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Our Story  作者: NeRix
地の章 第二部
19/481

第十七話 大人になったら【ニルス】

 オレは街の外を想像するのが好きだ。


 ちょっと古めの道を流れる川、辿っていったらどんなところに行けるんだろう。

たった今顔を撫でていった風をどこまでも追いかけてみたい。


 小さな憧れがどんどん大きくなって、いつからか夢になった。

大人になったら、街を出て世界中を旅するんだ。



 馬車の音が聞こえてきた。

御者台には早く話したかった人が乗っている。


 「セイラさーん、おかえりなさーい」

オレは立ち上がって、おもいきり手を振った。

 「あーん、ニルスー」

向こうも気付いてくれて、手を振り返してくれた。

早く色んな話を聞かせてほしい。



 「わたしの帰りを待ってくれてるのはニルスだけだよ」

「わ・・・苦しい」

セイラさんは馬車からカッコよく飛び下りて、オレを抱きしめてくれた。

ずっと一人だったから寂しかったんだろうな。


 セイラさんは運び屋だ。

大陸中を行ったり来たりしていて、戻ってくるとその話をしてくれる。


 「セイラ、お父さんも待ってたぞ」

テッドさんが裏から出てきた。

 「うん、ただいま」

「・・・ニルスと違うな」

「お父さんは待ってて当然だからね」

「・・・あんまり寂しいこと言うな」

テッドさんも遠くに行くことはあるけど、ほとんど近場を担当してるみたいで会えることの方が多い。

 

 「寂しいって・・・ニルスがいたでしょ?」

「アカデミーに行ってる昼間は一人だ」

「それは仕方ないでしょ。ねーニルス」

オレはアカデミーが終わったらここに来るようにしている。

 テッドさんからも話が聞けるし、馬車の整備とか掃除も手伝わせてもらえるから楽しい。


 「お前たちは本当に仲がいいな。・・・セイラ、こっちは片付けてやる。早くニルスと話をしてやれ」

「あ・・・うん、ありがとうお父さん」

テッドさんは、戻った馬車から馬を離して奥へ引いていった。

あれもやってみたいけど、子どもだからまだダメらしい。


 「掃除しないといけないならオレもやるよ」

「いや・・・いいよ。お父さんがやるから」

「お話は動きながらでもいいんだけど・・・」

「わたしが疲れてるの。お掃除は今度一緒にやろうね」

無理矢理っぽい感じで手を引っぱられた。

たしかに帰ってすぐ掃除は疲れるかも・・・。


 「じゃあ、おやつ買って食べながら話そっか」

「いいの?」

「いいに決まってるでしょ。・・・ふふ、相変わらずニルスはかわいいねー」

セイラさんが頭を撫でてくれた。

いつも思うけど、触り方がちょっと恐い・・・。

 「うーん・・・お尻も柔らかいままだねー」

「あ・・・あの・・・早くいこ・・・」

なんかよくない気がするけど、言ったら話してくれなくなるかもしれないから我慢しないと・・・。



 お菓子を買って戻ってきた。

馬車はテッドさんが裏に持っていったみたいだ。


 「じゃあ、お店の前で座って食べよっか」

「うん」

二人で外にある長椅子に座った。

ここで空を見ながらが好き・・・。


 「まずはね・・・はいニルス、おみやげだよ」

セイラさんは、細い棒に巻かれた糸を取り出した。

たぶん、普通のじゃないんだろうな。

 「これなに?」

「ふっふっふ・・・それはね、とっても珍しい太陽蜘蛛の縦糸よ。すごく強い糸で、刃物でも切れないし、火で焼いても燃えないんだ」

「太陽蜘蛛・・・聞いたことないや」

「図鑑にも載ってないんだよ。研究してる人が言ってたんだけど、水晶を食べるんだって。まあ・・・その人はお金無くて、石ころを食べさせてたけど」

そんな蜘蛛がいるのか・・・。

見たい・・・うん、いつか自分で探しに行こう。


 「探しに行きたいって顔してるね」

「本当はすぐにでも行きたいけど、ちゃんと大人になってからにする。アカデミーもあるしね」

「ニルスは今八つだから、成人するまであと七年だね」

「うん、そしたら旅人になる」

今はそれ以外考えられない。

 でも、アカデミーのみんなはオレが戦士になると思っているみたいだ。

そんなつもりないんだけど・・・。

 

 『雷神がお母さんなんて羨ましいな』『ニルス君のお母さんは戦士で一番強いんでしょ?』『聖戦の剣って頼んだら見せてくれるの?』

それに・・・みんなオレじゃなくて母さんを見ている。

もっと前からなんとなくわかってた。


 だから・・・みんな好きじゃない。


 「ねえねえ、北部には大きい山が連なってるところがあるって本当?」

「お、勉強したね。そう、北部のずーっと奥の方にあるんだよ。どの季節でも雪の帽子をかぶってて、いつ行っても冬みたいに寒いの。まあ、そっちの方だと代金はかなり高く取れるから稼げるんだ」

「どれくらい大きな山なの?」

「うーん、まずニルスは山を見たことないからな・・・王城よりもずっとずっとずーっと大きいよ」

セイラさんは、オレをニルスとして見てくれる。

だからこの人が好きだし、憧れたんだと思う。


 「あとね・・・その山のどこかに、精霊の輝石っていうお宝があるんだって」

「え・・・なにそれ?」

「まだ誰も見たことがないお宝よ」

ドキドキしてきた。

そういうのも・・・全部。

 「じゃあオレがそれを見つける」

「あはは、それだと旅人じゃなくて冒険者ね」

「呼び方なんてなんでもいいんだ。とりあえず色んなとこに行くから」

心の中にある火が、日に日に大きくなっていく。

このままもっと熱くして大人になるんだ。


 

 「すみませんテッドさん」

「別にいいよ。手伝ってもらってるからな」

「あ、お姉ちゃん。久しぶりだねー」

「セイラも戻ってたのか。ありがとう」

晩鐘が鳴って少し後、母さんが迎えに来てくれた。

今日もたくさん鍛えてきたんだろうな。


 「ねえお姉ちゃん、誰か近くに引っ越してきた?」

セイラさんがからかうみたいな顔で母さんを見た。

・・・知ってて聞いてるな。

 「・・・いや、誰も来ない」

「あの土地・・・区長はもう諦めてるって話だぞ。戦場の英雄だから強く言えないだろうしな」

うちは東区の広い野原みたいな所にある。ぽつんと一軒だけで、周りには他に家がない。


 「雷神の土地は静かでいいよね」

「私の土地じゃない・・・」

母さんが溜め息をついた。

 うちの周りは「雷神の土地」って呼ばれている。

いつの間にかそうなっていたらしい。

 「叫ぶのは訓練場でだけにしとけばよかったのにね」

「別に構わないだろう・・・」

母さんの叫びは不思議な力があるみたいで、聞くと体がちょっとだけ痺れる。それの鍛錬のために、毎朝外に出て叫んでいたせいだ。


 「おかしな噂の原因はミルクの配達人だ。聞いてもとぼけるが間違いない・・・」

「そうだとしても悪いのはアリシアだ。お前の叫びのせいで、他の家のミルクが全部割れた」

テッドさんが笑った。

なんか・・・かわいそうだな。


 「まったく・・・最近、土地を見に来る者がいなくなったと思ったら区長のせいか・・・」

「どこもお前の土地は紹介しないと決めたらしい」

「それは本当ですか?余計おかしな噂が立つじゃないですか・・・」

「なにも気にしないで叫べるんだからいいだろ」

母さんは変な噂が広まってるのが気に入らないらしい。

 雷神を見に観光客がたまに来るけど「握手は本当に一撃入れなければダメですか?」とか言ってるのを聞いたことがある。


 「ニルスはどう?周りにたくさん人が引っ越してきてほしい?」

「オレは・・・今の方がいいかな」

「心配するなニルス、母さんはこれからも叫ぶ」

「・・・頑張ってね」

でも、本当に誰かが引っ越してきたら抑えてはほしい。

たぶん・・・無いだろうけど。



 「ニルス、そろそろ帰るよ」

立ち話も終わった。

オレもお腹が減ったから早く帰りたい。


 「あ、待ってお姉ちゃん。次の馬車はいつくらい?」

セイラさんがオレの頭を撫でてきた。

馬車・・・そろそろじゃないかな?


 「まだ決まってないが・・・次の戦場が終わったくらいかな」

「わかった。一応空けとくね」

「ああ、頼んだよ」

母さんはセイラさんたちのお客さんだ。

年に一回だけど、オレをルルさんに預けてひと月くらいどこかに行っている。


 「ニルス、たぶんそうなると思うがいいか?」

そして、その前に必ずこれを聞いてくる。


 「うん、いいよ」

「やっぱり寂しいと思ったら言ってくれ。そしたら行かない」

「大丈夫だよ。ルルさんのところ楽しいし」

ルルさんはもう一人の「母さん」って思ってる。

だから一緒にいられてとっても嬉しい。

 「ニルス・・・お前は母さんとルルのどっちが好きなんだ?」

「え・・・どっちもだよ」

「どっちが上だ?」

「・・・母さん」

どうしても順番を付けないといけないならだけど、どっちも好きでいいんじゃないかな・・・。


 それよりも、母さんがどこに行ってるかの方が気になる。

セイラさんもテッドさんも途中で下ろすからわからないって教えてくれた。そして「直接聞いた方がいいよ」っていつも言われる。

 母さんも教えてくれないんだよな・・・。

でも・・・今日も聞いてみよ。



 母さんと手を繋いで通りを歩いた。

街のみんなも帰り始めていて、たくさんの声が聞こえて騒がしい。

 すれ違う人たちは、みんな長い影を連れていてちょっと不思議な感じがする。


 「やっぱり母さんの影の方が長いね」

「そうだな。でもニルスも長いぞ」

「死んだ父さんはどうだったの?」

「・・・母さんより、少し大きい」

母さんの手にちょっとだけ力が入った。


 セイラさんとは逆で、うちには父さんがいない。

オレが一歳の時に病気で死んじゃったらしい。

 本当はどんな人だったのか知りたいけど、母さんが寂しい顔をするからいつも少しだけ聞いてやめている。


 「母さんの手はあったかいね」

今日も寂しい顔になったから、もう話を変えよう。

 「そうか?ニルスの方があったかいぞ」

「そうかな?」

「そうだよ。だからしっかり繋いでいたくなるんだ」

「じゃあこうする」

空いていた左手を母さんの手に重ねた。

・・・絶対にオレよりあったかいと思うんだけどな。


 「ねえねえ、ちょっと聞いていい?」

ここからが本当に知りたいこと・・・。

 「どうしたニルス、今日の夕食か?」

「母さんはセイラさんの馬車でどこへ行ってるの?今日こそは教えてよ」

もう何十回目かな?どうせ今日も教えてくれないんだろうけど・・・。


 「ニルス・・・。母さんには、とても寂しがりな知り合いがいるんだ。たまに会ってやらないと、忘れられたと思って悲しむ・・・その人の所に行ってるんだよ」

母さんは真っ直ぐに前だけを見て微笑んだ。

 ・・・初めて教えてくれた。

夕陽のせいかもしれないけど、いつもより顔が赤く見える。


 「どこのなんていう人?北部なんでしょ?」

「・・・次は母さんの番だ」

「え・・・なに?」

答えてもらったからオレもそうしないといけないみたいだ。

勉強の話かな?


 「ニルスは、大人になったら何になりたいんだ?」

母さんは立ち止まった。

何に・・・なんだ、これならすぐに答えられる。


 「オレは旅人になりたい。色んなところに行くんだ」

「・・・」

母さんは少しだけ寂しそうに笑っていた。

どうしたんだろう?今すぐ出るわけじゃないんだけど・・・。


 「旅人か・・・街の外は獣や魔物が出ることもあるんだぞ?」

「平気だよ」

「平気ではないぞ。強くなければダメだ。それなら・・・母さんが鍛えてやろう」

「え・・・」

嬉しくて体が熱くなった。


 母さんはいつも訓練場に通っていて、アカデミーから帰っても家にいないことが多い。

 ちょっと寂しいって思う時もあったけど、これからは違う。

オレのために時間を作ってくれる・・・。


 「訓練場は・・・いいの?」

「戦場のひと月前は難しいが、それ以外はお前のアカデミーが終わる時間に合わせて帰るようにする」

「本当?母さんが教えてくれるんだよね?」

「そう言っただろ?お前を世界で一番強い男にしてやろう」

ちょっとだけ目の前がぼやけた。

 この景色は、なんだかずっと忘れないで残っていそう。

いや・・・嬉しいから忘れないか。


 世界で一番か・・・。

セイラさんも、テッドさんに戦いを教えてもらってたって言ってたな。

 ・・・うん、いいかも。

戦士じゃなくても、強くて困ることはないよね。


 「じゃあ今日から教えてよ」

「今日は遅い、明日からだな。まずは体力作りだ、母さんに付いてこれるようになったら剣を教えよう」

剣・・・かっこいいかも。

 「わかった。頑張るね」

「楽しみだな。早く帰ろう、お腹も減ってるんじゃないか?」

「うん。あ・・・夜は・・・卵のスープがいいな」

母さんの作ってくれる料理で一番好きなものだ。


 「ふふ、遠慮して言わなくていい。一緒に作ろう」

「うん」

オレは母さんのお尻に顔を押し付けた。


 母さんが協力してくれることはとても心強い。

「雷神アリシアの息子」って呼ばれるのは嫌だけど、母さんの子どもだってことは誇らしいと思う。


 「ん・・・嬉しいと母さんの尻に顔を埋めるのはまだ治らないみたいだな」

からかわれてしまった。

柔らかくて・・・好きなんだけどな。

 「・・・嫌ならやめる。旅人になったらできないし」

「いや、そのままでいい。・・・お前は父さんと似ているな」

「え・・・そうなの?おんなじことしてた?」

「・・・」

母さんは教えてくれなかった。

・・・してたのかな?



 家が見えてきた。

そろそろ太陽が顔を隠してしまいそうだ。


 「ねえ、オレが母さんより強くなったらどう思う?」

なんとなく聞いてみた。

嬉しい?それとも悔しい?どっちだろ?


 「そうなったら嬉しいよ。ぎゅっとして褒めてやろう」

「そうなんだ・・・オレも嬉しいと思う。ねえ、約束だよ?」

「ああ、約束だ。毎日鍛えればきっと強くなるだろう」

続けることか・・・。

 そういえば、前に日記を書いていこうと思ったけどすぐ飽きてやめたっけ。・・・毎日書くことが無かったからな。

・・・よし、今みたいに嬉しいことがあった時に付けていくことにしよう。


 残しておけば、あとで見返した時にまた嬉しい気持ちになれるんだろうな。

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