきた」

「あ・・・ありがとうございます」

なんか・・・負けた気がする。

たしかに、出かける時は帽子を被るようになっていたからな・・・。


 「ニルスは弟と妹、どっちだと嬉しいんだ?」

「どっちでも嬉しい。ウォルターさんは息子と娘、どっちがいいの?」

「どっちでも嬉しい」

「そうだよね」

私は・・・女の子がいいと思っている。

そうすれば、ケルトの好きな物語の兄妹と一緒にできるからな・・・。


 「うちの子はたぶん想の月だ。来年になっちまうけど、お前の子と同い年になるな」

「そうなりますね。でも・・・東区と中央区なので、一緒のアカデミーには行けませんね」

「別に仲良くするのはいいだろ?ニルスも一緒に遊んでやってくれ」

「うん、いいよ」

私は自分の腹をさすった。

女の子であってくれ・・・。



 「じゃあな、俺はしばらくお前らに構ってる余裕がなくなる」

「それでいいと思います」

「またな。他にも報告しないといけないんだ」

ウォルターさんは笑顔のまま帰っていった。

報告というか・・・自慢しに行くんだろうな。


 「ウォルターさんの子と友達になれるといいね」

ニルスがお腹の子に話しかけた。

 友達か・・・。

そういえばこの子にはいるのだろうか?

まあ、優しいからたくさんいそうだ。



 風の月になった。

そして、予定通りに二人目の子・・・娘が生まれた。


 名前は・・・ルージュ。

本当に物語の兄妹と同じにすることができた。



 三人での生活が始まった。

ニルスは妹をとても大切にしている。


 「母さん、もっとおっぱいあげて」

初めての妹、兄としての心が芽生えたんだろう。

 ルージュが夜中に泣き出すと、私よりも先に起きて静かになるまであやしてくれる。


 「ルージュはもう飲めない。無理をさせてはかわいそうだ」

「早く大きくなってほしい・・・。お喋りしてあげたいんだ」

「ニルスは遅かったんだぞ」

ニルスが喋るようになったのは、三つになるかどうかの時だった。

 他の子と比べてかなり遅いと言われていたが、私は全然気にしていなかったな・・・。


 『あんたバカじゃないの。初めて喋った言葉があたしの名前になってもいいわけ?』

だけど、心配したルルが毎日来て話しかけてくれていた。

 ルージュはニルスがいつも話しかけたり、本を読んであげたりしているから大丈夫そうだ。


 「ニルスはとても静かな赤ん坊だった。ルージュと違って、よっぽどでないと泣かなかったんだぞ」

「そうなんだ・・・」

ニルスの顔が曇った。

自分の話は嫌なのだろうか?・・・変えてやろう。


 「ニルスがいれば次の戦場は無理でも、その次は出れそうだ。助かってるよ」

「・・・次に出てもいいよ」

「ニルス・・・」

「母さんが出なかったから負けたんじゃないの・・・」

そう、私が出なかった戦場は敗北していた。

 だから本当は次から復帰したいと思ってはいる。

あと二十日も無いが、今から言えば私の隊ならねじ込んでくれるはずだ。


 「ルージュにはオレが付いてる。出れるなら出てもいいよ。・・・ルージュもそう思う?」

「・・・」

「まだ・・・返事は無理か」

恥ずかしいが、ルージュは私よりもニルスに抱かれている方が落ち着いている気がする。

それなら・・・。


 「本当にいいなら、明日べモンドさんに話してみるよ。立派な兄が付いているから大丈夫だとな」

「任せてくれていいよ。ルージュはオレが守るから」

頼もしいことを言ってくれる。

ご褒美に、今日はニルスが好きなシチューを作ってやろう。


 二人の兄妹はとても仲がいい。

ケルトもいたらもっとよかっただろうな。

でも・・・。



 「そうなんだ・・・どっちでもいいけど」 

夕食を出す前に、ニルスに話をした。

勝手だけど・・・こうするしかない。


 「寂しがりなんじゃなかったの?」

「別な友達もいるらしいから大丈夫だ」

「そう・・・でも行きたかったらそうしていいよ」

「いや、もう家を空けたりしない」

ケルトの所には、しばらく行かないことに決めた。


 ケルト、あなたはニルスのために精霊鉱を迷わず使った。

ルージュの存在を知ったら「共に暮らせないからせめて・・・」と同じことをする気がする。

 会ってしまえば、隠そうとしても必ず話さなければいけなくなる。

私の様子がおかしいことはすぐに気付かれて、問い詰められてしまうからな・・・。


 私はケルトを失いたくない。

だから・・・せめてこの二人が立派な大人になるまでは、会わない方がいいだろう。

 でも、子どもたちは任せてくれ。

きっと幸福にしてみせよう。

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