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Our Story  作者: NeRix
風の章 第三部
210/481

第二百一話 隠し子【ニルス】

 一回戦の前から決めていたこと・・・だからこれは仕方ないんだ。

ティムは本当に疲れたらしいからな。


 別に大会に出たかったわけじゃない。

三人の修行を見て、ほんの少し羨ましかっただけ・・・。

試合を見て、自分もちょっとだけ動きたかっただけ・・・。


 ・・・それに果実は今日使ってもまだ三つある。

風神隊の目標は優勝・・・これはそのために必要だったんだ。



 「うわあ・・・なにその笑顔・・・」

ミランダが苦笑いを浮かべた。

そりゃ・・・。

 「元の姿だ。嬉しくて当たり前だろ」

「着替えまで用意しちゃってさ。・・・ステラでしょ?」

「ふふ、ニルスが朝からうるさかったのよ。一応、一応って」

いつもはみんなを見上げていたけど、やっぱりこの視点がいい。

ふた月振りか・・・いい気分だ。


 「あんた戦いたかっただけでしょ?すぐ果実取り出したもんね」

「違う、最初に決めてたんだ。疲れたと辛い、これを言ったら交代の決まりだった。だから仕方ないだろ」

「・・・あとで困っても知らないからね」

「大丈夫だよ。まだ三つもある」

それに頼れる仲間たちがいる。

きっとなんとかなるさ。


 「まあまあ・・・ニルス、あの・・・」

ステラがかわいくはにかんだ。

 「わかってるよ」

オレはステラを抱きしめた。

できれば、毎日こうしたい・・・。

 「そう・・・正解」

「明日のこの時間までだ。なるべく一緒にいるよ」

「うん」

問題無い、思い通りに動けそうだ。


 「あの・・・ニルス様」

オレの袖が引っ張られた。

ルージュ・・・この子も欲しいみたいだ。

 「よく頑張ったね。決勝は休んでてもいいよ」

「いけます」

「無理するなよ?」

この子への抱っこはステラへのものとは違う。

・・・うん、妹の抱き方もちゃんと憶えている。


 「おい、すぐ動けんのか?」

ティムが薄ら笑いで頬杖を付いた。

 「平気だよ」

そうだ、こいつ・・・。


 「なに?・・・いって・・・なにすんだよ」

「元に戻ったら憶えておけって言っただろ?」

ティムの頬を叩いた。

 「ルージュと同じ痛みを味わえ」

「・・・気持ちわりー」

ティムはニヤニヤをやめなかった。

・・・緩みきった顔しやがって、お前の方が気持ちわるい。


 「ねえねえニルス・・・」

ミランダの媚びた声が聞こえた。

久しぶりだ・・・何年ぶりだろ?


 「あ、た、し、も」

「そのつもりだったよ」

たまにこうしたくなる・・・。

 「うーん・・・いい感じだよニルスくん」

柔らかい・・・たしかにいい感じだ。



 「やはりこの人たちは別格!!!元戦士の実力はまだまだ健在です!!」

訓練場が揺れるくらいの歓声が聞こえた。

 やっぱりそうか・・・。

決勝はべモンドさんたち・・・斬り崩してやろう。

 

 「その姿だと雰囲気が違いますね。戦士最強・・・わかる気がします」

エリィさんがティムの横で微笑んだ。

そういえば、この姿を見せるのは初めてだったな。

 「勝手に呼ばれているだけですよ。それに、雷神の方が強いと思います」

「ふふ、ティムさんはあなただと教えてくれましたよ」

「エリィ、余計なこと言うな」

「はい。・・・ニルスさん、ティムさんは素直ではありませんので」

エリィさんの声が小さくなった。

まあ、知ってるけど・・・。


 「お前が出て負けたら恥だな」

ティムが置いてあったお菓子を食べた。

本当に素直じゃないな。

 でも、ティムのおかげで元に戻れた。

だから感謝してるよ・・・。


 「あ、そうだ・・・オレもアリシアと一緒で賞金はいらない。三人で分けていいよ」

オレはステラの横に座った。

まだ時間はあるみたいだし、緩い話がしたい。


 「四人で分けた方がいいのでは・・・」

ヴィクターが不安そうな顔をした。

 「そうですよ」

ルージュもか・・・。


 「オレは補欠だから気にしなくていいよ。そうだな・・・ティムはひと試合しかやってないから二百、ルージュとヴィクターで四百ずつ」

「俺はそれでいーよ」

ティムは文句無いみたいだ。

 「四百・・・そんな大金持ったことないのですが・・・」

「俺も・・・あんまり想像つきません・・・」

「持ってみりゃいーんだよ。決まりだ」

「そうだな。持ってみればいい」

あって困るものじゃない。

将来のために取っておいてもいいだろう。


 「うーん・・・お祭りで頑張っても無理だなあ・・・」

「そうだよな・・・新しい肌着と砥石と・・・」

ルージュとヴィクターは真剣な顔で考え出した。

・・・一日でどうにかする気なのか? 


 「まあ・・・好きに使うといい」

「そうそう、あたしは今日で八百万貰えるしー」

ミランダが不気味な笑顔で二人を見た。

・・・恐い。

 「戦ってないのに・・・」

「ほとんどずるしてるのに・・・」

「おだまり」

八倍・・・騙してるみたいでちょっと気になる。

 オレの素性もわかっていたら、倍率はどれくらいになったんだろう?

・・・ていうか、優勝前提で話しちゃってるけど・・・どうなるかな。



 「風神隊の準備はできていますか?」

運営の人が入ってきた。

いよいよか・・・。


 「はい、できています。あの・・・ティム・ラミナがニール・ホープと交代します」

「承知しました。では移動をお願いします」

「はい」

オレは靴を鳴らして立ち上がった。

・・・うん、いつでもいける。


 「・・・ニルス、あなたの剣よ」

ステラが耳元で囁き、栄光の剣を渡してくれた。

ルージュが勘付かないようにか。

 「・・・いい感じだな」

父さん、あんまり使ってやれなくてごめん。

でも今日はおもいきり振るから・・・一緒に戦おう。


 「あ・・・そういえば、その剣って壊れていたのでは・・・」

ルージュが不思議そうな顔で栄光の剣を見つめた。

そういや前は包帯巻いてたっけ・・・。


 「・・・女神が直してくれたんじゃないかな」

ステラがルージュの頭を撫でた。

 「そうなんですね・・・壊れるから触っちゃダメって言われてたんです」

「もう大丈夫よ」

嘘つかせてごめん・・・。


 「あ、それとね・・・一応あなたにも黒髪を買ってあるの」

「そうだな・・・念のため隠すか」

ルージュと同じ黒髪・・・まあ兄妹だし、一緒の方がいい。

 「ふふ、雰囲気変わるわね」

「ありがとう。ルージュ、ヴィクター、行くよ」

「はい!」「行きましょう!」

ここから少しずつ心を冷やしていこう。


 「なあルージュ、俺たち全員ホープだな」

「あ、そうだね。決勝は家族で出場ってみんなに思われちゃう」

「なんかスコットさんたちの言ってることわかったんだ。ニルスさんの背中を見てると安心感がある」

「ふっふーん、でしょー」

気の抜けた弟妹だ・・・。

準決勝のピリついた感じはどうしたんだよ。



 入場口に着いた。

あとは「出て来い」を待つだけだ。


 「すぐ下で見ててやるよ。情けねー戦いだったら殴るからな」

ティムも少し遅れて来てくれた。

・・・椅子まで持ってきてる。

 「お前はどんな戦いでも文句言ってきそうだ」

「しねーよ。・・・勝つまで戻ってくんなよ?」

目の前に拳を出された。

 仕方ないな・・・合わせてやろう。

こういうの友達っぽいな・・・。


 「おいヴィクター、すぐ下に椅子もってっとけ。お前らが上がったら行くからさ」

「あ・・・わかりました」

「ティムさんは一番いい席で見るんですね」

「そうだな・・・」

友達を見守ってくれるってことか・・・。


 「みなさんが待ちに待った決勝戦です!勝つのはやはり元戦士たちか!!それともこれからを担う若者たちか!!さあ、闘技盤に上がって来てください!!」

待っていた合図が聞こえた。

あーあ、始まるな。見られるの・・・あんまり好きじゃないんだけど・・・。


 「行きましょうニルス様」

「一番前歩いてくださいね」

「え・・・ああ・・・そうだね・・・」

三人で歩き出した。

戦えば気にならないか・・・。


 「誰だあれ・・・」「ティムはどうしたよ!!」「めちゃくちゃいい男じゃん」「なんで交代してんだ?」「たしか補欠でもう一人いたはずだ」

入場口を出たと同時に観客たちがざわめきだした。

・・・こういうのが嫌なんだよね。


 「こちらから説明させていただきます。ティムは決勝には出ません。交代で出てきたのはニール・ホープという男です。過去に出場歴はありません。ですが・・・決勝まで温存していたということは、かなり期待できるのではないでしょうか」

観客全員がオレを見ている気がする。

紹介なんてするなよ・・・こんなの耐えられるか・・・。



 闘技盤に向こうの三人も出てきた。

べモンドさんとウォルターさんは、まだいけるのはわかるけど・・・ジーナさんはよく出てくれたな。


 「あ・・・無理、私やんないから」

「待て・・・わがままを言うな」

「はあ?ニルスは出ないって言ってたじゃん!あれ見なよ、出てんじゃん!!」

べモンドさんとジーナさんが揉め始めた。

オレがいるかららしい・・・


 「俺もティムのつもりだったんだけどな・・・ニルスがいるならやりたくない。そこまで作ってきてねーし」

「ウォルター・・・突撃隊最強はどうした?」

「戦士最強がそこにいる・・・」

オレたちが目の前に並んでもやめる気配が無い・・・。

今さら・・・。


 「あの・・・早く開始位置についてください」

運営の人が駆け込んできた。

オレたちは関係ない・・・。


 「どうしたんですか・・観客のみなさんが楽しみにしていますので・・・」

「しーらない、私始まったら落ちるから」

ジーナさんは戦わないみたいだ。

こっちとしては一人減るからそれでいい。


 「ニルス・・・今夜遊びに来てもいいのよ?」

ジーナさんがオレの腰に腕を絡ませてきた。

今夜・・・。

 「遠慮しておきます・・・」

「そう・・・じゃあ、あなたは?」

「え・・・」

ヴィクターは迫られて固まった。

そういや初対面だったな。


 「ジーナさん、今夜は一緒にルルさんの所に行きましょう。ヴィクターも来ますよ」

ルージュがヴィクターの隣に立った。

 「ん・・・ああ、なんだルージュのか・・・」

「え・・・」

「じゃあ、あとで酒場ねー」

ジーナさんは妖しく微笑んで、ティムに近付いた。

なんでそっちに・・・。


 「出ないの?」

「ああ・・・疲れたからな」

ティムはヴィクターが置いた椅子に座ってふんぞり返っていた。

しっかり見ててほしい。

 「ねえねえ、エディが寂しがってるよ。もっと遊びに来て」

「うるせー!誰が行くかよ!」

「エリィと一緒でもいいのよ?そしたらエディはもっと喜ぶ」

「なおさら行かねー、あの変態にも言っとけ!」

なんだあいつ・・・元気じゃないか。

まあ、今からかわってはやれないけどな。


 「あの・・・やるんですよね?」

とりあえず一人いなくなった。

残りはどうするか。

 「もちろんだ。ウォルター・・・」

「俺もやめとく。構わないだろ?」

「バカどもが・・・」

もう戦場は無い、だから命令に従わない無礼も許されるってことか。

けどウォルターさんも抜けるとなると三対一・・・ちょっとずるい気もする。


 「ルージュ、ヴィクター。二人も始まったら抜けていいよ」

「え・・・」「でも・・・」

「修行は準決勝までってことにしよう。疲れただろ?休んでていい」

「・・・」「・・・」

え・・・ダメなの?

 「なんだよ・・・祭りなんだからいいだろ」

「・・・」「・・・」

「師匠がどんな戦い方をするか見る・・・これも修行だ」

「はい・・・」「わかりました・・・」

まったく・・・。

 ・・・べモンドさんとは一度戦ってみたかった。

やるなら一騎打ちの方がいい。

 

 「あの・・・とりあえず全員棄権は無いんですね?」

運営の人はかなり不安な顔になっていた。

 「・・・はい、三対三ではなくなりますが」

「・・・戦い無しで決着よりはいいです。・・・では両者、開始位置についてください」

「はい・・・」

鼓動が高鳴ってきた。

このまま・・・このままで・・・。



 あとは開始の鐘を待つだけだ。

どう攻めようかな・・・。


 「ニルスさん、父上はあの人を鬼神と言っていました」

ヴィクターが心配そうな顔をした。

それくらいじゃないとつまんないだろ。

 「ふーん・・・アリシアもあの人は強いって言ってたよ」

「ニルス様・・・楽しそうですね・・・」

「そうだよ、楽しみなんだ。力試し・・・」

「決勝戦・・・開始です!!」

始まりを告げる鐘が打ち鳴らされた。

行くか・・・。


 「落ちていい、向こうの二人はもう下だよ」

「はい!」「頑張ってください!」

二人が着地した音と共に、オレの足はべモンドさんへと駆けた。

 「おおーー!!!凪の月なのに一騎打ちだ!!お互い大将同士がぶつかるようです!!」

うるさいな・・・。


 「なんだ、本当に一人か・・・」

「かわいそうだと思ったので!!」

残り一歩の距離、踏み込みから溜めた力を剣に伝えて斬り払った。

まずはどの程度か・・・簡単に負けないでくれよ!


 「さすがです・・・」

「遅くなってないか?ニルス・・・」

べモンドさんは、オレの一撃を片手で軽々と弾き返してくれた。

自分と同じ大きさの剣・・・すごい力だ。

 「あはは・・・やりますね」

「いつまで遊ぶつもりだ?」

「もうやめますよ」

一度後ろに跳び、おもいきり地面を蹴った。

いい・・・もっと・・・やっていいんだな!


 「そうだ、その速さは少しだけ憶えがあるぞ」

「まだ全力じゃありません」

「・・・だからこうなるんだ」

また止められた・・・でもその力貰います。

弾かれた体を回転させて、さっきよりも勢いを付けた斬り払い・・・対応できるか?


 「なんだ・・・早く全力で来い!」

これも弾かれた。

まだ現役なんだな・・・。

 「やば・・・」

「終わりか?」

体勢を立て直す前に大剣が振り下ろされた。

殺す気かよ・・・。

 

 「ふー・・・」 

かろうじて避けられた。

一瞬前にオレがいた場所に、大きな剣が飲み込まれている。

意外と速いじゃん・・・。

 「まだだぞニルス!」

べモンドさんは剣を引き抜くと同時に斬り上げてきた。

 あ・・・さすがに食らう・・・剣を出さない・・・と・・・。

オレの体が宙を舞った。

 栄光の剣はもちろん無事だけど腕が痺れる・・・。

カザハナさんよりも当たり強いな。痛い・・・。


 「小手調べはいらないぞニルス」

「・・・観客を喜ばせないといけないと思って」

「本気でやった方が喜ぶさ」

べモンドさんが両手で剣を持った。

 「本気でやっていいのか考えていました」

「・・・俺が何年軍団長を務めてきたと思ってるんだ?舐めるなよ小僧!!!」

「俺」か・・・。


 忘れていた感覚が蘇ってきた。

この人もアリシアと同じ・・・何したってよさそうだ。

 心を冷やして、体は熱く・・・すぐにできなくなってるな。

でも、もう大丈夫そうだ。


 「その目だ。やっと戻ってきたな・・・風神」

べモンドさんの口元が持ち上がった。

「戻った」とか言われてもな・・・。

 「風神・・・オレは一度も認めていません」

「称号はそういうものだ。勝手に呼ばれるのさ」

「・・・雷神の隠し子とか?」

「今までを考えると、隠し子はお前だな」

ああ・・・たしかにそうかも。


 「早く明かせるといいな」

「もうすぐです。・・・来ないんですか?」

「ふ・・・お前が動くんだ。俺は迎え撃つのさ」

「そうですか・・・」

じゃあ、ちょっとだけ距離を取るか。


 高鳴る胸、心臓の音・・・。

嫌なこと、面倒なこと・・・。

今だけ・・・全部忘れたいな。

感情を・・・解き放つ。



 「まばたきしないでくださいね」

全力で動くと音が消えた。

勢いをすべて乗せられる間合い、ここから手は抜かない。


 「躱してみせてください!!」

十歩くらいの距離なら一歩で詰められる。

どの体勢からでも反撃できるように鍛えた。近距離での打ち合いならオレが勝つ!

 「なにもできずに終わりますよ!!」

栄光の剣は隙間を縫い、鬼神の腕や脚に吸い込まれ、赤いしぶきが舞った。

・・・血の匂いも気にならなくなってるな。


 「心配するな、そんなものでは倒れん!」

べモンドさんは、斬撃をものともせずに剣を振り上げた。

 ・・・待っていた瞬間だ。

オレは脚の全部に気持ちと気合いを込めて、場外までぶっ飛ばす勢いで蹴った。


 「ゴホッ・・・」

鬼神は血を吐きながらもその場で耐えてくれた。

嘘だろ・・・踏みとどまったのかよ・・・。

 「思えば・・・受けるのは初めてだ・・・ぐ・・・」

血を吐いてる・・・。


 「・・・効いてはいるんですね」

内臓を潰せたみたいだ。

あと一発同じのを・・・打ちこませてくれるかな?

 「・・・このくらいなら何度も経験がある。若造とは胆力が違うんだ」

より強くなった感じがした。

 軍団長じゃなくて、冒険者だった頃のべモンドさん。

敵意を向けられると鳥肌が立つくらいの威圧感だ。


 「あれ・・・迎え撃つんじゃ・・・」

「堅いこと言うなよ」

目の前に大剣が迫っている。

受け止めるのは無理、それに流しても骨が軋みそうだ。

 ・・・躱すしかない。

振り下ろされた剣に対しては後ろに・・・ほとんどそうしてきた。


 「そうするよな・・・」

下がった瞬間、目の前にべモンドさんの手の平が見えた。

癖を見抜かれてたか・・・。

 

 大きな手が顔に被さると世界が回り、オレの頭が盤上に叩きつけられた。

あーあ・・・。

 「ニールが沈んだーーー!!!」

嵐のような歓声が上がっている。

・・・音が戻ってきちゃった。

 

 「ニルス様!」

妹の心配そうな声・・・。

大丈夫、これくらいでやられるかよ・・・。

 咄嗟に頭を左手で庇っていた。

こうしなきゃ割られてたな・・・。

 

 「いい気分だろニルス?」

「まあ・・・そうですね」

「動けるよな?簡単に死なないのは知ってるぞ」

剣が振り下ろされる。

 休ませてくれないんだ・・・容赦ないな。

オレは急いで体を反転させて剣を躱した。

もう、倒れてやんない・・・。

 


 「ニールの猛攻だーー!!先ほどのはまったく効いていないのか!!」

休まず攻め続けることにした。

 周りの音・・・邪魔だな。

早く消さないと・・・。


 首への突き、止められたら蹴り、追撃で払い。

向こうが構えたら高く跳び、先に武器を弾く。

地面に戻ったら即踏み込んで三段突き。

守りに入られたら背中へ回り、斬り込む。

 ・・・いいぞ、なんだってできそうだ。

出せるものは全部出す、勝てなくても昂ればいい。


 「軽いぞニルス!もっと来い!!」

べモンドさんの大きな体がぶつかってきた。

ついでに腹への重い拳・・・潰れたな。

 「悪いですけど・・・まだ止まる気はありませんよ!」

「やってみろ、二度と気は抜くな!」

この人・・・見えないから全部受けて隙を見つける気だ。

 それでも倒れないからオレもどんどん昂る。

そして・・・もっと速く動ける!


 「あいつ、なんなんだ・・・」「まるで風・・・突風だ」「あれってさ、風神って人じゃないの?」

音、まだ消えてくれないか・・・逆にいい状態なのかな?

ていうか誰だよ、噂流した奴は・・・。


 「風神?」「雷神より強かったって奴か!」「あれって作り話じゃねーのかよ」「いやいや、風神隊ってそういうことだろ!」「あたしは最初っからそんな気がしてたよ」「間違いなくね?あの軍団長を圧倒してんだぜ!」

・・・圧倒?できてたらとっくに終わってるよ。



 「はあ・・・はあ・・・」

オレは距離を取った。

さすがに苦しい・・・。


 「ふふ・・・強いなニルス」

べモンドさんが微笑んだ。

強いか・・・

 「そうでなきゃ・・・今はなかった」

「・・・そうだな、感謝してるよ」

鬼神の気迫が薄れている。

 出血、痛み、疲労・・・体が悲鳴を上げてるんだな。

じゃあ・・・オレの勝ちだ。


 「・・・夜は酒場に来ますか?」

「当然だ。・・・久しぶりに話そうか。思い返すと戦場に出させたこと・・・ちゃんと謝っていなかった」

「・・・いりません。あなたが止めていたら仲間たちと逢えなかった。あれで間違っていなかったんです」

「そうか・・・ありがとうニルス」

最後に全身全霊で蹴った。

今度は・・・場外まで行ってくれたな。


 「ただ・・・最初はアリシアに負けないで、死守隊にしてほしかったです」

文句があるとすればこれくらいだ・・・。


 「決着がつきました!!!!今回の優勝は・・・風神隊だーーー!!!!」

観客たちが大地を揺らすように足踏みし、豪雨のような歓声が起こった。

あーあ・・・疲れたな。


 「アリシア隊との戦いも見せてくれよ!!」「その前に殖の月も出ろ!!」「雷神と戦えー!!」

勝手なことばっか言ってくれる・・・。

そうなるように今動いてるんだよ。

 「ニールさんこっち向いてー!」「今夜抱いてー!」「家まで追いかけますよー!」

・・・やだ。



 「風神隊は全員上がってください」

オレの治癒が終わると、進行の男がルージュ、ヴィクター、ティムを盤上に促した。

風神隊・・・四人で優勝したからな。


 「表彰式は静かになるまで始めませんからね!全員口を閉じてください!」

進行の男が客を脅した。

やっぱりこういうの苦手だな・・・。

 

 「ニルス様!」

妹が駆け寄ってきた。

とびきりの笑顔だ。


 「な、なんと言っていいかわかりませんが・・・」

「じゃあ言わなくていいよ」

「む・・・カッコよかったです」

やば・・・顔が緩みそうだ・・・。

 「ほら、ヴィクターも」

「あ・・・ニルスさん・・・素晴らしかったです。俺、もっと励みます!」

「ありがとう。そんなに力を入れなくていいよ」

「・・・いえ、あなたやティムさんに早く近付きたいので」

早くか・・・何年かかるかな。

まあ、折れずに積み重ねればいいだけだ。


 「けっこうかかったな」

ティムが緩んだ顔で拳を出してきた。

・・・友達だからだよな。

 「観客を盛り上げてやったんだよ」

「あーずるい、わたしもそれやりたいです」

「俺もお願いします」

「うるせーガキどもだ・・・」

四人で拳をぶつけ合った。

風神隊・・・楽しかったな。



 「静かになりましたね。では恒例ですが、私ヘインと皆さんとのお約束の時間です」

口を開く人がいなくなったところで、進行が観客に語り掛けた。

あの人ヘインって言うのか・・・普段はなにしてんだろ?


 「いいですか皆さん、出ている闘士たちは全員大バカ者です!」

なんだこれ・・・。

 「闘士たちは常人とは覚悟が違います!そして気が狂うほどの鍛錬を積んでいます!だからあれだけ斬られても、腹を貫かれようとも生きているのです!常識をお持ちのみなさんは真似をしないでください!街の中で他人に武器を向けたり、決闘を申し込んだりは絶対にしてはいけませんからね!」

毎年こんなことを言ってるのか。

・・・やる奴がいるからなんだろうな。


 「では、王の準備ができたようなので表彰式に入らせていただきます!」

これで終わりだ。

早く酒場でみんなと話したい・・・。



 「素晴らしい戦いであった。雷神はいなかったが、大いに盛り上げてくれたこと・・・感謝するぞ」

王がオレたちの真正面に立った。

見ない間に少し老けた・・・色々大変なんだろうな。


 「では、一人ずつ勲章を授けよう」

王がヴィクターの前に立った。

 「・・・父君は元気か?」

「あ・・・はい・・・」

「酒を飲む約束をしていた。そなたも交えてにしたい」

「・・・伝えてはおきます」

ヴィクターの胸に勲章が付けられた。

カザハナさんは憶えてるのかな?


 「・・・そなたには感謝している」

次はルージュ・・・。

 「わ、わたし・・・王様とお会いするのは・・・」

「話すのも初めてだ」

「そうですよね・・・」

「だが、感謝している。ありがとう」

ルージュの胸にも勲章が付けられた。

・・・シリウスのことか。


 「今日は楽しかったか?」

「別に・・・」

ティムは王相手でも態度を変えないらしい。

 「女性に抱きしめられていたが・・・恋人か?」

「関係ねーだろ・・・」

「私はそなたの幸福を願っている。・・・それなのに功労者を蹴ったな」

王の声が低くなった。

受けてほしかったらしい。


 「俺はそれでよかったと思ってる」

「優勝賞金は蹴るなよ?自分の幸福と、愛する恋人のために使え」

「・・・次行け。税払わねーぞ」

失礼な奴・・・。


 「・・・ニルス、久方ぶりだ」

王がオレの顔を覗き込んできた。

 さすがに髪色だけじゃ隠せないか。

ていうか、ルージュにも気付いてたな。

 「・・・よくオレだとわかりましたね」

「私に刃を向けたのは、そなただけだからな」

根に持ってるのか・・・謝っただろ。

 

 「解決を急ごう。アリシアも出ればもっと盛り上がるだろう」

「ありがとうございます」

王がオレたちに背中を向けた。


 「四人に勲章が付けられました!もう一度風神隊を讃えましょう!!」

大雨みたいな拍手が起こった。

 「では・・・また会おう」

王が離れていく。

んー・・・なにか話すことがあったような気がする・・・。


 『・・・ずっと遠くだけど、人間が森の木をたくさん伐って運んでるんだって。それでここに流れてきたのもいっぱいいるんだ』

あ・・・神鳥の森だ。

・・・今度ステラに頼んで連れてってもらおう。



 「それでは閉会となります!最後にニール・ホープさんからなにか一言いただきましょう。お静かにお願いしまーす!」

もう終わると思った時、ヘインがオレを指さしてきた。

いや・・・オレじゃなくても・・・。


 「では、魔法をかけますね」

運営の人が近付いてきた。

 「ちょ・・・あの・・・閉会の挨拶とかなら王にやってもらった方が・・・」

「王はあまり出しゃばりたくないと、初回以降は挨拶を控えています」

知るかよ・・・。


 「では・・・」

「待て・・・ティムの方が・・・」

「俺はもう声出ねー」

「ふざけるな、風と気の魔法だ。少しの声でひび・・・」

ティムが逃げた。

友達じゃないのかよ・・・。

 「・・・」「・・・」

ルージュとヴィクターはティムに付いて行った。

オレ一人・・・。


 「よろしくお願いしますね」

魔法をかけられた。

 ここから先、オレの声がみんなに届く・・・。

なにか伝えること・・・。


 「・・・雷神を見に来た人はどのくらいいますか?」

見回しながら話した。

 観客のほとんどが、手を高く掲げて喉を震わせている。

・・・まあ、そうだよな。

 「雷神はどこに行ったんでしょうね。・・・オレも戦いたかった」

母さん、みんな待っているみたいだ。

今から聞かせてあげるよ。


 「殖の月、オレはまた出る!雷神が戻ってくるように、みんなで叫んで教えてやろう!」

こんな感じでいいかな。


 訓練場を埋め尽くす人々から風が吹く。

アリシアも感じてくれていることを祈ろう。

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