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Our Story  作者: NeRix
地の章 第一部
12/481

第十一話 ニルス【ルル】

 アリシアは強い子だけど、病気には勝てないかもしれない。


 火山から戻ってひと月、アリシアは最近あまり食べなくなっている。

訓練場に通ってるからお腹が減ってないはずはないんだけどな。

 調子が悪いなら言ってくれれば早いのに、本人からそういう相談はしてこない。

 まあ、自分のこととか気持ちを伝えるのは得意じゃないし、あたしから話さないとダメそうね。



 「なんかぼーっとしてる時あるね」「昼もあんまり食わない」「休憩はずっと剣抱いてじっとしてんだよ」

酒場に来た戦士たちに話を聞いた。

みんなも様子がおかしいのはなんとなくわかってたみたいだ。


 「火山に行けば治るんじゃないの?」

ジーナさんはそんなに気にしてなかった。

次は同じ隊で出るから一番見てるはずなんだけどな・・・。

 「もう手懐けられちゃってんだよ。色々仕込まれたんだろうね」

「え・・・そういうことなんですか?」

「うん、恋しくて恋しくて・・・恋しくて・・・って感じでしょ。ああ・・・興奮する」

ジーナさんは自分の股を触り出した。

・・・あるかもしれないけど、ちょっと違う気もする。



 「ルル、ちょっと来なさい」

お仕事から戻ると、セス院長の部屋に呼ばれた。

遅い時間なのに起きてたみたいだ。


 「ルル、アリシアの具合が悪いようなの。あなたになにか話していない?」

ああ・・・まあわかるよね。

 「やっぱり気付いてましたか・・・。あたしにも話してくれません、あの子はそういうの苦手だから・・・」

「わかっています。気を遣って言えないのでしょう。・・・明日はお休みでしたね」

「そうですけど・・・」

「あなたから声をかけて、お医者様に連れて行ってあげて」

院長は心配そうな顔だ。

たしかに今まで病気なんかしたことなかったな・・・。

 

 たぶん具合が悪いなんて初めてのことで、自分でも戸惑ってるんだ。

黙ってるのはあたしたちに心配かけないようにって感じかな。

だから自分だけでなんとかしようとしてる。


 試験とかこの間の馬車のこととか、そういうのは聞いてくるくせに大事なことはうまく言えない不器用な子・・・だから心配だ。

まあ、問い詰めれば話してくれるから気付けばそうしてきたけどね。

 


 夜が明けた。

アリシアはいつも早起きして訓練場に行くから早く言わなきゃいけない。


 「アリシア、近頃食欲が無いみたいだけどなにかあったの?」

「ルル・・・わからないんだ。でも体は動くから心配いらないよ」

まだ誤魔化す余裕はあるのか。

でもだるそうな顔してるから逃がさない。

 「セス院長に相談した?」

「・・・心配はかけられない」

もうかけてんのに・・・。


 「あのね・・・あなたの様子がおかしいのは院長も気付いてる。たぶん言えないだろうからってあたしが頼まれたの」

「そうか・・・」

「今日は訓練場じゃなくて、私とお医者さんに行ってみましょ」

「・・・わかった」

アリシアは素直に従ってくれた。

自分でも「このままじゃよくない」って思ってたみたいだ。



 「早く済ませたいな・・・」

「ソワソワしないでじっとしてなさいよ」

お金は持ってるから特級で透視の使えるお医者さんに連れてきた。

いい機会だし、全身診てもらえばいい。


 「安静にとか言われたらやだな・・・」

「そうなったら仕方ないよ。変だなって思った時にすぐ動かなかった自分が悪いんだからね」

「・・・」

「続いて・・・クラインさん、どうぞ」

呼ばれた。


 「あの・・・診察室に付き添いたいです」

「構いませんよ」

一人だと「大丈夫だった」とか嘘つくかもしれない。

それに不安だろうし・・・。



 「命を授かっていますね」

お医者さんはとても明るい顔で言った。

命・・・え・・・。


 「・・・バカな」

「十三歳ですからたしかに早すぎますね。アカデミーが終わっていたのは幸いでした。冷やかされることは無いでしょう」

「・・・」

アリシアは凍り付いた顔をしている。

そっか・・・だから食欲がなかったわけか。


 「ちなみに病気はありません。むしろどの臓器も恐ろしいほど健康です。筋肉も質がいい、今まで診た誰よりも美しいと思いました」

「・・・」

「なので同じように健康な赤ちゃんを産めると思います。雷神の隠し子の子・・・楽しみですね」

「・・・」

これ・・・どうしたらいいんだろう・・・。


 「わかっていると思いますが、戦場はしばらく出れませんからね」

「あの・・・間違いではないのですか?」

アリシアがか細い声を出した。

特級の医者を侮辱するようなことを・・・。

 「間違いありません。ああそうだ、これを大地奪還軍に提出してください。あなたが命を授かった証明になります」

「戦えない・・・」

「当たり前です」

そりゃそうでしょ・・・。

お腹に子どもがいるのに戦場に出るなんて狂ってる。


 「初めてなので不安になるのはみんな一緒ですよ。当院で出産まで面倒を見ますので、定期的に通ってください」

「通えば・・・いいのですね・・・」

「・・・もう少し嬉しそうな顔をしなさい。その子にも、なかなか授かれない人にも失礼ですよ」

「・・・はい」

困った子だ。

あーあ・・・セス院長にも一緒に来てもらえばよかった・・・。



 「あの・・・おめでとう」

あたしたちは外に出た。

 「・・・」

アリシアは青ざめた顔でお腹を押さえている。 


 「アリシア、あの・・・父親はケルトさんだよね?」

他に思い当たる人はいない。

アリシアを見る限り、お互いに求め合って体を重ねたんだとは思うけど・・・。

 「・・・うん」

「お医者さんが言ったように、戦場にはしばらく出れないよ。あたしも付いてってあげるからべモンドさんに話さないと」

一人でうまく言えるはずが無い。

絶対一緒に行かなければ・・・。


 「せっかく剣ができたのに・・・」

「バカ、しっかりしてよ。お母さんになるんだよ!」

今はまともな考え方ができない感じね・・・。


 とりあえず戦うなんて絶対ダメだ。

すぐべモンドさんに話しに行こう。



 訓練場に着いた。

ここにあたしが入る日が来るなんて・・・。


 「アリシア、べモンドさんはどこにいるの?」

「えっと・・・」

「あーアリシア、ちょっと遅いんじゃないのー。あれ・・・ルルちゃんも一緒だったの?」

ちょうどよくジーナさんと出くわした。

この人に聞けば早いな。


 「あの、べモンドさんは今どちらに?大事な話があるんです」

「へ・・・書類整理って言ってたから自分の部屋でしょ」

知ってる人に会えてよかった。

 「べモンドになんか用あんの?大事な話ってなに?」

「まず・・・べモンドさんに・・・」

「・・・ふーん。まあいいや」

問い詰められはしなかった。

アリシアの顔を見たからかな?



 「はい到着」

ジーナさんはいつも通りの感じでべモンドさんのいる部屋へ案内してくれた。


 「ねえねえ、あとで連携考えようよ」

「は、はい・・・」

「じゃあ、待ってるからねー」

「はい・・・」

バカじゃないの・・・なに返事してんのよ・・・。


 

 「・・・本当か?」

べモンドさんは無表情でアリシアを見つめた。

いつもと違ってちょっと恐い・・・。


 「はい・・・透視のできる特級の医者に診てもらったので・・・。あ・・・これが証明です・・・」

アリシアもわかりやすく緊張してる。

あたしは・・・どうしよ・・・。



 「・・・」

べモンドさんは目を瞑り、腕を組んで動かなくなった。

 「・・・」

アリシアも俯いたまま固まっている。

待つしかないか・・・。



 今、どのくらい経ったんだろ・・・。


 「・・・」

「・・・」

なんでどっちも黙ってんのよ・・・。

 


 いつまで続くのかな・・・。


 「・・・」

「・・・」

二人とも何を考えているんだろう。



 「・・・」

「・・・」

「あの・・・アリシアを戦場には出さないですよね?」

あたしは沈黙を破った。

これじゃ埒があかない。


 「・・・もちろんだ。出せるわけがないだろう。・・・待機兵とする」

「・・・はい」

やっと時間が動き出した。

もっと早く喋ればよかったな。

 

 「あの・・・前回仕留めそこなったドラゴンが・・・」

「お前はふざけているのか?」

「いえ・・・」

「訓練をすることも禁ずる。わかったな?」

「・・・はい」

当然だ。戦わせるつもりなら黙ってなかった。


 「なにか・・・必要な手続きなどは・・・」

「私でやる」

「申し訳ありません・・・」

「気にするな。詳しいことは聞かないが・・・次の世代を担う元気な子を産むといい」

べモンドさんはとても小さい声で祝福をくれた。

これで戦士は大丈夫そうね。



 「アーリーシーアー」

部屋を出るとジーナさん・・・だけじゃない、大勢の戦士の人たちが待っていた。

みんな妙にニコニコした顔・・・聞かれてたんだ。

 あ・・・だからべモンドさんは最後小さな声だったのか。

気付いてたなら追い払ってくれればよかったのに・・・。


 「ふっふっふっ、聞いてしまったよー」

ジーナさんはアリシアのほっぺを撫でた。

次は一緒に戦う予定だったはずだけど、嫌な感情は持ってないみたい。

 

 「色々仕込まれたんだろうなっては思ってたけど、種まで貰ってたんだねー」

「・・・」

「溢れるくらい注がれたんでしょ?とびっきり新鮮でー、あまーいやつをさー」

「・・・」

悪いけど、早く院長にも教えないといけないから帰らせてもらおう。

 「ジーナさん、アリシアはしばらく戦えません」

「わかってるよ。アリシア、気にしないでいいよ」

「・・・はい」

そう、気にしなくていい。


 「アリシアが孕ませられたってよ」「まあ、十三にしちゃでけーからな」「父親は誰だ?」

周りががやがやと騒がしくなった。

早くここを出たいのに・・・。


 「全員静かにしろ!!」

べモンドさんが部屋から飛び出してきてざわめきが消えた。

 「アリシア、訓練はさせられないが困ったことがあれば来るといい。みんな力になってくれるだろう」

「・・・はい」

「混乱してるのはわかるが、ここには経験者も多くいる。気を遣わずに頼れ」

「・・・はい」

アリシアはたしかに混乱している。

不安もあるだろうし、あたしがなるべく一緒にいてあげよう。


 「さあ、全員散れ。それと・・・アリシアはまだ成人していないし、噂になれば孤児院にも迷惑がかかる。外で触れ回ったりは絶対にするなよ、ここにいない奴らにも伝えろ」

ああ・・・べモンドさんは本当にいい人なんだな。


 「もちろん戦士にすんだろ?」「将来は親子で戦場だな」「雷神の隠し子の子どもか、誰も勝てなそうだ」

男の戦士たちはアリシアの肩を叩いて去っていった。


 「生まれたら抱かせてね」「お父さんに乳母車を作ってもらうように頼んであげる」「刃物は近くに置いちゃダメよ」

アリシアは女の人たちにも人気があるみたいだ。

まあ・・・悪い子ではないしね。


 

 「よかった。怒鳴られるかと思っていたよ・・・」

訓練場を出ると、アリシアがため息をついた。

 なんで怒鳴るのよ・・・。

お腹の子よりも他の戦士の反応が気がかりだったってこと?


 「なんで怒られないといけないのよ。それにみんないい人じゃない」

「うん・・・」

「じゃあ、あとは帰ってセス院長に報告よ。これは自分で言いなさい」

「ああ・・・ありがとうルル」

アリシアはやっと落ち着いてきたみたいだ。

まったく・・・。

 

 

 「アリシア、父親に当たる方は近くに呼ぶことはできないのですか?」

院長も喜んではくれた。

けど・・・現実的だ。


 「はい・・・精霊との契約があるので火山の麓の森からは出られないのです」

「精霊との契約・・・仕方ないですね。落ち着いたら赤ちゃんの顔を見せに行きなさい」

あたしもケルトさんには近くに来てほしかったけど、そういう理由ならどうしようもないな。

 「疑わないのですか・・・」

「あなたの剣は誰にも持てません。・・・信じるしかありませんね」

そう、不思議な力を持った人だ。

本当に精霊と関りのある人なんだと思う。


 「ただ・・・責任も取れないのに行為をしたことは褒められたものではありません」

セス院長は珍しく拳を握っていた。

・・・たしかにそうだ。


 「どのような状況だったのですか?」

「えっと・・・あの・・・」

「はっきり言いなさい」

「ね、寝ていた時に・・・ケルトが覆いかぶさってきて・・・」

嘘・・・いい人だって言ってたじゃん・・・。


 「む、無理矢理だったの?」

「で、でも・・・嫌ではなかった。だから・・・それから何度も・・・」

「なんか怪しいわね・・・」

「ほ、本当だ。ケルトのことを・・・悪く言わないでほしい」

なんかこれ以上突っ込んで聞くのも変よね・・・。

もういいや、アリシアが負担にならないようにしていってあげよう。


 「・・・お腹の子のために穏やかな気持ちでいなさい。定期的に今日行ったお医者さんに通うこと、私と約束してちょうだい」

「はい・・・」

「男の子か女の子か・・・その子を思って素敵な名前も考えておくのですよ」

「名前・・・」

そうだよね。準備しないといけないものがたくさんある。

あたしも未来のために色々見させてもらおう。



 三ヶ月が過ぎて、紬の月になった。

アリシアは言いつけを守って、ちゃんとお医者さんに通っている。


 「アリシアって、ちょっとバカなんじゃ・・・って思うんだよね」

酒場にイライザさんが来てくれた。

男の子を四人も産んでるから、アリシアに色々助言をしてあげている。


 「なんでそう思ったんですか?」

「きのう医者の所に付き添ってやったんだ。そしたら性別がわかったら教えてくれって・・・」

「え・・・」

それくらいは知ってると思ってたけど、全然憶えてないのか・・・。


 「透視で教えてくれって・・・。当たり前みたいに言ってた」

「お医者さんは・・・」

「呆れてたよ。一緒にいる私も恥ずかしかった」

「なんかすみません・・・」

お医者さんは子どもの性別がわかっても絶対に教えてくれない。

 生まれてくる命に男女での差をつけてはいけないっていう理由からで、ちゃんと法でも定められている。


 「父親も別・・・子どもが心配になるよ」

「・・・大丈夫です。勉強で困ったらあたしが教えます」

「その方がいいかもね」

「はい」

まだ生まれてもいないけど、そういうことでいじめられるかもしれない。

あたしがなんとかしてあげよう。


 「予定では水の月だ。火山に行ってた時期と合うな」

「他にいないですから・・・」

「手紙くらい出してやれって言ったんだけど、次に行く時まで隠しておきたいってさ」

「テッドさんも行ってやろうかって来てくれたんですけどね・・・」

アリシアの考えは否定しないけど、急に見せたら心臓が止まるんじゃないかな・・・。



 月日はとても早く流れていった。


 そして夏、水の月・・・。

アリシアはとても元気な赤ちゃんを産んだ。


 「おめでとうアリシア。ほら見て、男の子だよ」

「よく頑張りました。さあ、抱いてあげなさい」

「ルル・・・院長・・・ありがとう」

赤ちゃんはこれでもかと泣いている。

生まれてすぐでこれなら、アリシアくらい強くなるんじゃないかな。


 「おい!男だってよ!」「どんな顔してんだ!早く見せろ!」「ちょっとあんたら!泣き声聞こえないでしょ!」

外から戦士たちの嬉しそうな声も聞こえる。

 

 「戦士のみなさんは騒がしいですね・・・」

さっきまでジーナさんがいた。

「もうすぐ産まれる」って聞いて飛び出していったから、みんなを連れてきてくれたんだろうな。

 「静かにしなさい!!ここには臥せっている方もいるんですよ!!!」

お医者さんの大声も聞こえた。

大変だろうな・・・。


 「まあ・・・外は気にせずに。・・・さあ、名前を付けなさいアリシア。考えているのでしょう?」

「はい、もう決めてあります」

アリシアは赤ん坊を抱き上げ、しっかりと顔を見つめた。

 目には涙を浮かべている。

ああ・・・あたしも泣きそうだ。


 「お前は・・・ニルスだ。・・・ニルス・クライン。それがお前の名前だ」

より大きな産声が響いて、外にいた戦士たちからまた歓声が上がる。


 ニルスはたくさんの戦士たちから祝福を受けて生まれた。

あたしたちみんなで、幸せになれるようにしていこう。

ブックマークをしてくれた方、評価をしていただいた方、ありがとうございます。

最後まで追っていただけると嬉しいです。

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