第百十七話 誰かが【シロ】
ニルスは、セイラさんがいたから旅人を夢見たって言ってた。
つまり、僕が立ち上がるきっかけを作ってくれた人ってことだ。
運び屋さんをやっていて、一人で色んな場所に行っているらしい。
いったいどんな人なんだろう?
・・・早く来ないかな。
◆
「変ね・・・」
「話し込んでるのかな?んー、でも約束破ったこと無いよね」
僕たちはいつものテーブルでニルスたちを待っていた。
「待っていればその内来るじゃろ」
でも、そのニルスが姿を見せない。
なにしてるんだろ?
「ステラ、セイラさんてどんな人だろうね」
待ち疲れたミランダがいじわるな顔になった。
「ミランダ・・・私が嫉妬するとでも思ってるの?他の女性といるからってなんとも思わないわ」
「揺るがないんだね」
「そうね・・・。ああでも、アリシアだけは別。ニルスの近くにいるだけでイライラする」
「母親を女って見るのはステラくらいだよ・・・」
ずっと待ってるのつまんないな・・・。
「ルルさんの料理が食べられるだけで幸せです」
「ありがとう、あなたのために作ったんだから・・・ほらグレン、口を開けて」
隅のテーブルではルルさんとグレンが仲良くしている。
あっちは楽しそうだけど、二人きりにしておいた方がよさそうだ。
「ねえねえ、次のお休みは一緒にお出かけしようよ」
「じゃあ、劇場に行きませんか?今は喜劇をやってるんです。ルルさんがおもいきり笑う顔・・・見たい・・・かな」
「え・・・えへへ。いいよ、あたしもそんなグレンを見てみたい」
ルルさんは求愛された時よりも幸せそうな顔になっている。
そういえば・・・お仕事はしなくていいのかな?
◆
晩鐘が聞こえてきた。
ニルスはまだ来ない。
「いつ来るかのう・・・」
おじいちゃんは空っぽのグラスを寂しそうに見つめている。
弱々しくてかわいそう・・・。
「はあ・・・」
「きゃあ」
おじいちゃんが女給さんのお尻を撫でた。
ニルスが来ないせいか・・・。
「もうおじいちゃんったら・・・イライザさんに報告しますね」
「え・・・ま、待て!謝る!」
「こういうことされたら教えてくれって言われてるんです。あ・・・でも、高いお酒を毎回わたしの時に注文してくれたらお口が堅くなるかも・・・」
「・・・約束じゃぞ」
色々手は打たれてるんだな。
「おじいちゃんさ、待たせてる奥さんに罪悪感とか湧かないわけ?」
ミランダも寂しそうにグラスを見ている。
「言われると湧くからやめてほしい」
「・・・最低、やっぱイライザさんに言っとく」
「それだけは許してくれ。・・・シロ殿、ニルス殿は今どこにいるんじゃ?」
「あ・・・そうだよ。シロなら探せるでしょ?」
おじいちゃんとミランダはお酒の瓶を開けてしまいそうだ。
みんな揃ってからがいいし、探してみよう。
ニルスは・・・。
「うーんとね、下町にいる・・・」
「じゃあ運び屋さんか・・・」
「なにか話し込んでるのかしらね。・・・時間を忘れるくらい」
ステラが僕を睨んできた。
嫉妬しないって言ってたのに・・・。
まあいいや、退屈だったしな。
「僕、迎えに行ってくるね。・・・ミランダ隊長、暗いから飛んでもいい?」
「許可する。ニルスを最速で帰還させよ。この任務に失敗は許されない」
「はい!必ず達成してみせます!」
僕は酒場を飛び出した。
ミランダは「隊長」って呼ばれると嬉しいみたいだ。
アリシアと一緒だからかな?
◆
「ニルス―!どこー!」
飛んでいるから、下町にはすぐ着いた。
けっこう奥の方まで来ちゃったな・・・でも気配は近い。
「あ・・・ここだ。ほんとに話し込んでるのかな?」
ニルスの気配は「運び屋ローズウッド」の中にある。
ここで間違いないはず。
明かりもついてるし・・・入っちゃえ。
◆
扉は鍵が閉められていたからすり抜けて入った。
「ニルス―、ここにいるんでしょ?」
鍵を無視しちゃったけど、仲間だって言えば平気だよね。
それに遅くなったニルスが悪い。
「ミランダ隊長が早く戻れって言ってるよー」
「ぼうや・・・どうやって入ったの・・・」
女の人が奥から出てきた。
たぶんこの人が・・・。
「お姉さんがセイラさん?僕はシロ、ニルスの仲間だよ」
「ニルスの・・・」
間違いないみたいだ。
なんだかあんまり元気無さそうな顔、具合が悪いのかな?
とりあえずニルスを出してもらわないと。
「ねえ、ニルスが奥にいるよね?」
「・・・いいえ、今日は来てないわ」
セイラさんは、疲れてるのか暗い声だ。
あれ?嘘ついてる・・・なんでだろ。
「ここにいるのは間違いないよ。・・・なんで隠すの?」
「わたしはさっき帰ってきたばかりなの。・・・今日はお父さんとしか会ってないわ」
セイラさんが近付いてきた。
初めて会う僕に嘘をつく理由なんかないはず・・・。
本当にニルスが話してた人なのかな?
「みんな酒場で待ってる。ニルスはセイラさんを誘いに来たはずだよ?・・・だから奥にいる」
「ごめんね・・・今日は本当に会ってないの。戻ってきてるなら、わたしもニルスと話したいんだけどね・・・」
セイラさんが僕の頭を撫でてきた。
ほんの少しだけど、血の匂い・・・。
まさか・・・ニルスの?
「悪いけど見させてもらうね」
「ちょっ・・・待ちなさい!・・・え?」
セイラさんの足を凍らせて床から動けなくした。
自分の目で確かめなければいけない。
「どうして嘘をつくのかはニルスにき・・・」
奥の部屋の扉に手をかけた時、後ろから氷が砕ける音がした。
え・・・。
「嘘・・・そんな簡単に砕けないはずなんだけどな」
振り返ると、セイラさんが踏み込んだところだった。
「冷気・・・すごい素質を持ってるのね。子どもは初めてだけど・・・」
セイラさんは手に短剣を持って凍った足のまま跳んだ。
速い・・・あの足でニルスよりも・・・
「はあ・・・はあ・・・ごめんねぼうや」
短剣が僕の胸を貫いた。
ニルスから一番殺傷力があるのは刺突だって聞いたことある。
刃が突き立てられたのは心臓の位置なのかな?
普通の人間ならこれで終わりなんだろうけど、精霊鉱以外の武器は僕には通らない。
「謝らなくていいよ」
「なんで・・・生きてるの・・・血も・・・」
「内緒・・・ニルスを迎えに来ただけだし」
「く・・・」
今度はもっと強い冷気で凍らせた。
これならニルスでも無理だろうな。
「・・・ぼうや、奥には誰もいない」
一歩進んだ時、奥への扉が開いて男の人が出てきた。
またか・・・。
「おじさんも嘘ついてるね」
「魔法か。・・・ただの子どもじゃないみたいだな」
おじさんは凍りついた部屋とセイラさんを見ても動じなかった。
危ないことに慣れてそうだ。
「ねえ、なんでニルスを隠すの?」
「・・・」
「おじさんも僕には勝てないよ。話はあとで聞くから・・・」
やられる前におじさんの足も凍らせた。
大樹の根っこみたいにしっかりと。
「お父さん・・・」
「く・・・なんだこれは・・・」
「二人はじっとしててね」
僕はおじさんの脇をすり抜けて奥の部屋に入った。
◆
「あ・・・いた」
「・・・」
ニルスは目隠しをされて、おまけに椅子に縛られて、口も開けないようにされていた。
「なにこれ・・・なんで捕まってるの?」
まずは顔の拘束を外した。
「・・・」
ニルスは口を動かすだけで、声を出してくれない。
「・・・喋れないの?」
「・・・」
ニルスは必死な顔で頷いた。
視てみるか・・・。
「血の巡りの中になにか入ってるね。痛いかもしれないけど、抜いていい?」
「・・・」
「わかった・・・」
「・・・!!!」
悪そうなものを風と気で体から追い出した。
「うう・・・うああ・・・」
ニルスが縛られた椅子ごと倒れて呻いている。
本当は水に浸かった状態で、入れ換えるようにやらないといけない。
かなりの激痛だろうけど、君なら耐えられる・・・と思う。
◆
「シロ・・・助かったよ・・・もうダメかと思った・・・」
ニルスの痛みが落ち着いた。
手足が動かない状態で良かったのかもしれないな。
「そんなに危なかったの?」
「ああ・・・」
よく見ると汗でびちゃびちゃだ。
それに安心したのか涙を流してる。
かなり心が消耗してるな。
「遅いから気配を探って迎えに来たんだ。それより・・・説明してよ」
「オレも・・・なんでこうなったかよくわからないんだ。・・・聞くしかないな」
ニルスは立ち上がった。
理由はそっちの二人しかわからないってことか。
◆
「・・・で、なんでこうなったの?」
「・・・」「・・・」
僕たちは、お客さん用のテーブルに向かい合って座った。
まあ、二人は座らせたんだけど・・・。
「僕を殺せないのはわかったでしょ?早く話して」
「・・・」「・・・」
ニルスが「大丈夫」って言うから部屋の氷はすべて消した。
「・・・テッドさん、どうしてオレは殺されそうになったんですか?」
ニルスは泣きそうな声だ。
信頼していた人から裏切られたって感じなんだろう。
「言えないんですか?それだけでも教えてください」
「・・・話すことはできない」
「セイラさんも?」
「・・・言えない」
二人は僕の結界で捕らえている。
体は自由だけど飛び掛かってはこれない。
油断してたみたいだけど、ニルスに気付かれずに後ろから殴れるってことはかなり強いんだろう。
「もし・・・このままオレが去ったとしても、あとから同じことになりますか?」
ニルスは質問を変えた。
まあ、そこも気になるよね。
もしそうなるなら、このまま帰るわけにはいかない・・・。
「・・・お父さん、ニルスになら話しても大丈夫だと思う」
セイラさんが優しい声を出した。
今のニルスを見て、揺らいでくれたみたいだ。
「外に出さなきゃいいんでしょ?」
「・・・」
でも、テッドさんは目を閉じて黙ったままだ。
形勢が変わった今でも話せないのはなぜだろう?
「ニルスは勝利のための大事な鍵だ。なにかあったら王様も黙ってない。二人は追われることになるよ」
悪いけど、ダメなら王様に渡してなんとかしてもらわないとな。
「・・・王が?・・・王は俺たちのことを知っている」
「え・・・」
「お父さん・・・話していいのね?」
「・・・」
おじさんは目を瞑って頷いた。
理由はなんでもいい、教えてくれるなら聞いておこう。
「ニルス・・・本当にごめんね」
「わけがわからないまま謝られてもな・・・」
そうだ、早く説明してほしい。
「うん・・・そうだよね・・・」
「オレは踏み込んではいけない所に入ってしまったってこと?」
「なんとか誤魔化すつもりだったんだけど、お父さんが手を出しちゃったから・・・」
話が進まない。
・・・なんかイライラするな。
「早く話して、なんでニルスを殺そうとしたの?」
「・・・君は何者なの?」
「先にそっちの話をして。僕はニルスみたいに君たちを信用してない」
「シロ・・・二人は、いい人だよ」
ニルスが僕の手を握った。
甘いな・・・まだそんなこと言ってるのか。
「ニルスも黙ってて!同じ危険があるようなら僕はこの二人の命を貰う・・・早く教えて」
「ダメだ、オレは二人を信じたい。・・・この子は精霊の王シロ。だから人間の武器は通らないし、さっきみたいに強力な魔法を使えるんです」
「ニルス!!」
「疑いたくないんだ。・・・セイラさんはオレに夢をくれた人、きっと事情があったんだよ・・・」
ニルスは涙を流していた。
だとしても、殺すつもりだった人を信用するなんて・・・どうかしてる。
「・・・運び屋は隠れ蓑、本業は殺し屋。それがわたしたちよ」
セイラさんが口を開いた。
僕の脅しよりも、ニルスの優しさが効いたってこと?
「王からの依頼・・・になるのかな。悪いことをした人たちを始末しているの」
「・・・これは極秘だ。だからなにか勘付いた者や探るような奴は、引き込むか始末するのが掟だ」
「勘付いた・・・オレが馬車の血の匂いを怪しんだから?」
「そうだ、セイラはお前の姿を見て油断したんだろう。・・・俺も焦ってしまったがな」
殺し屋・・・始末・・・あの王様がそんなことしてるなんて考えられないな。
「僕は王様とよく話してる。そんな気配は無かった」
「極秘だと言っただろ?俺たちは裏、表に出してはいけない」
・・・裏?
どこかで聞いたような気がした。
いや、今はそんなことどうでもいい。
「よくわからない。それが本当だとしても、悪いことをしてる人なら捕まえればいい」
「あまり公にできないことをしてる奴らなんだよ」
もっとわからない・・・。
だから悪いことなんじゃないの?
「シロ君はかわいいね・・・そうやって考えてる姿は子どもみたい」
「子ども扱いしないで!・・・どういう人を殺してるの?」
「たとえば領主・・・。あの人たちは領地の発展のために、領民に税を課すことができる。もちろん王への申請は必要だけど、ちょっとずつ多く取って私腹を肥やそうとする人もいるの。・・・他には、おかしな考えを広めようとする人や団体とかだね。まあ・・・混乱を起こす可能性のある目障りな人たち」
なるほど、領主は王様たちが決める。
それで悪いことをしてたら自分たちにも反感が生まれる。
おかしな考えって言うのは、前に聞いた信仰のことかな?
どっちも反乱とか争いの元になりそうなものだから、内緒で殺すのはそういうことか。
「それが発覚したら、内々で早めに始末するの。死体は持ち去り、誰にもわからないようにしてる」
「・・・あの血の匂いは?」
「・・・東にあるチャコールの領主、帰り道だから引き受けたけど・・・ちょっと急ぎ過ぎたの。すでに他の領にも不正の噂が広まっていたからね・・・。あとは新しい領主を用意して、取り過ぎた分を返金する。余ったから返しますってね・・・そうすれば民の不満は無くなるんだ。不正なんか無かったんだって思ってもらえるでしょ?」
王様はそういうことも考えないといけないみたいだ。
あ・・・たしかに、シリウスは巻き込みたくないって思っても不思議じゃないな。
「他に聞きたいことはあるか?」
「僕・・・もうそんなに興味ない。ニルスにはなにもしないんだよね?僕たち精霊は、偽りを見抜く力があるから嘘は無駄だよ」
使っててよかった。
これからも初めて会う人と話す時は忘れないようにしていこう。
「わたしはニルスを殺さないよ・・・」
先にセイラさんが答えてくれた。
言葉に偽りは無い。
「おじさんは?」
「俺も殺さない。言い訳に聞こえるかもしれないが、いつもは躊躇うことは無いんだ。いや、躊躇ったことが無い。・・・だが、手が止まった。掟だと言い聞かせても・・・」
「テッドさん・・・」
「お前のことはずっと気にかけていた。・・・和解したって聞いた時は、本当に嬉しかったんだ」
この人の言葉にも偽りは無い。
事情はわかった。
ニルスの言うように、二人はいい人なんだろう。
「こうなった場合、引き入れるか殺すかの二択・・・。お前には夢がある、それに・・・どうせやらないと思ったから・・・」
テッドさんが溜め息をついた。
なるほど、ニルスは断るだろうから一択になっちゃったのか。
ていうか、気を抜いてたこの人たちのせいなんじゃ・・・ニルスだったから?
「掟を破ったのは初めてだ・・・。ニルス、シロ、黙っていてもらうことはできるか?」
「僕は人間のいざこざに口を出すつもり無いよ。ただ、おじさんたちが僕の大切な人たちになにかするなら先に命を貰うけどね。悪いけど躊躇わない」
「オレも話すつもりはありません。・・・必要なら仕方ないことだと思います。・・・例えばだけど、ルージュや仲間が誰かに襲われているならオレはそいつを殺す。シロと同じで迷わず・・・」
ニルスが僕の頭を撫でてくれた。
なんだか嬉しい、考え方が近いってことだよね。
◆
「そうか・・・本当に殺してたらとんでもないことになってたんだな・・・」
「怒るのは王様だけじゃないよ。ステラ・・・聖女も、騎士もミランダもアリシアも、僕たち精霊も・・・絶対に許さなかった」
テッドさんたちにニルスの重要性を教えた。
ちゃんと理解してもらうために世界やジナスのことも含めてだ。
「鳥肌なんて久しぶりだ・・・俺たちにもニルスの名前は知らされていなかったんだぞ・・・。なぜ王は黙っていた?」
テッドさんが腕を見せてくれた。
たしかに謎だな・・・。
なんで教えなかったんだろう?
「王と話した時に名前を出すなと約束していただいたからだと思います。ステラも釘を刺してくれて・・・だから、自分で招いたことと言ってもいいですね」
「・・・そういうことか。聖女が脅したんならそうするしかないだろう」
あ・・・。
『ニルスはどこにも出すなと言った。つまり、裏にも伝えてはならない・・・言ってる意味はわかるわね?』
『・・・承知しました。ニルス、そなたの名前はここだけで止めよう』
あれだ・・・。
じゃあステラは、この人たちのことも知っていたのか。
ニルスの気持ちを一番に考えて、本当に誰にも伝わらないようにしてくれたってことだ。
そうなると・・・今回こうなったことはステラに言えないな・・・。
「もう・・・気にしなくていいよ。たしかにニルスがいないってなれば全部狂って、王様も黙ってはいなかったと思うけど・・・僕が来てよかった・・・。それでいいよね?」
僕も人間なら鳥肌が立っていたかもしれない。
本当に・・・本当に僕が動いてよかった・・・。
「それでいい・・・シロが来たことは、お互いにとって幸いだったな・・・」
「ごめんねシロ君。痛くは・・・ないんだっけ」
「平気だよ。あ!もういいんなら早く酒場に行こうよ。みんな待ってる」
忘れてたけど、けっこう時間が経ってしまった。
ミランダたちに怒られるかもしれないな。
遅れた事情は・・・セイラさんに謝ってもらおう。
「じゃあセイラさん、仲間を紹介するよ。早く行こう」
ニルスが立ち上がって、手を出した。
「本当に・・・いいの?」
「当たり前だよ。セイラさんがいなかったらオレはみんなと出逢えなかった。それは裏で何をしてようと関係無い」
「ニルス・・・ちゃんと笑えるようになったんだね」
セイラさんはニルスの手を取った。
油断はしないけど、もうニルスが危険な目に遭うことはなさそうだ。
「テッドさんもですよ。来るって言ってましたよね?」
「そうだな・・・。聖女と騎士もいるのなら行かなければならない」
「行きましょう」
「先に行っててくれ。セイラの報告書を確認したらな」
テッドおじさんも来るのか。
なら色々誤魔化してくれそうだな。
◆
三人で酒場に歩き始めた。
・・・僕は飛んでるけど。
「セイラさんたちみたいな人はどのくらいいるの?」
ニルスはすっかり元気になった。
殺されそうになったことはもう忘れてそうだ。
「ニルス・・・外で堂々と聞かないでよ」
「あ・・・ごめん」
「詳しくは言えないけど、たくさんいるよ。情報を集める人、情報の真偽を確かめるために潜入する人、わたしたちみたいに始末する人。ちなみにわたしたちはツキヨって言うの・・・これも内緒ね」
セイラさんはひそひそ話した。
そこは小声なんだ・・・まあバレたら危ないからな。
「あと、これを誰かに話すのは初めてなんだけど、わたしはお父さんに殺された領主の娘だったんだ」
そうだったのか・・・。
「拾われたってしか聞いてなかったな。親を殺した人・・・恐くなかったの?」
「うーん・・・三歳くらいだったかな?本当の親はいつもわたしを叩いたり蹴ったりしてたんだ。顔は・・・いつも腫れてたんだよ」
自分の子どもに?
ルージュもセレシュもそんなことは絶対されたことない。
「だから・・・いなくなっちゃえばいいのにってずっと思ってた。そしたらお父さんが来たの。孤児院に預けることもできたはずなのに引き取ってくれた・・・だから大好きだよ」
「そうなんだ・・・たしか、セイラさんがいたから戦士を辞めたんだよね?それは本当?」
「本当だよ。ふふ・・・自分の技が戦場で通用するのか試したかったんだって。こっちがあるからあんまり訓練場には行ってなかったみたいだけど」
話す二人の足が速くなってきている。
それなのに足音が聞こえない。
「あ・・・ねえ、もしかしてオレに教えてくれた足運びとか鍛え方って・・・」
「まあ・・・そういうことだよね。便利でしょ?」
「だから渋ってたのか・・・」
ニルスはセイラさんに習ったって教えてくれた。
神鳥の大樹を駆け上がったり、石畳を砕くほどの踏み込みもそういうことなんだろう。
◆
二人の足がまた速くなった。
ニルス、いつもはみんなに合わせてたのかな?
「ねえニルス・・・わたしとお父さんの印象って変わっちゃった?」
セイラさんが不安そうな声を出した。
そんなこと無いと思うんだけどな。
「うーん・・・変わってないよ。さっきも言ったけど、オレに夢をくれたから・・・。そのおかげでシロとも出逢えたしね」
ニルスが僕に微笑んでくれた。
たしかにそうなんだよね。
セイラさんが今のニルスの始まり・・・。
全部話してくれたし、もう僕が怒ることは無いだろう。
「シロ君、私が始末してるのは本当に悪い人とか、それをしようとしてる人だけだからね?」
セイラさんも僕を見て微笑んでくれた。
・・・嘘じゃないな。
「さっきも言ったけど、僕は偽りを見抜けるからわかるよ。それにどっちでもいい、誰かがやらないといけないんでしょ?」
「ふーん・・・シロ君は大人ね」
「え・・・そうかな。えへへ」
「かわいい・・・。ねえシロ君、わたしのことはお姉ちゃんって呼んでいいよ」
セイラさんがちょっと妖しげな顔に変わった。
・・・今は答えないでおこう。
「それとさ・・・引き入れるっていうわけじゃないんだけど、もし戦場が終わったら仕事が増えると思うんだ。二人が手伝ってくれたら心強い・・・どうかな?」
セイラさんは何気ない話し方で僕たちを誘ってくれた。
悪い人たちを殺していくのか・・・。
「幸福な民あってこその世界・・・それが王の考え。それに従って、混乱や争いの芽を無くしていくのがわたしたち・・・カッコよく言うと正義の味方ね」
「・・・オレは旅人だから正義の味方は興味無いかな。ただ、目の前で困ってる人がいたら助けてはいこうと思う」
ニルスはそういうのが似合ってるな。
僕も困ってたから助けてくれたんだもんね。
「シロ君は?」
「僕はニルスと一緒に旅をするんだ」
「残念・・・シロ君がいればだいぶ楽になりそうなのに・・・」
さっきの氷のことを言ってるのかな?
あんまり期待されても困るからはっきり言っておこう。
「あのね・・・僕は精霊なの。人間の問題は君たちだけでなんとかしないといけないんだよ」
「ふーん・・・ニルスがまた危ない目に遭ったら?」
「仲間や友達は別」
出逢った人たちや大切な人は守るし、助けてあげたい。
「じゃあわたしもシロ君の仲間にしてよ」
セイラさんが飛んでいる僕の手を掴んできた。
「え・・・僕の?」
「そう、同じ秘密を持った仲間。もちろんニルスもね」
「・・・いいよ。もしお姉ちゃんが困ってたら助けてあげる」
旅先で偶然出会ったらだけどね。
「うん、困ってたらお願いね。まあ、そんなに当てにはしてないけど」
自信に溢れた声だ。
どのくらいかはわからないけど、一人でやってきたからこそのものなんだろう。
◆
中央区に入った。
酒場はもうすぐだ。
「でも本当に驚いたよ。まさかニルスが捕まってるとは思わなかった」
こういう話はここまでだな。
「オレも油断してたからな・・・」
「油断してなくても厳しいかもね。・・・お父さんは本当に静かだよ。まあ・・・わたしも相手がシロ君みたいな子じゃなければ、必ず後ろを取れる自信があるけどね。闇討ちなら、雷神だろうと風神だろうと確実にいける自信がある」
「え・・・お姉ちゃんってニルスよりも強い?」
「どうかな・・・ほら、もっと急がないとでしょ」
セイラさんは妖しく笑って駆け出した。
人間の世界ってかなり複雑らしい。
だから王様も心配事がたくさんあって忙しいんだろう。
ジナスを倒せば一つは軽くしてあげられて、シリウスに会いに行ける時間も少しは増やせるのかな?
うん・・・そうしてあげよう。
どうでもいい話 10
テッドとセイラは、匂わせだけで掘り下げないつもりでした。




