第百五十四話 気にかけていたのは【ハリス】
『大丈夫だよ・・・アリシアの呪いは僕が解くから・・・』
シロ様の顔には不安しか無かった。
死の呪いを解く・・・本当にうまくいくのだろうか。
そして「アリシア」と呼んでいた。
「お母さん」はどこへ行ってしまったのか・・・。
おそらくだが、シロ様は自分を犠牲にしようと考えている。
そして誰にも伝える気は無いようだ。
イナズマ様は、何かを察している様子だったが口を挟んでこなかった。
知っていたとしても、止める気は無いのだろう。
それでは困る・・・。
ステラ様が目覚めた時、シロ様がいなければへそを曲げてしまうかもしれない。
そしてニルス様も自分を責め、旅に出ることをやめる恐れがある。
・・・それだけはダメだ。
『次の旅で精霊銀を探そう。必ず見つけてみせる』
私の希望・・・本当に見つけてくれるのではないかと思った。
だから、この光を消してはいけない・・・。
一番は、アリシア様が「やめてくれ」と直接言い聞かせることですが・・・難しいですね。
もしくは女神が来てくれればいいが、境界のことで手いっぱい。
娘の危機にすら気付いていないだろう。
となると、ここはニルス様とミランダ様に何とかしてもらうしかない。
戻ったら私から切り出そう。
まずは、どうして別行動を取ったのか・・・ここからがいい。
◆
「ハリス、ニルスと一緒に聞いてほしい」
ニルス様とイナズマ様が外に出てきた。
「父さんがなにか言っていたのか?」
「ケルト様のお話でしたか・・・」
私はニルス様の横に並んだ。
今はそんな場合ではないというのに・・・。
「誰もそんなことは言っていない。・・・シロに口を出すなと言われていたからな。連れ出すための口実で使った」
おや・・・思い違いをしていたようだ。
考えてみれば、イナズマ様も止めない理由など無い。
「様子がおかしいことに気付いているか?」
「・・・当然だ。なにか隠している。ミランダも気付いていた」
「なら早くあいつを止めろ。・・・消えてしまうぞ」
イナズマ様はとても低い声を出した。
これで私の推測は確定ですね。
アリシア様の命はシロ様と引き換え・・・それをニルス様たちが許すはずがない。
ふふ・・・あとは見ているだけでよさそうだ。
「消える・・・そういうことか。あの顔を見れば思い詰めているのはわかるよ。・・・解呪は危険なんだな?」
「眠りや狂乱なら話は別だった。・・・アリシアにかけられた呪いは、解呪をするシロの存在を削るもののようだ」
「存在・・・」
「人間で例えるなら・・・よく切れる刃が隙間なく積み重なった山、そこに裸で体をねじ込むようなものだ」
・・・痛い話だ。
不死であっても想像したくないですね。
「・・・呪いが解けたとしてもシロは消える。そして、取り除く前に心が終われば・・・どちらも助からない」
「なんでそこまで・・・責任を感じているのか?」
「シロは、仲間と同じくらいアリシアとルージュを愛している。自分が消えてでも助けてやりたいらしい」
しかし周りが見えなくなっている。
いや・・・見ないようにしているのか。
「ここに来る前、俺に記憶をくれた。気脈を託すためだ」
「・・・止めろよ」
「俺はお前たちに託そうと思ったんだ。シロのこれからを・・・」
「・・・戻って話そう。早く来い」
ニルス様は急いで家に向かった。
この方たちといるととても楽しい、だから希望が持てるのだろう。
「・・・ハリス、お前は関わらなくてもいい」
イナズマ様が私の前に立った。
気遣いは無用ですね。
「精霊銀を優先しろ」
「ふ・・・ニルス様が必ず見つけると言ってくれたのです。私も彼に託そうと思っています。まあ・・・自分でも探しますが」
「五百年以上も過ぎ去った・・・お前とリラも焦りすぎたんだ」
「・・・立ち止まるというのは難しいのです。それと、他言はしないでくださいね」
まだ誰にも話すつもりは無い。
見つけられたら教えますが・・・。
◆
「失礼しました。では、これからのことを考えましょうか」
戻ると全員座っていた。
「・・・」「・・・」
ニルス様は腕を組んで俯き、ミランダ様は頭を抱えている。
まるで弔いの席だ。
「・・・これから?悪いけど僕はもう城に戻りたい。早く解呪に取り掛かるんだ」
「シロ、解呪はどうやってやるんだ?」
ニルス様が顔を上げた。
少しずつ詰めていくのか。
たしかにシロ様は焦ると感情的になる。なので、こうやって冷静に話すしかない。
「説明は・・・難しいな。でも任せてほしい」
「けっこう大変ってこと?」
「ちょっとね・・・でもきっと大丈夫、メピルと一緒にやるから。ルージュ、なるべく早く終わらせるようにするね」
「ごめんね・・・」
「・・・」
シロ様は、ほんの少しだけ唇を震わせた。
なにかを言おうとしたが、声にはならなかったようだ。
「オレも考えたんだけどさ、女神に頼むことはできない?」
「無理だよ・・・女神様はずっと境界にいる。少しずつ・・・本当に少しずつ海の水を戻しているんだ。余計な心配はかけられない」
「イナズマ、本当か?」
「そうだな・・・沈む前の状態に戻るまで二百年ほどかかる。解放後に会って以降は、俺たちに意識を向けたことがないほどだ。ステラの目覚めの時以外は、呼びかけもするなと言われている」
まあそうでしょうね。
・・・自分で招いたことだ、後始末は当然しなければならない。
「・・・もういい?あ・・・そうだ、アリシアには僕の輝石をあげようと思うんだ。そしたら同じことにはもうならない」
「あれ?シロ・・・どうしてお母さんて呼ばないの?」
「・・・」
シロ様が目を見開いて固まった。
ルージュ様もやっと異変に気付いたようだ。
「・・・」
ニルス様は二人を黙って見ている。
このまま任せるのかを見極めているのだろう。
「・・・とにかく大丈夫だから」
「シロ・・・お母さんが戻ったら、一緒に帽子を買いに・・・行くんだよね?」
シロ様は、これ以上ルージュ様を傷付けることはできない。
全員味方なのだから、できればここで折れてほしいものだ。
「え・・・でも、ニルスと会えたし・・・もう旅は・・・」
「一緒に準備したでしょ?あ・・・もちろん悪い人をやっつけてからだよ。ニルスさん、少しだけシロと一緒に旅をしていいですか?」
「二人で決めたんだろ?・・・シロ、ルージュを頼むよ」
「僕・・・もう行かなきゃ・・・ミランダ?」
「・・・」
ミランダ様が、シロ様を後ろから抱き寄せて止めた。
これで逃げても、精霊の城まで追いかければいい・・・。
「シロ・・・何する気か知らないけど・・・ダメだよ」
「・・・」
逃げる気は無いようだ。
もう折れかけか。
「あたしも・・・精霊の城行く・・・一緒にいるから・・・」
「・・・」
精霊の涙は本当に美しい。
『わたしはなんで生まれてきたんだろう・・・』
リラさんのものと同じで見惚れてしまう。
「シロ、アリシアの解呪を待ってほしい」
ニルス様が本題を切り出した。
とっとと雰囲気を明るくしてほしいものだ。
「なに言ってるのニルス・・・。すぐに助けてあげないと・・・アリシアはルージュを心配してた・・・ミランダ、行かせて・・・」
「やだ・・・ニルスの話を聞いて・・・」
それでいい。
というか、シロ様もその気になればすり抜けられるはずだ。
心の奥底では「止めてほしい」と思っていたのだろう。
無意識かはわからないが、そうでなければ気付かせるような言動や振る舞いをするはずがない。
「家族の心配をするのは当然だろ?だからアリシアは・・・シロの心配もしていたはずだ。・・・そうだろ?」
「・・・」
シロ様の体から力が抜けた。
思い当たることがあったようだ。
「彼女が最後に気にかけていたのは、ルージュじゃなくて・・・目の前にいたシロじゃなかったか?」
「きっとそうだよ、お母さんはシロのことも大好きだもん」
「シロ、どうなの?」
「・・・」
聞くまでもないでしょう。
「僕が・・・不安な顔をしてるって・・・」
「他には何を言っていた?」
「抱いてあげたいけど、もう無理だって・・・一人で・・・考えるなって・・・」
「じゃあオレたちに相談が先だろ?忘れていたのか?」
「・・・」
シロ様の作っていた顔が崩れた。
今ので感情に被せていた蓋が外れたようだ。
「でも・・・約束した・・・必ず助けるって・・・。お母さんは・・・僕が助けるんだ!」
シロ様は泣きながら思いを訴えた。
その感情はわかる。
私と同じもの・・・。
「だとしてもシロと引き換えにはできない!アリシアもそんなこと望んでいないぞ!」
「引き換え・・・」
ルージュ様の顔から血の気が引いた。
そこまでだとは思っていなかったのだろう。
「望んでいなくても・・・助かれば喜んでくれる・・・」
「悲しみも残る・・・メピルも消えるんじゃないのか?そうなったら、今度はアリシアが自分を責めることになるんだぞ。シロも笑えるように・・・みんなで助けよう。誰も犠牲にならずに・・・他に方法は無いのか?」
「・・・あるぞ、シロはすぐに助けようと焦りすぎただけだ」
イナズマ様が割り込んだ。
あるのか・・・。
「イナズマ・・・口を出さないって・・・」
「そんな約束はしていない」
これで話も雰囲気も前向きになりそうだ。
「イナズマ、その方法は?」
「呪いをかけたものを捕まえろ。そいつに返すだけだ」
「なんだ・・・それでいいじゃないか。シロ・・・もう一人で悩んじゃダメだよ」
「・・・」
あとは、シロ様の心が落ち着くのを待つか・・・。
◆
「ごめんなさい・・・ルージュの不安をすぐに無くしてあげたかったんだ・・・。それに、簡単に見つかるとは限らない・・・」
シロ様は、俯きながら心を明かし始めた。
すべては愛からだったが、勝手に人の心を決めつけてはいけない。
やはりまだ幼いですね。
「わたしは・・・シロに消えてほしくない。だから、悪い人に呪いを返してお母さんを助けたい」
ルージュ様の方がわかっている。
呪いを返すか・・・ぜひ拝見させていただきたい。
「オレの心はもう決まった。シロ、責任を感じる必要は無い。君はアリシアの命を救ったんだ。もっと偉そうにしても誰も文句を言わないよ」
「ニルス・・・」
「仲間だろ?一緒に戦おう。ステラもシロがいないと悲しむ」
「・・・うん。ごめんねミランダ・・・」
「・・・」
ミランダ様はずっとシロ様を抱きしめていた。
まだ不安なのだろう。
「・・・シロ、約束して。これからはなんでも話してよ・・・じゃないとあたしずっとくっついてるからね・・・」
「ミランダ・・・約束する。・・・これからは、みんなに相談する」
「俺たちにもだ」
「イナズマ・・・うん」
これで、もう心配はいらないようだ。
「必要なら協力する。その時は呼べ・・・」
イナズマ様が出て行った。
最後までいればいいものを・・・。
まあいい、前に進ませていただこう。
「シロ様、その男の情報とあなたが見聞きしたもの・・・記憶を私にいただけますか?」
「ハリス・・・探してくれるの?」
「暇つぶしですね。対価は必要ありません」
精霊に近い力というものに興味がある。
なにより・・・ルージュ様を悲しませた・・・。
「シロ、オレにも記憶をくれ」
「あたしにも」
「わ、わたしも知っておきたい!」
「女神様にはナイショだからね・・・」
シロ様の手が私の額に触れた。
『強い冷気・・・幼いがすさまじい素質があるようですね。娘は・・・無理か』
すぐに記憶が頭の中に入ってきた。
シロ様が精霊だということを知らないようだ。
そして、顔は見せないようにしていたのか・・・。
『君の魔法が僕を上回ることは無い。・・・一歩でも動いたら命をもらう。・・・何者か言え』
男の足は分厚い氷で覆われていた。
そして無数のつらら・・・ここまでやれば逃げられるなど考えもしないだろう。
『・・・この黒煙は破れません』
たしかに見たことの無い力だ。
結界かどうかもわからない・・・。
『質問に答えろ!!話す気が無いならこのまま捕らえる!!』
『どちらも嫌なので失礼します。雷神の娘は戦えないようなので、機会があればまた来ることにしましょう』
・・・ルージュ様は、そこまで優先度が高いわけではないのか?
存在を知られているというのに・・・妙だ。
『無駄です・・・これはすべて飲み込む・・・。世界に導きの灯を・・・』
最後は黒煙に隠れたままか。
ふ・・・まあいい・・・。
「みんなにも・・・渡すね」
シロ様がルージュ様に触れようとした。
・・・大丈夫か?
「お待ちください」
「え・・・なに?」
私のいただいた記憶と同じものを渡すのは危険だ。
『死に方は・・・選べないようだ。いや・・・これは・・・家族を一度でもめちゃくちゃにしてしまった罰なんだろう・・・』
まだ知られてはいけない内容もある。
『二人家族・・・調べたと言っていた。奴は・・・ニルスの存在を知らない・・・』
勘付かれる可能性があるものもだ。
気付いていればいいが、一応伝えなければ・・・。
◆
「声は・・・間違いありません。この人がお母さんを・・・」
ルージュ様が拳を握った。
「顔はわかんないけど、たぶん知らない奴ね・・・」
「どうせ探し出す。報いは受けてもらおう」
全員記憶の整理が終わったようだ。
顔立ちまでわかればよかったが、大きな収穫もあったので少しは探しやすい。
「シロ、言った通りだったじゃないか。アリシアは君の心配をしていた。一緒にここへっても」
「そうだよシロ・・・お母さんに叱られるよ」
「・・・ん、ごめん」
「ほら、もうそんな顔しないの」
言う通りですね。
もう全員の意思は固まった。
前向きになるしかないのだ。
「お母さん・・・こんなに悲しそうな顔で凍ってるの?」
「・・・仕方ないんだ。調べたけど、あの円ができたら・・・呪いがお母さんを消してしまう・・・」
「・・・まだ四分の一だったな。少しは話せるんじゃないか?」
ニルス様が口元を持ち上げた。
・・・安心させたいということか。
「ルージュは無事で心配もいらない、そして必ず助ける・・・オレはこれだけ伝えたい、できるか?」
「・・・できる。僕も伝えたい」
たしかにあの悲痛な顔のままではシロ様も気が滅入ってしまう。
また後ろ向きな考えにならないためにも必要だ。
ならば・・・。
「急ぎましょうか、私が運びましょう」
「今回はタダよね?」
「・・・ツケにしておきましょう」
支払う者はもう決まっている。
『それと・・・困ってたら助けてあげることも対価にしてちょうだい』
ステラ様、その時はお願いしますよ・・・。
「ハリスさん、ありがとうございます」
ルージュ様が、私の右手をしっかりと握ってくれた。
『友達だろ?何かあればハリスを頼るように言っておくからね』
・・・友が愛した家族のためでもある。
まあ、いずれにしろ対価はいらない。
ケルト様・・・あなたは知っているでしょうが、私も感情で動くことはあるのですよ。




