第百三十五話 ツキヨ【シロ】
この先の未来には、楽しみなことがたくさんある。
だから僕は、あれから一度も泣いていない。
君が待っているその日へ辿り着くまで、このまま向かっていくんだ。
◆
「ふんふふーん・・・」
その男の人は、気持ちよさそうに鼻歌を鳴らしながら酒場から出てきた。
いつもああなのかな?
「シロ君、もうすぐ・・・あの角を曲がったらお願い」
「わかった・・・はい」
「うわっ・・・なんだ・・・」
指示通りに男の人の足を凍らせると、驚いた声が上がった。
「・・・どうなってんだ?なんだよこれ!」
「・・・どうかされましたか?」
そこへお姉ちゃんが音も立てずに近付いた。
うまくいくかな?
「あ、ああ・・・ちょうどよかった。よくわからないんだ。足に氷が・・・」
「氷・・・大変ですね。大丈夫、すぐに終わります」
「え・・・」
「よーく吸ってね・・・」
お姉ちゃんが男の人の口元を布で塞いだ。
すごい・・・すぐ気を失った・・・。
「なにしたの?」
「ちょっと危ないお薬。まあ、シロ君には効かない物だよ」
「やり方って色々あるんだね・・・」
僕は動かなくなった男の人を持ち上げた。
急いで馬車に運ばないと・・・。
◆
「いやー、シロ君がいると楽で助かるよ」
馬車の前で待って少し、お姉ちゃんが追い付いてきた。
早いな・・・。
「もう積み終わったよ。ねえねえ、あの人は何をしたの?急に呼ばれたからわかんない」
ミランダとお買い物をしてた時、テッドおじさんから「暇だったらセイラの手伝いを頼む」って呼び留められた。
それで気配を探して飛んできたら、簡単な説明だけされて「じゃあ作戦開始ね」って感じでこうなっている。
「誘拐・・・人身売買・・・中には小さな子どももいたみたい」
「え・・・みんな無事なの?」
「見つからない人もいる。まあ、ここからはわたしの仕事じゃないから任せるけどね。・・・じゃあ行こっか、シロ君はわたしの膝の上ね」
「うん」
お姉ちゃんは僕を抱いて御者台に座った。
こうじゃないとダメらしい。
「テーゼは大丈夫かな?」
「平気だと思うよ。王都だから衛兵がたくさんいるしね。・・・大きな声では言えないけど、裏町を仕切ってる奴はお父さんが話を付けたんだって。まあ、お祭りの時期はそれでもけっこう大変だけどね」
「えーと・・・地方が危ないってこと?」
「そうね・・・たぶん」
お姉ちゃんはこういう情報をたくさん教えてくれる。
地方なら・・・バニラとシリウスにも「注意してね」って言っておかないとな。
あ・・・でもシリウスにはツキヨの人を近くに置いてるらしいから大丈夫か。
「でも、僕いる?あれでいいならお手伝いはいらないんじゃないかな?」
「いる」
「だって・・・お薬使わないで、僕が昏睡の魔法をかけてもよかった。なんか役に立ってる気がしない」
「やる気に繋がるのよ。わたしが嫌そうな顔して家を出たから、お父さんが気を利かせてくれたんだね」
なるほど、一人じゃ寂しいのか。
◆
「頑張ってね」
「ありがとう」
「あとでおいしいものよろしくって言っておいてね」
「うん」
馬車が走り出した。
馬たちも夜遅くに大変だな・・・。
「なんて言ってるの?」
お姉ちゃんが手綱を緩めた。
「あとでおいしいものちょうだいって」
「もちろん、労ってあげるよ。お休みもあげないと」
それならよかった。
いいことが待ってるなら頑張れるよね。
◆
「・・・最近は暗殺よりも、こういうのが増えて面倒なのよね」
街道をしばらく走ったところで、お姉ちゃんの呟きが聞こえた。
愚痴か・・・。
「・・・担当以外の仕事はしたくないんだよね」
「僕も時間があればお手伝いするから頑張ろうよ」
僕がお姉ちゃんを手伝ったのはこれで五回目、その中で命を奪うものは一度だけだった。
「うん、またお願いね」
「頼まれたら断れないの?」
「今は無理だね。・・・戦場が終わってから仕事が増えたのよ。ニルスにまで頼っちゃってるし・・・」
お姉ちゃんは溜め息をついた。
少しでも楽になれるように安らぎの魔法をかけててあげよう。
「ニルスにはどんなお仕事頼んでるの?」
「盗賊団の捕縛とかだね。ロレッタへの街道はけっこう出るのよ。あの子一人で何十人も捕まえてる」
盗賊団か・・・まあ、あれだけ強いし軽くこなしてそうだ。
「そうなんだ・・・暗殺は?」
「かわいいニルスとシロ君にそんなことさせるわけないでしょ。ステラさんが目覚めるまでって聞いてるし、そういう仕事は回してない」
たしかに僕が手伝ったのも、防音の結界だけだったな・・・。
「それに、本当はツキヨに入った人には、過去にあった凄惨な出来事とかも教えられるの。そういうのも話してないしね」
「たとえば?」
「かわいい君たちには教えなーい。お父さんも話さなくていいってさ」
「ふーん・・・」
まあいいか、僕たちは旅に出るまでだしね。
『ツキヨには、あまり深入りしない方がいいですよ』
そういえば、ハリスからもちょっとだけ言われたことあったな。
だから今の関わり方くらいでいいんだろう。
「お姉ちゃんも盗賊団をやっつけたりできるの?」
でも、気になることは聞いていこう。
「そうね・・・シロ君がいればできるかな。わたしは本来三本目、だから普通の戦闘はキツイのよ」
お姉ちゃんは指を三つ立てた。
ツキヨは、民の幸福のために王様の下でなんでもする人たちだ。
各地の情報を集めたり、怪しい集まりとかに潜入したり、表に出せない悪い人の命を奪ったりっていうのをやっている。
今は忙しいみたいだけど、本当は役割が決まっている。
お姉ちゃんが言った「三本目」は暗殺、「一本目」は情報収集、「二本目」が潜入って意味だって聞いた。
「今日みたいに四本目だと、一人じゃかったるいのよねー」
「じゃあ僕が手伝ったのは、一回が三本目で、残りは四本目?」
「その通り、ニルスがやってるのも四本目ね」
お姉ちゃんは「えらいね」って僕の頭を撫でてくれた。
「四本目」は、その他のこと全部って意味だ。
ちゃんと教わったことは憶えてる。
「三本目ならかなり自信あるんだけどね」
「仕事で抵抗されたこと無いの?」
「無い、抵抗される前に済ませるし」
「じゃあ、お姉ちゃんに狙われたらもう終わり?」
自信満々だからどう答えるのか気になった。
「そうだね・・・暗闇で背後なら誰でも・・・あ、絶対無いけど、騎士のおじいちゃんは無理かも」
「おじいちゃん?」
「うん、もしあの人で依頼来たら断ると思う。強いのもあるんだろうけど、常に気を張ってて油断とか甘さが無い。たぶん寝こみでも厳しいね。あれより若い時に認められたお父さんって、相当強かったんだなって思ったよ」
お姉ちゃんは体を震わせた。
殺し屋って、会う人をみんなそういう目で見てるのかな・・・。
◆
「戦場が終わった少し後から・・・神が戦場を終わらせるはずはないって考えを持つ人たちが出てきてるのよ」
お姉ちゃんは震えが治まると、別な話を始めた。
戦場は間違いなく終わってるけど・・・。
「まあ、間違ってはいない気もする。ジナスは続ける気だったし・・・」
「事情を知ってる人からしたら、邪神を信仰してるって所なのかな」
神ですらなかったんだけど、あんな奴でも信仰する人がいるのか・・・。
「それで?」
「それだけ。・・・目立った動きは今のところ無い。戦場の復活を祈ったり、謎だけど魔物を捕獲して保護したり、悪いことはしてないんだよ。ただ・・・わたしの予想では、その内消せって依頼が来ると思う」
「危ないことはしてないんでしょ?どうしてわかるの?」
「カン・・・かな」
お姉ちゃんは三日月みたいに目を細めた。
戦場が終わったことでちょっとだけ混乱があるみたいだけど、ステラが起きる時までには落ち着いててほしいな。
「あ・・・ちょっと止めるね」
お姉ちゃんが手綱を引いた。
「・・・あの人、目が覚めたみたいだからもう一回眠らせないと」
「あ・・・ほんとだ。僕も行く」
馬車の荷台からうめき声が聞こえた。
すごいな、話しながら後ろにも気を配ってたのか。
◆
「ねえ、ちょっとお話ししてみていい?」
「また?・・・少しだけだよ」
「うん、少しだけ・・・こんばんは」
僕は男の人の目隠しを外した。
「・・・」
男の人は鋭い目で僕たちを睨んでいる。
自分の状況は察しがついてるって感じだから、あんまり刺激しないように話そう。
「ねえねえ、なんで悪いことするの?悲しんでる人もいるんだよ」
「ガキが・・・」
「誰かに頼まれてるの?」
「逃がしてくれたら教えてやるよ・・・」
みんなこうだ。僕が聞いてもまともに答えてくれない。
・・・なにかあげれば少しは気が変わるかな?
「お菓子食べる?」
「後ろの女なら食ってもいいな」
「・・・シロ君、話にならないよ」
お姉ちゃんは呆れた声を出した。
でもこの人、反応はしてくれるんだよね。
今までの人は、なにも話してくれなかったからちょっと違う。
じゃあ・・・。
「お兄さんこれ知ってる?雲鹿っていう動物の角で、僕の宝物なんだ」
「おお、懐かしいの持ってんな。キビナに行ったことあんのか?」
あ、なんか顔が変わった。
「お肉も食べたことあるよ。柔らかくておいしいよね」
「一晩中煮込んだ軟骨もうまいぞ。今度食わせてやるから逃がしてくれよ」
「・・・バカじゃないの?シロ君、もうおしまい」
「・・・」
お姉ちゃんがまた口を押さえると、お兄さんはすぐに眠った。
なんかそんなに悪い人には見えなかったな・・・。
「気を許しちゃダメよ。逃がしたらまた同じことをする・・・そういうものだから」
「そうなんだ。ねえ、この人はどうなるの?」
「素直に知ってることを話せば、開拓地でのキツーい労働。もし意地を張ってたら・・・痛い思いをするんじゃないかな」
「命までは取られないんだ?」
「たぶん・・・ね」
そこはお姉ちゃんにもわからないみたいだ。
でも開拓地で仕事が貰えるならいいんじゃないかな?
・・・僕なら正直に話すかも。
「それと・・・またシロ君って呼んじゃってごめんね。仕事中は切り替えないと・・・」
「僕はなんでもいいんだけど・・・」
仕事中には別の名前があって、それで呼ぶのが決まりらしい。
僕は「チチツバメ」って名前が付けられた。
「チチ」は「乳」で髪の毛の色から、「ツバメ」は飛ぶ姿から。
あくまで仕事中だけで、日常生活で呼び合うのはダメみたい。
◆
「シロ君はこのお店で待ってて。なんでも頼んでていいからね」
朝の鐘が鳴る頃に、目的の町に着いた。
捕まえたお兄さんは、これから別の人に引き渡すことになっている。
「やだ、一緒に食べたいから待ってる」
「え・・・。はあ・・・はあ・・・ダメだ・・・我慢できない・・・」
「うわ・・・」
僕の体が抱きしめられた。
もう慣れたけど、仕事終わりはいつもこうだ。
「ああ、やっぱりかわいい・・・小さい男の子・・・」
「僕・・・大きくもなれるよ」
「このままでいいの。ふー・・・落ち着いた。じゃあ待っててね」
お姉ちゃんは僕くらいの男の子が大好きだって言ってた。
悪い気はしないけど、襲われるような気がして恐い時がある。
子どもの時のニルスにも同じようにしてたんだろうな。
◆
「お待たせシロ君」
お姉ちゃんが笑顔で戻ってきた。
お仕事が終わったからかな。
「お兄さんは?」
「こわーい顔のおじさんに渡してきた」
僕はお姉ちゃんとテッドおじさん以外の人は知らない・・・というより会わせてもらえない。
たくさんいるっては聞いてるけど、全体が見えないのは変な気分だ。
「先に・・・これシロ君の報酬ね」
僕の手に分厚い封筒が渡された。
「ありがとう。ふんふん・・・たくさん入ってるね」
「裏の仕事は報酬がいいのよ」
「ミランダの所はこんなにいっぱいくれないよ」
「まあ・・・商会の給金と比べるとね・・・」
ていうか、戦士の時に貰ってた金額よりも多い。
でも・・・これでたくさんお菓子が買える。
残ったのは貯金しておこう。
◆
二人でお店に入った。
やっと食べられる・・・。
「かわいー、両手でミルク飲んでるー」
「・・・なにか変?グラスが大きいんだから落とさないようにしてるだけだよ」
「かわいいって言っただけでしょ」
お姉ちゃんは僕の食べる姿をニコニコしながら見ている。
まあ・・・いい人だし、気にしないようにしよ。
「ねえシロ君、ちょっと聞きたいことがあるんだけど・・・」
お姉ちゃんがちょっとだけ恐い顔をした。
急にどうしたんだろ・・・。
「ミランダから聞いたけど、キビナのバニラって子と仲いいの?」
「うん、仲良しだよ」
「よく遊びに行ってるの?」
「そうだよ」
お姉ちゃんも仲良くなりたいのかな?
「でも、テーゼには連れてこないよね。お祭りとか一緒に周るってほど仲良しでもないってこと?」
ん?なにが言いたいんだろ・・・。
「バニラにニルスの話をしたんだ。そしたら、みんなが揃ったらにするって言ってたの。ステラが起きるまで待っててくれてるんだよ」
「ちっ・・・そういうことか・・・」
「どういうこと?」
「・・・なんでもないよ」
お姉ちゃんは嘘をついた。
でも、なんか恐いから聞かないどこ。
◆
「じゃあ僕遊びに行くね」
朝食が済んで、街の外まで出てきた。
今日はシリウスと遊ぶ予定だ。
「え・・・テーゼまで一緒に帰るんじゃないの?」
「うん、シリウスと約束してたの。まあ、お昼までに終わらせないといけない配達もあるからそのあとだけどね」
「・・・わかった、じゃあまたお願いね」
「うん、またねー」
僕は空に飛び上がった。
最近わかったけど、ずっと高い所を飛べば目立たないで移動ができる。
これでミランダから叱られることは無いよね。
◆
「シロ、川の方に行こうよ」
シリウスは僕が来るのを庭で待ってくれていた。
・・・なんだか会うたびに背が伸びてる気がする。
「はいシロ君、堅くなったパンを甘くして蒸かしたの。おやつに食べてね」
「わあ・・・ありがとうおばさん」
「チルちゃんはそれ大好きって言ってたのよ。また来てって伝えてね」
「うん、わかった」
お母さんもシリウスと同じくらい穏やかな人だ。
遊びにくるとおやつをくれるから大好き。
僕の周りはいい人ばかりだな。
「あと、これ美容水ね」
「ふふ、ありがとう。なんだか張りが良くなったのよ」
「無くなりそうな頃にまた持ってくるね」
僕も優しくしてくれた人にはちゃんとお礼をしている。
この美容水は、運び屋を使わない分割引だ。
まあ・・・お金は王様が出してるんだけどね。
「最近父上は、ふた月に一度は来てくれるんだ。母上は三日前くらいから美容水をいつもよりたくさん使い出すんだよ」
「こら、友達に恥ずかしいこと言わないの。セレシュちゃんにお母さんからもお手紙出しちゃってもいいの?」
「え・・・それはしないでほしい」
「ふふん、なら余計なことは言わないようにしなさい」
二人はとっても仲良しだ。
王様が来た時も、こんな感じで楽しいんだろうな。
「よかったねシリウス。もうすぐ二年だし、落ち着いてきたのかな?」
「たぶんそうだと思う。この前は、一緒に種蒔きをしてくれたんだよ。ここにいる父上は、普通のお父さんって感じなんだ」
「おばさんもそう思う?」
「そうね。メルにとって、色んなことを忘れられる場所になってると思う」
二人の顔は幸福そうだ。
きっとここにいる王様も同じなんだろう。
「あ、僕たちからの手紙は届いた?」
「届いたよ。明日には返事を出すつもり」
「僕が来てることはバレてないからね」
「ふふ、ありがとう。じゃあ行こうよ」
僕がシリウスに会いに来ていることは、ルージュとセレシュには黙っている。
シリウスは、十三歳になってアカデミーを出たらテーゼに戻ってくるって言ってた。
隠してるのは、再会の時に驚かせたいからだ。
僕もその方がいいと思ったから内緒にしている。
◆
「精霊さん、ごきげんよう」
川の岸辺でおやつを食べていると声をかけられた。
あ・・・。
「こんにちは、あんまり頑張りすぎないでね」
「はい、ありがとうございます」
シリウスもいるのに珍しいな。
「あ、妖精だ。あの・・・こんにちは」
「ごきげんよう・・・人間さん・・・」
妖精は困った顔で僕を見てきた。
「この子は僕の友達だから大丈夫だよ。関わっても平気」
「そうなのですね・・・。では、さようなら」
妖精は恥ずかしそうに飛んでいってしまった。
あんまり人間と関わるなって言われてるみたいだからな。
「あ・・・行っちゃった。シロがいるから寄ってきてくれたんだよね?」
シリウスは残念そうだ。
お喋りしたかったって顔してる・・・。
「うん、精霊の気配はすぐにわかるんだって。ここみたいに自然が多いところによくいるみたいだよ」
「遠くからしか見たことなかったから嬉しいな。ねえ、みんなあれくらいの大きさなんだよね?」
「そう、手のひらくらい」
妖精・・・今まではいなかったもの、戦場が終わってから姿を現すようになった。
人間の前にはあんまり出てこない。
◆
「シロ、そろそろうちに戻ろう?今日も色々教えてよ」
シリウスが立ち上がった。
まだ明るいけど・・・。
「いいよ。シリウスは本当に勉強が好きだね」
「戦場も終わったし、これからは学問の時代だって父上が言ってたんだ。せっかくシロと友達になれたから、精霊学をもっと勉強したいんだよ」
シリウスによると、アカデミーで教わることと、僕から聞く話は違う所がけっこうあるらしい。
『正しいことをしっかり学びたい』って頼まれて、遊びに来たときに教えてあげることにしていた。
「あとで本の内容と見比べると面白いんだ」
シリウスの部屋には本がいっぱいある。
全部精霊について書かれたものらしいんだけど、僕のことは全然載ってないって聞いた。
まあ、人間の前に姿を出したのは最近だから仕方ないけどね。
でも、オーゼのことは書いてあるみたい・・・。
◆
「女神様が、妖精の女王コトノハを作って南部の端の方に置いていったんだ。僕たちほどの力は無いけど頑張ってくれてるよ」
「ふんふん・・・」
シリウスは机に座って、僕の話を綺麗な字で書き始めた。
・・・これだけで本を作れそうだな。
「妖精は今どのくらいいるの?」
「ごめん、正確にはわからないんだ。たぶん二千とか三千はいると思う。最初に会った時は百くらいだったけど、コトノハが少しずつ増やしてるから」
「力が小さいから増やしたってことだよね?」
「そうだね」
妖精に大きな力を与えなかった理由はジナスと同じことにならないようにだ。
できるのは僕たちのお手伝いくらい。
ほとんどはイナズマとオーゼのだけど、しっかり言うことを聞いて頑張ってくれている。
「妖精って、シロみたいにボクたちも触れるの?悪い人に捕まったらいじめられたりするかもしれないよね?」
「捕まっても平気だよ。僕たちと同じで、その気になれば壁をすり抜けるし、人間の武器も通じないからね」
「なら安心だね」
シリウスはよく知らない妖精のことまで気にかけてくれてる。
変わらず優しいままだ。
「妖精の女王は南部って話だけど、精霊はいないの?」
「僕がいるよ」
「元々任せられたのは北部でしょ?お城も北部にあるし」
どうしよう・・・。
ジナスのことを話すわけにはいかないし・・・嘘もつきたくない。
「女神様にそうしなさいって言われたんだ。・・・僕は王様だから南部もたまに見なさいって」
嘘では・・・ないよね。
「そうなんだ。ありがとうシロ」
「みんなに話すの?」
「まだそれは考えてない。子どもの僕が言っても信じてもらえないだろうし、証拠も見せられないから・・・とりあえず今は勉強中って感じだね」
シリウスは照れながら笑った。
学者さんにでもなるのかな?
まあ、やりたいことがあるなら王様も応援してくれるだろう。
「あ・・・そうだ。いつも聞こうと思ってて忘れてたことがあるんだ」
「なに?」
「女神様って名前あるの?」
「え・・・名前・・・」
僕は自分の記憶を探った。
そういえば・・・知らない。
あるのかな?僕もみんなも「女神様」ってしか呼ばないし、作られた時からそうだったから気にしたことなんかなかった・・・。
「ごめん・・・わからないんだ・・・」
「教えてもらってないの?」
「うん、たぶん誰も知らないと思う」
「あ・・・気にしないで、なんとなく知りたかっただけだから・・・」
シリウスは僕に気を遣ってくれたみたいだ。
知ってたら教えてあげたいんだけど、女神様は境界で手いっぱいだしな。
こんなことで呼びかけたら鬱陶しいよね。
・・・ステラが起きて、消失の結界を無くしてもらう時に聞いてみよう。
◆
「あ・・・じゃあ、僕そろそろ行くね。おばさん、おやつごちそうさま」
夕方の鐘が鳴った。
シリウスは明日もアカデミーだから僕がいると夜更かしさせてしまう。
「また来てちょうだいね。それと、メルに会ったら無理しないでちゃんと休んでねって伝えて」
「わかった」
「疲れたら来てねっても」
「うん」
必ず伝えてあげよう。
王様も喜びそうだしね。
「またねシロ、ちゃんと手紙の返事書いてね」
「うん。・・・そういえばセレシュにはどんなこと書いてるの?見せてくれなくなったんだ」
セレシュは、返事をいつの間にか一人で書いて出すようになっていた。
ルージュは「一緒に書こう」って言ってくれるんだけどな。
「そうなんだ、変なことは書いてないんだけどな・・・。最近だと、精霊学を勉強してる・・・とかだね」
それなら見せてくれてもいい気がするけど・・・。
「ふふ、シロ君はまだまだ子どもね」
おばさんがニコニコし出した。
知ってるのかな?
「どういうこと?」
「そのままの意味よ。セレシュちゃんはシロ君よりも大人ってこと」
・・・よくわかんないな。
「なんでかわかった時、大人になるのよ」
「いつわかるの?」
「人によって違うから、いつっては言えないわね」
そうなのか・・・じゃあ待ってよ。
「大人か・・・早くなりたいな。・・・あ、そうだ、セレシュも精霊学を勉強したいって書いてたんだ。シロから教えてあげてよ」
シリウスも・・・わかんないんだろうな。
「うん、そうするよ」
「あ・・・それと・・・ちょっと聞きたいんだけどさ・・・」
シリウスは急に真面目な顔になって、僕の耳に口を近付けてきた。
内緒の話?
「たまに・・・ティムさんって人のことが手紙に書いてあるんだ。年上で、とっても優しいって・・・勉強も教えてくれるって・・・」
・・・ティム?
「そうだね、セレシュとルージュのお兄ちゃんって感じだよ。お休みの時、一緒にお買い物行ったりもしてる」
「えっと・・・大丈夫だよね?」
「なにが?」
ティムは荒っぽいとこもあるけど、二人に乱暴なことはしないから心配無いと思うんだけどな。
「あ・・・あの・・・なんでもない」
「ふふ、変なの。じゃあまたねー」
僕は空に飛び上がった。
もう暗くなってきたから、そんなに高い所じゃなくても大丈夫そうだ。
さてと・・・今日はどっちに帰ろうかな。
ミランダの所か、お母さんの所か・・・。
◆
「精霊さん、ごきげんよう」
飛んでいると、さっきのとはまた別の妖精が話しかけてきた。
「やあ、今日は何してたの?」
「痛んだ大地を癒し、花の種を届けました」
「ありがとう。あんまり頑張りすぎないようね」
「はい、さようなら」
たぶん、僕たち精霊を見かけたら挨拶するように言われてるんだな。
そんなに気を遣わなくていいって、今度コトノハに呼びかけで教えてあげよう。
・・・大地ってことは、イナズマの手伝いかな?
僕にも言えばいいのに・・・。
・・・そうだ、今日はニルスの所に行こう。
イナズマにも会いたいし、決まりだね。
明日はそのままキビナに行ってバニラと遊んで、そのあとはシルと遊んで、夜はおじいちゃんの所に行って・・・楽しみだな。
二年・・・僕はずっと笑えてる。
遊びとお仕事で飛び回る毎日はとっても楽しい。
きっと今の顔で迎えに行けば、ステラも喜んでくれるだろうな。




