第百七十二話 動揺【ハリス】
慣れとは恐ろしい。
初めは細心の注意を払っていたが、いつの間にか無くなっている。
原因は彼らが緩すぎること、もっと警戒をすればいいのだ。
このままでは私も緩んでしまう・・・。
たまには心臓が飛び跳ねるほどの刺激が欲しいですね。
◆
「サンウィッチ領の火山の近くですが・・・王家所有の家屋があったそうです」
地方の幹部をまとめている者が報告を始めた。
ふ・・・騙されてくれたか。
私が精巧に作った物だ。
本当の王家に知られたら、家主のニルス様は・・・ふふ、どうなってしまうのだろう。
「調査に向かわせた者の一人・・・行方不明と聞いていましたが、どうなったかわかりましたか?」
「・・・わかりません。ですが、おそらく森の魔物にやられてしまったのではないかと・・・」
「そうですか・・・サンウィッチの火山は避けましょう」
あの土地は諦めてくれたようだ。
やはりニルス様が始末した男は下っ端だったのですね。
そして・・・ここにいる方たちも。
まあいい、今日は他でも話が聞ける。
◆
また別の集会に顔を出してみた。
だが・・・またくだらない報告ばかり・・・。
もう帰ってしまおうか・・・。
「ジェイス様は、近頃なにをされているのでしょうか?」
私の耳が喜ぶ名前が出てきた。
残ろう・・・。
「・・・わかりません。あの方はいつもお一人で動いていますので」
ジェイス・・・位の高い者たちの会議でよく聞くようになった名前。
そして、アリシア様を襲った可能性が高い人物・・・。
「我々のために動いていることだけは間違いありません。・・・なにかお話がありましたか?」
「・・・強硬派を止めていただけないかと」
「そうです・・・私たちが求めているのは共存です。正直、奴らは切り離していただきたい」
神の言霊には派閥がある。
強硬派と和睦派・・・大きなものがこの二つだ。
この方たちは和睦派、先ほどの集会は強硬派・・・。
「ジェイス様は、神のために戦場を復活させようと動いています。こちらでなんとかするしかないでしょう」
確信に近い感情が生まれた。
『様子が変わる前だが、戦場がまた始まったら嬉しいかと聞かれた。私は・・・必要無いと答えた・・・豹変したのはそのあとだ』
ジェイスは、アリシア様に呪いをかけた人物に間違いない・・・。
「それよりも・・・魔物の力はどうですか?」
話を変えられてしまった。
・・・まあいい、これも必要な情報ではある。
「・・・正直に申し上げますが厳しいと思います。まず、我々が取り込むのは無理です」
「名乗り出た者たちはみなダメでした。何年も魔物食を続けたものは、すでに味覚が失われているようです。それでも・・・力は現れず・・・」
「皮膚を擦っただけで出血するようになった者もいました」
実験はすべて臨床によってらしい。
・・・危ない方たちだ。
「・・・わかりました。力を手にできるのは、ジェイス様のように特別な人間だけなのでしょうね」
「おそらく・・・」
「我々では無から命を作り出すのは難しいということ・・・もう諦めて、全員の食事を元に戻しなさい。体に異常をきたした者には、できる限りの治療をするのです」
和睦派は、仲間への優しさがあるようですね・・・。
「これからは、数を増やすことだけを考えなさい。取り込めるジェイス様はその分力が増すはずです」
なるほど、ジェイスは魔物を食らうほど強くなるのか。
おそらくだが、精霊のように人形は作れないようだ。
もし戦場をやるとすれば、ジェイスが作り出す命と戦うことになるのだろうか・・・。
「なるべく多くの魔物を捕まえなければいけません。討伐軍、衛兵団、元戦士や冒険者・・・他に先を越されないように戦闘員の数を増やしなさい」
「はい、進めていきます」
共存を掲げているのであれば、武器を捨てた方が信用されやすいと思いますよ。
動かないだけで、強硬派とあまり違いは無いですね。
◆
「・・・最後になりますが、風の月の教団設立の日にはジェイス様もいらっしゃると思います」
退屈な話の果て、一番欲しい情報が聞けた。
風の月、あとひと月・・・少し休暇を貰おう。
◆
「そう急かすなよ・・・名前だけで探すのは難しいんだ」
メルダ様への報告と調査の話をしにきた。
「それに容姿もわからないじゃないか・・・」
こういう答えは欲しくない。
嘘でも「頑張って調べている」など、言うだけはしていただきたいものだ。
「姿はまだわかりません。偽名の可能性もありますが、各地の出生歴を調べることはできるでしょう?」
「それくらいはやってる。・・・歳がわからないから過去百年まで遡ってんだ。・・・まだかかるのさ」
「それくらいは終わらせておいていただきたいです。・・・ミランダ様は私の指示は聞きます。仲間のためと言えば危険に身を投じることも・・・」
「わかってる・・・娘を人質に取るんじゃねーよ」
メルダ様の顔が強張った。
もちろんそれはしない。
この魔女に嫌われるのは構わないが、ニルス様たちとは良好な関係でいたいですからね。
だが、こちらでは遅すぎる。
・・・シロ様にも頼むか。
◆
「シロの所にも行くのかい?」
報告が済むと、魔女は優しい顔に変わった。
・・・いいことだ。
「行きますよ」
「・・・返事を届けてくれ」
メルダ様とシロ様は文通を続けている。
よっぽどお気に入りなのだろう。
◆
「ジェイスだね・・・」
シロ様に名前を伝えた。
今までは負担になるかと思い名前は伏せていたが、ツキヨが遅い以上は致し方ないだろう・・・。
「今はおそらくとしか言えません。ですが、可能性は高いかと・・・」
「わかった。死者の記憶にあるかはわからないけど探ってみるよ」
シロ様はメルダ様と違っていい返事をしてくれた。
生きている者の記憶を探れれば楽だが、それは女神にしかできないらしい。
それでも協力的な態度は好感が持てる。
「・・・あらハリス、来てたのね」
オーゼ様が扉も開けずに入ってきた。
ニルス様の方に協力していて、シロ様に鳥たちからの話を伝えてくれているらしい。
だが・・・直接来たのはどういうことだろう?
「シロに頼もうと思ってたけどちょうどよかったわ。リラに冠を作ってみたの、かぶせてあげてね」
「美しいですね。水・・・ですか」
オーゼ様から渡された冠は、水晶のように透き通った見た目をしていた。
たしかに、とても似合う・・・。
「私リラのこと大好きだったのよ」
「そうでしたか・・・」
「よろしくね」
オーゼ様は怒っているかと思ったが、そんなことはなかったようだ。
認めていないのは女神だけか・・・。
「それと、別な形でメピルにも作ったの。分身だけど、女の子なんだからシロが気を遣わなきゃダメよ」
オーゼ様はシロ様にも冠を渡した。
「え・・・うん、あとで渡すよ」
「あなたも何か作ってあげなさい」
「・・・うん」
シロ様は、女性の気持ちに関しては勉強不足のようですね。
「それよりどうしたの?なにか手がかりがあった?」
「うーん・・・鳥たちも頑張っているんだけどね。・・・今回もいい情報は無いわ・・・」
「じゃあ、冠を持ってきただけ?」
「いいえ、ニルスの身体とは違うんだけど・・・気になる話があったの」
オーゼ様が妖しく微笑んだ。
・・・私も聞かせていただこう。
「気になる?」
「ええ、戦場の島にずっと眠り続けている人間がいるらしいの」
「人間・・・あそこに?」
「そこで暮らしている鳥が言っていたらしいわ」
眠り続けている・・・。
今回のこととはまったく関係ありませんが興味深いですね。
「そういえばあそこは誰も見てなかったな。・・・妖精はいないんだっけ?」
「血の匂いが染み付いてるからあの子たちは寄り付かないわ。イナズマもしばらく放っておいていいって言ってたし」
「む・・・僕じゃなくてイナズマに相談したんだね」
「あ・・・近くにいたから話しただけよ」
「・・・」
シロ様が頬を膨らませた。
まあ、遊びまわっていたのでそうしたのだろう。
「そんな顔しないで。・・・いつからかははっきりしないの。戦いが終わった頃からって言ってるのと、もっと前からいたってのがいるのよ」
「うーん、鳥たちだしね・・・」
「何とも言えないのよ。・・・調べてみる?」
「うーん・・・」
シロ様は腕を組んで考えだした。
問題が増えるかもしれないことを危惧しているのか・・・。
「ステラ・・・なわけないか・・・」
「気配は動いていないんでしょ?」
「うん、それに毎朝おじいちゃんが様子を見に行ってるから違う」
「じゃあ別人ね」
ステラ様であるはずがない。
カザハナ様も、それほどの異常事態なら迷わず私を呼ぶはずだ。
・・・次の潜入までまだ時間がある。
動いてみるか。
「私が行きましょう。少し時間があります」
「え・・・いいの?」
「ええ、この冠を対価に動きます」
「ふーん、作ってきてよかった」
とても似合うと思ったから・・・感謝の気持ちだ。
◆
戦場の島、適当な場所で顔を出した。
「さて・・・東寄りの大木の近く・・・」
この島に来るのは八年ぶりだ。
・・・たしかにまだ血の匂いが残っている。
戦場として使われていた場所は、荒れ地のまま変わらずにあった。
大陸の開拓も終わっていないのに、ここまで手を付ける余裕は無いか。
それに、鳥や獣以外は住もうとも思わないでしょう。
「・・・静かでいい土地だ。リラさんとこっちに引っ越してもいいですね」
死者は女神が流していたので亡者もいない。
血の匂いは・・・そうだ、戦場を耕して花を咲かせれば薄れていくはず。
そうなれば、きっとリラさんも気に入ってくれる。
◆
「なるほど、この方ですか・・・」
オーゼ様からの情報通り、大樹に寄り添うように眠っている者がいた。
まさか本当にいるとは・・・。
「女性・・・服は無し、銀髪・・・人間では無い?」
ん・・・銀髪?
最近誰かから聞いた話でいた・・・。
『見た目は銀髪の女、背丈は母さんに近い・・・』
ニルス様からだったはず・・・あの時聞いたのは・・・。
『カゲロウはジナスの分身だ』
まさか・・・。
心臓が大きく飛び跳ね、額に汗がにじんできている。
ここまでの動揺はしばらく無かった。
それくらい気持ちが乱れている。
分身・・・例えばメピル様は、シロ様が消えれば共に消える。
逆に言えば・・・この女性がカゲロウだとすれば・・・。
「来なければよかった・・・」
なにも無かったと言っても通用しないだろう。
鳥たちが嘘をつく理由も無い、虚言はすぐに崩れてしまう。
・・・なにも告げずに勝手に調べればよかった。
はあ・・・どう伝えるか。
「脈は・・・無いですね・・・」
生体なのか調べてみた。
触れればわかる・・・精霊だ。
鳥にとっては人間も精霊も見た目は同じ、気付かなくても仕方がない。
戦場が終わった頃からという話を信じるのなら、この女性がカゲロウである可能性は高い・・・。
これをそのまま報告するかどうか。
・・・今はやめておいた方がいい気がする。
シロ様の心はそこまで強くない。
保てなくなる可能性がある。
なぜこうも問題が増えるのか・・・。
興味本位で動いた自分を呪いたい・・・。
◆
「とりあえずここで眠っていてもらいましょう・・・」
私は直接部屋へ飛び、カゲロウをベッドに寝かせた。
自分の家ではないが・・・。
◆
「ミランダ様・・・少しお話があります」
談話室に移動した。
見張りくらいなら任せていい。
強力な守護、そして輝石も持っている。
「あ・・・なになに?ていうかいつ来てたのよ?」
「説明します・・・二階、ニルス様の寝室に移動しましょう」
「え・・・」
ミランダ様は怪訝な顔をした。
・・・おかしな想像をしたようだ。
「あんた・・・あたしを襲う気?ちょっと今は気分じゃないんだけど・・・その気にさしてくれんの?」
「僕たちがいる前で大胆ですね・・・」
「わたしたち・・・外にいましょうか?」
気楽な方たちだ。
・・・溜め息をつきたくなる。
「頭の悪い考えはやめてください。もういいです・・・三人とも付いてきてください」
「まさか・・・四人で・・・」
「はあ・・・」
落ち着かなければ・・・私が取り乱しては話が進まない。
◆
「え・・・ちょっと・・・誰よそれ・・・」
ミランダ様が部屋に入るなり私の腕を抱いた。
・・・顔は知らないようだ。
その証拠に、眠るカゲロウを見てもそこまでの動揺が無い。
「え・・・どこから連れてきたんですか・・・」
「全裸・・・誘拐・・・犯罪・・・」
「説明します・・・。これは、まだ私の予想ですが・・・」
すべて話そう。
・・・なにを言われてもここに置いていく。
◆
「いやいやいやいやいやいやいやいや、もしこの子がそのカゲロウだったらどうすんのよ!」
ミランダ様は予想通りの反応をしてくれた。
まったく見なくなったが、メルダ様も昔はこんな顔をよくしていましたね・・・。
「・・・目の届く場所の方がいいと思っただけです。それに、もしこのことをシロ様が知ったらどうなるか・・・あなたならわかるでしょう?」
カゲロウをどうにかしても事態は変わらない。大元が存在しているかもしれないと今伝えても混乱するだけだ。
なので、優先度は私が決めさせていただく。
「わかるけどさ・・・ここに置くの?」
「お世話は必要ありませんので」
「そうじゃない!もしジナスが消えてないとしたら、世界中大変なことになるんだよ!!」
ミランダ様が金切り声を上げた。
・・・感情的にならないでいただきたいものだ。
こちらは冷静に話して、落ち着くのを待とう。
「起きる気配は無いです。心配はありません」
「ならあんたんちに置きなよ」
「あなたの結界しか頼れるものが思い浮かばなかったのです」
「・・・」
表情が変わった。
ミランダ様は頼られると弱い。
なにより・・・私の家には絶対に置きたくない。
「わたし・・・色々麻痺しちゃってるみたいなので、ミランダさんに任せます・・・」
「僕も・・・ちょっと神とか世界とかの話は・・・大きすぎるので」
部下二人は目が虚ろだ。
巻き込まれてしまったことを呪う気力も無く、もうどうにでもなれと思っているようですね。
◆
「・・・なんかあったらすぐに来る?」
ミランダ様は心を決めた。
随分考えていたが、引き受けてくれるようだ。
「それはお約束します。ティム様でも精霊相手は厳しいと思いますので」
「絶対?夜中でもだよ」
「もちろんです」
「・・・わかった」
目覚めて暴れ出す・・・そんなことは無いはずだ。
おそらく、近くの者に話を聞こうとするだろう。
その隙にベルを鳴らしていただければいい。
「ティム様とエリィ様にもお伝えしておいてください・・・」
「え・・・ああ、うん」
よし・・・勢いで任せられた。
ティム様はああ見えて思慮深いので、同じようにはいきませんからね・・・。
「あとさ・・・ニルスたちにはどうすんの?」
「・・・私が落ち着いたら話します。いずれにしろ、まだカゲロウだと決まったわけではありません。確認していただかなくては・・・」
おそらくニルス様は大丈夫だ。
・・・ルージュ様が近くにいれば。
「今日からあたしの部屋で五人で寝ることにしようね。エストなんか隣の部屋だから不安でしょ?」
「いえ・・・わたしは一人でいいです・・・色々やりたいことがあるので・・・」
「じゃあ・・・ノアはあたしと一緒に・・・」
「・・・毎晩はやめてくださいね。それに・・・ティムさんとエリィさんは絶対に来ませんよ・・・」
諦めか、成長か・・・。
まあこの二人は離れたりはしないでしょう。
『嬉しいこと、悲しいこと、一人じゃ持ちきれない・・・分かち合いたいんだ』
それが仲間なのであれば・・・頼みましたよ。
◆
「どうだったのハリス?」
一夜明け、気乗りしない体を起こして精霊の城へ来た。
引き受けたわけなので、報告はしなければいけない。
「人間と同じ大きさの人形でしたね」
「人形・・・」
「はい、時代で言うと五百年以上前のものでした。獣が掘り起こしたのではないでしょうか」
堂々と話した。
バレたら隠さずに真実を伝えるしかないが・・・。
「なるほど・・・でもよかった。また変なことが起こるのかと思ったよ」
シロ様は安堵の表情で笑った。
つまり、偽りを暴く力は使わなかったようだ。
・・・信頼してくれているのか。
申し訳ありません・・・もう少しだけ待っていてください。
「私はなにか起こることを期待していました」
「やめてよハリス。これ以上問題が増えたら僕もおかしくなっちゃうよ」
・・・本当にそうなのだろう。
今はバニラ様がいて保てているようなものだ。
だが、それでも不安が残るので定期的に様子を見に来ている。
「・・・一つ伺ってもよろしいでしょうか?」
「なに?」
私を信頼してくれているのであれば、もう少し詰めても大丈夫だ。
探りは入れておかなければいけない。
「もしもの話ですが、ジナスが復活するということはあるのでしょうか?」
「・・・」
シロ様は顔を強張らせた。
・・・子どもにできる顔ではない。
「・・・絶対に無い」
「もしもと前置きしましたよ」
「もしもだってありえない。ジナスの気配は完全に消えている。でも・・・万が一そうなったとしたら僕はすぐにわかる。・・・今度は逃げずに消しに行く」
つまり、今のシロ様にジナスの気配は感じられないということか。
だとしたら・・・あの精霊はいったい何だというのか。
「意志は残っています。カゲロウという精霊、人間を唆して教団を作らせた」
「それもよくわからないんだよね・・・。ジナスの考えじゃない気もするんだけど」
シロ様は緊張が解けたのか、少年の顔に戻ってきていた。
・・・心が痛む。
「ニルス様から、カゲロウは消滅したと聞いていますが・・・」
「そうだよ、お母さんが倒した。僕も見てたから間違いない」
「・・・また生まれる可能性はあるのですか?」
「・・・ハリス、なんの話がしたいの?」
シロ様の声が低く威圧的になった。
踏み込み過ぎたようだ。
「いえ、最近名前をよく聞きますので・・・知っている方から話を伺いたかっただけです。興味本位ですね」
「ごめんね・・・なんか嫌な感じがしたから・・・」
「失礼しました。別にお話し辛いのであればもう結構ですよ」
本当はカゲロウの記憶もいただきたかったが、刺激しすぎてもいけない。
ここまでか・・・。
「ジナスの名前を聞くと、心がざわつくんだ・・・」
「仕方のないことです。私も女神を思い出すとそうなりますよ」
「ふふ・・・君のは僕のとは違うと思うけど」
笑ってくれてよかった。
余裕はまだあるようだ。
「そうですね。シロ様とは種類が違います」
「・・・ごめんね。えっと・・・分身は本体である精霊がいればまた作れる」
「便利ですね」
「そうでもないよ。まず記憶は戻らない。同じ見た目ってだけで別物なんだ」
・・・ならばあれがカゲロウだとしても問題は無い。
たとえ目覚めたとしても抜け殻だ。
・・・緩んだのならもう少しだけ探ってみよう。
「ちなみに分身とはなんなのですか?たしか、シロ様とジナスしか作り出せないとは聞きましたが」
「そうだな・・・他の精霊とそんなに違いはないよ」
「あるにはあるのですね」
「うん、なんだろ・・・あっ、偽る力は使えないかな。自分の形そのものを変えたりとかだね。・・・それくらいだよ」
たしかにシロ様は衣服の見た目をたまに変えている。
きのうのオーゼ様の言葉は、そういう意味で言っていたのか。
「それであれば、メピル様に似合う服をバニラ様に頼んで作っていただくのがいいですね」
「ハリスまでオーゼみたいなことを・・・あとで頼んでみるよ。冠は喜んでたから、かわいい服とかも着たいんだと思う。でも自分で作ったりしないんだよね・・・」
「贈っていただけるのを待っているのではありませんか?」
「そうなのかな・・・」
・・・話を外し過ぎた。
これではカゲロウの記憶が欲しいとは言えない・・・。
まあいい・・・とりあえず今日はこのくらいにしておこう。
カゲロウの姿を知っている者が見て間違いなければ確定・・・ニルス様に頼むしかない。
◆
「では、手紙があればまた来ますね」
気付かれずに話をまとめることができた。
今日は・・・帰って休もう。
「うん、ありがとうハリス・・・潜入も頑張ってね」
「当然です。呪いをかけた者は生きてここにつれ・・・」
心臓が、カゲロウの発見の時よりも大きく震えた。
今、たしかに聞こえた・・・。
この音色は・・・。
「どうしたの?」
「ベルの音が・・・」
「誰?ミランダ?それともニルスかな?」
ベルの音は一つ一つ違う。
この音を渡したのは・・・。
「・・・どちらでもありません」
遊びで鳴らすようなことは絶対に無い。
なぜ・・・今なのか・・・。
「じゃあお客さん?」
これは隠せない・・・シロ様はいずれ気付く・・・。
『・・・十年まではかからないでしょう』
たしかに・・・そのようですね。
「いいことか悪いことかは・・・シロ様が決めることです」
「どういうこと?」
「ステラ様が目覚めたようです」
まだ・・・なにも解決していないというのに・・・。




