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Our Story  作者: NeRix
風の章 第二部
179/481

第百七十一話 知らない感情【ヴィクター】

 『完全にわたしの負けです・・・どうあがいても無理なことがわかりました』

『まあ気にするなよ』

『わたしを・・・ヴィクターさんのそばにいさせてください。なんでもしますから・・・』

ルーンが俺に抱きついてきた。


 ・・・なんだこれ?

あれ・・・目の前が暗くなっていく・・・。


 「・・・夢・・・ふざけんな」

目が覚めたらまだ真夜中だった。

鼓動が早い・・・。



 「月夜・・・綺麗だな・・・」

体が火照っているような気がして外に出てきた。

もうすっかり夏・・・夜なのに蒸し暑い。


 ルーン・・・あいつが来てからひと月、もう深の月になる。

毎朝挑みに来ては負けて帰って・・・。

そういや、いつの間にか泣きそうな顔はしなくなってたな。


 『今日もありがとうございました。あと・・・これ、きのう買ったお菓子なんです。おいしいから食べてください』

少しだけ、本当に少しだけ何気ない会話をしてくれるようになった。

 『どうですか?もう剣に振り回されなくなりましたよ』

『あ・・・それ雲鹿革の手袋ですよね?見てください、お揃いですね』

思い出すと勝手に胸を押さえてしまう。

どうしちまったんだ・・・。



 最近は、屋敷に来るのが早くなっていた。

よくわかんないけど、ルーンが現れるのを待っている自分がいる。


 「おはようございます。挑戦しに来ました」

「ああ・・・おはよう」

初めは鬱陶しいと思っていた。

でも今は、顔を見ると安らぐ。


 「お願いします」

「・・・仕方ねーな」

ステラ様に危険が迫っているかもしれないのに・・・なんなんだよ・・・。



 「ありがとうございました」

「残念だったな」

今日も勝った。

当然だけど、ルーンには一撃も入れられたことがない。


 「まだまだだけど、日ごとに強くなってるな」

女の子だからってのと、動きに無駄が多いから手は抜いている。

それでも、剣に込める力を強めなければいけない時も出てきていた。

 「え・・・えへへ・・・」

「どんな鍛え方してんだ?」

「あー・・・えっと・・・秘密です」

「・・・時間があればだけど・・・少し話さないか?」

言葉が勝手に口から出てきた。

 なんで・・・しかも女の子に・・・。

俺は・・・ルーンに帰ってほしくないのか?


 「えっと・・・大丈夫だそうです」

「誰かに確認したみたいな言い方だな」

「あ・・・いえ、いいですよ。時間はあります」

ルーンが答えたと同時に、オレの手はまた胸を押さえていた。

なんか・・・苦しい・・・。



 二人で庭園の東屋にある椅子に座った。

なんか緊張する・・・誘ったのはいいけど、何を話そう・・・。

ていうか、いい匂いがする・・・。


 「お前は・・・」

「あの・・・ルーンです」

ルーンが上目遣いで見つめてきた。

 なんでこんな目すんだよ・・・。

それに名前で呼んでいいのか?そんなに親しくない女・・・いや、毎日顔を合わせてるから親しいのか?


 「る、ルーンは・・・」

「・・・どうして赤くなってるんですか?」

「なんでもない・・・」

そうなっていることは自分では気が付かない。

なんか恥ずかしいな・・・。


 「・・・歳はいくつだ?」

こういう話はまだだった。

ていうか、他に思い浮かばない・・・。

 「十三です」

「十三・・・十三?ならアカデミーはどうした?水の月まであるだろ」

「ええと・・・わたしの通っていた所は、他よりも半年早く終わるんです」

いいな・・・俺もそこに通いたかった。

・・・違う、もっとなんか喋んないと・・・。

 「アカデミーにもいろんなとこがあるんだな。・・・オレは十七だ」

「・・・はい」

静かになってしまった。

・・・他に何を話せばいいんだ?


 「えっと・・・剣・・・剣はいつからだ?」

「殖の月からです・・・」

まだ三か月?

本当かよ・・・だとしたら成長が早すぎる。

 「師匠はどんな奴なんだ?男か?」

「男性で・・・えっと・・・とても強いです」

男か・・・。

聞きたくなかったかも・・・。


 「俺と比べたら・・・どっちが強い?」

「ごめんなさい・・・師匠です」

「謝るなよ・・・」

まあ、そりゃそうだろうな・・・。

短い期間でここまで鍛えられるんだから・・・。


 「師匠は、やっぱり連れてこれないのか?」

「すみません・・・でもヴィクターさんがわたしを認めてくれたら会ってくれると思います」

「弟子が戦ってるところをなんで見に来ない?」

「え・・・なんでですかね・・・」

ルーンが焦り出した。

俺には言えないわけね・・・。


 「まあいいや・・・変な話だけどさ。その・・・師匠ってどんな奴?」

「あー・・・師匠は・・・かっこいいです」

ルーンが微笑んだ。

 ・・・なんかムカつく。

その師匠は、ルーンの顔を毎日好きな時に見れるってことだよな?

宿に泊まってるらしいけど・・・まさかおんなじ部屋か?


 「ヴィクターさんの師匠のお話も聞きたいです」

ルーンがまた俺の顔を見つめてくれた。

今は・・・余計なこと考えんのやめよ。

 「俺の師匠は父親だ。・・・まだまだ敵わないんだよね」

「まだまだですか・・・わたしと一緒ですね」

「けどさ・・・父上よりも憧れた人がいるんだ」

戦場から戻った父上に、ニルスさんの話を何度も聞かせてもらった。


 『間違いなく戦士の中で一番強かった』

『雷神よりもですか?』

『そうじゃな。ステラ様を迎えに来る日を楽しみしておくといい』

父上も認めている。

早くややこしいことが終わって、ステラ様が目覚めれば・・・あの人に剣を教えてもらえるんだ。


 「・・・ヴィクターさん?」

「あ・・・悪いな」

ルーンとの話に集中しようって思ったばっかりなのに・・・。

 「いえ、憧れたってどんな人だったんですか?」

「知りたいのか?」

「はい、教えてほしいです」

ルーンは興味がありそうな顔をしてくれた。

 なんか話が広がりそうだ。

こういうのが好きなのかな?


 「父上が認めた人だ。戦士で一番強かったって聞いてる」

「あ・・・ええと・・・強いって雷神さん・・・ですか?」

ルーンの話し方が急にぎこちなくなった。

あれ・・・興味無かったかな?

 「風神って呼ばれていた人なんだ。ここで父上がその人に負けるのを見た」

「風神さん・・・」

「悪いけど、ルーンの師匠よりも強いと思う。それにカッコよかったんだ・・・父上ももちろん強いけど、俺はあの人みたいになりたい」

「そうなんですね。お願いすれば教えてくれると思いますよ」

今度は嬉しそうな顔になった。

・・・どっちなんだ?


 「その人は今大変なんだよ。でもいずれ必ず来てくれる。その日が楽しみなんだ」

「ふふ、なんだ、もう来て・・・いたっ!!」

ルーンが急に大声を出した。

 「どうした?」

「いえ・・・あ・・・わたしそろそろ戻ります・・・失礼します・・・」

ルーンは首筋を押さえながら立ち上がり、急いで庭園を出て行った。


 わからない・・・俺はなにか気に障るようなことをしたのかな・・・。

やっぱり、あいつの師匠を落とすような言い方はよくなかったか?



 「おなごに時間を割いている暇なんぞあったんじゃな」

父上がまた俺をからかいに来た。

・・・陰で見てやがったな。


 「雷神と風神の話もしておったのう・・・間違っても親子だったなどと口外するなよ?」

「わかってますよ・・・」

「戦士たちは全員隠し通してきた。ニルス殿からルージュ殿に語るまで、どこからも漏れないように徹しろ」

「はい・・・」

盗み聞きしてんじゃねーよ・・・。

あの子から漏れるとは思えないけど・・・ニルスさんのためにもルーンには言えないな。

 

 「あの娘は特別か?」

父上が俺の背中を叩いてきた。

うるせーな・・・。

 「・・・そういうのじゃありません」

「気になっておるんじゃろ?美しい娘じゃからな」

「だから・・・そういうわけでは・・・」

「儂もこの間少し話した。スナフにいるおなごとは違って新鮮じゃったぞ」

父上はいやらしい顔で笑った。

いつの間にルーンと話を・・・。


 「おかしなことはしてないでしょうね?」

「どうした?お前はあの子のなんじゃ?」

「なんでもないですけど・・・」

たしかに、俺はなにも言えないな・・・。

 「情けない空気を出すな。・・・話した時に聞いたが、甘酸っぱい果実を絞った飲み物が好きらしいぞ」

「え・・・」

「楽しいと思ってもらえるような話をしろ。・・・釣りに行ってくる」

俺の胸が叩かれた。

甘酸っぱいか・・・明日・・・。



 「きゃっ!」

俺の反撃に押し返されたルーンが背中から倒れた。

危ね・・・もらうとこだった・・・。


 「・・・惜しかったな。今のはいい攻撃だったぜ」

「いえ・・・二の手が甘かったです」

「謙虚だな・・・ほら・・・」

「ありがとうございます・・・」

ルーンは、俺が出した手を掴んでくれた。

普通に触れたのは初めてだ。


 よし・・・ここで・・・。


 「あのさ・・・今日は・・・飲み物を用意したんだ」

「え!どうしたんですか・・・」

「・・・気まぐれだよ。きのう話した東屋に行こうぜ」

「やったー、行きます」

ルーンは嬉しそうな顔で付いてきてくれた。

・・・俺も嬉しいな。



 「わあ、これヴィクターさんが作ったんですか?」

「母上が買ってきた果物が余っていただけだ・・・この前菓子を貰ったからな・・・」

用意していたものを出した。

まあ・・・朝に市場まで行って買ってきたんだけど・・・。


 「わあ、冷たくておいしいです」

ルーンが顔いっぱいで笑ってくれた。

鼓動がまた早い・・・

 「こういうの好きなのか?」

「はい、暑いので余計おいしく感じます」

この感情は一体なんだろう?

 苦しい時もあれば、心地いい時もある。

正体はわからないけど、原因はこの子だ。


 「ルーンはどこの生まれだ?この辺なのか?」

名前を言ってみた。

今日は自然にできたかな?

 「わたしはテーゼですよ」

「テーゼ・・・戦士に知り合いはいるか?」

「えっと・・・何人か」

あぶねー・・・雷神と風神にけっこう近かったんだな。

口滑らしたりしなくてよかった・・・。


 「じゃあ・・・ルーンの親も戦士だったとか?」

「えーと・・・んー・・・」

ルーンは困った顔になった。

聞いちゃダメな話だったのかな?

 「話したくないならいいよ」

「ご、ごめんなさい」

困らせるつもりは無かったんだけど・・・。

なら、他の話にするか。


 「精霊や妖精には会ったことあるか?」

たぶん、女の子なら好きそうな話だよな。

 「・・・ええと、ある・・・いや、ない・・・かな」

「あんまり興味無いのか?」

「いえ・・・そういうわけじゃないです。友達の二人が精霊学を勉強しているので・・・」

勉強か、それだけじゃ精霊のことはそんなに知らなそうだ。


 「内緒の話、教えてやろうか」

「え・・・どんな話ですか?」

「誰にも言わないか?」

「はい、言いません。教えてください」

きっと驚くだろうな。

シロ・・・許してくれよ。


 「俺には精霊の友達がいるんだ」

「え・・・」

「しかも精霊の王様なんだよ。でも、こんなちっちゃいんだ」

「・・・そう・・・なんですね」

あれ?驚かない。

・・・それどころか困った顔だ。

え・・・変な奴って思われたのか?


 「信じないなら・・・別にいいけど」

「いえ、信じます。い、いいなあ・・・精霊の友達・・・」

女ってよくわかんないな。

 じゃあどんな話ならいんだろう?

・・・そういえば、風神の話はちょっとだけ反応がよかったな。

雷神との関係を言わなければいいから・・・。


 「飲み終わったら、ちょっと見てもらいたいものがあるんだ」

「はい、わかりました」

「あ・・・ゆっくりで・・・いいのに」

ルーンは残りを一気に飲み干した。

 急がせるつもりなかったんだけど・・・。

まあいいや、ニルスさんがどのくらいすごい人か見せてあげよう。



 二人で東屋から移動した。

いつも戦っている場所だけど、ルーンはたぶん気付いていなかったもの・・・。


 「これ見てくれよ」

「石畳・・・割れてますね。なにか重いものを落としたんですか?」

「いや・・・」

当然の発想だな。

でも違う・・・。

 「これは踏み込んだ跡だ」

「え・・・ヴィクターさんのですか?」

「きのう話した風神がやったんだよ」

「えー!!!」

ルーンはシロの話よりも驚いてくれた。

感情を表に出す反応の一つ一つが新鮮で、それが俺の心の中を優しく揺らしてくれる。

 

 「あ・・・たしかに、土の地面にも・・・くっきりと・・・」

「なんだ?」

「あ・・・いえ・・・こんなことできる人がいるなんて信じられなくて・・・」

「だから憧れてるんだよ」

いったいどれくらい鍛えればここまでできるようになるのか。

遠いってことだけはわかるけど、いつかは俺もそこに行くんだ。


 「しかも今の俺と同い歳の時にだ」

「・・・本当ですか?」

ルーンは真顔だ。

そりゃ信じられないよな。

 「本当だよ」

「あ・・・いえ、ヴィクターさんじゃなくって・・・」

「は?」

「あ、な、なんでもないです。わたしたちも頑張りましょう」

たまに変なとこもあるけど、それも含めてルーンが気になる。

どうしてこうなったんだろう・・・。


 今日は、門の外まで見送ろうかな・・・。



 「今日はごちそうさまでした。これからの鍛錬も頑張れそうです」

ルーンが深く頭を下げてくれた。

 喜んでもらえるのって幸せな気持ちになるな。

それに、もっとこの子の笑顔が見たい・・・うん、見たい。


 「まだ・・・どうやったらルーンを認めるか話してなかったな」

「え・・・教えてくれるんですか?」

初夏の涼しい風がルーンの赤毛を揺らした。

どんな顔をしてくれるだろう・・・。


 「俺に・・・一撃でも入れられたら認めてやる」

「・・・」

目の前には、今までで一番の笑顔があった。

俺だけに向けてくれたもの・・・。



 「お優しいのう、一撃くらいなら偶然でも貰うことはあるぞ?」

父上が釣竿を持って現れた。

・・・また遊びに行くのか。


 「気は抜きませんよ・・・ていうか、盗み聞きしないでください」

「格下だと思って驕るなよ?」

「わかっていますよ・・・」

父上がなにを言おうと今の騎士は俺だ。

それに手は抜かない、戦いに関しては本気でやる。


 「・・・取り消しておいた方がいいと思うぞ。あの子は素質がある。それもとびっきりのな」

「・・・それはわかっています。ですが条件は変えません。がっかりするでしょうし、嫌われてしまいます」

「ほう・・・嫌われたくないのか」

「え・・・」

無意識に出た言葉だった。

そうか、俺はルーンに嫌われたくない・・・。


 『約束ですよ。じゃあ、また明日よろしくお願いします』

さっきの帰り際・・・あの笑顔を見た瞬間、俺の胸になにかが突き刺さり、深いところまで入っていった。


 早く・・・明日にならないかな。

名前も知らない感情は、日ごとに大きくなっていく・・・。

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