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Our Story  作者: NeRix
風の章 第三部
205/481

第百九十六話 賭け【ルージュ】

 明日はいよいよ闘技大会だ。

自分が戦う側にいるなんて、以前のわたしに教えたら絶対信じないと思う。


 お母さん・・・絶対驚くよね・・・。



 「おお!!これも流せるようになったか!」

スコットさんが嬉しそうな声を上げた。

なんか恥ずかしい・・・。


 「刺突が・・・一番やりやすいです・・・」

「ふーん・・・いい目だ。でも反撃しないとダメだぜ」

「あ・・・」

わたしのお腹にスコットさんの拳が当てられた。

本番では・・・ちゃんとやるもん・・・。


 「でも、スコットさんって本気じゃないですよね?」

「まあそうだけど。大会はこれくらいできれば何とかなるよ。一対一じゃないからな」

「でも・・・べモンドさんたちと当たったら・・・」

「ヤバかったらヴィクターがいる。それでもダメならティムがやってくれる。心配しないでおもいきりいけ」

三人だから・・・なんとかなる。

だけど、助けてもらうだけは絶対嫌だ。わたしだって頼りにされたい。


 「クロガネが負けるとしたら精霊鉱くらいかな。守護の剣は名前だけじゃない」

「はい!」

「でも相手の出方見過ぎだよ。格上だと一気に持ってかれちゃうと思う」

「そうですかね・・・」

ヴィクターは動きじゃなくて、心構えを教わっているみたいだ。

そりゃ実力はあるもんね・・・。


 「いい加減倒れろ怪力女が!!」

「相手に期待するな!!倒れるまで攻めろ!!」

ティムさんとイライザさんは、わたしとは全然違う世界にいる。

・・・負けてられないよね。


 「スコットさん、もっと技を教えてください!」

「いい気合だ。じゃあ・・・アリシア様の技を見せてやる」

できる限りやっておきたい。

もっと時間が欲しかったな・・・。



 お昼の鐘が鳴った。

・・・今日はここまでだ。

 

 「ルージュ、明日は応援してるからね」

「私もあなたたちの勝利を願っています」

セレシュとラミナ教官がそばに来てくれた。

 二人はわたしたちの鍛錬を何度か見に来てくれている。

もちろん、ステラさんかミランダさんが一緒にいる時だけだ。

でも今日はティムさんが連れてきてくれた。


 「ニルスさん、ルージュとヴィクターは大丈夫そうですか?」

「問題無いよ。セレシュはお父さんを応援しなくていいの?」

「友達が一番です」

「そう・・・ありがとう」

セレシュとニルス様はいつの間にか仲良くなっていた。

休憩の時にもけっこうお喋りしてたからな・・・。


 「イライザ、スコット、ティララ・・・助かった」

ティムさんが三人に思いを伝えた。

修行に付き合ってもらって初めてのことだ。

 「おい・・・ティムが礼を言ったぞ・・・」

「やめなよ・・・明日なんかあるかもしんないじゃん」

スコットさんとティララさんが一歩下がった。

そこまで言わなくても・・・。


 「なんだお前ら・・・」

「ていうか、優勝が礼でいいよ」

「そうそう、結果で見せてね」

わたしも二人にはとても感謝している。

時間が無いこともあってけっこう厳しかったけど、おかげで自信も付いてきた。

ただ・・・お母さんと三人で出ていたら、絶対に勝てない相手だったと思う。まだずっと遠い・・・。


 「ティム、あんたは強い。明日・・・しっかりやりなよ」

イライザさんがティムさんを抱きしめた。

こっちが本当のお母さんだったらよかったのに・・・。

 「お前女のくせにかて―んだよ・・・旅行楽しんでこい」

「その感じでやるんだ。黒い感情は抑えろ」

「・・・んなもんねーよ」

「そうか・・・」

イライザさんは切ない顔をしている。

できれば、明日来てほしかったな・・・。



 三人の師匠たちが帰った。


 「午後からはしっかり休めよ。・・・今日は俺もミランダのとこに泊まる。明日は一緒に行くぞ」

ティムさんが、わたしたちに背中を向けて言った。

 どんな顔をしてくれているのかとっても気になる。

・・・きっと優しい顔だろうけどね。


 「では・・・私も一緒に泊まります」

「ルージュ、私も一緒がいい」

ラミナ教官とセレシュはちょっとだけはしゃいでいた。

お部屋も空いてるし、わたしもそうしてほしい。



 「なんか・・・街にどんどん人が増えてるな・・・」

帰り道で、ヴィクターが目を細くして通りを眺めた。

まあ、明日からお祭りだから観光客がたくさんいて当然だ。


 「あ、そうだ。大会が終わったらお祭りも行こうよ。どれくらい人が多いか見せてあげるって約束したよね?」

「あ、ああ・・・そうだな」

ヴィクターは胸を押さえた。

よくやってるけど、なにかのおまじないなのかな?



 「・・・よく戻った闘士たちよ」

戻るとミランダさんがニヤニヤしながら近付いてきた。

なんだかいいことがあった感じだ。


 「出場者の表が出た・・・倍率もね」

ミランダさんがテーブルにそれを広げた。

 「見せてください」

ええと・・・わたしたち風神隊は・・・。


 「・・・八倍」

「狂ってるよね、今回は荒れてるのよ。アリシア隊が出ないからさー」

「・・・知らないとこだと十二倍とかありますね」

「地方のケンカ自慢でしょ。眼中無し」

八倍か・・・一万エール賭けたら八万エール・・・とんでもない大金だ。


 「その中で一番倍率が低いのはおじさんのとこだね。まあ元軍団長だし、期待値は高い」

「二倍・・・単純に俺たちより四倍強いと思われてるってことですよね?」

ヴィクターの指が風神隊の上に乗った。

四倍・・・。

 「仕方ないでしょ、ティムはおじさんに負けてるからね」

「何年前の話してんだよ」

個人の方の二回目の大会だ。

わたしも見ていたけど、けっこういい勝負だったと思うんだけどな。


 「まあ、ヴィクターとルージュがいるから仕方ないのよ」

「どういうことですか?」

「雷神の娘と聖女の騎士・・・みんな知ってれば倍率はもっと下がったってこと。でも惜しいな・・・ルージュは女の子で最年少、ティムも無名なら逆に一番高い倍率になったのに・・・」

わたしたちが素性を隠しているせいか・・・。

今は明かせない。ヴィクターもその気は無いみたいだし、強さは大会で証明すればいいよね。


 「まあ二人は仕方ないけど、もっと闘士の詳しい紹介をしてほしいですよね」

「どういう人たちか取材すればいいのにね。こういう理由で賞金を勝ち取りに来たとか、そういうのあれば応援したいなって人も増えそう」

「簡単すぎるんだよね。元軍団長・・・元戦士・・・地方領主・・・騎士団・・・」

「つまんないよねー。まあわたしたちはティムさんの事情を知ってるから応援するけどさ」

ノアさんとエストさんが後ろで盛り上がっている。

・・・取材は恥ずかしいな。


 「スウェード家は・・・五倍か」

ニルス様が呟いた。

ふーん・・・そうなんだ・・・。

 「・・・関係ねーよ。メス共も眼中にねー」

「あんた、イラついてない?」

「別に・・・」

わたしはイラついた。

 風神隊よりも強いって判断されてるってことだ。

実力はわからないけど・・・ちょっと許せない。


 「まあまあ、落ち着きなよティムくん。・・・上限百万まで賭けていいのよね?」

「当然だ。エリィとセレシュも賭けていいぞ」

「ふっふーん、いいねいいね。あたし楽しくなってきちゃった」

絶対に優勝する・・・気持ちでは誰にも負けないけど、みんながお金を賭けると思うと重圧がある。

・・・本当に大丈夫かな?


 「私もルージュ様たちを見に行きたいです」

カゲロウさんも話に入ってきた。

 「そうね、じゃあケープを貸してあげるわ」

「ありがとうございますステラ様」

カゲロウさんは精霊だけど見た目を変えられないらしい。

だから家から出るには銀の髪を隠して、誰かが一緒でなければダメってステラさんが言い聞かせている。


 「エスト、僕たちも賭けようか」

「そうだね、一緒に出して山分けしようよ」

ノアさんとエストさんも楽しみにしてくれている。

なんだか緊張感が無い人たちだ。

 でもそれくらいわたしたちの優勝を信じてくれてるってことだよね。

・・・重圧は考えないようにしよう。


 「十六組か。・・・組み合わせは当日にくじ引き・・・殖の月もそうなの?」

ニルス様が顔を上げた。

規定のところを読んでいたみたいだ。

 「そうよ、決まったら発表前に賭けを締め切る。ちなみに訓練場行けば、今日から賭けられるよ」

「なるほど・・・面白そうだ」

「そうそう、面白いのよ。今回はあんたも出るし、八倍・・・ふふふ」

ミランダさんは優勝して当たり前って顔をしている。


 『まあ・・・最悪オレが出るからなにも心配するな』

たぶん・・・だからみんな余裕なのかな?

・・・ニルス様に交代はさせない。


 「・・・あ?おい、おっさんとこにエディもいるぞ・・・あいつ出んのか?」

ティムさんが各組の名前を見て「うわあ・・・」って顔をした。

エディさん・・・たしかに戦ってる姿が想像できない。

 「戦わないでしょ。ジーナさんの体を揉む係だね」

「どっちにしろ会いたくねー」

ティムさんは苦手って聞いている。

あの人、優しいから好きなんだけどな・・・。


 「ティム・ラミナ・・・スウェード家は気付くかな?」

ニルス様が「風神隊」の上に移動した。

別にどっちだっていい・・・。

 「知るかよ・・・」

「恐い顔するなよ。オレがいるだろ?」

「気持ちわりー奴・・・」

ティムさんの顔が緩んだ。

ニルス様はよくわかってる。


 「あはは、あんたニルスには勝てないもんねー」

ミランダさんが笑い出した。

こっちもわかってるみたい。

 「戦場終わってから一回もやってねー。あの頃とはちげーよ」

「へー・・・ちょっとみんな見てよー」

ミランダさんが床に寝転がった。


 「うう・・・ぐ・・・うああ・・・」

「おい・・・なんの真似だ・・・」

「いきがってた時のあんたに決まってんじゃん。で、ニルスが・・・」

立ち上がった・・・。

 「自惚れ過ぎだ。見切れてるんだよ、お前の動きはすべて・・・」

「なんでオレの真似まで・・・」

「このあとニルスがティムのお腹に思いっきり踏み込んだんだよ。そしたら、バカみたいな顔して血吐き出して・・・」

「てめーふざけんなミランダ!!」

ティムさんを和ませるためじゃなかったのかな・・・。



 夕食はルルさんの所で取ることになった。

みんなで来たかったけど、カゲロウさん、ノアさん、エストさんはお留守番だ。

スコットさんたちが来たらバレちゃうからな・・・。


 「面白そうね。じゃあ、あたしもルージュたちに賭けよっかな」

ルルさんが大きなお肉を運んできた。

・・・これで力が付きそうだ。


 「食ったらすぐに帰るぞ。万全で挑む」

「はい!」「わかりました!」

テーブルにはわたしとティムさんとヴィクター、そしてセレシュとラミナ教官が座っている。

そして肩にはニルス様・・・食べたらすぐに戻る組だ。



 「ねえねえエリィちゃーん」

隣のテーブルにいたミランダさんが椅子だけを持ってこっちに来た。

もう飲んでるのか・・・。

 「な、なんでしょうか・・・」

「あんたのとこって、激しい運動させてないじゃん?」

「それがなにか・・・」

「今のルージュはいいの?」

わたし?


 「激しい運動どころじゃない感じで体動かしてんじゃん。もう純潔じゃなくなってるでしょ。アリシア様もそうだったみたいって、ルルさんから聞いたことあるよ」

「だとしても・・・心は純潔のままです」

「え・・・どういう意味ですか?」

二人は何を話してるの?

 「クラインさん、なにも気にすることはありません。あなたは純潔のままです」

「え・・・」

まったくわけがわからない・・・。


 「ていうかずっと思ってたけど、純潔の花園って名前気持ち悪いよね」

「な・・・なんてことを・・・」

「娼館の名前みたいじゃん」

「ふざけないでください!」

ラミナ教官が大声を出した。

初めて聞いたかも・・・。

 「あなたのような人が妙な噂を流すせいで迷惑しているのですよ!」

「いっぱいあるよねー。あそこは淑女じゃなくて娼婦の教育してるとかさー」

「冗談ではありません!新しい噂が広まるたびに説明会を開かなければいけないのですよ!!」

「あはは、おかしい・・・あはは」

ステラさんが笑い出した。

わたしたちが娼婦・・・なんでそんな噂が立つんだろう・・・。


 「エリィ落ち着けよ。ルージュとセレシュ見ればどっちが本当かわかんだろ・・・」

ティムさんが食べる手を止めた。

助けてあげるんだね。

 「あ・・・ティムさん・・・」

「魔女は気にすんな。信じてる奴の方が少ない」

「そ、そうですよね」

ラミナ教官の顔が落ち着いた。

好きな人からの言葉だからなんだろうな。


 「なんだつまんないな・・・ニルス、ジェニーにも入場券渡しといたよ」

ミランダさんはからかうのを諦めたみたいだ。

 「ああ、ありがとう」

「ニルス君から直接がよかったなーって言われたんだけど」

「オレは悪くないだろ・・・」

ニルス様はお友達家族を呼んだらしい。

わたしは恥ずかしいからアカデミーの友達に声をかけていない・・・。


 「ふふ、あなたたちはいつも楽しそうね」

ルルさんが新しい料理を持ってきた。

今度はキノコか・・・。


 「・・・ヴィクター、明日頑張ったらアリシアに強い子だよって言ってあげるからね」

ルルさんがヴィクターに微笑んだ。

・・・お母さんに?

 「・・・よろしくお願いします」

「ルルさん、わたしが言ってあげるから大丈夫だよ」

「あら・・・だってさヴィクター」

「・・・」

ヴィクターはまた胸を押さえた。

・・・どういう時にこうなるんだろう?


 「ゴチャゴチャ言ってねーで食え。晩鐘鳴る前に帰るぞ」

「ティム、そんなに急かさないであげて。それに、味わって食べてほしいんだけど」

「客増えたら飲まねー俺らは邪魔だろーが」

「あはは、気にしなくていいのに」

そっか・・・今はまだ少ないけど、これからお客さん増えるよね。

わたしもティムさんみたいに、そういうところに気を回せる人になりたいな。



 「まだ食うか?」

ティムさんがヴィクターに果物を渡した。

わたしはもうお腹いっぱいだ・・・。


 「これ以上は無理ですよ・・・」

「じゃあそろそろかえ・・・」

「アリシア様はいらっしゃるか!」

ティムさんが立とうとした時、入り口から店中に響く大きな声が聞こえた。


 ・・・聞き覚えがある。

ティムさんの元母親だ。


 「ルコウの領主か・・・」

ニルス様はなんでもないって顔で葡萄をかじった。

 「・・・」

ティムさんは答えなかった。

・・・大丈夫かな?


 「平気ですよティムさん、私が一緒にいます」

ラミナ教官がティムさんの腕を擦った。

たぶん、事情は全部聞いているんだ。

 「わたしたちも一緒ですよ」

「俺もいますよ」

「オレもいるけど・・・」

「うるせーな、あいつとはもうなんの繋がりもねーんだよ」

よかった、少し目を細めたけどいつも通りだ。

ティムさんはわたしと比べると、とても心が強いんだろうな。



 「アリシアはいないわ」

ルルさんが対応しに行った。

わたしたちの話を聞いていたから・・・。


 「店主か・・・こちらによくいらっしゃると聞いたのだが」

「たしかにここで手伝ってくれることもあるけど・・・街にもいないのよ。しばらく旅行に出ているの」

「そうでしたか・・・大会にも出られないのでなにかあったのかと思い・・・」

「会えなくて残念だったわね」

なんだかもやもやする。

 ・・・あんな人でも誰かの心配をすることがあるみたいだ。

でも、ティムさんには向けたことの無い感情・・・。


 「ちなみに会ってどうしたかったの?」

「恥ずかしながら、一度もお顔を拝見したことが無かったのでご挨拶をしたかった。いらっしゃらないのであれば、別な機会にしましょう」

きっとお母さんは、いたとしてもあの人には会わない。

 「帰ってくれ」って、きっとそう言う。

お母さんは家族を大切にしない人は嫌いだもん・・・。


 『お母さんがあの場にいたらどうしていたでしょうか?』

『ぶん殴ったと思う。二度とティムに近付くなとか言ったんじゃないかな』

ニルス様も言っていた。

ここにいてくれれば・・・。


 「仕方ありません母上、戻りましょう」

「そうです。ここは女性以外もいるようですし・・・」

元母親の後ろには二人の女性がいた。

たぶんあれが元お姉さんと元妹だ。


 「なら明日の闘技大会も出んじゃねーよ。オスの方が多いぜ」

今度はティムさんが声を張った。

みんな関わらないように黙っていたのに・・・。


 「無礼なオスがいるようだな・・・」

「どんな顔か見てあげるわ」

二人がこっちに近付いてきた。

まだティムさんだと気付いてはいない・・・。



 「・・・」「・・・」

元姉と元妹はティムさんを見て固まった。

・・・今、どんな気持ちでいるんだろう?


 「・・・お前たち、オスにいちいち構うことは無い」

元母親もこっちに来た。

なんだか、心がざわつく・・・。


 「なんだ、誰かと思えば・・・お前たち、忘れてしまったか?」

「・・・」「・・・」

姉妹が顔を引き締めた。

母親が来てからだ・・・恐がってる?

 「ああ・・・いましたね。母上の言葉が無ければ思い出すこともありませんでした」

「・・・そうですね、野生に帰って言葉遣いも忘れてしまったようですし」

二人はかなり傲慢な態度でひどいことを言い放った。

わたし・・・我慢できるかな・・・。


 「おいミランダ、勘違いしたメスが三匹・・・闘技大会に出るらしいぜ」

ティムさんも負けてない・・・。

 「・・・あたしに言うな」

「・・・」「・・・」「・・・」

三人がこっちを睨んできた。

挑発に弱いのは・・・似てる。


 「あれ・・・ミランダ・・・英雄ミランダ様?」

元妹が視線を移した。

お願いミランダさん、助けてあげて・・・。

 「ま、まあ・・・そうだけど・・・」

「やはり・・・母上」

「・・・」

三人はミランダさんに向き直った。

早くティムさんの視界からいなくなってほしい・・・。


 「お会いできて光栄です。守護で多くの戦士を救い、最後のドラゴンを葬ったと・・・ご挨拶が遅れて申し訳ありません」

元母親の声は、ティムさんの時とは全然違った。

女性と男性で、接し方をここまで分けられるのか・・・。


 「いや・・・いいよ。それとさ・・・あいつのことあんまり悪く言わないでくれる?あたしの部下なの」

あ・・・庇ってくれた。

いいぞミランダさん。

 「部下・・・」

元母親は横目でほんの少しだけティムさんを見た。

そして、声も冷たくなっている。


 「お前がミランダ様の部下だと?羞恥心があるのなら迷惑をかける前に去るべきだろう」

「・・・」

今度は言い返さないみたいだ。

 「・・・逃げ出して覚えたのは虚勢だけのようだな」

「・・・」

ティムさんは何も言わずに誰もいない方向へ目を向けている。

無視・・・してる?


 「そうか・・・私の前では勝手に口を開くなと命じていたな。思い出してきたのか?」

「・・・ティムさん帰りましょう」

ラミナ教官がティムさんの手を引いて立ち上がった。

 「失礼します。あなたたちと同じ空間にはいたくありません」

「無礼だな・・・」

「傲慢な方たちには言われたくありません。・・・行きましょうティムさん」

「・・・」

ティムさんは引っ張られる形で酒場を出て行った。

構わず遠ざける・・・今のでよかったのかもしれない。



 「あの臆病者に惹かれる女がいるとはな・・・同類か」

「・・・私にはよくわかりません」

「私も・・・知りたくはないですね」

三人はティムさんの姿が見えなくなったあとも罵倒を続けた。

・・・もう我慢できない。


 「ミランダさんが仰ったことを忘れましたか?・・・ティムさんたちを悪く言わないでください」

わたしは立ち上がって真っ直ぐに三人を睨んだ。

これ以上は許さない。

 「君は・・・あれと一緒にいたな」

「あれじゃないです。ティムさんは私たちを鍛えてくれました」

「オスに教えを請うなど恥を知るべきだ」

「・・・恥?」

余計頭に血が上った。

 今のはティムさんだけじゃなくて、ニルス様、ヴィクター、おじいちゃん、スコットさん、それとカク・・・。

わたしを強くしてくれたみんなをバカにされた気がする。


 「・・・ルージュ、抑えろ」

ニルス様に耳たぶを引っ張られた。

師匠からだけど、これは聞けない。


 「わたしは男性に剣を教わりました。恥かどうかは明日証明して見せます!」

「・・・明日?大会に出るのか・・・」

「風神隊でティムさんと一緒に出ます。あなたたちを下し、優勝を手に入れて見せましょう!」

「・・・」「・・・」「・・・」

三人が同時に鼻で笑った。

でも関係ない、余裕な顔をしていられるのも今だけだ。


 「母上はとても強いわ、あなたの剣が届くはずがない」

元妹が一歩前に出てきた。

だとしても・・・。

 「ティムさんの剣は届きます!」

「そうなるとは思えないわね。元戦士くらいの実力があれば別だろうけど」

なら届く!


 「ティムさんは・・・」

「ルージュ!!」

セレシュに腕を掴まれた。

 「ダメだよ・・・」

何を言いたいのかはわかる。

 そう・・・わたしが言ってはいけない・・・。

本当は功労者になるくらいの活躍をしていたのに・・・。


 「よくわからんが・・・あれが何だと言うんだ?」

「・・・勝ちますと言いたかっただけです」

「ふ・・・ただ剣を振るだけで勝てるのなら楽なものだ」

ティムさんはこの人たちに自分の存在を知られたくなかった。

 だから功労者も断ったし、闘技大会も毎回偽名で出ている。

もし口走っていたら、その思いを全部踏みにじっていた・・・。


 「わたしはあなたたちと暮らしていた頃のティムさんは知りません。ですが、昔と同じだとは思わないでください」

「あれと同じで虚勢だけは一人前だな。・・・なら優勝できなかった場合、スウェード家に一生尽くすと誓え」

「望むところです!」

勢いもあったけど、この人たちには絶対に負けたくない。

それに勝てばいいだけだ。


 「バカ者が・・・」

ニルス様の呆れた声を出した。

・・・でもこれだけは譲れない、だから自分を賭けてもいい。


 「小娘のわりに度胸はあるようだな。では、ありえないだろうがお前は私たちに何を望む?対等な条件でやってやろう」

元母親に指先を向けられた。

 あ・・・そうか、向こうの条件を飲んだんだからこっちもそれを出せる。

わたしが望むのは・・・。


 「その剣は、わたしのお父さんが作ったものです。勝手ですが、あなたには持っていてほしくありません」

「これをお前の・・・証拠でもあるのか?」

「お父さんの弟子が間違いないと言っていました。わたしの望みはそれだけです」

わたしたちが優勝すれば返してもらう。

 「これは家長の剣・・・スウェード家に無くてはならないものだ」

「わたしは負ければ自分を差し出します。それくらい賭けてください!」

「互いに誇りを・・・いいだろう。明日、簡単に負けるなよ。・・・お前たち、戻るぞ」

ティムさんの元家族たちは酒場を出て行った。


 わたしは間違っていない。

ティムさんのためにも、お父さんのためにも・・・この賭けには必ず勝つ!



 「よし!俺風神隊に賭ける!」「あたしらも応援するよー」「絶対勝てよー!!」「よく言ったぞお嬢ちゃん!」

歓声に似たものが聞こえて、わたしは初めて周りを見た。

 いつの間にか酒場にお客さんが増えていて、全員が今のやり取りを聞いていたみたいだ。

ヴィクターとセレシュ以外は、みんなニコニコしてる・・・。


 「ルージュ、よく言ったわ」

「そうそう、カッコ良かったよ」

ステラさんとミランダさんもはしゃいでいる。

・・・冷やかされるのは好きじゃない。


 「ヴィクター、セレシュ、帰ろう。・・・早く休まないと」

「あ、ああ」

「ルルさん、ごちそうさまでした」

「うん、明日頑張りなさいね」

ルルさんもとびきりの笑顔だ。

・・・早く出よう。



 わたしたちはお客さんたちの声援を浴びながら外へ出た。

涼しい風が吹いていて、体の熱が冷めていく。

 それでも言い放ったことに後悔は無い。

心のままに決めたことだから。


 「ルージュ・・・今の賭けはティムに話すなよ」

ニルス様が、首筋から肩に移った。

・・・師匠はお怒りみたいだ。

 「ニルス様・・・わたしは・・・」

「もういい・・・好きにすればいい」

呆れているのかもしれない。

無視して引かなかったことは申し訳ないと思うけど・・・。


 「俺は・・・良くないと思う」

「私もそう思う」

ヴィクターとセレシュも怒っている。

 「自分を賭けるなんてどうかしてるぞ」

「私も許せないっては思ったけど・・・ティムさんはそんなこと望んでないよ」

二人も賭けのことを言っている。

それくらい本気っていうのを伝えたかったんだけどな・・・。


 「・・・ごめんなさい。どうしても我慢できなくて・・・」

「せめてあの人たちと当たったらにすればよかったのに・・・」

「うん、あっちはそれでも飲んだだろ。割食ってんのは俺たちだ」

う・・・たしかにそうだ。

熱くなり過ぎて厳しい条件を出してしまった・・・。


 「もう・・・勝つしかないからな?」

「そうだよ、それとティムさんに迷惑はかけちゃダメだよ」

「どっちもわかってるよ」

「話が終わったなら早く帰るぞ。・・・ティムの様子が気になる」

ニルス様がわたしの頭の上に移動した。

そうだ、ティムさんは大丈夫かな?



 「おせーよ・・・早く寝ろ」

ティムさんは談話室で剣を磨いていた。

大丈夫だったみたい、好きな人と一緒だったからかな?


 「強襲の剣シロガネ・・・名前はちゃんと覚えたか?」

ニルス様が優しい声で話しかけた。

・・・ベッドでの感じと似てる。


 「・・・間違ってたのは俺のせいじゃねーよ」

「シロガネは突撃用だ。お前やか・・・アリシアの戦い方に合っている」

「・・・見りゃわかるよ」

ティムさんはずっと剣を磨いている。

ニルス様を見てあげてほしいな。

 「そして精霊鉱の剣を除けば、世界で一番強い」

「・・・自惚れてんじゃねーよ」

「いや、間違いない」

「理由・・・言ってみろ」

ティムさんが手を止めて顔を上げた。

 

 「名工ニルスが、大切な友のために全身全霊を込めて打ったからだ」

「・・・」

鼻をすする音が聞こえた。

 「わかったか?」

「ああ・・・お前がバカだってのはな」

ふふ、嬉しそう。

わたしが心配しなくてもよかったみたい。


 「一つ確認したい。母親、姉、妹・・・もしあいつらと当たっても遠慮はいらないんだよな?」

ニルス様がテーブルに下りた。

踏み込むなあ・・・。

 「あー?当たり前だろ、あいつらに情なんてねーよ。・・・潰すだけだ」

「そうです、ティムさんはあの人たちとはもう関係ありませんよ」

「エリィはわかってる。お前らも心配すんな」

これは自信と余裕、あの人が言ったような虚勢では絶対に無い。


 「それに母親なら、今はアリシアとイライザ・・・になるのかな。・・・かなり世話になった」

ティムさんは剣をしまって照れくさそうに言った。

うーん、今のは二人に聞かせたいな。


 「そんでお前らは・・・妹だな」

わたしとセレシュは頭を撫でてもらえた。

 まあ、知ってるけどね。

それに・・・。

 「わたしもお兄ちゃんだと思ってますよ」

「私もです」

「あっそ・・・」

嬉しそう・・・。


 「ティムさん、俺は弟でいいんですか?」

「明日の動き次第で認めてやるよ」

ヴィクターはまだなんだね・・・。


 「私はなんでしょうか?」

ラミナ教官も気になるみたい。

 「・・・今度な」

「はい」

ふふ、これだけで通じるっていいな。


 「楽しそうなお話ですねー。ちなみにわたしはなんですか?」

「僕も知りたいです」

エストさんとノアさんが談話室に入ってきた。

・・・食堂にいたのか。

 「・・・お前らは仕事仲間だよ」

「私は・・・」

カゲロウさんも来た。

 「お前はまだ見極めてねー」

「私は、ティム様は優しい方だと思っています」

「あっそ・・・」

ティムさんも大丈夫って思ってるんじゃないかな?


 「ティム、オレはお兄ちゃんか?」

ニルス様も乗ってきた。

さすがにティムさんは認めてるはず・・・。

 「・・・お前だけは絶対にいやだね」

「ふーん、そう・・・」

ニルス様は嬉しそうに笑っていた。


 なんとなくわかる。

「お兄ちゃん」じゃなくて「友達」だもんね。

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