第二百一話 隠し子【ニルス】
一回戦の前から決めていたこと・・・だからこれは仕方ないんだ。
ティムは本当に疲れたらしいからな。
別に大会に出たかったわけじゃない。
三人の修行を見て、ほんの少し羨ましかっただけ・・・。
試合を見て、自分もちょっとだけ動きたかっただけ・・・。
・・・それに果実は今日使ってもまだ三つある。
風神隊の目標は優勝・・・これはそのために必要だったんだ。
◆
「うわあ・・・なにその笑顔・・・」
ミランダが苦笑いを浮かべた。
そりゃ・・・。
「元の姿だ。嬉しくて当たり前だろ」
「着替えまで用意しちゃってさ。・・・ステラでしょ?」
「ふふ、ニルスが朝からうるさかったのよ。一応、一応って」
いつもはみんなを見上げていたけど、やっぱりこの視点がいい。
ふた月振りか・・・いい気分だ。
「あんた戦いたかっただけでしょ?すぐ果実取り出したもんね」
「違う、最初に決めてたんだ。疲れたと辛い、これを言ったら交代の決まりだった。だから仕方ないだろ」
「・・・あとで困っても知らないからね」
「大丈夫だよ。まだ三つもある」
それに頼れる仲間たちがいる。
きっとなんとかなるさ。
「まあまあ・・・ニルス、あの・・・」
ステラがかわいくはにかんだ。
「わかってるよ」
オレはステラを抱きしめた。
できれば、毎日こうしたい・・・。
「そう・・・正解」
「明日のこの時間までだ。なるべく一緒にいるよ」
「うん」
問題無い、思い通りに動けそうだ。
「あの・・・ニルス様」
オレの袖が引っ張られた。
ルージュ・・・この子も欲しいみたいだ。
「よく頑張ったね。決勝は休んでてもいいよ」
「いけます」
「無理するなよ?」
この子への抱っこはステラへのものとは違う。
・・・うん、妹の抱き方もちゃんと憶えている。
「おい、すぐ動けんのか?」
ティムが薄ら笑いで頬杖を付いた。
「平気だよ」
そうだ、こいつ・・・。
「なに?・・・いって・・・なにすんだよ」
「元に戻ったら憶えておけって言っただろ?」
ティムの頬を叩いた。
「ルージュと同じ痛みを味わえ」
「・・・気持ちわりー」
ティムはニヤニヤをやめなかった。
・・・緩みきった顔しやがって、お前の方が気持ちわるい。
「ねえねえニルス・・・」
ミランダの媚びた声が聞こえた。
久しぶりだ・・・何年ぶりだろ?
「あ、た、し、も」
「そのつもりだったよ」
たまにこうしたくなる・・・。
「うーん・・・いい感じだよニルスくん」
柔らかい・・・たしかにいい感じだ。
◆
「やはりこの人たちは別格!!!元戦士の実力はまだまだ健在です!!」
訓練場が揺れるくらいの歓声が聞こえた。
やっぱりそうか・・・。
決勝はべモンドさんたち・・・斬り崩してやろう。
「その姿だと雰囲気が違いますね。戦士最強・・・わかる気がします」
エリィさんがティムの横で微笑んだ。
そういえば、この姿を見せるのは初めてだったな。
「勝手に呼ばれているだけですよ。それに、雷神の方が強いと思います」
「ふふ、ティムさんはあなただと教えてくれましたよ」
「エリィ、余計なこと言うな」
「はい。・・・ニルスさん、ティムさんは素直ではありませんので」
エリィさんの声が小さくなった。
まあ、知ってるけど・・・。
「お前が出て負けたら恥だな」
ティムが置いてあったお菓子を食べた。
本当に素直じゃないな。
でも、ティムのおかげで元に戻れた。
だから感謝してるよ・・・。
「あ、そうだ・・・オレもアリシアと一緒で賞金はいらない。三人で分けていいよ」
オレはステラの横に座った。
まだ時間はあるみたいだし、緩い話がしたい。
「四人で分けた方がいいのでは・・・」
ヴィクターが不安そうな顔をした。
「そうですよ」
ルージュもか・・・。
「オレは補欠だから気にしなくていいよ。そうだな・・・ティムはひと試合しかやってないから二百、ルージュとヴィクターで四百ずつ」
「俺はそれでいーよ」
ティムは文句無いみたいだ。
「四百・・・そんな大金持ったことないのですが・・・」
「俺も・・・あんまり想像つきません・・・」
「持ってみりゃいーんだよ。決まりだ」
「そうだな。持ってみればいい」
あって困るものじゃない。
将来のために取っておいてもいいだろう。
「うーん・・・お祭りで頑張っても無理だなあ・・・」
「そうだよな・・・新しい肌着と砥石と・・・」
ルージュとヴィクターは真剣な顔で考え出した。
・・・一日でどうにかする気なのか?
「まあ・・・好きに使うといい」
「そうそう、あたしは今日で八百万貰えるしー」
ミランダが不気味な笑顔で二人を見た。
・・・恐い。
「戦ってないのに・・・」
「ほとんどずるしてるのに・・・」
「おだまり」
八倍・・・騙してるみたいでちょっと気になる。
オレの素性もわかっていたら、倍率はどれくらいになったんだろう?
・・・ていうか、優勝前提で話しちゃってるけど・・・どうなるかな。
◆
「風神隊の準備はできていますか?」
運営の人が入ってきた。
いよいよか・・・。
「はい、できています。あの・・・ティム・ラミナがニール・ホープと交代します」
「承知しました。では移動をお願いします」
「はい」
オレは靴を鳴らして立ち上がった。
・・・うん、いつでもいける。
「・・・ニルス、あなたの剣よ」
ステラが耳元で囁き、栄光の剣を渡してくれた。
ルージュが勘付かないようにか。
「・・・いい感じだな」
父さん、あんまり使ってやれなくてごめん。
でも今日はおもいきり振るから・・・一緒に戦おう。
「あ・・・そういえば、その剣って壊れていたのでは・・・」
ルージュが不思議そうな顔で栄光の剣を見つめた。
そういや前は包帯巻いてたっけ・・・。
「・・・女神が直してくれたんじゃないかな」
ステラがルージュの頭を撫でた。
「そうなんですね・・・壊れるから触っちゃダメって言われてたんです」
「もう大丈夫よ」
嘘つかせてごめん・・・。
「あ、それとね・・・一応あなたにも黒髪を買ってあるの」
「そうだな・・・念のため隠すか」
ルージュと同じ黒髪・・・まあ兄妹だし、一緒の方がいい。
「ふふ、雰囲気変わるわね」
「ありがとう。ルージュ、ヴィクター、行くよ」
「はい!」「行きましょう!」
ここから少しずつ心を冷やしていこう。
「なあルージュ、俺たち全員ホープだな」
「あ、そうだね。決勝は家族で出場ってみんなに思われちゃう」
「なんかスコットさんたちの言ってることわかったんだ。ニルスさんの背中を見てると安心感がある」
「ふっふーん、でしょー」
気の抜けた弟妹だ・・・。
準決勝のピリついた感じはどうしたんだよ。
◆
入場口に着いた。
あとは「出て来い」を待つだけだ。
「すぐ下で見ててやるよ。情けねー戦いだったら殴るからな」
ティムも少し遅れて来てくれた。
・・・椅子まで持ってきてる。
「お前はどんな戦いでも文句言ってきそうだ」
「しねーよ。・・・勝つまで戻ってくんなよ?」
目の前に拳を出された。
仕方ないな・・・合わせてやろう。
こういうの友達っぽいな・・・。
「おいヴィクター、すぐ下に椅子もってっとけ。お前らが上がったら行くからさ」
「あ・・・わかりました」
「ティムさんは一番いい席で見るんですね」
「そうだな・・・」
友達を見守ってくれるってことか・・・。
「みなさんが待ちに待った決勝戦です!勝つのはやはり元戦士たちか!!それともこれからを担う若者たちか!!さあ、闘技盤に上がって来てください!!」
待っていた合図が聞こえた。
あーあ、始まるな。見られるの・・・あんまり好きじゃないんだけど・・・。
「行きましょうニルス様」
「一番前歩いてくださいね」
「え・・・ああ・・・そうだね・・・」
三人で歩き出した。
戦えば気にならないか・・・。
「誰だあれ・・・」「ティムはどうしたよ!!」「めちゃくちゃいい男じゃん」「なんで交代してんだ?」「たしか補欠でもう一人いたはずだ」
入場口を出たと同時に観客たちがざわめきだした。
・・・こういうのが嫌なんだよね。
「こちらから説明させていただきます。ティムは決勝には出ません。交代で出てきたのはニール・ホープという男です。過去に出場歴はありません。ですが・・・決勝まで温存していたということは、かなり期待できるのではないでしょうか」
観客全員がオレを見ている気がする。
紹介なんてするなよ・・・こんなの耐えられるか・・・。
◆
闘技盤に向こうの三人も出てきた。
べモンドさんとウォルターさんは、まだいけるのはわかるけど・・・ジーナさんはよく出てくれたな。
「あ・・・無理、私やんないから」
「待て・・・わがままを言うな」
「はあ?ニルスは出ないって言ってたじゃん!あれ見なよ、出てんじゃん!!」
べモンドさんとジーナさんが揉め始めた。
オレがいるかららしい・・・
「俺もティムのつもりだったんだけどな・・・ニルスがいるならやりたくない。そこまで作ってきてねーし」
「ウォルター・・・突撃隊最強はどうした?」
「戦士最強がそこにいる・・・」
オレたちが目の前に並んでもやめる気配が無い・・・。
今さら・・・。
「あの・・・早く開始位置についてください」
運営の人が駆け込んできた。
オレたちは関係ない・・・。
「どうしたんですか・・観客のみなさんが楽しみにしていますので・・・」
「しーらない、私始まったら落ちるから」
ジーナさんは戦わないみたいだ。
こっちとしては一人減るからそれでいい。
「ニルス・・・今夜遊びに来てもいいのよ?」
ジーナさんがオレの腰に腕を絡ませてきた。
今夜・・・。
「遠慮しておきます・・・」
「そう・・・じゃあ、あなたは?」
「え・・・」
ヴィクターは迫られて固まった。
そういや初対面だったな。
「ジーナさん、今夜は一緒にルルさんの所に行きましょう。ヴィクターも来ますよ」
ルージュがヴィクターの隣に立った。
「ん・・・ああ、なんだルージュのか・・・」
「え・・・」
「じゃあ、あとで酒場ねー」
ジーナさんは妖しく微笑んで、ティムに近付いた。
なんでそっちに・・・。
「出ないの?」
「ああ・・・疲れたからな」
ティムはヴィクターが置いた椅子に座ってふんぞり返っていた。
しっかり見ててほしい。
「ねえねえ、エディが寂しがってるよ。もっと遊びに来て」
「うるせー!誰が行くかよ!」
「エリィと一緒でもいいのよ?そしたらエディはもっと喜ぶ」
「なおさら行かねー、あの変態にも言っとけ!」
なんだあいつ・・・元気じゃないか。
まあ、今からかわってはやれないけどな。
「あの・・・やるんですよね?」
とりあえず一人いなくなった。
残りはどうするか。
「もちろんだ。ウォルター・・・」
「俺もやめとく。構わないだろ?」
「バカどもが・・・」
もう戦場は無い、だから命令に従わない無礼も許されるってことか。
けどウォルターさんも抜けるとなると三対一・・・ちょっとずるい気もする。
「ルージュ、ヴィクター。二人も始まったら抜けていいよ」
「え・・・」「でも・・・」
「修行は準決勝までってことにしよう。疲れただろ?休んでていい」
「・・・」「・・・」
え・・・ダメなの?
「なんだよ・・・祭りなんだからいいだろ」
「・・・」「・・・」
「師匠がどんな戦い方をするか見る・・・これも修行だ」
「はい・・・」「わかりました・・・」
まったく・・・。
・・・べモンドさんとは一度戦ってみたかった。
やるなら一騎打ちの方がいい。
「あの・・・とりあえず全員棄権は無いんですね?」
運営の人はかなり不安な顔になっていた。
「・・・はい、三対三ではなくなりますが」
「・・・戦い無しで決着よりはいいです。・・・では両者、開始位置についてください」
「はい・・・」
鼓動が高鳴ってきた。
このまま・・・このままで・・・。
◆
あとは開始の鐘を待つだけだ。
どう攻めようかな・・・。
「ニルスさん、父上はあの人を鬼神と言っていました」
ヴィクターが心配そうな顔をした。
それくらいじゃないとつまんないだろ。
「ふーん・・・アリシアもあの人は強いって言ってたよ」
「ニルス様・・・楽しそうですね・・・」
「そうだよ、楽しみなんだ。力試し・・・」
「決勝戦・・・開始です!!」
始まりを告げる鐘が打ち鳴らされた。
行くか・・・。
「落ちていい、向こうの二人はもう下だよ」
「はい!」「頑張ってください!」
二人が着地した音と共に、オレの足はべモンドさんへと駆けた。
「おおーー!!!凪の月なのに一騎打ちだ!!お互い大将同士がぶつかるようです!!」
うるさいな・・・。
「なんだ、本当に一人か・・・」
「かわいそうだと思ったので!!」
残り一歩の距離、踏み込みから溜めた力を剣に伝えて斬り払った。
まずはどの程度か・・・簡単に負けないでくれよ!
「さすがです・・・」
「遅くなってないか?ニルス・・・」
べモンドさんは、オレの一撃を片手で軽々と弾き返してくれた。
自分と同じ大きさの剣・・・すごい力だ。
「あはは・・・やりますね」
「いつまで遊ぶつもりだ?」
「もうやめますよ」
一度後ろに跳び、おもいきり地面を蹴った。
いい・・・もっと・・・やっていいんだな!
「そうだ、その速さは少しだけ憶えがあるぞ」
「まだ全力じゃありません」
「・・・だからこうなるんだ」
また止められた・・・でもその力貰います。
弾かれた体を回転させて、さっきよりも勢いを付けた斬り払い・・・対応できるか?
「なんだ・・・早く全力で来い!」
これも弾かれた。
まだ現役なんだな・・・。
「やば・・・」
「終わりか?」
体勢を立て直す前に大剣が振り下ろされた。
殺す気かよ・・・。
「ふー・・・」
かろうじて避けられた。
一瞬前にオレがいた場所に、大きな剣が飲み込まれている。
意外と速いじゃん・・・。
「まだだぞニルス!」
べモンドさんは剣を引き抜くと同時に斬り上げてきた。
あ・・・さすがに食らう・・・剣を出さない・・・と・・・。
オレの体が宙を舞った。
栄光の剣はもちろん無事だけど腕が痺れる・・・。
カザハナさんよりも当たり強いな。痛い・・・。
「小手調べはいらないぞニルス」
「・・・観客を喜ばせないといけないと思って」
「本気でやった方が喜ぶさ」
べモンドさんが両手で剣を持った。
「本気でやっていいのか考えていました」
「・・・俺が何年軍団長を務めてきたと思ってるんだ?舐めるなよ小僧!!!」
「俺」か・・・。
忘れていた感覚が蘇ってきた。
この人もアリシアと同じ・・・何したってよさそうだ。
心を冷やして、体は熱く・・・すぐにできなくなってるな。
でも、もう大丈夫そうだ。
「その目だ。やっと戻ってきたな・・・風神」
べモンドさんの口元が持ち上がった。
「戻った」とか言われてもな・・・。
「風神・・・オレは一度も認めていません」
「称号はそういうものだ。勝手に呼ばれるのさ」
「・・・雷神の隠し子とか?」
「今までを考えると、隠し子はお前だな」
ああ・・・たしかにそうかも。
「早く明かせるといいな」
「もうすぐです。・・・来ないんですか?」
「ふ・・・お前が動くんだ。俺は迎え撃つのさ」
「そうですか・・・」
じゃあ、ちょっとだけ距離を取るか。
高鳴る胸、心臓の音・・・。
嫌なこと、面倒なこと・・・。
今だけ・・・全部忘れたいな。
感情を・・・解き放つ。
◆
「まばたきしないでくださいね」
全力で動くと音が消えた。
勢いをすべて乗せられる間合い、ここから手は抜かない。
「躱してみせてください!!」
十歩くらいの距離なら一歩で詰められる。
どの体勢からでも反撃できるように鍛えた。近距離での打ち合いならオレが勝つ!
「なにもできずに終わりますよ!!」
栄光の剣は隙間を縫い、鬼神の腕や脚に吸い込まれ、赤いしぶきが舞った。
・・・血の匂いも気にならなくなってるな。
「心配するな、そんなものでは倒れん!」
べモンドさんは、斬撃をものともせずに剣を振り上げた。
・・・待っていた瞬間だ。
オレは脚の全部に気持ちと気合いを込めて、場外までぶっ飛ばす勢いで蹴った。
「ゴホッ・・・」
鬼神は血を吐きながらもその場で耐えてくれた。
嘘だろ・・・踏みとどまったのかよ・・・。
「思えば・・・受けるのは初めてだ・・・ぐ・・・」
血を吐いてる・・・。
「・・・効いてはいるんですね」
内臓を潰せたみたいだ。
あと一発同じのを・・・打ちこませてくれるかな?
「・・・このくらいなら何度も経験がある。若造とは胆力が違うんだ」
より強くなった感じがした。
軍団長じゃなくて、冒険者だった頃のべモンドさん。
敵意を向けられると鳥肌が立つくらいの威圧感だ。
「あれ・・・迎え撃つんじゃ・・・」
「堅いこと言うなよ」
目の前に大剣が迫っている。
受け止めるのは無理、それに流しても骨が軋みそうだ。
・・・躱すしかない。
振り下ろされた剣に対しては後ろに・・・ほとんどそうしてきた。
「そうするよな・・・」
下がった瞬間、目の前にべモンドさんの手の平が見えた。
癖を見抜かれてたか・・・。
大きな手が顔に被さると世界が回り、オレの頭が盤上に叩きつけられた。
あーあ・・・。
「ニールが沈んだーーー!!!」
嵐のような歓声が上がっている。
・・・音が戻ってきちゃった。
「ニルス様!」
妹の心配そうな声・・・。
大丈夫、これくらいでやられるかよ・・・。
咄嗟に頭を左手で庇っていた。
こうしなきゃ割られてたな・・・。
「いい気分だろニルス?」
「まあ・・・そうですね」
「動けるよな?簡単に死なないのは知ってるぞ」
剣が振り下ろされる。
休ませてくれないんだ・・・容赦ないな。
オレは急いで体を反転させて剣を躱した。
もう、倒れてやんない・・・。
◆
「ニールの猛攻だーー!!先ほどのはまったく効いていないのか!!」
休まず攻め続けることにした。
周りの音・・・邪魔だな。
早く消さないと・・・。
首への突き、止められたら蹴り、追撃で払い。
向こうが構えたら高く跳び、先に武器を弾く。
地面に戻ったら即踏み込んで三段突き。
守りに入られたら背中へ回り、斬り込む。
・・・いいぞ、なんだってできそうだ。
出せるものは全部出す、勝てなくても昂ればいい。
「軽いぞニルス!もっと来い!!」
べモンドさんの大きな体がぶつかってきた。
ついでに腹への重い拳・・・潰れたな。
「悪いですけど・・・まだ止まる気はありませんよ!」
「やってみろ、二度と気は抜くな!」
この人・・・見えないから全部受けて隙を見つける気だ。
それでも倒れないからオレもどんどん昂る。
そして・・・もっと速く動ける!
「あいつ、なんなんだ・・・」「まるで風・・・突風だ」「あれってさ、風神って人じゃないの?」
音、まだ消えてくれないか・・・逆にいい状態なのかな?
ていうか誰だよ、噂流した奴は・・・。
「風神?」「雷神より強かったって奴か!」「あれって作り話じゃねーのかよ」「いやいや、風神隊ってそういうことだろ!」「あたしは最初っからそんな気がしてたよ」「間違いなくね?あの軍団長を圧倒してんだぜ!」
・・・圧倒?できてたらとっくに終わってるよ。
◆
「はあ・・・はあ・・・」
オレは距離を取った。
さすがに苦しい・・・。
「ふふ・・・強いなニルス」
べモンドさんが微笑んだ。
強いか・・・
「そうでなきゃ・・・今はなかった」
「・・・そうだな、感謝してるよ」
鬼神の気迫が薄れている。
出血、痛み、疲労・・・体が悲鳴を上げてるんだな。
じゃあ・・・オレの勝ちだ。
「・・・夜は酒場に来ますか?」
「当然だ。・・・久しぶりに話そうか。思い返すと戦場に出させたこと・・・ちゃんと謝っていなかった」
「・・・いりません。あなたが止めていたら仲間たちと逢えなかった。あれで間違っていなかったんです」
「そうか・・・ありがとうニルス」
最後に全身全霊で蹴った。
今度は・・・場外まで行ってくれたな。
「ただ・・・最初はアリシアに負けないで、死守隊にしてほしかったです」
文句があるとすればこれくらいだ・・・。
「決着がつきました!!!!今回の優勝は・・・風神隊だーーー!!!!」
観客たちが大地を揺らすように足踏みし、豪雨のような歓声が起こった。
あーあ・・・疲れたな。
「アリシア隊との戦いも見せてくれよ!!」「その前に殖の月も出ろ!!」「雷神と戦えー!!」
勝手なことばっか言ってくれる・・・。
そうなるように今動いてるんだよ。
「ニールさんこっち向いてー!」「今夜抱いてー!」「家まで追いかけますよー!」
・・・やだ。
◆
「風神隊は全員上がってください」
オレの治癒が終わると、進行の男がルージュ、ヴィクター、ティムを盤上に促した。
風神隊・・・四人で優勝したからな。
「表彰式は静かになるまで始めませんからね!全員口を閉じてください!」
進行の男が客を脅した。
やっぱりこういうの苦手だな・・・。
「ニルス様!」
妹が駆け寄ってきた。
とびきりの笑顔だ。
「な、なんと言っていいかわかりませんが・・・」
「じゃあ言わなくていいよ」
「む・・・カッコよかったです」
やば・・・顔が緩みそうだ・・・。
「ほら、ヴィクターも」
「あ・・・ニルスさん・・・素晴らしかったです。俺、もっと励みます!」
「ありがとう。そんなに力を入れなくていいよ」
「・・・いえ、あなたやティムさんに早く近付きたいので」
早くか・・・何年かかるかな。
まあ、折れずに積み重ねればいいだけだ。
「けっこうかかったな」
ティムが緩んだ顔で拳を出してきた。
・・・友達だからだよな。
「観客を盛り上げてやったんだよ」
「あーずるい、わたしもそれやりたいです」
「俺もお願いします」
「うるせーガキどもだ・・・」
四人で拳をぶつけ合った。
風神隊・・・楽しかったな。
◆
「静かになりましたね。では恒例ですが、私ヘインと皆さんとのお約束の時間です」
口を開く人がいなくなったところで、進行が観客に語り掛けた。
あの人ヘインって言うのか・・・普段はなにしてんだろ?
「いいですか皆さん、出ている闘士たちは全員大バカ者です!」
なんだこれ・・・。
「闘士たちは常人とは覚悟が違います!そして気が狂うほどの鍛錬を積んでいます!だからあれだけ斬られても、腹を貫かれようとも生きているのです!常識をお持ちのみなさんは真似をしないでください!街の中で他人に武器を向けたり、決闘を申し込んだりは絶対にしてはいけませんからね!」
毎年こんなことを言ってるのか。
・・・やる奴がいるからなんだろうな。
「では、王の準備ができたようなので表彰式に入らせていただきます!」
これで終わりだ。
早く酒場でみんなと話したい・・・。
◆
「素晴らしい戦いであった。雷神はいなかったが、大いに盛り上げてくれたこと・・・感謝するぞ」
王がオレたちの真正面に立った。
見ない間に少し老けた・・・色々大変なんだろうな。
「では、一人ずつ勲章を授けよう」
王がヴィクターの前に立った。
「・・・父君は元気か?」
「あ・・・はい・・・」
「酒を飲む約束をしていた。そなたも交えてにしたい」
「・・・伝えてはおきます」
ヴィクターの胸に勲章が付けられた。
カザハナさんは憶えてるのかな?
「・・・そなたには感謝している」
次はルージュ・・・。
「わ、わたし・・・王様とお会いするのは・・・」
「話すのも初めてだ」
「そうですよね・・・」
「だが、感謝している。ありがとう」
ルージュの胸にも勲章が付けられた。
・・・シリウスのことか。
「今日は楽しかったか?」
「別に・・・」
ティムは王相手でも態度を変えないらしい。
「女性に抱きしめられていたが・・・恋人か?」
「関係ねーだろ・・・」
「私はそなたの幸福を願っている。・・・それなのに功労者を蹴ったな」
王の声が低くなった。
受けてほしかったらしい。
「俺はそれでよかったと思ってる」
「優勝賞金は蹴るなよ?自分の幸福と、愛する恋人のために使え」
「・・・次行け。税払わねーぞ」
失礼な奴・・・。
「・・・ニルス、久方ぶりだ」
王がオレの顔を覗き込んできた。
さすがに髪色だけじゃ隠せないか。
ていうか、ルージュにも気付いてたな。
「・・・よくオレだとわかりましたね」
「私に刃を向けたのは、そなただけだからな」
根に持ってるのか・・・謝っただろ。
「解決を急ごう。アリシアも出ればもっと盛り上がるだろう」
「ありがとうございます」
王がオレたちに背中を向けた。
「四人に勲章が付けられました!もう一度風神隊を讃えましょう!!」
大雨みたいな拍手が起こった。
「では・・・また会おう」
王が離れていく。
んー・・・なにか話すことがあったような気がする・・・。
『・・・ずっと遠くだけど、人間が森の木をたくさん伐って運んでるんだって。それでここに流れてきたのもいっぱいいるんだ』
あ・・・神鳥の森だ。
・・・今度ステラに頼んで連れてってもらおう。
◆
「それでは閉会となります!最後にニール・ホープさんからなにか一言いただきましょう。お静かにお願いしまーす!」
もう終わると思った時、ヘインがオレを指さしてきた。
いや・・・オレじゃなくても・・・。
「では、魔法をかけますね」
運営の人が近付いてきた。
「ちょ・・・あの・・・閉会の挨拶とかなら王にやってもらった方が・・・」
「王はあまり出しゃばりたくないと、初回以降は挨拶を控えています」
知るかよ・・・。
「では・・・」
「待て・・・ティムの方が・・・」
「俺はもう声出ねー」
「ふざけるな、風と気の魔法だ。少しの声でひび・・・」
ティムが逃げた。
友達じゃないのかよ・・・。
「・・・」「・・・」
ルージュとヴィクターはティムに付いて行った。
オレ一人・・・。
「よろしくお願いしますね」
魔法をかけられた。
ここから先、オレの声がみんなに届く・・・。
なにか伝えること・・・。
「・・・雷神を見に来た人はどのくらいいますか?」
見回しながら話した。
観客のほとんどが、手を高く掲げて喉を震わせている。
・・・まあ、そうだよな。
「雷神はどこに行ったんでしょうね。・・・オレも戦いたかった」
母さん、みんな待っているみたいだ。
今から聞かせてあげるよ。
「殖の月、オレはまた出る!雷神が戻ってくるように、みんなで叫んで教えてやろう!」
こんな感じでいいかな。
訓練場を埋め尽くす人々から風が吹く。
アリシアも感じてくれていることを祈ろう。




