第百九十八話 準決勝【ルージュ】
過信しているわけじゃないけど自信はある。
ヴィクターが一緒に戦ってくれていること。
ティムさんが後ろにいてくれていること。
ニルス様がそばにいてくれること。
三つがわたしの心の支えになってくれていたからだ。
たぶんあんな賭けをしてしまったのは、これがあるからなんだろうな・・・。
◆
「またもティムは動きませんでした!!まさかこのまま準決勝も休んでるつもりかー!!」
二回戦もヴィクターと二人で戦って勝つことができた。
うまく連携ができて気持ちよかったな・・・。
「ありがとうございました」
戦った相手には感謝している。
とっても楽しかったからだ。
「お嬢ちゃんいい腕だね。師匠を紹介してほしいくらいだよ」
「うーん・・・えっと・・・」
「あはは、そうよね」
戦ったお姉さんたちは笑顔で戻っていった。
「師匠」って、ティムさんのことを言ってたみたいだけど・・・。
誰を紹介したらいいか迷ってただけなんだけどな。
◆
控室に戻ってきた。
ティムさんはまたベッドに寝そべっている。
「ティムさん、次は準決勝ですよ」
「知ってる」
「あの・・・そうじゃなくって・・・」
「わかってるよ、次は俺もやる。どっちが来てもお前らだけじゃキツいかもしんねーからな」
ティムさんは無関心って感じで目を閉じた。
どっちが来てもか・・・。
他の試合は見ないでここに籠っているけど、どこが勝ち上がったのかは響いてくるからわかる。
でも、わたしには確信に近い予感があった。
勝ち上がってくるのは、きっとスウェード家だ。
「・・・先に言っとく。イザベラとシェリルはお前らでやれ。俺はティアナを潰す。まあ・・・メス共が上がってきたらだけどな・・・」
ティムさんもそうなるって感じているみたいだ。
「返事・・・」
「わかりました」「任せてください」
「決勝・・・俺はべモンドを押さえる。おっさんとジーナはお前らで何とかしろ」
「はい!」「やってやります!」
そうだよね、優勝しないといけない。
お父さんの作った剣は必ず返してもらう。
それに、あの人たちの家で一生使用人は絶対嫌だ。
「ルージュ、ジーナさんとウォルターさんも元戦士なんだよな?」
ヴィクターが手袋を外した。
そういえば、詳しく教えたことなかったな。
「うん、ジーナさんは元遊撃隊で、おじさんは突撃隊だったんだよ」
「おっさんは突撃隊最強って言われてたな。まあ、この間の個人では俺が勝った。・・・ジーナは戦ってるとこ見たことねー。ニルスはあんのか?」
「オレもジーナさんは無いな。そっちの話もしたことない」
「そうなんですね・・・気を引き締めます!」
わたしも気合を入れないとな。
◆
大きな歓声が響いた。
次が決まったみたいだ。
「・・・決着です!!準決勝で風神隊と戦うのはスウェード家となりました!!」
予感は間違いなかったみたいだ。
絶対に勝つ・・・。
「三人とも本当に美しいですね。観客席の男性方は虜にされてしまったのではないでしょうか」
容姿はそうかもしれない、でも心は違う。
わたしが男性だったとしても、あの人たちに惹かれはしない・・・。
◆
二回戦の試合が全部終わってお昼になった。
全然疲れてない、このまま行けるようにしておこう。
「失礼いたします」
運営の人が控室に入ってきた。
なんだろ・・・。
「準決勝は午後からとなります。それまでは体を休めてください。食堂や露店をご利用なさってもかまいませんが、試合までには必ず戻るようお願いします」
いつもそうだったから知ってる。
お母さんはみんなに囲まれるからって、絶対に戻ってこなかったな・・・。
「俺は食わねー、お前らはどうすんだ?行列できててかなり待つから、行くなら今出ろ」
ティムさんはベッドから動かないつもりみたいだ。
「わたしも平気です。夜までお腹は空きそうにありません」
「俺も大丈夫です。問題なく戦えます」
朝はステラさんとラミナ教官とセレシュとカゲロウさんが作ってくれて、お腹いっぱい食べたから問題ない。
それにティムさんの言うように、今出てったら人波に飲まれて帰ってこれないかもしれないしね。
「ティム、オレも平気だ。いつでも行けるぞ」
「おめーには聞いてねー」
「残念だったわねニルス、毎晩頑張って針を振ってたのが無駄になっちゃった」
「別に・・・鍛錬は日課だ」
ニルス様はしゅんとしている。
わかりやすいな・・・そんなに出たいんだね・・・。
『あの・・・ニルス様が果実を食べて・・・』
『無理に決まってるだろ。こんなことで使っていられない』
あれもあったから、はっきり言えるわけないよね。
まあ、言われてもわたしは交代しないけど・・・。
◆
「ティム、転移でエリィを呼んでこようか?」
ステラさんが紅茶を淹れてくれた
うん、いい考えだと思う。
「いらねー、信じて客席で見てるってさ」
「そうなんだ、愛されてるわね」
「・・・いい女だからな。あいつらとは違う」
たしかにラミナ教官は素敵な女性だ。
抵抗があるのは、あの三人だけなんだろうな。
「一応確認なんですけど、もう家族とは思ってないんですよね?」
ヴィクターが剣を磨く手を止めた。
「もう?・・・初めから思ってねーよ」
「わかりました、遠慮はしません」
「忘れんなよ?ティアナだけは俺がやる・・・うるせーのは近付けんな」
「当然です」
お姉ちゃんと妹・・・。
どんな仕打ちを受けていたのか詳しくは知らない。
ただ、ティムさんに迷いは無いから、それだけの扱いをされてきたんだ・・・。
「・・・ティム、お願いがあるの」
ステラさんがティムさんのベッドに座った。
「・・・なんだよ?」
「私、あなたと同じであの人たち大嫌いなの。悔しがる顔が見たいわ」
「ふーん・・・任しとけ」
「期待してるね」
こんな冷たい声聞いたことない・・・。
「大嫌い」・・・ステラさんも怒ってる。
「それに私とミランダがあなたのお姉ちゃんになってあげるわ。だから全部断ち切ってきなさい」
「いらねー・・・つーか俺引きずらねーし」
「素直に喜びなさい」
「うるせーな・・・俺は寝る。静かにしてろよ」
ティムさんはそっぽを向いてしまった。
ふふ、照れてるね。
『それに母親なら、今はアリシアとイライザ・・・になるのかな』
『そんでお前らは・・・妹だな』
きのうの夜に自分から言ってたし、たぶん嬉しい申し出だったんだろうな。
◆
ティムさんは本当に眠ってしまった。
きのうはあんまり寝れなかったのかな?
「・・・スウェード家の初代は、男性からひどい目にあわされたんじゃないかな」
ステラさんがわたしとヴィクターに紅茶のおかわりを淹れてくれた。
わかってるって感じに聞こえる・・・。
「そうなんですか?」
「たぶんね。今はしきたりでそうしているんでしょうけど」
しきたり・・・今まで誰もおかしいと思わなかったのかな?
「男は不要・・・生まれた時からそんな考え方を叩きこまれて育ってきた。・・・呪いみたいなものね」
「目が覚めることはあるのでしょうか?」
「今のところ無いわね。・・・できるのは次代の子どもを取り上げて、愛のある人に育ててもらうとかかな」
あの人たちの「普通」は、わたしの「普通」とは違うみたいだ。
たしかにわたしも知らない男の人は苦手だけど、下に見たりとかはしない。
スウェード家はこれからも変われないのかな?
男の人・・・時間をかければ、わたしみたいに仲良くなることもできると思うんだけど・・・。
「なんとか男性と関わらせてあげればいいのではないでしょうか」
思ったから言ってみた。
「ふふ、どうしたのルージュ?彼女たちを救いたいって思った?」
「・・・いえ、心を入れ換えて・・・ティムさんに謝ってほしいんです」
ティムさんが許すかどうかはもちろん別だけど、考えを改めてはもらいたい。
「まあ・・・母親はわからないけど、あの姉妹は可能性があるかもね」
「そう思いますか?」
「きのうの様子を見る限りはね。あの二人、ティムを見てなにか思うところがあるって感じだったもの」
よく見てるな・・・。
でも、わたしもそういうものを感じた。
『ああ・・・いましたね。母上の言葉が無ければ思い出すこともありませんでした』
『・・・そうですね、野生に帰って言葉遣いも忘れてしまったようですし』
あれは母親が近くに来なければ言わなかったのかもしれない。
なんていうか、ティムさんに罪悪感があるみたいな・・・。
「母親の前だからスウェード家の女として振る舞った・・・もしそうだったら救いようがあるわね」
「救える・・・」
「・・・でも忘れないでねルージュ。母親の指示だとしても、あの二人がティムにしてきたことは変わらない。・・・どこにも救いが無いから飛び出したんだよ」
「わかっています・・・」
そう、逆らえなかったとしても事実は変わらない。
どう思っていようとも・・・。
◆
「そろそろ入場口へ移動をお願いします」
控室の扉が勢いよく開けられた。
いよいよ・・・。
「じゃあ、私は観戦席に戻るね」
ステラさんが出て行った。
「行くか・・・」
ティムさんが起き上がった。
寝起きで大丈夫かな?
「ティム、かわってやろうか?」
ニルス様が真剣な声を出した。
これはおふざけじゃない・・・。
「大丈夫だ」
「直前でもいいからな?」
「・・・このまま行く」
ティムさんはシロガネを力強く握った。
うん、その方がいい。
◆
「ティム様・・・」
控室を出るとエディさんが立っていた。
一回戦のあとも一人で来てくれてたけど、どういう気持ちなんだろう?
「・・・なんだよ?」
「友人を心配するのは普通のことですよ」
「・・・俺が負けるってか?」
そうじゃないとは思うんだけど・・・。
「後ろ向きな捉え方は良くないですね。・・・あなたは強いので大丈夫ですよ」
「そう・・・」
「気の利いたことは言えませんが、ティム様の勝利を願っています」
エディさんの声はとても優しい。
だから、なんだか安らぐ・・・。
「それと・・・自分を見失いそうな時は、テーゼで関わった方たちの顔を思い出してください」
「あるわけねーだろ・・・」
「ええ、信じています」
エディさんは、ティムさんの背中を軽く叩いてあげた。
「気持ちわりー奴・・・」
「それでいいです。・・・不快な思いをさせて、申し訳ありませんでした」
「思ってねーだろ」
「本心ですよ」
「・・・」
ティムさんの口元が緩んだ。
友達だから・・・本当にそれだけなのかな?
「ルージュ様、ヴィクター様、あなたたちも応援していますからね」
「はい!」
「ありがとうございます!」
気持ちが昂ってきた。
もっと熱くなりに行こう。
◆
「みなさんお待たせいたしました!!準決勝、ティム率いる風神隊とティアナ率いるスウェード家!!決勝へと前進するのはどちらなのか!!目を離さずにご覧ください!!」
訓練場が揺れた。
進行は毎回あの人だけど、ずっとあんなに叫んでて疲れないのかな・・・。
「期待してるからな」
ティムさんが一歩下がって、わたしとヴィクターの背中を叩いてくれた。
本当に頼りにされているのが伝わってきて、どんどん体温が上がっていく。
「おい、騎士が簡単に負けたら話になんねーからな?」
「当然です」
ヴィクターだけ胸も叩かれた。
え・・・ずるい・・・。
「ティムさん、わたしにもしてください」
「は?」
「同じがいいです!」
わたしは胸を張った。
自分だけ除け者にされたみたいでやだ。
「・・・お前の胸は触れねーよ」
「わたしも欲しいです!お願いします!」
「ティム、ルージュがいいって言ってるんだ。やってやれ・・・」
ニルス様もお願いしてくれた。
そう、一緒がいい。
「・・・お前が負けたらアリシアの名前に傷が付くと思えよ」
「負けません!」
「そのまま行け」
わたしの胸も叩かれた。
これがいい、なんだか血が滾る・・・。
◆
「やっとティムが戦うぞ!!」「本当だ、靴も脱いでる」「休んだ分しっかりやれよ!!」
観客席から色んな声が聞こえてきた。
たぶん毎回見に来てくれている人たち・・・ティムさんが戦うのをずっと待っていたんだ。
「ティム、ケガするぞ。手袋をして靴を履け」
「ニルス様、ティムさんはいつもこうですよ」
「バカかよ。ああ・・・バカだったな」
「うるせーな。素手と素足、鍛えた体が一番信用できんだよ」
ティムさんが本気の本気で戦う時はこの姿だ。
だからそれを知っているお客さんも喜んでくれてるんだよね。
「ティムさん、ラミナ教官とセレシュが手を振ってますよ」
ヴィクターが親指を客席の二人に向けた。
うーん・・・ハリスさん、やっぱりいないか・・・。
「ああ、そうだな」
ティムさんは一度だけそっちを見て、闘技盤に飛び乗った。
わたしたちも続こう。
絶対勝つから見ててね・・・。
◆
「今回も見ているだけか?」
「・・・さあな」
ティムさんとティアナは睨み合っていた。
今「開始」って言われたらどっちも飛び掛かりそうだ。
「・・・オスばかりで気が滅入るな」
イザベラがヴィクターを見て呟いた。
これはどっちなんだろう?
本心なのか、それとも母親が近くにいるからなのか・・・。
「早く終わらせるか・・・」
「・・・」
ヴィクターは無言だ。
「くだらない」って顔で聞き流している。
「それでは開始位置に付いてください」
試合開始はお互いが闘技盤の両端に立ったらになる。
大丈夫・・・やれる。
◆
「俺の方には手を出すなよ?」
ティムさんがティアナを睨みつけた。
この雰囲気、修行の時は見せてくれなかったな・・・。
「・・・返事」
「はい」「信じています」
「ティム、オレが付いてやろうか?」
「いらねー・・・。そのままルージュの肩にいろ」
この戦いからニルス様がわたしに付いてくれる。
師匠と一緒・・・すごい安心感だ。
「では準決勝第一試合・・・開始です!!!」
開始の鐘が鳴らされて同時に天を貫くほどの歓声が起こった。
「ルージュ!」
「うん!」
わたしとヴィクターは飛び出した。
「危なかったら助けてはやる」
一歩遅れたティムさんがわたしたちを追い抜いた。
速い・・・ニルス様みたいだ。
「ティムさん、あれってそういうことですか?」
ヴィクターの目も鋭くなっている。
「・・・一対一がしてーらしいな」
「乗るんですか?俺はどっちでも勝てます」
向こうは一人ずつ間隔を空けて待ち構えている。
わたしだって・・・。
「わたしも一人でいけます!!」
「・・・どっちとやるかは勝手に決めろ!」
「わかりました。ヴィクター、妹はわたしが行く!」
「わかった」
心配なんて一切してないって顔だった。
ヴィクターもわたしを信頼してくれてる・・・嬉しい。
◆
「できれば相手はあのオスの方が良かったんだけど・・・」
勢いを乗せた一撃は受け止められ、弾き返された。
力はわたしよりもある。
長い間騎士団で鍛えていたんだからそこは仕方ない・・・。
大丈夫・・・大丈夫・・・。
「焦るな、勝てない相手じゃない。修行を思い出せ」
ニルス様の落ち着いた声がわたしに勇気をくれた。
うん、焦らない・・・。
「オスと手を打ち合ったりして気持ち悪かったわ」
シェリルの剣がいつの間にか目の前・・・でも躱せる。
「なんとでも言ってください!」
体を逸らすと同時に剣を振った。
でも切っ先が手袋を切り裂いただけ、致命傷は無理だったか・・・。
「キレが無いわね。剣はこう振るのよ!」
わたしの太ももに斬り傷が作られた。
反応が早い、わたしよりもずっと・・・。
「動きはいいと思ったけど、オスと組んでいたからだったのかしら?・・・だとしたらあなたはメスね」
「・・・ここは戦う場所です。剣で語ってください」
「生意気・・・」
シェリルの剣が振り上げられた。
怒りで大振りになったみたい。
これなら・・・。
「見切れてますよ!」
上段からの一撃を受け流し、体ごとぶつかった。
「ぐ・・・」
「お返しです!」
踏みとどまられたけど、太ももに同じ傷を付けてやった。
うまく決まって気持ちいい・・・。
「ああ・・・イライラする・・・」
シェリルの声色が変わった。
あ・・・本当におこ・・・。
「・・・う!!」
わたしのお腹に重いものが打ち込まれた。
拳?肘?剣?とにかく重い・・・。
「メスにも遠慮はしない!!」
「ぐ・・・」
顔を殴られて、わたしの体がのけぞった。
あ・・・まずい・・・。
「オスに教わった戦いはその程度だったの?」
胸倉を掴まれた。
「きのうはもっと元気があったでしょ?」
お腹に膝が入り込んでくる・・・。
二度・・・三度・・・お昼を食べていたらきっと戻していた。
◆
「ふー・・・明日からあなたはスウェード家の犬よ。全裸で飼ってあげるわ」
「く・・・」
手が離され、わたしは盤上に膝をついてしまった。
「ごほ・・・うう・・・ごほ・・・」
痛いけど・・・なんか気持ちいい・・・。
「ルージュ、まだいけるな?顔はあとで綺麗に治してやる」
ニルス様がわたしの髪の毛を引っ張った。
この声が力になる。
一緒に戦っているからだ。
「はあ・・・はあ・・・平気ですよ」
「自分を信じろ」
「はい!」
すぐに地面を蹴って後ろへ跳んだ。
距離を取らなければ・・・。
「まだやるの?負けを認めてここから下りたらもう痛めつけたりはしないわ」
「その言葉・・・お返しします」
わたしは背負っていた聖戦の剣を抜いた。
「・・・剣が増えたからなんだって言うの?」
「勝てます・・・」
聖戦の剣は左手で逆手に・・・。
滾る血が、熱を持った体が・・・こうしろって言っている。
「変な虚勢はあのオスから教わったのかしら?」
シェリルは、ティムさんじゃなくてティアナを見て言っているような気がした。
もしそうなら・・・揺さぶれる。
「・・・あなたはティムさんに対して家族は感じていないんですか?」
「オスは・・・家族では無い」
少しだけ迷いがあるような顔・・・うまくいったみたいだ。
けど、放った言葉は許せない・・・。
「二度とそんな言い方はさせない!!」
踏み込み、体重を乗せてぶつかった。
受け止められたけど、今度は押し返されるわけにはいかない。
「あなたはかわいそうです!ティムさんは優しいお兄ちゃんなのに!」
「・・・叩くといつも目が潤んでいたわ。面白くて・・・何度もしていたのよ!」
また大振りになった。
もっと・・・。
「なぜそんな仕打ちをした!ティムさんがあなたに何をしたんですか!」
「スウェード家にはそういうしきたりがある!!」
「なんとも思わなかったんですか!!!」
シェリルの剣を弾いた。
決めたいけど・・・聞きたい。
「心は・・・痛まなかったんですか?」
「・・・」
シェリルは目を逸らした。
なにを思ったんだろう・・・。
「答えてください!心は痛まなかったんですか!」
「・・・オスに・・・バカじゃないの!」
なにかを無理矢理振り払うような突きが放たれた。
「生意気な口は今日で最後だと思いなさい!」
迷いと共に迫る切っ先は、わたしの胸を狙っている。
「踏み込んだ瞬間だ。できるな?」
「はい」
刺突はどこを狙われていようと好きな方向に流せる。
ティムさんくらいのは無理だけど・・・。
「そこだ!」
「はい!」
向かってきた刃とわたしのほっぺがすれ違い、胎動の剣がシェリルの胸元を斬り裂いた。
「く・・・うう・・・」
「どうしました?」
「・・・」
「まさかこれで終わりですか?」
本気で煽った。
そこだけはティムさんと一緒だから・・・。
「図に乗るな!」
払い・・・怒りで動きが見えやすい。
でも今度は流さない。
「勝てるから乗ります!!」
わたしは払われた剣よりも速くシェリルの持ち手を斬り上げた。
よく響く金属音、鉄の塊が石造りの盤上に落ちる音・・・。
そして、全身に快感と甘い痺れ・・・。
『これがアリシア様の得意技だよ。なあニルス?・・・俺はこれ苦手だったんだよね』
『オレは見切れますよ。それに本当は持ち手じゃなくて、腕ごと落とす技です』
そこまではしない、剣を手放してくれればいい。
「急所は外せ」
「わかってます」
聖戦の剣でシェリルの太ももを突き刺し、動きを止めた。
「うあああああ!!!!!」
「それくらい我慢してください!!!!」
「・・・」
シェリルが固まった。
叫び・・・使っちゃった・・・。
「終わりです!!」
胎動の剣が隙だらけの右肩を貫いた。
これでもう剣は握れない。
「まったく・・・油断するなよ?」
ニルス様はなんとか叫びに耐えてくれたみたいだ。
「はい、必ず連撃!」
打撃はほとんど練習していない。
けど、この状態ならいける。
「これが男性に教わった戦いです!!」
首とお腹に拳を打ち込み・・・最後に預けていた剣を二本とも返してもらった。
「あなたじゃわたしを倒せません」
「ああ・・・く・・・ふー・・・ふー・・・」
うずくまって苦しんでるけど、わたしは構えを解いたりしない。
『武器を向けてきた相手に、気を遣うことは一切しなくていい』
・・・教わったもん。
「ティムさんはもっと・・・もっと強いですよ!あなたでは到底勝てません!!」
とどめに体重を乗せて蹴り、場外へ落とした。
はあ・・・勝った・・・。
◆
「ルーンとシェリルの決着もつきました!!!舞うような美しい剣、素晴らしい技の数々でしたね」
シェリルのそばに治癒士さんたちが駆けつけてきた。
あんなに強いんだから生きてるはず・・・。
「シェリルさん・・・聞こえてますか?」
「・・・」
呼吸はしてるみたいだ。
「さっきの言葉が本心なら・・・もう二度とわたしのティムお兄ちゃんに近付かないでくださいね」
「・・・」
指先が少しだけ動いた。
・・・聞こえてくれてたらいいな。
「頑張ったなルージュ、もう休んでて大丈夫だ」
ニルス様が優しい声で褒めてくれた。
だけど・・・。
「いえ・・・まだ終わってません」
自分の戦いに集中してて、他は見えていなかった。
ティムさんとヴィクターは・・・どうなったの?
『自分を見失いそうになったら、大切な存在を思い出せ』
『それと・・・自分を見失いそうな時は、テーゼで関わった方たちの顔を思い出してください』
なぜか、イライザさんとエディさんの言葉が浮かんできた。
あの二人は、何かを感じてティムさんに同じようなことを言ったんだよね?
『黒い感情は抑えろ』
たぶん・・・そういう感情?
・・・いや、大丈夫なはずだ。
『大丈夫ですよティムさん、その時はわたしを見てください』
わたしが近くにいれば・・・。




