第百四十二話 いつかは【ルージュ】
初対面の男の人とはうまく話せない・・・というか逃げてしまう。
なんであんなに緊張しちゃうのかな?
そんなに困っているわけじゃないんだけど、最近考えてしまうこともある。
このまま大人になったらどうなっちゃうんだろう・・・。
やっぱり、いつかは困る日が来るのかな?
◆
「よう、ルージュ」
アカデミーからの帰り道で声をかけられた。
「あ、ごきげんようティムさん」
わたしが普通に話せる数少ない男の人だ。
わたしとセレシュを妹みたいに思ってくれてて、遊びに連れて行ってくれたり、勉強も教えてくれる。
でも・・・会ったのは何ヶ月かぶりだ。
「最近顔を見れなくて寂しかったです。セレシュもお話ししたいなーって言ってましたよ。帰りに商会寄ってもいないし・・・」
「そうか・・・ごめんな。けど、アリシアがわりーからな・・・」
ミランダさんの商会と、最近は修業に力を入れている。
なにをしてるのかは、付き合ってるシロが教えてくれてるからそこまで気にしてはいなかった。
だって、本当にお母さんが原因だから・・・。
「アカデミーの帰り・・・だよな?」
「まあ・・・そうです」
「大丈夫かよ・・・」
ティムさんは、わたしの後ろに隠れた二人の女の子を見た。
困ったな・・・。
「この人は平気だよ。えっと・・・いい人だから」
「でも・・・」
二期生、一つ年下の女の子たちと一緒に帰っていた所だった。
みんな知らない男の人には弱い。
・・・わたしと一緒だ。
「恐がらせる気はねーよ。・・・またな」
ティムさんはすぐに走り去ってしまった。
気を遣ってくれたのか。
「クラインさん、大丈夫ですか?」
「あの人・・・目付きが恐いです」
「大丈夫だよ。全然恐くない人だから。それに・・・二人のおうちに美容水と石鹸を届けてくれてる人でもあるんだよ?」
「でも・・・男性は苦手です・・・」
二人は、わたしにしがみついて離れてくれない。
「わたしだってそうだけど・・・普通に歩こう?」
あんまりベタベタされるのは苦手かも・・・。
あーあ、セレシュもいれば・・・。
『ごめんルージュ、今日は残ってシリウスに返事を書いてから帰るよ』
『それならわたしも一緒に書くよ』
『えっと・・・一人がいいの。家だとお父さんとお母さんが覗きにくるし・・・』
セレシュは、シリウスへの返事を家でも書かなくなった。
アカデミーで用意して、そのまま出してから帰るようになっている。
おじさんもおばさんも、やめてあげればいいのに・・・。
「今の人はね、お勉強もできるんだよ。最近は忙しいみたいだけど、前はよく教えてくれてたんだ」
とりあえず、早いとこ安心させて離れてもらおう。
「あの人が・・・」
「そうは見えません・・・」
疑ってる・・・。
ミランダさんなんかは「バカ」ってよく言うけど、お勉強はかなりできる人だ。
きっとお父さんとお母さんもそうだったんだろうな。
「本当だよ。セレシュも教わってたから聞いてみて」
「クラインさんは、グリーンさんといつも一緒にいますよね?」
「うん、小さい時から一緒に遊んでたんだ。前はもっと小さい声でひそひそ話してたんだよ」
「え・・・信じられないです」
周りの子たちと接していくうちに、セレシュも普通に話せるようになっていた。
前のセレシュもかわいかったけど、はっきり話す今もかわいい。
◆
「じゃあ気を付けて帰るんだよ。危ないかもとか、恐いなって思ったら衛兵さんに言って家まで送ってもらうこと」
「はい、わかりました」
「またご一緒できると嬉しいです」
二人は分かれ道の前で小さく手を振って帰っていった。
うちの周りは誰も住んでいないから、ここから一人になる。
まあ・・・衛兵さんはいるけどね。
「やっといなくなったか・・・」
後ろから、さっき別れたはずの人が現れた。
「ティムさん・・・付いて来てたんですか?」
全然気配が無かったな。
「久しぶりに雷神と鍛錬するつもりだったんだ。あいつらが恐がってなきゃ一緒に歩いたけど・・・」
「ああ・・・すみません。でも、お母さんは孤児院に行ってるはずですよ。帰りにお買い物もしてくると思います」
「そうか・・・家で待ってるしかねーな」
「あ、じゃあ手を繋いでください」
「・・・」
ティムさんは、わたしが出した手をそっと握ってくれた。
あのお兄ちゃんと雰囲気は違うけど・・・好きな時間だ。
「お前ら、アカデミーでいじめられたりしてねーか?」
ティムさんは会うといつも聞いてくる。
「心配無い」って言っても必ず・・・。
「無いですよ。みんな仲良しなので」
「なんかあったらすぐに言えよ?部屋には帰ってるから夜ならいる」
「疲れてますよね?だから寂しいなって思ったけど、こっちからは行かなかったんです」
「そういうことは気にすんな。お前らのための時間ならいくらでも取れる」
ティムさんは前を見ながら笑った。
なんか照れる・・・。
「ふふ、心配性ですね。まず、淑女は人が嫌がることをしません。そんな暇があれば自分を磨きます」
「淑女ね・・・。とりあえずなんかあったら来い、セレシュにも言っとけよ」
「ふふ、はい」
ティムさんは、わたしとセレシュをいつも気にかけてくれている。
こういう気持ちは貰うと嬉しい・・・。
「ちなみにですけど・・・本当にわたしとセレシュがいじめられてたらどうするんですか?」
なんとなく、今日はもっと聞いてみたくなった。
たぶん・・・愛ってものなんだと思う。
「・・・本人とそいつの親かな。とにかく全員お前らのとこに引きずってきてやる。そんで、許すまで謝らせるよ」
「ふふ、わたしとセレシュは特別なんですね」
「別に・・・泣いてたらうるせーからだ」
わたしの手が強く握られた。
ティムさんも照れてる・・・口では言わなくてもわかりやすい。
わたしは素敵な女性だから、このくらいで話を変えてあげようかな。
「アカデミーのみんなは、この辺りは全部お母さんの土地だって言ってるんです」
「ああ、そういうことになってるな。だから静かでいい」
「お母さんは違うよって教えてくれたんですけど、どっちが本当なんですか?」
「普通に考えりゃわかんだろ・・・」
まあ・・・そうだよね。
住みたい人は引っ越してきていいはずなんだけど・・・。
「けどそのおかげで、祭りの時もここらで騒ぐ奴はいねーんだ。そう思ってもらってた方がいいだろ」
「そうですね」
お祭りの時はたくさんの人がテーゼに来る。
宿がいっぱいになって、道端とか空き地でテントを張って野宿をする人も多い。
なのにうちの周りの広い土地には誰も来ない。
お母さんは怒ったりしないと思うけど、私は知らない男の人とかが来ないから助かっている。
◆
「やあ、おかえり」
歩いていると衛兵さんから話しかけられた。
ここの担当になっている衛兵さんたちはみんな顔を知ってるから平気だ。
当番で帰りが遅くなった時は、家まで送ってくれたりもする。
「ごきげんよう。今日もありがとうございます」
「気にしなくていいよ。まあ・・・今日はここにいなくてもよかったみたいだけど」
衛兵さんがティムさんを見て笑った。
たしかにそうだけど・・・。
「仕事だろーが。ちゃんとやれ」
「その通りです。ふふ、冗談ですよ」
「ルージュになんかあったら殺しに行くからな?他の奴にも言っとけよ」
「大丈夫です。それに・・・あなたより先に雷神が殺しに来ますね」
二人は物騒な話をしている。
でも・・・本当にやりそうなんだよね。
「闘技大会で本気の雷神を初めて見ましたが・・・恐ろしかったです」
「祭りの時に休んでんじゃねーよ」
「三日間のうち、初日だけですよ。それに、アリシアさんから見に来てほしいと言われたんです。そのまま団長に伝えたら休ませてくれました」
「やべー女だな・・・」
娘のわたしとしては否定したいけどできないことだ。
お母さんはどのくらい強いのか・・・。
わたしも闘技大会で初めて見ることができた。
怒らせちゃダメな人・・・だからみんな逆らえないんだろうな。
「というわけで、雷神の怒りに触れるようなことはしませんので」
「わかってんならいーよ。ルージュ、行くぞ」
「まあ・・・ふふ、ティルさんは次頑張ってくださいね」
衛兵さんはニヤッとした顔で手を振ってくれた。
「・・・うるせー」
「じゃあルージュちゃん、また明日ね」
ティムさんがどこまで怒らないか試したのかな?
◆
「やっぱりまだ戻ってないみたいです。中で待ってましょう」
帰ってきたけど、お母さんはいなかった。
もう少ししたらかな?
「そうだな・・・勉強はわかんねーとこあるか?」
「今は無いですね」
「あっそ・・・。アリシアがいねーと話になんねーな」
ティムさんはわたしがいなくてもうちに来て、お母さんと話をしていることがある。
でもわたしが帰るとお勉強を教えてくれる。
・・・実は優しい人なんだよね。
話し方とか変えればいいのに・・・。
「お前、もう十一だよな?」
「はい、憶えててくれて嬉しいです」
「当たり前だろ・・・。もうすぐあのバカみてーなアカデミーも終わりだな」
「あ・・・そんな言い方やめてください。変な場所じゃないんですから」
わたしはあそこでよかったと思ってる。
まあ、男の人にはわからないかもしれないけど。
「ミランダも言ってたぜ。あんなメス臭いとこには行きたくねーってな」
「な・・・メス臭くなんかないです!お花の香りしかしません」
「そういうことじゃねーよ。そのうちわかる」
「知りたくありませんね。下品です」
まったく・・・ひどい言い方しないでほしい。
ティムさんは優しい人だけど、こういう所は男の人って感じだ。
アカデミーで教わった通り、ほとんどの男性がこうなんだろうな。
・・・ん?そうなるとミランダさんは男の人に近い?
逆にノアさんの方が柔らかいような・・・。
「女だけとかどうかしてるって」
ティムさんはまだわたしをからかう気みたいだ。
「何度も言いますね・・・。わたしたちはそれで楽しいからいいんです」
それならこっちだって・・・。
「そうだ・・・次は優勝できそうですか?」
ちょっとムッとしたから仕返しだ。
さっきの衛兵さんにもされてたこと・・・。
「あ?なにニヤニヤしてんだよ・・・」
「去年は一回戦でお母さんに当たって残念でしたね」
「ちっ・・・」
勝った・・・すっきりした。
「雷神が強すぎるだけだ」
知ってる。だからたくさん修行してるんだもんね。
でも、言わせてもらおう。
「そうでしょうか?イライザさんより腕力のある男の人っていないですよね?」
「くだらねー、腕力だけならアリシアだってイライザに勝てねーだろ」
「ティムさんはどっちにも勝てないですよね?」
「おめー・・・わざと煽ってんのか?」
う・・・目付きが変わった。
これ以上はまずいみたいだ。
飲み物でも出して落ち着いてもらおう・・・。
◆
「どうぞ、熱いのでゆっくり飲んでくださいね」
「わりーな」
炊事場から戻ると、ティムさんは落ち着いてくれていた。
私も一緒に飲もう。
「でも、なんで闘技大会は本名で出なかったんですか?」
「・・・別に、気分だよ」
ティムさんは、闘技大会に「ティル・スプリング」という名前で出た。
「スプリング」はミランダさんから借りていて「ティル」はわたしが付けてあげた名前だ。
『ルージュ、俺の名前を考えてくれ』
『どうしてですか?ティム・スウェードで出ればいいじゃないですか』
『偽名でも問題ねーんだからいいだろ。お前が決めたのを使ってやんだからさ』
なんか嬉しくて、頑張って考えてあげた。
『えっと・・・ティルさん』
『あはは、ほとんど一緒じゃねーかよ』
『だって・・・』
『まあいいや、それで出るよ』
あの時のティムさんは、とっても雰囲気が柔らかかった。
まあ・・・正体を知ってる人はかなり多いんだけどね・・・。
だけど、大会の時はみんな「ティル」って呼んでくれてた。
好かれてるからなんだろうな。
「それに口元も隠してたのはなんでですか?苦しくないのかなって思いました」
「それも気分だよ。気が向いたら出すし、スウェードも使いたくなったら使う・・・」
「それなら・・・次はティル・クラインで出てください」
「スプリングでいーよ・・・」
ティムさんは「鬱陶しい」って顔をした。
この話はあんまりしたくないみたい。
なにか嫌なことでもあったのかな・・・。
とりあえず、もう触れないようにしよう。
「つーかアリシアおせーな・・・」
「もうすぐ戻りますよ。紅茶のおかわりはいりますか?」
「いや・・・いい。そうだ・・・ルージュ、庭に出ようぜ」
「え・・・まあ、いいですけど」
ティムさんはなにか思いついた顔をしていた。
・・・外で何するんだろ?
◆
「暇だから鍛えてやる。ほら、練習用のだ」
庭に出ると剣を渡された。
なんで・・・。
「あの、いやですよ・・・」
「女の方が腕力あるみてーな言い方してたよな?見せてくれよ」
ティムさんがいじわるな顔になった。
く・・・さっきの根に持ってたのか。
絶対に自分が勝ってるものを出してくるなんてひどい人だ。
「・・・いいですよ。少しだけですからね」
でも・・・わたしは雷神の娘だからここで引けない。
「抜いてみろ・・・気を付けろよ」
「でも・・・ティムさんの綺麗な剣の方がいいです」
「これは俺のだ。お前でも触らせねーよ」
言ってはみたけどやっぱりダメか・・・。
うちに来てくれた時に磨いているのをよく見ていた。
聖戦の剣も綺麗だけど、ティムさんの剣も素敵な装飾だ。
「うわ・・・ずっしりきますね」
わたしは剣を鞘から抜いた。
・・・重い、これが剣。
なんか変な気持ちになってくる・・・。
「両手で持って正面で構えろ。そしたら振るだけだ」
「はい・・・」
あれ・・・手に自然と力が入る。
このまま振り上げて・・・。
「・・・何をしているんだ?」
剣を振りかぶってみた時、背中にお母さんの声が当たった。
低い・・・怒ってる時だ・・・。
「やっと戻ったか。ちょっとルージュに鍛錬を・・・うぐ!」
ティムさんのお腹に拳がめり込んだ。
お母さんはとっても恐い顔をしている。
「バカ者!!ルージュがケガでもしたらどうする!!!」
体がビリビリして動かなくなった。
雷神って呼ばれるようになった原因、日課で毎朝叫んでる・・・。
「さあルージュ、母さんに渡すんだ」
「は・・・はい」
わたしは素直に剣を渡した。
「うう・・・なんだよ・・・」
ティムさんはまだ悶えてる。
ここまでしなくても・・・。
◆
「いきなり殴ってすまなかったな」
「ああ・・・俺も悪かったよ。ちょっと持たせるくらいはいいと思ったんだ」
わたしたちは家の中に戻った。
今はティムさんがお説教をされている。
「必要無い。ルージュに危ないものは近付けないでくれ」
「身を持って勉強になったよ・・・。もうやらねー・・・」
「・・・わかればいい。そんなに大袈裟に痛がるな」
「いてーんだよ・・・もうすぐ治る」
ティムさんはお腹に治癒をかけている。
そういえば、闘技大会でのお母さんもあんな感じだった。
戦場でもそうだったのかな?
「はあ・・・おい、鍛錬に付き合えよ」
「治ったか。明日ならいいぞ」
「今日は?」
「これから夕食の支度をするから無理だ。今日は泊まっていけ、なにか食べたいものはあるか?」
お母さんはもう怒ってないみたいだ。
そして今日の夕食は、ティムさんの食べたいものになる。
「久しぶりに来たんだ。外で肉でも焼こーぜ」
「外・・・暖かくなってきたからそうするか」
「物置から椅子とか出しといてやるよ」
「あ・・・わたしも手伝います」
やった、外で食べるのは楽しいから好き。
それにティムさんは、こういうの慣れてて頼もしい。
「じゃあ準備すっか。あ・・・おいアリシア、物置から功労者の剣全部出したか?」
ティムさんが立ち上がった。
ああ・・・功労者の剣・・・。
「いや、出してない。あそこでいい」
「バカかよ、宝石付いてんだぞ。昼間家空けてんだろ?盗まれたらどーすんだよ」
「あれなら勝手に持っていけばいい。大切にしてるのは三つだけだからな」
お母さんは、戦士の時に貰った功労者の剣のほとんどを物置にただ置いている。
何本もあるけど、大事なのはお父さんが作ったのと、思い出がある二つだけって教えてくれた。
「衛兵の目なんて、余裕で躱せるからな?無くなっても知らねーぞ・・・」
「他に置く場所が無いんだ。・・・そうだ、商会の倉庫があるな。隅っこでいいから置かせてくれ」
「憶えてたらな・・・」
たしかにあそこなら大丈夫かも・・・。
「あれ・・・すまないティム、パンを買い忘れてきた。今から捏ねて焼くよりは、お前が走った方が早そうだ」
「ちっ・・・」
「頼んだよ」
お買い物か・・・。
わたしも一緒に行こうかな。
◆
わたしはティムさんとパン屋さんに入った。
中央区まで来ちゃったけど、ここのが一番おいしい。
「おう!!ルージュも来たのか!!」
「あ・・・」
わたしはすぐティムさんの後ろに隠れた。
ここは元戦士だったバートンさんのお店だ。
知ってる人ではあるけど、声が大きいからなんか恐い・・・。
お店は「微笑みのパン」って名前だけど、入ったら「騙された」ってみんな思いそう・・・。
「お使いか!!偉いな!!」
「あ・・・えっと・・・」
ここのパンは本当においしい、お母さんも「テーゼで一番」って言ってる。
だけど・・・わたしは一人でここには来れないんだよね・・・。
「恐がってんだろーが!でけー声出すんじゃねーよ!」
「昔からだ!!」
「だから客が少ねーんだよバーカ!」
ティムさんはわたしを庇ってくれてる。
・・・だからここに来たんだけどね。
「配達もあんだよ!!店に来る奴だけが客じゃねー!!」
「はあ・・・もういいや。とにかく肉挟むのが欲しい」
「早く言えよ!!おいジーク!!それ窯に入れろ!!焼き立て出してやれ!!」
バートンさんは後ろでパンを捏ねていたお兄さんに叫んだ。
二年前からここに弟子入りしていて、おいしいお菓子も作ってる人だ。
「・・・はい、焼き立てですね」
でも、師匠がこの人だと大変なんだろうな・・・。
「もっと声張れよ!!ルイン隊長は・・・」
「顔も知らないばあちゃんの話はやめてください。次は背の低さは似なくてよかったなですか?」
「なんだてめー!!孫でもルイン隊長をバカにすんなら許さねーぞ!!!」
「・・・してないですよ」
毎日こんな感じなのかな?
わたしだったら落ち込んじゃうかも・・・。
「あいつ、お前のこといつかぶん殴ってやろーとか思ってそーだな」
ティムさんがとんでもないことを言い出した。
ケンカになったらどうするんだろ・・・。
「あ?おいジーク!!そうなのか!!」
「思ってませんよ・・・」
「お前は負けん気がねーな!!思えよ!!!」
「・・・」
かわいそう・・・。
◆
「はい、焼き立てだよ」
「あ・・・あの・・・あ・・・」
ジークさんがわたしにパンを持たせてくれた。
ダメだ・・・うまく喋れない・・・。
お買い物の時にしか会わないから・・・どうしても緊張しちゃう・・・。
「内緒でお菓子も入れたからあとで食べてね。・・・新作なんだ」
「は・・・はい・・・」
お母さんと来た時もこうだ。
いい人だってわかってるのに、どうしてうまく話せなくなるんだろう・・・。
「ティムさん、暇な時でいいんでまた付き合ってもらえますか?」
ジークさんはティムさんにも話しかけた。
「・・・暇な時にな」
なんか二人は仲良しみたい。
あれ・・・なにに付き合うんだろう?
聞きたいけど、ジークさんとなんにも話せないわたしに教えてはくれないよね・・・。
◆
「お前大丈夫か?」
帰り道でティムさんに言われた。
たぶん、さっきのことだ。
「い、いいんです・・・」
「まあ・・・お前がいいならなんも言わねーけど。ジークは大丈夫だぞ?」
「・・・はい、わかっては・・・います」
それでもできないものはできない。
でも・・・この先もこうなのかな・・・。
◆
「来月は勝ち上がれるといいな」
お母さんが炎の中に木を入れた。
外での夕食のあとは、火を囲んでお喋りしながら冷たい果物を食べる。
静かで優しい夜って感じ・・・。
「・・・去年はお前と当たらなきゃもっと上まで行けたよ」
「くじはどうしようもないことだ。だが見た感じは・・・強くなったようだな」
「・・・すぐに追い越す」
「期待しているぞ」
戦いの話をしてるお母さんはなんか好きだ。
本当に楽しいんだろうな。
「風神は・・・やっぱ出ねーのか?」
「そうだな。特に報せは無い」
お母さんは、なぜかわたしを見て言った。
「そうか・・・。仕方ねーな」
風神・・・お母さんより強かったらしい男の人だ。
二年くらい前に聞いてからずっと忘れてたな・・・。
ああそっか、ティムさんもミランダ隊だったから知ってるんだよね。
「あの、風神ってそんなに強いんですか?」
「あ・・・ああ、まあな」
ティムさんの顔が曇った。
これはもしかして・・・。
「ティムさんも勝てなかったんですね?」
「昔の話だ・・・」
やっぱりそうか、そんなに強いならわたしも見てみたいな。
「お母さん、風神さんは見に来たりもしないの?」
「ああ・・・そうだな。忙しいらしい」
「まあ、変な奴だからな」
「ティム・・・」
お母さんがティムさんを睨んだ。
あれ・・・仲良しだったんだっけ?
「ルージュはほんとに鍛えねーの?雷神の娘なら素質はあるだろ」
ティムさんは苦い顔で話を変えた。
困ったらわたしを絡めればいいって思ってそう・・・。
「さっきも言っただろう」
お母さんがまたティムさんを睨んだ。
「なんだよ・・・ルージュがやってみてーつったらどうすんだ?」
「・・・ルージュ、興味があるのか?」
「え・・・痛いのは・・・やだな」
「なんだ・・・闘志は受け継いでねーんだな」
闘志って言われてもな・・・。
ただ、見るのは好きだ。
お母さんも出るし、次も必ず応援に行く。
「わたしは見るだけでいいかな」
「そうだな、ルージュは優しい子だ。それでいい」
「そういや出る奴は男の方が多かったな。出ても隠れられちゃ仕方ねーか」
「う・・・」
たしかにそうだ。
もしやってみたいって思っても無理な世界だった。
「でもお前将来どうすんだ?男に近寄れないんじゃ結婚もできねーな」
「な・・・」
わたしの不安が捲られた。
いや・・・でもそんなことにならない。
だって、アカデミーで・・・。
「だ、大丈夫です!素敵な女性でいれば・・・それに見合った素敵な人といつかは出逢えると教わりました」
「いつかは?いつになるかわかんねーのに待ってる気かよ。それにそいつが来たとして、お前喋れねーだろ」
く・・・なにも言い返せなくて悔しい。
でもなにか・・・なにか・・・。
「お喋りは・・・頑張ればできます!それに・・・自分から出逢いを探すこともできますからね!」
「へー、どうやってだよ?」
「そ、それは・・・」
勢いで言ってしまったからこの先は考えていなかった。
どうやって・・・ええと、どうすれば素敵な男性と・・・。
『ルージュ、兄さんを許してね。でも、君の幸せをずっと祈っているよ・・・』
あのお兄ちゃんの声が浮かんだ。
そうだよ・・・素敵な男の人・・・。
『旅ってそんなに楽しいの?』
『色んな出逢いがある・・・だから、とても楽しいよ』
うん、お兄ちゃんが言ってたならきっとこれが答えだ。
「旅に出る・・・そうすれば探せます」
「ふーん、なおさら鍛えねーとダメじゃねーか。魔物とか出たらどーすんだよ?」
「う・・・」
言われてみればそうだ。
あのお兄ちゃんも剣を持っていた。
強くないと旅には出れないのかな?
じゃないと・・・お兄ちゃんを探せない?
もう出逢ってはいる。
だから・・・もう一度会えればきっと・・・。
◆
「ルージュ、旅に出たいのか?」
ティムさんはシロのために作った部屋へ、わたしはお母さんとベッドに入った。
「ううん、考えてない・・・なんか悔しかったから言ってみただけ」
「そうか・・・だが、もしやりたいことが決まったら話してくれ。母さんはなんでも応援するよ」
わたしの頭が撫でられた。
えへへ、お母さんはわたしの味方だ。
いつだって優しい。
「それと・・・もし旅をしたいなら、ステラが起きたら一緒に連れていってもらうといい。みんな強いからな」
「・・・旅人は強くなくちゃダメなの?・・・わ」
わたしの顔がお母さんの胸に埋められた。
びっくりした・・・。
「そんなことはないよ・・・強くなくたっていいんだ」
「・・・よかった。じゃあアカデミーを出て、なにも考え付かなかったらそうしようかな」
「アカデミーを出ても十五歳までは時間がある。しっかり考えるんだよ、困ったら母さんに相談すればいい」
「うん、お母さん大好き」
わたしもお母さんをぎゅっとした。
将来か・・・まだなにがしたいのかも決まってない。
セレシュと一緒に精霊学のアカデミーに行くか、裁縫を続けて自分のお店を出すか、ルルさんの酒場で働かせてもらうか・・・それとも旅に出るか。
・・・難しいな。
今考えるのはやめよう。
明日の朝は・・・なにかな・・・。




