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Our Story  作者: NeRix
地の章 第一部
13/481

第十二話 巣立ち【アリシア】

 一年と少しか・・・。

このままでは色々いけない気がする。

現に、聖戦の剣に映る自分の顔は満たされていない。


 「ニルス・・・起きたらちょっと外に出てみようか」

我が子・・・ニルスはとてもかわいい。

戦えなくても、この顔を見ているだけでよかった時期もあった。


 だが、私の心はまた戦場へと傾いている。


 「聖戦の剣・・・ケルト・・・」

剣を持ったのも久しぶりだ。

ケルトに打ってもらってからまだ一度も戦場に出ていない・・・。

 「ニルス、母さんはまた戦場へ行きたいんだ。どう思う?」

なにも知らずに眠る我が子に問いかけた。

 

 そういえば、前に子どもができたらって考えたことがあったな。

世界一強くして・・・一緒に戦場で・・・。

これができたら幸せな気がする。



 「アリシア、入りますよ」

セス院長が私の部屋に入ってきた。

たぶん目的は・・・。

 「ニルスを」

「あ・・・はい」

よく抱きに来てくれる。たぶん、孫みたいに思ってくれているんだろうな。

・・・まだ三十一だから若すぎるか。


 「あなたとこの子の将来についてお話をしに来ました」

セス院長は私を見つめてきた。

真面目な感じだ。


 「まず、父親には必ず会わせるのですよ。そして、抱かせなさい」

「はい・・・そのつもりです」

子どもができたことは報せていなかった。


 『場所を知ってるのは俺たちくらいだ。セイラも喜ぶから伝えに行ってやってもいいんだぞ?』

『いえ・・・驚かせたいので・・・』

テッドさんから申し出はあったが断った。

誰かからじゃなくて私から教えたい。

 ケルトはきっとニルスのことも愛してくれる。

抱かせたらどんな顔をするのかな?・・・そろそろ見たい。


 「では馬車の手配をして、明日にでも出ます」

「何を言っているのですか!この子はまだ生まれて四ヶ月ですよ!」

「え・・・」

「そんな子を連れて馬車で旅なんてさせられるわけがないでしょう!」

怒られた。

会えって言ったのは院長なのに・・・。


 「・・・失礼しました。たしか、火山の精霊と契約をして動けないのでしたね」

「そうです・・・」

「馬車での移動中にニルスが熱を出したらどうするのですか?せめて・・・一歳になるまでは待ちなさい」

ああそうか、この子のことを考えていなかったな。

仕方がないことだから我慢しよう。


 「もう一つ・・・決めるのはあなたですが、できれば戦士を辞めてその方と共に暮らすことはできませんか?もしくは、ルルのように街で生きることも考えてほしいです」

セス院長はそういう生き方もあることを教えに来てくれたんだろう。

でも、私は・・・。

 「院長、私は戦いたい・・・です」

「・・・ええ、知っています。たしかに戦士は稼げますが・・・死んでしまったらどうするのですか?」

「そうならないように鍛えます。・・・これしかないのです」

現に戦場を思うと熱が上がる。

またあそこに行きたいんだ・・・。


 「考えは変わりませんか?」

「はい、死なないので安心してください」

「・・・私はもうなにも言いません。ただ、ニルスが不幸にならないように・・・約束してください」

「はい、約束します」

かわいいニルスを残して死ぬはずがない。

必ず帰ってくるつもりだ。



 「よしよし・・・お母さんに似てはいけませんよ」

セス院長は話が終わってもニルスを返してくれなかった。

私も抱いていたいのに・・・。


 「・・・巣立つ前に子どもを作ったのはあなたが初めてですね」

「あ・・・すみません」

「責めてはいませんよ」

でも・・・ちょっとだけ気になる言い方だ。

というか、なにを思っているのかはなんとなくわかる。


 ここは孤児院、親のいない子が来る場所だ。

私とニルスは親子、寂しくなってしまう弟妹たちもいるだろう。

 みんなは今まで通り接してくれて、ニルスもかわいがってくれているが本当の所はわからない。

だから・・・。


 「院長、私はそろそろ出て行こうと思っています」

十五になる前にそうした方がいいのかもしれないと考えてはいた。

困らないくらいのお金もあるしな。

 「・・・十五までいていいのですよ?」

「いえ・・・私たちは親子なので・・・」

「・・・ごめんなさいアリシア」

セス院長は、本当に申し訳なさそうな顔をした。

口に出したくはなかったんだろうな。


 「でも・・・気にしなくていいのです。そういう決まりなので誰も文句は言いません」

孤児院は基本的に十五までいていいことになっている。


 アカデミーは十三歳で終わりだが、成人するまでは二年の期間がある。

本来はその間に仕事を探したり、さらに知識を付けるために上のアカデミーに行くかを決めることになっていた。

 働く場合は成人した十五歳でここを巣立つ。

その時に孤児の支援団体から支度金も貰えることになっていて、当面の生活はできるようになっている。

 だが・・・出たら戻ることは許されない。

ここは子どもたちのためにある場所であって、大人の面倒まで見てくれるはずがないのだ。


 「私には報奨金もあります。なので自分のことは・・・もう自分でできます」

「わかりました。まあ・・・あなたには戦士の方たちもいます。いい人ばかりのようなので、困ったら迷わずに頼りなさい」

「はい。そうだ・・・私がここに来た時の話を・・・」

巣立つ時には、自分が孤児院に来た経緯を話してもらえることになっていた。

叫びの力の秘密くらいはわかるのかな?


 「あまり話せることはないのですが・・・」

セス院長は少し困った顔をした。

まあ、聞いておこう。



 「・・・本当にこれだけなのです」

話はすぐに終わった。

 「そうですか・・・」

「あなたに近しい人の手がかりはなにもありません・・・」

・・・仕方ないな。


 種の月、春の花が咲く頃だったという。

強い風と晩鐘、セス院長が気付くと孤児院の入り口に丸裸の私がいたそうだ。

 「アリシア」という名前は私の手の甲に書かれていて、触れると消えたらしい。

それだけ・・・。


 「では、クラインという名は誰が?」

「私が若い時に出逢った旅の楽師さんの名前を勝手にいただきました。・・・素敵な人だったのですよ」

院長は少しだけ頬を染めた。

・・・「クライン」はなんの意味もなかったのか。


 「もしかして・・・ルルもそうなのですか?」

ふと友達のことが気になった。

私と同じくらいの時期にここに入ったことしか知らない。

 「いえ・・・ルルは母親が連れてきたのです」

「教えていただけるのですか?」

どうせダメだろうと思って聞いたが話してくれるらしい。


 「実は・・・ルルにはずっと前に教えてしまったのです」

「え・・・でも決まりでは・・・」

「あなたが守ってあげていたけれど、あの子はよくからかわれて泣いていたでしょう?・・・いらないから捨てられた。その言葉でとても傷付いたようなのです。・・・泣きながら何度も教えてと・・・根負けしました」

たぶん、言った奴は私が殴った誰かなんだろうな・・・。


 「ルルは母親が連れてきました。父親は漁師でしたが海で帰らぬ人になり、母親も病気で長くなかったのです。両親も孤児同士で、頼れる者もいなかったと言っていました」

「じゃあ名前も・・・」

「はい、彼女のルル・ブルームという名前は母親から直接聞いたので間違いありません。というか、ちゃんと出生届も出されていました」

私のは拾われた日付で院長が出してくれたらしい。

だから誕生日も合っているのかは謎だ。


 「ルルのためにとお金も預かっています。だから愛されていなかったわけではないの。ちゃんとあの子の未来を考えて、私に託してくれたのです」

「ルルは安心しましたか?」

「はい、それからは少しずつ強くなっていきましたね」

たしかにそうだな。

 いつの間にか、からかわれても泣かなくなっていた。

たしかアカデミー最後の日は、みんなと笑って握手をしていたっけ・・・。


 「そしてあの子がここを巣立つときに、お墓の場所を教える約束をしました」

「それは話さなかったのですか?」

「全部は・・・決まりなので。それと、今聞いたことは秘密ですよ。守ってくれていたあなただから話したのです」

「わかりました」

これはルルだけのことだ。

だからずっと秘めていよう。


 「明日は住む場所を探しに行ってみます。見つかるまではここにいますが・・・」

「そうしなさい。あなたたち二人の幸福を願っています」

私たちには新しい巣が必要だ。

ニルスが気に入るような住みやすい家を探そう。


 「あの・・・そろそろニルスを返してください」

「・・・いやです。あなたは夕食の買い出しに行ってきなさい」

「欲しいなら・・・セス院長も相手を見つければ・・・」

「子どもは好きですが男性に興味はありません。・・・ちなみに、楽師のクラインさんは女性でした」

セス院長は胸を張って言い切った。

 そうだったのか・・・。

もうなにも言わないでおこう。



 「母さんの腕は硬いかもしれないがお前を抱いていたいんだ。しばらく我慢するんだぞ」

朝早くに、ニルスを抱いて外へ出た。


 「今日は訓練場に行くんだ。家のことは誰かが教えてくれるはずだからな」

私が頼れる大人は戦士のみんなしかいない。

あれだけいるんだから詳しい人もすぐ見つかると思う。

 

 こうなるなら王への願いは家を建ててもらうでもよかった気がする。

あ・・・でもそうしたらケルトには会えなかったか。

 『わあ・・・この指輪綺麗だね』

『好きなのを選んでいい。王の奢りだからな』

『ほんとに?』

『本当だ。この店の物全部持っていってもいい』

『お前が決めんな・・・。ていうか、いいのを作ってやるよ』

それにルルをユーゴさんの店に連れて行った時は喜んでたな。

なら、まあいいか。


 とりあえず訓練場に行こう。



 まずはべモンドさんの部屋に挨拶をしに来た。

一番上だから当然だ。これくらいは私でもわかる。


 「私は便利屋ではないぞアリシア。・・・静かな子だな」

べモンドさんは嬉しそうな顔でニルスを抱いてくれた。

機嫌がいいみたいだし、このまま預けていよう。


 「・・・私も子どもの一人くらい作っておけばよかったな」

「今からでも遅くないのでは・・・」

「・・・忙しすぎる。軍団長なんかになる前にそうしておいてもよかったという話だ」

「相手はいたのですか?」

「昔・・・一人な・・・」

この人は戦士になる前は冒険者だったと聞いたことがある。

・・・人の過去を詮索するのはやめよう。


 「髪と・・・目元はお前と同じだな」

「そこ以外は父親似です」

「・・・本当に静かだ」

ニルスは誰に抱かれても泣き喚いたりしない。

おとなしすぎるような気もするが、乳はしっかり飲むので心配はないだろう。


 「・・・住む家が欲しいんだったな?」

「はい、どうやったら家が手に入るのですか?」

「どうやったら・・・戦い以外は興味が無かったんだな。アカデミーにはちゃんと通っていたのか?」

「・・・なぜみんな同じようなことを言うのですか?」

ルルと一緒に休まず通っていた。

どういう意図で聞いているのかはなんとなくわかるが・・・。


 「じゃあどうやったら家が手に入ると思う?考えつくものを言ってみろ」

「ええと・・・例えば、最近東区で一家全員が殺されたという話を聞きました。大きな屋敷で、今は誰も住んでいないそうです」

「・・・お前は本気で言ってるのか?あの家の主は、多くの人から金を騙し取っていた。恨まれすぎて親子三人、子どもはまだ幼かったらしい・・・それに使用人も全員やられたんだぞ」

子どももいたのか・・・。

気の毒だが、逆に考えれば家族で住めるということだ。

 

 「経緯は知りませんでしたが、誰も住んでいないのなら私たちが貰ってもいいのでしょうか?ここと同じ東区、近いですし・・・」

「雷神に怖いものは無いんだな・・・。普通の人間は気味悪がって近寄らない。お前たちにも近寄らなくなるかもな」

「え・・・それは困ります・・・」

ルルも来てくれなくなるだろうか?

・・・嫌だな。


 「じゃあどうしたらいいのか教えてください。親子である私たちは、あまり長く孤児院にいてはいけないと思うのです」

「・・・いいだろう、信頼できるところを紹介してやる。間取りや内装はお前の希望を伝えろ。それと・・・できるまでは宿舎を使え、世話を焼いてくれる者も多くいるだろう」

「ありがとうございます。住む場所は、できれば静かな所の方がいいのですが言えばなんとかなるでしょうか?」

叫びの力を鍛えたい。それに一人で剣を振っている時も声を上げたりすることがある。

だからそういう場所がよかった。


 「東区の端がいいだろう。市場や大通りまで距離があるせいか、住みたいという者が無く、まだ野原のままだ」

「いいですね。そこにしようと思います」

「とりあえず、何度かは私も同行してやろう」

「え・・・ありがとうございます」

なら面倒な話は任せよう。

でも、ちゃんと恩返しはしないとな。


 「あの・・・よくしていただいているので、なにかお礼を・・・」

「・・・別にいらない。家については知り合いがいるだけ、出産は決まりに従っただけだ」

「そんなことはないと思います。・・・まず、なにもしていない私が報酬の入る待機兵というのはおかしいですよね?」

「・・・お前が戦場に参加しなかった二回、死者が増えたんだ。一度負けもしたな・・・」

べモンドさんは、私の質問に答えてくれなかった。

 負けたのは知っている。

私が出ていれば・・・そう思った夜もあったな。


 「雷神がいなかったから・・・そう思わないか?」

「私が・・・」

「礼がしたいならそれでいい。お前はまだ若いが・・・希望を感じるんだ」

頼られているのだろうか。

・・・私も早く戻りたい、また戦場で戦いたいんだ。


 「千人の選出に時間がかかっている。死者が多かったからな」

「あの・・・殖の月・・・次の戦場に私は出れますか?」

「・・・腕が落ちていなければ、ジーナの隊に入れよう。・・・ニルスがいる。無理だと思えば出さん」

「ありがとうございます!!!」

やる気が出てきた。

ニルス、母さんはまた戦場に戻れるぞ。


 「・・・じゃあ、気分転換に出るか。家の話をしに行こう」

「はい」

「ニルスは・・・このまま私が抱いていく」

「・・・はい」

そろそろ返してほしかったのに・・・。



 「本当に野原ですね」

べモンドさんと一緒に土地を見に来た。

だだっ広いだけ、ここがテーゼだと言われても信じられないほどだ。


 「ニルスが泣いても問題ないな」

「はい、いい場所だと思います」

これなら叫んでも大丈夫だな。

 「気に入ったのなら早速店に行くぞ」

「はい、ここがいいです」

ニルスは夜泣きもしないが、もしそうなっても誰にも迷惑がかからない。

なんだか、私のためにあった土地だと思える。

 


 「ずいぶんこじんまりした家になるな」

設計士の事務所に連れてこられた。


 「でも・・・これ以上大きくても困ります」

色々希望を伝えて、簡単な間取り図ができあがった。

炊事場、風呂、寝室、物置、将来のニルスの部屋、それくらいあれば充分だ。


 「とりあえず廊下や階段なんかは広めに作ればいい。狭くて動きづらいのは嫌だろ?」

「ああ・・・そうですね。それでお願いします」

「他に注文はないのか?たとえば、壁や天井に模様を入れたいとか」

「いや・・・特に・・・お任せします」

やっぱり一人じゃなにもできなかった。

院長の言った通り、大人に頼るのが一番いいみたいだ。


 「それと、お前はまだ成人前だ。金は出してもらうがまず私の名前で買う」

「意味がわかりません。それに次の種の月で十五になります」

「・・・すぐに必要なんだろ?次に来た時に金額が出て契約となる」

べモンドさんが眉間に皺を寄せた。

 「まだ税を払う必要のないお前には居住権が無い。だから本当は種の月まで家を買えないんだよ」

「税・・・」

「今は子どもの扱いだから必要ないが、成人したら払わなければならない。そうしなければ居住権が与えられないんだ」

そうだったのか・・・。

 

 「居住権を手に入れたらお前の名前に変更する。いいか、よく覚えておけよ?」

「はい、ありがとうございます」

「お前を育てた院長や、受け持った教官はとても立派な人間だと思うよ。・・・苦労したんだろうな」

べモンドさんは溜め息を零した。

なるほど、知っていて当たり前のことだったんだな・・・。



 「アリシア、最近運動不足だろ?」

帰り道、べモンドさんが微笑んで私を見てきた。

 たしかに全然動いていないな。

色々うまくいきそうだし、剣を振りたい。


 「私と・・・勝負してみないか?」

「え・・・」

胸が震えた。

戦士最強の男の実力を見れる・・・。


 「雷神が弱くては仕方がない。次の戦場に出られるか、今日判断してみようか」

「望むところです!」

「訓練場に戻るぞ」

私には聖戦の剣がある。

ニルスのためにも、自分のためにも、ここで力を見せなければ。


 

 「なになに・・・ボクはジーナさんのおっぱいが飲みたいって?」

「あんた出ないだろ・・・そろそろ焦ったらどうだ?」

「・・・なんも知らないくせに言ってくれるわね。ていうか焦ってんのはウォルターとエイミィだよ。アリシアに先越されたせいだね」

「ああ・・・なかなかできないらしいからな」

夕暮れ間近の訓練場には、ジーナさんとイライザさんだけが残っていた。


 「二人を繋いだ私としてはちょっと気まずいんだよね」

「宿にぶち込んだだけだろ・・・」

「いや違う、エイミィが困ってたから助けたんだよ。あれで決心したからね」

「ウォルターに寝取らせただけじゃないか」

ちょうどよかったからニルスを預かってもらっている。

あの二人なら安心だな。


 「・・・全力で来い」

「そのつもりです」

軽くだが剣を振ってみた。

・・・なんだろう、前と同じくらい動けそうな気がする。


 「真っ直ぐいきます!」

大きく息を吸い込み、おもいきり踏み込んで駆け出した。

 ・・・いける。

体が思った通りに動く、一年の空白が無かったように軽い。


 「私もその方が好きだ。新しい剣を見せてくれ」

べモンドさんが腰の剣を抜き振りかぶった。

・・・ぶつかる。今だ!!

 「止まれーー!!!!」

喉を震わせた。

この力があれば・・・。


 「叫び・・・この程度か?」

私の読みは外れた。

固まるはずのべモンドさんは、叫びをものともせずに剣を振り下ろそうとしている。

 「な、なぜ・・・」

心を乱すな!私の剣は壊れない!

すぐに受け流し、踏み込んで斬り払った。

 当たらない・・・だがそれも考えの内だ。

すぐに後ろへ跳び、着地と同時に踏み込んで突いた。

べモンドさんは軽く躱し、余裕の笑みを浮かべている。


 「当たらないな。・・・小娘」

安い挑発・・・乗ってはいけない。

頭ではわかっているが、勝手に体温が上がる。

 「歳は関係ない!!!」

怒り任せで剣を振った。

受け止めにきた剣が粉々に砕け、地面に落ちていく。


 「なるほどな・・・。勝負ありだ」

べモンドさんが構えを解いた。

薄ら笑いはいつの間にか消えている。


 「へー・・・べモンドが負けたんだ。言いふらしてやろ」

「やるじゃないか・・・」

ジーナさんたちも驚いていた。

ニルスも・・・こっちを見ている気がする。


 「まるでおとぎ話の剣だな。・・・アリシア、戦場へ出ることを認めよう」

べモンドさんは武器だったものを投げ捨てた。

・・・本当にいいのか?

 「その剣を打った鍛冶屋は、我々に協力してくれないだろうか?できれば同じものが人数分あれば助かる」

「それは難しいと思います。誰にも言わないと約束していただけるならお話できますが・・・」

「・・・わかった。ジーナ、イライザ、もう少しニルスを預かっていてくれ。アリシア、奥まで行こう」

べモンドさんは応じてくれた。

ケルトの命はあと二つ・・・人数分などとんでもない。



 「命・・・わかった、諦めよう」

精霊鉱のことを教えると、べモンドさんは素直に受け入れてくれた。

 「お願いします。あの人には静かに暮らしてほしい」

「心配するな。誰にも言わん」

この人は信用できる。約束は守ってくれるだろう。

 

 「あの・・・それと、さっきの戦いでなにか私に指摘はありませんか?」

せっかく勝負をしたからたくさん言ってほしいと思った。

私自身が納得できていないからだ。


 「指摘・・・特にないな」

「そんなはずはありません。挑発に乗り、熱くなってしまいました」

「ああ・・・小娘か」

冷静さを失ってしまうということは、私自身でも思うところはあるんだろう。


 「いや、お前はそれでいい。戦場ではもっと熱くなれ」

「冷静な判断も必要だと思います。どんな時でもそうしろと、最初の戦場で教えてくれたではありませんか」

「熱いままそれができるようにすればいい。・・・体に浸み込ませたものは無意識でもできる」

熱いまま・・・そうなれたらいいな。


 「あ・・・そういえば叫びは効いていなかったように見えました。実力の差が離れすぎているからですか?」

「気になるか?」

「今になって思いますが、あなたになら小娘と言われるのも仕方がない」

「ふ・・・ははは」

べモンドさんが笑い出した。

誤魔化さないでほしいな。


 「経験が違うからな・・・。その内わかるよ」

「教えてはくれないのですね」

「そんなことはないぞ。小娘にはちゃんと教えてやる」

べモンドさんは空を見上げた。

 「叫びは気合いで跳ね返せるようだ。来ると知っていれば耐えられる。・・・大事なのは経験だ。お前はこれからもっと強くなるだろう」

「・・・努力します」

経験を積めば、この人に余裕で勝てる日が来るのだろうか・・・。


 「それに、私が敵わない者もいる」

「誰ですか?」

「イライザ・・・腕力だけは勝てん。・・・どうなってるんだろうな」

「たしかに・・・あの人はおかしいと思います」

二人で笑い合った。

まだまだ遠い人たちがたくさんいるんだろうな。



 三ヵ月が過ぎ、種の月の最終日。

・・・戦場の前の晩。

私はルルへニルスを預けに来た。


 「ほらニルス、お母さんに絶対帰ってきてねーって」

ルルは私が戦士の宿舎に移ってから少し経ったあとに部屋を借りて、一人暮らしを始めていた。

だから・・・こういう時に頼りになる。


 「遅くても昼前には迎えに来る。引き受けてくれてありがとう」

「ニルスのためにちゃんと帰ってきなさいよ?そして、みんなを酒場に連れてくること。それに十五になったんだから成人のお祝いもしないとでしょ」

「ありがとう。ニルスを一人ぼっちにはしないよ」

死ぬつもりはない。言われなくても必ず帰ってくるつもりだ。


 「アリシア、あなたがこれからも戦場に出るならニルスの面倒はあたしが見ようか?・・・戦場とニルス、どっちもは難しいと思う。この子が寂しい思いをするかも」

ルルがニルスを抱く手に力を込めた。

 「本当は・・・戦士を辞めた方がいいと思う」

「ルル・・・」

「ニルスがいるんだよ?お母さんが帰ってこなかったら・・・」

ああ・・・そういえば・・・。


 『結婚したり、子どもができたりするとみんな戦士をやめる。だから若いのが多いんだ。お前みたいに恐いもの知らずがな』

『俺から見れば、愛する者がいて戦場に出てる奴はみんな異常者だ・・・』

テッドさんが言っていたこと・・・。

 私もそうなのかな?

いや・・・私は必ず帰ってくるから違う・・・。


 「死なないように鍛えてきたから大丈夫だよ。だからニルスも寂しい思いはしない。・・・まあ、戦場に出る日は見てもらいたい」

「・・・わかった。ニルスのこと、しっかり育てるのよ?」

「ルルは心配性だな。じゃあルル、ニルス・・・行ってくるよ」

「・・・」

ニルスは離れる私の顔をずっと見ていた。

・・・必ず勝つ。そして、早く帰ってやろう。

どうでもいい話(1)


第一話の初稿は、最終話を書き終わったあとに完成しました。



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