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Our Story  作者: NeRix
風の章 第三部
201/481

第百九十二話 申込【ルージュ】

 『お前がルージュで、お前がセレシュか』

ティムさんと初めて会ったのは、最後の戦場の前の日だった。

同じ隊だからってミランダさんが連れてきてくれたのを憶えている。


 『なんか・・・乱暴そうなお兄ちゃん・・・』

『お兄ちゃんは誰?』

まだ男の人とか意識しないで話せた頃だ。

 『俺はお前らの兄貴じゃねーよ。ティムっつーんだ』

『子ども相手なんだからもっと優しく話しなさいよ』

『そうだよティム、僕の友達なんだから仲良くして』

ミランダさんとシロの仲間だから、きっと優しい人なんだろうなって思った。

乱暴なのは言葉遣いだけだったから・・・。


 『ルージュ・・・お花・・・つけてあげよ』

『花・・・なんのつもりだ・・・』

『これはね、必ず帰ってきてっていうおまじないだよ』

『俺に・・・帰ってきてほしいのか・・・』

なんとも言えない顔をしていた。

でも、きっと嬉しかったんだと思う。


 『シロがうちの子になった。それで、もう一人・・・ティムが増えてもいいか?』

戦場が終わったあと、お母さんから言われた。

 お祭りが始まってもニルス様は現れなかったからがっかりしていた記憶がある。

だからそんなに大きなおうちじゃないけど、家族が増えるのは大歓迎だった。


 『すまない・・・ティムに断られてしまった。でも遊びには来てくれるらしい』

『えー、ティムさんがお兄ちゃんになってくれると思ったのに・・・』

『シロもお兄ちゃんじゃないか』

『シロはちっちゃいから家族でも友達なの』

ちょっと残念だったけど、本当によく来てくれていた。

闘技大会が始まってからは修行で見ないことも多かったけど、アカデミーの送り迎えしてくれる時は嬉しかったな・・・。


 『これで角度と斜辺がわかる。・・・つーか教本にも書いてあんじゃねーかよ』

『ティムさんに教わるとすぐ覚えられるので・・・』

勉強を教えてくれた。


 『生地のことなんか知らねーよ。俺の意見ばっかじゃなくて自分で決めろ』

『ティムさんの好きな柄で作りたいんです』

一緒にお買い物をしてくれた。


 『これ見てください』

『シロの服か・・・よくできてんじゃん』

頭を撫でてくれた。

 

 『あ・・・ティムさん・・・』

『お前らの制服見ると話しかけてくる変態が出るんだってさ。そいつ捕まるまで送り迎えしてやるよ』

手を繋いでくれた。


 そして今は・・・鍛えてくれている。

だから、わたしはティムさんが大好き・・・。



 晩鐘はとっくに鳴ってしまった。

間に合わなかったわたしたちは、歩いてテーゼの入り口に向かっている。


 「あの・・・ティムさん」

ヴィクターが緊張交じりの声を出した。

 「なんだ?」

「さっきの人は・・・」

「俺の・・・元母親だ」

ティムさんはとても怒っていた。

さっきの出来事・・・。


 『誰かと思えば・・・逃げ出した臆病者か』

『それと、あのオスからは離れた方がいい』

『スウェード家の恥・・・誰かと関わるような存在ではない』

お父さんやお母さんっていうのは、みんな自分の子どものことを愛しているものだと思っていた。


 『私を呼ぶ時はティアナ様・・・だったはずだ』

『お前は初めから必要無かった』

『だからお前がいなくなった日は・・・それまでで一番嬉しい日だったよ』

どうしてあんなことが言えるんだろう?

わたしのお母さんは絶対に言わない・・・。



 「あ・・・ティムさん」

「エリィ・・・」

「待っていましたよ」

ラミナ教官が街の入り口で待ってくれていた。

・・・一人だ。


 「詰め所で待ってろっつったろ・・・勝手に動くんじゃねーよ」

「あ・・・ミランダさんが・・・大丈夫だろうと・・・」

「・・・」

「すみません・・・」

わたしたちの近くには、いつも安全を確かめてくれる人がいるってニルス様が教えてくれた。

 ミランダさんはそれを知っているからラミナ教官に「大丈夫だよ」って言ったんだろうな。

でも、だからと言って絶対安全なわけではない・・・。


 「謝んなくていい・・・来ちまったもんは仕方ねーからな」

「・・・はい」

「それより・・・ルージュだ。久しぶりだろ?」

ティムさんがわたしの赤毛を外した。

手が冷たく感じる・・・。


 「クラインさん・・・無事で安心しましたよ」

「あ・・・はい」

「今回のことはミランダさんから教えていただきました。なにか困ったら相談してくださいね」

「・・・ありがとうございます」

久しぶりに会えて嬉しいんだけど、今はティムさんを支えてあげてほしい。

たぶん、わたしでは癒せないから・・・。


 「えーと・・・あなたが・・・聖女の騎士様ですか?初めまして、エリィ・ラミナです」

「あ・・・はい、ヴィクターです・・・初めまして・・・」

「先ほどステラ様にお会いしました。とても頼りになる方だと仰っていましたよ」

「そうですか・・・」

ヴィクターも気まずいって感じだ。

たぶん、わたしと同じ気持ちなんだろうな・・・。


 「ステラに会ったのか・・・」

ティムさんが呟いた。

小さな声・・・。

 「はい、とても素敵な女性でした」

「ふーん・・・」

「・・・ティムさん、少し疲れているのですか?」

ラミナ教官も様子が違うことに気付いたみたいだ。

そりゃわかるよね。


 「別に・・・そんなことねーよ」

「そう・・・ですか」

「なに変な顔してんだよ。・・・そうだ、こいつがニルスだ」

ティムさんは思い出したように肩からニルス様を引っ張り出した。

ごまかすため?恋人にも弱いところ見せたくないのかな?


 「あ・・・初めまして、エリィ・ラミナです」

「・・・ニルスです。・・・驚かないんですね」

「ティムさんからお伺いしていました。風神ニルス・・・戦士最強の男だといつも・・・」

「余計なこと言ってんじゃねーよ」

今のやり取りでなんとなくわかった。

弱いところを見せたくないのはわたしたちにだけ、ラミナ教官には本心に近いところまで話していそうだ。


 「・・・すみませんティムさん。あの・・・クラインさんの教官もしていました」

「聞いています。ルージュがお世話になりました」

ニルス様は小さくおじぎをした。

まるで家族みたいな挨拶・・・師匠だし普通なのかな?


 「もうじき風の月ですね。新しい子どもたちが入ってくると忙しくなるんじゃないですか?」

世間話まで始めた・・・。

 「いえ、しばらくは経験の浅い教官たちの補佐と指導を担当することになっています。子どもたちを受け持つのは・・・いつになるかまだ決まっていません」

「そうでしたか。あなたが教えるのであれば、良い教官が育つでしょう」

「ありがとうございます。そうなると嬉しいです。ですが、子どもたちの教官の方が楽しいですね。クラインさんのような子をまた受け持ちたいと思っていますよ」

なんか・・・恥ずかしい。



 「エリィさん、今日もティムと一緒ですよね?」

世間話が終わり、ニルス様の声色が変わった。

やっぱり心配だよね。


 「はい、そうです」

「よろしくお願いします」

「おいニルス、それはなんの挨拶だ?」

「別に・・・」

きっと色んな意味が含まれてる。

ラミナ教官なら、なにを言われても寄り添ってあげるはずだ。


 「ルージュ、ヴィクター、早く帰ろう。二人きりの方がよさそうだ」

「はい」「わかりました」

「あ?おい待て、明日も同じ時間にここに来い」

「はい・・・」

話し方はいつも通りだけど、なにかが違う。

今夜だけでどうにかなるのかな・・・。



 「ニルスさん、ティムさんのこと知ってるんですか?」

二人から離れたところで、ヴィクターが立ち止まった。

わたしも聞こうと思っていたこと・・・。


 「まあ・・・全部じゃないけど聞いてる」

「なにがあったんですか?」

「わたしも気になってます。教えてください」

「・・・先に言っておくけど、知ったからといって踏み込んでいいわけじゃないからな?」

前置きが必要な話みたいだ。

覚悟して聞けってことだよね・・・。



 「・・・あいつが話してくれたのはこれくらいだ。だから、秘めていることもたくさんあると思う」

ニルス様は知る限りと憶測を教えてくれた。


 「足音、咳・・・どうしようもないものも、母親たちの気に障れば詰められたって言っていた」

ティムさんは家族から普通じゃない扱いを受けてきたらしい。

 「たぶん・・・話からすると暴力はよくあったんだろう」

それをアカデミーが終わるまで・・・。


 「でもあいつは強い。オレだったら壊れていたかもしれないな」

「・・・父上は厳しい時もありましたが、さっきのようなひどい罵倒は無かったですね。もちろん母上も・・・」

「それが普通だよ、あいつもそう思っている。・・・だから家を飛び出したんだろう」

スウェード家でまともだったのは、ティムさんだけだったってことか。

 もし・・・もしもだけど、お母さんがあんな感じだったらわたしはどうなっていたんだろう?

・・・想像すると怖くなってくる。


 「たしかにティムさんは強いと思いますが・・・今回は大丈夫でしょうか?」

「心配ないよ。エリィさんがいるだろ?」

「いなかったらどうしたんですか?」

「無理にでもオレたちと一緒にいさせたよ」

そうだよね、わたしだってラミナ教官がいなければ一緒にいた。


 「あの態度からは信じられないですけど・・・顔立ちは似てましたね」

ヴィクターが背負っていた剣に手をかけた。

うん・・・似てたね・・・。

 「でも目の優しさは違う。ティムが二人を見る時はとても暖かいよ」

ニルス様がわたしのほっぺを撫でてくれた。

 たしかにそうだ。似てはいるけど、そこは違う。

そうじゃないのに似てる人もいるのに・・・。


 「ニルス様は、お母さんと親子じゃないのに似てますよね。目元も、優しいところも・・・」

「・・・説明しただろ」

「わかってます・・・。ちょっと思っただけですよ」

だから安心するって言いたかったんだけど・・・。


 「お母さんがあの場にいたらどうしていたでしょうか?」

「ぶん殴ったと思う。二度とティムに近付くなとか言ったんじゃないかな」

ニルス様は優しい顔で目を閉じた。

・・・いてほしかったな。



 「明日、変な感じにはなるなよ。いつも通り接してやれ」

お風呂から出ると、ニルス様がわたしとヴィクターにこそこそ近寄ってきた。

うん・・・そうしていこう。


 「見ていてわかった。あいつはお前たちのことをかなり大切に思っている」

「え・・・俺もですか?まだ会ってひと月も経ってないですよ?」

「あいつは・・・不器用なんだよ」

ニルス様が微笑んだ。

昔のことを思い出したのかな?


 「なにが不器用よ。あんたもそうじゃん」

「ミランダ・・・勝手に話に入ってくるな」

いつから聞いていたのか・・・。

わたしたちが気付かないうちに来ていたみたいだ。


 「ニルス様はティムさんとは違いますよ」

「そうでもないよ。ねーニルスくーん?」

「余計なことを・・・」

そうなんだ・・・わたしよりも付き合いの長い人にしかわからないことなんだろうな。

 ティムさんとミランダさんも長い。

だからそんなに心配してる感じがないのかな?


 「ティムはさ、けっこうあんたとセレシュのこと話してたんだよ」

「え・・・そうなんですか?」

「お菓子をあげたら喜んだとか、治癒をかけてお礼を言われたとか。遠く見てにやけてんの。・・・気持ちわるいなって思ってた」

ひどいな、そこまで言わなくても・・・。



 「あんたたちがここに来るまでもそうだよ。ルージュは大丈夫かな・・・とか、暇な時間があるとセレシュの所に行ってたし」

ミランダさんは、ベッドに入ってからもティムさんの話を聞かせてくれた。

もっと知りたいな・・・。


 「一緒に住んどけばよかったっても言ってたよ。アリシア様、何回か声かけてたらしいけど」

「お母さんは・・・断られたって言ってました。どうしてでしょうか?」

「まあ・・・そうね・・・あいつにも譲れないものがあるんだよ」

わかる・・・ミランダさんは答えを濁した。

たぶん理由を知ってるんだ・・・。


 「まあ、ニルスの言う通りにいつも通り接してあげなさい。あいつを心配するのはエリィだけでいいの」

「はい、なるべくそうします」

でも・・・明日元気が無さそうだったらここに来てもらおう・・・。



 「ちゃんと来たな」

「おはようございます。当然です」

「おはようございます。今日もよろしくお願いします」

「よし、体伸ばせ」

できるだけいつも通りに・・・って思ってたけど、ティムさんはいつも通りに戻っていた。


 「今日も走る。きのうは間に合わなかったからな」

「え・・・あの・・・間に合っては・・・」

「なんだヴィクター・・・言ってみろよ」

「いえ、行きましょう!」

馬車のことがなければ間に合ってたんだけどな・・・。



 「きのうよりだいぶ早い。最初っからこれくらいで走れよ」

今日は邪魔も入らずに戻ってくることができた。

もちろん晩鐘前にだ。


 「はあ・・・はあ・・・これでいいですね?」

わたしは少し無理をした。

 きのうの出来事を思い出すと、なんだか心が痛む。

だから振り払うために・・・。

 

 「明日からは剣に入れるんですよね?」

「・・・そうだな。おせーんだよ」

ティムさんはわたしの頭を撫でてくれて、そのあとヴィクターの胸を叩いた。

いつもの感じに戻ってる・・・。



 「おかえりなさい、待っていましたよ」

今日もラミナ教官が待ってくれていた。

・・・また一人だけどいいのかな?


 「まあ、そろそろ剣に入らないとな」

ニルス様がラミナ教官のポッケから顔を出した。

たしかに一人ではないけど・・・。

 「エリィ、持ってるか?」

「はい」

あれ、今日は怒らない。あの状態のニルス様でも、誰かと一緒ならいいみたいだ。

あ・・・果実を持ってるからか。


 「こんなことしなくてもよかったんだけどな」

「私がこうしたかったのです。では・・・どうぞ」

「・・・」

ティムさんは一枚の紙を受け取った。

あれはなんだろ・・・。


 「ティムさん、それなんですか?」

「闘技大会の申込用紙だ」

・・・そうだった。

あとひと月と少し、わたしも出るんだよね・・・。


 「今日やってくぞ」

受付は訓練場の中にある。

 いつもは観戦のためにだったけど今回は違う。

ただの登録だけなのに緊張してきた・・・。



 「え・・・ちょっとティムさん、申込用紙あそこにいっぱいあるじゃないですか」

訓練場に入った所で、ヴィクターが受付近くの机を指さした。

うん・・・あるね。


 「わざわざ持ってきてもら・・・いって・・・」

ヴィクターのお腹に拳が打ち込まれた。

 「なんか文句あんのかよ?」

「うう・・・ただの疑問じゃないですか・・・」

わたしも聞いてたらああなってたのかな・・・。


 「すみませんヴィクターさん・・・私が手に取って暖めたもので申し込んでほしかったのです・・・」

ラミナ教官がヴィクターのお腹に治癒をかけた。

なるほど・・・そういうのすごくいい。


 「ははは、ずいぶん騒がしいな」

背中によく知っている声が当たった。

 「あ・・・」

「ふふ、赤毛になったとは聞いていたが本当だったんだな」

振り返るとべモンドさんが立っていた。

 そういえば、こっちに来てるってミランダさんに教えてもらってたな。

あれ?でもなんでここに・・・。


 「なんでおめーがいんだよ・・・」

ティムさんが眉間にしわを寄せた。

わたしと同じ予感がしたみたいだ。

 「私の家はテーゼにもあるからな」

「そういうこと聞いてんじゃねーんだよ」

そうだよ・・・ここにいる話だ・・・。


 「まあ、隠すことでもないか・・・私も次の闘技大会に出る」

べモンドさんの大きな手が、ティムさんの頭に乗った。

 やっぱり・・・。

この人すごく強いってお母さんが言ってた。

当たったらどうしよう・・・。


 「ふざけんな、出しゃばんじゃねーよ」

「ミランダからの提案だ。なあニルス?」

「はい・・・」

ニルス様が持ち上げられた。

 ・・・かなりムッとしてる。

ニルス様の中でも、これは予想していなかったことだったんだね・・・。


 「ルージュ・・・この人は?」

ヴィクターの吐息が耳にかかった。

・・・なんか恥ずかしい。

 「えっとね・・・元軍団長のべモンドさん」

「なに!あの・・・俺、十三代目のヴィクターです。父上からお話は聞いていました」

「私も君のことは聞いているよ。全力でぶつかってくるといい」

「は、はい!」

ヴィクターはガチガチだ・・・。

そんなに恐い人じゃないんだけどな。

 

 「つーか三人だぞ、おっさん誰と出んだよ?」

「ウォルターとジーナだ。・・・頼み込んだ」

「ジーナ・・・会いたくねーな・・・」

「気にするな」

ティムさんの顔が引きつっていた。

・・・なにかあったのかな?

 「イライザでも誘えばよかっただろ。こえーけど、あいつの方がまだマシだ」

「声をかけたが・・・祭りの日から家族で旅行に出るらしい。戻るのは宵の月だと言っていた」

「聞いてねー・・・どこ行くんだよ?」

「色付く山を見たいと言っていたな。登山でもするんじゃないか?」

家族で・・・楽しんできてほしい。


 「それとさっき見たが・・・スウェード家が親子で出るみたいだぞ」

え・・・。

 「だから・・・なんだよ・・・」

ティムさんの顔が、きのうと同じくらい恐くなった。

あの人とも戦うかもしれないのか・・・。


 「娘たちが私の顔を知っていたようで挨拶をされた。元軍団長は、男とは別枠らしい」

「知るかよ・・・」

「言っておくがお前のことは何も話していない」

「それをしてたらお前を殺してたよ」

ティムさんの殺気が強くなった。


 「ふ・・・悪気があったわけじゃない。知っていた方がやる気になると思ったんだ」

「・・・俺とは関係ねーな。当たったら潰すだけだ」

「いい気合だ。ルージュ、私は大会までここで鍛錬をしている。なにか困ったら来るといい」

べモンドさんは、ニルス様をわたしの肩に乗せると奥に消えていった。

せめてティムさんをなだめてから・・・。



 「とりあえず・・・お前ら名前書け」

ティムさんは、恐い顔のまま近くの台に申込用紙を置いた。

 「・・・」

ラミナ教官もなにも言えないみたいだ。


 これ以上刺激しないように、言う通りにしよう。

あ・・・でも・・・。


 「あの・・・ルージュ・クラインって書いていいんですか?」

「あ?おいニルス、どーすんだよ」

「・・・念のため、ルーン・ホープにしよう」

「はい・・・本名では無理ですもんね・・・」

わたしは偽名で書かせてもらった。

でもホープはお父さんの名前だし間違ってはいないよね。


 「・・・ティムさん、俺・・・メイプル使っていいんですか?」

「めんどくせーな・・・お前もホープにしとけばいいだろーが」

「・・・わかりましたよ。睨まないでください・・・」

あ・・・そういえば「ヴィクター」は元々偽名だったな。


 「メイプル・・・騎士は王家と繋がりがあるのですか?」

ラミナ教官が反応した。

ああそっか、なんかわかんないけどしきたりで隠してるんだったよね。

 「初代騎士と王は兄弟だったというだけですね」

「え・・・初耳です・・・」

「それでいいんです。広めないでくださいね。しきたりなので・・・」

「・・・はい」

そう言う割には普通に教えてるよね・・・。

しきたりっていったい・・・。


 「いいから早く書けよ」

「書きますよ・・・よし」

「ふふ、ヴィクターと家族になっちゃったね」

わたしとヴィクターの名前は書いた。

あとはティムさんだけだ。



 「なんだ・・・スウェードで出るのか?」

ニルス様が用紙を見て呟いた。

からかう感じじゃないな・・・。

 「そんなわけねーだろ。毎回スプリングを借りてた・・・」

「知ってるよ。それならティルになるんじゃないのか?」

「・・・」

わたしもちょっと覗いてみた。

ティム・・・そこまで書いて手が止まっている。


 「なにか思うところがあるのか?」

「俺は・・・」

ティムさんが振り返った。

そこにはラミナ教官がいる。


 「あいつに俺の存在が知られちまった。もう隠す必要は無い・・・」

「そうですね」

「ティムは別にいーんだよね。けど・・・スウェードは使いたくねー。そんで、ミランダにいちいち言われんのも鬱陶しくなってきたんだ」

ラミナ教官に話すのはなにか意図がありそうだ。


 「でさ・・・エリィ」

「なんでしょうか」

「お前の名前、俺にくれないか」

え・・・どういうことだろう?

 「名前・・・」

ラミナ教官もわけがわからずに固まっている。


 「スウェードはもう捨てる。そしてスプリングも使わない。だから・・・ラミナを俺にも名乗らせてほしい」

「え・・・あの・・・それって・・・」

ラミナ教官のほっぺが赤くなった。

 「ダメか?」

「いえ・・・使ってください」

そして幸せそうな笑顔になった。

うーん、むしろ知り合ってからはそっちを使えばよかったのに・・・。


 「それならもう夫婦になればいいだろ。グレンさんだって、ルルさんのブルームに合わせた」

ニルス様が冷静な顔で言い放った。

ふうふ・・・。

 「ニルス・・・余計なこと言うな」

・・・は!そうだよ、今のって結婚の申込だよね?


 「そうですよ、二人が夫婦になれば・・・」

「ク、クラインさん!そんなに大きな声で・・・」

ラミナ教官は顔を手で覆ってしまった。

こんな姿は初めて見るかも。

 「ティム、どうするんだ?」

もうそうしてもいいよね。


 「まだ・・・ダメだ」

ティムさんは、またラミナ教官を見つめた。

 「ニルスに勝ったら・・・話すつもりだった。・・・大陸最強の男になってからって決めてたんだ」

「あ・・・そうなんだ・・・悪かったよ、ごめん」

「うるせーバーカ。・・・エリィ、今は名前だけを使わせてほしい」

「はい」

ラミナ教官はとても素敵な笑顔で頷いた。

素敵な女性でいれば、それに見合った素敵な人と・・・やっぱり間違いないんだ。


 「だから次の殖の月に出ろってことか・・・」

ニルス様が微笑んだ。

そういうことだね。

 「出るんですよね?ティムさんの中では・・・いや、俺もニルスさんが大陸最強の男だと思ってますけど・・・」

「最強とは思ってないよ。でも約束したから出る。・・・負けてはやらないけど」

あとは・・・お母さんも出ないとダメだよね・・・。



 「これでいいな・・・。ルージュ出してこい。金はミランダが出してくれた」

三人の名前が入った申込用紙とお金を受け取った。

わたしが行くのか・・・。

 「ニルス様とヴィクターも一緒に・・・」

一人だと不安だ。



 「補欠の枠は空欄ですがよろしいですか?」

「え・・・」

受付のお姉さんが一番下の枠を指さした。

・・・たしかに「補欠」って場所がある。


 「当日、一名のみ入れ替えが認められます。必要なければこちらで受け付けますが・・・」

「ちょっと待ってください。・・・ニルス様、いいんですか?」

受付に背を向けて聞いてみた。

勝手に決めて叱られても嫌だし、一応確認しておかないとね・・・。


 「補欠か。・・・ニル・・・ニール」

「え・・・」

「ニール・ホープ・・・書いておいてくれ・・・」

出るんだ・・・。

 「でも・・・ニール・ホープって・・・もっとひねった方が・・・」

「・・・ルーンに言われたくない。とにかく書いておけ」

う・・・たしかにわたしも・・・。



 「これでお願いします」

わたしはすぐに名前を書いてお姉さんに渡した。


 「ありがとうございます。・・・団体名はどうされますか?」

「団体名・・・」

「無くてもよろしいですよ。その場合、一番上の方の名前となります。えーと・・・ルーン組となりますね」

それは恥ずかしいからやだな。

 あ・・・お母さんは「アリシア隊」で出てた・・・。

じゃあ「ティム隊」にすればいい?

いや・・・相談しよう。


 「ちょっと待ってください。・・・ニルス様」

「ルーン組でいいだろ」

「嫌ですよ・・・。じゃあニール組とかニール隊でいいんですか?」

「・・・」

ダメみたいだ。

 「ヴィクター、君の・・・」

「俺も嫌ですよ」

「じゃあティム隊か」

「握り殺されますよ・・・」

急に決めろって言われてもな・・・。


 誰かの名前はダメなんだよね?

うーん・・・あ、そうだ。


 「風神・・・」

「え・・・」

「風神隊にしましょう」

これならいいよね。

 「おーいいじゃん、かっこいい」

ヴィクターは気に入ってくれた。

もうこれで決めよう。


 「ルージュ、待て・・・」

「風神隊でお願いします」

「かしこまりました」

風神を知ってるのは元戦士の人くらいだし、使っても問題ないはずだ。


 「では、参加料をお預かりします」

「はい、お願いします」

出場にはお金がかかる。

これは当日に来なくなるのを防ぐためみたい。



 「まあいいや・・・好きにすればいい」

受付から離れると、耳元で呆れたような声が聞こえた。

そんなに嫌だったのかな?


 「ニルスさんが出ちゃったら、俺たちの修行にならないですよね?」

ヴィクターが話題を変えてくれた。

助かる・・・。


 「で、出るわけないだろ・・・」

「ニルス様・・・」「ニルスさん・・・」

「元々三人で優勝するのが目標だろ?でも・・・万が一があるかもしれない。一応・・・一応書いてもらっただけだ。修業とは言っても、当日なにがあるかわからないからな。それに名前があれば控室とかにも入れるだろ?オレも一緒にいないといけない」

ニルス様が早口になった。

控室は・・・その身体ならバレずに入れるんじゃ・・・。


 「えっと・・・出ないんですね?」

「・・・万が一が無ければな。そうならないように鍛えろ。神鳥の果実をオレに使わせないこと・・・これも目標にしよう」

「わかりました。使わせません」

「わたしもです」

ニルス様の真意は別にあるのかもしれないけど、わたしたちが強くならなければいけないのは間違いない。

 

 元戦士、スウェード家、他にも強い人たちが出る可能性がある。

でも、負けられないよね。

ラミナ教官の名前も使うんだから、絶対三人で優勝するんだ。

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