第百四十六話 変わらない【ニルス】
もう八年・・・ずっと平穏な日々が続いている。
君の目覚める日まで、なるべく変わらないでいたい。
そのために世界を止めた。
また回り出すのは、再会の時だ。
◆
「うわっ!・・・なんだこれ」
火をつけるために、いつも通り魔法を出したつもりだった。
きのうまでは、蝋燭に灯るものと同じくらいの大きさで、気合を入れて掌くらい・・・でも今日は違う。
「なんで・・・」
蝋燭どころじゃない、ドラゴンの吐く炎に近い熱・・・。
だから燃やそうとした焚き木が一瞬で消し炭になった。
「・・・これくらいか?」
もう一度指先から火を出した。
「あ・・・できた」
ちゃんと集中すれば、大きさも熱量も調節できるみたいだ。
でも、なんで突然?
何もしてないのに魔法の力が上がるなんて・・・それも、いきなり何十倍にもなるってありえるのか?
突然・・・突然?本当にそうなのかな?
胸騒ぎ・・・何かが起ころうとしている?
◆
『ねえニルス、もっとそばに来てほしいな』
夢に君が現れた。
そばに・・・。
『少しずつだけど、近付いているよ』
『泣いてない?』
『秘密・・・本当に会えた時まで』
『・・・』
君は優しく微笑んで消えた。
目の前が白くなっていく・・・。
◆
朝か・・・。
目が覚めた。
・・・顔を洗おう。
今日で・・・ちょうど八年・・・。
◆
「いつも早いな」
外に出ると、イナズマが父さんの墓の前にいた。
・・・聞いてみよう。
◆
「・・・元々素質があったのではないのか?」
イナズマは、オレの炎を見ても驚かなかった。
うーん・・・でも、うろたえてる姿も想像つかないな。
『実は・・・戦場でジナスと会った』
『なんだと!』
あ・・・あったか。
「いや、そんなはずはない。どう頑張ってもここまでの炎は出せなかった。それに魔法は鍛えてもいないんだ」
「・・・理由がわかるかは約束できないが、流れを視てやろう」
イナズマがオレの身体に手を這わせた。
『うん、とりあえずミランダの全身を視る。まっすぐ立ってじっとしてて』
シロがやってたのと同じかな?
◆
「たしかに魔法の力が強い・・・いや、強まったと言っていたな」
イナズマの手が離れた。
オレに起こった異変の原因はわかったのかな?
「どうなっているんだ?」
「・・・悪いが現状以外のことはわからない」
イナズマは目を細めた。
嘘をつく必要が無いから本当なんだろう・・・。
「そうか・・・。なにか考えられる原因は?」
これはなにかの前兆・・・そんな予感がする。
「素質が無いとなれば・・・特別に女神様から力を授かったということはないか?」
「・・・わからない。オレは女神がいる時いつも意識が無かった。だから顔も知らないんだ」
「まあ・・・可能性が低いことだ。女神様が命に力を渡すことは本来ありえない。・・・俺たち精霊もな」
シロもそうだからな。
ジナスとの戦いの時は精霊の目と耳をくれたけど、あれはそういう状況だったからだ。
ていうか、女神だとしたらオレに伝えない理由は無い・・・だから違う。
「もしくは・・・ジナスになにかされたか?可能性があるとすればあいつだ」
「ジナスこそありえないと思う。だいたい、オレに力を渡してどうするんだ?」
「そうだな・・・それに輝石も持っていたのなら、なにかできるはずもないか」
「輝石・・・」
違和感が生まれた。
・・・たしかにずっと身に付けていた・・・はず。
『・・・呪いの類いを防ぐもののようだな。結界も・・・だが・・・私でも触れられるようだ』
あれ・・・。
待て・・・あの時・・・。
「いや・・・一度、外された。あいつが消える直前だ」
「・・・その時になにかされたか?」
なにか・・・。
『ふふふ・・・正真正銘最後の力だ・・・』
オレは無意識にわき腹を触っていた。
「・・・あいつに触れられて、体の中に衝撃があった。シロに毒を抜いてもらったことがあるんだけど、あれと同じくらいの痛みも・・・」
「・・・ジナスの可能性が高くなったな。終わる間際に輝石に気付き、それを外してまでということは・・・呪いをかけたのかもしれない」
背筋が冷たくなった。
それ・・・やばくないか?
「呪い・・・オレは死ぬの?」
「消える直前にそこまでの力は無いだろう」
だとしても、なにか問題はあるんじゃないのか?
たとえば、手足が動かなくなるとか・・・。
「とりあえず・・・今わかっているのは、魔法の力が上がったということだけだ」
「もし・・・ジナスになにかされたとしたら、なんのためだと思う?」
「さあな・・・お前は気に入られていたんだろう?・・・最後の力は、お前のために使ったのかもしれないな」
あいつの考えは、もう誰にもわからないか・・・。
『・・・私はお前を愛している』
嫌な記憶が蘇ってきた。
あれは・・・本心?
だとしたら気分が悪い・・・。
「恐がらせてしまったようだが、よく考えたら呪いではないな。シロが気付かないはずはない」
「・・・わかった。ありがとうイナズマ」
「まあ・・・前向きに考えろ。炎だけではない、治癒や光、魔法の力すべてが上がっている。仲間も喜ぶだろう。・・・俺はそろそろ行く」
「安心できたよ・・・また会おう」
父さんの墓に花が増えていた。
いつもありがとう・・・。
◆
「ニルスー!ミランダちゃんが遊びにきたよー!」
夕暮れ間近、今の時期に珍しい客が来た。
「お出迎えはどうしたー!」
・・・相変わらず騒がしいな。
「開けろー!!」
でも、今はこういう声が聞きたかった。
ちょっとだけ不安だったから・・・。
◆
「ハリスに連れてきてもらったんだ」
「子どものように駄々をこねていたので・・・」
入ってきたのは二人だった。
どおりで馬車の音が聞こえなかったわけだ。
「根負けしたんだ?」
「まあ・・・ここに来る予定があったのでついでですね。・・・ニルス様にお話がありました」
「話・・・わざわざからかいに来たとかか?言っとくけど、そう簡単には泣かないぞ」
「あなたの心をえぐるのは簡単ですよ・・・。今日はいたしませんが・・・」
ハリスは、不機嫌な顔でテーブルにお金を置いた。
「なにそれ・・・」
「・・・あの趣味の悪いものが売れました」
「え・・・本当か!!」
大声を出してしまった。
いや・・・嬉しいんだから出していい。
「・・・理解しがたいですが本当です。感性が近いのでしょう」
「違う、わかる人にはわかるんだ」
そういう人にだけ作ってあげたい。
ふふ、なんだかやる気が出てきたぞ。
「では・・・失礼します」
ハリスが首元のボタンを外した。
疲れてるのか、それともオレの作品が売れて気分が悪いのか・・・。
「ハリスもいればいいじゃん。一緒にお風呂入って、そのあとはお酒飲んで語り明かそうよ。例えば昔の話・・・あたし聞きたいなあ」
「もう夕方です。私は家に帰りたい・・・そして、何度聞かれても話すつもりはありません・・・」
ハリスは少しだけ悲しい顔をして消えた。
そういえばうちに泊まったことも無かったな。
「・・・あいつ絶対帰るよね」
ミランダが上着を脱いだ。
明日洗ってやるか・・・。
「うちで何してんだろ?」
「どこに住んでるかも教えてくれないからな。話してくれるのを待つしかない」
「でも呼んだらすぐ来るんだよ。酒場は一杯飲んだら帰るけど、お昼どっか行こって言うと、色んなとこ連れてってくれるんだ。・・・でも、昔のことは絶対に教えてくれない」
ハリスはまだまだ心を開いてくれないみたいだ。
でも、精霊銀をオレが見つけたら態度も変わる気がする。
「父さんにはどこまで話してたのかな?」
「何とも言えないよね。あ・・・でもさ、不死だから届とか税とかどうしてんのって聞いたら、影の力で登録事務所に忍び込んで、勝手に存在作ってるってことは教えてくれた。年に一回、生まれた年をずらしに行ってんだって。・・・あいつ犯罪者だよ」
「いつまで私の話をしている気ですか?」
「うわああああ!!!」「きゃああああ!!!」
まだ帰ってなかったみたいだ・・・。
「おい根暗!なに盗み聞きしてんのよ!!」
「もう帰ります」
「あ・・・待て根暗!く・・・」
ミランダが叫んだ時には、すでに影に潜っていた。
・・・心臓に悪いな。
「はあ・・・今のはやばかったね。あたし漏らしちゃうとこだったよ・・・」
「ジナスが目の前にいても大丈夫だったでしょ?」
「あ、そっか。そんなゆるくないわね」
ミランダは自分の股に手を当てた。
本当に漏らしたら自分で掃除してもらおう・・・。
◆
「・・・で、どうしたの?お祭りは?」
ミランダに冷たい紅茶を出した。
殖の月に来るのは珍しい。
闘技大会もやってるから、母さんに賭けて稼がないといけないはずだ。
「ノアたちに任せてきた・・・って言っても、アリシア様の倍率が落ちたのよ。どうせ優勝するからって・・・」
「ああ・・・仕方ないね」
「今年は一・三倍よ?前回は二倍・・・その前が三倍、初回は四倍だったのに。賭けの上限百万だからそこまでね・・・」
なるほど、燃えないってことか。
たしかに雷神で勝負しとけば間違いないだろうしな。
「それに出場する闘士も減ってきてんのよね。初回とか夜までやってたんだよ」
「お客さんも減ってるの?」
「そっちは変わりない。みんな雷神が見たくて来てるもん。でも見たい人全員は入らないんだ。入場券買えなくて、入り口で怒鳴ってるのも毎回いるし」
「大変なんだね・・・」
たしか訓練場を使ってるって聞いた。
あそこが埋まって溢れるくらいか・・・。
「ていうか、賞金一千万も少ないと思うんだよね。功労者とおんなじで二億出しゃいいのよ」
「たしかにそれなら出るかって人も増えそうだね」
「そっち集めないと無くなっちゃうと思うよ。客は勝手に来るんだから、闘士呼ばなきゃね」
「そうだね」
オレは・・・ステラが目覚めたら出ようかな。
「あ・・・違う違う。今日はもっと大事な話があって来たんだよ」
ミランダの雰囲気が変わった。
けっこう真剣な目だ。
「大事な・・・お金に困ってるとか?出してやれなくはないけど・・・まずはメルダさんに頼んだ方がいいよ」
「儲かってんだからそんなわけないじゃん・・・ルージュのこと」
「ルージュ・・・」
そうか、オレにとっても大事な話ってことだな。
去年の水の月に母さんが来た時は「変わりない」って聞いていた。
けど、あれから半年以上・・・何かあったのかな?
「ルージュがシロと旅に出るの」
「・・・は?」
時間が止まった気がした。
ルージュがシロと・・・旅?
まったく状況がわからない・・・なにがどうなったらそうなるんだ?
「あの子・・・もう揺らがないみたいだから教えようと思って」
どうして旅に出る?
まさか・・・。
「母さんとケンカでもしてた?オレみたいになったとか・・・」
「そんなんじゃないよ。あの子、あんたを探したいって・・・ずっと憶えてたんだよ」
「オレを・・・」
「テーゼにいた方がいいってみんな言ったんだけどさ・・・十五になるまでに見つからなければ諦めるって・・・」
ミランダの声が遠ざかっていく・・・。
『あんたのお嫁さんになりたいってさー』
『ルージュは・・・お前のお嫁さんになりたいと言っていた』
まさか・・・本気だったのか・・・。
変な汗が出てきた。
ていうか、兄妹だぞ・・・。
「・・・待って、シロも一緒って言ったよね?」
おかしなところに気付いた。
十日前に来たのに、なにも・・・。
「うん、そこは安心していいよ。それに・・・南部だけにするって言ってたから」
「そうなんだ・・・来てもなんにも話してくれなかったからさ」
「シロは悪くないよ。アリシア様から口止めされてたっぽいの。考えが変わるかもしれないから、余計な心配はさせないようにって」
「なるほどね・・・」
シロも迷っただろうな。
そして、どう頑張っても見つからないようにしてくれた。
「けど、もう変わんなそう。・・・あんたに会いたくなったから、ついでに教えてあげようと思って来たのよ」
ミランダは申し訳なさそうな顔で笑った。
オレを探したいか・・・。
ずっと憶えててくれたのは嬉しいけど、ここまで想われてたなんて・・・。
なんか・・・かわいそうだ。
あの子とシロの時間を無駄にさせてしまうかもしれない。
いや、もう振り回している・・・これ以上はやめた方が・・・。
「旅立ちをいつにするかは聞いてる?」
そう・・・やめさせないと・・・。
「花の月に出るって。もう準備はできてるっぽいね」
「わかった・・・明日会いに行く」
「え・・・」
「再会・・・明日にしよう」
誰かに振り回される辛さはよく知っている。
あの子がそうなるのなら「ステラが起きるまで」なんて言ってられない。
「違う!そうさせたくて話したんじゃない!」
ミランダが声を荒くした。
・・・負けてられない。
「あの子の貴重な時間を潰すかもしれない!それだけはさせたくないんだ!」
「旅はあんただけが目的じゃない!!男の子とも普通に話せるようになるためっても言ってたんだよ!!」
「それはテーゼにいてもできる!!」
お互いに声が大きくなった。
ミランダもあの子を思ってくれているのはわかるけど・・・これは引けない。
「ルージュが自分で考えて決めたんだよ?それを潰すのはダメだよ!!」
「そうじゃない!!南部のどこに行ってもオレは見つからない!!意味の無い時間になるだろ!!」
「え・・・あんた、どうかしちゃったんじゃないの・・・。旅は・・・意味が無いの?」
「あ・・・」
熱くなっていた頭が一気に冷えた。
意味・・・。
『旅ってそんなに楽しいの?』
『色んな出逢いがある・・・だから、とても楽しいよ』
ああ・・・オレがルージュに教えた。
『旅に連れていってもいい。色んな人と話せば、そんなのすぐ治るよ』
『・・・ステラが起きたらオレが旅に連れ出してもいいよ。色んな出逢いが、あの子を成長させてくれると思う』
それに・・・自分でも言ってた・・・。
ほとんど一人で八年・・・本当にどうかしていたんだな・・・。
「・・・思い出した?」
ミランダは、オレの反応を見て察してくれたみたいだ。
「・・・うん、オレが止めることはできない」
「そうだよお兄ちゃん。言っとくけど、もうあんたよりもあたしの方がルージュといた時間長いからね?」
指でおでこをつつかれた。
・・・そうだよな、ダメなお兄ちゃんだ。
勝手にあの子の幸せを決めてしまっていた。
母さんはわかっているから許しを出したんだろう。
オレも認めなくてどうするんだ・・・。
「・・・応援することにした」
「うん、そうしなさい」
オレの記憶のルージュは、ずっと幼いままだけど現実はそうじゃない。
あの子だって成長しているんだ。
・・・なんか、少し寂しいな。
ただ、オレを探すためっていうのは本当に嬉しい。
できれば・・・見つけ出したって喜びも知ってほしい。
ステラ・・・勝手にオレが決めたことだけど、あの子が十五になるまでに君が目覚めなければそうしようと思う。
ごめん・・・でも、ちゃんとどうなったか話してあげるから・・・。
「というわけで、まずはお風呂入ろうよ。あとね、露店でおいしそうなのいっぱい買ってきたから一緒に食べよ」
ミランダが紅茶を飲み干した。
そういえば、お腹減った・・・。
「ほら、これ見てよ。お肉詰めたパンをお肉で巻いたんだって。あと、魚介の串焼きたちもいるよ」
「おいしそー・・・じゃあ夕食は準備しなくてよさそうだね」
「スープは欲しいな。た・ま・ご」
「じゃあ仕込んだらお風呂にしようか」
露店か・・・食べれば祭りの気分が味わえるかもな。
◆
色々済ませて、二人でテーブルに着いた。
お酒も何種類かあって、遅くまで起きてるって感じだ。
「ルルさんの子どもはどうなの?たしか・・・今四つだよね?」
いつものように街のみんなのことを聞いた。
ミランダが話すと、とっても面白いから毎回楽しみにしている。
「リリは元気だね。ただ・・・まだ乳離れができてないってさ」
「喋るのが遅かったオレよりはいいと思う」
「どっちもどっちよ。・・・あらら?ニルス君のグラスが全然空いてないわねー」
「悪いけど合わせては無理だよ」
でもなんだかいい気分だし、いつもより多く飲んでみようかな。
「そんなことよりさ、ティムってばまだエリィを家に上げないのよ。会うのは絶対外だって」
ミランダも気分がいいみたいだ。
オレと違って、お酒を水みたいに勢いよく飲んでいる。
「人の付き合い方に口出ししない方が・・・」
「そんなつもりは無いけどさ。あいつ南部の女っていいよなとか言うのよ。そんであたしとエストには北部の女は・・・とか言ってくんの。その割に自分の生まれは全然教えてくんないんだよね。ハリスかっての」
「ふーん、まだ教えてもらってないんだ」
「え・・・あんたなんか知ってんの?」
ミランダが食いついてきた。
『けどさ・・・戦場までにお前に剣を抜かせることができたら教えてやる』
だから話してくれた。
知ってるのは、たぶんオレとアリシアだけなのかな。
ミランダ隊のみんなには話してやればいいのに・・・。
「ティムは北部出身だよ。・・・ルコウ領主の息子」
「え・・・領主?お坊ちゃんじゃん・・・ていうかあいつも北部だったんじゃん」
「身分はそうだけど、扱いはそんなんじゃなかったってさ。女系の家で、男は女より下・・・そんなところだったらしいよ」
どう考えても、オレより辛い子ども時代だったと思う。
「女系って言っても、そんなに厳しい?」
「スウェード家はそうらしい。戦場には出なかったけど、戦いも達者なんだって。でも剣を教わるのは女だけ・・・だから母親、姉、年下の妹からも当たりが強かったって言ってた」
「・・・お父さんは?」
「父親は種の為だけで、一緒に住んではいなかった。顔も名前も知らないんだってさ。・・・母親たちからは、随分と虐げられて育ったって話してくれた。家族っていうよりは、鬱憤を晴らすために置いてたって感じで・・・たぶん、暴力もあったんだろう。詳しくは教えてくれなかったけど、救いの無い家だったのかもね」
酒のせいで話してしまった。
・・・まあ隊長になら許してくれるだろう。
「だからその・・・エリィさんみたいな、ただそっと寄り添ってくれるような女性が気になるんだと思うよ」
「・・・耐えきれなくて飛び出したってこと?」
「アカデミーの最終日・・・終わったらそのまま帰らずに南部まで走ったんだって。何も持ってなかったけど、解放感でお腹も空かなかったって」
聞いた時、訓練場に来た日にあそこまでしたことを後悔した。
それに、オレができなかったことをやってのけたわけだし、すごい奴だと思ったな・・・。
オレの母さんは道を教えてくれた。
だけどティムは自分で探した・・・だから誰よりも心が強い。
『今どうなってるとか、気にならないの?』
『別に・・・。それにもう他人だしな、どうなろうと関係ねーよ』
『どこかで偶然会ったらどうする?』
『知らねーふりすんなら見逃す。絡んできたら殺す・・・』
家族からの愛も無かったから、オレみたいに未練があったわけじゃないんだろう。
というより・・・そう思わせるくらいひどい扱いだったんだろうな。
「・・・だからあいつ偽名使って顔も隠してたんだ・・・。バカにしちゃってたよ」
ミランダが悲しそうにグラスを揺らした。
「見に来てるかもしれないし、新聞にも載るから本名だとさすがにバレる・・・だから功労者も蹴ったんだよ」
「・・・給金上げてやるか。それにスプリングは、これからも使わせてあげることにする」
「接し方は今までと変えないでね」
たぶん、今周りにいる人たちにはある程度心を許しているはずだ。
だから今まで通りでいい。
「それと・・・ティルって名前はルージュが考えたんでしょ?いつも感謝を忘れるなって伝えておいて」
ほとんど同じ響き、あの子は小さい頃からあまり変わってないように思えるんだけどな・・・。
『る・・・ルーン』
ああ・・・かわいかったな・・・。
◆
夜が更けてきた。
でもなんだか眠くない。
「あ、ちょっと聞いてよ。ここ来る前にバニラに会ってきたんだ」
まだまだ話は尽きないし、朝まで起きてようかな。
「なんでキビナまで?」
「たまにご機嫌取りしないと大変なんだって。ハリスがついでに挨拶しとけって・・・」
「ああ、欲張って怒らせたんだっけ」
顔が見えないから平気で数を増やしたんだろう。
相手の反応を見ながらだったら、ミランダも無茶を言えないからこうなったんだな。
「あ、そっちじゃなくて・・・バニラに恋人ができたのよ」
ミランダは深刻な話って言い方をした。
もう大人だし、普通だとは思うけど・・・。
「じゃあ、シロはもういいってこと?」
「違う、シロが一番なのは変わりない。つまり、あの子の気持ちは相手には無いってこと」
「・・・それって恋人?」
「自分で言ってたもん。えっと・・・普通に生きることもしないといけないからって。あれは悪い女よ、相手にやな思いさせる前に別れてやればいいのに・・・ていうか、シロはもう逃げられないね」
心はシロだけにってことか・・・。
たしかに相手がちょっとかわいそうだな。
「シロの気持ちは?」
「特別には思ってるんじゃないかな・・・。予定書いてる手帳見せてもらったことあるけど、バニラの所に行く回数が一番多いもん。ルージュと旅したら会えなくなるけど、事情知ってるから応援してくれたってさ。あたしが今日聞いた時も、そうしてあげてほしいって」
「それが答えかもね。精霊と人間・・・想い合っててもいいと思う」
「よく言ったわ。じゃあ二人が困ってたらニルスが助けてあげてね」
「・・・まあ、オレのせいだからな」
ルージュだけじゃない、みんな成長してるんだな。
そういえば、バニラの妹のミントにもまだ会いに行けてない。
いや・・・もうすぐ会いに行けるはずだ。
君と一緒に・・・。
◆
「アリシア様が、ルージュの背のことちょっとだけ気にしてたんだ」
また妹の話になった。
背か、女の子だし別にいいんじゃないかな?
「それは深刻な感じ?」
「ではないけど・・・十三歳って、アリシア様が初めて戦場に出たのと一緒の歳でしょ?なのにそんなに大きくならない、ニルスも大きかったのに・・・ってさ」
「別にいいだろ・・・」
戦うわけでもないんだし・・・。
「でも体つきはメスって感じになってきてるよ。まあ、あたしほどじゃないけどね」
「あの子をメスって言うな」
ルージュは汚れてはいけない。
だからそう呼ばれるのもダメだ。
「いや、見りゃわかるよ」
「・・・見たいな」
「・・・変態じゃん。妹どうにかしたいとか思ってないでしょうね?」
「変な意味じゃないよ・・・」
家族にそんな感情湧くはずがない。
『すまないニルス・・・どうかしていたよ・・・』
母さんは・・・おかしくなってただけ・・・。
◆
「あーあ、そろそろ寝よっかな・・・」
ミランダが皿を重ね出した。
いつの間にか、森から聞こえる音が消えている。
虫も、獣も、鳥たちも・・・みんな眠ってしまったんだろう。
「オレはまだ眠くないんだよね。もっと話してたいな」
「なにそれ・・・口説いてんの?その気ならベッドで話す?」
「せめて空の色が変わるまで」
「うーん・・・あと一杯・・・飲み終わるまでね」
ミランダが新しいお酒を開けた。
眠そうだけど付き合ってもらおう。
なんだか今日は起きていたい・・・。
「じゃあさ、目が覚めるようなものを見せてあげようか」
そのためには、眠気を飛ばしてやらないといけない。
「今のあたしが驚くもんなんて無いと思うけど・・・」
いや・・・驚くね。
「まだ刃物は仕込んでるの?」
「出かける時はね。今は外してるけど」
「一つ貸してほしい」
「特別だよ」
ミランダは鞄から小さな刃を取り出した。
なにかあれば守護を張ればいいから、もう必要ない気もする。
「ぬるいな・・・」
「あたしのた、い、お、ん。外してすぐ入れたからそのままなんじゃない?あ・・・もしかして興奮した?そうだ・・・あんたが裸で襲い掛かってきたら目が覚めると思うよ」
「ふふ・・・ちょっと見てて」
酔ってるからかな・・・。
普段ならこんなバカな真似はしない。
「え・・・なにしてんのよ!」
「大丈夫・・・」
オレは自分の手の甲に刃を深く突き刺した。
痛い・・・。
「バカ!早く治さないと・・・」
「心配無いよ・・・」
すぐに刃を引き抜いて治癒をかけた。
傷は一瞬で塞がり、痕も残っていない。
「は?なにそれ・・・そんなんじゃなかったじゃん」
「目が覚めたみたいだね」
「説明!隠し事は禁止!」
「そのつもりで見せたんだよ」
まだ話のタネはある。
まさかここまで強まってるとは思わなかったけど・・・。
◆
「・・・ジナスの力ってこと?」
「たぶんだけどね」
イナズマの予想をミランダに教えた。
シロにも今度話さないとな。
「呪い・・・じゃないんだよね?」
「だとしたらシロが気付くはずだって言われたよ」
「ああ・・・いつだったかな。あの子、呪いを解くこともできるって言ってたような・・・」
「とりあえず次の旅の心配は減った。ステラに魔法を使わせなくて済むよ」
前向きに考えるとこれが一番大きい。
彼女はもうなんの心配もいらない・・・誰の心も曇らずに旅ができる。
◆
結局・・・。
「ティムの奴さ。あんたが打った剣を抱いて寝てるらしいのよ。惚れられてるね」「結局凪の月の三人一組もアリシア隊が勝つんだからつまんないんだよねー」「イライザさんが観光客に雷神ですか?って聞かれてんの見ちゃったんだ」「シロとセイラさんて、たまに二人きりで出かけるのよ。あれ浮気だと思うよ」「ノアとエストがちゃんとできるか不安なんだよね・・・」
ミランダはなんだかんだ付き合ってくれた。
ああ・・・空が白んできてる。
今度はオレが眠くなってきたな・・・。
「あー・・・喋った。もう・・・無理、寝る・・・。ん?誰か・・・来た?」
ミランダが大きく伸びをして立ち上がった時、入り口の扉を弱々しく叩く音が聞こえた。
・・・は?
「あの・・・ニルスさんという方を・・・訪ねてきました」
同じくらい弱々しい声も聞こえた。
え・・・。
「ねむ・・・夜明けに来るって何?ていうか女の子じゃん・・・あんたも浮気してんの?こんな場所に通わせて・・・」
ミランダが眉間に皺を寄せた。
「そんなわけないだろ・・・。面倒だな、どうせロクな奴じゃない。それに・・・誰にここを聞いたんだ・・・」
オレは扉の前に近付いた。
どっちにしろ今は帰ってもらおう・・・。
「・・・悪いけど客が来ている。昼過ぎにしてもらえないか?」
「あの・・・」
「こんな時間にどういうつもりだ?それに、オレの名前を誰に聞いた?」
「・・・いえ・・・すみませんでした・・・」
すぐに離れる足音が聞こえた。
・・・なんだったんだ?
でも、今の声は憶えがある気がする。
あー・・・酔いと眠気で頭が回らない。
まあいい、もしまた来たらその時にわかるだろう。
◆
「あたし寝る・・・グラスとお皿下げとくから、起きたら一緒に洗おうねー・・・は?」
ミランダが食器を持った時、また扉が叩かれた。
今度は力強く・・・。
「・・・もういいじゃん、あんたのこと知ってるみたいだし出てやんなよ。あたしは寝るけど・・・」
「無責任なことを・・・」
「よく考えたら、こんな山奥で女の子追い返すとかひどいよ。お風呂とベッド貸してあげたら?」
「・・・話を聞いてからだ」
まったく・・・いったい誰だよ・・・。
◆
「今じゃなければダメなのか?」
また扉越しに話しかけた。
「・・・」
開けるかどうかは、事情による。
「・・・とりあえず用件は聞こう。そのまま話してみてくれ」
「わ、わたしは・・・」
震えた声・・・子どもだな。
「わたしはルージュ・クラインといいます!ニルスさんを訪ねてきました!」
後ろからグラスが割れる音が聞こえた。
前後両方からの衝撃で、眠気と酔いがどこかへ飛んでいく・・・。
「助けてください・・・お母さんが・・・」
記憶が答えを探し当てた。
ああ・・・憶えがあって当たり前だ。
あの子の・・・。
『道・・・まちがえたみたいで・・・どこに行ったらいいか・・・わかんなくて・・・』
泣いている声・・・あの時と変わらない・・・。
やっぱり何かが起ころうとしているのか?
こういう胸騒ぎは何度目だろう・・・。
◆
「ルージュ・・・」
扉の前にいたのは、不安そうな顔で涙を流している妹だった。
「・・・お兄ちゃん?」
ステラが起きるまで自分で止めていた世界。
君を迎えに行く前に、勝手に回り出してしまったみたいだ・・・。
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
次回から第二部となります。




