第十九話 消えかけ【ニルス】
アカデミーが終わるまで、あと二年と少しだ。
早く旅に出たいな・・・。
『ニルス、もっと速く打ち込め。踏み込んだあとを考えていないからもたつくんだ』
母さんとの鍛錬は、戦場のひと月前以外は毎日ある。
最近は前よりも本格的になってきていた。
『わかった。練習する』
『戦いでは絶対に折れてはいけない。強い心も必要だ』
『強い心・・・頑張る・・・』
本当に強くなければ旅人にはなれないのかな?
疑問が浮かんでくるほどだった。
たしかに母さんくらい強ければ、仲間にケガをさせることは無いだろうけど・・・。
『まだダメだ。それでは戦場で通用しない』
『・・・うん、もっと鍛える』
・・・戦場に出たいなんて言ったことない。
『戦いに綺麗も汚いもないからなんでもやれ。そして負けた時は自分が悪いと思え』
『なんでも・・・』
『そうだ、敵が何をしても卑怯だとは思うな。それにかかった自分が悪いんだ。だからお前もそうすればいい。わかっていれば、なにをされても敵を斬り崩すことができるようになる』
『斬り崩す・・・斬り崩す・・・。もう一度お願い』
どうして言えないんだろう。
母さん、オレの夢は・・・。
なんとなく周りの雰囲気もあった。
今までは、ただ母さんに付いていくだけで・・・わからなかったんだ。
『ニルスは戦士になるんだろ?』『アリシア様と走ってるの見たよ』『親子だしそうだよな』
アカデミーのみんなは勝手なことばかり言っている。
だから最近は、適当に流して一人でいることが多くなっていた。
戦士・・・なんでオレが?
強くなることは別にいい、でも戦場になんて出ないよ。
オレは旅に出るために鍛えてるんだ。
・・・母さん、憶えてるよね?
これはオレが旅に出ても困らないようにしてくれてるんだよね?
気持ちはずっと飲み込んだまま・・・。
◆
「あ・・・ニルス、最近あんまり顔出さなくなったからお姉ちゃんは寂しかったよ」
セイラさんの所に遊びに来た。
たしかに会うのは何ヶ月かぶりだ。
「お父さんも寂しがってたよ。アリシアにニルスを取られたって」
「そうなんだ・・・」
「・・・あとでお菓子でも買いに行こっか。大安売りしてるだろうし」
今日は戦場の日で、また人間側が勝ったらしい。
母さんは帰ってきて体を洗ったらすぐに寝てしまった。
夕方には酒場に行くって言ってたから、オレは走ってくるって伝えてここに来ている。
◆
「アカデミーから帰るとすぐに始まるから・・・」
セイラさんに母さんとのことを話した。
来れなくて悪いなって思ってたから、ちゃんと説明した方がいいよね。
「さすがに今日は無いんだね」
「一人で走ってくるってだけ言ってきた」
「遊びに行ってくるねじゃダメだったの?」
「え・・・ダメ・・・かもしれないから」
言われてみればそうだ。
なんで嘘をついてきたんだろう・・・。
「遊びに行ったりしてないの?」
「月に一回だけジーナさんの家に行ってる」
「え・・・変なコトされてない?」
「みんなでお菓子を食べて未知の世界を見てるんだ」
セイラさんには本当のことを言えた。
母さんには・・・できないかも。
「ああ・・・あの新聞か。その時はお姉ちゃんになんて言ってるの?」
「オレからじゃなくて、ジーナさんが言ってくれる」
だから気持ちが楽だ。
『アリシア、今日はスコットとニルス借りるからね。男だけの鍛え方があるのよ』
『あの・・・』
『なんか文句あんの?』
『・・・』
母さんはジーナさんに言われると弱いみたいで「しっかり教えてもらうといい」って許してくれる。
あの集まり以外は毎日修行・・・。
だから、たまに休むくらいいいよね。
ていうか・・・なんだか母さんといても楽しくない。
初めは嬉しかったんだけどな・・・。
「修行はやりたい時だけでいいんじゃないの?」
「でも・・・鍛え続けないと・・・」
「ニルスは戦士になるわけじゃないんでしょ?」
見上げると、セイラさんは不思議そうな顔をしていた。
・・・そんなわけないだろ。
「オレは旅人になりたいんだよ。だからセイラさんに色々教えてもらいに来てる」
「それは変わってないわけね。たしかに強くて困ることはないけど、どっちかっていうと・・・火の起こし方とか、食べられる野草とか、魚の釣り方とか、旅人だったら覚えるのはそういうのが先じゃないかなって・・・」
「え・・・」
足元が消えた気がした。
・・・オレは何をしてるんだ?戦いしか教えてもらってないぞ。
強くなるのは構わない。でも、いざ旅に出てそんなこともできないんじゃすぐに躓いてしまう。
母さんは料理も掃除も洗濯もできるけど、自然の中で生きる方法はたぶんわからない・・・。
「まあ、お姉ちゃんはほとんど戦いしかしてこなかったからしょうがないか。とりあえず強くなって困ることはないから」
「でも、それだけじゃ旅はできないよ。セイラさん、オレに火の起こし方とか教えてよ」
ちゃんと立たないといけない。
母さんはわからないだけ・・・。
だからこういうことはセイラさんに教えてもらえばいいんだ。
◆
「あ・・・ついた」
「はい、ふーふーして。・・・かわいー」
セイラさんに火打石を借りて、乾いた藁に火をつけた。
これがあれば焚き火ができるな。
仲間と一緒に魚とか肉を焼いて食べれるし、夜は焚き火を見ながら話をするんだ。
「ていうかさ、ニルスは治癒魔法以外って教えてもらってないの?火を起こすならそっちの方が便利だよ。お姉ちゃんだって料理の時に使ってるでしょ?」
セイラさんは、指先から小さく揺らぐ炎を出した。
「母さんからは治癒と光しか教えてもらってない」
「教えてって言えばいいんだよ」
「言ったことあるんだ。でもまだ子どもだから危ないし、戦場でも使えないから覚える必要ないって・・・あれ?」
・・・なんか変だ。
オレは自然の中で生きる方法を知りたいのになんで必要ないんだろう。
「・・・ニルス?」
「・・・大丈夫」
何度かおかしいと思ったことはあったけど深くは考えないようにしていた。
でも嫌な予感は最近強くなっていく。
その気持ちに飲み込まれると、オレの中の火がとても小さくなる気がして、ずっと目を向けないようにしていた。
「・・・今くらいの火を出すなら集中すればすぐにできる。・・・お姉ちゃんには内緒だよ?」
セイラさんが火の魔法を教えてくれた。
「ありがとう・・・」
「旅人には必要だからね。素質が無くても、これでどこでも焚き火ができるよ」
「つけるのに時間かかる?」
「心配いらないよ。わたしも火の素質無いけど、困ってないし」
じゃあ大丈夫かな・・・。
「鍛えたりはした?」
「うーん・・・特にしてない。あんまり変わんないだろうし」
魔法についてはティララさんにいっぱい教えてもらった。
魔法は生まれ持った素質次第、これはどう頑張っても変わらない。
鍛えればそれなりに強くなるけど、素質のある人と無い人では限界に違いがあるらしい。
今の火とか治癒なんかもそれぞれに素質がある。
熟練者って呼ばれる人くらいになると、色々組み合わせて新しい魔法を編み出したりできるっても教わった。
まあ、素質の無いセイラさんが大丈夫ならオレも気にしなくていいかな。
「ねえ、こっちの薪につけてみていい?」
「いいよ。・・・ねえニルス、一度お姉ちゃんと将来のこと話した方がいいと思う。それか、わたしから聞いてみようか?」
セイラさんが真剣な声を出した。
将来のこと・・・
「・・・自分で話す。セイラさんからはなにも言わないで」
「・・・わかった。ニルスの言う通りにするよ」
「大丈夫だから」
誰かに言わせるのはしたくない。
ていうか、もうやりたいことは話してる。
だから・・・鍛えてくれてるんだ・・・。
「ねえニルス、ちょっとお散歩しない?お菓子買いに行こうよ」
「うん、甘いのがいいな」
「そうだね」
きっと大丈夫・・・。
◆
下町の路地は入り組んでいて、初めて母さんと来た時は迷いそうでとっても怖かった記憶がある。
でも何度か来るうちに自然に道を覚えて、水路を見ればなんとなく場所もわかるようになってきた。
「開拓の進んでない土地っていっぱいあるんだよ。なんにもない荒野がずーっと続いてたり」
「なんで開拓しないの?」
「今は土地がたくさんあって、逆に人が足りないんだよ。・・・わたし、今のニルスの子だったらいっぱい作ってもいいよ」
「・・・どういうこと?」
オレたちは焼き菓子をかじりながら広場に続く階段で話していた。
・・・こういう時間がすごく好きだ。
「それよりさ、アカデミーを出たら一度だけでいいからオレも連れてってよ。ちゃんとお手伝いもする」
気分もいいし、今の内に頼んでおこうと思った。
「ニルスと一緒か・・・」
「うん、お願い」
運び屋はお仕事だから、自由に行きたいところには行けない。
でも、野宿とかは練習できるよね。
「まあ、それくらいならいいかな。でも・・・ちゃんとお姉ちゃんにも話すんだよ?」
「・・・うん」
「まあ・・・その時はわたしも連れてくねって言ってあげるから」
セイラさんは心配そうな顔をしている。
「うん、その時だけお願い」
「魔物とか出たら頼むかもよ」
「任せて、セイラさんは見てるだけでいいよ。オレ、けっこう強くなってるからね」
あんまり変な雰囲気にはしたくないから元気に話さないとな。
「かなり自信あるみたいね」
「そこまでじゃないけど・・・」
「ふーん・・・ねえニルス、ちょっと広場で運動しない?そうだな・・・影踏み、わたしに勝てたらなんでも言うこと聞いてあげる」
頭を撫でられた。
影踏み・・・おもしろそう。
毎日走ってるし、母さんにも相手してもらってる・・・。よし、すぐに勝って驚かせてやろう。
◆
広場の隅、二人で向かい合った。
夕方近くだから、オレたちの影はいつもより長くなっている。
これなら楽に勝てるかも。
「かなり差があるから特別に条件を緩くしてあげるね。わたしはニルスの影を十回踏んだら勝ち」
「十回・・・」
「ニルスは一回でもわたしの影を踏めたら勝ちでいいよ。それと、わたしはずっと太陽を背にしたままにしてあげる。回り込むとか難しそうだし」
セイラさんは薄ら笑いでオレの頭を撫でてきた。
そこまで・・・。
「セイラさん、オレのこと甘く見てるでしょ?」
「そんなことないよ。わたしとニルスだとこれくらいの差がある・・・事実ってだけ。はい下がってー」
ちょっとムカつく。
馬車に乗って、ほとんど動かない人がオレより速いわけない。
◆
「はい開始!」
二十歩くらいの距離を取ったところで勝負が始まった。
「一回・・・すぐ終わるよ」
オレはすぐに踏み込んだ。
この距離ならすぐに詰められる。「ずっと太陽を背に」って言ってたけどバカにしすぎ。
「なるほど・・・ちょっと舐めてた」
セイラさんは目を丸くしている。
でも今さら条件は変えさせない、もう目の前・・・。
オレは影の頭の所へ足を落とした。
「オレの勝ち・・・あれ?」
終わりだと思った。
でも、いつの間にか足の下にあるはずの影が消えている。
「はい、まず一回ね」
後ろから声が聞こえた。
嘘・・・この一瞬で回り込まれた?油断・・・そんなことはない。
「く・・・」
すぐに振り返ると、セイラさんはオレに背中を向けている。
ずっと太陽を背にしたまま動いているみたいだ。
「まだ・・・本気じゃないよ」
熱くなってきた。
絶対に勝つ・・・。
「本気で来ていいよ。ちなみに、わたしが勝ったら丸裸になって一緒に寝てもらうから」
「・・・いいよ」
オレはまた踏み込んだ。
一回・・・たった一回踏めばいいんだ。
◆
「影じゃなくて、わたしを追った方がいいよ」
「わかってるよ!」
オレの残りはあと二回になっていた。
本気でやってるのに、全然追いつけない・・・。
「はい、あと一回で私の勝ちー。ああそうだ、ベッドに入る前は全身洗ってあげるからねー」
セイラさんは息も切らしてない。
十回の差があるって言ってた。
いや・・・そんな少なくない、百くらいは差がありそうだ。
・・・他の手も使うか。
「諦めたの?少し落とそうか?」
オレは足を動かすのをやめた。
「悪いけど、諦めてないよ」
余裕のある相手はこうすれば近付いてくる。
その隙を付くしかオレに手は無い。
「何考えてるのかなー」
来た・・・。
オレは声のした方向に跳んだ。
「・・・おしい、もうちょっとだけ速ければね」
「そういうのあり?」
「あり」
セイラさんは建物の影に自分の影を溶け込ませていた。
・・・オレもだまし討ちをしようとしたから卑怯とは言えない。
「セイラさん、オレの負け。たぶん今日は勝てない」
オレは両手を上げた。
「えへへ・・・いいねー。いつにしよっかー」
セイラさんはニタニタしながら寄ってきた。
・・・なんか不気味。でも・・・。
「やっぱり嘘、オレの勝ち」
「あ・・・」
「負けるくらいならなんだってするよ」
やっと影を踏むことができた。
おびき出すにはこれくらい油断させないとね。
「なるほど・・・油断したわたしが悪いね」
「怒らないの?」
「怒るわけないじゃん。勝つためにできることはなんでもやった方がいい。戦場もそうだろうけど旅でも一緒だよ」
セイラさんは、オレのやり方にまったく不満がないみたいだ。
それに・・・母さんが教えてくれたことと同じ・・・。
「旅でも、なんでもするの?」
「うん。野盗、魔物、獣、話が通じても通じなくても、勝たないと何されるかわからないからね」
「そっか・・・」
「だから綺麗も汚いもないの。弱い方が悪い、これだけ」
運び屋も大変なんだな。
そういうことを何度も経験してきたからこその考え方、戦士も旅人も同じ・・・。
うん、やっぱり間違ってないんだ。
だから、これからも母さんを信じていこう・・・。
◆
「ほら、喉乾いたでしょ」
セイラさんが飲み物を買ってきてくれた。
甘い・・・ハチミツだ・・・。
「ねえ聞いていい?」
「なにかな?」
「セイラさんて母さんより速い?」
この人の動きはまるで風、動きがまったく見えなかった。
なんでもやるなら色んな技を知りたい。
「単純な走りだったらお姉ちゃんの方が速いよ。わたしのは技術・・・かな」
「やっぱり技なんだね。それを教えて」
「え・・・んーこれはね・・・」
セイラさんが腕を組んだ。
どうしたんだろ、なんか困ってる?
「オレが勝ったらなんでも言うこと聞いてくれるんだよね?」
「たしかに言ったけど・・・もっと他の無いの?裸見せてとか、オトナにしてほしいとか・・・その言葉は、そういうとこで使ってほしいんだけど・・・」
「とにかく技を覚えたい」
「あー・・・んー・・・ニルスなら大丈夫かな。・・・そのかわり、他の人には絶対教えちゃダメよ」
なんか渋られたけど、そんなに教えたくないことなのかな?
「誰にも言わないからお願い!」
オレは少しでも早く強くなりたい。
母さんが認めてくれたら毎日の鍛錬も少なくなって、旅についての勉強に集中できるようになるはずだ。
◆
「足首から下を徹底的に鍛えるの。あ、でも下半身全部かな・・・素質がある人は小指だけで好きな方向に跳んだりできる」
早速教えてもらった。
空が薄暗くなってきてる。
でも、今日を逃したら次はいつ会えるかわからない。
だから全部覚える・・・。
「痛い・・・時間かかるかも」
「当たり前よ。わたしだって四歳から訓練してできるようになったんだから・・・本当は誰にも教えちゃダメってお父さんに言われてるんだから内緒よ」
そういうのかっこいいな。
特別な技術を教えてもらってるってことだけで胸が高鳴る。
「教えるのは今日だけ、あとは自分で磨くのよ。これは才能もあるから無理だと思ったら諦めなさいね」
「大丈夫だよ。できるまでやる、母さんともそうだから」
きっと自分のものにしてやる。
バレたら意味ないし、一人の時に特訓だな。
「踏み込みも強くなると思う」
「どのくらい?」
「そうだな・・・わたしはこの石畳割れるよ」
「すごい・・・」
目標は母さんを驚かせて、できれば勝つこと。
そしたら・・・。
◆
「じゃあねニルス、わたし明日から遠く行くんだ。・・・またしばらく会えないね」
「お仕事だし仕方ないよ。でも頑張ってね」
「うん、じゃあ・・・」
セイラさんがぎゅっとしてくれた。
なんか久しぶりだ。この人も暖かい・・・。
すごく楽しい日だった。
今日だけで火を起こせるようになったし、セイラさんの動きも教えてもらった。
そして・・・疑問も晴れた。
うん、きっと大丈夫だよね。
◆
ルルさんの酒場に着いた。
入り口には「夜の合図」って看板が出ていて、お店の中からはたくさんの戦士たちの声が聞こえてくる。
たぶん、今日の勝利を語り合いながらお酒を飲んでいるんだろうな。
「あ、ニルス」
ルルさんがお店の外に出てきた。
ちょうど倉庫にお酒を取りに行くところだったみたいだ。
「お母さんは中でみんなと話してるよ」
「わかった」
「奥のカウンターは空けてあるからそこで待ってて」
「はーい」
店の中に入った。
本当は子どもが来るのは良くないみたいだけど、小さい頃から通ってるから気にしてない。
「ようニルス」「また背が伸びたね」「どんくらい強くなったよ?」
戦士の人たちが声をかけてくれた。
オレに構わないで楽しく飲んでればいいのに・・・。
「ニルス君お腹減ってる?」
女給さんも話しかけてくれた。
お仕事してていいのに・・・。
「うん」
「ルルさんがニルス君の用意してたよ。戻ったら出してくれると思う」
「ありがとう」
ここに来た日はルルさんの料理が食べられる。
母さんとは違った味付けでとてもおいしい。
言えないけど・・・母さんの次にだけどね。
◆
「アリシア、ニルスが迎えに来たよ。もう夜は食べちゃったからね」
ルルさんと一緒に母さんのテーブルに来た。
あ・・・お酒飲まされてる。
「・・・すまないなニルス・・・少し飲まされてしまった」
母さんはお酒が得意じゃない。
体が思うように動かなくなるから嫌いっても言っていた。
「ニルス、明日の朝食はちゃんと作るから心配しないでくれ。そろそろ・・・帰ろうか」
母さんはオレの目を見て言ってくれた。
本当に申し訳なさそうな顔で、こっちが悪いことをしている気分になってくる。
「ニルス、何歳になった?」
母さんが立ち上がった時、一緒の席にいたべモンドさんが話しかけてきた。
この人はオレを見るといつも気遣ってくれる。
大地奪還軍で一番偉い人だから、きっと他のみんなにもそうなんだろうな。
「十歳です」
「じゃあ水の月で十一か。なんだか早いな」
「オレは早く大人になりたいです」
あと二年と少しでアカデミーが終わる。
そしたら残りの二年で旅の支度をするんだ。
「アリシアから鍛えられているそうだな。ニルスがよければだが、将来戦士になる気はないか?」
「え・・・オレは・・・」
体が固まった。
鍛えているのは旅人になるためだ。
でも戦士たちがいっぱいいる前で、自信を持って言えるほどの勇気は無い・・・。
「雷神の息子なら当然そうだろ」「アリシアが鍛えてるなら絶対に強くなるぞ」「親子で戦場か・・・」
周りの戦士たちが「そうしろ」って感じで騒ぎ出した。
雷神の息子だから、戦士になるのが当たり前なの?
・・・いやダメだ。
「違う」って「オレは旅人になる」って言わないといけないのに・・・。
「ニルス、決めるのは君だ。考えていてくれ」
「・・・はい」
まずい、このままじゃ・・・助けて・・・。
オレは母さんを見た。
「ニルスと一緒に戦えれば楽しいだろうな。そうなってくれたら母さんは嬉しい」
「え・・・あの・・・わかった・・・そうする」
急に苦しくなってきた。
なんでこんなことに・・・。
「さあ帰ろう。明日からもっと鍛えないとな」
「・・・うん」
その場の空気に流されてしまった。
いや・・・最初からこうなることが決まっていたのかもしれない。
だから・・・オレはもう旅人には・・・。




