第百六十七話 夢のよう【ニルス】
明日から妹との旅が始まる。
長いのか短いのか・・・どうなるんだろうな。
本当は何も心配が無い状態で、兄妹としてがよかった。
そしてスナフ・・・まだ行くつもりは無かったんだけどな・・・。
◆
「魔法を出してみて」
「わかった」
「限界まで強く」
「うん」
シロの指示に従って炎を出してみた。
今の体からしたらかなりの熱量だけど・・・。
「うーん、みんなが同じ大きさなら強いね」
「そういうわけじゃないからな」
出せたのは、焚き火を起こす時くらいの炎だった。
こうなる前は、風呂を沸かすのに焚き木がいらないくらいだったのにな・・・。
「でも、治癒は強いままだね」
「女神の力だから?」
「たぶん・・・まあ、小さいのは困るよね・・・」
シロはオレの身体を隅々まで調べてくれた。
精霊と同じで、食事は別に摂らなくてもいいみたいだし、睡眠も必要ない。
わけのわからない身体になってしまったな・・・。
「ニルス様、お召し物ができましたよー」
「早く着てみてください」
憂鬱になりそうなところで、ルージュとバニラが部屋に飛び込んできた。
やっと女給の服を着なくて済むのか・・・。
◆
「どうですかニルスさん、苦しい所はありますか?」
できあがった服は、今のオレに合うように作られていた。
何度も寸法を測りに来てたからな・・・。
「いや、すごくいい。ありがとう」
「内側の生地は太陽蜘蛛を使ったんですよ」
「なるほど・・・色々安全だな」
作られた服は以前にルージュと話した時に着ていたものだ。
バニラの手伝いもあっていい感じにできている。
そして、気持ちもたくさん込もっていた。
「これでひと安心ですね。じゃあルージュちゃん、あと一着くらい一緒に作ってみようか。次は旅人に似合うものがいいよね」
「はい、ありがとうございます。バニラさんみたいに上手な人に教えてもらえて嬉しいです」
「ルージュちゃんも上手だよ」
「え・・・ありがとうございます」
ルージュはにっこり笑った。
次にできる服は、これよりも強い思いが込もっていそうだ。
「今夜はメピルさんも私の部屋に呼んで、女の子三人でお喋りしようよ」
「楽しそうですね」
「お風呂も大きいからみんなで入ろうね」
「は・・・はい・・・」
バニラのおかげで、ルージュの憂鬱も薄まってくれるだろうな。
◆
「ルージュ、絶対に手を離しちゃダメだからね」
夜が明け、オレたちは岩場まで出てきた。
旅立ちだ・・・。
「大丈夫かな・・・」
「手綱を離さなければね。まずはチルの所まで連れて行ってくれる。イナズマと一緒にいるみたいだよ」
シロが乗り物を用意してくれた。
とても大きな白鳥・・・。
「ミランダが一緒だと無理だったな・・・」
「そうだね・・・前の旅も馬車にしたし・・・」
ああ・・・懐かしいな。
『ドラゴンとか・・・鳥の人形で飛んで行った方が早く着く・・・どうする?』
シロがこっそり教えてくれたっけ・・・。
「でも・・・本当に間に合わなさそうならこっちを使うつもりだったよ」
「間に合ったから気にしなくていいよ」
それに楽しかった。
だから馬車でよかったんだ。
「ねえシロ、この子は・・・生きてるの?こんなの首に付けて苦しくない?」
「人形だから大丈夫だよ。片道だけだから、次はチルかイナズマに頼んでね」
なんにしても、これなら道を気にせずに行ける。
空の旅か・・・。
「ニルスさん、なにも持ってないのも落ち着かないと思うので」
「きっと似合うと思ったの」
「・・・ああ、ありがとう」
バニラとメピルが、オレに縫い針を持たせてくれた。
剣のかわりか・・・。
「鞘は水晶です。メピルさんが作ってくれたんですよ」
「どうニルス?」
「メピルが作ってくれたんなら心強いよ」
「えへへ・・・」
言えないけど、剣も水晶で作ってほしかったな・・・。
「あの・・・ルージュちゃんに、お母さんに声をかけていったらって言ったんですけど・・・全部終わったらって」
バニラがオレを持ち上げた。
緩んでくれたと思っていたけど、まだ張り詰めているらしい。
「したいようにさせてあげよう。あ・・・オレとあの子の関係は・・・」
「シー君から全部聞いてたので大丈夫ですよ。なにも教えていません」
バニラの指がオレの頭を撫でた。
「私もそうしたよ」
「ごめんね、二人に嘘をつかせてしまった」
「話してないだけだから、嘘はついてないけどね」
メピルの指がオレの頬を撫でた。
そうだな・・・どっちかって言うと隠し事か。
「ニルス、針に毒塗っておく?」
ニコルさんがニヤニヤしながら近づいてきた。
毒ね・・・。
「アリシアさんに使われたようなのもあるよ。あの人じゃなきゃ後遺症が残るくらい強いけど」
「・・・遠慮しておきます」
間違ってルージュに刺さったらどうするんだよ・・・。
◆
「ニルス様、そろそろ行きましょう」
「そうだな」
オレはルージュの上着のポケットに入った。
・・・ちょうどいいな。
「ルージュちゃん、あの生地は色が付いたらまたあげるね」
バニラがルージュに声をかけた。
「ありがとうございます。楽しみにしていますので」
「次来た時も色々教えてあげるよ」
オレよりも優しい師匠だ。
裁縫だけをしてた方が危なくないんだけどな・・・。
「じゃあ、飛ばすね」
「みなさん、お世話になりました。シロ・・・お母さんをお願いね」
「任せて。ルージュもニルスをよろしくね」
シロが人形に触れた。
たぶん、イナズマの場所を伝えたんだろう。
「わわっ!羽を広げました」
「もっとぎゅっと、しっかり掴まっててね」
白鳥の人形が地面を蹴った。
「シロ、また会おう。みんなも元気でね」
「うん、行ってらっしゃい・・・」
シロの声が遠ざかり、いつの間にか地面が遥か下に見えた。
「すごいな・・・一度の羽ばたきでこんなに高く・・・」
「ニルス様!ポッケから顔を出さないでください!落ちたらどうしようもないです!」
ルージュは手綱をしっかりと握っている。
・・・心配させないようにするか。
◆
白鳥は西へと向かっている。
イナズマは火山にいるらしい。
「ルージュ、そろそろ慣れたか?」
「なんとか・・・。掴んでれば平気です・・・」
「なら景色を見ておくといい」
「はい・・・」
見下ろす大地はどこまでも続いていて、遠く見えた彼方がすぐに通り過ぎていく。
馬車とは比べ物にならないくらい速い。
風に乗って世界の果てまでだって行けそうだ。
「ニルス様は・・・これ経験ありますか?」
「ない。でも、こんな旅もいいな」
「うう・・・わたしが必死に支えてるのに笑ってる・・・」
「オレの弟子はこれくらいで音を上げないはずだよ」
「む・・・当然です!」
もうサンウィッチ領に入った。
結局戻ってくるのか・・・。
◆
「来たか・・・」
「え・・・ルージュ?・・・一人?」
「シロから呼びかけで聞いていた」
「チル聞いてないんだけど・・・」
イナズマとチルは、父さんの墓の前にいた。
また花を咲かせてくれていたらしい。
「あ、人形が・・・」
白鳥は降り立つと、すぐに煙となって消えた。
片道だけって言ってたからな。
◆
「そういった記憶は無いな・・・すまない」
「チルも知らない。ごめんね・・・」
元の身体に戻る方法はわからなかった。
ということは、オーゼもわからない可能性が高いな。
「ルージュ、カクとは遊んだ?」
「うん、友達だよ。そうだ、行ってくるって挨拶をしてなかった」
「じゃあ呼んでみようよ」
チルとルージュは仲がいい。
バニラもそうだけど、同じ水晶の首飾りを付けている友達だからなんだろう。
「やはりジナスなのだろうか・・・」
「他に思い当たることがないからな」
「・・・」
イナズマは深刻な顔をしている。
余計おかしくなったからか・・・。
◆
「きゅう!」
「わたしたちね、ここを離れることになったんだ」
ルージュがカクを抱き上げて顔をこすりつけた。
せっかく仲良くなったんだけどな。
「見てカク、ニルス様がちっちゃくなっちゃって・・・元に戻してあげたいの」
ルージュはオレをカクの目の前に出した。
デカい・・・ちょっと恐いな。
「・・・きゅ」
「カク・・・わかるのか?」
「きゅう」
「これなら自分でも勝てそうだって言ってるよ」
チルの通訳はありがたいけど、これは知りたくなかったな。
たしかに今はカクにも勝てそうにないけどさ・・・。
「・・・じゃあ、これからしばらくはカクがこの森の王だ」
オレはカクの鼻に触れた。
どう思われていたとしても、いない間のことは頼んでおかないとな。
「きゅう」
「知らない人間とか、危なそうな魔物が来たらみんなを連れて森の奥に逃げるんだよ。戦ってはダメだ、わかったな?」
「きゅ!」
「任せろって」
これでいい、カクならしっかりやってくれるだろう。
あとは・・・。
「イナズマ、この辺りのことを頼んでいいか?」
「前に話していたおかしな奴らか・・・何かやりそうなら追い出そう」
「それでいい、害がありそうなら判断は任せる」
「引き受けた」
精霊も付いてくれるなら安心だ。
森の生き物たちは、オレたちが戻るまで平和に暮らせる。
「ちなみに・・・きのう人間は来たか?」
「一人・・・」
来たのか・・・。
「あれを見て帰っていったぞ」
イナズマが指さした先には、ハリスの作った「王家所有」の立て札があった。
・・・魔除けになるらしい。
「お前の身体も女神様には頼らないと聞いたが・・・」
「どうしようもなくなれば頼るさ。境界で大変なんだろ?」
「まあ・・・そうだな。俺たちだけでなんとかできるのが一番いい。だが・・・頼めば来てはくれるだろう」
イナズマはちょっとだけ困った顔をした。
世界を元に戻す・・・二百年以上かかる大仕事って話だからな。
「決断は早めにしろ。それで、次はどこに行くんだ?」
「オーゼの所だ」
「じゃあチルが人形出したげる。シロのより速いからねー」
「え・・・あれより?大丈夫かな・・・」
ルージュが手袋を外した。
・・・擦れて赤くなってる。
まだそこまで手の皮が厚くなってなかったか。
「ルージュ、手を見せて。治癒はそのまま使えるんだ」
「大丈夫ですか?また苦しくなったり・・・」
「シロに視てもらったから大丈夫だよ」
オレはルージュの手に触れ、治癒をかけた。
小さいから片方ずつだな・・・。
「あ・・・治りました。ありがとうございます」
今のオレにできるのはこれくらいか・・・。
「ほんの少しでも傷ができたら言ってほしい。すぐに治す」
「小さいのなら自分でも大丈夫ですよ?それに放っておいても治りますし」
「綺麗なままでいてほしいんだ。必ず言うんだぞ?」
「あ・・・はい」
ルージュは口元を持ち上げて頷いた。
・・・かわいい。
「もういい?作ったから乗ってみてよ」
チルが駆け寄ってきた。
どんな鳥か・・・。
「鷹・・・」
「うん、とっても速いよ」
白鳥よりも凶暴そうな見た目だ。
「どうニルス、チルえらい?」
「えらいよ、元に戻ったら頭も撫でてあげる」
「ふふふ・・・」
チルの口元が変な形に変わった。
この子もかわいい・・・。
◆
「きゃああああ!!!!!」
「口を閉じろ、舌を噛むぞ」
空を突き抜けるように飛び上がった鷹は、白鳥よりも力強い羽ばたきで風を味方につけた。
人形だけど、お前に「風神」の名前をやるよ・・・。
◆
「あ・・・ゆっくりになってきましたよ・・・」
「麻痺してるだけだ、これでも相当速い」
オーゼの川が見えた。
鷹は速度を落とし、上流を目指している。
「アカデミーで教わりましたけど、こんなに大きいんですね・・・すごい・・・」
ルージュは川を追って、遥か彼方まで視線を伸ばした。
「今君が感じている気持ち、それが旅人だ」
「・・・はい。・・・シロとも一緒がよかったです」
ルージュの手に力が入った。
思い出してやりきれなくなったんだろう。
君は悪くないのに・・・。
「少しでも辛い時は全部話してくれ。心はオレが支える」
「ニルス様・・・はい!」
この子はまだ未熟だ。
兄としても力になってあげないといけない。
「でも、わたしもニルス様を支えますからね」
「ありがとう・・・オレは元に戻るためならなんだってする。それにはルージュの力も必要だ。・・・頼りにしているよ」
「時間があれば・・・ご指導お願いしますね」
できる限りはするけど、この状態じゃな・・・。
・・・そうだ、ヴィクターさんの所に行くなら、この子の気晴らしに少し鍛えてもらってもいいかもしれない。
代替わりしてるって話だし、新しいヴィクターはこの子と歳が近い。
・・・一緒に修業させればいいんじゃないか?
◆
「あら・・・」
オーゼは岸辺に座り、流れに触れていた。
周りには妖精が集まっている。
「ニルス様、あれがオーゼさんですか?」
「そうだ、近寄ってくれ」
「イナズマから呼びかけで聞いていたわ」
降り立つと、オーゼもこっちに寄ってきた。
説明の手間は省けそうだな・・・。
◆
「ふーん・・・小さくなったって本当だったんだ・・・」
オーゼはオレの身体に指を這わせた。
この反応だと元に戻る方法は知らなそうだ。
「ごめんなさい、私もわからないわ・・・」
「いや、大丈夫だ。気にしないでくれ」
「あなたには、女神様を解放してもらった恩がある。力になってはあげたいけど・・・そういえばこの子は?あなたと同じ髪の毛ね」
「ひゃ・・・」
ルージュの頬にオーゼの手が触れた。
待てよ・・・オレたちの事情は呼びかけで教えたのか?
「この子はルージュ・・・オレの弟子だ」
「・・・弟子?ふーん・・・私はオーゼ。よろしくねルージュ」
「あ・・・ルージュ・クラインです・・・」
「うん、シロから聞いているわ」
大丈夫だったみたいだ。
オレの焦った姿を見たかったんだな・・・。
「あなたの弟子ならかなり強そうね」
「まだふた月も鍛えてない」
「じゃあこれからってことね」
オーゼは精霊の中で一番落ち着いている。
余裕も見えるし、ハリスに近いのかもしれない。
「あの・・・失礼かもしれませんがその格好は・・・」
ルージュが恥ずかしそうに目を逸らした。
オーゼの姿は以前と変わらず、薄い布を纏っただけだ。
ミランダでさえ大事なところは隠すから、それ以上がいるとは思わなかったんだろう。
「なにかしら?」
「透けてます・・・」
「そうね。女神様は綺麗って言ってくれたわ」
「たしかに綺麗ですけど・・・」
ルージュの顔がどんどん赤くなっていく。
「恥ずかしくは・・・ないんですか?」
「ふふ・・・ルージュは、獣や鳥、虫や魚にも同じことを聞いているの?」
「う・・・すみません・・・なんでもないです」
「ニルス、ルージュってちょっと変わった子ね」
精霊・・・というかオーゼには人間の常識は通用しないみたいだ。
シロ、チル、イナズマはちゃんと体を隠しているけど彼女だけは違うからな。
「それで・・・あと残っているのはどこ?」
「神鳥のシル、それと聖女の騎士・・・この二つだ」
「女神様が自由に動ければね・・・」
「なんとかするよ」
これは別に世界の話ではなくて、オレとアリシアたった二人のこと。
境界と比べたら小さい話だ。
「・・・ちょっと心配ね。退屈だったし、私も神鳥の森まで付いて行きます」
オーゼがオレを見て微笑んだ。
一緒にってこと?
「・・・いいのか?」
「ええ、役目はこの子たちにお願いするわ」
オーゼは振り返ると、近くにいる妖精たちに触れていった。
「どうしようもなければ私を呼びなさい」
「はい、オーゼ様」「お気を付けて」
妖精たちが空へ舞い上がり、川の上流と下流に散っていった。
「じゃあ行きましょう。シルとは一度も会ったことないの」
オーゼはオレをつまんで肩に乗せてくれた。
精霊が一緒なら、ルージュに危険は無いな。
◆
オーゼが加わって、神鳥の森へ向けて歩き出した。
「ルージュ、あなたは女神様に似て美しいわ・・・」
オーゼはルージュにべったりとくっついている。
「そんなこと・・・オーゼさんの方が綺麗です」
「あなたのすべてと比べないとわからないわね・・・」
なんか近くないか・・・。
「あの・・・オーゼさん、ちょっと離れてほしいです・・・」
「ダメよ。ニルスがこんな状態なんだし、私があなたを守らないといけないんだから」
「オーゼ、あんまり変なことは・・・うわっ・・・」
「ニルス様!」
オレはオーゼの胸元に押し込められた。
・・・柔らかい。
「男はこれが夢のように気持ちいいらしいの。ニルスも静かになったでしょ?間違いないことが証明されたわね・・・」
挟まれて口が開けないだけだ・・・。
変な記憶ばっかり集めてるらしいな。
「えっと・・・男の人はおっぱいに弱いってことですか?」
「そうよ、色々教えてあげる・・・ふふ」
姿は見えなくなったけど、オーゼは妖しく笑っている。
ルージュがおかしなことを覚えたりしないだろうか・・・。




