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Our Story  作者: NeRix
風の章 第一部
144/481

第百三十七話 どんな人【アリシア】

 春風・・・戦場が終わってから四度目だ。

ルージュが庭に蒔いた花の種がまた芽吹き、蕾が膨らんできていた。


 「ふふ、そろそろだね」

ルージュが、上品にスカートを押さえてしゃがんだ。

アカデミーのおかげで、私の子とは思えないくらいお淑やかになっている。

 「夕暮れの花は強いな。放っておいても勝手に育って咲く」

「お母さん・・・いい加減に覚えて。夕凪だよ」

「・・・そうだったな」

この花はルージュが兄と再会した時に、私のために買ってくれたもの。


 『一人ぼっちはかわいそうって言ったら、二つとも買ってくれたの。一つはお兄ちゃんに渡しておまじないをかけたんだよ』

嬉しそうに話してくれた顔が浮かぶ・・・。

 ルージュ、おまじないはちゃんと形になるよ。

その日が待ち遠しい・・・。


 「帰還と再会の象徴なんだって。アカデミーの図書室にあった図鑑で読んだんだ」

「帰還と再会か・・・なら、おまじないにぴったりの花だったわけだな」

「うん、だからお花屋のお兄さんもこれがいいって言ってくれたんだと思う」

「そうだな、ルージュとセレシュが花を贈った戦士はみんな帰ってきてくれた」

「・・・」

ルージュはほんの少し寂しい顔をした。

 ・・・理由は聞かなくても察せる。

私は余計なことを言ってしまったようだ。


 「それとね、この花は咲く場所によって色が変わるんだって」

ルージュは花に目を移した。

私の変化を悟ったのか・・・。

 「ずっと南だと白くて、北に行くにつれて色付いていくの。テーゼだと赤いでしょ?」

「そうだな、綺麗な赤だ」

「ここよりも北に行くにつれて青、藍色なってくんだって。ずっと北だと黒って書いてあった。空と同じだね」

色・・・ケルトの墓にあったのは何色だっただろうか・・・。


 「ただいまー。ねえねえ、朝はもう食べちゃった?」

シロの声が背中に当たった。

きのうは遠くの配達だったみたいで帰ってこなかったな・・・。

 「まだだよ、シロも一緒に食べようね」

「やったー」

いつの間にか子どもたちの背丈が近くなっている。

シロはその内追い越されそうだ。



 「ごちそうさまー。僕ミランダに報告しないといけないから途中まで一緒に行こうよ」

「うん、いいよ」

朝食が済むと子どもたちが立ち上がった。

こういうのがいい・・・。


 「二人とも頑張ってくるんだよ」

「はーい。シロ、いこ」

「今日はお花の当番?」

「今日は挨拶当番だよ。いってきまーす」

ルージュが振り返ってくれた。

 笑顔もかわいいな。

ああ・・・ニルスにも見せてあげたい。



 「あら・・・遊びに来たの?」

「いや・・・なにか手伝うことがあればと思ってな」

することも無いからルルの所に来てみた。

グレンとは仲良くしていて、ずっと幸せそうだ。


 「特に無いかな。気分もいいし、出かける?」

「じゃあ、リリは私に抱かせてくれ」

「ちょっとだけよ」

子どもも授かっていた。

それもあって、できることはなんだってしてあげたい。


 「大変なことはあるか?」

「グレンが色々やってくれるから、あんたに手伝ってもらうようなことって特に無いのよね」

「そうか・・・」

もし、ケルトが近くにいれば私もそうだったのだろうか?

・・・ルージュの時はニルスがいたからな。


 「ルルさん、リリは熱が下がったばかりだから今日はダメだよ」

グレンが紅茶を出してくれた。

熱・・・ニルスもルージュも無かったな・・・。


 「ふふ、冗談よグレン。ほらリリ、お父さんが心配してくれてるよー」

「外に出るのは、もう少し落ち着いたらにしようか」

二人は、娘を見つめて幸せそうな笑顔を浮かべた。

私もこんな顔で子どもたちを見ていたのかな?

 

 「じゃあ、今日は家族だけで過ごすといい」

「あら、いてもいいのよ。お喋りくらいは大丈夫だし」

「また来るよ」

「わかった。リリ、また来てねーって」

ルルは娘の手を持って振ってくれた。

 私がいても邪魔みたいだからな。

・・・騎士団の修練場にでも行ってみるか。


 「あ・・・そうだアリシア、ニルスが戻ったらあたしにすぐ教えてね。この子を抱いてもらいたいの」

「そうですね。ニルスさんによろしく言っておいてください」

「ああ・・・あたしはニルスに抱いてもらいたいな・・・」

「ルルさん・・・変な意味じゃないよね?」

この二人は、これから先もずっと幸せなんだろう。

私がいてもいなくても、それは変わりなさそうだ。


 ニルス・・・お前がまたここに来る頃、リリは何歳になっているんだろうな・・・。



 王城の門の前まで来た。

観光客は・・・今日は少なめだな。

さて・・・。

 

 「すまない・・・今日も頼んでいいか?」

私は番兵に小声で伝えた。

 騎士団の修練場は王城の中にある。

正直、堅苦しい場所であまり好きではない。

 「承知しました。騒ぎになるので門の中でお待ちください」

どちらかと言われれば、衛兵団の方がいて楽しい。

だから私は、いつも番兵に言って二人を呼んできてもらっている。



 「中に入っていいんですよ」

「修練場は出入り自由にしてもらってるじゃないですか」

スコットとティララが出てきてくれた。

なんだかんだ言うが嬉しそうな顔だ。


 「いや・・・お前たち二人の顔を見に来ただけだからな」

「みんなアリシア様から剣を教わりたいって言ってますよ」

「尊敬してるって子多いですよ。最近入ってきたルコウの・・・」

「やめてくれ。お前たちだけで充分だ」

二人は王城の騎士になっていた・・・とは言っても、衛兵と同じように街の見回りなんかも積極的に出ている。

いいことなのかはわからないが、元戦士はかなり優遇されているようだ。


 「まあまあ・・・そうだ、騎士団長がまた会いたいって言ってますよ」

「あいつか・・・ここでは嫌だからうちに来るように伝えてくれ。ルージュがアカデミーに行ってる時ならいい」

「それって・・・浮気の手引きしろってことですか?旦那さんを裏切るのは良くないですよ」

「まあ・・・たしかにあの人まだ独身ですけどね。強い女性が好きらしいですよ」

二人がいやらしい顔で笑った。

なんだこいつら・・・。


 「ふざけているのか?ウォルターさんはよく来るぞ」

「それとは違いますよ。そこまで仲良くも無い未婚の男性を呼ぶのはどうかって話です」

「無意識でやってるなら危ないですね」

「私はケルト以外の男とどうにかなるつもりは無い!」

戦場が終わってから、からかわれることが増えた気がする。

毎日のように顔を合わせていた時はできなかったことなんだろう。

 「冗談なんだから怒らないでください」

「そうですよ。それよりも、ちょっとだけいい話があります」

「あ・・・私から言おうと思ったのに」

「なんだ?言ってみろ」

でも、話していると昔に戻ったみたいで楽しい。

ずっと一緒に戦ってきたことでできた強い絆は、なにがあっても無くならないと思わせてくれる時間だ。


 「闘技大会はもうすぐまとまりそうですよ」

「なんだと!本当か!」

ちょっとどころの話ではなかった。

 闘技大会はずっと待ち望んでいたものだ。

強い者と戦える機会を早く用意してほしい。


 「・・・って噂ですけどね」

「え・・・」

「というか、そういう気配ってだけです」

「そうか・・・」

なんだ・・・だが、もし開催が決まったら一番に教えてくれと王には伝えてある。 

だからこの二人が私よりも先に知っているはずはなかったな。

 

 「まあいい・・・近いというのがわかっただけで充分だ。そうだ、お前たちも出るんだろう?」

「うーん・・・考え中ですね」

「私も・・・そうです」

二人とも乗り気ではないみたいだ。

戦場が無くなって、闘志が薄れてしまったのだろうか。


 「アリシア隊として戦えないんなら、俺は出ても意味無いかなって思ってます」

「スコット・・・」

「私もそうですね。アリシア隊じゃないと・・・嫌です」

「ティララ・・・」

大会はおそらく個人戦だろうからな。

 もう同じ隊で戦うことは無い・・・。

考えるととても寂しいな・・・。



 「そろそろ帰るよ。長話をさせてすまなかった」

昼の鐘が鳴った。

午後からはウォルターさんが来る予定だから、そろそろ家に戻らなければならない。


 「構わないですよ。アリシア様の名前を出せば何も言われないので・・・」

「その言い方・・・たまに私の名前を使っているのか?」

「あはは・・・鋭いですね」

「前の日に飲み過ぎた時は使います」

とんでもない奴らだな。

 

 「緩くやっているのなら子どもを作ってはどうだ?」

「その気になれば・・・ですね」

「この感じが楽しいので」

スコットとティララは、今のままずっと二人でいたいらしい。

それもいい生き方だとは思う。


 「夜は・・・愛し合ってはいるのか?」

「昼間っから何言ってんですか・・・」

「大事だろう」

「まあ・・・私は満足してますけど」

なら問題無いだろう。

 欲しくなったらもっと励めばいいだけだ。

私も、もう一人くらい欲しかったな・・・。


 ・・・全部自分のせい・・・考えないようにしよう。

たまに寂しくなったり、切なくなったりするのは「罰」だと思って受け入れている。

 開き直っているわけではなく、それを抱えながら子どもたちを幸せにすることがあなたへの償いなんだ。

 まあ・・・闘技大会とか楽しいことがあれば薄れるだろうが、ちゃんと胸に刻んではいるよ・・・。



 「よう」

「あ、ちょうどよかったです。一緒に行きましょう」

帰り道でウォルターさんと出くわした。

うちに向かっているところだったらしい。


 「騎士団のとこ行ってたのか?」

「いえ・・・スコットとティララだけです」

「明日また衛兵団鍛えに行くけど、お前も来るか?」

「はい、行きます」

ウォルターさんもたまに衛兵団の指導をしている。

突撃隊最強という二つ名のおかげで、みんなから尊敬されて気分がいいらしい。

 「騎士団にも教えてやれよ」

「肌に合わないので・・・ウォルターさんが行けばいいです」

「俺もなんかやなんだよね・・・」

長いからか、この人とも気が合う・・・。


 「そういや孤児院は?兵士鍛えんのもいいけど、子どもたち待ってんだろ?」

「おとといに行ったので、もう少し空けてからにしようかと」

「セスさんは元気か?」

「はい、いつも通りです」

巣立った私が孤児院に行くのは、本当ならしてはいけないことだ。

それが今では、自由に出入りしていいことになっている。


 きっかけは戦場が終わったあとに、自分の出自くらいは話しに行った方がいいと思って顔を出した時・・・。

 『えー!!らいじんってわたしたちのお姉ちゃんだったの!!』『院長隠してた!!』『もっと遊びたい!』『また来て―!』

弟妹たちに気に入られてしまい、セス院長も「来るな」と言えなくなってしまった。

今では・・・。

 『あなたが孤児だった・・・それだけで子どもたちが勇気を貰っています。ルージュを一番に考えるのが条件ですが、それができているのであれば来なさい』

と言われるくらいになっている。

今でこそ優しいが、最初はかなり怒られたな・・・。


 『そう・・・ニルスを悲しませたのですか・・・』

ニルスのことを話した時は本当に恐かった。

 『我が子になんてことを!!』『ニルスが不幸にならないように・・・約束したでしょ!!』

話の途中で何度も叱られた・・・。

いつの間にか女神に作られたという話がどこかに行ってしまっていたほどだ。


 『私の責任でもあります・・・。なにがなんでもあなたを火山に行かせればよかった・・・。そうしていれば・・・あなたの愛する人も・・・』

そして、私たち家族のために涙も流してくれた。

 セス院長が悪いなんて思ってもいないが、罪悪感を与えてしまったのは事実だ。

親不孝者とは、私のような人間を言うんだろうな・・・。


 「・・・つーかまったく老けねーな。・・・お前今いくつになったんだっけ?」

ウォルターさんが私の顔を覗き込んできた。

私が暗くなったのを察してくれたんだろう・・・。


 「・・・三十六になりました」

「二十四、五くらいから見た目が変わってない。スコットたちに会いに行く時コソコソしてるらしいけど、絶対バレないだろ・・・」

「一応です・・・知っている者がいたら面倒なので・・・」

「イライザが間違われ過ぎて怒ってる。謝りに行ってこい」

「女神のせいです・・・」

見た目のことは仕方ない。

 今日は機嫌が良かったが、ルルからは『あんたと一緒に歩くの恥ずかしいのよね・・・』と言われたことがある。

友達なのに・・・。



 「さっきの続きだけどさ、見た目のこと・・・ルージュにはなんか言われないのか?」

家に帰ってきて、二人でなんとなく話していた。

ウォルターさんは、他の人が聞きづらそうなこともたくさん尋ねてくる。


 「ミランダと同い年くらいに見えるね・・・と」

「本当に話さなくていいのか?」

「必要無いと思いまして・・・」

娘には、自分の生まれのことはなにも伝えていない。

 だが私はそれでいいと思っている。

話したところで「だからなんだ?」と思われるだろう。

 『オレも話さなくていいと思うよ』

それに、ニルスも同じ考えだったからな・・・。


 「息子の所には今年も行くのか?」

ちょうどよくニルスの話に変わった。

 「当たり前です」

毎年水の月、あの子の誕生日に会いに行っている。

一度だけルージュのアカデミーの準備でひと月遅れたことはあったが・・・。

 『謝んなくていい・・・ルージュを優先しろ』

許してくれたな・・・。


 「ただ、気になっていることがありまして・・・去年の誕生日に会いに行った時、様子がおかしかったんです・・・」

せっかくだから相談したかったことも話しておこう。

 「どうおかしかったんだよ?」

「一緒に寝ようと言ったら拒否されました・・・」

「当たり前だろ・・・」

ウォルターさんは怪訝な顔をした。

当たり前・・・親子で寝ることのなにがおかしいんだ?


 「ニルスは次で二十二だろ?母親と寝てられるかよ」

「いえ、断られはしましたがちゃんと一緒に寝てくれましたよ」

「・・・お前、なんかしたか?」

「なにか・・・まあ、また試されているのかと思って、あの子の部屋の扉の鍵を壊して中に入りましたが・・・」

「あのな・・・いや、もう気にするな。でも断られたのにしつこくすると嫌われるぞ?」

やはり気にしなくていいのか?

 しかし、嫌われるのは避けたいな。

・・・そうだ、次も拒否されたら理由を聞けばいいんだ。

ダメなところがあったら直せばいい。


 「お前さ・・・ステラに悪いとか思わないのか?」

「彼女には・・・感謝しています。ですが、目覚めたらあの子をひとり占めできます・・・。だから、迎えに行くまでは許してもらいたい」

ステラのことを聞いた時は胸が締め付けられた。

 眠らなければいけない年月を増やすことになろうとも、ニルスとミランダの蘇生を・・・。

 その気持ちはわかる。私が同じ力を持っていたら、迷わず同じことをしたはずだ。

 だから、ニルスがまだ帰らないことに不満は無い。

悔しいが、ステラへの愛は誰よりも大きいのだろう。

・・・というか、別に自分の息子なんだから構わないのではないか?



 「ただいまー」

「お父さん・・・もう来てたんだ・・・」

「ごきげんようおじさん」

「おう、相変わらずお前らは仲がいいな」

シロとルージュがセレシュを連れて帰ってきた。


 「シロ、早くお話聞かせて」

「うん、お母さんおやつは?」

「用意するから初めてていいよ」

今日はシロから精霊の話を聞く日だった。

これがあると帰りが遅くなるから、毎回ウォルターさんが来てくれている。



 シロが教官になって、二人の勉強が始まった。

私とウォルターさんはいつも黙って見させてもらっている。


 「・・・で、分身を作れるのは僕だけなんだ」

「メピルさんは・・・シロってこと?」

「うーん、僕の一部かな。でも自我と感情を与えているから、勝手に色々やってくれるよ。まあ、最近は商会のお仕事がほとんどだけどね」

シロは得意げな顔で分身の説明をしてくれた。

メピル・・・。


 『私も・・・お母さんって呼んでいいの?』

精霊の城に連れて行ってもらった時に仲良くなった。

・・・あの子もかわいかったな。


 『この蜘蛛は捕食をしないで水晶なんかを食べるんです。で、純度の高いもので育つと・・・』

・・・おかしな奴もいたが、ニルスの恩人だから冷たくはできなかった。

いや・・・今はメピルのことだけを考えよう。


 『私に料理を教えて。お母さんとおんなじの作りたい』

シロよりお姉さんという見た目だったが、同じように私のことを気に入ってくれたな・・・。

子どもの姿の精霊はみんなかわいい。


 ・・・チルもそうだ。

私の料理をおいしそうに食べてくれる。

次はいつ来るかな・・・。



 「あ、晩鐘だ。今日はここまでね」

「ありがとうシロ、とっても面白かったよ」

「ありがとう・・・」

シロ教官の講義が終わった。

私も夕食の準備をしよう。


 「次は・・・いつ?」

「えーとね・・・三日後なら大丈夫だよ」

シロは小さな手帳を取り出して開いた。

中にはたくさんの予定が書かれているんだろう。



 ウォルターさんたちが帰り、私は夕食の支度を始めた。

ルージュはシロと一緒に、讃美歌を口ずさみながら人形の服を作っている。


 「ふふ、シロも讃美歌を覚えたね」

「だってお裁縫しながらいつも歌ってるんだもん」

安らぐ時間だ。

ああ・・・ニルスもいてほしいな・・・。


 「見て、この前のお祭りで買ってもらった生地で作ったの。シロのと同じ服だよ」

「わあ、すごいね。こんなに小さいのに」

「お母さんが手伝ってくれたんだよ。でも・・・わからないところはごまかしたりしてるんだ・・・」

「えー、それでもすごいよ」

活発な子だと思っていたが、ああいう細かいことも好きみたいだ。

 やりたいことだから、教えれば自分のものにしようと真剣に聞いてくれる。将来はそういう道に進んでもいいんだろうな。


 

 「今日ね、友達と戦士の話をしてたんだよ」

ルージュが食べかけのパンを置いて話し始めた。

作法はしっかりと教わっているようだが、お喋りなのは変わらない。


 「戦士のどんな話をしていたんだ?」

「誰が一番強かったのかなって。ほら、この前のお祭りでミランダさんが大勢の前で挨拶してたでしょ?聞いてた子がいっぱいいて、いつの間にかその話になったんだよ」

誰が強いか・・・。なんだか男の子みたいなことを話しているんだな。

まあ、私も似たようなものか・・・。


 「みんなは、やっぱりお母さんが一番って言ってくれたんだ。嬉しかったけどちょっと恥ずかしかったな」

「間違ってないと思うよ。誰がって聞かれるとやっぱりお母さんだよね。雷神って呼ばれてるくらいだもん」

娘と息子が私を見て笑った。

食卓が明るく感じる。こんな日がいつまでも続いてくれればいい。


 「でもラミナ教官が話に入ってきて、お母さんよりも強い人がいたみたいって言ってたんだよ」

「まあ・・・母さんは自分が一番とは思っていない」

そういえば、ヴィクターとは遊びでしかやっていない。

べモンドさんやイライザさんとも、真剣勝負をした記憶が無いな・・・。


 「お母さんは謙虚だね。ねえ、その教官はなんて言ってたの?」

「風神って呼ばれてる戦士がいたって言ってたの。元戦士の人たちに、戦場での様子を聞いて回ったことがあって、その時にちょっと教えてもらったんだって」

「・・・」

シロの手が止まり、顔が固まった。

・・・かなりまずいな。


 「わたしぼんやりと憶えてるんだ。セレシュのお父さんとか軍団長さんがよく風神って言ってた」

「そうなのか・・・風神・・・」

「いたんだよね?今日聞いてみますって言ってきたんだ」

参ったな・・・どう話すか。


 風神がいたということは伝えてもいいだろうが、そうなったら名前やどんな人間だったのかも細かく聞いてきそうだ。

 「本当にお母さんより強かったの?どんな人だったの?」

こんな感じで・・・。


 助けてくれ・・・。

私は目で訴えながらシロを見た。

 

 「風神は・・・最後の戦場にもいたよ。僕とおんなじミランダ隊だったし・・・」

任せてしまった。

・・・情けない。

 「え・・・そうだったんだ・・・。じゃあ仲良し?」

「ま、まあね。でも、とっても恥ずかしがり屋で、あんまり話す人じゃなかったんだ・・・」

「恥ずかしがり屋・・・女の人?」

「・・・男の人だよ」

シロはどんどん答えているが、どこまで教えるつもりなんだろう?


 「お母さんよりも強いの?」

「同じくらいじゃないかな・・・。よく一緒に鍛錬してたし」

「どうなのお母さん?」

来た・・・。

 「そうだな、風神はとても強かったよ。・・・何度か母さんは負けた。だが同じくらい勝ってもいたよ」

「え・・・信じられない。お母さんが負けることあるの?」

「風神には戦いの素質があったんだよ。他に話せることは無いな・・・」

「そうなんだ・・・」

頼む・・・もういいだろうルージュ・・・。


 「じゃあなんで風神なの?お母さんは雷神だからなにか関係あるの?」

私はまたシロを見てしまった。

関係・・・お前とも、とても強い繋がりがあるよ・・・。

 「えっとね・・・風みたいに速いんだ」

「ふーん・・・今は何をしてるの?」

「えっと・・・街道に出る盗賊団とかを一人で捕まえてるよ」

「え・・・シロ、そうなのか?」

今の話は初耳だった。

 ・・・装飾品や武器を作っているだけではなかったのか。

母さんに隠し事を・・・。


 「夜分に失礼します。アリシア様はいらっしゃいますか?」

シロの答えを待っていたところに、扉を叩く音と男の声が聞こえた。

もう外は真っ暗だが、誰だろう・・・。


 「男の人・・・シロ、二階に隠れよう・・・」

「あ、うん」

子どもたちは急いで部屋を出ていった。

助けられたな、これで風神の話題はうやむやになってくれた・・・。



 「はじめまして、王からの使いで伺いました」

外にはしっかりと背筋を伸ばした中年の男がいた。

・・・会ったことのない人間だ。


 「王から・・・」

「アリシア様が心待ちにされていたお話ですね」

私が待っていた・・・。

 「まさか・・・闘技大会か?」

「・・・その通りです。決まったら一番に報せるようにと・・・」

いつの間にか拳を握っていた。

・・・緩く流れていた血が滾る。


 「いつだ?」

「まだ先ですが、来年の殖の月です。年に二回・・・戦場のあった日、祭りに合わせてとなりますね」

男も嬉しそうに話してくれている。

楽しみだ・・・大陸中から強い者が集まるだろう。


 「戦士と同じで十三歳以上から参加ができます。お嬢様も鍛えるのですか?」

「一年後でも娘はまだ十歳だ。それと・・・戦いを教える気は無い」

「失礼いたしました。・・・本日は以上です。詳しい内容が決まりましたらまたお伝えに伺いますね」

男は上品に頭を下げた。

幸福の使者に見える・・・。


 「ああ、ありがとう。夜にこんなところまですまなかったな」

「ふふ、雷神の土地はテーゼで一番安全な場所だと言われていますよ。この辺りで悪さをする者はいません」

「その噂はなんとかならないのか?・・・ご近所さんができない」

「私ではどうしようもありません。では・・・失礼いたします」

扉が静かに閉められた。

 まあ、この土地の話はどうでもいい。

鍛錬・・・今まで以上に本格的にやらなければな。



 「お母さん、もう帰った?」

ルージュがそーっと顔を出してきた。

かわいい・・・。


 「大丈夫だルージュ、うちに恐い男は来ない。もし来ても母さんが追い返す」

自分から男に近寄らないのはとてもいいことだ。

まあ、避けすぎな気も少しするが・・・。

 「シロやティムは平気だろう?」

「なんか・・・ダメなの・・・」

私も意識して知り合いの男以外は近付けないようにしている。


 『・・・迷って裏町に入っていたんだ。騙されて男の家まで連れてかれて、服を脱がされそうになってた』

あのことがあったから余計心配だ。

 アカデミーまでの道は広く見通しもいい、それに衛兵たちが交代で見回りをしているから同じことは怒らないだろう。

だが、買い物なんかはまだ一人でさせたくない・・・。


 素敵なお嫁さんになっては欲しいが、この子を守れるくらい強い男でなければ任せる気は無い。

最低条件は・・・私を負かすことだな。

 ルージュが恥ずかしいなら私が一緒についていればいい。

だからこの状態でも大丈夫だろう。

 

 ただ・・・仲良くしてほしい男もいる。

 

 『あの人は・・・なんか怖い』

敵意を向けられているわけでもなく、なにもされていないのに遠ざけようとしている存在が一人だけいる。

 『私は特になんとも思っていません。おそらく、あなたやニルス様と同じように鼻が利くのでしょう。普通の人間とは気配が違うようですからね』

ケルトの大切な友人だ。

 本当はルージュとも仲良くなってもらいたいのだが、避けられているのを知っているから寄ってこない・・・。


 『ケルトとの関係を教えれば変わるだろう。ブローチを届けてくれたことを教えれば警戒しないはずだ』

『・・・ニルス様がお戻りになってからにしましょう。それまで、私のことは話さなくて結構です』

『・・・私の知らないケルトを教えてほしいんだ』

『それが本音ですか。・・・ルージュ様への隠し事が無くなってからにしてください』

私とは話してくれるが、おあずけをされている。

ルージュがハリスに懐けば、緩んで話してくれそうなんだけどな・・・。


 「ねえ、なんのお話だったの?こんな時間にわざわざ来て・・・」

「え・・・」

ハリスのことを考えていて、ルージュを無視してしまっていた。

 「聞いてた?今来た人はなんの用だったの?シロは聞こえてたのに教えてくれないの」

「あ、ああ・・・実はな・・・ふふ」

早速聞かれた。

ダメだ・・・勝手に口元が持ち上がる・・・。


 「殖の月と凪の月に祭りがあるだろう?」

「うん、楽しいから好き。お母さんたちが戦場で勝ったおかげだね」

「祭りに合わせて闘技大会が開かれる・・・母さんは出ようと思うんだ」

「えー!じゃあ、鍛錬じゃなくて真剣勝負のお母さんが見れるんだね」

ルージュが嬉しそうな笑顔を浮かべた。

ふふ・・・かわいい・・・。


 「みんなにも教えていい?」

「まだダメだよ。ちゃんと発表されてからだ。秘密にできるか?」

「頑張る・・・あ、じゃあ風神さんも出るの?」

「・・・どうだろうな、恥ずかしがり屋だからな」

待てよ・・・話してみてもいいかもしれないな。顔や髪はなにかで隠せばいい・・・。

 よし、次の水の月に聞いてみよう。鍛錬は毎日しているらしいから鈍ってはいないだろう。

そうだ、久しぶりに戦ってみてもいいな。


 「お母さんは戦いのことを考えてる時が一番楽しそう。ね、シロ?」

「ルージュも鍛えてもらったら?」

「わたしは・・・剣とか戦いは恐いよ」

ルージュが自分の考えをはっきり言ってくれた。

 恐い・・・か。

バカな母だった頃を思い出す・・・。


 「ルージュ、恐いことはしなくていいんだ。それよりも母さんはお前の応援が欲しい」

「うん、頑張る」

「僕もいっぱい応援するね」

「一番前で見たいよね」

この子はこれでいい。

なにより、痛い思いなどさせたくないからな。


 「なんか今のお母さんの顔、ちょっと不気味・・・」

「そうかな?戦場にいた時はあんな顔だったよ」

「そうなの?わたし知らない」

「じゃあ闘技大会を楽しみにしてるといいよ」

子どもたちが私の顔を覗き込んできた。

 仕方ないだろ・・・好きなんだから・・・。

待ってたんだから・・・。


 まあいい、次の春風が吹く頃・・・。

少しずつ熱を上げていこう。

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