第百四十話 秘密の話【シロ】
「・・・案外静かだな」
ニルスが辺りを見回した。
たしかに他と比べると静かだ。
「昼間なんだから当たり前でしょ」
ミランダが微笑みながら僕たちより一歩前に出た。
なんだか嬉しそうだ。
僕たちは、ミランダの故郷である金鉱の町ネルズにいる。
向こうの通りも人が少なくて寂しい感じだ。
たしかミランダは「賑やか」とか「きらびやか」って言ってた気がしたんだけどな。
『シロ君、ミランダがニルスのとこにいるの。わたしのお手伝い終わったら来てって言ってたよ』
『そうなんだ。ありがとうお姉ちゃん』
お姉ちゃんとのお仕事が終わったあとにニルスの所に行った。
そしたら・・・。
『シロ、あたしの育ての親があんたとニルスに会いたいんだって。よーし、今から行こー』
『え・・・ほんとに今から?』
『早く出た方がいいじゃん。馬車出して』
落ち着く間も無くすぐに出発だった。
『本当はさ・・・二人連れてくのはステラが起きてからがよかったんだけど、どうしても会いたいんだってさ』
『まあ仕方ないよ。親はそういうものらしいからね』
『ステラにはちゃんと謝ろうね』
『いや、メルダに謝らせるよ』
強気で言ってたけど、ミランダもお母さんには弱いみたいだ。
「もう少しかかると思ったけど、道が良かったね」
「そうね、この辺は早めに整備してくれたんだよ。じゃあ行きましょ」
ネルズに続く街道は、すでに整備が終わっていて思ったよりも早く辿り着いた。
でも、野宿は昔みたいで楽しかったな。
早く・・・本当の旅立ちの日に・・・。
◆
僕たちは寂しくて妖しげな通りをどんどん奥まで進んでいた。
あとどのくらいで着くのかな?
「あそこでは精力剤売ってるんだよ。シロが使ったらどうなるのかな?」「向こうには、ちゃんと普通の市場もあるんだからね」「ニルス、もし遊びたいならうちがいいと思うよ」
ミランダは笑顔で故郷を案内してくれている。
僕たちと一緒なのが嬉しいみたいで、足取りが軽い。
「あ・・・お姉さん美人だね。うちで働かない?なんでもできるなら給金も色付けるよ」
前から歩いてきた知らないお兄さんが、ミランダを見て立ち止まった。
なんだ急に・・・。
「・・・行こ」
「え・・・」
「もうすぐだよ」
ミランダは止まらずに無視した。
・・・いいのかな?
「観光で来たの?それとも仕事探し?おー、おっぱい大きいね」
お兄さんは付いてきた。
「なんか事情ありそうだね。それならそっちのお兄さんにも仕事紹介できるよ。あんたみたいな男なら人気出ると思う。ぼうやは・・・まだ早いね」
「オレ?」「僕?」
「二人とも構わなくていいよ」
ミランダがムッとした顔になった。
・・・恐いから黙ってよ。
「あ・・・もしかして夫婦?ここ歩いてるってことは、遊ぶとこ探してるんでしょ?けっこういい趣味してるね」
「勝手に決めんな・・・」
「恥ずかしがんなくていいよ。そしたら二人で楽しめる店なんかどう?お互いが他人としてるのを見せ合うとか・・・いい刺激になるよ。場所教えるから、ぼうやが寝たあとにでも来てよ」
「・・・ニルス、ちょっと待ってて」
ミランダは立ち止まって、初めてお兄さんを見た。
怒らせたか・・・。
「あんたどこの店の奴?」
「おっ、どっち?遊ぶ?それとも働く?そこの路地入ってった・・・」
「あたしを勧誘するならメルダを通してからにしてね」
「・・・」
ずっとニヤニヤしてたお兄さんが急に固まった。
どうしたんだろ?
「あ・・・えっと・・・春風の方?」
「あたし娘なの。今からメルダに会いに行くから一緒に連れてってあげるよ」
「・・・失礼しました」
お兄さんは苦い顔で僕たちから離れた。
・・・速い。
「まったく・・・」
「ああいうの多いの?」
ニルスは目を細くしている。
「夜だとかなり多いよ。客も欲しいけど、働きたい人も必要だからね。ニルスは・・・男を相手にするところでもいいかも」
「男・・・冗談だろ・・・。まず・・・どっちにしろ働きたくない」
ニルスの顔から血の気が引いた。
一人で話しかけられてたらどうしてたんだろ?
あれ・・・でもミランダはすぐに追い払ってたな。
「ねえねえ、なんであのお兄さんはすぐにいなくなったの?」
「ここじゃメルダには誰も口出しできないのよ。まあ・・・ネルズの権力者って奴ね。それに最近強い用心棒がいるらしいし・・・」
「僕も話しかけられたらメルダの名前を出せばいいの?」
「知り合ってからならいいんじゃないかな」
今から会いに行くわけだし、そうなれるよね。
◆
僕たちは「春風」って看板の大きな建物に入った。
すごい・・・お金持ちのお屋敷って感じ・・・。
「いらっしゃ・・・あー、ミランダだー」
入ると同時に、ほとんど裸のお姉さんが出迎えてくれた。
わあ・・・オーゼみたい・・・。
「おー、かわいい男の子とかっこいいお兄さんだ。ねえねえ、一緒に遊ぶ?昼間は二割引きだよー」
「遊びません。・・・メルダはどこ?」
「久しぶりだねー、なになにー結婚してたのー?でも・・・この子赤毛じゃないねー。拾ったのー?」
お姉さんが僕の頭を撫でてきた。
赤毛・・・できはするけど・・・。
「家族じゃないよ」
「でもミランダのなんでしょー?」
「まあ・・・あたしのだけど・・・じゃなくてメルダは?」
「自分の部屋にいるよー。イチャイチャしてるんでしょ」
僕たちはミランダのなのか・・・。
「ていうかー、いくらミランダでもここに子ども入れちゃダメだよー。昔と違って最近はキビシーんだからねー」
「この子は大丈夫なの」
「ふーん・・・まーいーや、おにーさんまたねー」
お姉さんは小さく手を振って近くの部屋に向かっていった。
ゆるゆるって感じの人だな。
「大丈夫かあの人・・・なんであんな恰好してるんだ?オーゼは上品に見えたのに・・・」
ニルスが小声でミランダに耳打ちした。
でも、お姉さんのお尻をずっと目で追ってる・・・。
「ニルスくんには刺激が強かったみたいね。娼館なんだからあれが普通よ」
「そう・・・勉強になったよ」
「ステラにもあんなカッコしてほしかったりする?」
「・・・たまには」
ニルスの顔が赤い・・・お酒を飲んだ時みたいになってる。
あんな感じの人に囲まれて育ったんなら、家ではずっと下着で寝るのもわかる気がする。
ルージュやセレシュは・・・絶対にしないだろうな。
「メルダさんは、あの人みたいな恰好じゃないよね?」
「大丈夫よ。早く行こ」
ミランダが階段を指さした。
どんな人なんだろうな・・・。
◆
「おお、ニルスにシロ殿。久しぶりだな」
部屋の扉を開けると、よく知っている人が出迎えてくれた。
お祭りの時しか見なくなってたけど、ここにいたのか・・・。
「べモンドさん・・・なぜここに・・・」
ニルスも突然の再会に驚いている。
戦場のあとにすぐ火山行っちゃったから四年ぶりになるのかな?
「戦いは終わり、奪還軍は無くなったんだから好きに生きていいだろう?今はここの用心棒をやっている」
「そうだったんですか・・・」
さっきミランダが言ってたのは軍団長さんのことだったのか。
知ってて隠してたな・・・。
「べモンド、あたしも話したい。・・・ミランダ、よく帰ったね」
部屋の一番奥で、大きな机に座っていた赤毛の女の人が口を開いた。
この人がメルダ・・・ミランダを育てた人か。
おっぱいはミランダより大きい・・・。
「呼んどいて何言ってんのよ・・・。ていうか、二人で何してたの?おじさんとおばさんのは想像するだけで鳥肌立つんだけど」
「生意気な小娘だね。誰に似たんだか・・・」
「さーね。ていうか、部屋明るすぎない?おや・・・だから化粧が濃いのかしら」
「べモンドがこうしろって言ったんだよ・・・」
この人、いったいいくつなんだろう?
・・・けっこう若い気がする。
「ミランダ・・・オレたちを先に紹介してほしい・・・」
ニルスがミランダの腕をつついた。
「あ・・・そうだった。メルダ、ニルスとシロよ」
簡単すぎる・・・。
これでいいのかな?
「・・・ニルス・クラインです。ミランダは大切な仲間で・・・ご挨拶が遅くなって申し訳ありませんでした。・・・ほら、シロも」
「あ・・・僕はシロ、ごめんなさい」
「ふーん・・・なるほどね・・・」
メルダは立ち上がって僕たちに寄ってきた。
ああなるほど・・・お化粧で若く見えるのか。
「ニルス・・・雷神の息子だって?」
「・・・はい、親子です」
「アリシアはうちで働く気は無いかい?雷神が抱けるってわかれば客が増えるかもしれない。本当は筆記試験をしてるが雷神は免除してやる」
「メルダ!バカなこと言わないでよ!」
ミランダが声を荒げた。
僕・・・どうしよう。
こんな感じならあんまりここにいたくないな。
「ミランダとは話してないよ。どう思うニルス?」
「・・・悪いですが、オレにはわかりません。だけど、死んだ夫をずっと愛しています。別な男に抱かれる気は無いでしょう」
「そういう女の方がこの仕事に向いてたりする。悦びを知らないだけだからね」
「ならテーゼに行けば会えますので直接聞くのがいいですね。ただ・・・アカデミーに通う娘がいるので、すぐに働く気は無いと思います」
ニルスは余裕な顔で受け流した。
もう大人だし、親のやることに口出しはしないって考えなんだろう。
「ふーん、娼館に偏見は無いんだね」
「ミランダにも聞かれたことありましたけど、自分の体を使う・・・戦士と同じですよ」
「ふふ・・・」
メルダは初めて優しく笑った。
なんか、ミランダが僕たちに向けてくれるものとよく似ている。
「悪かった。見てくれだけじゃない、たしかにいい男だよべモンド」
「戦士最強だからな。ただ、アリシアを誘うのはやめろ」
ん?ニルスを値踏みしてたのか?
なんのためだろう・・・。
「で、精霊のぼうやね」
「子どもじゃないよ。メルダさんなんか、僕から見たらお嬢ちゃんだからね」
「あはは、お菓子は好きかい?」
「・・・好き」
「じゃああげる」
メルダは僕の頭を撫でて焼き菓子をくれた。
とりあえずいい人ではあるみたいだ。
「もういい?あたしたちこのあとロレッタに行く予定なのよ」
「ニルスとシロとあたし、三人だけで話したい。あんたとべモンドは、悪いけど出てって」
「はあ?何する気か知らないけど、変なことしたら許さないからね」
「話したいだけさ。さあ、出ていきな」
メルダは二人を追い払うように手を払った。
僕たちに話か・・・アリシアみたいに「娘と一緒にいてくれてありがとう」とかかな?
「まあいいだろう。・・・ミランダ、金の髪飾りでも買ってやろうか?」
「いらなーい、それより下着が欲しい」
「そうか・・・合うのを選んでやろう」
「気持ちわる・・・。ニルス、なんかされたらちゃんと言ってね」
ミランダと軍団長さんは部屋の外へ出て行った。
ニルスもいるけど、初めて会う人・・・なんかドキドキするな。
◆
「ふふ、二人でお買い物に行ったみたいだね」
メルダが窓の外を眺めて笑った。
本当のではないらしけど、親子ってことにはなるみたいだから仲良くしてほしいんだろうな。
まあ、前から仲は良かったけど・・・。
「さてと・・・今夜の月と・・・風向きも教えてもらおうか」
メルダが振り返った。
え・・・。
「どうした?」
「・・・」
横を見るとニルスと目が合った。
「どうする?」って顔だ。
「早く答えてくれる?話が進まないだろ」
「最近は月を見ていないのでわかりません。天気の話なら今夜は晴れです。そういう風の匂いがしますので」
ニルスは誤魔化す方を選んだ。
まあはっきりしないからな。
月と風向き・・・ツキヨの人しか知らない合言葉だ。
月は「仕事はどうか」で、風向きは「誰の下に付いているか」だ。
「・・・いい判断だ。タビガラスとチチツバメ・・・だったっけ?あたしにわからないは通用しない。まずは答えてほしい」
メルダが仕事での呼び名を使った。
嘘・・・。
「ツキヨ・・・なんですか?」
「あたしの質問が先だ」
「・・・」
ニルスは僕を見て頷いた。
・・・間違いないみたいだ。
「月はしばらく下弦・・・風向きは南南西です」
「僕も下弦・・・風向きは同じ南南西」
「カケラワシで間違いないみたいだね。・・・あいつとは随分会ってないな」
メルダは口元を押さえて、懐かしそうに笑った。
「カケラワシ」はテッドおじさんの呼び名だ。
だから「南南西」って言えば「カケラワシ」の下ってことになる。
ツキヨの所属は大きく十六に分けられている。
でも、よっぽど上の人でなければ自分の所以外の人の情報は教えてもらえないらしい。
「あたしはハルフクロウ。東北東の一番上さ」
「オレたちは・・・一時的にやっているだけの下っ端です。そんなに簡単に話していいんですか?」
「娘の仲間だからね。・・・あんたたちの事情も知ってる。聖女が目覚めるまで・・・ああすまない、座っていいよ。冷たいもんも出してやろうか」
メルダは、二人掛けの椅子へ僕たちを促して部屋を出て行った。
とりあえず・・・待つか。
◆
「ツキヨの役目は知っているね?」
メルダは、戻ると僕たちの正面に座った。
・・・お仕事の話?
「情報、潜入、暗殺・・・今は手が足りないところの手伝いも」
ニルスが答えた。
任せるか・・・。
「その通りだ、あたしは一本目専門。各地の春風には、領主に仕えている者やお偉いさんもたまに来るから情報が仕入れやすい。・・・女の何人かもツキヨだ」
「・・・話が見えません。なにをオレたちに伝えたいんですか?」
だよね、なんで残されたのかがはっきりしない。
「神の言霊・・・その話をしたかった。ジナスのことも知ってるよ」
「は?」
「え・・・」
けっこう衝撃だった。
嘘・・・どうやって調べたの・・・。
「誰から・・・ジナスのことは王と側近二人しか知らないはずです。口外するはずは・・・」
「あはは、今の話こそとぼけないとダメだろ?・・・べモンドから聞いたのさ」
「う・・・あの人もツキヨ?」
「違う・・・世間話だよ。信頼されてるからね」
軍団長さんはツキヨ自体知らないのか。
・・・それにしても不用心だ。あとで注意しとこ。
「だから合点がいった。・・・戦場が終わって浮かれてる奴らが多い中、あたしみたいに疑問に思うのがいてもおかしくない。冷静に考えれば、なぜ?ってのがたくさん出てくる」
無理矢理作った話だったけど、王様もいいって言ってたんだけどな・・・。
「そりゃ精霊や聖女まで出てきたら信憑性はある。でも逆に不自然なんだよ」
「・・・どうして?僕が神に頼んだってことにしたんだよ」
「辻褄は合ってる。ただ、今さらなんで精霊と聖女が出てきたのか・・・あたしは違和感を持っちまったのさ」
メルダは妖しい手つきでおっぱいの位置を直した。
今さらか・・・まあそうだよね。
「それに、なぜか出て行った娘まで関わっていた。余計気になる」
「ミランダ?」
「本当に驚いたよ。いつの間にか戦士になってて、その上戦場を終わらせた英雄・・・あの小娘になにがあったのかって思ったよ」
でも周りで疑っている人を見たことはない。
たぶん、疑問に思う人は本当に少ないんだろう。
「話がずれたね。ジナスは本当に消えたのか・・・それが知りたい。あいつらを指揮しているかどうかだ」
メルダが僕を見てきた。
そうだ、神の言霊の話だよね。
「間違いないよ。・・・だから女神様も解放された。それでも・・・僕はまだ不安があるから日に三度はあいつの気配を探ってる」
消えたのは間違いないのに、なぜかやってしまう。
たぶん・・・恐怖がずっと残っているからなんだろう。
「仮に・・・本当に仮にあいつがいたとしてもなにもできないと思う。女神様は油断しなければジナスなんて一瞬で消せるから」
「もし消えていなければ女神も気付くのか?」
「たぶん・・・気付かない。女神様はすべての意識を境界に向けている。でも逆に言えば、もう心配無いからそうしてるんだよ」
「・・・そこまで言うのなら消えたのは本当なんだろう。じゃあなぜ神の言霊は未だに動いているのか・・・王が気を揉んでいる。あんたたちに心当たりがあるか聞きたかったんだ」
王様か・・・最近会いに行ってなかったな。
テーゼに戻ったら僕から「大丈夫だよ」って言ってあげよう。
「オレたちにもわかりません。でもそれは一本目と二本目の仕事のはず、情報は無いんですか?」
「無いから聞いてんのよ。あの教団を作った奴がわからないんだ」
そんなこと言われてもな・・・。
「教団の人間が客として来たりはしないんですか?」
「そういう処理は教団の中だけでやってるらしいね」
どういうことだろ?教団の中に娼館を作ってるのかな?
「まあいい・・・ジナスが存在していないのなら目的は絞れたね。二本目から聞いたけど、おそらく・・・戦場どうのこうのは建前の可能性が高い」
「教団は何を?」
「・・・独立だろうな。今は数を集めている段階なんだろう」
王様が心配していたことか。
大きな混乱がありそうなら、なんとかしないといけなくなるかも。
「そうだ、僕お姉ちゃんと一緒にその人たちの所に行ったよ。たしかに土地が欲しかったみたい。それで領主さんを殺して奪おうとしてたんだ」
「この間だろ?その話は知ってる。気持ちの先走った奴が勝手に動いただけらしい。・・・ヨダカが行かなくても内部で片づけてた感じだ」
たしかにお姉ちゃんも『教団で動いてる感じじゃなかったね』って言ってたな。
「まあ、まだ謎だらけだ。二本目も手こずってる」
「心配してるのは、数が集まって戦いでも仕掛けてきたら・・・ってことですか?」
ニルスが真面目な顔をした。
戦い・・・やだよね。
「それもあるけど、魔物を捕まえている理由も気になる。表向きは保護だけど・・・何かありそうだよな。・・・そこで頼みがある」
メルダも真剣な顔になった。
これは・・・いよいよお手伝いじゃなくて、本格的なお仕事?
「教団はツキヨで何とかするけど・・・なにかあったらミランダを守ってほしい。何より大事なことだ」
メルダはまっすぐに僕たちを見つめた。
ミランダ・・・。
「あの小娘はあんたたちとずっと一緒に旅をしたいんだってさ。そういえば、礼がまだだったね。ありがとう・・・」
この人もアリシアと一緒だ。
・・・やっぱりお母さんってみんなそうなのかな?
「お礼なんて・・・ミランダはオレたちを支えてくれました」
「危ない旅だったんだろ?なのに傷一つつかないようにしてくれたね」
「・・・まあ」
「あんたたちになら安心して任せられる。ほんの少しでも痣があったら信用してないし・・・殺してたね」
「・・・」
ニルスが青い顔で身震いした。
・・・ステラがいなかったら危なかったな。
それにミランダも一度死んだことを話して・・・あ、軍団長さんも知ってるけど言ってないんだな・・・。
もー、黙ってたんなら先に言っておいてよ・・・。
「それと、何か調べたい情報があれば各街の春風であたしの名前を出しな。・・・あたしはあんたたちの味方だ。これも言いたくて呼んだのさ」
「ミランダはツキヨを知らないんですよね?」
「そうだ。言う必要も無い」
「わかりました。彼女は必ず守ります」
ニルスはとっても優しい顔で答えた。
「僕も守る。ミランダのこと大好きだもん」
「頼んだよ。・・・飲み物のおかわりを用意してやる」
メルダは立ち上がって、僕とニルスの頭を順番に撫でて部屋を出て行った。
雰囲気がミランダに近くなってきてる。
仕事場じゃないところではこんな感じだったのかな?
◆
「功労者の願い・・・ミランダが何を望んだか聞いてるかい?」
メルダは戻ってくると、優しく微笑みながら座った。
僕も知らないこと、聞いても「秘密」って言われていた謎だ。
「いや、教えてくれませんでした。恥ずかしいからって」
「僕も」
そんなに気になってなかったからずっと忘れてたけど、メルダは聞いてるのかな?
「ならあたしが教えてやる。・・・ネルズへの街道、その整備を最優先にしろってさ」
「なるほど・・・嬉しそうですね」
「ああ、嬉しかったよ。どう思われてるか・・・なんて考えた日もあったけど・・・」
メルダはその時を思い出したのか涙を流した。
よっぽど感激したんだね。
「それなら・・・テーゼに留まっているミランダと一緒に暮らしてもいいんじゃないですか?春風もあるし、まだ・・・ステラは起きませんから」
「それはしない、あたしはここが好きだからな。だから・・・エストを送ったんだ」
「え・・・メルダから頼まれて来てたの?」
「そうだよ」
エストは友達の一人でもある。
お休みの日は、一緒に新しいお店に行ったりするくらい仲良しだ。
「エストには死んだ親の借金があった。うちで働かせてくれって来たけど、直前で知らない男とはできないって逃げたんだ。まあ・・・やる気あるって言ってた時から様子はおかしかったけどね・・・」
「それでミランダの所へ?」
「そうさ、他のことならなんでもするって言ってたからね。借金はあたしが全部返した。そのかわり、ずっとミランダを助けろって言ったのさ」
親心か、でもエストは商会のお仕事楽しいみたいだし、巡り合わせだったんだろうな。
テーゼに戻ったらちょっとだけ聞いてみよ。
「ああそれと、ハリスとは昔からの知り合いだ。エストが商会に入れなかったら助けてやれっても頼んでた」
「え・・・」
「そうでしたか・・・」
意外・・・でもないか?
「あいつにはずいぶん助けられた。嫌味な奴だけど、きっちりと仕事はしてくれる。けど・・・美容水と石鹸を持ってくる時はうるさい、ぐちぐち言ってきやがるんだよ」
「たしかに嫌味な男ではありますね。・・・じゃあ、オレの父さんのことも知ってるんですか?」
「ケルト・ホープね・・・。特に知らないな」
「そうでしたか・・・」
ニルスはがっかりしていた。
お父さんを知っている人、そうだったら喜んだんだろうな。
「ていうか、あんたの父親はなにもんだ?」
「え・・・どういう意味ですか?」
「生まれは北部か?」
「たぶん、そうなんだと・・・。アリシアも詳しく聞いたことは無いって言ってたので・・・」
ニルスもわからないのか。
そういえば、イナズマも生まれまでは知らないって言ってたな。
「メルダさんなら調べられませんか?」
「もう調べた・・・が、出生届すら見つからない。孤児か・・・親に事情があって出さなかったか。いずれにしろ・・・お前の父親は一度も税を払ってない、居住権すらもだ。それにあそこは山奥だけどサンウィッチ領でもある。整地のために税の徴収も何度かあったが、見つかっていなかったようだな。あんな場所じゃ徴税官も気付くはずない」
「え・・・あはは・・・もう調べなくていいですからね」
「というかこれ以上調べるのは無理だ。鍛冶屋の師匠はもう死んでるし、ユーゴって弟弟子も深いとこはわからない。カゲウソの父親も世間話くらい、友達のハリスでさえも知らないってさ」
まあ・・・もう流れたあとだし、すごくいい人だったらしいからなにも問題ないよね。
うーん、僕が水から記憶を探してもいいけど・・・お母さんかニルスに頼まれたらでいいか。
「そういやニルス、あんたも商売してるな。最近は売れてないみたいだが・・・」
「え・・・」
「知ってるか?売り上げが出てるってことは課税の対象になる。・・・商売する届も出してないな。そのやり方は父親に教わったのか?あたしが告発したら罰金と刑が科されるぞ」
「ちょっと待ってください・・・」
ニルスが焦り出した。
こんな顔久しぶりだ。
「あの・・・税を払えって話ですか?もしかして父さんのも?」
「安心しろ、死人から徴収はしない。そして、あんたからもね」
「ありがとうございます・・・」
そういえば僕も税を払ってないな。
・・・お小遣いが減ったらやだし、この話は広げないでおこう。
「オレを見逃すのはツキヨだからですか?」
「いや・・・娘の仲間ってのもあるけど、あんたは囲っておいた方がいいと思った」
「どうして・・・」
「ハリス・・・あいつを囲っておきたいからさ。本当にどうしようも無い窮地・・・それをひっくり返す奥の手だ」
なるほど、たしかに頼りになるよね。
・・・死なないし。
「信頼しているんですね」
「当然だろ。でも・・・あんたたちも頼めば動いてくれそうだな」
「そうですね。よっぽどじゃなきゃ断れません」
「今の言葉忘れるなよ。・・・王は特例が大嫌いでね、それに背いて隠してやってんだ。いざって時は動いてもらうぞ」
うーん・・・ミランダよりも魔女だな。
◆
「お・・・あの子たちが戻ってきた」
メルダが窓の外を穏やかな顔で見つめた。
ミランダたちが帰ってきたみたいだ。
「ロレッタに行くんだろ?楽しい思いをさせてやってくれ」
「もし時間があるなら一緒にどうですか?いい洗い屋がいます」
「あいにく、先月にべモンドと行ってきた」
「そうでしたか・・・」
あれ・・・結婚してるんだっけ?
まあ、どっちでもいいか。
「温泉のあとで美容水を塗ると調子がいい。さすが聖女の調合だ」
「僕も家にいる時はミランダとエストにやってあげてるよ」
「・・・エストの手紙にあったが、あんたがやると違うらしいな。ここの配達担当はあの根暗なんだけどさ、交代してくれないか?」
メルダは真剣な顔で僕を見ている。
根暗ってハリスのことだよね?
「別に・・・いいけど」
「助かるよ、そん時でいいからあたしと女どもにやってほしい」
「わかった。じゃあ次から僕が来るね」
「あの子には内緒でお駄賃をやるよ。おやつもね」
・・・やった。
「それと・・・これも手紙にあったけど・・・剃り師いらずにできるらしいな?」
「え・・・」
エスト・・・絶対内緒って言ったのに・・・。
「頼むよ。・・・うちの女たちもだ」
「・・・剃り師さんの仕事が無くなっちゃう」
「絶対に無くならない。でも、もしそうなったらあたしが面倒を見る」
「・・・絶対内緒だからね?」
配達を引き受けてしまった。
だから・・・もう逃げられない・・・。
「ふっふっふ・・・とりあえず秘密の話は終わりだな」
「あの、ミランダが戻る前に聞きたいことがあります」
「仕事の話かい?」
「・・・いえ、ちょっと待ってください」
ニルスが立ち上がって部屋の鍵を閉めた。
・・・なんだろう?
「あなたとミランダはとてもよく似ています。・・・本当に拾い子ですか?」
僕も気になるな。
ちゃんと答えてくれれば、真偽がはっきりする。
「・・・勘ぐる必要の無いことだ。似てるのは赤毛と胸の大きさくらいだろ?それに世の中には、親子だけど逆に似てないのもいる」
「しかし・・・」
「・・・義理だが親子なんだ。似てきて当然・・・これじゃダメか?」
「・・・そうですか、ありがとうございます」
ニルスは諦めて微笑んだ。
まあ、どっちでもいいことだもんね。
「なんだいあんたら・・・その顔は・・・」
「なんでもないよ」
「まったく・・・本当に拾ったのさ、あたしに似てたからね」
メルダの微笑みは、今日見た中で一番幸福を纏っていた。




